会話だけだから短いで~。
行ってらっしゃい。
視点:外
「イシュさん!」
ライフがゼロとなり、倒れたイシュへ、すぐさま駆け寄った。
穏やかな寝顔を浮かべていた。決闘中に浮かべていた、黒なんか、ひび割れなんか、闇なんか、どこにもない、ずっとテレビで見続けてきた綺麗な顔だ。
「よかった……もう、大丈夫だ……」
それが、あずさにも分かった。
顔、体、デッキ、順に、くまなく見てもよく分かる。
「イシュさんはもう、大丈夫だよ」
そのことを、イシュのそばにずっと寄り添っている少女に伝えた。
青い衣装を着た銀髪の少女……『勝利の導き手フレイヤ』は、泣きそうな顔になりながら、イシュに抱き着いた。
「少し、来るのが遅かったかな?」
イシュと、フレイヤを見ていたあずさの耳に、全く別の人間の声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声。けど、ここで出会うのはかなり意外な人の声。
振り返ると、そこには、記憶していた通りの人物。
「佐倉くん!?」
思わず大声で、名前を呼んでしまった。
「よ。久しぶり」
ぶっきらぼうなようで、馴れ馴れしさが出ている。
そんな声と、暗いようで明るく笑う、そんな顔は間違いない。
ただ、最後に分かれた時に比べて、見た目の変化はあった。
髪の毛が以前よりも長く伸びている上に……
「その髪型、何の動物のマネ?」
「寝ぐせだ。気にするな」
なんだ、寝ぐせか……
ある意味ホッとした後で、ここにいる理由を聞くことにした。
「佐倉くんも、ジェネックスに出場してたの?」
「出てない」
一言で答えて、すぐに捕捉を加えた。
「確かに、俺にも誘いはあった。けど、あいにく今の俺には、決闘よりずっとやりたいことが見つかったからな。辞退して、他に回した。それで、ノース校内で一つの参加枠を賭けた決闘が行われて、確か、『
「へぇ……」
あずさが納得したのを見て、彼もイシュに近づいた。
「それで、現在はある人の助手として、とある異変の調査のために、たまたまこの島へやってきたんだが……どうやら、その一つが彼女らしいな」
言いながら、倒れているイシュを見つめた。
「その原因は……君が消しちまったんだろう?」
「あ、あはは……」
事実なので、否定はしない。
「……まあいいや。また別の場所を調査するさ。彼女は放っておいても心配ないだろうし、ゆっくり休ませた方がいい」
言いながら、あずさとイシュに背を向け、立ち去ろうとした。
「……あ、そうだ」
何歩か歩いたあとで、もう一度、あずさの方へ振り向いた。
「これだけは言っておくけど、俺、もう『佐倉』じゃねーから」
「『佐倉』じゃない? どういうこと?」
「対抗決闘のすぐ後、実家から連絡があってな。正式に、佐倉の家とは絶縁させられた。その後しばらく、みなしごの状態だったが、俺のことを養子にしたいって夫婦が現れてな」
「それで、名前が変わったってこと?」
「そう。ちなみに、そんな『両親』が研究職だったから、俺も決闘じゃなくて、研究職か科学者目指してるってわけ」
「て、ことは、あれから一年ちょっとで、助手に選ばれたってこと? すごいじゃん!」
「別に大したことじゃないよ……」
あずさが絶賛してくれたのを、照れくさそうに苦笑していた。
「それで、今の名前は?」
「……ああ。俺の今の名前は……」
と、彼が名前を名乗ろうとした時、別の音が鳴った。
ポケットから携帯電話を取り出し、それを見る。見た後で、再びあずさを見た。
「ごめん。今日はここまでだ」
「あ……うん。なんか、よく分かんないけど、気を付けてね」
そうして、簡単に会話した後で、二人は別れていった。
あずさから離れたところで、携帯に出る。
話す内容は、自分がこの島に来た理由と、その過程で分かったこと。そして、これからの展望。
「……ああ。今のところ、大した問題はない。引き続き、ツヴァインシュタイン博士と調査を続ける。誰だか知らんが、あの人、また優秀な学生拾ったらしいし」
『……』
「心配するな。よく分かってる。また何か分かったら、すぐに連絡するよ」
『……』
「分かったよ、レクス。お前こそ、あまり無理するなよ。ルドガーにもそう伝えとけ……あと、博士って呼ぶのはやめろって。俺、まだ助手なんだから」
『……』
「ああ。じゃあ、また連絡する」
電話を切って、再び歩き出した。
電話ではああ言ったものの、博士という呼び名は、存外、悪い気はしない。
どうせ、将来はそう呼ばれることを目指しているんだし。
そう思いつつ、遠く離れた研究施設でデータ管理をしている兄弟の友人から、いつも呼ばれる呼び名を呟いた。
「さてと……『
佐倉を捨てて、新しく得た名前……
『不動』は微笑みながら、引き続き島を歩いていった。
……
…………
………………
「さっきの奴が、最後だとは思えない……」
一方、あずさもまた、歩きながら呟いていた。
彼の言った通り、イシュは放っておいても問題はないと判断し、あとはフレイヤに任せて、とりあえず、警備に連絡だけしてその場を後にした。
離れた後も気になるのは、イシュを、あんな目に遭わせた奴ら。梓を狙う奴らのこと。
思い出しながら、決闘中に突然現れた、『閃珖竜 スターダスト』のカードを手に取る。
どうして、突然現れたか。なぜ、自分のもとへやってきたか。
疑問を上げればキリがない。けど、シエンとは別に……むしろ、シエンよりよっぽど、あいつらへの対抗手段として有効なカードらしい。
だったら、現れた理由はどうあれ、使えるものは、なんだって使ってやるだけだ。
「何が来たって……何人で来たって関係ない。さっき言った通り、
そして、自分の後ろにいるであろう、精霊たちへと振り返った。
「そのために、手伝って、くれ、る……?」
振り返ってすぐ、それに気付いた。
『……』
着物姿の精霊たちは、六人並んで実体化していた。
「どうしたの? みんな?」
ただ出てきているだけならそこまで気にしない。
だが、その時は六人とも、神妙というか、哀愁というか、そんな感情を浮かべている。表情に乏しいキザンまで……
「なに? どうかしたの?」
『……』
あずさの質問に、とうとう、シエンが前に出た。
「悪いな、あずさ……私達は、ここまでだわ」
「なにが?」
いつも陽気なシエンらしくも無い。そう思った直後、シエンは本題を切り出した。
「精霊としての私達は、今日、この場で消える……」
「……へ?」
「私達全員、今日で、お前とはさよならだ」
あまりに唐突な、別れの言葉を言われ、言葉も出ない。
「さよならって……なんで? どいうこと? いきなりなに?」
「詳しく話せば長くなるし、どうせ聞いたって理解できない。簡単に言えば、この世界にいるために必要なエネルギー。それを、昨日の決闘と、たった今の決闘、それで全部使い切っちまった。もう、この世界にとどまれるだけのエネルギーは残ってない。じきに消えちまう。それだけだ」
「それだけって……」
「心配すんな。私達が消えても、デッキにカードは残る。お前に渡した精霊の力もな。両方とも、今まで通り、問題なく使っていける。私達が消える以外、お前自身に変化は無えよ」
「そう……いや、違うでしょ。そういうことじゃないでしょ」
言葉も唐突で、出来事も唐突で……理解が全く追いつかず、何を言ったらいいのやら。
そんなあずさに、シエンは更に、続きを聞かせた。
「そう気にすることも無えって。どうせ消えれば、お前は全部忘れられる」
「……は? どういう意味?」
「私達全員、他の精霊たちと違って、本来なら、この時代には生まれてすらいない存在だ。だから、消滅したなら、世界は私達がいない場合の、本来の姿に戻る」
「つまり?」
「私達を知る人間達の記憶から、私達っていう精霊の存在は、綺麗さっぱり消える。お前はもちろん、梓や、他の奴ら全員な」
「え……じゃあ、梓くんが、あんたが姿を現すまで、あんたのこと覚えてなかった理由って……」
「そういうこった。未来から過去に生まれ変わったことで、過去に存在しない私達、真六武衆のことは、綺麗さっぱり忘れた。普通なら、他の五人と一緒で、出会って一緒に過ごしたくらいじゃ、思い出すことはなかったろう。だが、私と梓の間には、五人とは違って、憎しみっていう強烈な感情の繋がりがあった」
「……シエンだけすごく憎んでたから、シエンを見た途端、全部思い出した。て、こと?」
「ああ。まあ、思い出したのは、あくまで私や五人との出来事。他にも、生まれ変わりを経て色々忘れてはいるようだが……それは、今はどうでもいい。私らはもちろん、誰にも分からねぇことだしな。とにかく言えるのは……私達は、全員消える。そして、お前も、梓も、全員が私達のことは忘れちまう。て、ことだ」
「……」
未だに、どう思えばいいのか、分からない。
別れを悲しむべきなのか。消えるのを黙っていたことを怒るべきなのか。
唐突すぎる別れが頭の中をぐちゃぐちゃにして、気持ちも感情も何が何だか……
「なんだ? 悲しんでくれてるのか?」
そんなあずさの耳に、相変わらずの、おちゃらけた声が聞こえた。
「あんだけ私のこと毛嫌いしてたのに、いざお別れとなったら寂しがってくれるのな?」
「む……」
そんな声と言葉を聞いて、一発で、ぐちゃぐちゃだった頭に来た。
「悪かったね! どうせわたしは、あんたみたいにサバサバできる思考回路してないよ! 驚いてるし混乱してるよ! なにさ! そんな大事なこと、消える今になって突然言い出してさ!」
「言ったところで運命は変わんねーんだから仕方ねーだろう! それともなにか? 消える直前まで大事にしてくれたってのか?」
「するかー! 誰がアンタみたいな我がまま出たがりモンスターの心配なんかしてやるかっての!」
「け! 大抵のモンスターは出たがりだっての! 私くらいの強い力持った奴は特にな! そんな私を無碍に扱ったのはお前だろうが、最低主ー!」
「誰が最低だよ! 何度も仕方ないって説明してんじゃん、出せないもんは出せないんだから! 使ってんのが梓くんでもおんなじこと言えるの!?」
「言ったよ! けど梓は謝ってくれたぞ! 文句ばっかのお前と違ってな! バーカ!」
「誰があんたなんかに謝るか! バカって言った方がバカだよ! バーカ!」
「バーカ!」
「バーカ!」
「……」
分かれる寸前だというのに、二人とも、最後まで喧嘩ばかり。
だが、それでいい。この二人に、哀しい別れなど似合わない。何より、あずさの哀しい顔は見たくない。
シエンに対して、哀しむのは無理があるとは思うものの……
「おい、キザン」
無言で二人を眺めていたキザンに、エニシが声を掛けた。
「さっさと行ってこい」
「……は?」
「そうだ、行け行け! もう本当に、今しか無ぇぞ」
「いや、しかし……」
「今言っとかないと、消えた後もずっと後悔し続けるんだよ」
「そんなキザンの姿、見たくありません。それでも私達のナンバー2ですか?」
「……」
「バーカ!」
「バーカ!」
「あずさ……」
言い合いをやめない二人に、その静かな声は掛けられた。二人に比べてだいぶ小さいのに、それは確かに二人に届いた。
「キザン……」
近づいてきたキザンに、あずさも言い合いをやめて、その目を見る。
シエンは、空気を読んで、他四人のもとへ下がっていった。
「キザン、どうかした?」
「……私は……」
何から言えばいいだろう……言いたいことははっきりしているのに、言葉が出てこない。
いつも通り、暑苦しいシエンとは違って冷静に……それが今は、上手くできない。
「私は……」
それでも、一つずつ、言いたい言葉を選んでいく。
「私は……お前が主でいてくれて、本当によかったと思っている……お前と共に闘えたこと、誇りに思う……」
「あ……ありがとう」
いつも無口なキザンから、そんなことを言われて、あずさもさすがに動揺した。
そんなあずさに、キザンは、手を差し出した。
「これを、あずさに……」
「え……?」
言われて、受け取ったのは二枚のカード。
「『真六武衆-キザン』のカード……二枚も?」
「あー! なんだそれ! ずりぃぞお前!」
「そんなもんいつの間に用意してやがった!?」
「なに自分だけ渡してんのさ! セコイよキザン!」
「ひどい! 私達だって、あずさに渡したかったです!」
「昨夜、シエンから話を聞いた時点で、用意しておいた……用意しなかった、お前らが悪い」
後ろで叫ぶ、シエン以外の四人に対して、キザンは、ドヤ顔でそう答えた。
「私は、じきお前の記憶から消える……だが、私の魂、私の刃は、いつでもお前と共にある。私の代わりに、三枚の『真六武衆-キザン』が、決闘者、平家あずさを守る」
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
受け取ったカードに加え、デッキの一番上のカード。三枚のカードを握りしめながら、あずさは、キザンに笑顔を向けた。
「大好きだよ。キザン」
「……っ!!」
「真六武衆のみんなも、大好きだよ」
唐突な言葉に、キザンは衝撃を受ける。直後の言葉で、後ろの五人は苦笑した。
「私も……」
そんなあずさに向かって、キザンは、言葉を発した。
「私も、平家あずさを愛している」
「……へ?」
その言葉に、面食らった。
だが直後には、キザンは後ろで待つ、五人のもとへと歩いていった。
「キザン、今の……」
「じゃあな! せいぜい、梓が誰かに盗られねーよう、しっかり手綱握っとけ!」
あずさの疑問の声を、カゲキが遮った。
「カゲキ……みんな、本当に行っちゃうの?」
「たーっぷりイチャイチャして、僕とミズホみたく、ラブラブ夫婦になること祈ってるよ!」
「シナイ!//// ……でも、私も同じ気持ちです! 梓と全力でイチャイチャして下さい!」
「シナイもミズホも……お別れなんだから、もっと気の利いたこと言えないかな?」
「別にいいじゃねえーか。寂しい別れなんか、真六武衆には最も似合わんものだ」
「エニシ……そりゃ、そうかもしれないけどさ」
「……」
「キザンも、笑ってるだけじゃなくて、何か言おうよ……」
「別れの言葉なんざどうだっていいだろう! どうせすぐ忘れるんだからよ!」
「よくないよ! 最後の言葉はもっとこう、ムードとか大事にするべきでしょうが!」
「は! ムードなんか、お前には似合わねーんだよ、バーカ!」
「なにさ! シエンのバーカ!」
「あずさのバーカ!」
「シエンのバーカ!」
「バーカ!」
「バーカ!」
「バーカ!」
「バーカ!」
二人の声がぶつかり合う。やがて、六人の精霊たちの身は、徐々に、徐々に、色を無くしていき、空気と同じになっていく。
「バーカ!」
「バーカ!」
それでも、六人の武将の長と、六人を束ねる主の、言い合いの声は響き続けた。
「バーカ!」
「バーカ!」
「バーカ!!」
「バーカ!!」
「……! シ、エ……」
やがて、
「バーカ!!」
「バーカ!!」
「バーカ!!」
「バーカ!!」
「バ……カ? あれ?」
唐突に、あずさは気が付いた。
「わたし……なんで、何もないところに向かって、半泣きになるまで叫んでんの?」
気付いた途端、恥ずかしくなった。
しっかりしないと。そう自身の頬を叩き、涙を拭いつつ、次の闘いへ、歩き出した。
「イシュさんをあんな目に遭わせて、梓くんを狙ってる連中……わたしが、全部倒さないと……」
そう、自分に言い聞かせる。
その時、いつの間にやら、三枚に増えた『真六武衆-キザン』を握っていること。
そして、いつもなら後ろから聞こえていた、六人分の騒がしい声がもう聞こえないこと。
それらの理由に、あずさが気付くことは、永遠に無かった。
お疲れ~。
そんなこんなで、真六武衆、クランクアップ。
多分、もう出ないから……
にしても実際、真に頼りになるのって、シエンよりかキザンだと思うのって、大海だけやろうか?
そんな、梓でさえ一枚しか使ってこなかったキザンが三枚に増えて、より鬼畜度が増したあずさのデッキ。
そんなあずさの明日は、どーっちだ?
どっちになるかは、次話を待ってて。