てなわけで、バレンタイン当日編。
上手くいけばいいけれどね。
それじゃ、行ってらっしゃい。
視点:梓
「ようやく完成だ」
朝日が窓から差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてきたところで、ようやくそれは完成しました。ちょうど、窓から差し込んだ光が箱に入ったそれを照らし、白く輝かせている。
それに蓋をし、名前を書き、準備はできました。
「さて、いつもならちょうど訓練を始める時間ですが……」
授業まではまだまだ時間がある。その間暇ですし、かと言って今寝てしまえば確実に寝坊してしまうでしょう。徹夜は慣れているので辛くはありません。
できればいつも通り訓練に出掛けるところですが……
「もしまた訓練中、彼女に出会ってしまったら……」
「~~~~~~///////////」
だ、ダメです、恥ずかしくて、せっかくの贈り物を渡すことができなくなってしまう////
「し、仕方がありません//// ここは冷静になって、お茶でも点てて落ち着きましょう」
いつものようにお湯を沸かし、それを急須へ映し、お椀に抹茶の粉末を入れるのですが、
「ああ、入れ過ぎてしまった!」
いつも飲む分の倍以上の粉末を加えてしまいました。
いけない。手元がおぼつかない。
「ですが、捨てるのは勿体ない」
かと言って、下手にお湯の量を増やせばなお更不味くなってしまう。
仕方がないのでお湯はいつもと同じ量を加え、それをいつも通り混ぜていきます。
いつものように、お椀を回し、それを口元へ……
「苦い……」
やはり、加え過ぎました。
……
…………
………………
さて、ようやく時間となったので、寮を出ることにしました。
昨日と同じように、周囲の男子生徒はそわそわしている。何かに期待しているようですね。
そんな皆さんに疑問を感じつつ、校舎へと向かいました。
「む、あれは……」
その途中、早速探していた一人を見つけることができました。
視点:亮
「亮様、これを////」
「あ、ああ……」
「亮様、私からもぜひ////」
「ありがとう……」
毎年のことながら、この季節はとにかく疲れる。
努力の甲斐あってカイザーと呼ばれる存在となり、そのうえに生まれつき優れていた容姿も加わり、バレンタインデーとなると必ず今のように女子に囲まれてしまう。
決闘が全てとは言ったが、一応は男としての喜びも心得てはいる。だが、それもここまでになると、喜び以前に呆れが先に立ってしまう。
(はぁ……)
その呆れから、女子には分からないよう溜め息を吐いた。
「亮さん」
突然、女子とは違う声が聞こえてきた。この声は……
「梓か」
「あら、梓さん////」
「おはようございます////」
「おはようございます」
女子からの挨拶に返す梓。どうでもいいことだが、俺もそうだがこの女子達も梓よりは先輩のはずだが、それでも一年達と同じように梓のことをさん付けする。確かに、俺や十代達のような友人と呼べる関係でも無ければ、何となくさんを付けなければならない気がする男だが。
「亮さん」
女子達と会話をした後で、梓は俺の前へやってきた。だが、
「随分な大荷物だな」
梓を見て真っ先に思ったことだ。紫色の、かなり大きな風呂敷包みを両手で持って歩いていたからな。
「ええ。実はこれを、亮さんに」
と、梓は風呂敷包みを足下に置いた。縛り口を開き、そこから取り出し手渡してきたのは、
「何だこれは……」
「わぁ、立派な木箱……」
女子の誰かが言ったように、梓が手渡してきたのは木箱だ。大きさは紙で言うところのA3サイズよりは小さ目だが、それでも十分大きい。だが薄い。蓋を閉めた状態でも厚さはせいぜい四、五センチと言ったところか。だとしても厳かで立派な箱だ。そして蓋には、『丸藤 亮様へ』そう、習字で達筆な字が書かれてある。
「これを俺に?」
「ええ。ばれんたいんでえ、とやらの贈り物です」
「バレンタイン……梓がか!」
「はい」
笑顔で、だが不思議そうな顔を見せている。俺の反応に疑問を持ったらしいな。
バレンタインとは大抵、プレゼントは女子が男子に対して行うものだ。男子からプレゼントを贈るということもあるにはあるが、それでもかなり稀なケースだぞ(まあ梓の容姿を考えればあながち違和感は無いが……)。
何より、梓のようなとことん和風な人間が、バレンタインと言う文化に手を出すとは、さすがにイメージできなかった。もっともバレンタイン自体、発祥こそ西洋ではあるものの、現在のような文化が確立されたのは日本なのだが。
「……とりあえず、開けてもいいか?」
「もちろん」
笑顔で応える。風呂敷包みを見るに、俺以外にもかなりの数を用意してあることが分かる。重さ自体はそれほどでも無いが、それでも数が増えれば重さも増すしかさ張るだろう。それだけ重い思いをして用意した箱の中身、かなり気になった。
女子達も注目している中、蓋を開けて中身を見てみると……
「な、これは!!」
「えぇー!!」
「うそ、すごい……!!」
俺だけでなく、女子達も同じく驚愕の声を漏らした。
「なるべく早くお召し上がり下さい」
「召し上がる……食べ物なのかこれは!?」
「はい。そうですね……常温なら三日、冷蔵庫に入れておけば二週間は保つと思います」
「そ、そうか……」
これが食べ物とは、道理で箱を開けた瞬間甘い臭いが鼻を突いたわけだ。それによく見れば、箱の隅には食べるための竹串まで置いてある。梓得意の練り切りで作った上生菓子ということか。
「もしかして、チョコレートの方がよろしかったでしょうか?」
「なに?」
「すみません。ばれんたいんでえがチョコレートを贈る文化であることは聞いていたのですが、チョコレートは今まで扱った経験が無くて……」
「いや、そんなことはない、すごく嬉しい」
じっと中身を見ていたのが気になったらしい。だがここまで見事な物を貰っておいて、チョコレートが良かったなどという贅沢な思考は俺にはできない。
「そうですか。良かった」
満面の笑顔で安堵すると、また風呂敷包みを手に取った。
「では、私はこれで失礼致します。亮さん、またお会いしましょう」
「あ、ああ……」
笑顔での挨拶の後で、梓は教室へと向かった。
「……おい、梓」
「はい?」
教室へ向かった梓に声を掛け、俺は気になった疑問を聞くことにした。
「まさか、この木箱も手作りか?」
「……? ええ。そうですが、何か?」
「……そうか、分かった。いやすまない。それだけだ」
梓は首を傾げながらまた教室へと歩き始めたが、お陰で昨日の放課後に聞こえてきた木々の倒れる音の理由が分かった。
「……」
また、箱の中身を無言で見つめる。
あまりの出来に、食べるには惜しい。そう感じ、無言で蓋を閉じた。
『……』
「?」
はて、さっきまで騒いでいた女子達が、急に静かになっている。
「……すみません。私もこれで……」
「ごきげんよう、亮様……」
「また授業で……」
全員が、直前とは打って変わり、落ち込みながら帰っていった。中にはわざわざカバンから出したチョコレートを、手に持ったままの女子も大勢いる。
「……」
なるほどな。
視点:十代
「はい、十代」
「おぉ、さんきゅー明日香」
明日香からチョコを貰った。そういや、今日ってバレンタインだっけ。周りには男子にチョコを渡してる女子が何人か見える。
すると隣で、
「隼人くん、これ、私から」
「え? 俺に?」
隼人がジュンコから貰った。
(まあお互い、余り者同士ってことでね)
(あはは、確かにな)
何か小声で話してる。
気になったけど、それもすぐ無くなった。
「翔君、これを////」
「あ、ありがとう」
顔を赤くしながら笑ってるももえから、翔もチョコを貰った。
「けどさ、何か勿体ねえな。コンタクトに変えて髪型変えたら翔ももっとグム……!」
話してる途中で、ももえにその口を封じられた。
「どうしたんスか? ももえさん、兄貴」
「何でもありません。お気になさらず」
翔に向かって言った後で、ももえは俺の顔にずいっと自分の顔を近づけた。
(余計な発言はお控え下さいまし。翔君の秘密は私達しか知りませんのよ。今翔君が私以外の女子にもてたりしてしまっては洒落になりませんわ……)
(わ、分かった……)
ギラギラした目を見せられながら小声で言われて、俺もそれ以上このことについては言わないって決めた。
「くぅ、十代めぇ……天上院君、なぜ俺にはくれないんだ……」
「そう嘆くな万丈目。どうせお互い貰う宛ては無いんだ。今日は静かに過ごそう」
「うるさーい! 貴様のような存在感の薄いキャラに言われたくは無ーい!」
何か、向こうじゃ二人が盛り上がってるな。
「あれ? そう言えばあずさは?」
いつもなら明日香達と一緒にいるのに。
「あずさなら、ほらあそこ」
と、明日香が指を差した先を見ると、
(あはははは、うふふふふ……)
机の上にプレゼントの包みを置いて、どっかに旅立ってるあずさが座ってた。
「あれを渡すのがよっぽど楽しみみたい。もっとも、この教室じゃあずさに限ったことじゃないんだけど」
「ああ、確かにな」
俺達以外の男子も、自分が貰えるかって浮足立ってるみたいけど、それ以上にほとんどの女子がそわそわしてる。自分達が一番チョコをプレゼントしたい人間が来るのを、今か今かって待ってるんだな。確かにある意味、女子にもてもてのあいつはこの日の主役みたいなもんだしな。
「来ましたわ!!」
と、入口にいた女子の大声で、教室の女子全員が反応する。
そして、
「おはようございます」
梓が、挨拶をしながら教室に入ってきた瞬間、
『梓さ~~~~~~~~~~~ん!!』
女子全員が、入口に向かって走った。
うわぁ、すっげえ光景。見てみると、あずさもその光景に呆然としてるみたいだ。
「……!」
と、肝心の梓は、俺達と目が合って笑顔を浮かべた。そして……
視点:明日香
あ……ありのまま今起こったことを話すぜ! 『俺達が入口にいた梓を見ていたら梓は目の前に立っていた』な……何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が起こったのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……
「おはようございます。皆さん」
混乱してる俺……私達や、教室の入り口で呆然としてる女子達を尻目に、話し掛けてくる梓。
「お、おはよう、梓……」
「随分大荷物っすね……」
十代と翔君が、顔を引きつらせながら話した。確かに、入ってきた時から気にはなっていたけれど。
「ええ。皆さんにぜひ」
梓は私達に笑顔を見せると、その風呂敷包みを机の上に置いて、そこからやけに大きく立派な木箱を取り出した。
「こちらは十代さんに」
「え、俺に? 何だよ?」
「私が作った、ばれんたいんでえの贈り物です」
「はぁー!?」
梓の発言に、十代は驚愕の声を漏らした。十代だけじゃなくて、私達も驚いているわ。
「バレンタインて、お前がかよ」
「えっと、悪いことをしましたか?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「なら良かった。では、こちらは翔さん」
「え、僕?」
「こちらは隼人さん」
「俺も?」
まだ混乱してる私達にも構わず、プレゼントを配っていく。どの木箱にも、それぞれ相手の名前が習字で書かれてる。イメージ通りかなり達筆だわ。
「そして、こちらが明日香さん」
「わ、私?」
「ジュンコさん」
「えぇ、私にも!?」
「ももえさん」
「え! あ、ありがとうございます!」
ジュンコに渡した後で、梓は風呂敷包みを持って移動を始めた。そこにいたのは、
「こちらは準さんに」
「な、俺もか!?」
「大地さんにも」
「なに! いや、ありがとう……」
二人とも、動揺しながらも受け取った。
にしても、こんな立派な箱に、一体何が……
「うぉおおおおおおおおお!! すげぇえええええええええ!!」
突然、十代の絶叫が教室中に響いた。
「な、なに!?」
「どうしたんスか? 兄貴?」
「見ろよ翔、これ!!」
これって、梓からのプレゼント、ここで開けたの?
「何もここで開けること……えぇー!! 何なんスかこれは!?」
「なあ!! すっげえだろう!!」
翔君まで、一体何だって言うの?
「もう、何なの……なぁ!!」
「明日香さん? ……えぇー!!」
「お二人とも、どうしたんですの……はぁ!!」
私も、ジュンコにももえまで、絶叫した。
テーブル決闘用のプレイマット。
パッと見た時はそう思った。十代のフェイバリットモンスター、『E・HERO フレイムウィングマン』を中心に置き、その左右に融合素材であるフェザーマンと、バーストレディが、『摩天楼-スカイスクレイパー-』を舞台にポーズを取ってる。
けど、よく見るとそれは絵やプリントじゃなくて、一つ一つ細かく練り切りで作られたお菓子だって、臭いと見た目で分かる。
これは言わば、梓手作りの、練り切り製の食べられる自家製プレイマット。
それが、箱にくっつかないよう敷き詰められたクッキングペーパーと、表面に敷かれた透明なシートに挟まれて、箱一杯に敷き詰められてる。
「一体何だ……うお! これは!!」
「何だ……なに!?」
後ろからきた万丈目君と三沢君も驚愕の声を漏らした。
周りからも、男女生徒が徐々に集まりだして、その度に教室がざわついていく。
「常温なら三日、冷蔵庫に入れておけば二週間は保つと思います」
そんな梓の説明も、ほとんど耳に入らなかった。
ただただ目の前の光景に、呆然とするだけ。仮想立体映像でもないのに、今にも動き出しそうなほどの躍動感を感じさせるヒーロー達だもの。
「……え、てことは……」
翔君が思い出したように、もらった自分の木箱を開く。
「す、すごい……!!」
翔君の木箱には、彼のフェイバリットである『スチームジャイロイド』、そして、その左右にポーズを取った『ジャイロイド』と『スチームロイド』。金属の質感がリアルに再現されてる。
「お、俺のも凄いんだな……」
隼人君は、『デスコアラ』、『ビッグコアラ』、『マスター・オブ・OZ』の三体。勇ましさと可愛らしさ、それらがバランスよく描かれた三体のコアラの図。
「ということは、私のは……」
蓋を開けてみると、予想通り。『エトワール・サイバー』と『ブレード・スケーター』、そして中心に『サイバー・ブレイダー』。とても華麗で優美な三人が描かれてる。
「これは……」
「素晴らしい……」
そのお菓子に見入っていると、ジュンコとももえが箱を開けていた。
覗いてみると、まずジュンコは、三体の『ハーピィ・レディ』が、風の中で踊る様。美しくも、その中に鋭さを感じさせる図だわ。
そしてももえが、『デスウォンバット』や『レスキューキャット』を始めとした可愛い獣族モンスターが集合してる。今までに無い、見ていて癒される愛らしさが伝わる図。
「確かにこれは、凄いな……」
「うぅむ、見事としか言いようが無い……」
今度は万丈目君と三沢君。
万丈目君は、それぞれのレベルのアームド・ドラゴンが縦一列に三体並んで、進化していく様を表現しているみたい。一番小さなLV3からもかなりの威圧感を感じさせる、凄まじい図だわ。
そして三沢君は、二体の『オキシゲドン』と一体の『ハイドロゲドン』、そこに『ボンディングH2O』が加わって、巨大な『ウォーター・ドラゴン』に。物語形式になっていて、それでいてそれぞれのモンスターの力強さが伝わってくる。
「これ、本当に食べて良いのか……?」
十代が遠慮がちに聞いてきた。確かにここまで見事な出来のものを食べるのは、正直かなり勿体なく思えてくる。
「……やはり、チョコレートの方がよろしかったですか?」
「え?」
十代の質問に対して、梓は見当違いの返事を返してきた。
「すみません。今までチョコレートというものを扱ったことがなくて、失敗するのが怖くて練り切りで作ったのです。皆さんにはどうか、きちんと仕上がった物を贈りたかったから。だから……」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「本当に、すみませんでした……」
「だからそうじゃなくてさ!!」
遂に十代が叫んだ。梓は相変わらず、いちいち行動の一つ一つに責任を強く感じ過ぎよ。
「そういう意味じゃなくてさ、ここまで凄えもの、本当に食っちまって良いのかなって思ってさ。食べるの勿体なさ過ぎだろう」
その話しを聞いた後で、梓は他のメンバーの顔を見た。全員、梓と目が合う度に、頷いて同意見だということを示してる。私もね。
「これは和菓子なのです。和菓子とは見て楽しみ、食して楽しむもの。ただ見ているだけではその喜びは半減してしまいます。どれだけ綺麗に仕上げたものでも、結局のところ、お菓子とは食べ物なのです。ですから、たとえどのような形をしていても、お菓子である以上食べてあげて下さい。その方が、そのモンスター達も喜んで下さいます」
「……」
「もちろん、味にも気を配っておりますので、美味しいと思いますよ」
「……そっか」
喋れなくなっていた私達の中で、返事をしたのは十代だった。
「……だがせっかくだ。もう少し、十二分に見る楽しみを堪能させてもらってから食べさせてもらうとするよ」
今度は三沢君が言った。そして、そのまま箱の蓋を閉じた。
「そうだな。これほどのものを、簡単に食ってしまうのも惜しい。まずは見て楽しむ」
「じゃあ、俺もそうしよう」
万丈目君、十代も蓋を閉じる。それを見て、皆も順に蓋を閉じていった。
「サンキューな、梓」
「ありがとうございます。梓さん」
「大切に食べさせてもらうんだな」
十代達三人がお礼を言う。
「ふん、一応礼は言っておいてやる」
「見事な芸術作品を、感謝するよ」
万丈目君と三沢君もお礼を言った。
『ありがとうございます。梓さん』
ジュンコとももえも。
私もお礼を言おうと、口を開いた。
『……』
と、周りの変化に気付いて、口が止まった。
「明日香さん?」
「え? ああ、何でも無いわ。ありがとう、梓」
改めてお礼を言って、もう一度周りを見回す。
さっきまで入口に集まっていた女子達のほとんどが、手に持っていたチョコを近くの男子にそれぞれ渡していた。渡された男子はみんな喜んでいるけれど、渡してる女子達は、笑顔を作りながら、とても悲しそうな顔をしてる。しかもそれは、入口にいた女子達だけじゃない。
これは……
「あの、明日香さん」
周囲を見ていると、また梓が話し掛けてきた。
「なに? 梓」
「その……えっと……////」
……ああ、分かり易いわね。
「あずさなら前の方の席に座っているわ」
「は、はい!////」
聞いた瞬間、満面の笑みで返事をしてる。本当に分かり易いわね。
見ると、風呂敷包みにはまだ木箱が二つ入ってる。一つはあずさへ。もう一つは、誰かしら?
ギー
あら、ちょうど先生が入ってきたわ。
私達は一斉に自分の席に座った。
……
…………
………………
視点:クロノス
さて、授業も終了し、荷物をまとめて教室を出ようとしましたノーネ。
「クロノス先生」
すると、突然名前を呼ばれ、振り返るとそこには、セニョール梓が立っていたノーネ。
「セニョール梓、一体どうしたノーネ?」
「クロノス先生に、これを」
と、差し出してきたのは、習字で私の名前が書かれた、かなり立派な木箱ぉが。
「これは、何なノーネ?」
「ばれんたいんでえの贈り物です」
「バレンタイン!! この私に!?」
「え、ええ……」
そう言えば、今日はバレンタインデーだったノーネ!
「ほ、本当に、私なんかにくれるノーネ!?」
「ご迷惑でしたか?」
「ノーン!! 大歓迎なノーネ!!」
「そ、そうですか。一応、常温なら三日ほど、冷蔵庫に入れておけば二週間は保つと思いますので、それまでにお召し上がり下さい」
「ありがとうございまーす!! セニョール梓!!」
大声でお礼を言いながら、ハイな気分で教室を出るノーネ。
教師生活うん十年、生まれ落ちてうん十余年、母以外の人間からバレンタインプレゼントを貰ったことは無いノーネ。その初めての贈り物が、まさか教え子からだナンーテ、教師冥利に尽きるノーネ。セニョール梓は男子生徒ではあるものの、この際気にしないノーネ。可愛いから許すノーネ。可愛いは正義ナノーネ。
そんなルンルン気分で職員室に戻ーり、早速木箱を机に置き、蓋に手を掛けますノーネ。
話しを聞く限り食べ物のようでスーガ、それにしても随分立派な箱なノーネ。一体何が入っているのヤーラ……
「こ、これは!!」
あまりの衝撃に、大声が出てしまったーノ!!
舞台は『
「あ……あ……」
あまりの衝撃に、ルンルン気分も吹き飛び、目を奪われてしばらく動けなくなってしまったノーネ。
私はただ無言で、その箱に蓋を閉めることしかできませんでしたーノ。
……
…………
………………
視点:梓
クロノス先生がスキップで教室を出たのを見届け、私は手に持っていた、最後の木箱に目を向けました。
この残り一つを、これから、私の最も愛しい人に……
あずささ~ん////
顔が熱くなるのを感じながら、彼女が座っていた席を見ます。
「あら?」
先程まではいましたのに、いなくなっています。
トイレかどこかでしょうか? そう判断し、私も席へ戻りました。
そして、それからと言うもの、授業が終わり、私が席を立つ度に、あずささんもまた必ず席を離れてしまいました。そして教室を出て、次の授業が始まる寸前に必ず戻ってくる。まるで、休み時間を教室の中で過ごすことを拒否しているように。
「どうして……」
「……」
そして、遂に最後の授業が終わってしまった。私は今度こそと、終わった瞬間急いであずささんの元へ行こうとしました。
「梓さん」
と、私が立ち上がった瞬間、後ろから一人の女子に話し掛けられました。
「はい、何ですか?」
逸る気持ちをどうにか抑え、笑顔を作り聞き返します。
「ちょっと、これから一緒に来て下さいませんか?」
「これからですか?」
「はい」
「……分かりました」
どんな要件か分かりませんが、できれば急いで頂きたいです。
そんな言葉を飲み込み、私は彼女に続きました。
さて、彼女に続いて歩き、辿り着いたのは屋上ですが、そこには数十人の、先程まで同じ教室にいた女子生徒の皆さんのほとんどと、朝に廊下でお会いした上級生の女子の皆さんが並んでおりました。
「梓さん!」
突然、その中の一人が私の名を呼びました。
「はい、何でしょう……?」
あまりの迫力に少々怯んでしまいましたが、どうにか返事を返しました。
「今から、私達と決闘して下さいまし!」
「今から、あなた達、全員とですか?」
『はい!!』
揃って返事をしています。なぜ急にそのようななことを……
「……分かりました」
疑問には感じますが、決闘をしたいと言うのなら、それを拒む理由はありません。
「では、私達のうち一人でも勝てば、あなたが持っているその最後の木箱を頂きますわ!」
「……え?」
……勘違いかもしれないと思い、私は一応確認を取ることにしました。手に持っている、残り一つの木箱を包んだ風呂敷包み。それを掲げ、
「これを、ですか?」
『はい!!』
また、全員揃っての返事……
「……」
視点:外
女子達の提案を聞いた瞬間、梓の体から、紫のオーラが滲み出てきた。
「ヒッ! あ、あれは……」
一人の女子が叫び、梓はそれを、無言で睨みつける。
「……これだけは渡さない……どんなことがあろうとも……私の命に代えても……奪いたいというのなら、私を殺して奪い取れ!!」
絶叫し、ディスクを構えた瞬間、紫のオーラが更に強くなり、それが女子達にぶつかった。それに悲鳴を上げる女子さえいる。
「これが、凶王化……」
「見たのはあの時以来ですが、実際に目の前に立つと、これほどまでに恐ろしいのですか……」
女子達は恐怖しながら、だがその目は変わらぬ闘志に燃えている。
「怯んではダメです。それでは決起した意味がありません」
「そ、そうですわね。まずは私が行きますわ!」
一人の女子が決意し、梓の前に立った。
「行きますわ! 梓さん!!」
「容赦はしない! 貴様らに情けなどくれてやるか!!」
『決闘!!』
……
…………
………………
「直接攻撃!!」
「きゃー!!」
「
「いやー!!」
「
「あぁー!!」
「
「やっー!!」
「
『きゃぁああああああ!!』
まさに死屍累々という言葉がふさわしい地獄絵図。
元々一年の中でもトップクラスの実力を持つことに加え、キレてリミッターの壊れてしまった梓に敵うはずも無く、全員が完膚なきまでに叩きのめされていく。一人一人では絶対に勝てないと悟り、一対多で挑むこともあった。だが、梓の圧倒的な力の前に、挑んでいった者は次々に屈していき、その目は徐々に、絶望の色が濃くなっていく。
「次は誰だ……」
まだ決闘をしていない、立っている数人の女子を見て、梓が尋ねた。
「屈するものか……貴様らにだけは、決して……たった一人になろうとも、死にゆくその寸前まで、貴様らを許さない!!」
また大声で叫ぶ。五十人以上はいたはずの女子達のうち、三分の一以上が、わずか十分弱で倒されてしまった。そのことに恐怖している女子達に、もはや戦意は見られない。
「……」
梓もそれを感じ取ったのか、ディスクを閉じ、踵を返した。
「待ちなさい」
廊下に出ようとした時、そこに立っていたのは明日香だった。
「明日香さん」
既に決闘を終えた時点で、梓も元に戻っていた。
「何か?」
笑顔で尋ねたが、それに対して明日香の表情は険しかった。
「私とも、決闘して貰おうかしら」
「え……?」
その発言に、目が開き、口も開く。
そしてショックに顔を伏せてしまった。
「……貴様もか……」
目と顔を伏せたまま呟いた。
「ええ、そうよ。梓、あなたの持つ最後の木箱は、私が貰う」
その発言に顔を上げると同時に、また紫のオーラを出す。
「ならばその意志、私が手折る!!」
遊戯王GX ~氷結の花~
KONAMI
「貴様を許さない……」
「どんな言葉で訴えて見せても、どれだけ声を荒げて嘆こうとも、人の耳には届くまい……」
「私の全ては偽りだと言うのだろう。それで良い。この憎しみだけが真実ならば……」
『スノーマンイーター』
『鳳翼の爆風』
『徴兵令』
『次元幽閉』
『激流葬』
『ナイトメア・デーモンズ』
『命削りの宝札』新規カード
他
「憎悪の雨よ、私を
「遊戯王OCGデュエルモンスターズ、
「丸月伐日……もう待てるものか!!」
「
KONAMI
遊戯王GX ~氷結の花~
お疲れ~。
特別編で二部構成というのもいかがなものか。でもまあ長くなったもんだから、許しておくれ。
んじゃ、放課後編で会いましょう。
ちょっと待ってて。