遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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は~い。

そんじゃら、ラスト行くでよ~。

行ってらっしゃい。



ジェネックス閉幕

視点:外

 

「……」

 

 見えたのは、陽が沈んだ、だが夜にはなり切っていない、薄暗くも光る空。

 それは、自分がいつもベッドの上で見てきた空だ。

 感触も、自分がいつも眠っているベッドの上。

 けれど、いつもと違うことが一つ……いや、三つある。

 寝息が聞こえた。いつものここにはいないはずの……けど、よく知っている。

 寝息の方へ、顔を向ける。彼女達は、ベッドの左右に眠っていた。

 ももえは、すぐ横に体を預けて眠っている。

 カミューラは、足もとに両手を組んで。

 マナは、すぐそばの床に横になって。

 三人ともが、つきっきりでそばにいてくれていたのがよく分かる。

「……ありがとう」

 翔が呟きながら、そばに置かれていた眼鏡を掛けた時……

 

「……う……ん……」

 足もとに突っ伏していた、カミューラが声を上げた。体を持ち上げて、目を覚まして、顔をこっちに向けて……

「翔……」

 その声を合図に、ももえと、マナも、順に目を覚ます。

 三人とも、体を起こした翔に気付いて、すぐに近寄った。

「……ごめん」

 三人とも、今にも叫び声を上げそうなくらい、喜んでくれているのが見て分かる。

 その前に、伝えたい言葉を三人に送ることにした。

 

「三人と別れてさ……色々考えたんだ。三人とも、僕のこと好きでいてくれて、僕と仲良くしてくれて。最初は戸惑ったり、どうしたらいいか分からなかったりして、三人のこと、僕自身はどう思ってるか、全然分からなくて……」

 もしかしたら、そう思っていたころが一番楽しかったのかもしれない。

 ただ三人ともが騒々しくも、僕を中心に、明るく楽しく笑ってる、そんな日々が。

「でも……『ティラ・ムーク』が現れて、カミューラが殺されそうになって……カミューラがいなくなっちゃうって思った時、すごく……すごく、怖かった。カミューラだけじゃない。あの決闘の後、想像したんだ。三人とも、誰か一人でも、僕の前からいなくなって、二度と会えなくなったらって……怖かった。みんながいなくなるの、すごく、怖かった。三人とも、僕にとって、すごく、すごく大切な人達になってた」

 女装させられるのが嫌だとも思ったけど、それでもあんなに楽しい毎日だったんだ。友情や好意を感じて、大切と思えることは、不思議じゃない。

 そう、最初は思った。けど、違う。そんな単純な感情じゃなかった。

 

「ももえさんは、僕が困って相談した時、親身になってくれて、それからも、勉強で助けたり、助けられたり。まるで本当の恋人みたいで、お付き合いできたら素敵だなって、思ってた……」

「翔君……」

「カミューラは、料理がすごく上手で、一緒にレッド寮の食事を作ってる時も楽しくて、まるで夫婦みたいだなって……本当に夫婦になって、毎日こんなふうに過ごせたら、絶対に楽しいだろうなって、思ってた」

「翔……」

「マナは、言うまでもなく、掛け替えのない、決闘のパートナーで、僕にとってのアイドルで、不動のエースモンスターで……けど、決闘だけじゃなくて、いつもそばにいてくれて……こんな時間が、ずっと続いてほしいって、思ってた」

「翔さん……」

 そんな三人と、形は違えど一緒にいて、一緒に楽しんで、そして、好意を向けられて……

「分からないなんて、ただの言い訳だった。気付いてないだけだった。僕は……三人のこと、ずっとずっと、好きだった……三人とも、誰か一人なんて選べないくらい、同じだけ、大好きな人になってた」

 それに気付いてしまったから、同じように自分一人のことを思ってくれている、三人のことを苦痛に感じてしまって……

「だから……逃げたんだ。あの時……今でもそうだけど、僕が三人に、好きになってもらえる資格なんて、ないって思ってたから。すごく弱くて、すごく小っぽけで、こんな弱虫、三人に相応しいわけないって……だから、三人に相応しい男になれるならって、斎王にも洗脳されて……」

 斎王に敗けた後のことは、ボンヤリとしか思い出せない。

 それでも、三人にひどいことをしてしまったことだけは、強烈に覚えていた。

 その後で、お兄さんに、完膚なきまでに叩きのめされたことも……

「でも……」

 これだけ弱くてみっともなくて、小っぽけで情けないチビ野郎で……

 それでも、三人のことを、忘れることも、諦めることも、できずにいる。

 

 ――恋人は信じるべし。だが、本心だけは強く持て。

 

「そんな僕だけど……僕は三人とも、大好き。誰か一人しか選べないのかとも思ってたけど、この先一生、できるわけない。とんでもないワガママだし、ひどい思い上がりだけど……」

 

「ももえさんの恋人になりたい。カミューラと結婚したい。マナにずっとそばにいてほしい」

 

「全部、全部叶えたい! 三人にとって、すっごい迷惑なことだろうけど、それでも……それでも……っ!」

 

 涙ながらに、翔なりの言葉を送った時――

「ももえ、さん……」

「やっと、本心を言ってくれましたね……」

 ももえに抱きしめられて、そこに、カミューラとマナも加わった。

「まったく……遅いわよ。気付くのも言うのも」

「そのワガママ、すごく嬉しいです……私たち三人とも」

 三人ともが、優しい声を掛けている。そこに、否定的な声色や、怒り、不信――翔が恐れていた感情など、ただの一つもなく……

「私、喜んで、翔さんの彼女になります!」

 ももえが、涙ながらの笑みで、顔を合わせた。

「前にも言ってくれたでしょう? 私は、あんたの未来のお嫁さんだって」

 カミューラも、涙をこらえながら、力強く言った。

「ずっと、ずっとそばにいます……絶対に、翔さんのそばから離れません」

 大粒の涙を拭いながら、マナは断言する。

「本当は……私達も、同じだった。三人で、翔と一緒にいられる、今が一番楽しくて、幸せだって……けど、やっぱ、翔にとっての一番でいたいから、無駄に張り合って。そんなことしても、辛い思いするのは翔なのに、そのこと、気付かなった」

 涙を拭い、未だまともに喋れない二人の分も、カミューラは語っていく。

「女装を嫌がったり、抱き着いても何だかんだ受け入れてくれて……そんな翔の優しさに甘えてばっかで、私達のワガママだけ押し付けて、翔のこと、好きだって言っておいて、翔の気持ちは、考えたことなかった……翔は、私達のこと、真剣に悩んで苦しむくらい、優しい奴だって、知ってたのに、本当は分かってなかった……」

 彼一人に全部を押し付けて。三人とも楽しむだけ楽しんで。

 それでも何もしなかったせいで、もう少しで、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。

 翔がいなくなる……それが一番怖いことなのは、三人とも同じなのに……

「だから……もう、こんな失敗、繰り返さない。翔が、私たちのこと考えて、守ってくれてたみたいに、私達も、翔のこと、守るわ……ずっとそばにいて、大好きな翔のこと、支えられる女になる。三人で、翔のこと、支えてみせる」

「……いいの?」

 三人からの告白に、思わず聞き返した。

「本当に、いいの? 僕なんかで……本当に?」

 

「僕なんかじゃないです!」

「もう、後ろ向きなこと言っちゃダメー!」

 

 そこで、ずっと泣いていたマナとももえが、左右から再び抱き着いてきた。

「とても、強いカードだなんて言えない、可愛さとレア度だけが取り柄な私のこと、死蔵させずに使いこなしてくれる人、翔さんだけなんです。それだけ、あなたは強い決闘者です……決闘だけじゃないっ、世界中の誰にも負けないくらい、とっても魅力的な男の人ですよ!」

「足りない部分だって、もちろんあると思います。だから、辛い時や苦しい時は、私達のこと頼って下さい! 私達も一緒に、辛くて苦しい思いします。そうやって、翔君のこと、支えます……あなたを一人ぼっちになんてっ、もうしないから!」

 叫ぶようにそう言うと、二人して翔の胸に顔を押し当てて、号泣しだした。

「翔」

 戸惑っている翔に、また、カミューラが優しく語りかけた。

「自信なんて、無くたっていいわ。弱くて小っぽけでみっともない……なのに、頑張り屋の一生懸命で、強くて可愛いくて優しい翔に、私達三人とも、惹かれたんだから……守ってあげたいって、思ったんだから……自信が無いなら、これから身に着けていけばいい。翔自身が自信を持って、強い決闘者だって胸を張れるようになるまで、私達三人とも、アンタのそばに、ずっといるから……っ」

「カミューラ……ももえさん、マナ……」

 

 ああ……

 単純なことだった。

 本当に、恋人たちを信じて、自分の強く持った本心を伝える。

 ただ、それだけで良かったんだ……

 

 号泣する二人に加わり、抱き着いてきたカミューラ。

 三人を抱きしめながら、翔はようやく、自分が、三人にとって、相応しい男になれた……否、とっくにそうなっていたことを、自覚することができた。

 斎王には、そんな力が無いから、三人に相応しくなんかないと言われた。

 当たり前だ。誰もいなかったあの時の僕ほど、弱い奴なんかいやしない。僕が強くなれたのは、この三人がいてくれたおかげなんだから。

 今は、ただの弱いチビ助だ。

 だから、これから強くなればいい。

 彼女達が愛してくれている。そんな気持ちに応えるために、これからもっと強くなる。

 そして必ず、三人のことを幸せにできる、そんな男になってみせるんだ。

 そんなメチャクチャな目標も、マナが、カミューラが、ももえさんが、そばにいてくれる限り、必ず成し遂げることができる。

 理屈じゃない確信が、翔の心に宿り、そして、決意となって、ひ弱な総身に力をくれる。

 今なら、彼の気持ちがよく分かった。

 愛してくれる人がこんなにたくさんいるから、男は、強くなれるんだって……

 

 

(……あれ?)

 三人のことを抱きしめて、新たな決意に燃えながら、翔は、疑問に感じた。

(何で今、梓さんのこと思い出したんだろう? 梓さんは、入学してから今日まで(・・・・・・・・・・)ずっと平家あずささん一筋なのに(・・・・・・・・・・・・・・・)……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 ジェネックス決闘大会。

 

 その裏で密かに行われていた、( 2)社のカードデザイナーであるミスター・マッケンジーの暗躍。

 その原因は、彼が会社のオフィスで資料整理をしていた時にたまたま見つけた、『三邪神』のカードデータだった。

 『三幻神』のカード達の抑止とするためにデザインされた、神をも凌駕する邪神のカード。

 一線を退いたとは言え、カードデザイナーとしてそれらを作成する欲求に逆らうことができず、ペガサスに無断でそれらの資料を持ち出し、カードとして作成した。

 結果、三幻神に勝るとも劣らない邪悪な力に飲み込まれて暴走。

 双子の愛弟子と、邪神の使い手として募集した決闘者達に、一人娘を巻き込んで、アカデミアジェネックス大会で、三邪神の力を振わんと飛び入り参加を果たした。

 そこに、平家あずさが駆け付け(・・・・・・・・・・)、三邪神と、彼が独自に作り上げたカードを相手に奮闘。刺客の決闘者全員に、天馬月行・夜行の双子兄弟をも倒すが、ミスター・マッケンジーには惜敗。その結果、より邪悪さを増した三邪神の闇によって暴走。娘であるレジーをも巻き込んでしまう。

 そこに、水瀬梓が乱入し、梓とマッケンジーの決闘(・・・・・・・・・・・)に発展。これにどうにか辛勝を果たして、彼の中に巣くっていた、三邪神による闇を祓うことに成功。邪神のカードは一枚残らず破棄され、刺客の決闘者達は既に全員姿を消し、天馬兄弟とマッケンジー親子は無事、駆け付けていたペガサスによって保護された。

 

 ジェネックス決闘大会は、決闘アカデミア二年の万丈目準が優勝を果たした。

 誰も持っていない、シンクロ召喚という未知のカードの使用に疑問や苦言を呈する声もあったが、彼が元々備えていたカリスマに加え、その気高い堂々とした決闘の姿に、声を上げる者は最終的に一人もいなくなり、全員が納得を示した。

 万丈目自身は、生き残っていたアカデミア最強の決闘者、水瀬梓との決闘を望んでいたものの、水瀬梓がこれを拒否、大会も棄権。代理の者にデッキとメダルを譲ってしまい、それを万丈目が打ち倒した。

 

 多くの疑問の声や、優勝者本人に遺憾の念を残しつつも、結果としてジェネックス決闘大会は、大きなトラブルが起きることもなく、大成功のもとに幕を下ろした。

 

 

「……」

 大会も終わり、必要なくなったからと他人に譲ったデッキも返されて、夜にはブルー寮の自室に戻ってきた梓だが……

「はて……このお部屋、こんなに広かったでしょうか……?」

 元々、新入生では中等部で優秀な成績を残した者のみ入れる、エリートクラスであるオベリスクブルー寮は、必要ないほどの広さと充実した設備を兼ね備えた、豪華絢爛な個室を充てられていた。

 そんな部屋に、外部からの入学でありながら、実力を認められたことで入学と共に配属が決まってから今日まで、十代らが遊びに来たりしたことを除けば、特に誰かを招き入れることもなく一人で生活してきた。

 そんな、見知った自室のはずなのに……

 なぜか、薄暗くともよく知るはずの広さと静けさが、今日の梓には違和感だった。

「……?」

 特に何も意識せず、部屋の隅に目を向けてみる。何かが落ちているのが見えた。

 何かと思って、それを、拾い上げてみると……

「『青眼の白鶏(ブルーアイズ・ホワイトチキン) 歓びの爆裂塩風味(ソールト・ストリーム)』……『真紅眼の黒豚(レッドアイズ・ブラックポーク) 黒艶湯(こくえんたん)』……?」

 二つとも、滅多に食事など摂らず、摂るとしても自炊してきた梓には、とんと縁の無いはずの、カップラーメン……

「……?」

 なぜここにあるのか、とんと覚えのないカップ麺を眺めていると、懐にしまっておいたデッキケースが滑り落ちてしまった。

 蓋がキチンとしまっていなかったせいか、蓋が開いて、中身が床に散らかった。

「あ……」

 ふと、散らばったカードの中にある、二枚のカードが目に入る。

 『氷結界』を手に入れた日から、ずっとデッキに入れて使ってきた、『氷結界の舞姫』。

 このジェネックス中に手に入れて、使うことになった、『ブリザード・プリンセス』。

 

「……あ、あら?」

 なぜか落ちていたカップラーメンを両手に、二枚のカードを眺めていたら……

「……なぜ? こんな……」

 胸が、やけに苦しくなり、なのにまるで巨大な穴でも開いたような、虚無感と、そこから来る辛さが沸き上がった。

 喉は嗚咽を鳴らし始め、両目からは、大粒の涙が止め処なく溢れてくる。

「これは何だ……私は、一体……何を、失った……?」

 一体、何がどうなったのか、それは、どれだけ考えても分からない。

 

 そして、今この瞬間、泣いているのは梓一人だけでなく――

 

 ある少女は、ここから遠く離れた無人島にたどり着き、月を見上げて、大声を上げて泣いていた――

 

 ある少女は、こことは別の世界に流れ着き、夜空の下にたった一人、ただひたすらに泣いていた――

 

 そんな、少女たちとは縁もゆかりも覚えが無い梓は、ただ、理由も分からぬまま沸き上がり続ける苦しさのまま、声も涙も抑えられず、その場に座り込んで、泣くことしかできなかった……

 

 

 その後、何時間経ったかも分からないくらい泣いた後で、散らかったデッキを一枚残らず大切に回収して。

 食欲などあるわけがなく、腹が空いたこともしばらくないながら、見つけたカップラーメン二つを作って、あっという間に完食して。

 終始、広さと静けさへの違和感が拭えない部屋に敷いた布団の上で、いつもの通り、明日のために、眠りについた――

 

 

 

 第三部 完

 

 

 

 




お疲れ様~。

長かったジェネックスも、やぁ~っと終わったべした~。


しかし、今思い返しても、梓vsマッケンジーの決闘はキツかった。
まあ、あずさ一人vs双子の邪神二体がかりも結構なもんだったがよぉ。
そんな辛く苦しかったジェネックスも、今となっては良き思い出さね。


てなわけで、何でか梓が泣いちゃってる中で、本当の第三部完~。
改めて、ここまで読んで下さって、ありがとう&お疲れ様やで~。

次の部はどんな話になることか。
興味ある人ら、ちょっと待っててね。

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