そんじゃ後編だぁ~ぜぇ~。
ちなみに今回、あの子の覚醒回です。
てなわけで、行ってらっしゃい。
視点:外
ダンッ
ダンッ
ダン……
『……』
三人の女子生徒達が立っていた。三人とも、目を見開きながら足もとを見て、口を半開きにしながら、その身を硬直させていた。
足もとからは、白く、細い煙が三つ、立ち上っていた。その煙の発する臭いは、この国では縁の少ない、硝煙の香り。
もっとも、そんなもの以上に、彼女ら三人の意識は、目の前で、黒い金属をこちらへ向け、そして、巨大な音を響かせた、長身の女子生徒にあった。
「もう一度言ってみろ……」
長身の女子生徒は、静かな声で、三人に向かってそう言った。
その声は静かながら、明らかな怒りが籠もっていることが、三人にも、そして、この場にはいない誰が見ても、明らかだった。
三人とも、ただ彼女を見ながら硬直してしまっていて、何かをしようとする様子は無い。
そんな三人に向かって、女子は徐々に近づきながら、再び繰り返した。
「今言ったことを、そのままもう一度言ってみろ……」
「せ……星華、お姉様……」
涙目になっている三人の内の一人が、震える声で、女子生徒の名前を呼ぶ。
恐ろしかった。表情は普通なようで、声も雰囲気も、明らかに激怒している星華にも、その星華が動かすことなく向けている、黒い銃口も、そんな総身からあふれ出す、鋭利に尖った殺意の威力にも……
「聞こえなかったのか……?」
そして、とうとうその三人の目の前に立ち、一人の額に、星華は銃口を突き付ける。
「もう一度だ……もう一度、今言ったことを繰り返せ……」
その目には、逆らうことは絶対に許さぬと言う威圧があった。
「そ、その……」
体が震え、涙が溢れ、思考が停止し、やがて、命令されたことを、動作に起こす。
「あ……あ……」
直前に自身の口から発せられた言葉を、必死に思い出し、言葉にする。
「梓、さん、て……すごく、綺麗で、貴い人と、思ってた、けど……大勢、の、男の、人達に、回されて……すごく、汚らわしい、人だったので、すね……正直、ドン引き、です、わ……」
「……」
言われた通り、声に出した。
そして、それを聞いた星華の顔には、少なくとも、よくできたと、褒めてくれそうな雰囲気は無かった。むしろ、直前まであった殺意が、更に研ぎ澄まされ、増大しているのを感じた。
「梓が汚い、か……」
そして星華は、その女子の髪を引っ掴んだ。そして、
「あがっ……!」
その頭を、後ろに立っている木に固定し、その口の中に、銃口を突っ込んだ。
「……私の梓に対して、そのような暴言を吐く口なら、もういらないな」
「あががががが……!!」
女子生徒の口から、大粒の涙があふれ出る。左右に立っていた女子生徒二人は、そんな星華に恐れおののき、動けなくなっていた。
そして……
「死ね」
ダンッ……
『……』
「……空砲か。運が良かったな」
星華はそう言うと、口から銃を取り出し、しまった。そして、その場にへたり込み、白目を向いて、失禁までした女子生徒に構うことなく、そこへ置いてあった大荷物を肩に掛け、歩いていった。
「さて……」
辿り着いた先で、星華はそれを見上げる。
「男子ブルー寮に来たのは初めてだが……どの部屋か、誰かに尋ねるまでも無いな」
彼女が見上げているのは、男子ブルー寮の、入口ではなく、個室の窓。その内、三階の高さにある一つからは、目に見えるほどの白い冷気が溢れ出て、その窓と、その周囲、全てを凍りつかせている。
氷の力を司る者の住まいであることを察するのは、容易に過ぎた。
「さて……」
部屋を確認したところで、星華は荷物を広げ、中身を取り出した。
手の平に納まりそうなほどに小さな銃を構え、それを、屋根に向かって撃つ。すると、そこからワイヤーが伸び、寮の屋上に引っ掛かった。そして、更に別の引き金を引くと、星華の体が持ち上げられた。
「……よし」
やがて、凍った窓の前でワイヤーを止め、そのワイヤーを体に固定する。そして、ちょうど手近に立っている木の枝に、大荷物のカバンを置いた。
(……最初からこの木を昇った方が早かったか……)
気にしないことにした。
そして、再びカバンを開き、今度は一本のコードに繋がった、細長い金属の山を取り出した。
それを、窓の周囲に、計十個ほど取り付けていく。やがて、窓の全てを覆ったのを見て、再びワイヤーを巻き取り、体を窓よりも上の高さへ持っていく。
「準備オーケー……」
そして、ポケットから小さなスイッチを取り出し……
「ポチっとな……」
ズドォオオオオオオン……
巨大な爆発音と共に、黒煙が窓から吹き上がる。同時に、砕けた氷や、割れた窓ガラスの、パラパラと落ちていく音を響かせ、窓枠が下に落ち、ガチャリ、という音を立てた。
「よし……」
男子生徒の騒ぎ出す声が聞こえてきたのも無視しながら、もう一度ワイヤーを伸ばし、下へ降りる。そして、目当ての部屋の中へ侵入した。
「……っ、寒む……」
部屋の中は、星華が部屋に入る前に想像していた通りの光景が広がっていた。
派手にどこかが壊されていたり、物が散らかっている様子は無い。代わりに、部屋全体を、目に見える白い冷気が漂い、足もとの畳も、壁も、天井も、家具も、何もかもを、白い氷で包んでしまっている。玄関も、靴も、靴箱も、ドアも全て。
(思った通り、ピッキングで中に入るのは無理だったか……)
この部屋の主の心をそのまま表しているように、その部屋は、冷たくなっていた。
「……クシュ」
さすがに女子用の薄着の制服では、これだけの寒気の中で問題ないとは言えない。
もう一度カバンを開くと、そこから、大きく、分厚いものを取り出した。
「まさか、こんなものがこのアカデミアで必要になるとは思わなかったがな……」
言いながら、まずは背中のファスナーを開く。そこに、両手両足を納め、ファスナーを締め、マジックテープで表面を固定。
その後で頭にも巨大なヘルメット被り、首に隙間が生まれ無いよう念入りに固定する。
「寒気は勿論、毒ガスや放射線の中でも活動できる、
被り物のせいでくぐもった声で、誇らしげにそんなことを言う。
その姿は、どこかの宇宙飛行士か、SF映画の雑魚敵を思わせるような様相だった。
「誰が雑魚だ!」
ごめん……
「さて……」
準備を終えて、体の向きを変える。
少なくとも、この部屋に入った段階から、目的のものは発見していた。
一際立ち込める冷気が濃く、張りつめた氷の厚い箇所。
「……」
裸で壁にもたれ掛け、両手でひざを抱え、ひざに顔をうずめ、髪の毛でひざを隠している。冷気や氷は、そんな彼を中心に広がっていた。
そして、そんな姿勢の彼を、部屋と同じように、厚い氷が包んでいた。
「水瀬梓」
彼に向かって、星華が声を掛ける。
ピクリ、と、指先が動いたように見えた。
「……」
ゆっくりと、氷の中で、梓の頭が動く。同時に、氷にひびが入っていき、砕け、崩れていく。
やがて、完全に砕けた氷の中から現れた、梓の視線が、顔が、こちらに向けられた。
「……星華、さん……?」
その顔は、最後に見た時と同じように、引っ掻き傷が刻まれていた。
目の下にはクマができ、いつも見ていた以上に顔色も悪い。
髪はボサボサで所々が捻れ、跳ねていて、いつも見ていた流麗さは、そこにはない。
そんな姿を目の当たりにした星華は……
「美しい……」
自身でも気付かないうちに、口から漏らしてしまっていた。
「……」
梓が軽く、首を傾げる。それを見て、星華は見惚れていたことに気付いた。
「この格好でよく私と分かったな……」
ごまかすために、咄嗟にそう言う。そして、同時に思ったことを口にした。
「平家あずさでなくて、悪かったな」
「……」
防護服を着ているせいで、声はくぐもっているに違いない
だが、それでも梓の耳には届いたようだった。
「……」
右手が動いた気がした。その瞬間、部屋中から、ひび割れる音が響いた。
その後で、ガチャン、ガチャン、と、何かが下に落ちていく音が聞こえてきた。
「これは……」
わざわざ確かめるまでもないが、天井から、壁から、砕けた氷が下へ落ち、足下の氷も、ひび割れていく。
(今、真に苦しいのは梓自身のはずなのに……本当に、心底優しい奴なのだな。水瀬梓という男は……)
それを痛感しながら、今着ている防護服を見る。
「……必要無さそうだな」
それが分かったところで、重く、暑苦しかった防護服を脱ぎ去り、生身を露わにした。
「取り寄せるのに苦労したのだがな……まあいいか」
そして、生身で彼の目の前に立ち、再び声を掛ける。
「隣良いか?」
「……」
返事は無いが、また、首を傾げる。了承していると分かった。
了承を受けたことで、床の氷を蹴り払い、隣の壁にもたれ掛ける。まだ冷たさはあるが、それでも我慢できる温度だった。
「遊びに来たぞ」
「……」
「もっと早く来たかったが、準備に思いのほか時間が掛かってしまってな」
「……」
冗談めかしながら、そう話し掛けるが、梓に反応は無い。ただ、ジッとこちらを見るだけで、それ以上は何も無い。
「……」
だが少なくとも、自分のことを見てくれている。そのことが嬉しくて、肩に手を回す。部屋全体が凍っているうえ、その肌は雪のように白い。だというのに、梓に触れた感触は、とても温かい。
その温かさが嬉しくて、自分の身に抱き寄せた。
「……?」
引き寄せたことで、梓の姿勢が変化し、足が少しだけ開く。ふと、そちらを見てみると……
(むお……!)
かろうじて、声に出すことだけは阻止した。
裸とは言え、パンツくらいは穿いているものと思っていたから、彼女にとっては不意打ちだった。
(で、デカい……!)
感想を抱きつつ、慌てて視線を逸らす。
と、視線を逸らした時、初めて気付いた。
先程爆破し、侵入した窓には、新たに氷が張られている。
(これで、この部屋から出ることは叶わなくなった、というわけか……だが、それでいい)
「……」
そんな星華に対して、隣から、声が聞こえた。
「な、なんだ……?」
よく聞こえなかったので、聞き返す。梓は、言葉を繰り返した。
「……どうして?」
「どうして?」
再び聞き返すと、梓は、小さいが、重そうに口を動かして、はっきりと答えた。
「……どうして、本当に好きでもない、私の元へ……?」
「……」
その質問に、つい、気が重くなる。同時に、引き籠もる前、初めて二人きりになれた時、受けた質問を思い出し、胸が苦しくなる。
「確かにな……」
そして、そんな苦しみを感じるからこそ、はっきりと伝えたい。そう思い、梓の顔を見た。
「お前の言う通り、少なくとも、告白した時点で、お前に惚れていたというのは嘘だった」
梓の視線を感じながら、遠い目になり、天井を仰ぐ。
「お前も、私と決闘をしたなら分かるだろう? 私の、決闘の実力の程を」
「……」
梓は応えない。それでも続ける。
「私自身、強くなるために、それなりの努力はしてきたつもりだ。だが、私には、お前や、平家あずさや、他の仲間達にはある、決闘モンスターズの才能は全くない。色々と学びはしたが、はっきり言って、一流のお前達と違って、私の腕は二流以下。お前達は勿論、遊城十代や、もしかしたら、天上院明日香よりも、私は弱い……」
その顔は、今までの自信満々だった態度が嘘のように哀しげで……
「だがそんな私にも、一つだけ優れていた物があった」
「……容姿、ですか……?」
同じような体験をしてきた梓だからこそ、理解できた事実だった。
「決闘で注目されることは、私には一生掛かっても無理だろう。だが、この優れた容姿のお陰で、子供の頃からチヤホヤされてきた。ミス決闘アカデミアなどというイベントで、アカデミア一の美貌と認められるほどにな。価値の無い称号。そう思っていたのは事実だ。だが……それでも私は嬉しかった」
まるで自嘲するように、その表情に笑みを浮かばせた。
「呆れたものだ。注目されることが嬉しいだなんて。それでも、たとえ私の見た目が目当てだとしても、それでも、大勢の人間に認められ、見られることが快感で、私はそれ以来、女帝でい続けることを選んだ。態度も振る舞いも、帝王に見えるように、強く、気高い女帝に。そうしたら、誰もが私を認めてくれて、気が付けば、アカデミア一の美女になっていた」
「……その口調も?」
「これは元からだ」
梓の途中の質問には、そう普通に返した。
「とは言え、それが長く続くこともないとは分かっていた。実際、去年お前がアカデミアへやってきたことで、生徒達の話題はすっかりお前一色になった。仕方がないと割り切っていたが……少しだけ、お前のことを妬ましいと思っていたよ」
今度ははっきりと、口元に笑みを浮かべる。そんな表情のまま、また梓を見る。
「そして、お前が去年は出なかった、ミス決闘アカデミアに出て、私もそれに出場し、二位になり、お前と決闘をして……そうして、お前と共に注目を浴びたことで、私の中に、再び欲が芽生えてしまった。もう一度注目されたい。アカデミアからの視線を浴びて、目立ちたい。そんな欲がな」
「だから私は……お前に告白をした」
その言葉をキッカケに、彼女の顔から完全に笑顔が消えた。
「嫌がるお前を無理やり引っ張って、私は、お前の恋人に納まった。そして、それでまた目立つことができれば、それで良かった。それで……それで、良かった、はずなんだ……」
その時、普通だったはずの星華の目が、徐々に、滲んでいくように見えた。
「恋人になったから、恋人がしそうなことをした。そうしたら、お前は笑って、優しくしてくれた。そうすることで、視線が集まるのは快感だった。だが、同時にお前が向けてくれた笑顔は、それ以上に嬉しかった」
「お前が弁当を作ってくれた時、とても嬉しかった。別の女に気持ちが傾いていながら、それでも私に対して、純粋な愛情と思いやりを向けてくれるのが嬉しかった。そんな愛情に、もっと触れていたい。日に日に、目立つ以上に、そちらが目的になっていった」
「お前が好きな女が平家あずさだと知った時、なぜか胸に、刺すような痛みが走った。お前が平家あずさと話す度、邪魔してやりたくなった。だから……敗けるとは分かっていたが、平家あずさに、お前の恋人が誰かをはっきり知らしめるために、決闘を挑んだ」
ピクリ、と、初めて梓の表情が動いた気がした。
そのことに気付きながら、星華は続ける。
「そして、その直後だ。お前に、今と同じ質問をされたのは……」
それ以上は、梓の顔は見られないようだった。
「あの時は、答えられず逃げ出してしまった。お前の言った通りだったからだ。私は、お前のことが好きなわけじゃない。ただ、目立つお前の隣で、私もまた、目立ちたいと思っていただけだったのだから。だが、逃げ出したその質問で、思い知らされた。私は……」
そして、苦しげな表情を、必死に梓へ向けながら、はっきりと口にした。
「私は、水瀬梓に対して、本気で恋をしていた」
「……」
それ以上は、やはり苦しそうに、また視線を逸らす。口元にはまた、自嘲が宿った。
「お笑いだ。ただお前という話題だけが目当てだったのが、本気で恋をするなど。そして、本気でなかったことに気付かれていることにも気付かないまま、嘘をついている中で、お前の恋人でいることに対して、誇らしく思っていた。嬉しかったんだ。お前の恋人でいることが……嬉しかった。嬉しかったんだ……」
そして、零れそうな涙を押さえるために、滲ませた目を、天井に向けた。
「そして、今もそうだ。お前が嘘だと言った告白をキッカケに、私は今、お前の隣にいられる。嘘をついての結果だというのに、それが私は、心底嬉しいんだ。笑えるだろう……」
「……」
と、星華がとうとう、堪えきれなくなった時、その目に、何かが触れる感触を覚えた。
梓が、自身の右手で、星華の目の涙を拭ってくれていた。
「梓……?」
「……」
梓は、星華をジッと見つめたまま、声を出した。
「……こんな汚い私なんかの隣を、あなたは、居心地がいいと言うのですか?」
「……」
その質問に、星華の目が見開かれる。
否定されるべきは、仕様の無い嘘で梓の隣を勝ち取り、偽りの恋人でいた、自分自身のはずだった。
なのに、梓はそんな星華ではなく、自分のことを否定していた。
その姿は、酷く哀れだった。酷く痛々しく、辛く、苦しかった。
「汚いなど……」
だが、それは簡単には、否定はできなかった。だから、事実を指摘した。
「あいつらには、無理やり襲われたのだろう。だから、お前はあいつらを恐れていたのだろう。無理やり相手をさせられたから……」
「違いますよ」
梓は、冷たい声で言葉を挟み、星華の言葉を否定する。
「無理やりではありません。私は、自ら進んで、彼らに体を売ったのです」
「え……」
その話に、思わず目を見開いた。
「自分から……なぜ……?」
「生きるためです」
星華が驚いている間に、梓は、答えた。
「幼くて、何も知らなかった私には、生きる術など、皆無に等しかった。毎日ゴミ捨て場の中を歩いて、泥水を啜って、生えている雑草や、落ちている落ち葉や、歩いている虫やネズミを捕まえて、それを食して……そんな時でした。彼らに襲われたのは……」
それは、あの時の狼狽が嘘のように、平然とした、当然だと言わんばかりの、淡々とした口調だった。
「最初は気持ちが悪かった。けど、終わった後で、彼らは食料や、お金を恵んでくれた。その時、私は知りました。彼らの言いなりになっていれば、私は、生きることができると……」
そして、その表情に、星華と同じように、自嘲の笑みを浮かばせた。
「バカですよね……他に、安定して食料を確保できる術など知らなかったばかりに、毎日彼らのもとへ通っては、相手をした。それでも、食料やお金を渡してくれることなど、むしろ少なかったというのに。私がしていた行為がどんなことであったか、それを知ったのは、水瀬家に拾われて、しばらく経ってからです。そして、思い知ったのです。私は……なんて汚いのだろう、と……」
天井を仰ぎながら、さも笑わんと言うような、諦めた口調だった。
「バカですよね……こんな汚い人間であることを、アカデミアに来て、楽しかったからと、忘れていたなんて……私は、実の両親に、ゴミとして、ゴミ捨て場に捨てられた。そして、そこにいた男達に、内も外も穢されて、正真正銘、腐ったゴミと化した。いくら水瀬家に拾われたからと言って、本当に、汚い子供だった。そのことを忘れて、楽しい学園生活を満喫し、未来に希望を抱くなど……」
「……」
「そのことを、あの男達を前にして、ようやく思い出した。そして、思い知ったのです。私は、どこで何年生き、どんな存在になろうと、私は一生、彼らにとっての『穴ちゃん』だということを……」
「……」
「それが受け入れられなくて、あの時は、逃げ出した……本当に、バカですよね……ここまで汚くなってしまった私には、選択肢など、最初から無いのに……」
「……」
「バカですよね……汚いくせに、バカですよね……」
ガバッ
気が付けば、星華は梓のその身を抱き締めていた。
「お前は何も、汚くなどない。お前のことを汚いなどという輩は、この私が赦さん……」
「……汚くない?」
「ああ。お前は、汚くなどない」
「……」
星華の言葉が聞こえた時、梓は、星華の身を引き離していた。
「私……この二週間、お風呂に入っていませんよ」
「そうか……」
「お部屋だって、二週間お掃除しておりませんし、洗濯だって……」
「そうなのか……」
「……二週間どころか、物心ついた頃から十年近く、まともに体を洗った日など無かったのですよ……」
「ふむ……」
「食事は泥水とか、雑草とか、生きたゴキブリやネズミでしたし、時に、排泄物を口にして、餓えや乾きを凌いだこともありましたし……!」
「なるほどな……」
「この身は既に、どれだけの回数あの男達を受け入れた身か、私自身にも分かりませんよ……!」
「それがどうした?」
「あっ、ん……っ」
梓がそれ以上何かを言う前に、梓の口を、星華は自らの口で押えた。
「んっ……ん……」
「……」
戸惑い、混乱している梓の声を聞きながら、星華はゆっくりと顔を離す。そして、再び目を合わせた。
「水瀬梓は、汚くなどない。誰よりも清く、美しい、澄んだ心を持っている。そんなお前のことを、汚いなどと、誰にも言わせはしない。そんな奴がいたら、私が全て、破壊してくれよう……」
「……破壊って……魔王様でもあるまいに……」
梓のそんな言葉を聞いて、星華は微笑みを浮かべる。
「そうだな。それも良い。お前のためならば、私は魔王でも、地獄の閻魔大王にでもなってくれよう」
そして、優しく語り掛ける。
「そして、それでも、お前が自分のことを汚いと言うのなら、そうでないと気付くまで、私が、お前のそばにいよう。例え、汚くないと気付く前に、朽ち果てるのが先だとしても、私はお前のそばにい続けよう」
「……」
「お願いだ。私を、お前のそばにいさせてくれ。汚くない、清く美しい、水瀬梓のそばに……」
「……」
星華のそんな申し出に、梓は、視線を泳がせた。
だがやがて、その大きな瞳を備える目から、大粒の涙が流れた。
「梓?」
「……そうか……」
涙を流しながら、梓は気付いたように、嬉しそうな声を出した。
「……私はずっと、誰かに、そう言って欲しかったんだ……汚くない、と……誰かに……」
「……」
「過去には、汚いことばかりしてきた……そんな私のことを……少なくとも、今の私のことを……汚くないと……そう、言って欲しかったんだ……」
そして、涙を流したままの目で、星華の目を見据えた。
「……こんな私のそばで良ければ、お好きなだけ、どうぞ……」
「梓……」
歓喜と感動に包まれながら、快く受け入れてくれた言葉だった。だが同時に、それ以上を望むこともしない、放棄のような感情を向けた返事にも聞こえた。
だが、それでも星華は、そんな返事が嬉しかった。そして、そんな嬉しさの衝動に任せて、再び梓の顔に、自分の顔を近づけて……
「ん……」
「……」
顔を離した後も、梓の表情に、大きな変化は無い。逆に星華は、熱く高揚していることが自身でも分かった。
そんな顔をこれ以上見られないよう、再び梓の身を抱き締める。
「私は……小日向星華は、水瀬梓のものだ」
「……」
「私は、お前のものだ……」
繰り返し言った言葉に、梓は、相変わらずの無表情を浮かべるだけだった。
……
…………
………………
「……」
部屋に入ると、そこにはいつものように、一人の少女が壁にもたれて座っていた。
いつものことながら、その姿には、女性らしさがまるでない。
股を全開にして座りながら片ひざを立て、手元にはビールの空き缶がいくつも転がり、口にはタバコを咥えている。
(……いや、よく見たら缶ジュースとシガレットか……)
そのことに気付き、万丈目はホッとした気持ちになる。だが同時に、痛ましさと、見ていられない気持ちに駆られた。
「いつまでそうしている気だ?」
「……」
呼び掛けたところで、反応は無い。いつものことながら、それでも言葉を続けた。
「お前は、水瀬梓の精霊だろうが。梓のそばにいなくてどうする?」
「……」
万丈目がそう尋ねた時、ポキ、という音と共に、口にあったシガレットが床に落ちる。
「……今更……」
そして、視線を天井から、万丈目に移しながら、アズサは声を出した。
「今更、僕が梓に、何をしてあげられるっていうんだよ……」
「俺が知るか」
返事をした万丈目の声には、突き放すような冷たさがあった。
「だが少なくとも、友人であり、ずっとそばにいた精霊なら、今こそそばにいるべきではないのか?」
そう語り掛けるも、アズサは相変わらずやさぐれて、視線を逸らした。
「ああ……そうだよ。僕は、ずっと梓のそばに……どころか、梓の中にいた。そんな僕には、梓の気持ちは誰よりも分かる……」
まるでお笑い草だとでも言うように、言葉を吐いた。
「梓の受けた心の傷は、多分、一生掛かっても治んないくらい深いよ。間近で見て、諦めるしかないって匙を投げたくなるくらいにさ。はっきり言って、あれをどうにかするなんて、無理だよ……」
そう言って、手元の缶ジュースを開け、ぐびぐびと飲み干す。梓のことを、そして、これからのことを、完全に諦め、放棄した姿がそこにはあった。
「まったく……」
そんな姿に、万丈目は呆れの声を上げながら、思い出していた。
「この程度の女に、俺は恋人になれと誘いを受けたのだな。誘いに乗らず正解だった」
「……」
そんなことを言われて、アズサは、表情を曇らせた。
……
…………
………………
「僕の恋人になってよ」
「断る」
「……」
告白して、一秒の間も無く返ってきた答えに、アズサは、完全に言葉を失った。
「……せめてもうちょっと驚いてくれてもよくない?」
「驚くまでもなく却下だ。そんな提案……」
アズサの冗談めかした問い掛けに対し、万丈目の口調は、酷く冷たかった。
「俺は少なくとも、真に思う男を忘れるための、代わりの男を買って出るのは御免だ」
「……」
そんな言葉に、アズサは言葉を失った。
……
…………
………………
「……ふふ」
アズサも思い出したようで、笑いながら、落ちたシガレットを再び首に咥える。
「勿体ないことするよねー。自分で言うのもなんだけどさ、正直、顔だけなら梓にだって負けない自身あるんだけど」
「……本当になんだな……」
シガレットを舐めるアズサに顔をしかめつつ、それでも、その事実は認めざるを得ない。
「確かに、顔だけはお前も、下手をすれば梓以上に美しい。顔だけは……顔だけな」
「三回も言うな!」
叫んだことで、シガレットが再び下に落ちた。
「ああーそうだよ! どーせ僕なんか顔が綺麗なだけのおっさんだよ! この学校の女の子みたくおっぱいも無いし! お陰で元いた世界でも男にモテたことなんてないし! 弟や家族同然の付き合いだった弟の彼女にだって女の子扱いされたこと無えーってんだよ!!」
確かに、手元に置かれている空き缶は、一つ残らず缶ジュースだった。なのに、顔を真っ赤に高揚させている様は、酔っ払いが管を巻いているふうにしか見えない。
そして、そんな呑んだくれを前にしながらも、万丈目は、平静そのものだった。
「弟がいたのか……?」
「いたよ! 強いしイケメンだし未来の嫁さんも捕まえてたし、野菜作りが上手な、準より万倍頼りがいのある自慢の弟だよ! 梓に比べりゃ弱いし小っさかったけどね! そんな弟でさえ、僕のことはおっさん扱いだよ!!」
「梓からもか?」
「梓は……! 梓、は……」
突然の指摘に、声を上げていたアズサの口が閉じる。そして、視線を俯かせ、独り言のように、言葉を続けた。
「ああ……そうだよ。梓だって僕のこと、女の子じゃなくて、家族として、友達として扱ってた。そりゃあ、それでも幸せだったよ。梓は優しいし、ご飯だって美味しいし、話してて楽しいし、一緒にいると、こっちまで綺麗な心になってく感じがして……『氷結界』なんて、寒そうなデッキ使ってるくせに、一緒にいたら、すっごく温ったかい気持ちになるし……あの時だって……僕のこと本気で、命懸けで守ってくれたし、今だって……」
「梓のことが好きなんだろうが」
泣き出しそうな語り続けるアズサに向かって、突き放すように、事実を問い掛ける。
「……」
すぐには答えられなかった。だが、すぐに、
「……ああ、好きだよ」
肯定を返した。
「惚れるに決まってんじゃん……あんなに良い男、他にいるわけ無いじゃん……一人占めしたくなるに、決まってんじゃん……いくら、他の娘が好きだって知ってても、諦めきれるわけ無いじゃん……」
そしてとうとう、目から涙を溢れさせた。
「それで、その好きな娘は、僕よりずっと強くてさ……そんな女の子にさ、守るって言われたら、敵うと思えないじゃん……梓を守るって最初に言ったの、僕だったのにさ……僕がそう言った時より、梓は嬉しそうだったしさ……そんな、梓がさ……」
梓と同じように、ひざを抱えて、顔をうずめてしまう。
「一番知られたくないこと、その娘を含めたみんなに知られて……すっごく傷ついて……そのこと一番分かってる僕が、何をしてあげられるってのさ……」
「それでいつまでもこんな所で、たった一人孤独の中に逃げているつもりか?」
「……」
万丈目は、それ以上は言わず、踵を返した。
「……まあ、お前が諦めてしまったというのなら、これ以上何も言う気は無い。あまり無責任なことも言えんしな。だが……」
そして、歩き始める前に、振り返った。
「だが、敢えて言わせてもらうとすれば……」
「……」
「梓のようなタイプの人間には、はっきりと言葉にして伝えた方が、手っ取り早いと思うぞ。それに……」
「……」
「誰よりも奴の気持ちを理解していると言うのなら、そんなお前にしかできないことが、あるのではないのか……?」
その言葉を最後に、今度こそ、部屋を後にする。
歩きながら、長く忘れていた、自分に課せられた役割を、万丈目は思い出していた。
「さて……始めるか」
「……」
残された精霊は、天井を仰ぎ見ながら、未だ部屋に閉じ籠もる、主の……そして、狂おしいほど愛おしいと思う、男の名前を呟いた。
「梓……」
(なにが、梓は僕が守る、だよ……なんにもできないくせに……バカみたい……)
……
…………
………………
『バカ』。
『ブス』。
『死ね』。
『帰れ』。
『化け物』。
『この手紙を読んだ一週間以内にアカデミアを去らなければ、お前は死んだ方がマシだと思える苦しみの後、死ぬ』
「バカみたい……」
それを読んで感じた感想だった。
ほんの少し前に貼られたと見られる不幸の手紙を取り去り、くしゃくしゃに丸める。
その直後、
ピピピピ……
そう、懐の学生手帳が鳴るのが聞こえた。それを取り出し、スイッチを押す。
「はい、もしもし?」
『……チッ、まだいたのかよ。さっさと出ていけよ化け物女!』
プツ……
「……」
ピピピピ……
「もしもし……」
『死ね! この化け物が、目障りなんだよ! 今日中に出て行ってそのまま死ね!』
プツ……
「……」
ピピピピ……
『うーわ! 何で化け物がこのアカデミアにいるんだかなぁ……学校壊す前に出てって欲しーなー!!』
プツ……
「……」
ピピピピ……
『あーあ! 毎日これだけ言っても辞めないなんて。これだからバカのゴリラ女は嫌なのですわ! 明日までに出て行きなさいよ! でないと一生許さないわよ!!』
プツ……
「……」
ピピピピ……
『さっさと出ていけ!』
『この化け物女!!』
『まだいたのかよクソッタレ!』
『おー怖い、化け物がまだこのアカデミアにいますわー……』
『出ていけと言っているのが分かりませんの!?』
『まだいる……死ねばいいのに……』
『化け物!』
『出ていけ!』
『死ね!!』
「……」
それ以上は面倒くさくなり、電源を切っておいた。
こんな通信も、今では日常と化している。授業中以外は、朝も、休み時間も、放課後も、ひっきりなしに掛かってくるから、着信履歴は、非通知着信で埋め尽くされている。
この中から、必要な連絡を探すのには、いつも苦労させられる。
そんなことに溜め息を吐きながら、マジックやらペンキやらの、落書きで埋まった自室のドアに手を掛ける。
中はさすがに無事だった。しかし、まだ昼日中だというのに、光は差していない。なぜなら、ガラスが張られているはずの窓には、武骨な金属の板がそびえていた。
ここ数日、部屋に石を投げ入れられ、そのせいで窓ガラスが全滅した。すぐに寮監の鮎川先生の頼み、新しく張り替えてもらったものの、そのすぐ後にもまた全滅した。
石では割れないビニールでも貼っておくべきかとも考えた。しかし、それだとガラスとは違って簡単に破られそうで、今度は部屋の中へ入ってくるかも。そう考え、仕方なく、使わないという金属板を貰ってきて、炎で溶かし、窓枠に固定した。
窓を開けると、いつ何かが飛んでくるとも限らない。なので、長い間窓も開けていない。
明かりを点ければ明るくもなる。電気は通っているし、皮肉にも、火や明かりには事欠かない。しかし、長い間換気もしていないせいか、なんとなく部屋の空気が重い。
そんな部屋の中で、あずさは明かりを点けることもせず、ベッドの上に、ドサリと横になった。
「はぁー……」
「大丈夫か?」
溜め息を吐くあずさに、彼女の精霊、シエンは、実体化しながら声を掛ける。
「大丈夫って何が?」
「……分かっているくせに、言わせるな……」
そのすぐ後で、キザンも現れた。
もちろん、彼らの質問の意図は分かっている。だから今度は普通に答えた。
「別に。小っちゃい頃からこんな感じだったし、今更同んなじだよ」
「小さい頃から?」
「そ。アカデミアに来る前から、こんな感じだったしさ。慣れてるよ。このくらい……」
『……』
残りの四人も顔を出し、ジッと横になっているあずさを見ていた。
そしてあずさは、そんな六人の視線を感じつつ、過去に思いを馳せていた……
体が小さく、頭が悪い。
キッカケは、ただそれだけだった。それだけを理由に、いつからかは知らないが、小学生時代は、クラスから弄られるのが役割となっていた。最初の頃は、それでも軽い悪ふざけや冗談のレベルだったから、あずさも笑って許していた。
だがやがて、それで周囲の人間は調子に乗り始め、悪ふざけも冗談も、どんどん過激になっていった。
擦れ違う度に小突かれていたのが、暴力と呼べるほどの威力を伴っていった。
給食の時間には、周りから美味しいおかずを取り上げられ、逆に不味いおかずを押し付けられた。
誰かに話し掛けても無視されることが増え、机の中や外に落書きされたり、上履きや私物を隠されたり。
トイレに入っていて、水やゴミ、泥を被せられることはしょっちゅうあった。
そんなことがずっと続いて、あずさはとうとう、担任教師に泣きついた。だが、担任教師は、いかにも面倒だという態度で、それらしい言葉を並べ立て、様子を見ようの一言で終わらせた。
子供なりに、この人では頼りにならないと悟ったあずさは、他の先生にも相談した。
しかし、全員が全員、様子を見ようと見放し、お前に問題があるのではないかと突き放し、自分でどうにかしろと見捨てた。
教師の誰からも無視されて、喋ったことで、そして、何の咎めも無いことでなお更エスカレートしていく虐めの毎日を生きながら、それでもあずさは逃げ出さず、泣き寝入りだけはしなかった。
一つだけ、先生の言葉で、共感できる言葉があった。
自分で何とかしろ。
なら、そうしてやろうと心に誓い、その日以来、あずさは人知れず、自身の体を鍛え始めた。
家族には悟られぬよう、虐めや嫌がらせを甘んじて受け、誰にも見つからぬよう体を鍛え、力を蓄えて、チャンスがやってくるのをひたすら待った。
そして、ある日の授業中、いつものように、あずさはクラスの生徒達から嫌がらせを受けた。
例によって、他の生徒達は笑ってそれを眺め、担任教師は、見て見ぬフリを決め込んでいた。それを見て、あずさはとうとう、拳を上げた。
まず、自分に嫌がらせをしてきた者達、そして、それまで自分に暴力を振い続けてきた生徒達を、一人残らず、動けなくなるまで殴り付けた。もちろん、男子だから、女子だからと、手心は加えない。男子も女子も、自分を虐め、蔑み、笑った者達は、一人残らずこらしめてやった。
担任教師もボコボコにし、自分が教師として手を抜いたことがどんな結果を招いたか、体に教え込んだ。
そうして痛めつけた生徒や担任は、よほどあずさへの恐怖がその身に刻まれたようで、クラス内で喧嘩が発生し、あずさ、あずさを虐めなかった生徒、見て見ぬフリをして何も言わなかった生徒、それ以外が勝手にケガをしてしまった、と、頼んでもいないのに嘘の証言をしてくれた。
後日、生徒達の何人かは入院し、担任教師は、学校を退職していった。
学校側もさすがにおかしいとは思ったものの、その怠慢で保守的な性質のお陰で、生徒達や担任教師の証言で無理やり納得し、それでもうるさく嗅ぎまわる教師には、あずさが直々に脅しを掛けた。
その日以来、あずさに対する虐めは一切無くなった。教師の誰かに言われた通り、あずさは見事に、自分の力だけで虐めを克服してみせた。
だというのに、その日を境に、あずさの日常は一転した。
教師も生徒も、誰もがあずさのことを恐れ、進んで関わろうとはせず、あずさが話し掛けたら、無視はせず、あからさまに脅えるようになった。
おまけに、既に学校の外には噂が広がり、自分だけでなく、家族まで、白い目で見られるようになった。
これは、欲しかったものじゃない。
そのことに気付いた時には、既に遅すぎた。あずさが欲しかったのは、恐怖による支配ではなく、ただ、普通に仲の良い友達と過ごし、笑い合う、穏やかで楽しい学校生活だった。
もっとも、そんなことを思う度、こうする以外にどうしようもなかったという現実を思い知り、余計に胸を締め付けた。
だがいずれにせよ、もうこれ以上、この学校に、そして、この町に、自分の居場所は無い。
そのことに気付いて、あずさは、家から遠く離れた場所に行こうと考えた。
そして、そのために、たまたま目についたもの。それが、決闘モンスターズだった。
決闘アカデミア中等部へ入った後は、極力大人しく、平穏無事でいられるよう努めた。
すると、小学校のような虐めも無く、明日香ら友人もでき、それなりに楽しい毎日を送るようになった。
友人が男子生徒に絡まれ、襲われそうになった時は、思わず暴力を振った。それでも、明日香達はあずさを恐れることなく、優しく受け入れてくれた。
高等部に上った後も、それまで通り普通に過ごしていた。
そんなある日、明日香達が、刀を持った男に襲われているのを見て、割って入り、その男と殺し合った。
それを止められた後で、お互いに誤解があったことを理解し、和解した。そして、その男子生徒と決闘をした。
その直後だった。
生まれて初めて、愛の告白を受けた。一目惚れしたから、という理由で。
嘘か冗談かと、最初は思った。自分が男に惚れられるような女でないことは、誰よりも自覚していた。しかし、彼の目に嘘は無く、真剣な、力強い視線を向けられていた。
返事をもたもたしている間に、フッたことになってしまったが、気が付けば、あずさもまた、その男子生徒に恋をした。
そんな感情も、生まれて初めてだった。
たとえ自分が傷つき、命が危うくなろうとも、そんな命を賭して、守りたいと思う誰かがいるなんて。
梓のためなら、いくらでも傷つくことができる。
本気でそう思えたから、あずさは、暴走する梓を、命懸けで止めた。
そして、深く傷ついてしまった梓が、これ以上傷つかないよう、代わりに自分が傷つくことを選んだ。
「狂ってるね」
横から、再び声が聞こえてくる。シナイの声だった。
「梓が部屋から出てくるまで、ずっと我慢するつもり?」
「そうだよ」
彼らの方を見ることはせず、あずさはただ、返事を返した。
「ていうか……狂ってるっていうなら、梓くんも大概そうじゃん」
『……』
その言葉には、さしもの六人も、反論できなかった。
「友達のこと傷つけられると真っ先に怒るくせに、自分ことには全然でさ。本当は誰よりも傷ついてきたのに、そうやって我慢ばっかりして、周りのことばっか優先して……もっと、自分のために力を使ったって良いのにね。そんな人のこと、狂ってないって、言える?」
『……』
やはり、何も答えることができず、目を伏せる。
「正直、別に狂ってる自覚は無いけど……そんな狂った人のこと守りたいって思ったらさ……こっちだって、同んなじくらい、狂ってなきゃダメでしょ……」
「本当に狂って、壊れてしまったとしてもですか?」
「……ミズホは、シナイが梓くんと同じ目に遭ったとしても、狂わずにいられるの?」
「そ、それは……」
瞬時にそう返され、シナイを見ながら、答えることができなかった。
「ミズホ……?」
「……」
シナイに声を掛けられても、ミズホは戸惑いの表情を浮かべるだけ。
夫婦と言っても、それは言ってしまえば、ゲーム内だけの設定でしかない。
それでもミズホにとって、シナイは唯一の存在であり、誰にも渡したくない、愛する人だった。そんなミズホのことを、シナイもまた、愛している。
決闘モンスターズの中では非常に珍しい、夫婦と設定付けられたモンスター達にとって、夫婦とはお互いに、それだけ意味のある存在だった。
「……まあ、別に良いけどさ……」
あずさはそう声を出すと、天井へ向けていた体を、壁の方へ向けてしまう。
「狂ってるわたしのことが嫌になったなら、梓くんのところに戻る?」
『……』
「それでも構わないよ。わたしは元々、一人だったし……」
それ以上は言わず、シエンらの言葉を待った。
「……いや」
そう声を出したのは、シエン。
「主がトチ狂ってることなんざ、私達にとっては珍しくもねえ。お前がそうしたいっていうなら、私は、精々お前が本当にトチ狂うまで、お前の元にいるさ」
楽しげに、平然と答えた後で、残りの五人に視線を向ける。
「お前らはどうだ?」
『……』
「……ま、いいんじゃねえか?」
「そうだね。今更、梓の元に戻るのもどうかと思うし、戻るにしても、それは今じゃない」
「第一、仮に戻ったところで、私達にできることはありません」
「今の俺達の主は、平家あずさだ」
「ふ……」
五人とも、シエンと同じく、あずさの元にいることを選んだ。
そのことに対して、あずさに反応は無い。
嬉しいとは思った。しかし、結局のところ、それ以上に考えていたのは、一人の男のことだった。
(梓くん……いつでも、お部屋から出てきて大丈夫だからね……誰も、君のこと虐める人なんていないから……この学校にいる限り、虐められるのは、わたしだけだから……)
(わたしは、ずっとずっと……君の味方だから……)
やがて、あずさは眠りについた。
三人とも、一人の男のことを、心から思う気持ちは同じ。
だが、三人が三人共に、その形の有り様は、見事に相反していた。
傷ついた梓を見ながら、それでもそばにい続けようとする者。
傷ついた梓の心を理解し、何もできないと諦めてしまった者。
傷ついた梓がこれ以上傷つかぬよう、傷つくことを選んだ者。
たった一人の男を中心に、三人の女達は、自身の選んだ道にいた。
形はどうあれ前へ進みながら、或いは立ち止まりながら、その道の先には、たった一人の男の姿があった。
(梓……)
(梓……)
(梓くん……)
……
…………
………………
そしてここにも、自身の選んだ道を突き進む者がいた。
「『アームド・ドラゴンLV10』の攻撃! アームド・ビッグ・ヴァニッシャー!!」
「きゃああああああああああ!!」
万丈目の攻撃により、明日香のライフがゼロに変わる。
明日香や十代達の知らぬ間に、ブルー寮を白く染め、生徒達の制服まで白くした。そんな万丈目にお灸を据えようと、同じブルー寮生徒として挑んだ決闘。
その決闘で、見事に返り討ちにされた形となった。
「明日香!」
そんな明日香に、後ろで見ていた十代が駆け寄った。
「おい明日香、大丈夫かよ……」
「……大丈夫よ」
その返事に、十代は安堵を覚える。その直後だった。
ゴ
ゴ
ゴ
ゴ
ゴ
ゴ
ゴ
ゴ
ゴ
ゴ
ゴ
「あ、あれ……?」
明日香からなぜか、不穏な空気を、十代は感じた。
「今…感じる感覚は……おれは『白』の中にいるということだ…」
「……へ?」
「『黒』と『白』がはっきり別れて感じられるぜ! 傷ついた体でも勇気が湧いてくる、『正しいことの白』の中におれはいるッ!」
「おい、明日香……?」
ただならぬ明日香の様子に、十代は再び声を掛ける。その時、明日香は振り返りざまに、右手を上げた。
「
右手に握られているのは、本来は青色のはずの、白の制服だった。
「おれはブルー寮を超越するッ!」
「着替え早やっ!?」
十代が言った通り、ほんの一瞬の内に、明日香の着ていた制服が、青色から、白色に変わった。
「
「うり? お、おい、明日香……?」
「天上院」
再び十代が、明日香の名前を呼ぶ。明日香は返事ではなく、突然名前を名乗った。
「天上院明日香。ジョジョって呼んでくれ」
「ジョジョ……いや、呼べねえだろう。名前の中にジョは一個しかねえじゃんか」
何やらポーズを決めている明日香に対して、十代は正論で返した。
しかし、明日香はまた十代に向き直った。
「十代? 『
「何でだよ!
「……」
「な、なんだ……?」
(カワイイ……なんて……なんてカワイイんだろう……オレにツッコミを入れている……十代が……)
「明日香ー?」
そして、そんな二人のことを、翔や吹雪ら他のメンバーは、決闘フィールドの下から見ていた。
「吹雪さん、あれ……」
「ああ……明日香、まだあのマンガ読んでたのか。まあ、正直、僕が消えて、帰ってきた後にもまだ連載が続いてるのには驚いたけど……」
こうして、のちに『美白ブーム』と呼ばれる変化が、決闘アカデミアで始まっていた。
To Be Continued……
お疲れ~。
っさあ! てめえらどれが見たい?(二度目)
外見:長身、巨乳
属性:テック
種族:姉さん
効果:銃火器
種類:ぽっと出系ヒロイン
形態:片思い(押せ押せ型)
誓い:「私はお前のそばにいよう」
分岐:女帝ルート
結末:星華END
外見:美少女、絶壁
属性:ファイト
種族:ジジイ系僕っ娘
効果:輪刀
種類:家族系ヒロイン
形態:片思い(諦め我慢型)
誓い:「僕が君を守る」
分岐:舞姫ルート
結末:アズサEND
外見:童顔、爆乳
属性:パワー
種族:やや天然
効果:超怪力、火炎と熱
種類:(一応)メインヒロイン
形態:両思い(事情有り無干渉型)
誓い:「わたしは君の味方だよ」
分岐:統焦ルート
結末:あずさEND
これ以上ヒロインが増えることはない。多分……
誰が選ばれるかな~?
ちなみに属性は、エナジーが梓で、アニマルはグリムロってことにしといてちょうだい。
せっかくだから、誰か彼らのチーム名でも考えてあげてよ……
まあ、冗談はこの辺にして、今後の展開は分からんが、とりあえず、ちょっと待ってて。