何だかんだでこれも長かったね。
でもまあこれで終わりだ。
じゃ、行ってらっしゃい。
視点:あずさ
決闘が終わった後、わたし達は梓くんを十代くんの部屋へ運んだ。気絶してた人達が目を覚ましたのはその直後だった。ブルーの四人だけはまた気絶させて、その間にレッドのみんなに取られたカードを回収させた。
佐倉くんもすぐに目を覚ましたけど、気絶させる必要は無くて、あっさり取り上げたカードを全部返してた。最悪な奴だと思ってたのに、決闘中に人質を取られた時と言い、どうしてだか、どこか憎めない人だった。
けど、彼は約束通り、あの後すぐに退学届を出して、アカデミアを出ていった。本人いわく、「もうカードを見るのも嫌だ」って。
あんな梓くんの相手をして、あんな終わり方をしたのなら、当然だよ。そしてあの場を去る前に、わたし達に謝ってくれた。
梓くんは、ベッドに寝かせてからまだ目を覚まさない。とっくに陽は落ちて、みんなで交代してご飯を食べにいってる。
けど、わたしを含めて、何人かはいらないって言ってた。あんな梓くんを見ちゃって、食欲が湧かないんだろうな。
けど、わたしは違った。
梓くんがこんなことになってるのに、食事なんて喉を通らないよ。
みんな、梓くんを見て何も言えずにいた。だって、本当に怖くて、今も混乱してるから。さっきの梓くん、本当に今までの、とても優しかった梓くんと同じ人なの?
でも、そんなことどうでもいい。お願いだから、せめて目を覚まして。
負けたら退学するって言った時と言い、人が変わった時と言い、眠ってる今と言いずっと、梓くんがどこか遠くへ行っちゃうっていう不安に襲われて、それは今も変わらない。
いや……
梓くんがどこかへ行っちゃうなんて、考えただけで……
梓くんがいなかったら、わたし……
「……うぅ」
!!
確かに聞こえた! 梓くんが、声を出した!!
みんなも聞こえたみたいで、一斉に梓くんの顔を見た。
「うぅ……ん……?」
「梓くん!」
目を覚ました!!
「梓、大丈夫なのか?」
「気分は? 体は何とも無いっスか?」
「どこかおかしい所は何も無いか?」
十代くん達が順に聞いた。
「ここは……私は……」
あ、今『私』って!
「俺達の部屋だ」
十代くんが答えた。
「なぜこんなことに……佐倉さんとの決闘は?」
梓くんはそう聞きながら、体を起こした。
いつもの梓くんだ。
いつもと同じ……梓くんだ……
「!? あずささん、どうかしたのですか?」
聞かれたけど、答えられない。目を覚ましたのが、戻ってきてくれたのが嬉しくて、わたしは何も考えずに、梓くんの胸に飛び込んだ。
「梓くん! う、うぅ……」
涙が止まらない。安心と緊張の解けた気持ちがいっぱい湧いて、それが涙になって流れてく……
「あ、あずささん、一体……!/////」
「今はそのままにしてあげて」
「え?」
「あなたが気絶してる間、あなたのことを一番心配してたのは、あずさだから」
「……」
不意に、わたしの頭に人の手の感触がした。一度手を握られたことがあるから、それが梓くんの手だってすぐ分かった。
梓くんが、わたしの頭をなでてくれてる。それが、心地よくて、嬉しくて、いつの間にか涙は止まって、自然と笑顔が浮かんできた。
視点:十代
「……そうでしたか」
あずさが落ち着いたところで、俺達は梓に事のいきさつを説明した。
不思議なことに、梓は決闘してる途中、佐倉に『ホーリー・ナイト・ドラゴン』を呼び出された後、つまり、口調とかが変わった後のことを一つも覚えていなかったんだ。
「……決闘には、勝てたのですね」
ツインテールに縛ってた髪をポニーテールに戻しながら、暗い口調でそう聞いてきた。
「ああ。けど、あの時の梓、何ていうか、凄く怖かったぜ……」
「……私がですか? それとも、私の決闘がですか?」
「それは……両方、だな……」
「今までのあなたは、相手の戦術を封じて、動けなくしながら、その力を利用して戦う、とてもスマートな決闘をしてた。そして何より、勝利しながら、相手を思いやる心を忘れていなかった。なのに、あの時のあなたは、相手を動けなくしたのは同じだけど、その後も、その姿を時間を掛けていたぶりながら楽しんで、その上で相手の心を壊すための言葉を繰り返した。おまけに、最後は必要の無い過剰な力でのオーバーキル。見ていてとても怖くて、とても嫌な決闘だった」
明日香が、俺達が思っていたことを言葉にしてくれた。
そう。明日香の言った通りだ。怖かった。
初めて梓のE・HERO、アブソルートZeroを見た時は、とても綺麗で、その姿に感動したのは今でも覚えてる。
けど、見るのはこれで二回目だったけど、あの時のZeroほど怖いと思ったモンスターも無かった。あずさの時みたいな、梓を守るためじゃない。佐倉を、殺すため。そんな殺意がめちゃくちゃ伝わってきたんだ。
俺はHEROデッキ使いだけど、あんなにHEROを怖いと思ったことは無かった。
「……そうですか……そうでしたか……」
梓はそう呟いた。そして、溜め息を一つ吐いて、俺達の方を向いた。
「それは、私の中にいるもう一人の私……ボクです」
ボク!!
その言葉に一瞬背筋が凍る。元に戻ってるって分かってるけど、その一人称だけでさっきまでの梓を思い出して、震えちまった。
「えっと……どういうこと?」
あずさが聞き返した。
「……まだ幼かった頃のお話です。男の人が、私に対して罵倒し、暴力を振るいました。その時私は意識を失いかけましたが、そう思った直後に目を覚ましました。そして気が付くと、その男の人は目の前で血まみれになって倒れ、『殺して欲しい』、そう懇願していたのです。そして同時に、うわ言のように呟いていました。……ボクと」
またボク! くそ、それだけでいちいちビビっちまう。みんなもそうみたいだ。
……いや、あずさだけは普通だ。
「その時はわけが分からず、怖くてすぐその場を離れました。しかし、その人の一人称はボクではなかった。その後、成長しながら段々その意味を知り、そして今、あなた方の話を聞いて、確信しました。ボクというのは、私だったのだと。そして、ボクとなった私が、その人を血まみれにしたのだと」
まさか、梓がそんなことを……
けど、さっきの姿を見れば、納得するしかない。
「……佐倉さん……佐倉さんは、無事なのですか!?」
急に慌てた口調になって、俺達に聞いてきた。
「大丈夫。もう退学しちゃったけど、生きてるよ」
あずさが慌てる梓を抑えて、佐倉について説明した。
「……辞めてしまわれましたか」
どうしたんだ? そんなに気を落として。
「梓くん、佐倉くんのこと、助けようと思ってたんだね……」
助けるって、どういう意味だ?
「……佐倉さんは、確かに非道な行いを繰り返してきました。決して許されないことを。しかし、決闘をしていて、感じました。彼は、本当はそんなことをして楽しむ人間ではない。むしろ、そんな自分を誰かに止めて欲しくて、そんな人に出会うために、あんなことをし続けていたと」
「誰かに止めて欲しかった?」
明日香が聞き返した。確かに、おかしな話だ。
「……いえ、気にしないで下さい。佐倉さんがいなくなってしまった今、既に確かめるすべは無いのですから」
そう言って目を閉じる。本当に、がっかりしてる。
「……皆さん、本日は、ご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありませんでした」
また俺達を見て、そう言って頭を下げてきた。
「あ、いや、気にするなって。話しを聞いたらお前のせいじゃないだろう。誰だって怒るのは当然なんだ。今回はそれが少し大げさだっただけだって」
「……そうね。実際に被害は無かったわけだから。そんなに気にする必要も無いわよ」
実際、ボクが出てきた後は、何人か倒れたりしてたけどな。
あずさなんて……
////
けど、それは知らない方がいいかもな。梓が覚えてないのなら、何も言わない方がいいかもしれない。
「……もう遅いようなので、私はこれで失礼させて頂きます」
「何なら泊まっていくか?」
「いえ。もう大丈夫です」
「そっか。それなら明日香達も、もう帰った方がいいぜ」
「そうね。帰りましょうか」
明日香があずさ達三人に話し掛けて、三人も頷いた。
「できれば、レッド寮の皆さんに謝罪したいのですが……」
「いや、もう何人かは寝てる奴もいるだろうし、明日の方がいいかもしれないな」
それに、梓が部屋に来たら、みんなビビるだろうからな。
「それもそうですね。では、このまま帰らせて頂きます」
「ああ」
そして、梓は三人の女子達と一緒に、ブルー寮へ帰っていった。
視点:あずさ
女子寮に着くまで、梓くんが送ってくれた。わたしがいるんだから大丈夫だよって言ったんだけど、女子だけじゃ危ないからって、無理やりついてきた。わたしは平気だけど、みんなは、動揺してる?
「もうここまでで大丈夫だから」
明日香ちゃんが、梓くんに向かってそう話し掛けた。
「ええ。ではまた明日」
梓くんも返事をして、わたしも、三人とも梓くんに背を向けた。
「あの!」
何歩か歩いた時、急に梓くんが話し掛けてきて、わたし達はまた梓くんを見た。
「あの……あずささん」
「はい?」
「……少し、お話したいことがあるのですが……」
何だか凄く深刻な顔してる。どうしたのかな?
「……うん。いいよ」
そんな梓くんが放っておけなくて、わたしは明日香ちゃん達に先に帰るよう促して、梓くんのもとへ向かった。
どうにも人に聞かれたくない内容みたいで、わたし達は近くの森の中にいます。
「それで、お話って?」
「その……」
相変わらず、言い難そうで苦しそう。
「梓くん、本当にどうしたの?」
とても深刻な顔してるよ。そんなに辛いことなの?
「……実は、お聞きしたいことが……」
やっと話してくれた。聞きたいことって?
「……私は、ボクに変わっていた時、あなたに何かしませんでしたか?」
「え?」
何かって……
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お、思い出したら顔が……////
でも、幸運にも梓くんはそっぽを向いてた。
「……過去にボクになった時、記憶は全く残っていなかったのに、なぜか鮮明に覚えているのです。私は、あなたと、刀と手甲を交えていた。まさか、私は佐倉さんだけでは飽き足らず、あずささんまで手に掛けようとしたのでは!?」
「ち、違うよ!!」
誤解してるよ梓くん!
「逆だって! わたしが、佐倉くんを斬ろうとした梓くんを止めるために、とっさに梓くんに殴りかかったんだよ! 梓くんはそれを受け止めたけど、それ以上は何もしてないよ!!」
本当だよ。むしろあの時、梓くんは……
……
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「本当ですか? 私は、あずささんを傷つけてはいないのですか?」
わたしの顔が赤くなってるのは気にしてないみたい。
「うん。ほら見て、どこもケガしてないよ。わたしは梓くんに、何もされてなんかないよ」
その場で体をクルクル回しながら、必死に無傷アピールをした。その度に、梓くんの顔から段々不安が無くなってくみたい。それが何だか、不謹慎だけど、可愛い。
「良かった……」
そう呟いたと思うと、梓くんはその場にひざを着いた。そして、
「な! 何で泣いてるの!?」
わたし、何かしたかな!?
「……怖かった……もし、またあずささんを傷つけてしまったら、私は……二度と……立ち直ることはできない……」
「え……?」
「……すみません。私がこんなことを考えるのはおこがましいことです……しかし、あなただけは……何があっても、絶対に傷つけたくない……例えボクでも、あなたを傷つけることだけは許せない……私は……あなたを……」
「梓くん……」
そこまでわたしのこと……
わたしも梓くんに合わせてひざを着いた。そして、頭を両手で持ってあげて、抱き締めた。
「……」
「大丈夫だよ~。わたしの強さは、梓くんが一番知ってるじゃん」
「……はい……」
「ね。もしまた梓くんが変わって、襲われたとしても、そんな簡単にやられたりしないよ」
「……はい……」
「だから泣かないで。わたしはいつだって、梓くんの味方だよ」
「……ありがとう……」
とぼけた口調で話したり、頭をなでなでしたりしたけど、梓くんはずっと泣いてる。
さっきわたしが泣いてた時、梓くんになでなでされて涙が止まったから、わたしもそうすれば泣き止んでくれるかと思ったけど、やっぱり個人差なのかな。
「……もう少しだけ、こうさせて頂けますか……?」
「うん」
泣きたいだけ泣いてもいいよ。涙が止まるまで付き合うよ。さっき言った通り、わたしは梓くんの味方だから。
だから……
……どこにも行かないでね。
視点:十代
次の日、梓は授業の合間に、レッドの生徒一人一人に頭を下げていった。全員、やっぱり梓を見てビビってたけど、反省した梓を見て、ていうか、そもそもほとんどが梓のファンだったし、すぐに許すことにしたらしい。
そして、この時の梓……ボクの存在は、俺達だけの秘密になった。理由は、言ったって誰も信じないってことは分かってるし、全員、そんな梓の姿を否定したかったからかもしれない。
お疲れ様です。
さすがにそろそろ本編エピソードをやれって声が出そうな気がする。
次の話はそうするから文句があっても許してね。
ほんじゃあ待ってて。