とりあえず読んでやってくれ。
じゃ、行ってらっしゃい。
視点:翔
もうこれしかないんだ……
梓さんとの約束を破るのは心苦しい。けど、僕なんかが兄貴のパートナーになったら、絶対に足を引っ張ってしまう。そうなったら僕はもちろん、兄貴まで退学になる。そうなったら、梓さんとの約束どころじゃない。
だからせめて、いなくなるのなら僕一人の方が良い。兄貴ならきっと負ける心配は無いし、あずささんもきっと勝てる。僕さえいなくなれば、全部間違い無い。
そう考えて、僕は島を出ることに決めた。
こんなイカダで海なんて渡れるわけないけど、無いよりは良い。
これ以上考えても辛くなるだけだ。早く行こう。
さよなら、みんな……
「翔ー!!」
!! 兄貴の声!!
「翔!!」
見つかった!!
僕は急いでイカダに飛び乗ったけど、兄貴も飛び込んできた。その瞬間、元々急ごしらえだったイカダが二人分の体重を支えられるわけも無く、無残にバラバラになった。
「このまま行かせてくれよ兄貴!」
僕だって辛い。でも、僕のせいで兄貴までここにいられなくなるのはもっと辛いんだ!
「つべこべ言うな! お前のパートナーはお前だ! お前じゃなきゃダメなんだ!!」
そう言ってくれるのは凄く嬉しい。けど、
「僕なんかじゃ、無理だよ……」
こんな僕が兄貴のパートナーだなんて、そんなの……
「翔さん!!」
突然、そんな声が聞こえてきた。そっちを見ると、青く光る着物が見える。
「翔くん!!」
二人の
「翔さん、どうして……」
梓さんが、足袋や着物が濡れるのも構わず目の前に立って、そう聞いてきた。
「僕なんかじゃ、兄貴の足を引っ張っちゃうから。それじゃ兄貴まで退学になっちゃう。それならむしろ、僕一人がいなくなれば、少なくとも二人が助かる可能性が上がる。だから……」
最後まで言う前に、梓さんに肩を掴まれた。
「そんな方法で助けられた人が、幸せになれると本気で思っているのですか!?」
僕の顔を真正面に見つめながら、真剣な顔で叫んでくる。
「仮にそうしたことで二人が助かったとして、残された人間はどうすれば良いのです!? 私も、あずささんに十代さん、明日香さんに隼人さんも、そしてももえさんも、あなたとの絆を一方的に奪われる。あなたがいなくなった瞬間、私達の絆は全て無に帰してしまう。それが分からないのですか!?」
ジ「私は……?」
「分かってるっスよ!! じゃあ他にどうすれば良いんスか!? 僕なんかが兄貴とパートナーを組んだって、足手まといになるのが落ちっス!! そんなの、負けるよりも辛いんだよ!!」
そう叫んだ瞬間、梓さんの顔が一層険しくなった。そして、胸倉を掴まれて、顔を引き寄せてきた。
「いい加減にしろ!! 私はあなたのような、自分の弱さから逃げることしかできない人間が一番嫌いだ!!」
凶王化!? 一瞬そう思ったけど、顔を見たらそうじゃないって分かった。
「梓さんみたいなできる人に、僕みたいな落ちこぼれの何が分かるんだよ!!」
ちょっと自分勝手な言葉かもしれなかったけど、もう嫌われても良い。
どうせ逃げるんだから。なら、嫌われて逃げる方が良いから。
「ええ、そうです。私には分からない」
けど、梓さんの顔は変わらなかった。そして、想像とは違った言葉が返ってきた。
「翔さん以上に何もできず、そのくせ落ちこぼれですらなかった、そんな私にあなたのことなど、分かるはずがない!!」
「え?」
凶王化してるわけじゃない。初めて素の梓さんの口から、そんな口調での言葉を聞いた。
「どういう意味っスか?」
僕だけじゃなくて、この場にいる人全員が疑問に感じてるみたいだった。
「他人にこの話をするのは初めてですが、あなた方なら信じられる。お話ししましょう」
そして梓さんは、僕から手を離して、改めて真っ直ぐ僕と向かい合った。
とても辛そうな顔をしてるけど、そこから言葉を振り絞って、話を始めた。
「今でこそ私は水瀬梓としてここにいますが、私には名前どころか、物心ついた時には両親などいませんでした」
え? 両親が、いない?
「変わりに私が人生で始めて見た物は、足の踏み場も無いほど埋め尽くされた、大量のゴミや瓦礫の山。立ち上がり、歩けるようになって初めて覚えたのは、大量のゴミの中から、着る物と食料を探すという行為。周りには私よりも遥かに年上の、私よりも遥かに頭の良い人達ばかり。全員がそんなゴミの中で、今日を生きることに必死な人達ばかり。そんな中で、歩けるようになったばかりの子供が一人で生きることなど狂気の沙汰でした」
「それでも便りが無い以上、一人で生きる他無かった。もちろん学校へ行ったことも無ければ、誰かに何かを習ったという経験さえ皆無。現在の両親に拾われる十歳になるまで、私は文字の読み書き、計算はもちろん、時計の見方も、世間一般の言葉も常識も、そもそも自身の年齢さえ知らず、名前さえ無い状態で、ずっと生きてきたのです」
その話に、僕も、僕以外の六人も、全員が呆然としていた。
あまりにも常識とはかけ離れた、現実味の感じられない、なのに現実だと納得できる、突拍子もない話し。それが、梓さんの生い立ちだって?
「そして十歳の時に水瀬の家に引き取られ、梓という名前を頂いた。そこで私は必死に勉強しました。拾って下さった家族に報いるためにも、読み書きも計算も、言葉に常識、礼儀作法に至るまで。拾われた子供ということで、
「分かりますか? あなたは落ちこぼれかもしれない。しかし、私は落ちこぼれですらない。なぜなら私は学園どころか、実の両親にさえ存在を全否定され、破棄された、人間という名の生きたゴミなのですから」
「そ、そんな……」
今まで想像もしたことが無かった梓さんの人生だけど、きっと梓さんのことだから、とっても綺麗で、優雅な生き方をしてきたんだろうなって、勝手に想像してた。
なのに、実際に聞いてみれば百八十度違った。
小学校さえ通ってないなんて。それでも必死に努力して、それでここにいるなんて。
「はっきり言って、私には落ちこぼれのことなど分からないと答えるしかない。しかし、敢えて翔さんの質問を返したい。人である翔さんに、ゴミの何が分かるのです?」
「ゴミ……」
「そうです。あなたの目の前にいる、人の形をしたゴミの何が?」
ゴミ……
「僕は……」
……
……何も言えない。さっき僕は梓さんに同じ質問をした。けど、逆に質問されて、何も答えることができない。
梓さんの言った通り、僕は梓さんよりも遥かに恵まれてる。
普通に学校にも通って、美味しい物も普通に食べて、アカデミアに来たのだって、普通に両親が許してくれたから。
けど、梓さんはアカデミアに通うために、今みたいになるために、そして何より生きるために、どれだけの努力をしてきたんだろう。
とても想像なんてできない。けど、今までの僕みたいな、甘えてばかりだった人生に比べれば、かなり険しいものだったんだっていうのは分かる。生まれた時から自分のことをゴミだなんて考えて、それでも生きるしかなかった、いつ死んじゃってもおかしくなかった過酷な人生。
そんな人が頑張ってるのに、僕は……
「僕は……」
「不甲斐ないな。翔」
突然、聞き覚えのある声が聞こえてきた。そっちを向くと、
「お兄さん」
アカデミアの
「……すまなかった。盗み聞きする気は無かったのだが」
「いえ」
梓さんに一言謝った後で、また僕の方を見る。
「これだけのことを聞きながら、お前は逃げるのか?」
僕は……
「それも良かろう」
……お兄さんにも、僕はとっくに見捨てられてる。梓さんの生き方を聞いた後も、それが変わる訳じゃない。そりゃ、少しは頑張らなきゃって気持ちにはなったけど、それでも、僕は梓さんみたいに、強くはなれないから。
「……」
僕は無言で立ち上がった。
「おい! あんたの弟、行っちまうってよ!!」
兄貴がお兄さんに向かって叫んだ。
「仕方ないな」
お兄さんの返事は短かった。そうだ。結局はこれで良いんだ。
「なら、俺と決闘しろ!」
また兄貴が叫んだ。兄貴が、お兄さんと決闘!?
「君が俺と?」
「あんたの弟、翔に選別としてだ!!」
「……良いだろう」
こうして、とんとん拍子で、僕の二人の兄の決闘は決まった。
視点:明日香
私達はさっきの岩場から灯台へ移動し、二人の決闘を見始めた。
「行くぜカイザー!!」
「ああ」
『決闘!!』
「……えっと、梓くん」
「はい?」
あずさが梓に話し掛けるのが聞こえた。
正直、私達全員目の前の決闘よりも、さっきの梓の話の方が気になってた。
「その……さっきのって……」
「お気になさらず。人それぞれです」
いや、その一言で済ませるのはどうかと思うけど……
「今の話で私を嫌悪したのなら、すぐにここを去りますが」
「え!?」
な!? ちょっと待って! 誰もそんなこと思ってないわよ!!
「構いませんよ。元々はゴミとして生まれ育った身。ずっと言われ続けてきましたから。臭い男、汚い男、顔が良いだけのゴミ男……例を挙げればきりがありません」
「……そんなこと、今まで言われてきたの?」
「ええ。水瀬は格式の高い名家でしたから、そもそも養子を取ること事体が問題でした。それが、ずっとゴミ溜めで生きてきた子供なら、なおのことです。しかし、私を見つけて下さった兄、私を育てて下さった両親、三人は優しかった。しかし、それ以外の、例えば使用人の方々や親戚の方々。それらの方々は全員、表の態度は優しかったですが、裏の誰も見ていない所では……いえ、よしましょう。わざわざ話すほどのことではありません」
話してる最中、凄く嫌な顔を見せた。話は聞けなかったけど、それだけでどんな目にあってきたのか、何となく想像がつく。
「前に言われたこともありますが……ええ。私はゴミですよ。ゴミとして、ゴミ溜めに捨てられたのです。ずっとゴミの中から見つけた衣服を着て、ゴミの中から見つけた食料を口にしてきた。十年間。もっとも、実際はもっと短いのかもしれないし、もっと長いのかもしれない。正直な話、私があなた方と同い年なのかどうか、それすら疑わしく、そのくせ本当は年上なのか年下なのか、確かめるすべが無いのです」
「……」
あずさは悲しげな顔を浮かべながら目を背けた。私や翔君達も同じ。聞いているだけで辛すぎる。
「『サイバー・ドラゴン』の攻撃。エヴォリューション・バースト」
亮の声が聞こえた。亮の主力モンスター『サイバー・ドラゴン』。それが、十代の場にいたモンスターを破壊した。
そして、続いて発動させたのは魔法カード『タイムカプセル』。デッキのカードを一枚裏向きで除外し、発動後二度目のスタンバイフェイズに破壊することで除外したカードを手札に加える。
何のカードをサーチしたのか……まあ、私は知っているけれど。
十代も反撃を仕掛けるけど、亮にことごとくかわされる。でも、十代は悔しがりこそすれ、闘志は失ってない。
「面白え! 面白えよカイザー!! この決闘!!」
「……ああ。俺もだ」
十代の言葉に、亮も笑顔で返した。その時、翔くんは何か感じるものがあったのか、小さな声を上げていた。
そして終盤、十代は『E・HERO マッドボールマン』を特殊召喚した。守備力3000の硬い壁。だけど返しのターン、亮は『サイバー・ツイン・ドラゴン』を『融合解除』し、『タイムカプセル』の効果でサーチしたカード、『パワー・ボンド』を使った。そして現れたのは、亮の最強モンスター『サイバー・エンド・ドラゴン』。元々の攻撃力4000に加えて、『パワー・ボンド』の効果で倍化させた攻撃力は、8000。
「『サイバー・エンド・ドラゴン』は、守備表示のモンスターを攻撃した時、そのモンスターの守備力を攻撃力が超えていれば、その数値分ダメージを与える」
亮が説明した直後だった。
「気張れー!! 十代!!」
突然、隼人君が叫んだ。
「このターンさえ凌げば、カイザーは『パワー・ボンド』のコストで4000ポイントのダメージを受ける。そうしたら、十代の勝ちなんだなー!!」
そう。確かに『パワー・ボンド』には、その強力な効果と引き換えに、融合モンスターの元々の攻撃力分のダメージを受けるデメリットがある。けど、十代の場にはマッドボールマンのみ。伏せカードも無い。
「『サイバー・エンド・ドラゴン』の攻撃。エターナル・エヴォリューション・バースト!!」
サイバー・エンドの三つの口から吐き出される光。それがマッドボールマンを、そして十代を飲み込んだ。
……
…………
………………
決闘が終わって、十代は亮と言葉を交わしていた。そして翔くんも、二人の決闘を見て何かを決意したように、良い顔になった。
そんな三人を見ていたけど、ふと気になって、梓の方を見た。
梓は何も言わず、その場を去ろうと歩き始めていた。
「梓さん!」
そんな梓に向かって、翔君が呼び掛けた。
「その……さっきは、ごめんなさい。僕、頑張るから。もう一度、改めて約束するよ。僕は絶対、梓さんの前からいなくなったりしない!」
梓は振り返って、翔くんに笑顔を見せた。
「ええ。頑張って下さい」
「それと、その……嫌なお話をさせちゃったみたいで、ごめんなさい……」
梓の生い立ちの話ね。確かに、あまり人に話せるような内容じゃなかったものね。
「どうかお気になさらず。私が勝手に話しただけです。……それに、あなたにはぜひ知って欲しかった」
「さっきの話しをですか?」
「ええ。努力次第で、ゴミが人に代わることさえできるということを」
「!!」
ゴミ……さっきから言ってたものね。自分はゴミだって。
「ゴミの私でさえ、今日までの努力をしてきたことで人になれたのです。だから、人である翔さんも、努力をすれば人以上の力を手にすることができます。だから、頑張って下さい」
「……」
『……』
笑顔で言ってるけど、正直、かなり酷い内容だった。
つまり、と言うより、結局のところ梓は、自分のことをずっとそう思ってきたってこと? 自分のことを人じゃなくて、人に変わったゴミだって。
そんなこと無い。あなただって立派な人間よ。
頭ではそう思ってる。けど、何も言えなかった。そんなふうに思う生き方をずっとしてきたんだもの。
自分が人ではなくて、ゴミの山の中で生きるゴミの一つだって感じるほど、梓は長い時間をゴミの中で生きてきて、拾われた後も、ずっとゴミだって言われ続けてきたんだものね。
「待ってよ梓くん!!」
去っていく梓に向かって、叫んだのはあずさだった。
「梓くんは……梓くんは、ゴミなんかじゃないよ!! その、えっと……もし、梓くんがゴミだとしても、誰もそんなこと気にしないよ!! わ……私も、みんなも、梓くんが好きなんだもん!! 今までもそうだったし、さっきの話を聞いた後だって!! ねえ、みんな!?」
「当たり前だ!! 梓はゴミじゃねえ!! 俺達の仲間だ!!」
「そうだよ!! 梓さんは、僕達の退学を知って、悲しんで、怒ってくれた!! 今までだって、一緒に笑ったり驚いたり、ずっと楽しいことしてきた!! それを仲間じゃなくて、どんな人を仲間だって言うんスか!!」
みんな……そうよね。
「梓。あなたはさっき、私達が信用できるから話すって言ってたわよね。そう思ってくれたのは、あなたが人であるという証拠よ。だから、あなたがどんな境遇だろうと気にする必要は無い。あなたやあずさの言葉を借りれば、私達は絆で繋がった仲間なんだから」
そう声を掛けた直後、梓はこっちに背中を向けたまま、顔を伏せた。
「それは……私が人だったから……一度も、ゴミだと名乗らなかったから……」
「だから関係ねえよ!! お前がゴミだって言うならそれでも良い!! それでも俺達は仲間だ!!」
「お願いだから、嫌われたなんて思わないで!! そんなことで、わたし達の絆を否定しないで!!」
二人のその言葉で、梓は肩を、そして徐々に体中を震わせて、最後にはその場に座り込んだ。
「梓くん」
そんな梓に真っ先に駆け寄ったのが、あずさだった。泣いてる梓の肩に手を置いて、小声で何かを話し掛けてる。
そんな
みんな、梓にそれぞれ言葉を掛けていった。誰も、梓のことをゴミだなんて言わない。みんな、梓に対する思いは同じだということが分かった。
そして最後には梓も、いつもの笑顔を見せてくれた。
「絶対に、勝って下さいね」
「おお! 何度も言ったろう。俺と翔のタッグなら無敵だ!」
「わたしも頑張る。だから、梓くんも応援してね!」
「……はい!」
こうして、退学騒動のせいで長かった一日は終わりを迎えた。
視点:あずさ
「一体何なんだよこれ!?」
「誰がやったんだ!?」
梓くんを連れて、全員でブルー寮に来た時、妙な騒ぎが森の中で起こってたから来てみると、そこには倒れた何本もの木があって、大勢の生徒達が集まってた。
「どれも刃物で切られたような跡だな。誰かがチェーンソーでも持ち出したのか?」
もちろん、この場にいる私を含めたメンバー全員が犯人を知っているわけで。
そしてその犯人はと言うと、笑顔でそんな光景を見てるだけだった。
やれやれ……
お疲れ~。
これで九話目完結ですら。
んじゃ十話までちょっと待ってて。