前の部とは若干方向性が違うけど、下手すりゃ前より遥かにやばいよ~。
なんで、先に注意しとくけど、途中気分悪くなったらすぐに読むのお辞め下さい。
はっきり言って、ここまで読んでくれた人らから一気に呪われる自信あるからよ……
警告はした。覚悟はよろし?
よろしなら、行ってらっしゃい。
視点:外
時間は少し遡る……
「……あんのクソ統焦野郎ぉぉぉ~~……」
「絶対ぇ許さねぇ……なんで俺達が、あんな目に遭わなきゃならねぇんだ……」
「俺達は悪くねえのに……全部、あいつが化け物なのが悪いんだろうがぁ~~~~……」
童実野町からアカデミアに戻ってすぐ、三人のホワイト寮男子生徒が集まって話していた。船旅の道中、明日香にデッキをばら撒かれた三人組だった。
三人のうち、二人は分かり易く怒り狂っていた。
しかし、残る一人は、そんな二人に、脅えながらも声を掛けていた。
「お、おい、気持ちは分かるけどさ、さすがにそれは、やりすぎなんじゃねえかな……」
「うるっせえ!! テメェはデッキが全部戻ってきたからそんなことが言えるんだろうが!! 俺なんか、大切なデッキの半分以上が海に舞っちまったんだぞ!!」
「俺だってそうだ!! 四十枚のうち帰ってきたのは三十八枚、一枚はまだ予備があったから良かったが、もう一枚は手に入れたばかりのレアカードだったんだ!! まだ一度も決闘で使ってねぇのに、海の藻屑に消えちまってよぉ!!」
どうにか落ちつけようとする男子生徒に向かって、二人は大声で喚き散らす。
起きた事実を声に出し、叫ぶことで、より起きたことへの怒りを増大させ、同時に、その要因たる少女への憎しみを増大させる。
「全部、あのクソ女のせいだ……たかが化け物の陰口ごときで、なんで命より大事なデッキを捨てられなきゃならねぇ……」
「あの化け物が全部悪いんだ……俺達は一つも悪くねぇのに、あの女が化け物なのが悪いんだろうが……あの化け物が、このホワイト寮に……この学校にいるのが全部悪いんだろうがよぉ……」
「化け物のくせに、斎王様はあの野郎に一目置いてやがるしよぉ……どうやったか知らねえが、明日香さんとかサンダーなんて、ホワイト寮のトップまで味方につけやがってよぉ……梓さんとまで仲が良いみたいだしよぉ……」
己の非を認めることは絶対にせず、そもそも非だとすら思わず、ただ、自分達に起きた自業自得を、気に入らない少女による他業自得として、自身を正当化する。
そして、これからやろうとすることも、彼らにとっては正しい権利だった。
「あの女だけは、このアカデミアから追い出さなきゃ気が済まねぇ……」
「全部、あいつが悪いんだ。あいつが悪いから悪いんだ……俺達は当然の仕返しをするだけなんだからなぁ……悪いのは、あの女なんだからなぁ……!」
そして、そんな二人の身勝手な怒りに感化された、止めようとしていたはずの男子生徒や、かつて、平家あずさへの虐めや嫌がらせに積極的だった男女生徒らも加わり、平家あずさを貶めるための行動が、その日のうちに実行された。
……
…………
………………
「火事だー!」
「火事だぞー! 寮の部屋が燃えてるぞー!」
「放火だー! ただの火事じゃない!」
「犯人は……」
「平家あずさだー!!」
「統焦が犯人だー!」
「統焦が部屋を燃やしやがったー!」
「犯人はここよー! 燃えてる部屋の前に、犯人の化け物がいるわよー!」
寮の一室が燃えた。
その一報は、騒ぐホワイト寮生達によって瞬く間にホワイト寮へ広がっていった。
燃えたのは、ブルー女子寮の一室であること。その部屋は、統焦、平家あずさの部屋であること。
そして、その部屋を燃やした張本人は、平家あずさであること。
なぜわざわざ自分の部屋を燃やしただとか、それがなぜ平家あずさだと分かるのかだとか、おかしな点はいくつもある。
だが、そんな疑問を持つ暇さえ与えないよう、彼らは大騒ぎし続けた。
「だからあんな奴、さっさとアカデミアから追い出せって言ったんだ!」
「ちょっと陰口が気に入らないからって、簡単に学生寮に火を着けるような化け物、私達の目の前を歩かせないでよ!」
「何で俺達が放火魔と一緒の学校にいなきゃならねえんだ! 早くあいつを追い出せ! あの化け物の放火魔をよぉ!!」
いかにも被害者が出しそうなわざとらしい態度で、いかにも正しいと自信に満ちた声を出して、アカデミア生徒全員の意識を変えるために、とにかく騒ぎ続けた。
「あの女を追い出せー!」
「誰か放火魔を捕まえて!」
「統焦を退学させろー!」
「あんな化け物、死んじゃえばいいのよー!!」
……
…………
………………
「あずさはホワイト寮へ来た! おれの仲間になった! ……だが全てを失った! 部屋も! 財産も! 恋人だった男(梓)も!」
寄り道をしていたことで、数時間遅れの夕方にアカデミアに到着した明日香と万丈目は、フェリーから降りてすぐにその騒ぎを聞きつけた。
「くそ! 俺たちがいない間に……女子ブルー寮へ急げ、天上院君! あずさを退学させようとしていたハゲチャビン教頭が、この機を逃すとは思えん!」
「
「ふざけるな! あずさがそんなことをするわけが無いだろう!!」
女子寮へ向かって走りながら、エドは声を上げていた。
寮に寝泊まりはせず、自前のクルーザーで優雅に休憩をしていたせいで、騒ぎを聞きつけたのが遅れてしまい、今になって女子寮へ走っていた。
「くそ! あいつらめ、あずさの優しさにつけ込んでこんなことを……絶対に許さん!」
他の生徒達による、あずさへの嫌がらせや虐めには、エドも気付いてはいた。
だが、学年が違う上、プロの仕事もあったせいで、守りたくとも守れなかった。
(もっとも、守れる立場にあったとしても、僕にはどうしてあげれば守れたのかは分からなかった……)
いざ虐めを目の前にして、止められる自信は持てなかった。
何より、そんな嫌がらせの原因の一旦が自分であることも自覚していた。
もっとも、今となっては、それは全て言い訳でしかないと気付かされた。
(結局僕は、愛しいと思う女性一人守れなかった……)
そして同時に、そう思うからこそ、別の相手への怒りも芽生える。
(彼女がこんな目に遭うまで、どうして守らなかったんだ……彼女もお前も、思い合っていたんじゃないのか……そして、彼女はお前を守ったんじゃないのか……!)
その男の事情に関しては、エドとしても同情を禁じ得ない気持ちはあった。
哀れには違いないし、経験が無いから分からないが、自分も同じ目に遭えば、正気でいられた自信などとてもない。
そして、そんな正気でなくなったお前を正気に戻し、守ったんだぞ。
それだけ思われているお前が、どうして守ってやらないんだ……
(……だが、そう思うのも、後悔も今日限りだ。あずさは僕が守ってみせる。そのために問題になって、プロでいられなくなろうが構うものか!)
「今! あの子は全くの孤独! 心のささえがねえ! こんなオレじゃあ役不足だがよォ! ほんのチョッピリでも与えてやりてえ! 生きる希望をよォ! 意識不明でも手にぎってやるだけでも それは 伝わるもんだぜ!」
「うるさいぞ天上院君! それを言うなら役者不足か力不足だ! 意識不明でもない!」
「あんた今このおれのことバカモノと言ったのか?」
「言ってない! いいから急げ!」
「間に合ってくれ……あずさ、君はやっていない、そうだろう?」
別方向で、三人が走り、女子寮へ着いた時……
それは、既に終わっていた。
「なんだこれは?」
「なんだぁ?」
「こ、これは……?」
そこには、三人が来る以前に、大勢の生徒達、教師達が既に集まっていた。
中心にいるのは、平家あずさ。
そして、その前に、水瀬梓が立っていて、その梓の前に、ホワイト寮の男女生徒達が、顔を制服以上に蒼白にし、冷や汗を流しながら、視線を地面に向けていた。
「ずっとそうして黙っているおつもりか?」
彼らの前を、梓が歩きながら、そう話しかけた。
顔は普通。声も普通。態度も普段通り。
なのに、彼をよく知る仲間達、そして、彼の怒りを直に受けたことのあるナポレオンには、梓が激怒していることが見て分かった。
「では、もう一度最初から話しましょうか?」
そんな様子で、声を紡いでいった。
「あなた方は、平家あずささんがご自身のお部屋に戻ったタイミングを見計らって、あらかじめ彼女のお部屋に作っていた仕掛けで火を起こし、放火を起こした。自由に火を着けられるあずささんが部屋の前にいるんだ。目撃者がいて大騒ぎすれば、そりゃあ、誰もがあずささんがやったと思うかもしれませんねぇ」
その冷たい声に、やはり顔は蒼白に変わっていく。
「けれど、あなた方がその仕掛けをするために、彼女のお部屋へ忍び込んだことを示す証拠が、ほら、この通り」
言いながら、手に持っていた写真をばらまく。
そこには、ガラスを割って寮の部屋へ侵入する場面。
その手には、ガソリンやら電気コードやら工具やら、大よそ放火と遠隔操作に必要そうな道具を持っている。そして、梓の前に座る者達、全員が映っている写真だった。
「無論、これらは合成やねつ造等の類では一切ありません。お疑いなら、調査機関に持っていって調べていただけばよろしい」
「……な……なんで、そんな写真、梓さんが……?」
「それはですねぇ……友人に、非常に優秀なキャメラマンがいるとだけ答えておきましょう」
(キャメラマンて……言い方古いわね……)
隅の方で、カミューラが小さく微笑むのに誰も気付かないまま話は続いた。
「これだけ疑いようのない証拠があるのです。もう、統焦うんぬん、化け物うんぬん関係ないでしょう。それでもやっていないというなら、いっそ警察に連絡して徹底的に調べてもらいましょうか? いや、それよりも、このアカデミアの持ち主たる、海馬コーポレーションの方がより確実な調査を行ってくれるでしょうねぇ。あなた方は素人ですから、燃えたとしても証拠は簡単に見つかるでしょう。そして、これはれっきとした犯罪だ。警察が来れば、未成年のあなた方とて只事では済みませんよ」
『……』
梓が言葉を紡いでいく度、彼らの表情が強張り、引きつっていく。
そんな様子と、何より写真という決定的な証拠に、もはや、放火が彼らの仕業であることを信じない者など、一人もいなかった。
「さて……この人達をどうしましょうか。あずささん?」
「……え? わたし?」
梓の話しを聞きながらジッとしていたあずさに、梓が話しかける。
突然の呼び掛けに驚くあずさに対して、言葉を続ける。
「この人達の目的は、放火の罪をあなたになすりつけ、退学に追いやることです。そんなことをされたあなたには、罰を与える権利がある」
「罰って、そんな……」
「このまま先生方に一任したところで、どうせつまらない罰を与えてお終い、となることは目に見えている。先生方にとっては、真面目で良識ある生徒よりも、身勝手で非常識なエリートさんの方が遥かに大切なようですからねぇー」
「ぐ、ぐぬぅ……」
いかにもその場の全員に聞こえる大きな声を、ナポレオンやクロノス、樺山、鮎川に佐藤先生、その他の教師達に向けて言い放つ。
大よそ梓らしくない、目上の者達を見下し、侮辱する発言。
それだけで、あずさへの仕打ちに対して、鬱憤が溜まりに溜まっていたことがうかがえた。
「それで、あずささん、どうしますか?」
「どうしますかって……」
梓に諭されながら、彼らを見る。
「まあ、取り敢えず、燃えちゃったもの全部弁償かなぁ……」
脅え、小さくなっている。そんな彼らの態度を見て……
「……あと、みんなが持ってるカード、一枚残らず全部わたしが没収ってことで。それで水に流してあげるよ」
そんな提案に、全員が目を見開いた。
ああ、やっぱり……
彼らを見て、あずさが感じていたことだった。
この人達は、全然反省していない。反省どころか、悪いことをした、という自覚さえない。
その証拠に、恐怖によって起きていた震えに、怒りが上乗せされていった。
座りながら小さくなっていた体は、どんどん大きくなっていった。
蒼白だった顔に、どんどん赤みが差していった。
そんな顔で、歯を食い縛らせて、あずさを見ながら……
「ふざけんなバカ野郎!!」
「何様のつもりよ!! 嘗めんじゃないわよ化け物女!!」
「化け物の分際で、人間様に偉そうに指図するんじゃねえ!!」
逆ギレし、大声で怒鳴り散らした。
「なんで俺達が、テメェなんかのためにそんなことしなきゃなんねんだ!! 悪いのは全部、お前じゃねえか!!」
「そうだ!! お前が化け物なのが全部悪いんだろうが!! お前が化け物で、俺達の前にいるのが全部悪いんだよ!! それを、化け物の部屋燃やしたからって、弁償だぁ!? カード全部没収だぁ!?」
「いっぱしに被害者ヅラしてんじゃないわよ!! イカれてるわよ!? このアバズレ女!!」
言葉の一切が要領を得ていない、ただ、怒りとそこから来る衝動に身を任せ、目の前に向かって言葉を飛ばす。
もはや、ただの一人も味方のいない中、ひたすら言葉を吐き続けた。
「テメェらなに黙ってんだ!? テメェらがこの女を追い出さないから俺達が代わりに追い出してやったんだろうが!?」
「この化け物と一緒に授業受けたいってか!? イカれてんのかテメェら!! 俺達を責める前になぁ、この女を追い出すのが先だろうが!!」
「何でアタシらがこんな目に遭わなきゃなんないのよ!! あんたら人間でしょう!? だったらこんな化け物よりアタシらの味方しなさいよ!! 今すぐこの女追い出して、アタシを守れよ!! 悪いのはアタシらじゃない!! この女!! この化け物なんだから!! この女一人がアカデミアから出て行ったら、それで全部丸く収まるんだからさぁ!!」
「……ナポレオン教頭」
そんな生徒達を見ていたクロノスが、そばに立つナポレオンに耳打ちをした。
「よく見ておくのーネ。あなたーが、セニョールアンドセニョーラ
「……」
言われて、ナポレオンは目の前の光景と、自分の言動、更には、直前の梓の言葉を思い出す。
言葉は違う。態度も違う。姿も違う。感情も違う。
それでも、言い続けてきた内容そのものは、目の前から聞こえてくるものと、一つも違いは無い……
(我輩は生徒達にとって、あんなふうに見えていたのでアール……)
それを自覚しながら、ようやく自覚した罪に、目を伏せた……
「化け物、ねぇ……」
叫び続ける彼らに、声を掛けたのは梓だった。
「その化け物の一人である私が言うのも何ですが……」
足下を凍らせ、白い冷気を漂わせ、その姿を見せつける。
「どちらが化け物なのですかね? あずささんと、あなた方、どちらが……」
そう、他の生徒や教師達に質問をぶつける。
「はぁ!? そんなもん、まともな神経した奴なら分かるだろうが!!」
「バカ力で炎まで出せる! そんな奴が化け物に決まって……!!」
叫びながら、周囲を見張る。だが、あずさを見る者は、一人もいなかった。
「なんだよ……なんなんだよ、その目……」
「……もはや話しても無駄でしょうが、ここにいる皆さんには、あずささんよりも、あなた方の方がより化け物に見える、ということだそうですよ」
そして、そう諭した瞬間、梓の言う通り、彼らは声を上げた。
「テメェら本当にイカれちまったのか!? なんで俺らが化け物扱いされなきゃなんねえんだ!!」
「あんたらが化け物に優しくするせいで、化け物は図に乗ってるんじゃない!! あげく、人間の私達を化け物扱い!?」
「俺らは化け物追い出そうとしただけだぞ!! お前らが誰も追い出そうとしねえからだろうが!! この!! 化け物をよお!!」
男子生徒の一人が、ポケットから何かを取り出し、あずさへ向かって投げる。
それがあずさの顔に届くより前に、梓が指でつまんでいた。
鋭利な包丁だった。
「ぶっ殺されないだけありがたいと思いやがれ!! 追い出すだけで済ませてくれてありがとうって今すぐ土下座しやがれクソ女がぁ!!」
「……そんなにあずささんの要求が呑めませんか? 弁償する。カードを渡す。それだけで、犯罪には目をつむる、と言って下さっているのに?」
「だからその化け物が偉そうに私達に条件突き付けるのがおかしいんだって言ってるんじゃないの!! 頭おかしいんじゃないの!! あんた達全員!!」
――そうだそうだ!!
――俺達は悪くない!!
――悪いのはその女だ!!
――俺達は正しいんだ!!
全員が全員。そんな言葉の一点張りで、それ以上の会話は無駄だった。
「……仕方がない」
梓が溜め息を吐きながら、あずさの方へ振り返る。
「あずささん、勝手ながら、私から一つ、妥協案を出してもよろしいでしょうか?」
「妥協案? 梓くんが?」
「ええ」
「……良いよ、別に」
あずさの返事を聞くと、梓は、未だ怒鳴り続ける生徒達の前に立った。
そして、どこに持っていたのか、大き目な段ボール箱を取り出し、地面に置いた。
「一人一つずつです。その箱の中身を平らげて下さい。それで良しとしましょう」
そう言うと、全員の視線が箱に集まった。
ガサゴソ、ガサゴソ、そんな音を立てながら、箱は動いていた。
「な、なによ……?」
「なんだよ……なにを食えって?」
先程とは別の理由で冷や汗を流す彼らの前で、梓は、その蓋に手を掛け、開く。
その中に入っていたのは……
「うわあああ!!」
「ちょっとー!!」
「ひぃ!?」
何人かの生徒、主に女子が、悲鳴を上げた。
箱の中で、外へ逃げようともがき蠢いている、灰色の、結構な大きさを持つ生物。
はっきりと名前を言えば、『ドブネズミ』だった。
「さあ、お召し上がり下さい。ただのそれだけです。簡単なことでしょう?」
優しい声と、満面の笑み。それに対して、彼らはまた声を上げる。
「お前どんだけイカれてやがるんだ!! こんなもん食えってのかよ!?」
「アタシらは化け物じゃないのよ!! そんなもの食えっていうなら、そこにいる女かあんたが食えばいいじゃない!!」
女子生徒の一人が、そう叫んだ直後だった。
ガッ……
梓が箱に手を突っ込み、何十匹といるネズミの一匹を掴んだ。
逃れようともがき、鳴き声を上げ続けるネズミを、顔の前に持ってきた。
そして……
「いやああああああああ!!」
「ちょっとおおおおおお!!」
「うわああああああああ!!」
箱の中身を見た時以上の声が、四方から響いてきた。
教師達も、生徒達も、仲間達も、ほとんどは目を背けるか、あまりの衝撃に凝視してしまっていた。
背中から掴み、毛の少ない下腹部に歯を立て、噛みつき、噛んだまま手を引き離す。
引き裂かれた下腹部からは血が吹き出し、そこからゴムのように伸びたハラワタが、食いちぎられた口元の肉と繋がっていた。
そんな様を見せつけた後は、ピクピクとまだ僅かに生きているネズミに再びかぶりつく。
口元は勿論、それを持つ手、着物さえ、泥と、赤黒い血に染めながら、ネズミの中身を口の中へ入れていき、残った毛皮は、足もとに捨てた。
クチャ、クチャ、クチャ、クチャ……
そんな音が響いた。ネズミの肉を咀嚼する音だった。
グチャ、グチャ、グチャ、グチャ……
そんな音が聞こえてきた。ネズミの血管や内臓全て、歯に磨り潰される音だった。
ガゴリ、ガゴリ、ガゴリ、ガゴリ……
そんな、硬い音がした。ネズミの硬い骨を、余すことなく噛み砕いている音だった。
それらの音を一度に響かせながら、最後に、ゴクリ、という音で締める。
「……弁償はしない。カードは渡さない。ネズミも食べない……」
言葉を失っている彼らに対して、梓は、今まで以上に、冷たい声を掛ける。
「あれもダメ、これもダメ。ならもう何もしなくてよろしい。今すぐ、この島から逃げろ」
言いながら、また、箱に手を突っ込む。
ネズミは直前の仲間の惨劇を見てか、最初の一匹以上に逃げようと激しく段ボール箱を行き来していた。
それでも、決して逃がれられない。
「刹那だけ待ってやる……その後は……」
言いながら、箱の中で手を動かす。
「どこまでも、追い掛けて、追い掛けて、追い掛けて、追い掛けて、追い掛けて……」
手を動かすと、ネズミ達はすぐさま箱の隅へ逃げ、そこからまた手を動かせば、また隅へ。その繰り返し。
「地の果てまでも、追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて……」
そして、その手を止め、
「捕まえて……!」
力を込めた声と共に、ネズミが一匹、とうとう捕まる。
どうにかして逃れようと足をバタつかせるそれを、彼らに向かって掲げる。
「こいつと同じように……生きたまま喰らってやる」
それを、口の前へ持ってくる。
「はらわたの一つ……血の一滴……骨の一片まで余すことなく、喰らってやるぞ……」
そしてまた、それにかぶりつき、そこから口まで、ゴムのように伸びるはらわたを見せつけ、血を飛び散らせた。
そしてまた、そのネズミが皮だけになるまで喰らいつく。
クチャ、クチャ、クチャ、クチャ……
グチャ、グチャ、グチャ、グチャ……
ガゴリ、ガゴリ、ガゴリ、ガゴリ……
そしてまた……
「ぶううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!」
口の中身を、言葉を失っている彼らに吹き付けた。
真っ赤な霧をもろに浴びながら、その霧と共に、何かが顔に着いたことに気付いた。
それに触れてみると……
「……あ……ああ……」
噛み潰され、噛み砕かれていても、それが、ネズミのはらわたや、骨の欠片であることは、彼らにも分かった。
「あ……ああああああ!!」
「うわあああああああああああ!!」
「いやあああああああああああ!!」
全員がきびすを返し、梓に背中を向ける。
「ほぉ、逃げるのですか?」
だが、走った方向には既に、両手にネズミを持った梓が立っていた。
「私から逃げることを選ぶと……凄い自信だ。私に捕まらないだけの自信があるとは……」
言いながら、二匹のネズミを掲げ、今度は握りつぶした。
そこから飛び出した血やはらわたが、また彼らに降り掛かった。
「ごめんなさいごめんなさい!! 食わないで下さいごめんなさい!!」
「私達が悪かったです!! だから、だから食べないで!!」
必死に声を上げ、許しを請い願っている。
「謝罪の相手も、謝罪の方法も違いますねぇ」
そう冷たく返事をすると、彼らはすぐさまあずさの方へ向き直った。
「分かりました!! 弁償します!! カードも全部あなたにあげます!!」
「あと、アカデミアも今すぐ辞めます!! だから、だから食わないで!!」
「お願い許して、俺を許してえええええええ!!」
「……」
粉々に食い散らかされた、ネズミの血と骨とはらわたにまみれながら、そんなムシの良いことを叫ぶ彼らの姿は、ただただ無様で薄汚く、そして哀れだった。
そんな彼らの姿に、あずさは、
「……うん。いいよ。許してあげるよ」
そう、優しくも投げやりな声で答えた。
そして、その許しを合図に、彼らは今度こそ、一目散にその場から逃げていった。
その後、彼らは約束通り、燃えたものの代金を、親に借金して弁償し、自分達の手元にあるカードは一枚残らずあずさに渡し、その上で、アカデミアを退学していった。
のちに、斎王がアカデミアを去り、全員の洗脳が解けたことで、気が付けば知らぬ間にアカデミアを退学していて、更には大切にしていたカードが一枚残らず無くなり、残っているのは、親に対する高額な借金だけ。そんな状況にまで知らぬ間に落ちぶれていた。
しかも、白の結社の記憶は全て忘れているのに、梓によって刻まれた恐怖は頭に刻まれており、日常の中で常に、正体不明の脅威に脅え、特に、着物を着た女性を見ると吐くようになってしまい、そんな諸々の恐怖のせいで、一生眠れぬ夜を過ごす羽目になった。
そして、そんな彼らに同情する人間は、彼らの周りには、ただの一人もいなかった……
……
…………
………………
「……」
全員が逃げてしまった後は、段ボール箱をひっくり返し、まだ生きていたネズミ達は一斉に逃げ出した。
そんなネズミと、何より梓の姿に、教師や生徒達のほとんどは逃げてしまい、残っているのは、梓の仲間達だけになった。
「梓くん」
そんな梓の背中に、あずさの声が掛けられた。
その声を聞き、梓はまた恐怖を覚える。
星華が来るまで、毎日のように見てきた悪夢の中で、あずさが浮かべていた顔。
あずさを守るには、こうする他に何も思いつかなかった。そして今、夢の中のような顔を向けられるだけの、汚い姿である自覚があった。
それでも、全てを受け入れる覚悟で、少しずつ、あずさへ振り返った。
ガッ
振り向いた瞬間、未だ泥と血にべっとり濡れたままの両手を握られた。そして、
「ありがとう!」
「え、あ、あ……////」
あずさの顔を見て、梓の顔に、血とは別の赤みが差した。
礼の言葉を掛けた満面の笑みには、夢の中にあった不快も嫌悪も無い。ただ純粋な、感謝と歓喜だけを浮かべていた。
「ちょっと……そんな、手を握ったら、汚い……」
「汚くないよ。だって、梓くんの手だもん」
「……」
自分を庇い、守り、わるもの達をやっつけてくれた。
それだけのことをした人の、血まみれの手を握り、体温を感じながら、あずさは思う。
彼はやっと、わたしの元まで来てくれた、と。
「……行こっか」
「……え? どこに?」
「いいから行くの。早く」
十代以外全員が頷き、鈍い十代の手を引いて、離れていった。
「やはりおれじゃあ力不足だったようだぜ! ここは明日またあらためて出なおすとすっか! 天上院はクールに去るぜ」
「だから、それを言うなら役不足……いや、今のは合っている」
(……敵わないな。とても、あそこまではできない……)
梓の姿に、エドは気を落としながらその場を去った。
あずさを守ろうとした気持ちは本気だった。そのためなら、何もかも失う覚悟もあった。
だが、あんな方法で犯人達を追い詰め、そして、謝罪も罰も与えてみせた。
自分にあれ以上のことができたか? いや、できない。
虚しい自問自答をするしか無いそんな身で、あずさの何を守ることができた?
答えることができないそんな自問に、エドは歩いていきながら、心を重くしていた。
そしてその場には、
「……」
(平家あずさ……やはり、敵わん……)
梓を愛する気持ちだけは、誰にも負けない自身があった。たとえ、本命であるあずさが相手だろうと、負けはしないと。
それだけ思っているのに、ネズミを引っ掴み、生き血を浴びながらその身を貪り喰う梓の姿には、さすがに怯んでしまった。
ネズミを食って生きてきた、という話は、既に聞いて知っている。
だが、実際に目の前で目撃するのとでは、やはり違う。
しかも、連中を脅すため、おそらくはわざと醜く食していたに違いない。
そうして汚れてしまった姿には、愛しさ以上に、恐怖と、嫌悪感が勝ってしまった。
今の梓には触れたくない。言葉にはせずとも、生理的な本能として感じてしまったのに……
(そんな梓に、お前は触れることができるんだな……)
あずさは、そんな汚れも醜さもまるで意に介さず、ただ感謝し、梓という存在を歓迎している。
そして、梓が心底欲しがっていた言葉を、二言三言の会話だけで掛けていた。
そんなあずさを見て思う。
過ごした時間だけじゃない。この二人の間には、自分とは明らかに違う、決定的な絆があるのだと。
(たとえ、汚物にまみれていようが、仮に、顔の皮が剥がれようが、お前は、水瀬梓のことを愛し続けるのだろうな……)
突き付けられた事実と、痛感させられた敗北感。
それが苦しくて、二人に背中を向けてしまった。
「……」
そして、アズサも同じ。
過ごした時間は誰よりも長い。それでも、梓でいたおかげで、その愛情の深さも知っている。
そして、あずさの梓に対する、愛情の強さも知ってしまった。
敵わない。
二人の姿から、目を背けるしかできなかった。
「……あ……」
そして、梓も感じた。
強く、温かく握ってくれた手から伝わってくる、確かな愛情。
自分が一方的に感じていると思ってきたそれを感じながら、梓も、その手を握り返した。
「あずさ、さん……」
「ん?」
返事を聞いて、意を決した。
「私のお部屋へ来て下さい!」
「……へ?」
聞き返す梓に対して、言葉を続けていく。
「あずささんのお部屋は、もう使い物にならないでしょう。それに、彼らがいなくなっても、また、あなたに何かしようとする輩がいるかもしれない。今度は私が、あなたのことを守ります。命に代えても、あずささんの身は私が守ってみせますから」
「梓くん……」
「あずささん……」
互いに名前を呼び合った後で、梓はその手に、より力を込めた。
「私……」
アカデミアに戻り、記憶を失い、その後で彼女のことを知り、言いたいと思った言葉。
それでもなぜか、言ってはならないと自制してきた言葉。
だがその自制も、とうとう限界が来たと感じた。
「私……私は……」
あずさの手を握って、あずさの目を見て、あずさへ向けて……
「私は……あなたのことが……」
……と、その続きを言おうとした瞬間、
「……ん?」
その口を、あずさが人差し指で制した。
「……え?」
「……ごめん。そこから先は、まだ、聞きたくない」
「まだ……?」
その言葉に疑問を感じ、尋ねる。あずさは苦しげ微笑みを見せながら、梓の疑問に答えた。
「……本当はさ、嬉しいんだ。梓くんの気持ち」
本当は、今すぐ受け入れたい。梓のもとへ行きたい。
それでも……
「……けどさ、やっぱそれって、ずるいかなって、思っちゃってさ……」
「ずるい、ですか……?」
「うん……ずるい」
梓の目を真っ直ぐ見つめ、そして話した。
「梓くん……まだ、わたしのこと、思い出してないんだよね」
「それは……」
事実だから、言い返すことはできなかった。
「そうやって、なんにも覚えてないのに、どうして私と仲良くしてくれるか、とか、全然覚えてない状態で受け入れちゃったら、なんか、無理やり梓くんのこと誘惑したみたいじゃん。そんなの、梓くんの本当の気持ちも、その気持ちを持った理由も知らないのに、ずるいんじゃないかってさ……」
「……」
何も覚えてない以上、その愛情が本物かどうか分からないから、気軽には受け取れない。
そう、悲しげに答えるあずさに対して、梓は叫びたかった。
この気持ちは本物だ!
何も覚えていなくても、あなたのことを心から愛しているんだ! と。
それでも……
「……」
過去を覚えていなことが事実である以上、それ以上は言えなかった。
「それにさ」
一転、声を明るくさせて、梓と向き合った。
「部屋が燃えたことなら大丈夫だよ。実はあの部屋、旅行する前に、私物とか全部片付けておいたし」
「……え? 本当ですか?」
驚き、聞き返す梓に対して、あずさは悪戯な笑みを浮かべた。
「いつかは、わたしの部屋に泥棒するような人が出てくるんじゃないかって思って。大事な物とか高い物とか、燃えたら困る物は全部、安全な場所へ移動させておいたんだ。別の部屋が決まったら、それ全部移動させたら引っ越しは完了だし。それまでは明日香ちゃんのお部屋にでも泊まるよ」
何の心配も懸念も無い。嘘を言っていないことは分かった。
「……では、燃えてもいない私物の代金を請求した、と……?」
「うん。今までされてきたことの慰謝料ってことで。そのくらい良いよね」
「……ええ」
梓も、そんなあずさの強かさに、微笑んだ。
「……それにさ」
そしてまた、あずさは続けた。
「梓くん……今、アズサちゃんに、星華さんとも一緒に住んでるんだよね?」
「……」
「……」
「……」
その話には、梓も、目を背けていた二人も反応した。
「……そんな所に、わたしが行っちゃったら、邪魔になっちゃうじゃん」
「邪魔だなんて……」
表情を沈ませながらも、話しを続けた。
「だって……星華さんは、普段から怠け者で、ご飯は作れない、洗濯はクリーニングばかりで洗濯機も動かせない、一日中ゴロゴロとテレビゲームばかりで、食事はもっぱらカップラーメンばかりと、私がお世話しなければ、いつ死んでもおかしくない人ですし」
「ぬっ……」
梓の告白を聞いて、星華はその胸に、グサリと来る痛みを感じた。
「アズサも似たようなもので、精霊であるため病気になることはありませんが、一人にするとお部屋は散らかすわお菓子しか食べないわで、いくら精霊と言えども、一人にしたらそれだけで面倒を起こすような子ですし……」
「うぐ……」
アズサもまた、その胸にグサリと来た。
「二人とも、私にとっては大切な人達です。そんな二人を放っておくなんて……」
「……それは、確かに、一緒に住むしかないか……」
予想の遥か斜め上を突き抜けた答えに、あずさはそれまで感じていた嫉妬以上の、納得を得て、苦笑を浮かべてしまっていた。
「……でも、やっぱそれだけ、二人のことが好きなんだ」
「……はい。二人は私を愛してくれています。そして私も、二人のことを、心から愛しております。彼女達がこんな私を愛してくれる限り、私は、彼女達を守りたいです」
「……そっか」
梓らしい素直な答えに、あずさは笑みを浮かべ、離れている二人も、微笑んだ。
「……それでもやっぱり、君のお部屋には行けない。わたしまだ、君に受け入れてもらえる資格、無いと思うからさ」
「……」
決意は固いようだ。これ以上は、どれだけ誘っても無駄だろう。
梓は気落ちしながらも、頷いて答えた。
「……でも、今日助けてくれたお礼はしないとね」
「お礼……?」
と、梓が聞き返した瞬間だった。
「……」
「……!」
「あ……!」
「……っ!」
二人の動揺する声も、梓の耳には届いてはいなかった。
梓は両肩を押さえられ、同時に、その唇に、あずさの唇が重ねられた。
ネズミの血やら、毛やら、肉やら、骨やら、内臓やら、血管やら、泥やら。
そんなものにまみれ、汚れたままの唇なのに、そこへ自らの唇を合わせることに、一切の迷いも、ためらいも見せなかった。
十秒ほど、そのキスを続けたところで顔を離した。
「えへへへ……////」
はにかむ顔には、赤みが差していた。自身の唇に着いた血や泥も、まるで気にしていない様子だった。
「……」
そんなあずさを見ながら、梓は、固まっていた。
「梓くん?」
そんな様子を疑問に感じ、名前を呼んでみた、次の瞬間……
ブウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ……
「……!!」
「……!?」
「……!?」
「わあー!! 梓くーん!!」
梓の鼻から、ネズミのものではない、大量の赤い液体が吹き出し、青い着物を、すっかり紫色に染めてしまった。
そして、そのまま倒れた梓の身を、あずさはしっかりと抱き止めた。
「梓くん、しっかりしてー!!」
その雄叫びの後で、慌てて駆け付けた星華とアズサとの三人で、ボタボタと鼻血を流し続ける梓を、大急ぎで保健室まで運んでいった。
第二部 完
お疲れ様~。
前に向こうでも書いたことだけど、この小説の人間の悪役は、大体がリアリストです。
合言葉は、「俺は悪くない」かなぁ……
最近、イジメによる他殺や自殺のニュースをよく聞くけど、加害者に罰を与えるなら、これだけやっても足りないと思う。
むしろ普通に生活できてるだけまだ良心的だよ。着物美人へのトラウマと眠れぬ夜込みでさ。
つ~ことで、二部はここまでで、次回からは三部行くからや。
ちょっと待っててね。