ちょいと短くなっちまったが、長いよりはマシかな?
今回はね、何だかんだで出す機会のなかった、梓の弱点が出るでよ。
まあ、多分みんな予想した通りの弱点だろうけれども……
そんな感じで、行ってらっしゃい。
視点:ジュンコ
「ふふ……ふふふ……」
ついつい込み上げる笑いをこらえることもしないで、すっかり暗くなった中を、ブルー女子寮まで歩いてく。
起きた出来事があんまり嬉しくて、そのおかげで起きた別の出来事も嬉しくて、色んな出来事や、大切な人に向けての、笑いが止まらない……
「隼人君がプレゼントしてくれた新作カード……このカードのおかげで、プロ決闘者にも勝っちゃったー。もう、敗ける気しない!」
昔はよく、親友のももえや、あずさと一緒に明日香様に取巻いて、そのおかげで無駄に気が強くなった。ただ明日香様が強いだけなのに、そばに立ってるだけの、自分まで強くなったような気になってた。
その頃の私の実力なんて、せいぜい、女子の中でも半分以下くらいでしかなかったのに。
そんな時、あずさが梓さんに告白されて、それをキッカケに、どんどん強くなっていった。
かと思ったら、あずさ以上にいつも一緒だったももえまで、レッド寮の丸藤翔に恋をして、一緒にいる時間が少なくなった。
その翔君がどんどん強くなって、かなり早い段階でイエロー寮に入った頃から、ももえも、そんな翔君を目指して決闘を頑張り始めた。
その時は、あずさもももえも、恋する乙女だって、他人事で、面白おかしく遠くから眺めるだけだった。
けど、心の底では焦ってた。実力はあったけど大して強いわけじゃなかったあずさも、いつも一緒だと思ってたももえも、恋を知った途端、強くなっちゃうなんて。
けど、そんな二人の気持ちはすぐに分かった。
私も、隼人君のこと……好きに、なっちゃったから……////
その隼人君は、決闘の実力は振るわないままだったけど、デザインの才能をペガサス会長に認められて、カードデザイナーとして生きていくことになった。
そんなに凄い人なのに、隼人君も私のこと、好きになってくれた。
それで思った。私も、隼人君にとって、恥ずかしい彼女でいちゃいけないって。
だから、私も頑張った。はっきり言って、女子ブルー寮不動のトップの明日香様や、アカデミア最強になっちゃったあずさがいて、あんまり目立ってないけど、今はももえと一緒に、ブルー寮全体で見ても、上から十番以内の実力はあるって自負してる。
それだけの実力を得たところに隼人君が帰ってきて、今までできなかった分、たっくさんイチャイチャして、そして、最後にプレゼントしてくれた新作カード……
「隼人君……本当、大好き~~~~~////」
隼人君の可愛い顔、優しい声、大っきな体、そんな隼人君と一緒に過ごした時間……思い出すと本当に嬉しくて、愛おしくて、思わず自分の腕を抱き締めて、身がよじれちゃう////
「私、これからも強くなるから……だから、いつか迎えにきて~~~~////」
「あのー……」
「ぎゃあああああああああああ!!」
ほっぺに両手を当てた瞬間、突然聞こえてきた声に、思わず大声が出ちゃった。
「す、すみません。驚かせるつもりは、無かったんですけど……」
「いぃぃ、いえいえ//// こちらこそごめんなさい////」
両手を振りつつ、何とか平静を装う。恥ずかしい所見られてないかな……
「あの……よかったら、決闘、してくれませんか? さっき島に着いたばっかりで、全然相手がいないんです……」
「あー、まあ、この時間だものね……」
そう言えば、今気付いたけど、外部からの参加者って、寝泊まりはどうしてるのかしら?
舞台がこんな絶海の孤島じゃ、ホテルを借りるにも往復だけで大変だし……
「ダメ、でしょうか?」
「あー……ううん! いいわよ。私が相手してあげる」
私が考えても仕方のないことだし、暗くなったから帰る所だったけど、今日の最後ってことで相手することにした。
学ランを着た大人しそうな男の子は、多分、中学一年生か二年生ってところかな?
昔の私なら、そんな見た目だけで見下して、油断してたと思う。
けど、今はもうそんなことはしない。
相手が誰だろうと全力で、闘って倒すだけ!
「よろしくお願いします……」
「よろしく。ちなみに君、名前は?」
「ああ……風馬です。『
「私は枕田ジュンコ。よろしく」
自己紹介も済んだところで、決闘ディスクを展開した。
『決闘!』
ジュンコ
LP:4000
手札:5枚
場 :無し
風馬
LP:4000
手札:5枚
場 :無し
「先行は私ね。ドロー」
ジュンコ
手札:5→6
早速来たわ、隼人君!!
「『ハーピィ・チャネラー』召喚!」
『ハーピィ・チャネラー』
レベル4
攻撃力1400
「『ハーピィ・チャネラー』……見たことない『ハーピィ』ですね……」
「でしょうね。だから、今教えてあげるわ。『ハーピィ・チャネラー』はフィールドか墓地に存在する限り、カード名を『ハーピィ・レディ』として扱う効果がある。更に私は魔法カード『万華鏡-華麗なる分身-』発動! フィールドに『ハーピィ・レディ』がいる時、手札またはデッキから、『ハーピィ・レディ』か『ハーピィ・レディ三姉妹』を特殊召喚する。私はデッキから、『ハーピィ・レディ三姉妹』を特殊召喚!」
『ハーピィ・レディ三姉妹』
レベル6
攻撃力1950
「そして、『ハーピィ・チャネラー』の効果! 手札から『ハーピィ・チャネラー』以外の『ハーピィ』と名の付くカードを捨てることで、デッキから『ハーピィ』モンスターを守備表示で特殊召喚できる。手札の『ハーピィズペット
ジュンコ
手札:4→3
『ハーピィズペット
レベル7
守備力2500+300
「フィールドの『ハーピィ・レディ』一体につき、『ハーピィズペット竜』の攻撃力と守備力は300アップする。そして、自分フィールドにドラゴン族が存在することで、『ハーピィ・チャネラー』のレベルは7に上がる」
『ハーピィ・チャネラー』
レベル4→7
「……レベルが変化するのは、何か意味があるんですか?」
「細かいことはいいのよ。私も疑問には思ったけど……最後に、手札の『ハーピィ・クィーン』を墓地へ送ることで、デッキからフィールド魔法『ハーピィの狩場』を手札に加える。そしてそのまま発動!」
フィールド魔法の割に、周りの風景に大した変化は無い。けど、変化するのはフィールドじゃないわ。
「フィールド上の鳥獣族モンスターの攻撃力と守備力は200ポイントアップ」
『ハーピィ・チャネラー』
攻撃力1400+200
『ハーピィ・レディ三姉妹』
攻撃力1950+300
更に、場に狩場がある限り、私が『ハーピィ・レディ』か『ハーピィ・レディ三姉妹』を特殊召喚する度、場の魔法か罠カード一枚を破壊できる効果がある。
相手の場に無きゃ自分のカードを破壊しなきゃいけないけど、それでも相手の動きはかなり封じた!
「カードを一枚伏せる。これでターンエンド」
ジュンコ
LP:4000
手札:1枚
場 :モンスター
『ハーピィ・チャネラー』攻撃力1400+200
『ハーピィ・レディ三姉妹』攻撃力1950+200
『ハーピィズペット竜』守備力2500+300
魔法・罠
セット
フィールド魔法『ハーピィの狩場』
今伏せたのは、永続罠『ヒステリック・パーティー』。手札一枚をコストに発動して、墓地の『ハーピィ・レディ』を特殊召喚できる。
墓地には、場か墓地にある限り『ハーピィ・レディ』となる『ハーピィ・クィーン』。手札のカードは、『ハーピィ・レディ』として扱う『ハーピィ・レディ1』。コストに捨ててもそのまま特殊召喚できる。
この布陣を突破するなんてことは難しいだろうけど、これでいざと言う時の守りも完璧だわ……
「うわー、一ターン目からこんなに……やっぱ、アカデミアの人はすごいですね……」
「でしょう?」
楓君? が褒めてくれたから、私も笑顔で返事をした。
私自身、ずっと頑張って実力をつけてきた。けど、今これだけのプレイングができるのも、隼人君がくれた『ハーピィ・チャネラー』のおかげ。それを考えると、私だけじゃなくて、隼人君のことも褒められたみたいで、それがまた嬉しくなっちゃう……
「さあ、今度は君の番よ。全力でかかってきなさい!」
「は、はい……ドロー!」
風馬
手札:5→6
「えっと、まず……」
楓君は緊張のせいか、ギクシャクしたまま手札を見てる。
そして、しばらく考えて、やることを決めたみたいにこっちを見た。
「行きます。僕はフィールド魔法を発動します」
「げ!」
いきなりか……フィールド魔法は互いの場に一枚しか残らないから、せっかく発動させた『ハーピィの狩場』が破壊されちゃうじゃない……
「フィールド魔法『
……
…………
………………
視点:外
「今日も、星華さんが頑張ったご褒美に、星華さんのお願いを聞いてあげることになったのは構わないのですが……」
梓は呟きながら、自身の今の服装を見てみる。
「……この格好は、何が面白いのでしょう?」
いつも食事を作る時に愛用している白のエプロン。その下には本来、いつもの青い着物を着ているはずだった。
それが、着物どころか、下着も、足袋も、何もない、一糸まとわぬ全裸の状態。
いわゆる『裸エプロン』姿で、梓は台所に立っていた。
「しかも、この格好で天ぷらを作って欲しい、だなんて……」
裸エプロンの両手には、菜箸と、水と卵で溶いた小麦粉を持っている。
「天ぷらなら先週も作ったはずですが……まあ、良いでしょう」
「星華姉さん……」
「なんだ? 舞姫……」
「あんた変態かよ……」
艶めく雪のような白い肌……均整の取れた美しい曲線を描く背中……小さくも柔らかく肉付けされた揺れるヒップ……
エプロンの僅かな布地や紐で、より強調された、細身ながらも完璧なプロポーションをこれでもかと見せつける。そんな格好で夕食を作る梓の後ろ姿を、体育座りでまじまじと眺めている。そんな二人が会話していた。
「ふふふ……全ては梓のせいだ。梓が私を変態にさせるのだ」
「あー、そうかいそうかい……気持ちは死ぬほど分かるけどそーかい」
「そういう舞姫は何をしている?」
星華も、体育座りをしつつ、梓からもらった白のワンピースでなく、カードデザインの装束を着て、両手のダンベルを上下させているアズサに疑問を投げかけた。
「今の僕じゃ、モンスターとして雑魚すぎるからね。決闘で梓のこと助けてあげられるよう、強くなりたいと思ってさ」
「ほう……モンスターも鍛えれば強くなるのか?」
意外な事実だと思って尋ねてみたが、アズサが見せたのは、嘲笑だった。
「……なるわけないじゃん。僕らカードだよ。印刷されたステータスが全てだよ」
「……では、一体お前は何をしているんだ?」
「気休めだよ、気休め。ただ、あの時みたく、諦めて何もしないよりかはマシかなって思っただけ……」
「そうか……」
これ以上は哀れに思い、何も聞かないことにした。
「……まあいい。それより、私の予想通りなら、もっと良い物が見られるはずだ」
「もっと良い物?」
アズサが疑問に思い、星華は妖しく微笑む。ここまで二人は、梓から全く目を離すことなく会話し続けていた。
「油の温度は良し、と……」
熱した油に菜箸を沈め、そこから気泡が出るのを確認する。
あとは、左手のボウルの衣に浸けた具材を入れて、揚げていけば天ぷらは完成する。
「では早速……」
サツマイモを取り、それをいつもするように、油の中へ……
「きゃっ……!」
油へ入れた瞬間、梓は声を出し、油から距離を取った。
(……そうでした。こんな格好では、油が跳ねれば当然肌に掛かって、火傷してしまう。まあ、すぐ治せはしますが、熱いのは嫌です……)
そうは思った物の、そんな意識はすぐに、油への恐怖から、愛しい二人の女性に戻った。
(そうだ……星華さんの御為、服を着るわけにはいかない。何より、二人がお腹を空かせて待っている)
決意し、覚悟を決め、再びボウルの中の具材を掴み、油の中へ……
「ひゃうんっ……!
「ひぅ! ダメぇ……お願い、やめ……うぁああ! ひゃあああんっ……!」
「星華姉さん……」
「なんだ? 舞姫……」
「あんた天才だよ……」
油に具材を入れる度、卑猥な悲鳴を上げる。純白のエプロンを揺らしつつ、嫌らしく体をくねらせ、雪のような柔肌をいかがわしい形に怯ませる。
そんな梓の後ろ姿を、二人は目を皿にしつつ、まばたきも忘れて凝視していた。
「全ては予想した通りだ。水属性……ことに、氷属性はすべからく熱に弱いものよ」
「さすが、アカデミア一のゲームマスター。目の付け所が違うね……」
「当然だ。はっきり言って決闘はともかく、ことテレビゲームならば、海馬瀬人や武藤遊戯、名も無き
そんな星華の自信を示すように、梓は後ろの二人を悦ばせる仕草を続けていた。
「ダメぇ……お願い、許してぇ……ひゃあん! そんな……そんなに熱いの無理! これ以上、私の身体に掛けちゃダメぇ~……!」
「こんなこと……こんなこと、ダメなのに、いけないことなのにぃ……いやぁ! そんなに、そんなに揚がっちゃいやぁ……! あっ! ダメ、今動いちゃ……ひゃあん! 焦げちゃう! 白い天ぷらが、熱い油で、焦げちゃうのぉ~!」
「ああぁん……身体中、いっぱい、熱いのかけられて、ベタベタなの……こんなにベタベタなのに、それでも私、あなたから離れられないのぉ……お願い、もっと欲しい……まだ足りないからぁ……二人分の夕飯には足りないからぁ、だから……もっと、もっと熱くしてぇ! 白いのいっぱい、揚げさせてぇ~~!」
「うあぁぁん……私、バカになっちゃったぁ~……体中ベタベタで、熱いのいっぱい掛けられて、身体がバカにニャっちゃったぁ~……もう、何も考えられニャいにょぉ~……天ぷらのこと以外、ニャんにも考えたくニャいのぉ~……もっとシてぇ~! もっともっと、二人の天ぷら、もっと、ちょうだい……イイから! 熱いのもっと、掛けちゃっていいから~! もっと! もっと奥まで! 奥まで揚がって~! しろいのたくさん、天ぷらにニャってぇ~~~~~~~~~……」
「できましたー」
いつもと違い、だいぶ苦戦し、時間を掛けて作った、天ぷらの乗った大皿を両手に、梓は台所から、二人の待つリビングへと歩いた。
「……て、何て顔してるんですか、二人とも?」
思わず顔をしかめ、声を上げてしまう。
実際、梓がそう声を上げるのも道理だった。
「はぁ……はぁ……////」
「ふぅ……むふぅ~……////」
カッと見開かれた目は血走っていて、鼻息も口の息も荒く、星華に至っては、にやけた顔の端によだれまで光らせている。
そんな体育座りの女子二人の姿を見れば……むしろ梓だから、そんな一言だけで済んだ。
「はぁ……はぁ……梓ぁ……////」
アズサは両手のダンベルを上下させながら、吐息交じりに梓の名前を呼んでいた。
「梓……あぁあああぁ……////」
星華も似たようなもので、名前以外全く言葉になっていない。荒い吐息を何度も吐いては、不気味で不快な声を上げ、喉から出してはいけない声を出している。
そして、遂に……
「もう我慢できねぇ! 梓あああああああああああ!!」
「……ふぁっ!」
「起きましたか?」
星華が目を覚ました時、目の前……というか、頭の上に、梓の顔があった。
既に裸エプロンから、いつもの青色の着物を着ていて、頭には柔らかな感触。
膝枕をされていると、すぐに分かった。
(梓の顔……梓の太もも……あ、これたまらん////)
「晩ご飯が冷めていますよ」
「……む? そうか……」
それを聞いて、いかがわしく歪んだ顔を元に戻しつつ、即座に体を起こした。
「どのくらい眠っていた?」
「一時間弱でしょうか」
「うむぅ……なぜ眠ることになったか思い出せんが、とにかくせっかくの梓の飯だ。すぐに食さねば」
「天ぷらは冷めたら美味しくなくなりますからね。もちろん、その辺りも気を遣ってはおりますが……」
「冷めていようが、梓の作った飯を残す愚は犯さん」
「そうですか」
梓の言葉、そして笑顔に癒されながら、星華は体を起こした。
「ところで梓」
「はい?」
「舞姫は、どうかしたのか?」
視線を梓から、アズサに向けながら尋ねる。
「……」
アズサは部屋の隅で、なぜか小さくなり、ダンベルを上下させつつ、ガタガタと身を震わせていた。
「はて……運動のしすぎでしょうか?」
「……まあいい。話している間に腹が減った」
その会話で、梓は温め直した天ぷらと、ご飯とみそ汁を用意した。
そしてアズサは、食事しながら楽しげに会話する二人を背に、顔を真っ青にしつつ、一時間前に見た物を思い出しては、ただ思い続けていた。
(逃げちゃだめだ……逃げちゃだめだ……逃げちゃだめだ……逃げちゃだめだ……逃げちゃだめだ……)
……
…………
………………
暗い場所だった。
時間が夜中なのだから暗いのは当然として、今のこの時代、よほどの田舎か発展途上国でもなければ、電気の通った室内にいる限り、明かりに事欠くことは滅多に無い。
それでも暗いというのなら、そもそも明かりが無いのか、故障か停電か、もしくは、好き好んでわざわざ部屋を暗くしているか、そのくらいだろう。
そして、ここに集まっている者達はそんな、好き好んでわざわざ部屋を暗くしている、そんな連中だった。
「連絡が入りました。フランツが敗北したそうです」
「……そうか」
若い青年の声に、この部屋の中で中心らしい、実年の、低い男の声が短く応える。
それをキッカケに、部屋内で他の声も上がり始める。
「なんだよ、情けねぇ。仮にも神のカード使っといて一日で終わりか」
「まあ、所詮は決闘者じゃない、素人のカードデザイナーってことか……」
「とは言え、これじゃ何のために盗ませてやったか分からないな……」
敗北したフランツを嘲笑う声もあれば、落胆する声もいる。呆れる声。無関心な声。
そして、疑問の声を、一人が中心に投げ掛けた。
「なんにしても、これで計画は中止か? コピーとは言え、神のカードを持ちださせて、勝って調子づいた所を仲間に引き入れて、ラーのカードを俺達のカードの実験台にする。ついでに、ラーのカードも奪い取る。それが計画だったよな?」
「うむ……」
中心に座る男は、顎に手をやりつつ、思考する。そんな男の様子に、他の者達の視線も集まった。そんな視線を浴びながら、男はやがて、口を開いた。
「……いや。中止にすることは無い」
男は、やや喜色を含んだ声色で、彼らに言い聞かせた。
「フランツを……ラーを倒した決闘者。誰かは分かっているのか?」
「アカデミアの生徒です。名前は確か……アズサ、と言ったか……」
「梓……日本人のようだね。女の子かな? まあ、日本のアカデミアの生徒なら当然か……」
そんな声を聞いて、男はまた彼らに言葉を送った。
「いずれにせよ、君の言った通り、ラーのコピーを実験台として使うことは、もうできそうにない。とは言え、せっかくだ。ここからは君達も、普通に大会を楽しんでくれればいい。最終的な標的は、ラーを倒した、梓という名の生徒としよう」
「……へへ」
その話を受けた、男の一人が立ち上がった。
「なら、そいつは俺が倒すとするか」
「僕も行こう」
そこへ、最初に比べてだいぶ若い声も上がる。
「いい加減、戦いたくてうずうずしていたところだ。暴れさせてもらうとするよ」
「俺が全員食っちまうかもな」
「それは、僕も同じさ」
言い合いつつも、二人が互いに見せる笑顔の性質は同じ。闘いを前に、獲物を前に、退屈していた身を焦がしてくれることを望む、期待と興奮と、闘志だった。
そんな二人を眺めつつ、残りのメンバーも声を上げていく。
「一度に行く必要は無ぇ。俺はしばらく見物させてもらう」
「私もだ……」
「私はデッキを見直すわ。それが終わり次第出発する」
「私は残ってあなたを手伝います。私達が行くことはないでしょうが……」
「行くとしたら、最後の最後、だな……」
「うむ……」
最初に声を上げた二人以外は、この場に残ることにしたらしい。
そんな連中を残しつつ、最初の二人は部屋を出ていった。
歩きながら、二人のそれぞれがそれぞれに、アカデミアに、ジェネックスに、そして、梓という得物に対しての、思いを口にした。
「さあ……楽しい決闘をしよう」
「梓だかファック野郎だか知らねーが……俺がブッ倒す」
……
…………
………………
「鍵を……鍵を……!」
自室の椅子に腰掛けながら、斎王は苛立っていた。
長年欲し続け、追い求めてきた、この世界を終わらせることができる力。
それをようやく手に入れ、後は使い、実行に移すだけ。それだけの段階だったのに、そのために必要な道具である二つの鍵を、斎王は失った。
そしてその理由が、自分の中に住まうもう一つの人格……彼本来の人格の手によるもの。
今の斎王より現れている人格は、大いに憤っていた。
「取り戻さねば……必ず!」
「斎王様」
苛立ち、声を上げる斎王の後ろから、その声が響く。斎王は、湧き上がる激情を抑えこみつつ、彼女と向き合った。
「天上院明日香……聞きたいことがある」
本題に入る前に、そんな切り出しから始まった。
「君は、修学旅行中、堂実野町を離れていたな?」
「……」
「一体どこへ行き、何をしていた?」
「斎王様の気にするほどのことはない、些細なことでございます」
明日香はこうべを垂れながら、そう敬意を表す。ごまかしや偽りは、その姿からは見られない。
「……」
とは言え、斎王の表情から、疑いは消えなかった。
普通の人間なら気付かない僅かな変化だが、斎王には確かに、修学旅行へ行く前までは無かった力が、明日香の身から立ち上っているのを感じ取っていた。
得体の知れない、正体不明の力。
もしかしたら、配下でありながら、いずれ斎王自身を脅かすことになる力ではないのか……
「……まあいい」
疑問に思いながらも、その力が敵意を向ける気配は感じられない。
その事実と、今の明日香の忠誠を信用することにした。
「……目覚めるのだ」
明日香の目を真っ直ぐ見据え、言葉を掛ける。
「目覚めるのだ。天上院明日香。鍵を守護する決闘者よ……」
突然のそんな言葉に、呆気に取られた明日香も、同じように、斎王の目を見る。
「今こそ目覚めるのだ……」
そんな、目を合わせてくる明日香に対して、斎王は、自身の中から湧き出る力を、言葉に、声に、視線に込めて、明日香に流し込む……
「感じたぞッ! 『位置』が来るッ!!!」
「……!」
突然、無言で立っていたはずの明日香が絶叫した。
「今、十代が鍵を握っているこの状況で感じたッ! わたしを押し上げてくれたのは遊の血統だったッ!」
意味不明の絶叫をした一瞬、明日香の身から、光が溢れ出たように感じた。
今、斎王の身に宿っている物とは全く別種の、いくつもの光が……
「……かしこまりました。斎王様。十代から、鍵を取り戻してみせましょう」
一瞬の光がナリを潜めたかと思えば、またいつもの冷静な口調に戻り、そう言う。
それは、直前までの明日香の姿に違いない。
「……うむ。では、新たなコンボで遊城十代を倒すのだ」
疑問は消えない。どころか、疑いはますます強まった。直前の光の正体も分からない。それでも斎王は、鍵の確保を最優先に考え、新たに組んだデッキを明日香に手渡した。
「……」
デッキを受け取り、それを握り締めながら、明日香は言った。
「ところで斎王様。私は全力の決闘で十代を倒します」
「うむ……」
「だから十代との結婚をお許しください」
お疲れ~。
つ~ことで、楽しみにしてた人いる?
四日目は、二人の奇妙な決闘でお会いしまひょ~。
また長くなりそうだけど、できるまで待ってて。