遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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はぁ~い。
後編だぜよ~。
前編があれだったように、後編でも割とヤバいシーンがあるので、注意して下さいな。
んじゃ、行ってらっしゃい。



第十話 王の目覚め ~終幕~

視点:???

「……」

 目覚めたか……

 一人の王に降りかかった惨劇。

 それをキッカケに、たった今、三人の王が目覚めた。

 

 魔王。

 孤独の王。

 狂王。

 

 一人の王を、心から想う者達。

 私の運命を揺るがしかねない、三人の王が……

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:外

 

「あずさ……?」

 

 エドは最初、その光景が信じられなかった。

 ほんの数分前まで、自分の隣に座っていた少女は、とても可愛らしい、見ていて癒される笑顔を向けながら、聞いていて安心する優しい声で、楽しく会話をしていた。梓の相手をする男達を見て、恐怖と、不快感を浮かべていた姿は、とてもか弱くて、守ってあげたくなる姿だった。

 それが、今はどうだ。

 突然、隣から跳び上がったと思ったら、素手で決闘フィールドの中心を殴り、破壊し、建物全てを揺らし、地震を起こした。

 その後、どこから発生したかも分からない炎が決闘フィールドを包み、そこへ上がることも、降りることもできなくなった。

 そして、大きな瞳を覗かせる、大きな丸い目を、瞼が裂けんばかりに見開き、血走らせている。小さな口元は、白い歯が砕けそうなほどの力で噛み締めて、顔中の筋肉を、怒りに痙攣させている。

 地面を揺らした拳は傷一つ無いのに、握りしめた拳の内側からは、血を滴らせている。

 さっきまで隣に座っていた、可愛くて楽しい、可憐な少女は、どこにもいなかった。

 代わりにそこに立っているのが、誰の目にも明らかなほどに激怒した、怪物だった。

 

「この決闘は……私が引き継ぐ」

 怒りに燃えた表情のまま、あずさが言った。

「……は?」

 プロデューサーと呼ばれた、決闘をしていた男が聞き返す。

 目の前の光景に呆然としながらも、どうにか言葉を絞り出した。

「なに言ってんだ……? この決闘は、俺達の勝ちだろう。穴ちゃんは、たった今逃げ出して、試合放棄で……」

 

「穴ちゃんなんて呼ぶなあああああああああああああああああああっ!!」

 

 大声で絶叫し、また会場中が震える。

 その声を出しながら、あずさは足下に散らばった、梓の最後の手札と、光からできた決闘ディスク拾った。

「まだ、梓くんのライフは残ってる。梓くんは敗けてない。本人が決闘できなくなったっていうなら、誰かが変わればいいだけでしょう……私がやる」

 そう言って、決闘ディスクを装着し、構える。拒否も、口答えも、絶対に許さないと、姿勢と態度で示していた。

 

「じょ、冗談じゃねえ、俺は穴ちゃんを探すぜ……」

 決闘フィールドの下にいた、男達の一人がそう言い、その場を離れようとした。

 突然発生した炎も怖ろしいが、鉄の床を壊し、地震を起こすほどの力を持った少女の姿は、それ以上の恐怖だった。

 そんな炎と少女を眺めるよりも、早くあの白く美しい穴を見つけ、長年溜まりに溜まった欲望を発散させることの方が、男にとっては急務だった。

 

 ガチャリ……

 

 そんな思いで、入口へ走った男の額に、冷たい物が付着した。

「逃げても構わんぞ。生きて逃げられると思うならな」

 決闘フィールドの下にいた、星華が、入口前まで走っていた男に銃を突きつける。その後ろに続いていた男達も、立ち止まった。

 もっとも、彼らが見せたのは、銃を前にしての恐怖ではなく、嘲笑だった。

「何だそれ、撃ちたかったら撃てよ。そんなおもちゃじゃ脅しにもなって……」

 

 ダンッ……

 

 男が言い終わるよりも早く、星華は銃を、喋っている男の、足の甲へ放った。

「……ああ……」

 最初、男は音に驚愕し、その後に、自分の足を見る。撃たれた足の甲から煙が漂い、靴と、その下が、血で真っ赤に染まっている。

「……あああああああああああ!!」

 激痛に倒れ伏し、もがき苦しみ始めた。

「……確かにおもちゃ、改造空気銃(・・・・・)だ。本物の弾丸がいくつも撃てるし、当たれば人間くらいは殺せるがな」

「……」

 それは本物と言わないか? そんな言葉を敢えて飲み込み、後ろにいた男達は、別の言葉を言う。

「おい、正気か……? 日本でそんなもん、そんなことして、お、お前、タダで、タダで済むと……」

「ああ。いくら改造空気銃だろうが、お前達のようなものでも、殺せば殺人罪だろうな」

 そう言いつつ、銃を、天井へ向ける。

「そして、今なら殺人鬼になってもいい気分だ……久しぶりだ。これほどの怒りを覚えるのは。怒髪で天を、どころか、宇宙を突き抜け、太陽すら貫けそうだ……」

 

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 

 天井目掛け、残りの弾丸全てを撃ち尽くす。

 それに男達が怯んでいる間に、新たにマガジンをリロードし、男達に向けた。

 

「……」

 ここには狂ったバカしかいない。

 たかがゴミのために、学校の施設を破壊し、拳銃という凶器を振り回す。

 そんなバカげた狂人連中のいる場所に、これ以上とどまってはいられない。

 どうせ、最初(はな)から決闘の勝敗などどうでも良い。そもそも、仮に勝ったところで、あの上等な肉人形になるゴミを渡す気など無い。

 この男達を差し向け、ゴミが心と思っている物をぶち壊して、学校にいられなくしてやることが、今日来たことの最大の目的だったのだ。

 それが果たされた今、これ以上長居は無用だ。どうせ、怒りは男達に向けられているのだし、後はただ、家に帰ればそれで終わりだ。連れてきた浮浪者どもがどうなろうが知ったことか……

 

 ガッ

 

「な……!」

 双葉が体の向きを変え、決闘場の出口を目指した瞬間だった。

 双葉の目の前の壁に、突然、青い何かが突き刺さった。

 良く見るとそれは、雪の結晶に見える。そんな形をした、大きな刃物。見るからに重くて、物騒なそれが、目の前に突き刺さった。

「……っ」

 誰が投げたのか、見回したが、あのゴリラ女は炎の中でジッと浮浪者どもを威嚇しているだけだし、拳銃を構えた狂気女も、銃を構えたまま、動いた様子は無い。

 誰がこれを投げたのか、分からない。

 

 ガッ

 

「な……!」

 すると、今度は逆側の壁から同じ音。振り向けば案の定、同じ形の青い刃物が、そこに突き刺さっている。

「うぅ……」

 誰が投げたのかは分からない。分からないが、これだけは分かった。

 あと、ほんの数センチでも動いていれば、自分の頭は砕けていた。

 ここから動くな。次に動いたなら、その時は、死ぬ時。

 誰が言っているのかは知らないが、そう言っているのを、嫌でも理解させられた。

 

「平家あずさ!」

 そして、銃を構える星華が、決闘フィールドに立つあずさに向かって、声を上げた。

「誰も逃がしはしない。さっさと殺ってしまえ!」

 

 その声が、あずさに聞こえていたかは分からない。その声の直後で、あずさは、叫んだ。

 

「早く構えろ!! 決闘してやるだけありがたいと思え!! 殺されないだけマシと思え!! チャンスだと思え!!」

 

 会場と、炎を揺らすその声に、男達全員が怯んだ。

 怯みながら、

「た、ターンエンド……」

 プロデューサーは、どうにかそれだけ答えた。

 

 

プロデューサー

LP:4000

手札:2

場 :モンスター

   『レイジアース』攻撃力2000

   魔法・罠

    無し

 

梓→あずさ

LP:2800

手札:4

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    無し

 

 

「おい! 勝てるんだろうな!」

「お前が敗けたら、俺達がこの女に殺されちまうぞ……!」

「敗けたら承知しねえぞ! どうせ他に役に立たねえくせによぉ!」

「うるせえ! だったらお前らが変わりやがれ!!」

 

「……」

 男達が騒いでいる間に、手札を凝視しながら、あずさは、言葉を失っていた。

「……ドロー」

 

あずさ

手札:4→5

 

「……」

 更に、今引いたカード。

「……」

 目を閉じ、息を吐き、そして、言う。

「……ってた」

「なに……?」

「……梓くんは、勝ってた」

 直前に比べて、だいぶ落ち着いた声ながら、それでも、明らかな怒りがあった。

「いつもと同じように、大好きな決闘ができてたなら、梓くんは、とっくに勝ってた。それなのに……」

 そして再び、怒りの目を、男に向けた。

「許さない……永続魔法『ウォーターハザード』発動! 自分のフィールドにモンスターが無い時、手札のレベル4以下の水属性モンスターを特殊召喚する。『氷結界の舞姫』特殊召喚!」

 

『氷結界の舞姫』

 レベル4

 攻撃力1700

 

『……』

 

「お、おい、あの舞姫……」

「何か、いつもと違うぞ……」

 

 動揺した生徒達の声の通り、現れたその姿は、いつもの清廉な美少女とは違っていた。

 怒りに震え、殺気を撒き散らし、全てを呪う。見ている者に癒しではなく、戦慄を与える。あずさや星華に劣らぬほどに、その顔を、その姿を、激昂に歪めていた。

「アズサちゃん……もしかして今、狙って君をドローさせた?」

『うん。梓は優しいから、僕があいつらを見ないように、大人しくしてろって言ってくれた。けど……僕ももう、我慢の限界だよ』

「じゃあ、君で決めてもいい?」

『うん……ていうか、とどめは僕に殺らせてよ……』

「うん……魔法カード『死者蘇生』発動! 墓地の『氷結界の武士』を、特殊召喚!」

 

『氷結界の武士』

 レベル4

 攻撃力1800

 

「更にチューナーモンスター『氷結界の守護陣』召喚!」

 

『氷結界の守護陣』チューナー

 レベル3

 攻撃力200

 

「こんな奴らに使うなんてもったいないけど……このくらいしないと、気が済まない」

「レベル4の水属性『氷結界の武士』に、レベル3の『氷結界の守護陣』をチューニング!!」

 

「冷たき結界(ろうごく)にて研磨されし剣の汝。仇なす形の全てを砕く、冷刃災禍(れいじんさいか)の刃文龍」

「シンクロ召喚! 狩れ、『氷結界の龍 グングニール』!!」

 

『氷結界の龍 グングニール』シンクロ

 レベル7

 攻撃力2500

 

 いつもと同じように、グングニールは地面を割って、現れた。

 冷たい氷でできたその顔から、感情を読み取ることは難しい。だが、一見無表情にも見えるその顔は、あずさや、アズサと同じように、激怒しているように見えた。

「グングニールの効果! 一ターンに一度、手札を二枚まで捨てて、捨てた枚数分相手フィールドのカードを破壊する! 手札の『サイクロン』一枚を捨てる!」

 

あずさ

手札:1→0

 

「冷刃災禍!!」

 あずさのその声で、グングニールが左の翼を羽ばたかせる。そこから発生した風が、『レイジアース』を真っ二つにした。

「……!」

 

「うっ……!」

 その光景に、見ていた男子達は、思わず自身の局部を押さえた。なまじその形と男達のせいで、アレを連想させられていたことから起きた、ほとんど条件反射だった。

 

 だが、女子であるあずさはそんなことは構わず、破壊される『レイジアース』を見る。

「この……だがな! 『レイジアース』は破壊されたら、場の地属性以外のモンスターを破壊するんだよぉ!! 消えろ!! 怪物女のモンスターども!」

「……」

 そんな、高らかな宣言があっても、フィールドは何事もなく、静かなまま。

「な、なんで? 破壊されたのに、効果はちゃんと読んだぞ……」

「……バカかお前……」

 あずさが、呆れと、そこから更に生まれた怒りにより、そう口走る。

「『レイジアース』の効果が発動するのは戦闘破壊時だろう。これは効果破壊だ。この二つは全然違う……」

「はぁ!? 何だよそれ!! 破壊されたら効果が発動するんだろう!! 早く効果発動させろよ!! そっちのモンスター破壊しろよ!!」

 ルールを理解しようとしないまま、都合の良い結果ばかりを要求し、喚きたてる。

 そんな男に、あずさは、言葉を吐く。

「ふざけんな……」

 顔を伏せ、震える声で、怒りを紡ぐ。

「お前みたいな奴なんかに……決闘を知らない奴なんかに……決闘の楽しさも知らない奴なんかに……梓くんが、敗けるわけないのに!!」

 恐怖のせいでも、試合放棄という形だとしても、それでも梓は、勝っていた。

 いつもの決闘さえできていれば勝っていた。まして、決闘者ですら無い素人相手に、敗けるはずはなかった。それを、トラウマという凶器を突き付けられ、脅され、押さえつけられて、いつもの決闘をさせてくれなかった。

 楽しみなんて無い。どころか、自身の尊厳をずたずたにされながら、恐怖に包まれて、苦しんで、傷ついて……

 そんな、汚い真似で、無敵なはずの梓の決闘を、醜く穢された。

 いや、それ以前に、梓が決闘を覚えるずっと前、梓が、水瀬梓になるずっと前から、こいつらは、梓のことを穢してきた。

 

「バトル!!」

 それを、許すことなどできなかった。

「『氷結界の龍 グングニール』で攻撃!!」

 だから、怒りのままに、いつも梓が行う、技の名を絶叫した。

 

「崩落のブリザード・フォース!!」

 

「うわああああああああああ!!」

 グングニールの口から放たれた冷気が、男にぶつかる。

 

プロデューサー

LP:4000→1500

 

「ぐぅ……」

 その衝撃に、のけぞったプロデューサーが、再び前を見た時……

 

『……』

 

 『氷結界の舞姫』は、既にこちらへ歩を進めていた。

 召喚時の、激怒の形相をそのままに、あずさの攻撃宣言も待たず、一歩一歩、ゆっくりと、プロデューサーに近づいていく。

 一歩、また一歩。進む度、その形相に、激怒を超えた、憤怒を、憤怒を超越した、殺意を、明確化させていくように。

 そして、その青髪の美少女が、プロデューサーの目の前で立ち止まった時……

 

「とどめ!! 『氷結界の舞姫』!!」

 あずさは、とどめの一撃を、絶叫した。

 

「雪斬舞踏宴!!」

 

 『氷結界の舞姫』……アズサが、武器を構える。

 いつもなら、目の前で美しく舞い、華麗に敵を切り裂き、誰もが惹きつけられた。

 だが、その時のアズサは……

 

『うおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああ!!』

 

「うわああああああああああああ!!」

 華麗さなど欠片も無く、下品に絶叫しながら、ただ、両手の武器を、めちゃくちゃに振り回し、男にぶつける。

 相手に対して、より強く、より激しく、より痛く、より苦しくなるよう……

 仮想立体映像でなければ、目を覆う光景となっていたのは間違いない。『氷結界の舞姫』のファンも、それ以外も、愕然とさせられる姿だった。

 

プロデューサー

LP:1500→0

 

「……」

 勝負が着いた瞬間、決闘フィールドを包んでいた炎が消えた。

「……っ」

 

「……!!」

 

 決闘を終えた直後、あずさは、視線を別方向に向けた。

 決闘をずっと横から見ていた、双葉に対して、強烈な、殺意の籠もった目を。

「……梓くん」

 だが、それ以上は何もせず、決闘フィールドを降りる。

 怒りは治まらない。今すぐこいつらを一人残らず殺したい。

 だがそれ以上に重要なのが、消えた梓を見つけ出すことだった。

 

「……っ、私も……!」

「ま、待て……!」

 走り出し、出ていったあずさを、星華とエドが追いかけた。

 

『……』

 

 決闘場に残ったのは、沈黙だった。

 様々な衝撃と、様々な悲劇を生んだ、梓の決闘。

 ただ、そんな諸々の感情は、誰の心にも、共通の言葉として刻みつけられた。

 

 ――こんな最低な決闘は、見たことがない……

 

 ……

 …………

 ………………

 

「シエン!」

 決闘場を出、建物から屋外へと出、既に夕方となっている周囲を見渡しながら、あずさは自身の精霊の名を呼ぶ。

 

「おお!」

 

 その声に、実体化したシエンが返事をしながら、近づいてきた。

「梓くんは?」

「……すまん、見失った。五人が今探してる」

「なんで!? 六人もいたのに、なんで見失うの!?」

「……すまん」

 怒鳴り散らすあずさに、シエンは、謝るしかなかった。

 あずさもシエンも、梓の誇る俊足は分かっている。本気で逃げられれば、精霊だろうが誰にも捕まえることはできないということを、頭では理解している。

 それでも今、最も見失ってはまずい時に見失ったことで、あずさの焦りも、怒りも、絶叫も、全て真っ当だった。

 

「……こっちだ」

 

 と、焦るあずさに対して、アズサが声を掛ける。

 

「あれは……?」

 その様子を、後ろから見ていたエドが、疑問の声を上げる。

 それに、隣に立つ星華が答えた。

「『氷結界の舞姫』。平家あずさにとっての『真六武衆』と同じ、水瀬梓のデッキに宿る精霊だ」

「水瀬梓にも精霊が……」

「ああ。おまけに名前も、二人と同じ、『アズサ』というらしい。カタカナ三文字でな」

「三人目の(あずさ)……」

「ああ。同じ名前と言い、とことん深い絆を見せつけてくれる奴らだよ。三人とも……」

 ややうんざりしたふうに、そんな言葉を吐き捨てながら、走り出した二人のあずさ(アズサ)に続き、星華とエドも走り出した。

 

 

「……ぅぅぅうううああああああああ!! 何なんだよあのクソガキどもはああああああああ!!」

 会場から出ようとした途端、誰かも分からない相手から、武器で脅された。そのせいで足止めを喰らい、結果、見たくもない決闘の続きを見せられ、挙句、敗けた。

 あまりのイラつきに、外へ出た後も、いつもそうするように、手近にあった壁を殴り始めた。包帯を巻いた拳からは、包帯越しにも分かるほど、真っ赤な血が滲み出ている。

 それが壁を染めようと、双葉には見えていない。

 ただ、このどうしようもないイラつきを解消できるなら、なんでも良かった。

 

「おい」

 

 そんな双葉に対して、男の声が掛けられる。

 プロデューサーを先頭に、会場にいた浮浪者達が、双葉の前に集結していた。

「何だテメェら!! もう用済みなんだよ!! どこにでも消えやがれ!! あたしの前に出てくんな汚物どもが!!」

 感謝の言葉でも、労いの言葉でもない。双葉にとって、どこまでも見下げ果てるべき存在に掛ける言葉など、これで十分だった。

 そして、そんな言葉を掛けられて、いくら浮浪者の身でも、黙ってはいられなかたった。

「……ざっけんなよ、(アマ)……」

 男の一人残らずが、双葉に対し、同じ目を向けている。

 冷たく、暗く、どこまでも相手を見下し、侮辱する。本来、いつも自分達が、普通に生きている者達から向けられる目が、双葉に向けられていた。

「なによ、その目は……」

「こっちはあんたの言う通りにしてりゃ絶対勝てるっていうから、言われた通り、したこともねえデュエルってのをやって、必死こいてルールを覚えてやったのによ。穴ちゃんが邪魔で俺らに返してくれるっていうから、やってやったってのによ……」

「それを、勝てなかった上に、一人は足まで撃たれてよぉ……その上どこへでも行きやがれだ? 汚物だぁあ!?」

「……っ!?」

 双葉がその声に驚愕した瞬間、いつの間にか後ろに回り込んでいた男達が、その両腕と、両肩を押さえていた。

「ちょ! なんだお前ら!! 触るんじゃなねえよ汚物どもが!!」

 

 バチッ

 

 押さえられながら、喚き続ける双葉の顔に、手垢にまみれた男の張り手が飛んだ。

「誰がカネ持ちの言葉など聞くか!! こっちが気持ち良ければそれでいいのだ!!」

「もうあんな穴いらねえよ。どうせ顔をあんなに引っ掻いた挙句、床に打ち付けたんだ。見てねえけどな、どうせ傷だらけのボコボコだろう」

「いくら元が綺麗でも、汚え顔した穴なんていらねえんだよ。そんなもん、ただのゴミなんだからよ」

「だからお前で我慢してやる。腹ん中は俺達より汚ねえし、逃がした穴に比べりゃ歳はいってるが、それでも十分別嬪だしな……」

「なっ……!」

 その言葉を聞き、振りほどこうと、双葉は暴れ出す。しかし、いくら普段から壁を、梓を殴り続けていても、それで体力まで強くなるわけではない。所詮、憂さ晴らしでしか拳を振わない女の腕力など、ろくに食事もしていない浮浪者達を振り払うこともできないか弱さだった。

「ちょっと……! 大谷! どこにいるのよ!! ここに来なさいよ!! 大谷!! 大谷!!」

 なおも喚き続ける双葉だが、今度はその口を塞がれた。

 身動きが全く取れなくなったところで、着物の帯を乱暴に引き千切られ、上等な着物はビリビリと破かれ、露出した部位から順に、男達の手が這い回り……

 

 

 そんな光景に対し、大谷は、離れた位置から聞き耳を立てていた。

 だが、助けに行く様子は無かった。

(梓様の心を破壊できる人材を用意し、アカデミアまで連れていくこと。それが私の受けた御命令だ。護衛の命令は受けていない。それに、たかが小娘一人に勝てぬ護衛などいらぬと、前回は用意した黒服達を同行させなかったのは、他でもない、双葉様だ……)

 心の中での呟きを終え、大谷は、組んでいた腕を解き、壁にもたれていた背中を上げ、双葉のいる場所に対して、背中を向ける。

「あとはせいぜい、御自身の力でどうにかするのですな」

 もっとも、そんな冷たい言葉が、双葉に届くことは、永遠に無かった。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 アズサを先頭に、あずさ、星華、エド、そしてシエンの五人は、走っているうちに、森の中へ入っていった。

 今走っているその道は、五人の内、三人には覚えのある道だった。

 森を通り抜け、見えてくる木々。徐々に聞こえてくる、水の音。そして、やがて辿り着く、その場所に。

「梓くん!」

 

「……っ!!」

 

 目の前の滝壺で、梓はこちらへ顔を向ける。

 着物を脱ぎ捨て、全裸の状態で、水の中に腰まで浸かっていた。

 夕方の暗さのせいで、その姿はぼやけている。だが、よく見ると、彼の真っ白で細身な肉体には、いくつもの引っ掻き傷ができているのが見えた。

「梓くん……」

 そんな姿に、急いで駆け寄ろうと走り出した時、

 

「うわああっ! 来るな! こっちへ来るな!!」

 

 梓は叫びながら足をつまずかせ、尻餅を着いた。

 

「くるなああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「……!!」

『……!!』

 決闘の時、男達が迫った時と同じように、絶叫する。

 大気が震え、空間が震え、世界が震えているような、そんな錯覚を生みそうな悲鳴だった。

 それにまた、彼らの全身が震え、力が抜け、あずさ以外の四人は、ひざを着いた。

 

「いやだあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 再び叫ぶ。ひざを着いた者達全員、とうとう両ひじを着いた。

 そして、変化は彼らだけではなかった。

 滝壺の周囲に生えている、柔らかな雑草が、鮮やかな花が、青々とした木々が、徐々に水分を失い、色は緑から茶色に変わり、干からびていき、渇いていき、死んでいく。

 死んでいく植物達と同じように、五人全員が、まるで、体の中の、命その物を引きずり出されているような感覚に襲われた。

 

「……シエン、これって……」

「……ああ。あずさとの闘いでは使わなかったのに、こんな時に……」

 アズサとシエン、精霊である二人には理解できた。

 梓の中に宿った、最強最後の龍。その、悲鳴の力を。

 

「梓くん」

 

 だが、そんな悲鳴の中にあり、精霊達と同じようにその力を理解しながらも、あずさだけは、立っていた。

 そして、その足を、一歩ずつ歩かせ、水の中へ入り、近づいていく。

 

「あずさ! よせ! それ以上は、お前がヤバい!」

「あずさ! 危険だ! 戻れ!」

 

 そんな、シエンとエドの声も、あずさの耳には届かない。

 ただ、これ以上、梓の泣き声を聞いていたくなかった。

「梓、くん……」

 体中が震え、力が抜ける。今にも倒れてしまいたい。怖い。辛い。苦しい。

 だけど……

「梓くんは……もっと、怖かったんだよね……辛かったよね……苦しかったよね……」

 言葉を掛けていきながら、足を止めることなく、叫び続ける梓に近づいていく。

「けど、もう、大丈夫だよ……あいつらは、やっつけたからさ……もう、何も心配はいらないからさ……」

 そしてやっと、梓の目の前に立ち、

「梓くん……」

 その、傷らだけの身を、抱き締めた。

 

「……」

「大丈夫……梓くんは……わたしが、守るから……」

「……」

 

 その言葉で、梓の悲鳴が止んだ。

「梓くん……?」

 改めて、その顔を見てみる。

 白く、美しかった顔には、自身の爪による、醜い傷が刻まれていた。

 だが、何度も床に打ち付けていながら、顔にはこぶ一つ、晴れ一つなく、元の形そのまま。

 引っ掻き傷など問題にならないくらい、その顔は、美しかった。

 涙と、悲しみと、恐怖に、染まりきっていることさえ除けば……

 

「やっと……思い出した」

 震える声で、涙を溢れさせながら、梓は、独白した。

「私が……強さを求めて……身を守りたかったのは……暴力からじゃない……」

「……」

「あいつら、から……あいつらから……」

 それ以上は、口にするだけで、苦しげで。

 そんな姿を前にしても、あずさには、何もできなくて。

「……誰にも、知られたくなかった……」

「……」

「誰にも……誰に知られても、あなただけには、知られたくなかったのに……」

「梓くん……」

 濡れていても分かるほど、大量の涙を流し、体を震わせ、嗚咽を吐き続け……

「……う……う……うぅ……うぁ、ぁぁっっ……」

 

 声を上げる梓を、それを抱くあずさを、二人の(あずさ)を、アズサは、星華は、シエンは、エドは、何もできず、見つめるしかなかった。

 

「……ぅぅううううううううううあああああああっっ!!」

 

「あああああああぁぁぁぁぁはああああああぁぁぁぁぁあああああああっっ!!」

 

 

 

 第一部 完

 

 

 

 




お疲れ様~。

あ~ら~ら~ こ~ら~ら~
こ~わした~ こ~わした~……

つ~わけで、彼らの二年目の始まりはここで終わり、次話からは二年目枢軸のお話しになっていきますら。
まあいつになるかなんて分からんけどね~。

て~ことで、ここまで読んで下さって、心の底より感謝ですわい。
一部の最後の回が、こんな下品なお話しでごめんね。
まあこれより酷い話しはこの先無いだろうけど……多分。

んじゃ、次は二年目の第二部でお会いしましょ。

ちょっと待っててね。

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