遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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はぁ~いぃ~。
次の決闘はだ~れかな。
行ってらっしゃい。



    襲撃の侵略者

視点:外

 

「あじみな~んて ひつよう ないっないっ あのたくあんに むかって まっしぐら~……はぁ」

 

 木にもたれ掛け、地面に描いた顔を眺めながら、梓はため息を吐いていた。

「さすがにおじゃる○ばかり百一人も描いていると飽きますね……七十三人目以降はお化けの顔に変えてみましたが、そんなに刺激もありませんし……アズサは?」

『……三十七人目まで普通に描いてお化けに変えたけど、四十七人目でやめたよ。つまんない……』

「まったく、誰も彼も、人の顔を見るなり逃げてしまって……」

『だから絵描き歌ってのもどうかとは思うけど……』

「そりゃあ、生き血を浴びながらネズミをむしゃむしゃ食べる男と決闘など、したくないと思うのも無理はありませんがね……」

『……え? 理由そっち? ……ん?』

「ん?」

 会話していた(アズサ)は、二人同時に気付いた。

「あれは?」

『あれって……?』

 

 元々、雲が多い天気ではあったものの、それでも青空は見えていた。

 そもそもこの決闘アカデミア自体、普段から雨も降らなければ、曇り、と呼べるほど曇っている日も滅多に無かった。

 それが今は、空一面が、厚い灰色の雲で覆われていた。

 だが、真に目を引くのは、そんな雲ではなかった。

『あれって……』

 (アズサ)らの視線の先には、巨大な火柱が空へ向かって伸びていた。

『なんだろう……すごく強くて……激しくて……それに、怖い……』

 その火柱を見上げながら、アズサはそう呟いた。

「……苦しい」

 アズサと同じ方向を見る、梓も、そんなことを呟いた。

「苦しい……憎い……よくも……この、私を……」

『梓……?』

 アズサが呼び掛けるも、梓は、火柱の上がった方向を凝視したまま、声を出し続けていた。

「押さえつけて……縛りつけて……閉じ込めて……利用して……憎い……憎い……」

『梓……じゃない。もしかして、龍達の声……?』

 梓は立ち上がると、懐からデッキが落ちたことにも気付かずに、その方向へと歩いていった。

『ちょ、梓! あず……え?』

 

 やがて、火柱が消えたと同時に、厚い雲に覆われていた空は、元の青空を取り戻した。

「……今、聞こえたのは……悲鳴? 怒り? 憎悪……?」

 梓もまた、正気に戻っていた。

 意識が飛んでいた自覚はあったが、それでもその瞬間、感じた感情ははっきり記憶していた。

 梓が……ではなく、梓の中の龍達がよく知る、苦しみと、それゆえの諸々の負の感情。それらと全く同一な物を、梓は遠くから、確かな悲鳴として感じ取った。

「一体なにが……アズサ、あなたは感じましたか……?」

 尋ねながら、元いた方へと振り返った。

「……あら?」

 振り返った時、一緒に絵描き歌で遊んでいたはずの精霊は、姿を消していた。

 

 ……

 …………

 ………………

 

「やった……やったぞ……とうとう手に入れたぞ……!」

 彼は走りながら、息の切らした口調で歓喜の声を上げていた。

 途切れ途切れでほとんど声になっていないのに、そこには確かな喜色があった。

「奪ってやった……あいつから、デッキを奪ってやった!」

 十分な距離を走ったと感じ、ひざに手を添え、息を整えながら、手元のデッキケースを見る。間違いなく梓が愛用している、青色のデッキケースだった。

 蓋を開くと、そこには彼が目当てとした、白縁のカード達も問題なく入っている。

「これは今から僕のデッキだ……エリートの僕が持つにふさわしい、僕のデッキだー!!」

 シンクロモンスターを見ながら、オベリスクブルーの『五階堂 宝山』は、歓喜の絶叫を上げていた。

 

 新入生代表に選ばれ、憧れの万丈目に敗北し、それ以上に憧れた水瀬梓には、引き分けという名の圧倒的敗北を喫した。その日から、エリートとして周囲から尊敬と敬意を受け続けてきた、彼の日常は一転した。

 同級生と顔を合わせれば、雑魚カードを使った元エリートに敗れたと、陰口を叩かれた。

 授業で決闘に勝ったとしたら、さすがはあの凶王と引き分けた男だと、わざとらしく嘲笑された。

 敗けたとしたら、所詮はレッドに敗北した雑魚、これがあの凶王と引き分けた男だとは信じられない、そんなことを相手から、ネチネチと言われ続けた。

 勝っても敗けても、向けられる視線に好意は欠片も無くなり、あるのはただ見下したいだけの、不快な感情だけ。

 今や、エリートと呼ばれていた華やかな日々は幻と消え、下手なレッド生以上に蔑まれるようにさえなってしまった。

 

 そんな日々がストレスとなり、今や独特ながらも整っていた髪型は、所々が跳ねたボサボサ頭になり、顔はすっかりやつれ、目の下には隈までできている。

 成績も日に日に落ちていき、そうなれば当然、このままではラーイエローに降格することになると、教師から宣告を受けてしまった。

 そのことに同情するものは一人も無く、むしろ、さっさと学校を辞めちまえ、そんな心無い言葉を投げかける者までいる始末だった。

 それを示すように、ブルー寮の実力者は、一年生と言えどもほとんどがホワイト寮入りしているというのに、エリートの自分には、そんな誘いはただの一度も無かった。

 

 そんな状態で行われた、このジェネックス大会。

 生き残った日数や、獲得したメダルの数が成績にも影響する。

 降格を防ぐには、これしかないと思った。

 確実に生き残るため、一日目は、弱っちいレッド寮の一年を捕まえて、上手いことメダルを勝ち取った。その後は、自分を雑魚扱いしてきた奴らから隠れて、二日目を迎えた。

 実力者達から逃げるため、森の中に隠れつつ、自分と同じように隠れている弱虫を鴨にしようと歩いていた。

 だがそこで、自分をこんな惨めな境遇へ貶めた、凶王を見つけた。

 かなりの数の顔が描かれた地面の向こうで、凶王はデッキを落としたまま、どこか遠くへ目を向けていた。

 今なら、あのデッキを拾ったところで気付きはしないんじゃないか……

 

 そう考えた瞬間、五階堂は更に思った。

 そうだ。あのデッキは、僕のようなエリートにこそふさわしいんだ。

 凶王は、成績も決闘も、容姿すら完璧。

 だが、所詮はゴミ溜めで生まれて、そこで汚い男どもにもてあそばれた、汚物男に過ぎない。

 そんな奴に、あの美しいカード達は相応しくない。

 僕のような、選ばれたエリートが持ってこそ、カード達も喜ぶに決まってる。

 そう直感した五階堂は、梓が落としたデッキを、盗むのではなく、私物を持ちだす感覚で拾い、そして逃げた。

 

 そして、デッキを確認し、それが、自分をどん底に叩き落とした男の使っていた、最強のデッキであることを確認した。

「これで僕は最強だ。これでまた、僕はエリートになれる! 誰にも敗けない、エリートに戻るんだ!!」

 

『……』

 デッキを手に、大声で歓喜する五階堂を、アズサは、氷よりも冷たい目で眺めていた。

 

 

「あのー……」

 興奮している五階堂に、大人しい声が掛けられる。

 そちらを向くと、そこには、彼より遥かに年下の、少年が一人立っていた。

「よかったら、僕と決闘してくれますか?」

 制服を着ていない所を見るに、外部の参加者。年齢的には、小学生だろう。

 そして、そんな見るからに弱々しい可愛い顔をした少年の姿に、五階堂は、また声を上げた。

「ああいいぜ! このデッキを試すのにちょうどいい! お前、このエリートの実験台として散りやがれ!!」

「……っ」

 彼の大声に、少年は怖気づきながらも、デッキを取り出した。

 

「えっと……『輪月(わつき) 英人(ひでと)』です……」

「お前の名前なんざどうだっていい!! さっさと敗けろー!!」

「……っ」

 

『決闘!!』

 

 

五階堂

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

英人

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

 

「おらおら! 先行は俺だ! ドロー!!」

 

五階堂

手札:5→6

 

 勢いと大声のせいで、涙目になってしまっている少年を前に、五階堂は遠慮なく先行を奪った。そして、初めて手にしたデッキで、どうするかを考える。

(このデッキなら、どんなことしたって勝てるんだよ……)

「『氷結界の武士』を召喚!」

 

『氷結界の武士』

 レベル4

 攻撃力1800

 

「カードを伏せる! ターンエンドだ!!」

 

 

五階堂

LP:4000

手札:4枚

場 :モンスター

   『氷結界の武士』攻撃力1800

   魔法・罠

    セット

 

 

「氷、結界……?」

 彼の召喚したモンスターを見て、英人と名乗った少年は、不思議そうな表情を見せる。

「そうだ! エリートの僕にこそふさわしい、僕だけのデッキ、『氷結界』だー!!」

 高らかに絶叫し、宣言する。だが、少年は、今度は涙を浮かべなかった。

「そっか……じゃあ、間違ってなかったんだ……」

 変わりに浮かべているのは、歓喜の笑みだった。

「デッキの気配は感じるのに、持ってる人からは、全然なにも感じない。どころか、話しても気分が悪いだけ。こんな人が、まさかって信じられなかったけど……けど、間違ってなかった……」

「おいおいおいおい、何ごちゃごちゃ言ってやがる!? 敗けた言い訳なら終わった後でその辺の木にでもくっちゃべってろ! さっさと俺にターンを回しやがれ!!」

 五階堂のそんな身勝手な要求に対しても、少年は、笑みを絶やさなかった。

「僕のターン」

 

英人

手札:5→6

 

「……喜んでる。僕のデッキが、そのデッキと戦えること、喜んでるよ……」

「は? 何言ってんだお前……」

「僕は永続魔法『未来融合-フューチャー・フュージョン』を発動。融合デッキのモンスター一体を選んで相手に見せ、そこに書かれた融合素材モンスターを墓地へ送って、発動後の二回目のスタンバイフェイズに融合召喚を行う。僕が選ぶ融合モンスターは……『ワーム・ゼロ』」

 融合デッキから取り出した、融合モンスターを見せながら宣言した。

「うわ……なんだ、そのキモいの。趣味わる……」

「……『ワーム・ゼロ』の融合素材は『ワーム』の名を持つ爬虫類族モンスター二体以上。僕はこの効果で、デッキからこの七枚を墓地へ送ります」

 

『ワーム・ヤガン』

『ワーム・ヤガン』

『ワーム・アポカリプス』

『ワーム・バルサス』

『ワーム・ソリッド』

『ワーム・イリダン』

『ワーム・イーロキン』

 

「いきなり七枚も墓地? おまけになんだ、そのモンスターどもは? キモいのばっかじゃねえか。お前、さては相当雑魚だな! なんでお前みたいなのがこの大会に出場してんだよ? この大会のレベルもタカが知れてるなぁ!! ぎゃははははははは!!」

 頭を抱え、大笑いしている。そんな五階堂を、英人少年は相変わらず無視し続けた。

「永続魔法『ワーム・コール』。このカードが場にある限り、相手フィールドにのみモンスターが存在する時、僕は手札のワームを裏守備表示で特殊召喚できます。ぼくはこの効果で、手札の『ワーム・リンクス』を裏守備表示で特殊召喚します」

 

 セット(『ワーム・リンクス』)

 

「更に、『ワーム・テンタクルス』を守備表示」

 

『ワーム・テンタクルス』

 レベル4

 守備力700

 

「カードを二枚伏せます。ターンエンド」

 

 

 

英人

LP:4000

手札:0枚

場 :モンスター

   『ワーム・テンタクルス』守備力700

    セット

   魔法・罠

    永続魔法『未来融合-フューチャー・フュージョン』:0ターン

    永続魔法『ワーム・コール』

    セット

    セット

 

五階堂

LP:4000

手札:4枚

場 :モンスター

   『氷結界の武士』攻撃力1800

   魔法・罠

    セット

 

 

「なんだよそれ。一ターン目から手札使い切るとか……やっぱお前、タダの雑魚だな」

「……」

「このデッキの力を試そうかと思ってたけど、そうするまでも無く終わりかもなぁ! 僕のターン!」

 

五階堂

手札:4→5

 

「……やっぱ、このデッキは僕にこそふさわしい。デッキもそう言ってるぜ。相手フィールドのカードが自分フィールドより四枚以上多い場合、こいつは手札から特殊召喚できる。『氷結界の交霊師』を、特殊召喚!」

 

『氷結界の交霊師』

 レベル7

 攻撃力2200

 

「こいつが場にある限り、お前は一ターンに一度しか魔法・罠を発動できないからなぁ」

「……」

「さあ! バトルだぁ!」

 

『はぁ!?』

 

 五階堂の宣言に、後ろからお手並みを拝見していたアズサは絶叫したものの、精霊の見えない五階堂には聞こえていない。

 そして、そんなアズサの絶叫の元となった不安は、的中してしまった。

「罠発動『毒蛇の供物』」

「は?」

 カードが発動される。と同時に、英人少年の場の『ワーム・テンタクルス』、そして、五階堂の場の二体のモンスターが破壊された。

「は? ……は?」

「『毒蛇の供物』の効果。自分フィールドの爬虫類族一体と、相手フィールドのカード二枚を破壊する」

「……はぁ?」

 五階堂が呆然としている間に、氷結界は二体とも墓地へ送られてしまった。

「……僕のデッキは爬虫類族デッキです。『毒蛇の供物』は爬虫類デッキを相手にする上で最も警戒するカードですよ」

「……」

 

『やれやれ。そんなの僕だって知ってるよ。この時代でも有名なカードだし、前のターンで相手が爬虫類族デッキなのは確定してるのに……ミラーフォースとかなら仕方ないけど、通常召喚だってできたんだから、破壊されるにしてもモンスター増やしとけば一体は倒せたかもなのに……』

 

「……お前……」

 アズサがぼやいた直後、五階堂は、少年を睨みつけていた。

「雑魚の分際で! エリートの僕に説教する気かぁ!?」

「エリート? エリートがどこにいるんですか?」

「この野郎……『キラー・ラブカ』を守備表示!」

 

『キラー・ラブカ』

 レベル3

 守備力1500

 

『うわぁ、なんでここでそんなカード出しちゃうかなぁ……』

 

「ターンエンドだぁ!」

 

『しかもそれだけ!? 伏せカードは前のターンに伏せたの一枚だけ!?』

 

「……なら、罠発動『W星雲隕石』」

 

 ――ズドンッ!!

 

 再び英人少年がカードを発動した時、フィールドのど真ん中に、硬い鉱物でできた、だが怪しげな液体を滲ませる、巨大な隕石が降ってきた。

 その衝撃により、裏側になっていた『ワーム・リンクス』のカードがひっくり返り、モンスターの姿を現した。

 

『ワーム・リンクス』

 レベル2

 守備力1000

 

「フィールド上の裏側表示のモンスター全てを表側守備表示にする。そして、このエンドフェイズ、『ワーム・リンクス』の効果。リバースしたこのカードがフィールドに存在する限り、お互いのエンドフェイズごとにカードを一枚、ドローできます」

 

英人

手札:0→1

 

「続いて、『W星雲隕石』の効果。発動ターンのエンドフェイズに表側の光属性、爬虫類族のモンスター全てを裏側守備表示に変更。その枚数分、カードをドローします」

 

英人

手札:1→2

 

「く……ゼロだった手札が二枚に増えやがった……」

「そして、ドローした後で、デッキから、光属性の爬虫類族、レベル7以上のモンスターを一体、特殊召喚できる。僕はデッキから、レベル8の『ワーム・キング』を特殊召喚」

「なにぃ!?」

 

『ワーム・キング』

 レベル8

 攻撃力2700

 

「レベル8のモンスターが……」

「これでエンドです……」

 

 

五階堂

LP:4000

手札:3枚

場 :モンスター

   『キラー・ラブカ』守備力1500

   魔法・罠

    セット

 

英人

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『ワーム・キング』攻撃力2700

    セット

   魔法・罠

    永続魔法『未来融合-フューチャー・フュージョン』:0ターン

    永続魔法『ワーム・コール』

 

 

「僕のターンです。ドロー」

 

英人

手札:2→3

 

「このスタンバイフェイズ、未来融合はターンを数えます」

 

『未来融合-フューチャー・フュージョン』

 ターン:0→1

 

「……まず、『ワーム・リンクス』を再び反転召喚」

 

『ワーム・リンクス』

 レベル2

 攻撃力300

 

「効果は前のターンに説明した通り。リバースに成功したこのカードが場にある限り、僕はお互いのターンのエンドフェイズにカードを一枚、ドローできます」

「くぅ、たかが攻撃力300のモンスターで得意そうにしやがって……」

 

『たかが守備力1500のモンスターしか場に残せない奴が言う台詞じゃない……』

 

「更に、モンスターを裏守備表示。そして、魔法カード『太陽の書』。僕は二体目の『ワーム・リンクス』を表側表示にします」

 

『ワーム・リンクス』

 レベル2

 攻撃力300

 

「二体! これで二枚ドローできるってわけか……」

「バトルです。『ワーム・キング』で、『キラー・ラブカ』を攻撃します」

 黄金色に輝くワームの王が、その太い腕を振るう。

 それが、『キラー・ラブカ』をあっさり破壊した。

「くぅ……だが、守備表示だからダメージは無いぜ……」

「当たり前でしょう。そんなことでなに得意になってるんです?」

「お前……さっきから偉そうなんだよ! 黙って決闘できねえのか!?」

「……その言葉、そっくりお返ししますよ」

 決闘の前に見せていた、気弱で臆病な姿が、少年の姿からはすっかり消えていた。

 代わりにその表情は、五階堂の姿に、呆れ、失望していた。

「偉そうな態度で相手を嘗めて掛かって、そのくせ相手がちょっと変わったプレイをしただけで驚いて何もできなくなって、相手の態度が気に入らないと見るや、ギャーギャー、ギャーギャー……愚かな人間共の代表みたいだよ、お前……」

「この野郎……黙って聞いてりゃあっ!」

「黙れ。バトルの続きです」

 それ以上の五階堂の声を無視して、少年はモンスターに指示を出した。

「『ワーム・リンクス』で、愚かな小僧にダイレクトアタック」

「誰が愚かな小僧だ!? 僕より年下の分際でぇ!!」

 五階堂が喚く間に、赤色の軟体生物は細い四つの足で地面を這っていた。

 丸い頭を五階堂へ向け、突進していく。

「はっ! 攻撃力300くらい、どうってこと……」

 全てを言い切る前に、その頭が五階堂の腹部へ跳んだ。

 

 バキィ……

 

「ぐ……うぅ……!?」

 

五階堂

LP:4000→3700

 

「……がぁっ、はぁ……!」

 両手で腹を押さえながら、その場にひざを着いた。

「な……んだ……この、痛み……本物……?」

「当たり前でしょう」

 ひざを着く五階堂を見下しながら、少年は声を上げた。

「デッキに選ばれた者同士が出会ったんだ。ダメージが現実になるに決まっている……」

「選ばれた……? なに、言って……」

「二体目の『ワーム・リンクス』で、ダイレクトアタック」

 二体目の赤色が、同じように五階堂へ向かっていった。

「うわあ! あぁ……そうだ!」

 五階堂は慌てて、墓地のカードに手を伸ばした。

「墓地の『キラー・ラブカ』の効果! こいつを墓地から除外して、モンスターの攻撃を無効にして、攻撃力を500ポイントダウン……」

 

 バキィ……

 

「……ぶっ!」

 

五階堂

LP:3700→3400

 

 五階堂の望んだ通りにならず、再び攻撃のぶつかった腹部を押さえる。

「……お前、まさか、自分のカードの効果も把握していないのか……?」

 もはや、口調や態度から完全に礼節が消え去っている。

 そんな少年の声を聞く余裕も無く、五階堂は崩れ落ちている。

 そして、そんな姿に、後ろのアズサは頭を抱えていた。

 

『『キラー・ラブカ』の効果が発動できるのは、自分のモンスターへの攻撃だろうに……まさか効果を勘違いしてたからそいつ守備で出したっての?』

 

「ガッカリだ……こんな奴が、最強の『氷結界の龍』の主だと……?」

 溜め息を吐き、顔をしかめる。そんな状態のまま、プレイを進める。

「一枚カードを伏せ、ターンエンド。そしてこのエンドフェイズ、二体の『ワーム・リンクス』の効果で、カードをドローする」

 

英人

手札:0→2

 

 

英人

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『ワーム・キング』攻撃力2700

   『ワーム・リンクス』攻撃力300

   『ワーム・リンクス』攻撃力300

   魔法・罠

    永続魔法『未来融合-フューチャー・フュージョン』:0ターン

    永続魔法『ワーム・コール』

    セット

 

五階堂

LP:3400

手札:3枚

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    セット

 

 

「うぅ……ううぅぅ……」

 五階堂は、ひざを着いたまま、動けない様子だった。

 ひざを着いたまま、体全体を震わせ、カードをドローしていた。

 

五階堂

手札:3→4

 

「うぅ……『氷結界の守護陣』を、守備表示……」

 

『氷結界の守護陣』チューナー

 レベル3

 守備力1600

 

「……ターンエンド……」

「……このエンドフェイズ、リンクスの効果で、カードをドロー」

 

英人

手札:2→4

 

『あ~あ、ダメだこりゃ……』

 

 

五階堂

LP:3400

手札:3枚

場 :モンスター

   『氷結界の守護陣』守備力1600

   魔法・罠

    セット

 

英人

LP:4000

手札:4枚

場 :モンスター

   『ワーム・キング』攻撃力2700

   『ワーム・リンクス』攻撃力300

   『ワーム・リンクス』攻撃力300

   魔法・罠

    永続魔法『未来融合-フューチャー・フュージョン』:0ターン

    永続魔法『ワーム・コール』

    セット

 

 

『デッキが上手く回ってないにしても、それの対応すらまともにしないとか……』

 

「お前……最悪だ」

 

英人

手札:4→5

 

「倒す価値も無い……お前のような奴が、決闘者を名乗るなど、許せない……」

「うぅ……」

「もういい……ここで引導を渡してやる。二度と、決闘者などと名乗らせない。氷結界と共に、滅びろ……」

 

「未来融合の効果!」

 

『未来融合-フューチャー・フュージョン』

 ターン:1→2

 

「発動後の二回目のスタンバイフェイズ、指定した融合モンスターを融合召喚する」

 

「全ての始まりにして、終わりなるもの……同胞どもの躯を集わせ一つとなりて、全てを飲み込みゼロへと至れ」

「融合召喚! 姿を現せ『ワーム・ゼロ』!!」

 

 英人少年が叫んだ瞬間、彼らのフィールドに、未来融合のデザインそのままの、未来都市が広がった。

 だがその直後、明るかったはずの空は、厚い灰色の雲に覆われた。

 未来都市にそびえ立っていた鮮やかなビル群は、一瞬で錆びつき、朽ちていき、ビル街とも、岩石地帯とも、古代遺跡とも分からぬ空間に変貌してしまった。

 そして、そんな荒れ果てた大地から、今までのワームと同じ、ドロドロな液体が、大地から染み出てきた。

 それが、英人少年のフィールドに集まった。

 集まって、大きくなっていったそれは、重力を無視して上へ上へと上っていった。

 上へ昇り、そこでまた一つと集まっていき、やがて、巨大な灰色の球型を形作った。

 それが完全な球体と化した時、その表面に、薄っすらと、髑髏の顔を浮かばせた。

 

『ワーム・ゼロ』融合

 レベル10

 攻撃力?

 

「……なんだ……こいつ……」

 岩のようでもあり、気泡のようでもあり、そして、惑星のようにも見える。

 そんな、フィールドの様相まで変えてしまった、不気味で無機質なモンスターの姿に、五階堂は、言葉を失った。

 ……いや、姿だけではない。真に彼から言葉を奪っていたのは、その球型のモンスターの身からあふれ出る、強烈なプレッシャーによるものだった。

 

(こいつは……そうだ。こんな形のモンスター、授業の映像資料で見た。あれは、確か……)

 五階堂の脳裏によぎった、記憶の中のモンスター。それは、神のカード『ラーの翼神竜』。その『球体形(スフィア・モード)』と呼ばれる姿。

「まさか……モンスターじゃなくて、神だって、言うんじゃないだろうな……」

 過去に見た、映像越しでも分かった、神の強大過ぎる力。そんな記憶と、目の前の球体からにじみ出るプレッシャーから、そんな疑問が漏れる。

 そんな五階堂の言葉に、英人少年は口元に、笑みを浮かばせる。

「神ではない……起源(ゼロ)だ」

 そんな言葉も、五階堂には届いていないようだった。

 

「『ワーム・ゼロ』の攻撃力は、融合召喚の素材としたモンスターの種類に500を掛けた数値になる。僕が素材としたワームは全部で六種類。攻撃力は3000となる」

 

『ワーム・ゼロ』

 攻撃力500×6

 

「攻撃力3000……!」

「まだだ。『ワーム・ゼロ』は融合素材の種類によって、三つの効果を得る。まず、二種類以上を素材としたことで、墓地の爬虫類族モンスター一体を裏守備表示で特殊召喚できる。『ワーム・アポカリプス』をセット」

 

 セット(『ワーム・アポカリプス』守備力200)

 

「更に、四種類以上なら、墓地の爬虫類族モンスター一体を除外することで、フィールド上のモンスター一体を破壊できる。墓地の『ワーム・バルサス』を除外。『氷結界の守護陣』を破壊」

 『ワーム・ゼロ』から、墓地にあった『ワーム・バルサス』が飛び出す。それが『氷結界の守護陣』にぶつかり、破壊した。

「そして、六種類以上なら、一ターンに一度、カードを一枚ドローする」

 

英人

手札:5→6

 

「……これだけいれば十分か。バトル」

「ひぃ!?」

 その宣言で、五階堂は再び縮こまった物の、決して許されはしなかった。

「二体の『ワーム・リンクス』で、ダイレクトアタック」

 また、同じ光景。二体分の赤い頭が、五階堂へと突進していき……

「ごぉあぁ……!!」

 

五階堂

LP:3400→2800

 

「そして、『ワーム・ゼロ』で攻撃」

 宣言した瞬間、『ワーム・ゼロ』は不気味な白い輝きを発した。

 核爆発か、超新星爆発か……いずれにせよ、世界の全てを飲み込んでしまえるほどのエネルギーが、その身に貯まっていくのが分かる。

「……と、罠発動『ガード・ブロック』!! 戦闘ダメージを一度だけゼロにして、カードを一枚、ドローできる!!」

 

五階堂

手札:3→4

 

 あれは絶対にヤバいと、本能的に理解できた。だから、早めに伏せカードを発動させた。

 だが、その直後、白い輝きは極限に達し、巨大な爆音と、巨大な閃光が空間を包んだ。

 

「うわあああああああああああ!!」

 

 罠のおかげで、ライフダメージは無い。それでも、その衝撃だけで後ろへ吹き飛んだ。

 途中、木にぶつからなければ、どこまで吹き飛んでいたか分からなかった。

 ぶつかった衝撃と痛みで、気絶しなかったのは奇跡だった。

 だがすぐに、気絶した方がマシだったと思った。

 

「ずっと伏せてて使わないから、また役立たずなカードかと思っていたけれど……まあいい。一ターン命が伸びただけだ。今は、僅かな灯に縋って脅えろ」

 

 痛みと恐怖から、木にもたれ掛かるしかない五階堂に、少年は、冷たい声でそう言った。

 そして、その声と共に、残った『ワーム・キング』は既に動いていた。

 のっしのっしと、目の前まで歩み寄り、その巨大な二の腕を、前のターンと同じように振り上げる。

 

「『ワーム・キング』で攻撃」

 

 この攻撃を受けたらまずい。大けがでは済まないかもしれない。逃げなければ……

 分かっているのに、痛みと疲労、そして恐怖。それらが体を支配し、逃げることを良しとしない。

 もう、今逃げても間に合わない。そんな距離まで巨大な拳は迫っていた。

(そんな……死ぬのか、僕は……)

 そう思いながら、目を固く閉じた……

 

「……!」

 その時、突然、頭に何かが触れた。と同時に、その何かが、自分の頭と体を優しく包み込んだ。

 その直後、強い衝撃が来た。しかし、痛みはまるでなかった。

 

「よく頑張りましたね」

 

 感触と同じく、その声も優しく、柔らかだった。

 そして、五階堂がよく知っている声だった。

 その声に驚き、顔を上げた。

 

「代役を、感謝致します」

 

 その笑顔は、いつもみんなに見せる、綺麗な笑顔そのままだった。

 その美しさは、花のようだった。その輝きは、氷雪のようだった。

 彼は手を優しく取りながら、少年の方を見た。

 

「彼は私の相手です」

 

 その時の顔は、直前に見せていた優しさとは真逆の、なのに、まるで違和感を感じさせない、真剣な、強い横顔だった。

 

「さあ、決闘を続けましょうか?」

「……水瀬、梓……さん……」

 

五階堂

LP:2800→100

 

 

 

 




お疲れ~。

17 32 73 101 47 37

はてさて、何の数字か分かったかしら……

まあいいや。
そんじゃあ、決闘の続きはまた次話で。
それまで待ってて。

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