遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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いぇぁ~~~……

長かった四日目も終わって、ようやっと五日目よ~。
そんだらば、行ってらっしゃい。



五日目 ある夜のできごと

視点:外

 

 月が高く昇っている。虫の静かな鳴き声が響く。

 寄せては返す波の音が海上を漂う。揺れる海面が星に輝く。

 既に、夜と呼ばれる時間となってから、かなりの時間が経っている。

 今の時間帯、大抵の人間は、布団か、ベッドの上にいることだろう。

 

 もっとも、そんな時間にありながら、それでも音を、声を出す人間もいる。

 こんな時間になっても、まだ声を出す人間。

 それは……

 

 

「はっ……あ、んん……////」

 明かりを消した、暗い部屋の中。そんな室内にありながら、その部屋には、布のこすれ合う音と、少女の艶めかしい声が響いていた。

「んんっ、あっ、ダメぇ……////」

 暗い室内でも、彼女の声色だけで、その顔が赤くなっていることは、誰でも容易に想像できるだろう。

 怯んでいるようで悦んで、怯えているようで期待している。

 布団を握りしめる手に力を込めて、その抜群のボディラインを見せる肢体をくねらせて、その身の全てを、一人の男だけに捧げようと……

「ああ……梓//// 私、怖い……けど、梓が望むなら……梓の好きに、今すぐ……ひゃあっ!」

 悲鳴を上げ、全身に力を籠める。

 握りしめた布団に皺が刻まれようとも、気にする余裕はない。

「梓……梓ぁ……////」

 甘い声と吐息を吐きながら、真っ赤になった星華は、徐々に、横になりながらも閉じていた足を、広げていった。

「……来てぇ……梓……////」

 そしてとうとう、今日まで守り続けてきた純潔を、最愛の彼に奪われ……

 

 ……ることで生じるはずの痛みがまるでなく、全ては夢だったと彼女が気付くのは、朝が訪れてからのことである……

 

「ぐへへへぇ~//// 梓ぁ~////」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「ふぅむ……彼女のあの様子ですと、明日はまたお布団を干すことになりそうだ」

『うぅむ……』

 二人とも、難しい顔をしながら星華のことを語らいつつも、夜の屋外を出歩いていた。

『にしても、この小説、近頃下ネタ多くない?』

「どうにもネタ切れぎみのようですね」

『いくらネタが無いからって、ちょっと星華姉さんでエロくすりゃあ受けるってもんでも無いでしょうに……』

「ネタが無いから、安易にエロとメタ発言に逃げる……五流作家の典型ですね」

『それか、急にドシリアスな小説に手を出した反動かね?』

「関係ないでしょう。思いついたネタが気に入れば、勢いまかせの行き当たりばったりで書いているだけなのだから……」

 

 へっ……夜であれば辺りは暗闇なはずだが、空に輝く星々の輝きに加えて、島内の各所に設置されている外灯のおかげで、迷うことなく歩くことができている。

 もっとも、仮にそれらがなくとも、梓なら、普段通り歩くのはたやすいことだが……

「まあ、それはどうでも良い……私は、私のすべきことを行うのみです」

『そうだね……にしても、敵さんもさぁ、なにもこんな真夜中に来ることもないのにねぇ……』

「ジェネックスでは、島内であれば、場所も時間も問いません。それに、どなたかは存じませんが、ワームの英人さんと同じように、早く決闘がしたかったのでしょう」

『それなら、バカとクズ二人を殺った時に出てくりゃ手っ取り早かったのにね』

「よっぽど『ナチュル』と『ジュラック』の怒りが怖かったのでしょうね……」

『……そっち?』

 

 と、二人が話しているうちに、その場所にたどり着いた。

「今度の相手は……あなたですね」

 

「……」

 

「……言葉は不要、ですか……では、始めましょうか」

「……」

 

 梓も、無言の決闘者も、同時に決闘ディスクを構えた。

 

『決闘!!』

 

 

???

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

 

「……先行、ドロー」

 

???

手札:5→6

 

「……フィールド魔法『霞の谷(ミスト・バレー)の神風』を発動!」

「……そうですか」

 彼のカードの発動と、梓の納得の中、フィールドに、二人の周囲を風が舞った。

 目には見えない風という物質が、まるで色を、そして、意思を持っているように、彼らの周囲を吹き渡り、吹きすさび、二人を囲む大気の壁となる。

「……これで、僕もあなたも、この決闘からは逃げられない……」

「逃げるなどとんでもない……どんな決闘でも、どんな相手であっても、私は決して、逃げはしません」

 

「……『風馬(かざま) (かえで)』です……」

「水瀬梓と申します」

 

「続けます。更に僕は、『忍者マスター HANZO(ハンゾー)』を召喚」

 周囲を包む風の中に、黒い影が姿を現す。

 風の中に溶け込み隠れていた日陰者は、楓という主の命のもと、フィールドに姿を現した。

 

『忍者マスター HANZO(ハンゾー)

 レベル4

 攻撃力1800

 

「ほぉ……『忍者』ですか」

『意外。『霞の谷』なら、てっきり風属性で来るかと思ったら、いきなり闇属性か……』

(なにもおかしなことはありません。未来のカードに、現在のカードを合わせ完成度を高める。私もしておりますし、決闘者にとってはむしろ当然の選択です)

『まあね……』

 

「HANZOの効果。このカードの召喚に成功した時、デッキから、『忍法』と名のついたカード一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのは、『忍法 変化の術』」

 

手札:4→5

 

「カードを二枚伏せます。ターンエンド」

 

 

LP:4000

手札:3枚

場 :モンスター

   『忍者マスター HANZO』攻撃力1800

   魔法・罠

    セット

    セット

    フィールド魔法『霞の谷の神風』

 

 

「……ずっと、このデッキが探してた……会いたがってた人……その力、見せてもらいます」

「もちろん……私のターン」

 

手札:5→6

 

「この瞬間、永続罠発動『忍法 変化の術』」

 ジッとたたずむHANZOの足もとから、白の煙が立ち上る。

「自分フィールドの『忍者』一体をリリースすることで、手札かデッキに眠る、レベルが三つまで上の獣族、鳥獣族、昆虫族を特殊召喚する」

「最大レベルは7、つまり……」

 

「現れろ! 『霞の谷の巨神鳥』!」

 

 HANZOが印を組むと同時に、全身が白煙の中へ消える。

 その瞬間、雲一つないはずの星空に、目に見えるほどの電流が、そして、より巨大な雷が走った。

 吹き渡る静かな風の中に、大きな雷が合わさった瞬間、その雷が形を成す。

 雄大な体躯。優雅な尾びれ。見上げるほどの大翼は姿を現した。

 

『霞の谷の巨神鳥』

 レベル7

 攻撃力2700

 

「さらに伏せカード発動、速攻魔法『速攻召喚』! 手札のモンスター一体を通常召喚する。僕は『霞の谷の雷鳥』を召喚!」

 たたずむ大翼のすぐそばに、新たな緑色の小翼が現れる。

 翼を畳み、体も小さい。それでも、巨神となる未来を約束された、幼くも可能性に満ちた鳥。

 

『霞の谷の雷鳥』

 レベル3

 攻撃力1100

 

「ふむ……私はモンスターを裏守備表示。更にカードを三枚伏せ、ターンを終了します」

 

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

    セット

   魔法・罠

    セット

    セット

    セット

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『霞の谷の巨神鳥』攻撃力2700

   『霞の谷の雷鳥』攻撃力1100

   魔法・罠

    永続罠『忍法 変化の術』

    フィールド魔法『霞の谷の神風』

 

 

「そのプレイング……巨神鳥の効果を知ってる?」

「ええ。私は、こことは別の場所から来たもので。少々不公平ですが、あなたの持つカードも基本的には把握しております」

「そうですか……」

 情報アドバンテージ。それは時に、カードパワー以上に勝敗を決する力となりえる。

 それが分かっている楓でも、特に慌てることはない。ただ、自分が信じるデッキで、自分が信じるプレイングを行うだけなのだから。

「僕のターン!」

 

手札:2→3

 

「……カードを伏せます。バトル! 『霞の谷の巨神鳥』で、その守備モンスターを攻撃!」

 大翼を広げ、霞浮かぶ空へ舞い上がる。

 まるで巨大なロケットのように上空へ舞い上がり、頂点へ達した瞬間、急降下を始めた。

「罠発動『次元幽閉』! 攻撃してきたモンスターをゲームから除外します」

「無駄です! 巨神鳥の効果! 相手が魔法、罠、モンスター効果を発動した時、自分フィールドの霞の谷一体を手札に戻すことで、効果の発動を無効にし、破壊します!」

 地上に残っていた雷鳥が、霞の空へ溶けていく。

 その瞬間、巨大な雷が光り、『次元幽閉』のカードに直撃した。

「……ならば、それにチェーンします。伏せカード発動『サイクロン』!」

「な……!」

 落雷に照らされたフィールドで、そのすぐ横にある裏側のカードがめくれる。

 そこから発生したつむじ風が、楓のフィールドにある、永続罠カードを吹き飛ばした。

「巨神鳥の無効化の効果が使えるのは、同一チェーン上で一度。『サイクロン』に対して効果を発動することはできません。更に、変化の術が破壊されたことで、その効果で特殊召喚された巨神鳥もまた、破壊されます」

 フィールドを急降下し、あと少しで裏側のモンスターに届くというところで、巨神鳥は煙となり、消えてしまった。

 

「……効果の続きです。フィールドの『霞の谷の雷鳥』が手札に戻った時、手札から特殊召喚できます。更に風属性モンスターが手札に戻った瞬間、フィールド魔法『霞の谷の神風』の効果も発動! 一ターンに一度、デッキからレベル4以下の風属性モンスター一体を特殊召喚できます。手札から『霞の谷の雷鳥』、デッキから……」

 ディスクからデッキを取り出し、めくっていって、その中の一枚を手に取った。

「出番だよ、ファル……『霞の谷のファルコン』を特殊召喚します!」

 たった今霞の中へ消えた鳥が、再びフィールドへ降り立つ。

 それに誘われるように発生した優しい風が、楓のフィールドに霞を導く。

 その霞の中から、亜麻色の翼と、輝く銀髪をなびかせる、剣と盾を構えた褐色の戦士は、気さくな態度で悠々とフィールドを歩いてきた。

 

『霞の谷のファルコン』

 レベル4

 攻撃力2000

 

『……よお。久しいな、アズサ。それに……青』

 

 あの頃と変わらぬ気さくな態度で……

 そのすぐ後には、笑顔ながらも威圧を含んだ冷たい笑顔で、二人に声をかけた。

「あなたの……あなた方の目的は、私に対する復讐ですか? それとも、龍達ですか?」

 そんなファルコンの威圧にも、まるで憶することなく疑問を聞き返す。そんな、強いままの梓に対して、ファルコンは、その冷たい笑みを、一気に柔らかく崩した

『別に。済んだことだ。さすがにあの時、死んじまった奴らの気持ちまでは分からねぇが……少なくとも、俺はもうお前のこと、恨んじゃいねぇよ』

「……では、あなた方の目的はなんです?」

 態度が柔らかくなっても、梓もよく知る彼の性格に戻っても、それでも、態度は真剣なまま。

 

「今日まで、五つの『ターミナルシリーズ』と戦いました。最初に戦った、『A・O・J』と『ジェネクス』……少なくとも、彼らは私と、私の『氷結界』に対して、強い恨みの感情を持って決闘を挑んできた」

 勝利したことで、その恨みの感情は消え去った。更には、今も自室で眠っている、星華という真の主に出会うことになり、そこには、彼女と戦えることへの歓喜の感情が宿っているのが分かった。

「ジェネックスが始まった後は、『ワーム』とも戦いました。しかし、少なくとも、そこには最初の二つのデッキのような、恨みは感じられなかった」

 ワームから感じた感情は、ただ、出会えたことへの歓喜の感情。デッキに眠る『ワーム・キング』が、かつての主である、梓に出会えたこと。それに歓喜していたことだけ。

 

「『ジュラック』と『ナチュル』も、おそらくは同様だったのでしょう……経緯ゆえに、逆に私の方が、奴らに対して恨みをぶつける羽目になってしまいましたが……」

 あの時は、抑えようのない怒りと憎しみに苛まれていたせいで分からなかった。

 それでも、たとえ最低最悪なパートナーによる、杜撰で下手くそかつ愚鈍愚劣な態度での不毛極まりない無駄な決闘であろうと、梓と戦えること自体には歓喜しているように見えた。

 

 そして、今目の前にいる『霞の谷』。その精霊であり意思である、『霞の谷のファルコン』。

「あなたや、あなたのデッキも同じです。少なくとも、恨みは感じられない。感じる感情は、ただ私と決闘することが嬉しいという気持ちだけです」

『……』

「私には分かりません……あなた方は、私と、氷結界と戦うことで、何を見出そうというのですか? 私が、あなた方と戦うことで、行き着く先は何なのでしょう?」

『……』

 

 梓の質問に、ファルコンは腕を組みながら、目を閉じる。

 梓自身、彼らが挑んでくるのは、ひとえに、梓や、梓の持つ龍達への恨みとばかりに思っていた。()がシエンに抱いたような、その恨みを糧に、まだ十数年は先に生まれるはずの未来から、()の生きる現代へ遡ってきたのだと。

 実際、『A・O・J』と『ジェネクス』はそうだった。

 『ナチュル』、『ジュラック』、『ドラグニティ』。この三つを、氷結界と共に持っていたのは、おそらくトリシューラが滅ぼした種族だったからだろう。彼らと語らい、主を見つけ出したことで、恨みが無くなったというなら理解もできる。だが今思えば、氷結界や、その主たる自分への恨みを、決闘中でさえ、この三つから感じたことはなかった。

 そして、『ワーム』。かの世界で絆を育んだ『ワーム・キング』はまだ分かる。だが、それ以外は、()と、()の手で全滅させた。龍達も含め、恨みがあってもいいはずなのに、それが全く無かった。

 

 そして、目の前の『霞の谷』、まだ戦っていない三つのデッキもそうだ。

 恨みではない。憎しみでも、呪いですらなく、歓喜だというのなら、一体彼らは、何がそんなに嬉しいのか。何を求めているのか。何が目的なのか……

 

『……うん』

 しばらくの沈黙ののち、ファルコンは目を開けて、口を動かした。

『それはだな……』

「……」

「……」

 

『……』

 

 

『分からん!』

 

 

『だぁーっ!』

 

「えぇーっ!」

 

「……」

 アズサと、楓が思わず倒れている間も、梓は、ファルコンの言葉を静観していた。

『目的だとか行き着く先だとか、ンなもんわざわざ気にするわけねーだろう。俺達はカードだぜ? 決闘をしてもらって、フィールドで戦う。それ以上の欲求なんざ、あると思うか?』

「……カードの気持ちは、正直、よくは分かりませんが……」

『まあ、確かにな。俺も前世じゃ、お前らが滅ぼした世界で人間だったぜ。もっとも、鳥人だからお前らとは別の種族だが……いや、一応生まれは氷結界で、そこから霞の谷で修行して鳥人に進化して……ンなこたぁどうでもいい。どの道、少なくともさっきお前を囲んでた俺らと三つの種族は、ただ本能に従ってお前を探してただけだ』

「本能?」

 納得も得心もいかない梓に対して、ファルコンは、梓に比べれば聡明とは言い難い頭を動かして、自身の言葉で言い表していた。

『今言った通り、目的なんて呼べるもんは無ぇ。そもそも、お前の氷結界もそうだが、俺達がなんでこんな過去の時代に生まれることになったのか。それだって、俺達自身にも分からねーんだ。多分、お前らが俺達の世界にやってきたせいで、何かしら影響があったのかも分からねぇが、どの道真相は全く分からん』

「……」

『分からん上に、意思まで持っちまった俺達がまず目指したことは、俺達にとって相応しい、唯一無二の決闘者に出会うことだ。最初からそばにあった氷結界とは違って、こっちは結構苦労したんだぜ。もっとも、苦労したおかげで俺は、楓っていう最高のパートナーと出会えたわけだが……』

 語りながら、楓の隣に立ち、その肩を組む。

 控え目な態度の楓は照れながらも、嬉しそうに破顔していた。

 

『だが、中には最初っから目的なんか無ぇから、唯一の本能に従うしかなかったって奴もいただろうさ。お前が最初に戦ったっていう『A・O・J』に『ジェネクス』。多分、そいつらはお前と戦いたいっていう本能しか見えてなかったんだろうな。だから、適当に見繕っただけの決闘者に自分達を使わせて、ただお前らを探し出して、決闘しただけ。カードとしての喜びも幸せも全然無かったから、前世での恨みが蘇って、決闘の中でぶつけたんだろうぜ。見てねーから詳しくは知らねーけど……』

「……」

 あまり論理的とは言い難い。理屈としてもおかしな部分はいくつもある。

 それでも、あり得なくはない……

『だが、俺はそんなことは無ぇ。楓に出会って、一緒に戦ってる。少なくとも、前世の恨みや不幸は……忘れることは、多分できねーが、その時の苦しみを癒してくれるくらいには充実を感じてる。そんな中で、ようやくお前っていう本能の欲求元に出会ったんだ。今まで感じてきた充実の中で、引っかかってたもんに出会った。だから今日、そいつに決着をつける。それが、今んところの俺の目的だ』

「……そうですか」

 そこまで聞いて、ようやく梓は、得心がいったという様子で頷いた。

 

「つまり、あなた方の目的は……前世での不幸と滅びの原因となった、氷結界と私。カードとして勝負を挑み、決着をつけることで、前世の記憶、過去との決別を果たし、カードとして前へ進む。ということですね?」

 

『あー……』

 梓が返答した結論に、ファルコンは再び腕を組んで、考えた。

『あー……そう、それだ! 俺が言いたかったのはそれだ! 多分……』

(なるべく分かりやすく言い表したつもりでしたが……分かりづらかったでしょうか……)

 だがいずれにせよ、それが彼の望みだというのなら……

 今日まで挑み、これから挑んでくる者たちの共通の願いと言うのなら……

「全力で答えましょう。あなた方が、前世の苦しみから前へと進むためならば……」

 

『……そうだな』

 梓が答えると、ファルコンは、再び複雑な顔を見せた。

「どうしました?」

『……ああ。話してると、やっぱ思い出しちまったわ。恨む気持ちが無いっつったのは本当だが……紫のことは恨んでねぇ。けど、青のお前や、三匹の龍達のことは、許せねーわ……』

「……」

『けど、そんなもんばっか見てたって、ろくなこと無ぇのは知ってる。そんなもんいつまでも引きずってるよか、俺は、楓と一緒に、前に進みたい』

「ファル……」

 

『そのために、全力で戦ってもらうぜ! 分かってるな青、いや……水瀬梓!』

「……もちろん。最初からそのつもりです」

 

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『霞の谷のファルコン』攻撃力2000

   『霞の谷の雷鳥』攻撃力1100

   魔法・罠

    セット

    フィールド魔法『霞の谷の神風』

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

    セット

   魔法・罠

    セット

 

 

「すみません、楓さん。長々と話してしまって」

「いいんです。僕はファルの……『霞の谷』の仲間たちの願いを叶えます。それで、これからもずっと一緒に戦っていきます。その気持ちは、ファル達と一緒ですから」

「そうですか……」

 

「じゃあ、今はまだ僕のバトルフェイズです。バトル再開! 『霞の谷のファルコン』は攻撃する時、自分フィールドのカード一枚を手札に戻す必要があります。僕は『霞の谷の雷鳥』を手札に戻します」

 ファルコンの背中、下に垂れ下がって翼が広がる。そこから発生した風が、辺りの霞を舞い上げ、雷鳥は再びその中へと消えていった。

「そして、カード効果で手札に戻った雷鳥を、もう一度特殊召喚」

 

『霞の谷の雷鳥』

 レベル3

 攻撃力1100

 

「『霞の谷のファルコン』で、セットモンスターを攻撃! 烈風の斬閃!」

 素早くも力強く宙を舞い、広げた翼で空を切る。

 一瞬のうちに移動した先で、裏側のカード。

 姿を現した、青色の獣を切り裂いた。

「『グリズリーマザー』の効果。このカードが戦闘破壊された瞬間、デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚します。デッキより攻撃力1500の『ヒゲアンコウ』を特殊召喚」

 

『ヒゲアンコウ』

 レベル4

 攻撃力1500

 

「リクルーターからの、ダブルコストモンスター……?」

「あなたもそうでしょうが、私のデッキも、シンクロモンスターだけではない、ということです」

「……自身の効果で特殊召喚された雷鳥は、攻撃することができない。ターンエンド」

 

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『霞の谷のファルコン』攻撃力2000

   『霞の谷の雷鳥』攻撃力1100

   魔法・罠

    セット

    フィールド魔法『霞の谷の神風』

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『ヒゲアンコウ』攻撃力1500

   魔法・罠

    セット

 

 

「私のターン」

 

手札:2→3

 

「魔法カード『壺の中の魔術書』。互いのプレイヤーは、カードを三枚ドローします」

 

手札:2→5

 

手札:2→5

 

「『ヒゲアンコウ』を、水属性モンスター二体分としてリリース」

 梓の場を漂い泳ぐ深海魚。

 目立つ巨大な一体と、夜を照らす小さな一体が光と変わり、そこから新たに、生まれ変わった。

 

「さあ、その力を見せていただく……『青氷の白夜龍(ブルーアイス・ホワイトナイツ・ドラゴン)』を召喚!」

 

 フィールドに、霞よりも白いものが漂った。それは、冷たい冷気だった。

 その冷気は、地面から立ち上っていた。やがて、地面を突き破り、冷気の元が姿を現す。

 一瞬、夜だった空が、昼間のように白く輝いた。

 そんな白夜の名を持つ氷の巨龍が、梓のフィールドに、青の輝きと共に舞い上がった。

 

青氷の白夜龍(ブルーアイス・ホワイトナイツ・ドラゴン)

 レベル8

 攻撃力3000

 

「攻撃力3000……!」

『はは……そりゃあ、シンクロ以外にも強いモンスターなんざ、いくらでもいるわな……』

「もちろん、これで終わりではありません。魔法カード『死者蘇生』。互いの墓地に眠るモンスター一体を特殊召喚します。私は、『霞の谷の巨神鳥』を蘇生します」

「えぇ……!!」

 楓の驚愕をよそに、彼の墓地からカードが飛び出す。

 それを、楓は渋々、梓に手渡した。

「全力で戦うと言いました。卑怯だとは言わせない」

 

『霞の谷の巨神鳥』

 レベル7

 攻撃力2700

 

「……」

 無情な言葉のもと、ディスクにセットされた大翼は現れた。

 いつも自分と一緒に戦って、梓に出会う直前にも、アカデミアやプロ決闘者に勝利してきた。その勝利をもたらしてくれたモンスターの一体が、目の前の巨神鳥だった。

 それが今、ずっと相手の決闘者に向けていたであろう凶悪なまなざしを、自分に向けている。

「バトルです。『青氷の白夜龍』で、『霞の谷のファルコン』を攻撃」

「この瞬間、永続罠『デモンズ・チェーン』発動! 相手モンスター一体の効果を無効にし、攻撃を封じます。対象は、『青氷の白夜龍』!」

 空中へ浮かぶ白夜龍の足もとの地面から、巨大な鎖が顔を見せる。梓自身も何度も見てきたその鎖が、白夜龍を捕らえようと天空へ伸びた。

「これで白夜龍の攻撃は封じられる。更に、既にメインフェイズを終えてバトルフェイズを宣言しているので、メインフェイズに戻ることはできません」

「それがなにか?」

 再び聞こえてきた、梓の冷たい言葉。そして、天空へ伸びていった悪魔の鎖は、頭上の白夜龍に届くまでもなく、凍り付き、砕かれた。

「白夜龍を対象にした魔法・罠カードが発動した時、その発動を無効にし、破壊します」

「そんな効果が……」

「攻撃を続行します。『青氷の白夜龍』、冴白(こはく)のブリザード・ストリーム!」

 白く輝く青氷の龍が、その口に冷たいエネルギーをため込んだ。

 それを目の前にいる鳥人へ向け、一気に放出させた。

 彼がパートナーを守ることさえ許さず、銀髪の鳥人は、冷たいエネルギーに飲み込まれ、消滅した。

 

LP:4000→3000

 

「ファル!!」

「続けて『霞の谷の巨神鳥』で、『霞の谷の雷鳥』を攻撃!」

 ついさっき、楓のフィールドで行われながら、妨害されてしまった攻撃が繰り出された。

 その巨体の浮上。そして急降下。その巨大な一撃は、おそらく、未来の彼であろう小さな鳥を一瞬で踏みつぶした。

「うわああああ……!!」

 

LP:3000→1400

 

「うぅ……強い……」

 決して油断していたわけでも、見くびっていたわけでもない。

 だが、今日まで霞の谷の仲間たちと戦ってきたことでの自信はあった。

 それを、シンクロモンスターを使うまでもなく、こちらの手を全て封じ込め、モンスターを全滅させた。

「これが、最強の『氷結界』……その、使い手の決闘者……」

 強く、気高く、力強く、そして容赦がない。

 過去からの解放どころじゃない。本気で霞の谷を、ひいては、楓という決闘者を全力で叩き潰すための、力の決闘。

 その美しい容姿に隠されているのは、決闘者としての圧倒的な力……

 

「バトルは終了です。私はカードを一枚場に伏せ、ターンエンド」

 

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『青氷の白夜龍』攻撃力3000

   『霞の谷の巨神鳥』攻撃力2700

   魔法・罠

    セット

    セット

 

LP:1400

手札:5枚

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    フィールド魔法『霞の谷の神風』

 

 

「くぅ……」

 強すぎる……圧倒的すぎる……

 ライフも手札も残っていても、残っているのはフィールド魔法が一枚。

 この日のための決意も、この瞬間までの自信も全て、簡単に打ち砕かれた。

 勝てない……たったの三ターンで、それを思い知らされた……

 

『……なんだ? もう諦めちまう気か?』」

 ひざを着く楓の耳に、気さくで優しい声が届く。

 今日まで、ずっと自分と一緒にいてくれた、パートナーの声。

 たった今破壊された、守ることができなかった人の声が。

「ファル、ごめん……守れなくて……」

『ンなこと一々気にすんじゃねーよ。モンスターが破壊されるなんざ、決闘じゃ当たり前だろーが』

「でも……」

『それより、お前のターンだぜ』

「……」

 分かっている。このデッキからカードを引かないと、決闘は始まらない……

 分かっていても……

『どうした? 引かないのか?』

「……」

『もうビクビクして逃げ回るのは嫌だ。前に俺にそう言って、戦っていくって決めた時の、強いお前はどこに行ったよ?』

「そ、それは……」

 それを言われると、思い出した。

 

 

 霞の谷と出会う前の自分……

 背はあまり高くない。勉強は普通にこなせるが、際立ってできるわけでもない。同じように、運動も得意なわけじゃない。おまけに人とも上手く話せない。そんな、何もないことが後ろめたくて、学校へ行くたびに、いつも教室の隅で縮こまっていた。

 それで派手な虐めにあったり仲間外れにされたり……そんなことこそなかったけど、決して目立たず、誰にも見られず、友達もなく、仮に学校から消えても、誰も気付かない。

 生きているのか死んでいるかも分からない、無機質な日常の繰り返し。

 そんな、まさに無色無臭のそよ風と大差ない、そんな存在としての日常を過ごしていた

 

 そんな楓にも、夢中になれるものはあった。今時、教室の生徒の半分以上は当たり前にやっている。楓も同じ。決闘モンスターズだった。

 周りは単純に娯楽の一つとしてしか見ていなかったが、楓は、そんな彼らよりも強い自信があった。

 それでも、隣の席で、クラスメイトが決闘をしているのに、話しかける勇気がない。

 

 もし、話しかけて嫌な顔をされたら……

 もし、それで邪魔者とされたら……

 

 隣の顔も名前も知っているのに、向こうは自分を知らないだろう。

 そんな自分が話しかけたって、迷惑にしかならない。

 そう思っていたから、いつもただ見ているだけで満足していた。

 そのカードはあのタイミングで使えばよかったのに……

 前のターンであのカードを使っていれば勝っていたのに……

 静観しながら、そんなことばかり考えていて、けど見ていることを気付かれないよう、目を逸らす毎日だった。

 

 そんな日常を過ごしている時だった。

 いつ、どこで現れたか分からない。気が付いたら手に持っていた。

 しかも、カードのカタログや月刊雑誌を必ずチェックしている楓さえ、一度も見たことのないカード群だった。

 不気味に思いながらも、そのカード達には、今日まで自分が手に入れてきたカードにはない、言葉で言い表すには難しい、迫力と、存在感があった。

 このカード達でデッキを組みたい……

 このカード達と戦いたい……

 そんな決闘者としての本能に逆らえなくて、すぐにそのカード達でデッキを組んだ。

 

 デッキは完成し、後は決闘で試すだけ。

 そのためには、いつも通り、隣で決闘しているクラスメイト達に、話しかけないと……

 

 もし、断られたら……

 もし、嫌な顔をされたら……

 

 いくら新しいカードを使いたいからと、ずっと感じてきたそんな感情まで消えてくれるわけがない。

 それでも……

 

 決闘が終わったタイミングで、話しかけた。

 すると、彼らは快く決闘を受けてくれた。

 組んだばかりのデッキで、そのデッキで考えたコンボを繰り出して、戦った。

 すると、勝つことができた。

 ほとんど初めてと言っていいくらいの対人戦だったのに、勝ってしまった。

 すると、みんながすごいと褒めてくれた。

 すごく決闘が上手いんだね。クラス中の決闘好きの子たちが、僕を見てくれていた。

 

 その日から、休み時間には必ずみんなと決闘をした。

 対戦する時もあるし、観戦する時もある。時々、負けそうになった友達に助けを求められて、手札を見ながらアドバイスしてあげた。すると、その友達は逆転勝ちした。

 ショップ大会にも出るようになった。すると、優勝することが何度かあった。

 そんな風に目立ったせいで、不良に絡まれた時もあったけど、そんな時は、クラスメイトのみんなが助けてくれて、最後には、その不良とも友達になった。

 

 何もない、無色無臭のそよ風だった自分に、『霞の谷』は、踏み出すキッカケを与えてくれた。

 

 

『その後だったろう? 俺が見えるようになって、デッキの封印が解けたのは……』

 ファルの言う通り。

 デッキを手にして、充実した学校生活を送っていたある日。

 家に帰ると、部屋の中に、色黒で銀髪な男がいた。

 決闘モンスターズの精霊だと名乗った。不審者かと思ったが、背中には、どう見ても本物の翼が生えている。何より、自分以外には両親も、誰も見えていないようだった。

 それだけじゃない。本当にファルコンかと思ってデッキを確かめると、カードの中のファルコンそのままの容姿だったこと以上に、デッキ自体にも、目に見えた変化が起きていた。

 

 モンスターのテキストに、チューナーという、知らない単語が浮き出ていた。

 ファルいわく、未来のカードらしい、知らないカードが何枚か追加されていた。

 そして何より、見たことのない、白い枠のカードが現れていた。

『最初にお前を見た時は、正直、外れだって思ったんだぜ。どう見ても弱そうだったからな。だが、お前はそんな弱い自分を奮い立たせて、一歩踏み出して見せた。そうやって変わっていったお前が気に入ったから、俺も、デッキも本当の姿をお前に見せたんだぜ』

 

 正直に言えば、人と話をするのは、まだ少し怖い。

 それでも、そばにはいつも、霞の谷の仲間達がいた。

『お前は、自分に友達ができたのは、俺たちのおかげだって思ってるんだろうが、そうじゃねえ。お前に勇気があったから、変わることができたんだ。楓、お前は強い』

 そう言ってくれるファルも強い。

 弱い自分を、こうして勇気づけてくれる。支えてくれる。力を与えてくれる。

 楓には、この世界で、憧れの人が二人いた。

 従兄で、警察官の走一(そういち)兄ちゃん。

 そして、今目の前にいる、その後に出会った、僕の憧れ……

 最愛のパートナー……

 

『そんな強い楓の力を、あいつにも見せてやろうぜ。霞の谷の使い手……決闘者、風馬楓の強さをよ』

「……」

 

 力が入らなかったひざに、力を込めた。

 重たい体を持ち上げて、そして、正面を見た。

 

 

LP:1400

手札:5枚

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    フィールド魔法『霞の谷の神風』

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『青氷の白夜龍』攻撃力3000

   『霞の谷の巨神鳥』攻撃力2700

   魔法・罠

    セット

    セット

 

 

「僕のターン!」

 

手札:5→6

 

「魔法カード『天使の施し』。カードを三枚ドローして、二枚を捨てる……そして、手札から墓地へ送ったチューナーモンスター『霞の谷の幼怪鳥』の効果! このカードが手札から墓地へ送られた時、墓地から特殊召喚できる」

 

『霞の谷の幼怪鳥』チューナー

 レベル2

 守備力400

 

「フィールド魔法『霞の谷の祭壇』発動!」

 新たなフィールド魔法が発動される。

 その瞬間、彼らを包む風が止み、同時に彼の後ろから、巨大な何かが浮かび上がった。

 白い霞に包まれた中に立つそれは、角のような二本の柱と、中央に飾られた緑色の宝石が輝く、巨大なる古代遺跡。

「魔法カード『死者への手向け』発動! 手札を一枚捨てて、フィールドのモンスター一体を破壊する。破壊するのは……『霞の谷の巨神鳥』!」

 

手札:4→3

 

 手札の一枚を、墓地へ送った時。その墓地からボロボロの包帯がいくつも飛び出した。

 その包帯が巨神鳥の全身に巻き付き、縛り上げ、そして破壊した。

「許して、巨神鳥……この瞬間、『霞の谷の祭壇』の効果! フィールド上の風属性モンスターが効果で破壊されて、自分の墓地へ送られた時、手札、デッキからレベル3以下の風属性モンスター一体を、効果を無効にして呼び出せる。僕はデッキから、二体目の『霞の谷の雷鳥』を特殊召喚!」

 

 

『霞の谷の雷鳥』

 レベル3

 攻撃力1100

 

「そして手札の『ミスト・コンドル』の効果! フィールドの『ミスト・バレー』一体を手札に戻すことで、手札からこのカードを特殊召喚できる。雷鳥を手札に、『ミスト・コンドル』を特殊召喚! この効果で特殊召喚した時、攻撃力は1700になります」

 

『ミスト・コンドル』

 レベル4

 攻撃力1400→1700

 

「そして、手札に戻った雷鳥を、特殊召喚」

 

『霞の谷の雷鳥』

 レベル3

 攻撃力1100

 

「この効果は手札で発動する効果なので、祭壇の効果では無効になりません」

 

「……来ますか」

 

「レベル4の『ミスト・コンドル』と、レベル3の『霞の谷の雷鳥』に、レベル2の『霞の谷の幼怪鳥』をチューニング!」

 

 吹きすさぶ風と共に、三体の鳥が空へと羽ばたく。うち一体が二つの星となり、二体の鳥の周囲を回る……

 

「楽園なる谷を守りし者。幻影より姿を現し、歯向かう愚者を天へと(いざな)え……!」

 

「シンクロ召喚! 出でよ『ミスト・ウォーム』!」

 

 大地が大きく割れた。その大地から、毒々しい紫色の霧が噴き出した。

 そんな霧のすぐ後で、それを吐き出す口が姿を現した。

 やがて、その口が背中に無数に生えた、巨大な蟲が地面より這い出た。

 

『ミスト・ウォーム』シンクロ

 レベル9

 攻撃力2500

 

「『ミスト・ウォーム』……」

「その様子なら、このカードの効果も知ってますよね……このモンスターが召喚に成功した時、相手フィールドのカードを三枚まで対象に発動! そのカードを手札に戻します!」

 巨大な芋虫の背中から、再び紫の霧が発生する。それが一瞬で、フィールドを包み込んだ。

「対象は、その伏せカード二枚、そして、『青氷の白夜龍』!」

 その霧に飲み込まれた、三枚のカードが、フィールドから消え……

 

「させません。永続罠『デモンズ・チェーン』!」

 逆転の一手を、無情なカードの発動で否定する。

「モンスター一体の効果を無効にし、攻撃を封じます」

 ついさっき、楓がしたことと同じ。巨大な芋虫の周囲の地面から、巨大な悪魔の鎖が伸びる。それが、今度は妨害されることなく、全身をがんじがらめに縛りあげた。

「く、うぅ……」

 逆転を確信した、最高の一手だった。それをあっさり防がれてしまった。

 こうも簡単に、こちらの手を封じられてしまっては……

「……まだだぁ! 魔法カード『貪欲な壺』! 墓地のモンスター五体をデッキに戻し、カードを二枚ドロー!」

 

『忍者マスター HANZO』

『霞の谷の巨神鳥』

『霞の谷の雷鳥』

『霞の谷の幼怪鳥』

『ミスト・コンドル』

 

手札:1→3

 

「よし、これなら……チューナーモンスター『霞の谷の祈祷師』を、通常召喚!」

 

『霞の谷の祈祷師』チューナー

 レベル3

 攻撃力1200

 

「……」

『どうかした? 梓……』

 モンスターが現れた途端、なぜか梓は頭を抱え、顔をしかめてしまった。

(いえ、決闘中になんですが……『霞の谷の祈祷師』。あれを見た途端、なぜかあれと似たような格好をして大喜びする星華さんの姿が思い浮かんで、思わず頭痛が……)

『ああ……確かに……』

 

「更に、魔法カード『死者蘇生』! もう一度いくよ、ファル! 『霞の谷のファルコン』召喚!」

 

『霞の谷のファルコン』

 レベル4

 攻撃力2000

 

「墓地にはより強力な『霞の谷の巨神鳥』も眠っていた。なのに、あえてそれを選択したということは……」

 

「呼び出して早々悪いけど……」

『分かってる。お前がベストだって思うプレイをしろ。そして、勝て! 楓!』

「うん!」

 

「レベル4の『霞の谷のファルコン』に、レベル3の『霞の谷の祈祷師』をチューニング!」

 一ターンのうちに、二度目のその宣言を行った。

 

「故郷の谷を護りし者。雷鳴と共に戦場に立ち、歯向かう愚者を奈落へ落とせ……!」

「シンクロ召喚! 出でよ『霞の谷の雷神鬼』!」

 

 夜の空から、雷鳴が轟いた。巨神鳥の時以上に、巨大な雷だった。

 その雷鳴と、落雷の中から、翼を広げた巨人は現れた。

 

『霞の谷の雷神鬼』シンクロ

 レベル7

 攻撃力2600

 

「バトルです。『霞の谷の雷神鬼』で、『青氷の白夜龍』を攻撃!」

 雷鳴と共に、その巨大な翼を広げ、氷の龍へ向かっていく。

 攻撃力は劣っている。それでも……

「『霞の谷の雷神鬼』、効果発動!」

 攻撃力という苦難など、何の障害にもならない。そう叫ぶように、その巨大な翼を震わせる。フィールドに突風が巻き起こり、羽毛を、大地を巻き上げる。

「一ターンに一度、自分フィールドのカード一枚を持ち主の手札に戻すことで、このターン、このカードの攻撃力を500ポイントアップさせる。僕はこの効果で、『霞の谷の祭壇』を手札に戻します」

 突風にあおられたフィールドから、一枚のカードが巻き上がり、楓の手札に返る。

 

手札:1→2

 

 その瞬間、素手だった雷神鬼の剛腕に、おそらくは祭壇の残骸であろう鋭利かつ鈍重な鈍器が握られた。

 

『霞の谷の雷神鬼』

 攻撃力2600+500

 

「白夜龍の攻撃力を上回った……!」

 

「神雷の剛衝激……!」

 その一撃は、空に浮かぶ氷の龍を、粉々に粉砕した。

 

LP:4000→3900

 

「……」

「カードを一枚セット。更にフィールド魔法『霞の谷の祭壇』をもう一度発動。これでターンエンド。この瞬間、雷神鬼の攻撃力は元に戻ります」

 

 

LP:1400

手札:0枚

場 :モンスター

   『霞の谷の雷神鬼』攻撃力2600

   『ミスト・ウォーム』攻撃力2500

   魔法・罠

    セット

    フィールド魔法『霞の谷の祭壇』

 

LP:3900

手札:2枚

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    永続罠『デモンズ・チェーン』

    セット

 

 

「これが僕の全力です」

 悔しげならもはつらつとした声を、梓に向かって投げかけた。

「……私のターン」

 

手札:2→3

 

「あなたの力。そして、霞の谷の力。私は心より敬意を表します。チューナーモンスター『氷結界の水影』を召喚」

 

『氷結界の水影』チューナー

 レベル2

 攻撃力1200

 

「永続罠『リビングデッドの呼び声』。墓地の『ヒゲアンコウ』を特殊召喚」

 

『ヒゲアンコウ』

 レベル4

 攻撃力1500

 

 二体のシンクロモンスターを呼び出した。そして、それだけのことをして、できたことは、ライフポイントを100減らしただけ。

 

「レベル4の『ヒゲアンコウ』に、レベル2の『氷結界の水影』をチューニング」

「凍てつく結界(ろうごく)より昇天せし翼の汝。全ての時を零へと帰せし、凍結回帰(とうけつかいき)の螺旋龍」

 

「シンクロ召喚! 舞え、『氷結界の龍 ブリューナク』!」

 

『氷結界の龍 ブリューナク』シンクロ

 レベル6

 攻撃力2300

 

 どれだけ仲間の力を信じ、どれだけ実力と自信をつけてきても、結局、全然敵わなかった。

 それなのに……

 

「魔法カード『サルベージ』。墓地に眠る攻撃力1500以下の水属性モンスター二体を手札に加えます。『グリズリーマザー』と『ヒゲアンコウ』を手札に」

 

手札:1→3

 

「ブリューナクの効果。手札を一枚捨てるごとに、フィールド上のカード一枚を持ち主の手札に戻します。私は手札の『グリズリーマザー』、『ヒゲアンコウ』を捨て、楓さんの場の二体のシンクロモンスターを手札に戻します」

 

「凍結回帰!」

 

 美しい翼の龍から立ち上る。冷たい霧。それに包まれ、消えていく二体のシンクロモンスター。

 そんな光景と、ちっとも敵わなかった現実を前に、それでも楓は満たされていた。

 

「装備魔法『白のヴェール』をブリューナクに装備。バトルです」

 

 全力を出し尽くした。そして、その全てを封じられ、叩きのめされた。

 勝ちたかった以上、悔しさはもちろんあった。

 だが、楓の心を満たしている物は、後悔じゃない。

 

「『氷結界の龍 ブリューナク』の直接攻撃。静寂のブリザード・ストーム!」

 

 もう一度、決闘したい。もう一度この人と戦って、今度こそ、霞の谷の仲間たちと一緒に、この人を超えたい。

 そんな、今日まで抱いてきた気持ちが強まった、更なる決意……

 

「……罠発動」

「残念ですが、『白のヴェール』を装備したモンスターが戦闘を行う際、相手はダメージステップ終了時まで、魔法・罠カードを発動できません」

 

 もちろん、知っていた。こんな伏せカードなんか効かないことくらい。

 もう一枚手札を捨てていれば手札に戻せていたのを、手札に戻さず、わざわざ装備したのだから。

 

 

 負けた悔しさ……

 全力を出せた清々しさ……

 まるで歯が立たなかった現実の厳しさ……

 

 それらの様々な感情の中、装備魔法による白いオーラで輝きを増した氷の龍の一撃を受けた……

 

LP:1400→0

 

 

「……ごめん、ファル。参った……強いよ、この人。本当に……」

『だな。マジに強すぎだ。俺としても、相手が悪すぎた、としか言えねえよ……』

「うん……でも……」

『ああ。でも、だよな……』

 

 地面に横たわる楓。その横にたたずむファルコン。

 そんな二人の前に立って、梓は、手を差し伸べる。

 

「風馬楓さん……あなたは実に強かった」

「……」

 あんな酷い決闘だったのに……そう言い返す気力もない。

 それでも、これほどの決闘者が、自分を認めてくれている。そう思うと嬉しくなって、その手を取った。

「……またいつか、決闘してくれますか?」

「もちろん。更に腕を磨き、デッキと戦略を研鑽し、強くなって下さい。そしてまたいつか、私に挑んできてください」

「……」

 

「良き決闘を、感謝いたします」

 

 梓の、輝く笑顔での言葉は、暗い夜中の中に座り込む楓の胸に、いつまでも、輝き、残る言葉だった。

 

 

 

 




お疲れ~。


話を考える。キャラを考える。ネタを考える。
セリフを考える。流れを考える。展開を考える。
矛盾がないか確かめる。伏線がなかったか確かめる。
誤字脱字がないか確かめる。文章にミスがないか確かめる。
いらん文章や余計なセリフは消す。

決闘を考える。使うカードを考える。キャラとか時代に合わせて選ぶ。
出すべきカードを選ぶ。ライフを調整する。手札枚数を調整する。
場を調整する。墓地を調整する。除外を調整する。
見せれる決闘にする。魅せれる決闘にする。
決闘中のセリフを考える。決闘中の会話を考える。心理フェイズを考える。
ミスがないか確かめる。ミスがあったら修正する。
場合によっちゃあ、一から修正。

etc、etc……

全部を一話で一度にやって、最初に戻る……


分かってくれとは言わねーよ。
へっ……


つ~ことで、次話でまたお会いしまひょー。
それまで待ってて。

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