書くこと無いからすぐに行こう。
行ってらっしゃい。
視点:梓
現在私達は、里で野菜を売る場所を目指し、野菜を背負い歩いています。左右にアズサとハジメさん。カナエさんはお屋敷でお留守番です。
「はぁ~……」
「十回目」
「何が?」
「アズサが溜め息を吐いた数です」
「……二人して何数えてるのさ」
「家を出てからと言うもの、何度も吐いているのを聞けば数えますよ普通」
「普通……普通?」
「何か悩み事があるのなら、ぜひ打ち明けて下さい」
「いや、悩みってほどじゃないけどさ……」
「では何か心配事でも?」
「いや、大丈夫。気にしないで」
『アズサ……』
「……」
悲しげな顔を見せながら、目を逸らしました。何かしたくとも、何をしてあげれば良いのか分からない。ゆえに何もできない。情けなく、とても心苦しい。
(頼むからそんなキラキラした目でうつむきながら落ちこまないで。とても「決闘が中断されて不完全燃焼」なんて言えないから。あぁ、罪悪感がパねぇ……)
「あそこだ」
『おぉー……』
ハジメさんの言葉と共に、私は思わず声を出してしまいました。
円形に広がる広い広場。ちょっとした家屋ならば五十件以上は建てることができそうな、それほど大きな土地です。
そしてそこには様々な露天が並び、様々な食材、お菓子、衣類や生活雑貨に至るまで、様々なものが売り出されています。
「すごいですね。これほど多くの人達が集まっているとは」
「週に一回ね。普通の店ももちろんあるけど、お店持ってない人達や毎日は売れない人達は毎週ここに集まって露店を出すわけ。中には趣味で作った物を売ってる人とかもいるし」
「そういうことだ。ここは市場であり、商店街でもあるというわけだ」
うむ。納得です。
「お、舞姫ー!!」
「よお、舞姫にハジメも来たか!!」
「今日も上手い野菜頼むぜー!!」
「うーん! たくさん買ってねー!!」
多くの方々に話し掛けられながら、手を振り笑顔で応えています。
「やはり人気者ですね」
「なぜだか懐かしい光景です」
今のアズサには、なぜか覚えの無い懐古の情を芽生えさせられます。
「さーて、まずはこの布をおっぴろげて」
「おっぴろげて?」
「無造作に野菜を並べて」
「無造作はダメでしょう無造作は」
「冗談だ。ちゃんと種類ごとに並べる」
『なら良かった』
さて、簡単なやり取りをしながら野菜を並べ終えました。
いよいよ……
「それじゃあ、早速だけど呼び込みしてもらって良い?」
『分かりました』
さて、売り子というものはやったことがありませんが、テレビなどで見たこともありますし、全く分からない訳でもありません。拙い部分もあるかも知れませんが、力の限りやってみましょう。
視点:外
青色の梓は大根を一本取ると、
「ちょっとそこのお嬢さん方」
そう呼び掛けられたのは、『お嬢さん』と呼ぶには少々ためらわれる、中年女性の集団。
「あら、お嬢さんなんてお上手ねえ」
「そうご謙遜なさらず、大変若々しくてお羨ましい。年下として、あなた方のような歳の取り方をしたいものですよ」
「やだっ! もう本当お上手なんだからこの子!」
「見かけない子だけど、最近来たの?」
「ええ。昨日この里へ来たばかりです」
「へえ、道理で」
「そんなわけで、早速で申し訳ありませんが、こちらの大根を見て下さい」
「あら、美味しそうな大根」
「ええ。私も人生に多くの大根を見て参りましたが、見て下さい、この固く引き締まった実。色も白さが冴えわたり、触ってみれば何とも身のきめ細かさの気持ち良いこと。触って下さい。分かりますか? 分かりますよね? この大根で漬物なんて作ってごらんなさい。歯ごたえシャキシャキ、味も抜群。更にこの葉を見てごらんなさい。緑色で瑞々しいことこの上なし。そんな大根の葉っぱは調理すれば食べられる。捨てる部分の無い数少ない食材である大根で、なおかつここまで良い品物は他ではお目に掛かれません。そして大根には多くの栄養素と共に消化を助ける成分も含まれていますからね。あ眩しい、今でさえ輝かしいあなた方がなお光り輝くこと間違い無し。この選択、絶対に損はさせませんよ」
梓の話しに、女性達は聞き入っていた。
話しの内容に興味があったのもそうだが、実際には梓のような若い人間が、これだけ野菜に関しての知識、ウリ、そして購買意欲をそそらせるおだてと商売人口調が面白かったのだろう。
そしてそれが商売人口調であると分かっていても、梓のその姿は主婦達の購買意欲を刺激するには十分過ぎるものだった。
「じゃあ、大根一本貰うわ」
「私も」
「私も」
「ありがとーございます! 大根それぞれ一本お買い上げ! お会計はこちらです! どうぞ!」
そうして、上手い具合に大根を売り込むことができた。そして、アズサ達の座る場所まで戻ってみると、
「あら、なんだ舞姫達の野菜だったの」
「ああ、おばさん達」
隣ではちょうど、青の梓とは対照的に、白菜を持った紫の梓が中年男性達を呼び寄せた所だった。
「やだそっくり。もしかして双子?」
「え、ええまあ」
事実を話せば長くなる。互いに諦め、双子であると紫の梓が答えた。
「驚いたな。どっちがお姉さんだい」
「えっと……」
その質問に、二人は一瞬戸惑ったが、
「その……私が弟の『水瀬
笑顔でとっさにそう答え、紫の梓は疑念の表情を浮かばせた。
「へえ、あなたが妹さん」
「はい。
「可愛いなあ」
先入観から聞いていないのか、思い込みからそうとしか聞こえていないのか、誰もが兄、弟ではなく、姉、妹ということになってしまっている。
「ちょっと舞姫、良い子達が来てくれたじゃないの」
「なにが?」
「この子ったら勧めるのもおだてるのも上手いんだから。舞姫の野菜だって知らなかったけどついてきちゃったわよ」
「へえ、そっちもか。いや俺達もよ、この紫の子に白菜を勧められてな、つい口が上手いもんで買っちまったんだよ」
「本当。じゃあ二人とも売り子の才能があるってことか」
アズサがそう話し掛けると、梓は共に笑顔を浮かべた。
「白菜、各一つずつのお買い上げです」
「大根も一本ずつお願いします」
「はーい。みんな好きなの取っていってね」
アズサにそう言われ、客達は一つずつ自由に各野菜を選び、満足げに去っていった。
「あの、梓さん?」
「後でお話ししましょう」
「……分かりました。今は野菜を売りましょうか」
二人で呟きながら話し合った後で、また二人ともがそれぞれ呼び込みを開始した。
視点:梓
ということで、私達は双子の兄弟、私が弟の『水瀬
「おっとお嬢さん! ぜひぜひ、こちらの人参を見て下さいな……」
そんな調子で野菜を売っていきました。
……
…………
………………
「いやー、まさかこんなに早く完売するなんて」
アズサが満足げな顔を浮かばせながら、機嫌良くそう言いました。
まさかあれだけ大量にあった野菜が、時間にして二十分も経っていないような気がします。あっという間に完売してしまいました。
「二人があんなに野菜に関して明るいとは予想外だった。まさか二人が加わっただけでここまで売り上げられるとはな」
「今までは違ったのですか?」
「こんなに良い野菜を扱っているのに?」
「うん。やっぱどうしても売れ残っちゃってたんだ。一度買ってくれた人達はまた買いにきてくれるんだけど。僕らは二人とも呼び込みの上手い方じゃ無かったからさ。二人ともすごいよ」
(むしろ上手すぎる気もするが……)
『……』
『ありがとうございます』
褒められたのは嬉しかったので、笑いながらお礼を言いました。
「そうだ。二人ともお金渡すから色々回って来なよ」
「え? 良いですよそんなこと」
「そうです。悪いですよ」
「遠慮しないで、ほら」
無理やり私達にお金を押しつけました。その気持ちは嬉しいのですが……
「あの、すみません……」
「遠慮しなくて良いって」
「あ、いえ、その……」
「え?」
梓さんが聞き辛そうにアズサに話し掛けています。ちょうど私も同じことを思っていた所です。
「その……このお金には、それぞれどのくらいの価値があって、どう使えば良いのでしょう?」
「……え?」
ということで、アズサとハジメさんが「そこからか?」と言いたげな顔を見せている中、私達はこの世界の通貨について学ぶことになりました。
この世界の通貨を見たのは初めてでしたが、一応は紙幣もあるのですね。
硬貨が三種類。紙幣が二種類。それぞれ十枚揃えば一つ上の価値の貨幣、紙幣と同じ価値となり、下の価値の紙幣一枚は最も上の価値がある貨幣十枚と同じ価値となる、と。
どうやら数値の単位や考え方は元いた世界の紙幣と貨幣の考え方とほぼ一致しているようです。違いと言えば、元いた場所で言うところの、『五円玉』、『五十円玉』、『五百円玉』、『五千円札』に相当する貨幣や紙幣が存在しないこと。
まあそれも少しかさ張る程度であまり気にはなりませんし、それぞれの価値さえ把握していれば間違いは無さそうです。
「とは言え、まさかお金のことまで覚えてないとは」
『あははは……』
さすがに「別の世界から来た」とは言い出すことができず、アズサからは本当に名前以外の様々なことを忘れている人間、そういうふうに捉えられました。
「まあいいけどね。こんな所だけど、他に聞きたいことは?」
『大丈夫です』
「よし。じゃあ改めて、行ってらっしゃい」
『……』
「ほら、遠慮しないで、これから家族になったんだから、この際お互いに遠慮は抜きでさ」
『家族?』
「違うのか?」
『……』
お互いに向き合いながら、笑みが浮かんでしまいました。
「では、行って参ります」
「なるべく早く戻ります」
「いってらっしゃい」
「楽しんでこい」
ハジメさんからも言われ、私達は互いに気持ちが高揚するのを感じながら、広場の中を歩き始めました。
「梓さん」
一緒に広場を歩いていると、梓さんが話し掛けてきました。
「はい?」
「先程のことですが」
「……すみません。とっさのことでしたので、ああ言ってしまいました」
「……とっさとは言え、私が兄でよろしいのですか?」
やはり、気になったのはそこですか。
もっとも、言ったのが逆ならあなたもそうしたでしょうけれど。
ただ、私にとってはそれだけが理由ではありません。
「私にとってあなたは、本当に兄のような存在だと感じたので」
「私がですか?」
気を使っているとかではなく、本当に感じたことです。
「昨夜、一緒にお風呂に入った時、私はただ、自分のことばかりを考えるのが精一杯でした。そんな私に、あなたは言葉を掛けて下さいました。私には、私自身以外のことを考える余裕など持つことができなかったのに、あなたはそんな私を思いやってくれた。その時感じました。私にとって、これほど頼もしい人はいないと」
あの瞬間のあなたは、私にとって正に兄でした。
「……あんなもの、私自身の不安を取り除くための言葉ですよ」
「え?」
聞き返すと、梓さんは苦しそうな顔を見せながら、話し始めます。
「私も昨夜は苦しかった。これから起こる予測もできない事柄も、今後の私自身の身も、それを考えて、沸き上がる物は不安ばかりで、自分がとても無力な存在に思えました」
(同じだ……)
「ですが、そんなことを感じていた時、目の前にいたのがあなたでした。あなたを見た時、私一人が不安でいるわけではないことを思い知らされ、ただあなたの不安をどうにかして取り除きたいと、それだけを思いながら、精一杯の言葉を掛けました」
「それは……」
「けれどそれは、あなたのためと言うよりもむしろ、私自身のためでした」
「あなた自身の?」
「ええ。私はあなたを励ますことで、私自身も励ましたかっただけなのです。私の一言が、確かにあなたを勇気づけた。無力であると思っていた私にも、人一人を励ますだけの力はある。それを思いたいがために。今私に笑顔を向けて下さるあなたを見て、それを実感しました」
「……」
「私には、あなたに兄だと思われる資格など……」
ガシ
全てを言い切る前に、私はその手を取りました。
「梓さん?」
「理由や動機など、そんなことは関係ありません。あなたにとっての自己満足である行動が、私にとっては救いとなった。それが事実なら」
「……」
「とても嬉しいです。励ましてもらうことしかできなかった私が、あなたの心の支えとなっていると分かって。あなたの言葉に支えられたことで今がある私と言う存在が、今のあなたの心を支えている。こんなに嬉しいことは無い」
「梓さん……」
「私はあなたを頼りにしています。だから、あなたもいくらでも私を頼って下さい。私は、あなたの弟です。水瀬紫の弟、水瀬青です」
「……」
不思議な物ですね。
出会ってたった一日。異世界から来たうえに記憶喪失。そんな同じ境遇とは言え、それでもお互いに、これだけお互いのことを求め合う関係になっていたとは。
出会いもキッカケも、双子となったことも偶然ではありますが、それでも私には、あなたが必要であると感じました。
「……」
梓さんは、無言で私の顔を見つめながら、手を握り返しました。
「こんな、頼りない兄ですが、それでも、あなたの兄でいさせて頂けますか?」
あなたらしい質問ですね。
「はい。そして私も、あなたの弟でいさせてください」
「はい」
この会話と同時に、互いに笑い合うことができました。
あなたという兄に出会えたことに、心から感謝します。
お互いに別世界の人間である以上、いつかは別れることになることも分かっている。それでも、今ここにいる時間だけ、あなたの弟、水瀬青でいさせて下さい。梓さん。
視点:外
『ただいま戻りました』
アズサとハジメが店を畳んだ直後、ちょうど二人は戻ってきた。
「随分早かったね。もう少しゆっくりしてても良かったのに」
「いいえ」
「お気になさらず」
「あれ?」
二人と顔を合わせ、ようやくアズサはその変化に気付いた。
「紫梓、それ……」
紫の梓の頭を差しながら、疑問のような、確認のような声を漏らす。
「飾り屋さんに、ちょうど梓さんのものと同じものが売ってあって、せっかくなので私も買ってみました」
頭に着けた雪の結晶の髪飾り。それに触れながら、満面の笑みを浮かべる。
「おぉ、これで完璧に同じだ。色以外」
「まあ、色で呼び合うのもどうかとは思うがな」
そんな会話で、互いに笑い、全員で笑い合う。
新たな世界での、新たな帰る場所、そして家族。二人の梓が、それに囲まれることのできた瞬間だった。
……
…………
………………
視点:梓
お店も終わり、お屋敷へと戻った時間は陽の沈んだ後でした。
もっと早く帰ることもできたのでしょうが、あの後お二人に、里のお知り合いの方々への挨拶周りを手伝っていただき、里の人達にも快く受け入れてもらうことができました(姉妹ではなく兄弟であると覚えていただくのにはなぜだか時間が掛かりましたが)。周りながら、昨日出会った子供達とも再開し、お話しをしたりもしました。
結果、こんな時間となってしまいました。
「カナエに心配させたか」
ハジメさんが呟きながら、屋敷の門を開くと、
「お帰りなさい」
カナエさんが立っていました。
「悪い。遅くなったな」
「本当ですよ。何かあったのではと心配しました」
「カナエは相変わらず心配性だな。心配しなくともちゃんと帰ってくるよ。カナエの作った飯が食いたいからな」
「……! そんなこと言っても、許しませんよ////」
「ははは、ごめんごめん。じゃあ早速だけど、腹減った」
「すぐに用意しますね////」
「若いって良いですね」
「どうしたの急に?」
目の前の二人を見ながら、つい呟いてしまい、アズサに尋ねられました。
なぜだか分かりませんが、あの二人の姿には懐かしい物を感じました。見ていて胸が弾むと言うか、笑みをこぼさずにはいられないと言いますか。
「何だか知らないけど、あんたも十分若いでしょうが」
「この歳になると、他人の若さが眩しく感じることもあるものですよ」
「紫もか。ていうかあんたら歳幾つよ」
『十六です』
「僕より若いじゃんかー!!」
アズサの年齢が私達より上だと発覚したところで、私達は中へ入っていきました。
お疲れ~。
次はいつになることか。
けどまあ、何にしても続きは書きますゆえ、ちょっと待ってね。