待たせた~? ならごめんね~。
んじゃ、行ってらっしゃい。
視点:外
デュエルアカデミア・ノース校。
現在、そこの頂点に君臨する男、万丈目準は、校長室へと向かっていた。
(急に呼び出して、一体何の用だ?)
そう思いながら、校長室に入った時、
「おお、万丈目」
「万丈目さん」
「佐倉に江戸川、お前らも呼ばれたのか」
校長机に座る市ノ瀬の前に、佐倉と江戸川も立っていた。
「待っていたよ。実は、君達三人に話しておきたいことがあってな」
ノース校のトップ3を前に、市ノ瀬校長は神妙な面持ちで話しを始めた。
……
…………
………………
同じ頃、アカデミア本校の校長室、机の前に、こちらも同じく神妙な面持ちで座る鮫島校長を前に、同じように数人の生徒が並んでいた。
「君達を呼び出したのは、ぜひ君達の耳に入れておきたい話しがあったからです」
「一体何事ですか?」
「随分と深刻な話しのようですね」
メンバーは、亮、三沢、十代、明日香、翔、あずさの計六人。
「……ていうか、わたしちょっと場違いな感じが……」
「僕も……」
翔とあずさが呟いた。
この二人以外はアカデミアでも指折りの実力者達。彼らに比べれば、この二人の実力は幾分か落ちてしまう。そんな自分達が、どうしてこのメンバーに含まれているのか、二人にはどうしても疑問だった。
「まあ、とにかく話を聞いて下さい」
「あ、はい……」
「すみません……」
「うむ。アカデミアがこの本校以外に五つ、サウス校、イースト校、ウエスト校、ノース校、アークティック校の五つの分校があることはご存知ですね」
「はい」
「え? ノース校以外にもあったのか?」
「……十代、黙ってて」
十代に対し、明日香が呆れた風に話し掛けた。同時に、硬かった室内の空気が僅かばかり弛緩した。
「……まあいいでしょう。実は、その五つの分校の内、ノース校を除いた四つのアカデミアに、道場破りが現れたというのです」
「道場破り?」
「ああ。突然現れたかと思うと、学園内の実力者全員を片っ端から、完膚なきまでに叩きのめしているという話しだ。一年から三年まで、それも全ての決闘をノーダメージでな」
「なるほど……」
「それで、次はここに来るというわけか?」
「うむ。最後に襲われたアークティック校から最も近いのがここだ。初めから本校は最後の標的としていたのかもしれない。とにかくアークティック校の襲われた日付からして、今日か明日にここへ来る可能性は高い」
そんな、市ノ瀬校長の話しに、万丈目が見せた表情は、
「……ふふ」
不敵な笑みだった。
「ちょうど良い。本校での対抗決闘が明後日。今日か明日現れるのなら、この新しく構築したデッキを試す絶好の機会だ」
デッキを取り出しながら、不敵に笑って見せた。そんな万丈目に、佐倉と江戸川も笑みを浮かべる。
「お前らしいな……」
「それでこそ万丈目さんだ。ですが、俺もいるっていうのを忘れないで下さいよ。はっきり言って、お二人に出番はありません」
江戸川が自信満々に胸を張る。普段から豪快な江戸川らしい台詞だった。
「それで、そいつはどんな奴なんだ?」
「うむ、かなり目立つ格好らしいから、来ればすぐに分かるだろう」
「ほう、そんなに分かりやすい格好なのか?」
「ああ。その特徴と言うのが……」
「面白え、そんなに強え奴がここに向かってるのか!」
「ええ。おそらく今はノース校に向かっていると思われます。その後でここに来るのではと、校長達の間では仮設が立てられています。なので、我が校でも腕利きの生徒である君達を呼んだのです」
「……やっぱりわたし場違いなんじゃ……」
「僕も……」
また翔とあずさがぼやいたものの、誰も聞いていない。
「それで、その道場破りって、どんなやつなんだ?」
十代が机に身を乗り出し、陽気に尋ねた。だが、鮫島校長は変わらず神妙な面持ち。
「うむ。かなり目立つ格好をしていて、来れば分かりやすいという話しだが……」
「へぇー、そんなに分かりやすいのか」
「ええ。その特徴と言うのが……」
「青い着物を着た美少年……」
「青い着物を着た美少年」
「だそうだ」
パラァ
「おわぁ!」
万丈目が手に持っていたデッキを地面に落としたのを、すんでのところで江戸川が全て受け止めた。
「なん……だと……」
今まで自信満々だった顔が一変、呆然とし、信じられないものを見たような顔に変わりながら、万丈目は呟いた。
「……本当か? 校長……」
万丈目だけでなく、そう尋ねた佐倉も同じような顔を見せる。しかも、万丈目とは違い、驚愕と同時に、恐怖も浮べながら。
「あ、ああ。本当だ」
「……そいつの名は……?」
「ああ。アークティック校で最後に敗れた生徒が聞き出したらしい。名前は……」
「水瀬梓、そう、名乗ったそうです」
鮫島校長の話しに、六人共が呆然自失という表情を見せていた。アカデミア随一の四人に加え、翔とあずさという二人まで呼び出された真の理由を、全員がたった今理解した。
「……行かなきゃ」
あずさが呟き、校長室から出ようとドアノブに手を掛ける。
「待ちなさい!」
それを、明日香が手を取り静止する。
「離して!」
「どこへ行く気!?」
「決まってるじゃん! 梓くんがノース校に来るなら、迎えに行かなくちゃ!! アカデミアに連れ戻さなきゃ!!」
「落ち着きなさい!! ここからノース校までかなりの距離があるわ。あなたが行った頃にはもう姿を消してるわよ。第一、あなたが行ったところで、どうにかできると思ってるの?」
「……」
明日香の冷静な言葉に、あずさは言葉を返せなかった。代わりに握っていたドアノブから手を離した。ドアノブは無残に捻り潰され、壊れてしまっていた。
「……梓の奴、何でそんなこと……」
そう呟く十代も、他の五人も、全員が表情を曇らせる。ここにいる六人全員、梓という人間をよく知っている。あれほど純粋で、優しい人間は他にはいない。それが、道場破り。容易に受け入れられる事実ではなかった。
「……だが、梓が最後に見せたあの姿。あの様子から考えれば、納得するしかない。今梓を突き動かしているのは、間違い無く平家君が戦った、あの時の男に対する憎しみだろう」
三沢が冷静に分析し、その結果を口にした。
「……校長、梓は本当にここへ?」
「……正直に言えば、私もはっきりとは言えない。彼のことを知らない校長達はここへ来ると考えているが、彼は我が校の生徒だった人間。すでに、この学園は用済みとなっているという可能性もある。あの時の決闘者を探している片手間として、分校である五校の生徒を倒していっている。そう考えることもできます」
「あの時の男は一体何者ですか?」
「分からない。平家君の対戦相手を探していた時、たまたま名乗り出てきたのを、クロノス先生が実力を見定め連れてきた男でした。おそらく、クロノス先生も詳しいことは分からないでしょう」
「てことは、梓を探す手段は……」
「彼が分校の校長達の推測通り、我が校に向かってくることを祈る他ありません」
『……』
「梓くん……」
視点:万丈目
「無理だ……勝てるわけが無い……」
普段から冷静な佐倉が、体を震わせながら呟いた。その顔は蒼白に染まり、直前以上の恐怖を浮かべている。
「佐倉さん、一体……」
「……負けたのか? 梓に?」
「え!?」
「……ああ、そうだ」
そのあまりの変化に、理屈抜きで何があったのかを理解した。
「ということは、お前が退学した理由も……」
「……ああ」
「どういうことだ? 君達はその水瀬梓という少年と知り合いなのか?」
市ノ瀬が聞いてきた。
「知り合いも何も、梓は俺達二人と同じ、デュエルアカデミア・本校の生徒だ」
「なに!?」
「えぇ!?」
市ノ瀬と江戸川が、かなり驚いた顔を見せた。
「……カツアゲしていた所に駆けつけた水瀬梓に、決闘を持ち掛けられた。負けた方が退学になるという条件でな。前半こそ俺の方が押していたが、後半で逆転された。あれはもう、とても決闘なんて呼べるものじゃなかった。完全に、あいつの道楽だった。負けの一歩手前まで追いつめた俺を、更に限界まで追いつめたうえで、徹底的に俺を潰した。まるで、子供みたいに陽気に、もてあそばれたんだ……」
あの梓が、そんな決闘を。
だが、俺も梓の怒りの一面は知っている。あいつが本気でキレたというのなら、相手をそんなふうにいたぶる決闘をすることも頷ける。
「……その様子では、お前は奴とは……」
「……悪いが、俺は無理だ。あいつとの決闘の後、しばらくカードを見ることもできなくなった。それでも手放せなかったからまだ良かったが、もし今あいつと戦って、あの時のように負ければ……俺は、二度と、カードに触ることもできなくなるかもしれない……」
「佐倉さん……」
「……」
バッ
「大変です!!」
突然、一人の生徒が校長室のドアを開けてきた。
「どうした!?」
「道場破りです! 生徒達がことごとくやられてます!!」
「どんなやつだ!!」
「青い着物着た、俺達と同い年くらいの、男子が!!」
「!?」
「佐倉さん!」
生徒の言葉に佐倉は驚愕しながらなお更震え上がり、それを江戸川が呼び止める。
「……分かった。江戸川、行くぞ」
「あぁ、はい!」
「佐倉、お前はここにいろ」
「……すまん」
……
…………
………………
「ぐぁー!!」
「うぉー!!」
大勢の生徒の悲鳴と共に、そこは既に死屍累々の地獄と化している。
そして、そんな地獄の上に、そんな場所とは無縁なはずの、だが、だからこそ際立つ、青い着物の美しさ。
「梓」
呼び掛けると、そいつは俺を見た。
「……なぜ、あなたがここに……?」
「それはこちらのセリフだ! 一体こんな所で何をしている!?」
だが、あずさは返事をせず無言で、空を仰いだだけだった。そして、
「……まあ良い。貴様がここで最も強いと言うのなら、決闘しない理由は無い」
呼び方が、『あなた』から『貴様』に。どうやら、本気らしいな。
「良いだろう。貴様がその気なら……」
「待って下さい」
俺がディスクを構えようとした時、江戸川が制止してきた。
「江戸川?」
「まずは俺が相手をします」
「だ、だが……」
「おい! 水瀬梓とか言ったか!?」
江戸川は俺の制止を振り切り、梓の前に立った。
「万丈目さんと戦いたきゃ、まずはこの俺を倒してからにしな!」
「……誰でも良い。貴様が先だと言うのなら、さっさと構えれば良いだろう」
「はっ! その減らず口、すぐに聞けなくしてやるよ!」
「……」
(二人があそこまで恐れる相手……勝てないまでも、一矢報いて、一つでも多く奴の手を引き出してやるぜ)
『決闘!!』
江戸川
LP:4000
手札:5枚
場 :無し
梓
LP:4000
手札:5枚
場 :無し
「先行は俺だ! ドロー!」
江戸川
手札:5→6
江戸川の先行。さあ、どう仕掛けてくる……
「『ダブルコストン』を召喚!」
『ダブルコストン』
攻撃力1700
「更に、魔法カード『二重召喚(デュアルサモン)』! このターン、通常召喚を二度行う。『ダブルコストン』は、闇属性の生贄召喚に使う場合、二体分の生贄にできる。『ダブルコストン』を生贄に捧げ、『デビルゾア』を召喚!」
『デビルゾア』
攻撃力2600
「そしてカードを一枚伏せる。ターンエンド」
江戸川
LP:4000
手札:2枚
場 :モンスター
『デビルゾア』攻撃力2600
魔法・罠
セット
相変わらず、江戸川は『デビルゾア』が主体のパワーデッキ。あの伏せカードはおそらく……
「……私のターン」
梓
手札:5→6
冷たい声だ。これが本当に、あの梓だと言うのか?
だが、江戸川のフィールドにはセットカードが一枚。やはり、まずはあのカードか……
「……モンスター、そして全ての手札をセットし、ターンを終了」
なに!?
梓
LP:4000
手札:0枚
場 :モンスター
セット
魔法・罠
セット
セット
セット
セット
セット
江戸川
LP:4000
手札:2枚
場 :モンスター
『デビルゾア』攻撃力2600
魔法・罠
セット
「手札事故か? いきなりそんなに伏せるとはよ、聞いていたほど大した奴でもなさそうだな」
手札事故……その可能性もある。
今までは必ずと言って良いほど、初手で『サイクロン』を使用していた。今回もそのイメージを持っていたが、違うのか?
「(警戒し過ぎたか?)こりゃ、思ったよりも勝つのは楽そうだぜ。俺のターン!」
江戸川
手札:2→3
「罠発動! 『メタル化・魔法反射装甲』! こいつを『デビルゾア』に装備! 攻撃力、守備力を300ポイントアップさせる!」
『デビルゾア』
攻撃力2600+300
「そして、こいつを生贄に捧げ、デッキより『メタル・デビルゾア』を特殊召喚だ!」
『メタル・デビルゾア』
攻撃力3000
「まだまだ! 魔法カード『死者蘇生』! 墓地の『デビルゾア』を特殊召喚!」
『デビルゾア』
攻撃力2600
「はっ、どうやら勝負はこれで決まりだな」
く、江戸川、勝ちパターンに入ったからと浮かれ過ぎだ。
「……はぁ……つまらない」
「なに?」
梓?
「たかだかその程度のモンスター共を並べた程度でなぜそこまで勝ち誇れる……私の場には、これほどのカードが残っているというのに……」
相手のカードをその程度だと? 梓の言葉とは思えない。
だが、梓の言う通りだ。あれだけの伏せカードを前に、安全だという保証も無しに切り札を簡単に召喚するなど自殺行為だ。なのに江戸川は、さっきから伏せカードを警戒する様子が全く無い。
「はん、負け惜しみにしか聞こえねーよ」
「そうか。なら……終わらせる」
「ぬっ!?」
「罠発動『ナイトメア・デーモンズ』……私の場のモンスター一体を生贄に捧げ、貴様の場に三体の『ナイトメア・デーモン・トークン』を特殊召喚……」
梓の発動と同時に、裏守備表示のモンスターは光になり、それが三つに分かれて三体のモンスターへと姿を変えた。
『ナイトメア・デーモン・トークン』
攻撃力2000
『ナイトメア・デーモン・トークン』
攻撃力2000
『ナイトメア・デーモン・トークン』
攻撃力2000
「は、はは……ビビらせやがって。俺の場にわざわざ三体もの攻撃力2000のモンスターを並べてくれるとはな!」
「……『ナイトメア・デーモン・トークン』は破壊された時、相手は800ポイントのダメージを受ける」
「だが、破壊されなきゃ良いんだろう」
「……貴様の目は節穴か? その目には何が映っている?」
「何を?」
「……罠発動『激流葬』」
「な!」
「モンスターが召喚、反転召喚、特殊召喚された時、フィールド上のモンスター全てを破壊する」
二体の『デビルゾア』が、呆気なく激流に飲み込まれた。三体の『ナイトメア・デーモン・トークン』と共に。
「お、俺の『デビルゾア』が!!」
「『ナイトメア・デーモン・トークン』一体につき800ポイント、合計2400のダメージ」
「ぐぁー!!」
江戸川
LP:4000→1600
これか! あの夜の二対一の決闘で、最後に取巻を仕留めたコンボは!!
あの時は十代との決闘で、奴の決闘をよく見ることができなかった。だから『激流葬』でライフが0になったのがずっと疑問だったが、こういうことだったのか。
「ぐぅ……カードを一枚セット!」
(奴のターンに回っても、今伏せた『リビングデッドの呼び声』で、『メタル・デビルゾア』を蘇らせれば……)
「これでターンエンド……」
「速攻魔法『サイクロン』。その伏せカードを破壊」
「なぁ!?」
く、やはり伏せていたか。
江戸川
LP:1600
手札:1枚
場 :モンスター
無し
魔法・罠
無し
梓
LP:4000
手札:0枚
場 :モンスター
無し
魔法・罠
セット
セット
たった一ターン、それも相手ターンでライフを半分以下にまで減らし、フィールドを空にするとは。さすが梓だ。
この決闘、決まったな……
「私のターン……」
梓
手札:0→1
「……下らない。この程度の決闘者、私のモンスターを使うまでも無い。『死者蘇生』。貴様の墓地の『メタル・デビルゾア』をもらう」
「な、なにぃ!!」
『メタル・デビルゾア』
攻撃力3000
相手を何もできなくなるまで徹底的に追い込み、最後には相手のエースモンスターでのとどめか。むごいマネを。
これが、何よりも相手のことを思いやり、優しかった、梓の決闘だというのか……
「……バトル。『メタル・デビルゾア』、主人の命を抉り取れ」
「うぅぁあああああ!!」
江戸川
LP:1600→0
「時間の無駄だった……」
最後に梓はそう呟き、ディスクを閉じた。
「さあ、次は貴様だろう」
梓は俺を見ながらそう言う。
「……良いだろう。俺が相手だ!」
返事をし、ディスクを構える。
梓の決闘は、今まで何度も見てきた。だが実際に俺が梓と決闘をするのはこれが初めてだ。しかも、今の梓は普段とは全く違う。今の決闘では大きな変化は特に見られかったが、アカデミアでは使わなかったカードや、新たな戦術を駆使することも十分予想できる。
だが、負けるわけにはいかない。短い期間だったが、俺はお前に憧れられた存在だ。そして、お前が憧れてくれたからこそ、俺はここまでやってこれたんだ。今もそうなのかは分からないが、俺はお前が憧れた存在、万丈目準として、お前を倒す。そして、お前の目を覚ましてやる。
それが、ずっと心の支えになってくれていた、お前に報いる唯一の方法だと信じて。
「いくぞ! 梓!!」
聞きたいことは山ほどある。しかし、決闘者に言葉は不要だ。お前の心に、カードで聞いてやる!
『決闘!!』
お疲れ~。
まあこの時代は今ほど罠や速攻魔法が充実してなかったし、油断すんのは必然かも分かんねえやな。
ほんじゃあ次は、待ってた人いるのかしら? 万丈目vs梓でお会いしましょう。
それまでちょっと待ってて。