遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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いぇあ~あ~。
第二話だ~。
行ってらっしゃ~い~。



第二話 白の侵略、頑なの青

視点:外

 レッド寮、イエロー寮、そして、残る一つは、ブルー寮。

 今更ここにまとめるまでもないほど、アカデミアの有する寮がその三種類であり、その色が名前の通りの三色であることは、誰にとっても常識となっている……はずだった。

 本来、ブルー寮として建立しているはずのそれは、どこをどう見ても、ブルー、と、呼ぶことはできない姿に、変貌してしまっていた。

 そして、そんな変貌した姿の寮で、寮と同じように変貌してしまった生徒達は、その寮のことを、その変貌の証として別の名で呼んでいる。

 『ホワイト寮』。

 それが、変貌し、新たに生まれ変わったオベリスクブルー寮の呼び名と化していた。

 

 だが、そんな真っ白な建物の中に、一箇所だけ、元の青い色そのままの部分があった。

 表面が凍り付いているせいで、その氷の内側にある壁に色を塗ることはできず、必然的に、その部分だけが、元の青色を残している。

 ただでさえ目立っている、全身が真っ白に染まったその施設の外壁の中で、執念深く残る青色は、白以上に遥かに際立って見えた。

 それはまるで、その凍った窓の内にいる住民の、決して染まりはしないという強い意志の表れのようにも見えた。

 そして、そんな青色の示す通り、中にいるのは、青色の、二人組だった。

 

 

 

視点:星華

「ま、待て……待って、梓……」

「怖がらないで下さい」

 愛しい男の声が、すぐ近くから聞こえてきた。

 あまりにも近く、風や、空気の音すらも遠くへと聞こえそうなほど、今にも二人が、一つになってしまえそうなほどに近く……

「力を抜いて……そのまま、握りしめて……」

 同じように、耳元にそんな、優しく、耳に心地良い声が響いてくる。

 それだけで、心が癒され、肉体は融けてしまいそうなほどの、甘い声。

 今すぐにでも縋り、従いたくなる、そんな、魅惑の声。だが……

「だ……ダメだ……怖いんだ……」

 いくら声が優しくとも、恐怖が先んじる。

 梓の声を聞き、近くに体温を感じていれば、空を飛べそうな気さえする。

 それでもやはり、初めては、怖い……

「大丈夫です。何も、怖いことなどありません……」

 だが、そうして震える私に掛けられる声は、変わらぬ優しさと、柔らかさがあった。

「私がついておりますから、大丈夫……」

 ああ……

 本当に、いつまでも聞いていたい。何度でも聞いていたい……

 あまりにも心地よい声に、そちらを振り向くと……

 思った通り、私の目線よりも低い位置に、暖かで、優しい、梓の顔がある。

 声で耳を溶かされて、姿で目を奪われる。

 この美しさ……はっきり言って反則だ……

「梓……」

 今日まで何度呼んだか分からない、狂おしいほど愛しく思う男の名前。

 それだけで、私はもう、この男に逆らえる気がしない……

「慌てる必要はありません。しっかり握りしめて……」

 言われた通り、すっかり皮の剥けた、固く、太いそれを、しっかりと握りしめる。

 握り過ぎたせいか、とても熱い……

「ああ……そう、そうです。さあ、そのまま手を動かして……」

 黙って従い、手を動かす。心臓が脈打つ。梓の鼓動が、こちらへ伝わってくる……

「さあ、そのままそれを、当てて下さい……」

 右手に熱く、そして、硬いそれを、ゆっくりとあてがう。左手で支えながら、ずれないように固定する。

 いよいよ、この時が……

「良いですか? 星華さん……」

 梓……梓……

「……ああ、構わない。私はもう、構わない……!」

「では、星華さん」

「ああ……」

 そして、そのまま、力を込め……

 

 ザック……

 ブシュゥゥゥ……

 

「……ルォォォぉぉおおおおおおおおおおおおおおあああああああああ!!」

 

「きゃー! 星華さああああああああああん!?」

 

 

「だから言ったんだ。私に料理は無理だと……」

 そう悪態を突きつつ、私は今、梓に包帯を巻いてもらっている。

 まあ聞いての通り、たった今、梓から料理を習い、それを実践していたところだ。

「そうですね。実に心臓に悪い……というか、これは、料理が上手い下手といった次元の話ではないように思います」

 梓はそう返しながら、丁寧に包帯を巻いていっている。その声と、顔は、だいぶ呆れが立っている。

「ニンジンを切っていて、一体、何をどうすれば、左手の指ではなく、左手首の内側をざっくり切るのですか? 出血を押さえるだけで一苦労ですよ」

「むぅ……」

 まあ、皮肉るのも無理はないな。台所にある、まな板の方を見ると、皮を剥いてあるニンジンと包丁、そして、結構な量の血痕があった。

「……まあ、お前の美しい顔があんなに近くにあったんだ。見惚れて集中が欠けるのも無理はあるまい……」

「はいはい」

 ……いかにもな声と顔を作ってみたのだが、笑って返すだけで効いちゃいない。

 はぁ……いっそ、押し倒してくれれば、喜んで受け入れるのだがなぁ……

 ま、梓に限って、そういうことは期待するだけ無駄だろうな。

 

「お前の力で、瞬時に治せないのか?」

 考えても虚しくなるから、話題を戻すことにした。

「私の力?」

「何と言ったか……塩の力?」

虎将(こしょう)です」

「そう。それだ」

 この部屋で、梓と共に過ごすようになってからというもの、梓の持つ能力についても、全てではないだろうが、聞くことができた。

 最初にこの部屋へ来た時にはあった、顔の引っ掻き傷が、綺麗に治っている力の正体に関してもな。

「私の力で治すことができるのは、自分自身のケガや傷だけです」

「そうか……」

 まあ、ある意味お約束だな。

 

「……はい、できました」

 包帯を巻き終え、治療の完了を告げてくれた。

「刃物を扱う時は、とにかく自分を切ってしまわないよう気を付けること。拳銃の注意事項と、大筋は同じです。留意して下さい」

「はい、すみません……」

 誰にそうしろと言われたわけではないが、そうするべきかと思って、現在正座中だ。

「……まあ、それはもう構いません。あなたの食事のお世話は、私がさせていただきますから」

 そう言って、台所に立とうと立ち上がったが、それを私は制した。

「まあ待て。たまには、手を抜くのも悪くは無かろう?」

「手を、抜く……?」

 その言葉を聞き返したところで、私は、持ってきておいたカバンをひっくり返した。

 ここに入るために要した防護服を除いた、フックショット、爆薬一式、拳銃と銃弾各種、サバイバルナイフ、手榴弾、そして、私の大好物である、カップラーメン各種……

「……四次元ポケットですか? そのカバンは……」

「それは聞かないお約束だ」

「……戦争でも始める気ですか?」

「防護服以外、このくらいは普通だろう」

「日本という国で、よくこれだけ……まあ、それは良しとしましょう……」

 そう言葉を打ち切った後は、視線を兵器から、カップラーメンに映した。

「……どれだけ持ってきたのですか?」

「まあ、ざっと、半年分くらいか……」

 具体的な個数は、押して量るべきだな。

「お前がこうして、一応は立ち直るかどうか分からなかったのだ。このくらいは当然だ」

「……というか、お湯はどうするつもりだったのですか? 私が氷を融かさないままだったら、水道も止まって、お湯どころか水も手に入りませんよね?」

「心配はいらん」

 そう言いつつ、携帯コンロと鍋を取り出す。

「氷を出すことはできるか?」

「……まあ、可能ですが……」

「なら、この鍋に入れてくれ」

 梓は首を傾げながら、手をかざす。すると、そこに、剣の形をした氷が現れ、握られた。

 それを短く折って、鍋の中に入れる。

「こうすれば、水はいくらでも手に入る。雪山で水を確保する際も、こうして雪を融かすのだ」

(いずれにせよ、携帯コンロがある前提の話なのですね……)

 

 そうして、コンロで熱すること、五分くらいか。氷は融け、液体となり、沸騰し、お湯となった。そこで、カップラーメンの山から二つ取り出す。

「さあ、どっちがいい? 『青眼の白鶏 歓びの爆裂塩風味』と、『真紅眼の黒豚 濃艶湯』」

「……え? 私ですか……?」

 かなり意外そうにそう言った。

 私がここに来てからというもの、梓は私に、毎日三食、美味い食事を作ってくれる。それはもう、感想を言う時間ももったいないほどの美味さだ。多分体にも良いだろう。

 なのだが、その間、梓の方は、まともに食事をしたのを見たことは無い。

 食わずとも生きていける体だとは聞いたが、やはり、一緒に食事ができないというのは寂しいことだ。

「遠慮はいらん。好きな方を選ぶがいい」

 だから、多少強引にでも押し付ける。それがカップラーメンというのも粗末とは思うが、それでもせっかく一緒なのだ。大好物を一緒に食べる楽しみくらい、味わいたいものだ。

「……青眼の白鶏……歓びの爆裂塩風味……」

「さすがに目が高いな」

 注文を取った後は、蓋を開き、火薬と粉末、お湯を注ぐだけの簡単な作業だ。

 お湯を注いだ後は蓋を閉じ、三分ジャストの砂時計をひっくり返し、時間を測る。

 梓の作る弁当に比べれば、手間と呼べるものは皆無に等しい、インスタント食品。

 それでも、お湯さえ用意できる環境であれば、手軽に腹を満たし、そして、美味いものを作った者達に、私は心より敬意を表する。

 と、カップラーメンに思いを馳せている間に、三分という時間はあっという間に過ぎた。

「よし。蓋を開けろ」

 指示をして、二人同時に蓋を開ける。

 私の方からは、香ばしい黒豚豚骨の香りが、梓の方からも、あっさりとした塩風味の鶏ガラの香りが漂っていることだろう。

 蓋を開けた後は、蓋を押さえていた割り箸で中身をよく混ぜる。

 スープの味が全体に馴染んだところが食べ頃だ。

 梓の方も、不慣れながら混ぜている。手本を見せる意味でも、私は一口、麺をすすった。

「……美味い」

「……」

 梓も、あの時の言葉が正しければ、これが人生で初のカップラーメンだろう。

 それを、一口すする。麺の後には、スープも一口……

「……美味しい」

「そうだろう、そうだろう」

 その言葉が嬉しくて、自然と私も、箸と口の速度が上がる。

 所詮は人口のインスタント食品だから、素材から作られた手作りには、温かみや温もりでは到底敵いはしない。栄養も、体に悪いと言われればその通りだ。

 だとしても、消費者にとって、より上手いものを安く、手軽に振る舞おうとした努力の結晶。それがカップラーメンだ。

 そう考えると、日本人として誇らしい気持ちになり、よりうまみが増していく。

 気付かぬうちに、麺は平らげてしまっていた。残ったスープも、全て飲み干した。

「ご馳走さま」

 食い終わった後は挨拶。これも忘れない。

「どうだ梓? 美味い、か……?」

「ええ。美味しかったです」

 ……見ると、梓は既に、私が食べ終わるよりも遥か以前に、カップを空にしている。

「……意外と、早食いなのだな……」

「そう、でしょうか? 普通だと思いますが……」

 ふむ……まあ、いい。

 

 食べ終わった後は、空になったカップはしっかり水洗いし、燃えないゴミに出した。

「どうだ? たまにはこうして、料理の手を抜くのも悪くはあるまい?」

「……そう、ですね……」

 優しく笑いながら返事はしているが、納得はしかねているようだな。

「まあ、私のように、料理が全くできないという人間は世界中にいる。そういった者達のために、技術の粋が詰まった食料品だ。否定することもあるまい」

「はあ……いえ、否定する気はありません……」

 まあ、気持ちは分からんでもないがな。

「まあ、料理などできずとも、最悪、ナイフと火があれば、腹を満たすことはできるがな」

 ナイフとライターを見せながら、そう笑い掛けてやった。

 梓は梓で、首を傾げている。

「ナイフと、火で、ですか?」

「ああ。刻む、洗う、火を通す。この三つだけで、大抵の生き物は食える。サバイバルの基本だな」

「……そのうちの、刻む、すらまともにできない人が言いますか?」

 むぅ……

「第一、そんなことせずとも、生のまま食せばいいのでは?」

「え……?」

 梓は平然と、言葉を連ねた。

「わざわざ火を通さずとも、食すことは可能です。どうせ、生きるためには食す以外に無いのですから、余計な手間を掛けることなくすぐにお腹を満たすべきです」

「……いや、それはさすがに、腹を壊すと思うが……」

「たかが生食程度でお腹を壊し、体を壊す程度の生命力なら、どの道その人に、それ以上生きていく力はありません。ゴキブリだろうがネズミだろうが、捕まえた瞬間口に入れなければ、すぐに逃げられてしまうのですから。体調を気にして、火を通す、という余計な手間を考える暇があるなら、生を優先して、栄養の摂取を急ぐべきです」

「……」

 そう言えば、そんなことを言っていたな。

 うむ……私とは、くぐってきた修羅場の数が違う。というか、修羅場の性質というか、種類がそもそも違う。私の常識は全く通じないようだ……

 

「……まあいい」

 話題を変えるとしよう。この話題でそれ以上話を続ける自信は無い。

「……というか、星華さん」

「え?」

 む、今度は梓の方からか?

「今更ではありますが、何もあなたまで、授業を休むことは無いのでは?」

 なんだ、そんなことか。

「私はお前のそばにいると言ったはずだ。お前が授業に出ないのなら、私とて、出る理由は無い」

「はあ……」

 やはり、納得しかねているな。まあ、それはもういい。

 話題を変える。

「それはそうと、もうすぐ修学旅行の時期だ」

「……しゅうがく、りょこう?」

「そうだ。お前は、どこへ行きたい?」

 尋ねてみたが、梓は首を傾げているだけだ。

「しゅうがく、りょこう……」

「そうだ。中学校でも行ったろう?」

「……そういう名前の行事は確かにありました。しかし、あの家の人達が、参加を許して下さったと思いますか?」

「……」

 経済的な事情や、その他の理由で修学旅行へ行けなかったというのも、あり得ない話ではない。

 それでも、そういう人間は初めて見た。しかも、理由はただ、許されなかったから、とはな……

「ふむ……ならば、お前はどこへ旅行へ行きたい?」

「どこへ?」

「そうだ。毎回、目的地は違うらしいからな。お前はどこか、行きたいところはあるか?」

「私は……」

 尋ねると、少し考え始めた。

「……旅行と呼べるものなど、一度も行ったことが無いので、何とも言えません……」

「……そうか」

 それも、虐待の一種だったのだろうな。

 私がそう考えた後で、こちらに目を向けてきた。

「……そういう星華さんは、どこか行きたい場所が?」

「私か? 私は……」

 まあ、何だかんだ言って、行きたい場所は一つ。

「静岡県だ」

「静岡……?」

 心底不思議そうに、首を傾げている。いちいち可愛い仕草だな。

「なんでまた?」

「なに、理由は単純だ。聖地巡礼、というやつだな」

「聖地? 静岡県が?」

「そうだ」

 まあ、人に聞かれればお笑いだろうが、それでも、昔から行ってみたい場所ではある。

「実は、とあるホラーテレビゲームのシリーズの大ファンなのだよ」

「はあ……テレビゲーム……それも、ホラーですか……」

「そうだ。ただのホラーゲームではないぞ。プレイヤーを精神的に追い詰め、時に弄ぶ、世界一に輝いたこともある芸術品だ」

「……」

「その舞台のモデルたる静岡県、ぜひ行ってみたい」

「……そんな理由ですか?」

 結局また、納得しかねる、という顔でそう尋ねてきた。

「旅行へ行きたい理由など、その程度で十分だ」

「そうですか……じゃあ、私は……」

 お? 言うのか?

「……茨城県に、行ってみたいです」

「茨城……」

 思わず、聞き返してしまった。

「なぜ、茨城……?」

 そう問うと、少し恥ずかしがりながらも、何やら柔らかに微笑みながら、答えた。

 

「茨城県は……日本一美味しい、『水戸納豆』の産地ですから……」

 

 そう言った表情は、ただ純粋な憧れと、好物への喜びを浮かべた顔だった。

「……納豆、か……」

 そう言えば誰かが言っていたな。取り上げられたら血の涙を流すほどに、納豆が大好物であると。

「……そんなに、納豆は、美味いのか?」

「美味いですよ」

 そう、はつらつとした、この部屋に来て最も良い顔で、語り始めた。

 

「大粒納豆、小粒納豆、引き割り納豆と種類はありますが、お勧めはやはり、最もポピュラーで、どこでも簡単に買うことのできる小粒納豆でしょうね。調理もしやすい上に、粒も多くてボリュームがあって、お腹にも貯まりますし。大粒納豆も美味しいのですが、大きいことで必然的に粒も少なくなるので、小粒納豆と同じ感覚で食べると物足りなさを感じるかもしれません。私は大好きですが。引き割り納豆は、やはり形が崩れている分食感に寂しさはあります。元々が調理用ですからね。とはいえ、単純に食べやすいので子供やお年寄りの人にもお勧めできますよ。私ももちろん好きですが。それから、ご存知のように納豆パックには、ほぼ必ずタレとからしが着いてきます。中にはタレのみのものもありますが。からしは香りとパンチを加える効果はありますが、個人的に、あまり好相性とは思えませんね。もちろん悪いとは言いません。私自身、からしを入れて食べることもありますから。しかし既存のタレとからしだけとなると、せっかくの納豆の香りと味がからしのそれらに負けてしまって、納豆本来の味を楽しむことができなくなってしまうのが欠点ですね。もちろん、最終的には人の好みなので一概にどう食べるのが良いとは言いません。私がお勧めしないというだけで納豆にからしは必須だと唱える人も当然いるでしょう。ただ必須と言えば間違いなく言えるのが、納豆にネギは必須だ、ということです。間違いありません。必須です。色合いや味の相性は元よりお互いに足りない栄養素を備えていて、組み合わせることで必要な栄養をバランスよく摂ることができます。何より納豆の香りとネギの香り、この二つの愛称が絶妙で、一度この味を知ってしまえば最後、ネギの無い納豆など考えられなくなってしまうことは間違いありません。テレビでも料理評論家はもちろん、埼玉県春日部市在住の五歳児までもがこの食べ方を推奨しているくらいですから、私以外にもこう考える人はおります。もちろんネギにも好き嫌いはあるでしょうから一方的に推奨するわけにはいきませんが、少なくとも私にとって、ネギのない納豆など『サイクロン』が一枚も入っていない一般的なビートダウンデッキと同義と思えるほどに、あって当然のものだと考えます。それだけ、とにかく納豆とネギという組み合わせは芸術的レベルに最高の相性で……」

 

「……ふむ……ふむ……」

 こうして、基本的に私の方から喋っていたのが、いつの間にやら、梓の納豆談義へと変わってしまった……

 

 

 

視点:あずさ

「……あれぇ? どうしたんだろう……」

 学校で、星華さんの姿を全然見なくなって、何日か経った時、わたしはやっと、その異変に気付いた。

 一昨日くらいまで、わたしの学生手帳には、山みたいな量の迷惑メッセージやイタ電が来てたんだけど、昨日からは一つも来なくなった。

 それだけじゃなくて、わたしが前を通れば、必ず石を投げるか暴言吐いてた人達は、突然わたしに興味を無くしたみたいに、通っても素通りするようになった。

 他にも、陰口とか、わたしのせいにする悪戯も無くなったし。

 もう飽きちゃったのかな? プライドだけは一人前なブルー生徒達なら、わたしが本気で怒って、寮を壊しにいくくらいの、怒らせることするまでやめないと思ってたのに。

 変わったことって言ったら、その生徒達も、ブルー寮まで、どうしてか白くなっちゃったってことくらいだし……

 

 ……て、疑問に感じながら歩いてると、目の前に突然、決闘ディスクが飛んできた。

 そんな決闘ディスクに向かって、両ひざ曲げながらジャンプして……

 

 バ ァ ー ン

 

「えっと……明日香ちゃん……?」

 他の生徒みたく白くなった明日香ちゃんが、わたしの前に立った。

「そういう君は、平家あずさ」

 ……なんで今更わたしの名前を?

 明日香ちゃんも、白くなって以来、おかしくなってる感じはするけど……なんか、本当におかしいんだよなぁ。性格や喋り方もそうだけど、なんか、顔の掘りが妙に深くなった感じがするし、時々、変な擬音が聞こえる気がするし……

「そうそう、これだけは伝えておきたいのだけど」

「なに?」

「今後、ブルー寮だった人間があなたを虐めることは、二度とないわ」

「え……?」

 いきなりなんでそんな話に?

「私達ホワイト寮は、今までのブルー寮とはわけが違うわ。この制服のように、誰もが幸福を掴むことのできる純白の世界、それを作り出すために、斎王様の元に集いし者達。それこそが私達、ホワイト寮よ」

「さいおうさま……?」

 また聞き慣れない名前……いや、ちょっと待って、それって……

「それって、エドくんのマネージャーの人、だっけ?」

「マネージャーとは仮の姿。彼はそんな小さな器じゃあないわ」

「マネージャーじゃないの?」

 聞いてみたら、明日香ちゃんは目を閉じて、突然地面に寝転がった。

「あずさ……」

「なに?」

「おれは死ぬのなんか、これっぽっちも怖くないね……」

「は?」

「フフ……おれは、決闘の実力のせいで、子供の頃から死の恐怖なんて全くない性格だったよ。どんなヤツにだって勝てたし、犯罪や殺人も平気だった……警官だって、まったく怖くなかったね……」

 ……いきなり何の冗談ですか……?

「そんなおれが、初めてこの人だけには殺されたくないと心から願う気持ちになった。その人はあまりにも強く、深く、大きく、美しい……そして、このおれの価値をこの世で初めて認めてくれた……この人に出会うのを、おれはずっと待っていたのだ」

 ……いや、わたしと違って、普通にみんな明日香ちゃんの実力認めてたでしょ……

「『死ぬのは怖くない。しかし、あの人に見捨てられ(・・・・・・・・・)殺されるのだけはいやだ(・・・・・・・・・・・)』。悪には、悪の救世主が必要なんだよ。フフフフ」

 悪って言っちゃったよ……

「そんなわけだから、あずさもホワイト寮に入りなさい」

「どんなわけで!? 今の話の中にわたしが白くなる必然性あった!?」

 立ち上がりながら普通に言ってきた明日香ちゃんに、思わず大声が出た。

 けど、明日香ちゃんは平然としてる。

「グレートだぜ。あずさ……」

「……なにが?」

「あずさがホワイト寮に来てくれりゃ、鬼に金棒、ポパイにホウレンソウっすねー。ちと古い例えだけどよー」

「もう勧誘にもなってない……」

 あー、もう、キャラも台詞もごちゃごちゃごちゃだよー……

「えっと……要するに、明日香ちゃんがわたしへの虐めをやめさせてくれたってこと?」

「私じゃなくて、みんな自主的にやめたのよ」

「そっか……まあ、どっちでもいいけど、お誘いは考えさせてもらうよ。て言うか、わたしが入ったら嫌がる人だっていそうだし」

「……そう」

 うー……すごく残念そうに見てる。

「……じゃ、じゃあ、わざわざありがとね」

「……ええ。気が変わったら、真っ先に私に言いなさい」

 

 明日香ちゃんと別れてから、改めて、アカデミアの様子を見てみる。

(……シエン)

『あん?』

(あの、白くなっちゃった生徒達、どう思う?)

『……おかしな力は感じるが、微弱すぎて判断が難しいんだよな。中には何も感じない奴もいるし……』

 やっぱそっかー。

 なんだか分からないけど、よくないものは感じるんだよね、あの白い生徒達。

 でも、半分はおかしいけど、もう半分は普通だから、そういう力に関係なく、わたしみたく、単純に誘われたから入っただけって人もいるみたいだね。

(ちなみに、その力って具体的にどんな感じ?)

『どうって……そうさなぁ……』

 シエンは顎に手を当てて、言葉を探し始めた。

『なんつーの? 何でも吸い込んじまうってゆーか? 吸い込んじまった物を全部おんなじにしちまうってゆーか? そんな感じ?』

(曖昧だなぁ、適当だし。て言うか、そんなの洗脳なら当たり前でしょうに)

『ん? 洗脳って分かるのか?』

(そりゃわたしでもそのくらい分かるよ。洗脳じゃなきゃ、万丈目くんはともかく、明日香ちゃんがあんな真っ白になるわけないじゃん。明日香ちゃんは、自も混ざってるっぽいけど……)

『そうかい……』

 やれやれ……どっちにせよ、おかしいのは間違いないけどね……

 

『いずれにせよ、気を付けろ』

『だな。実情がどうであれ、やべぇことには違ぇねえ』

(分かってるよ。エニシ、カゲキ……)

 正体は分かんないけど、ろくでもないことなのは分かるからね。

 分かるけど……そんな力を受けちゃった明日香ちゃんは、大丈夫なのかな……

『あーあ。こんな時、梓がいてくれたら、簡単に解決してくれるのかなぁ……』

『……ちょ、シナイ……』

『ん?』

 梓くん、か。確かにね……

 

『ほらー、落ち込んだ……』

『えー、だって、あずさだって、おんなじこと考えてたって……』

『……発言に気を付けろ』

『……ご、ごめん、キザン……分かったから、アイアンクローやめて……』

『シナイ~……』

 

 ……あずさくん、今どうしてるかな?

 そんなこと考えながら、真っ白になった男子寮を見上げてみる。

 真っ白になってるけど、その窓の周りだけは青いままだから、すごく分かり易い。

 同じ寮に住んでるのに、絶対に白くならないって気にさせてくれる。

 今は、星華さんが一緒にいるはずだけど……

 今頃、二人でイチャイチャしてるのかな……

 

「……ん?」

 しばらく見上げた後で下を見ると、別の人が目に映った。

 木の下に立ってるその人は、白い制服を着てて、髪が長くて、顔は色白で、歳は若そうだけどちょっと老けてる、そんな男子。

 見たことない顔だけど……

 その人の視線の先を見てみると、そこは、わたしと同じ、一箇所だけ青い窓。

「なんで見てるんだろ……」

 まあ、目立つし嫌でも目に付く箇所だから、ジッと見るのも無理はないけどさ。

 

「……ハァ」

 

「……!」

 なに、今の……

 今、あの人すごく、不気味に笑った……

 

『あずさ』

(なに? シエン)

『……間違いねえ、あいつだ』

(え? なに?)

『あの男から、白くなっちまった連中と同じ力を感じる。それも、他に比べて遥かに濃い』

「……て、いうことは……」

『ああ。あいつだな。ホワイト寮とやらの、親玉だか黒幕だかは』

「……」

 

「……あの」

 思い切って、話し掛けてみた。その人は、私の方へ振り向いた。

「斎王さん、ですよね……?」

「……そういう貴方は、平家あずさ?」

 ……あれ? なんだろ、この既視感……まいいや。

「……なに、見てたんですか?」

 聞いてみると、斎王さんは、またそっちを見上げた。

「……いえ、これだけ見事な白なのに、一箇所だけ青く残っているのは、どうしても気になってしまって……」

「……梓くんに、なにか用ですか……?」

 面倒くさいから、確信を突いた。

「……」

「万丈目くんや、明日香ちゃんを白くしたのも、あなたですよね……?」

「……」

「梓くんのことも、白くする気ですか……?」

「……」

 なんにも答えないまま、また笑った。

「もしそうだと言ったら、どうしますか?」

「……っ」

 

 ドカァッ!

 

 言葉より先に、拳を前に突き出した。

 斎王さんの顔の横を通った右手は、後ろに立ってた木にぶつかって、そこから折れて、倒れた。

「ほぉ、中々情熱的なアプローチですね。男子ながら、胸にグッと来ました」

「……」

 可笑しそうに冗談を言ってるけど、正直、ムカつくだけ……

「梓くんは今、すごく傷ついて、苦しんで、それを治すために休んでるの。そんな梓くんを虐める気なら、二発目が飛ぶ前に帰って……」

「虐める? まさか。彼に酷いことをしようなどとは、一切考えておりません。ただ、それほどまでに傷ついてしまっているのなら、私にもできることはないか、とは考えていますがね」

 何か、えらく優しそうな声を作って、いかにも物腰柔らかって口調で語り出した。

「詳しくは知りませんが、あの、厚く冷たい氷の壁を見るに、なるほど彼が心に負った傷の大きさは計り知れない」

 そんなこと言ってる顔は、ちっとも心配そうじゃない。

「そんな人が目の前にいたら、放っておけないと思うのが人の心というものです。私にできることなど、たかが知れている。それでも、そんな傷を少しでも癒してさしあげたい、そう思っている点では、貴方とも共通していると思いますが?」

「……」

 言ってることは、一応正しい。けど、それでも、得体の知れない気持ち悪さを感じた。

「大きなお世話です。梓くんを慰める役なら、別の人がやってます。その邪魔をしないで下さい。もし、邪魔するっていうなら……」

「いうなら? どうしますか?」

「……言っておくけど、容赦しないよ」

 そう脅してみたけど、斎王さんは、ただ肩をすくんだだけ。

「ふむ……どうやら私は、貴方によほど嫌われてしまっているようですね。まあ、貴方が誰を嫌おうと仕方がないことですが、誤解されたままというのも心苦しい……そこで、どうでしょう?」

 斎王さんは、不気味に笑いながら、決闘ディスクを構えた。

「決闘を通して、私がどんな人物か、貴方自身の目で確かめてみてはいかがかな?」

「……」

 ものすごくベタな展開だけど……その方が、分かり易くていいか。

「分かった……わたしが勝ったら、大人しく帰って下さい。もちろん、白くなった人達のことも元に戻してください」

「はて……私のことを崇めるのは、彼らの自由意思。それを変えることはできませんが、もう一つの条件なら、守りましょう」

「っ……」

「そして、せっかくだ。貴方の運命もまた、この決闘を通して、見てみるとしましょう」

「……」

 

 お互いに距離を取って、正面に向き合って、その言葉を叫んだ。

 

『決闘!』

 

 

 

 




お疲れ~。
今に始まったことじゃないが、どうにも無理やり感が際立つ文章になっちまったな……
つ~ことで、次話ではあずさとDI……斎王様の決闘やで~。
勝つのは、ど~っちだ~?
てなことで、ちょっと待ってて。

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