第八話はじまるよ~。
つ~わけで、行ってらっしゃい。
視点:梓
氷結界の里に来て、結構な時間が経ちました。ここに来てからというもの、何だかんだと平和な日々を過ごしております。
環境は気温が少々寒い程度ですし、屋敷での生活も快適です。毎日朝早くの畑仕事も楽しくて、ハジメさんとカナエさんもよくしてくれて、今ではハジメさんと畑仕事を、カナエさんと家事を行いながら、アズサと決闘をする、という日々が続いております。
「青紫、こっちに来てくれ」
『はい』
ハジメさんとは主に畑仕事を共にします。私達も野菜に関しての知識はありますが、どちらかと言えば調理の方が専門なので、作り方となると本職の人ほどの知識を有しているわけではありません。その点アズサいわく、ハジメさんは野菜作りの名人だそうで、ハジメさんが毎日世話をし、仕分けも自ら行い、売ることで、里でも多くの方々から高評価を頂いているそうです。
名人の名に偽り無く、彼の作った野菜はどれも素晴らしく、作り方に関しても、多くの知識や技術を有していて、私達に足りない多くの物を教えて頂きました。そこで得た知識も、週に一度の市で、売り子と言う形で役に立てることができております。
「カナエさん。味を見て頂けますか?」
「はい。……うん、とても美味しいです!」
カナエさんとは、まあ言うまでも無いでしょうが、主に家事を共にしております。毎朝の畑仕事は、私達二人では交代に行い、それ以外はカナエさんと共に朝食作り。昼食や夕食は私達も含め三人で行い、その他の家事も全て手伝っております。
「青さんと紫さんが手伝ってくれて、とても助かります。料理は私よりも遥かに上手ですし」
『お褒めに預かり光栄です』
そんな充実した毎日を過ごしておりますが、疑問に感じたこともいくつかありました。
週に一度は野菜を売りに広場へ行く。とは言え、当然それ以外でも里へは行きます。そこでも大勢の方々と仲良くなり、子供達とも一緒に遊んだり、決闘をしたり。
疑問に感じたのは、その子供達と遊んでいた時に行った会話の内容です。
「ねえねえ青と紫」
「はい?」
「何でしょう?」
「二人はさ、里の外から来たんだよね」
「ええ」
「外はさ、どんな所なの?」
「どんな所とは?」
「森とか山とかいっぱいあるんだよね!」
「海っていう大きな水たまりもあるんでしょう!」
「ねえねえ見たことある?」
「え、えぇ、もちろんありますよ」
「どんなのだった?」
「教えて教えて?」
『……』
そう言えば、私も里全体に目を向けているわけでもありませんが、よくよく考えてみると、始めに出会ったアズサ以外、人々は里の外には出ようとすらしていない。里には白髪の人達だけでなく、黒や茶色、赤色など、明らかに外の方々であると分かる人達もいるというのに、誰一人として里を離れようとしない。
「そりゃあここが快適だからさ」
「ああ。一度住んじまえば二度と他所なんて行けねーよ」
質問をすれば、ほとんどそんな答えが戻ってきます。しかし誰もが、その言葉に真実を含んでいない。それが分かりました。
そして、別の方に聞いたところ……
「お前達、まさか何も知らずここへ来たというのか?」
「え、ええ……」
「お恥ずかしながら……」
「……なら、知らない方が良い。お前さん達はまだ若いんだからな」
その老人はそれだけの言葉を、答えと言うよりもむしろ、諭すような言葉で言いました。
ここに来た時に遭遇した『魔轟神』が原因なのか? 確かに彼らは恐ろしい。得体の知れない力を持つ異様な存在であると言えるでしょう。
ですが、それだけでしょうか? 確かにこの里には戦える人間はいないように見えますが、たったそれだけでここより広い外を捨て、こんな小さな里に閉じこもることを選ぶほど、彼らは恐ろしい存在なのか? 単純に私達が、里の人達よりも強いからそう思うだけなのでしょうか……
そんな疑問を解きたくて、ある日私は、同じことを考えていた梓さんと共に里の外へ出ようとしました。
しかし、
「何やってるの!?」
そんな大きな声を上げながら、アズサが走ってきたかと思うと、強引に森とは反対方向へ引っ張られました。
「何で森に出ようとしたの!?」
「それは、その……」
「里の外にも興味があって、その……」
「森は! て言うか、里の外は危険だって最初に会った時に分かったでしょう!?」
ええ。それは私達も重々理解しております。
「では、アズサは私達がみすみすそんな危険に敗れるとでも?」
「え?」
「私達の強さは、あの時いたアズサが一番よく分かっているはずですが?」
「そ、それは……」
その質問に、アズサは目を伏せ、視線をあちらこちらに動かし始めました。
必死で言葉を探しているその姿は、普段のアズサの姿とは随分違った姿に思えます。
「と、とにかく! 里の外に出ちゃダメなの!!」
「それはなぜですか? 外に出ようとしたのはアズサも同じなのに」
「私達が危険だから、本当にそれだけが理由ですか?」
「それ以外に何があるの!? 二人とも危ないことしちゃダメだよ!!」
こんなに取り乱すアズサは初めて見ました。顔を高揚させ、涙目になりながら、本気で私達の行動を止めている。
「絶対に里の外に出ない! 僕と約束して!! お願い!!」
『……』
ここまで必死に静止されれば、さすがに領分をわきまえる他ありません。
「分かりました」
「お約束します」
そう返事をすると、アズサはいつも見せる笑顔を私達に向けながら、
「なら帰ろう。ハジメとカナエも待ってるし」
『……』
笑顔で話しながら、私達の手を取り、歩きました。
「……」
今までも何度かこうして手を取り合ってきましたが、なぜでしょう? 過去にもこんな風に、誰かと手を取り合い、歩いていた記憶があるような……
……
…………
………………
さて、そんな感じで毎日を過ごすうちにあっという間に時間は過ぎていき、気が付けばこの里に来てから四度目となる市に居合わせております。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!」
「御覧下さいこのしなやかなボデェー!!」
いつものようにお客さんが来て下さり、野菜を買っていってくれます。中には野菜ではなく、どうやら私達の話しを聞きにくるだけの人達もいるようですが。
「私は青ちゃんの方が好きだわ。野菜のことをよく分かってるのは二人とも同じだけど、青ちゃんは本当に美味しそうに野菜を紹介するし、おだてるのも上手いし」
「俺は紫の方が好きだな。野菜の特徴とか良さをとことん教えながら、聞いててつい買いたくなっちまう口上が良いんだよ」
まあ(自分で言いたくはありませんが)見た目の華やかさも相まって、皆さん集まって下さるということです。
嬉しいのですが……はぁ……
そうやって人達が集まってくれたお陰で、その日も野菜はすぐに完売しました。
「相変わらず良い接客だな」
私達を見ていた一人の男性が、私達に話し掛けてきました。
「どうだい? よかったらうちの店で働いてみないか? 給料弾むよ」
「それは……」
「ありがたい申し出ですが……」
返事を返そうとした瞬間、
「ダメダメ! 二人ともうちの大事な働き手なんだから!」
アズサが笑いながら私達の肩を組み、断ってしまいました。
「というわけなので……」
「ごめんなさい……」
男性は苦笑しながら、別れを言いつつ歩いていきました。
勧誘を受けたのはこれが初めてではない。過去にもこのように勧誘を受け、二人とも働きたいと思っていたので乗り気でアズサ達に話したのですが……
「ダメ」
「え、ダメなのですか?」
「うん」
「しかし、働いた方がそちらにとっても都合が良いのでは?」
「どうせ今のままで特にお金に困ってることは無いし、二人ともうちで十分働いてくれてるし、迷惑じゃないよ。ねえ」
「確かにな。覚えが早くて畑仕事も助かってるし、家のこともしてくれるし、二人がいることでの不自由は今の所無い」
「二人は、普段はこの家にいらっしゃった方がよろしいかもしれませんね」
『……』
というわけで、他所で働かずともお小遣いも貰っていますし、それで特に不自由も無いので私達もアズサ達の意向に従うことにしているのです。
「お疲れ様。片づけは僕らでやっておくから、二人は自由に周ってきなよ」
「いつもすみません」
「気にするな。むしろ礼を言いたいのはこっちだからな」
「何かあれば、すぐに呼んで下さいね」
そう会話して、私達もまたいつものように広場を歩き始めました。
「よー、青に紫ー!」
「こんにちは」
「今日もどうだい? 美味い饅頭があるんだが」
「おお、これは美味しそうですね」
「青紫ー! 飾りなんかどうだー!」
「綺麗ですね」
「ああ。これなんか自信作なんだぜ」
里の人達ともすっかり仲良くなり、皆さんも気軽に話し掛けて下さって、良くして下さります。
「本当によろしいのですか?」
「おお! お前らみたいな美人し……兄弟になら特別サービスだ!」
『……』
未だ私達のことを兄弟ではなく、姉妹であると間違える方々が多いことにいささか不満はありますが。かつて私達が散々釈明しても全く信じてもらえず、広場の中心で上半身をさらけ出すことでようやく信じて頂けた経緯があります(その際、なぜか子供達とアズサ達を除いた大勢の方々が鼻から流血しておりましたが)。
『青紫ー!』
「皆さん」
「今日も決闘しよう!」
「今日は僕とだよ!」
「今日は僕の番!」
「分かりました。では移動しましょうか」
いつものように子供達と、広場の外へ移動しました。
……
…………
………………
「『神海竜ギシルノドン』で直接攻撃致します」
「うぅ、僕の負けだよ……」
「次は青だよ!」
「分かりました。今日のお相手は誰でしょう?」
「きゃー!!」
『!!』
その悲鳴は突然聞こえてきました。市の行われている広場、その更に遠くから聞こえたようです。
「今の声は……」
「行きましょう」
子供達に謝罪しながら、急いで声のした方へと走りました。
……
…………
………………
走って訪れたのは、里の端にある集落。
そしてそこにいたのは、悲鳴を上げたらしい女性と、倒れた男性が数人、ケガをしていますが一応は無事のようだ。そしてその前に、熊のように大きくて、見るからに禍々しい溶けた体の、生き物? 怪物?
「あれは……」
「『ワーム』が、結界の隙間から入ってきた……」
『『ワーム』……?』
疑問に感じた直後、『ワーム』と呼ばれた生物はこちらへゆっくりと歩いてきました。
前進が青色で、体全体が溶け、あらゆる部分から鋭い突起物が飛び出している。小さな目と縦に割れた口、胸には複眼なのか、いくつもの黄色の円。腰の辺りには、尻尾と言うより、昆虫の臀部のような太い物体。動物……いや、鱗のようなものも見えている。あれはむしろ、爬虫類?
「梓さん」
「ええ」
互いに声を掛けつつ、その生物を見る。
得体の知れない生物とは言え、人に危害を加えるというのなら許すことはできない。何より、この女性を危険にさらすことはできない。
「あなたは早くお逃げなさい」
「え、二人は……?」
「心配はいりません。さあ、早く」
再び女性に話し掛け、走っていったのを見て、私達はもう一度、ワームと向かい合います。
「その人達から離れなさい」
「できないなら、容赦は……」
ヒュッ
突然の風切音と共に、私達の間を大きな雪の結晶が通り過ぎ、ワームの足下へ刺さりました。
「これは……?」
「青紫!!」
これは、アズサの声? 振り返ると、アズサがたった今地面に刺さった雪の結晶と同じ物を左手に、二本の刀を腰に下げたハジメさんと、見慣れない杖を持ったカナエさんと共に走ってきました。
「おケガはありませんか?」
「え、ええ……」
「二人ともどうしてここに? 逃げてきた女性から聞いて急いで来たんだが」
「悲鳴が聞こえたので、ここまで来たのです」
「まあ、二人がいるなら来なくてもよかったかな」
「バカ」
「痛っ!」
笑いながら言うアズサの頭を、ハジメさんが殴ってしまいました。
「とにかく二人とも下がってろ。こいつは俺達が倒す」
そう言いながら、腰の二本の刀に手を掛けました。初めて会った時以来、腰に下げることの無かった刀を、今は下げている。
「早く倒しましょう。『イリダン』なら大したことはありません」
いつも優しいカナエさんが、今は杖を強く握りながら、『イリダン』と呼んだワームを睨みつけている。普段の姿からは想像できない様相です。
「じゃ、始めよっか」
アズサがそう言った時、ワームの足下に刺さっていた雪の結晶が、ヨーヨーのようにアズサの空いた右手に戻った。
三人とも、一体……
「入ってきやがったか」
「やっちまえ、舞姫!」
「今日も頼むぜ!」
私達以外にも、大勢の人が現れました。全員が三人と一匹を囲むように、アズサ達三人を見つめている。その目にあるのは、許しておけぬという憎しみ、それ以上の期待感、興奮、その他多くの感情が見え隠れしています。
「じゃあ、一匹だけだし、サクッとやっつけちゃおうか」
「これが最後の一匹だと願いたいがな」
「誰かが襲われるのも、戦うのももうウンザリです」
視点:外
三人がそれぞれの言葉を吐いた瞬間、青色の生物、『ワーム・イリダン』は三人に襲い掛かった。
その巨体に似合わぬ俊敏な動き。そして、そこから放たれた拳の一撃。三人は同時に跳ぶことでかわしたが、その拳を受けた地面は大きく抉れた。
(ただの獣ではない……)
そしてその直後、イリダンは体の向きを変えて跳んだ。その先にいるのは、
「ハジメさん!」
梓が叫んだ直後、イリダンの握り拳がハジメに飛んでいく。しかし、ハジメは余裕で左手を突きだす。その瞬間、半透明な円形の面がハジメの前に生まれ、それが拳を弾き返した。
(あれは!?)
同時に左腰から右手で刀を抜き、
ガキンッ
金属音と共に、イリダンはその巨体をのけ反らせた。
「さすがに硬いな」
斬り付けた手応えに呟いたその言葉には、同時に余裕さえ含んでいる。
「動きを封じます」
カナエが叫びながら杖を構え、目を閉じて何かを念じ始めた。
「援護は任せな!」
今度はアズサが叫び、同時に両手の雪の結晶を投げた。
ガキッ
イリダンはそれを、腕で振り払うことで弾き返し、再びアズサの手に戻る。
(あれは、輪刀ということか)
再び投げつつ、一気にイリダンに近づき残った方で斬り付ける。
「うわ、本当に硬い……」
「急所を狙うしかないな」
二人が会話した直後、イリダンは両手を振って二人を弾き飛ばす。そして体の方向を変え、カナエの元へ。
『カナエさん!!』
ガッ!!
ワームが腕を伸ばした瞬間、そんな音が響く。
先程ハジメを守った小さな円形の結界が、今度はカナエの目の前に生まれていた。
「お前の相手はこっち……」
「ぬぉりゃっ!!」
「ちょっ……!」
ハジメが微笑しながら話し掛けると同時に、アズサが輪刀を投げた、その瞬間、
「『氷結の世界 ここに揺り籠となりて 汝 彼の者に零なる静寂を』」
その呪文の直後、カナエの持つ杖の先に白く光る球体が生まれる。
「はっ!!」
杖を大きく振りかざし、その球体をイリダンの足下へ。その瞬間、足下から氷が生まれ、地面と共に、ワームの足を凍りつかせ、その動きを封じた。
「よくやった、カナエ!」
「あ、ありがとうございます////」
「うし、じゃあ一気にとどめ刺しちゃおう!」
その会話の直後、カナエはすぐさまワームから距離を取った。
イリダンを中心に、それぞれ三方向に立っていた三人とも、もう一度ワームに狙いを定める。
「『氷結の世界 ここに刃となりて 汝 彼の者に正義の断罪を』」
「狙うは……っ!」
「そーれ!」
三人が共に、別々の動きを見せる。
カナエは先程よりも短い時間の呪文で、杖の先から無数の鋭利な氷を発生させ飛ばす。
ハジメは突きを狙った構えを作り、一気に走る。
アズサは左手の輪刀を投げ、右手に残った輪刀を構えて走った。
『グオーッ!!』
それは、正に断末魔だった。
カナエの撃ち出した氷がイリダンの鱗を砕き、ハジメの突きがイリダンの口を捉え、アズサの投げた輪刀と右手の輪刀がイリダンの脇腹を前後から斬りつけた。
その攻撃にイリダンは耐えきれず、同時に氷も溶けたことで、地面に崩れ落ちた。
視点:梓
『うおぉぉおおおおおおおおお!!』
戦闘の終わりと共に、周囲にいた人達から歓声が湧きました。
「さっすが舞姫!!」
「御庭番の腕も落ちてねーな!!」
「やっぱ強えな封魔団!!」
いつも聞く舞姫という声が聞こえましたが、御庭番? 封魔団?
『……』
聞きたいことは多々あります。しかし、周囲の方々の歓声が、それを聞くことを許してくれそうにありません。ここは私達も、素直に喜びを表現するべき場面なのかもしれません。
「青紫!」
と、アズサが笑顔で近づいてきました。
「どうよ。僕の戦いは?」
「とてもお強いのですね」
「非常にたくましい雄姿でした」
「でしょ? もっと褒めて褒めて」
褒められるのが嬉しいのでしょうか?
「まだ少し信じられません。初めて会った時の逃げていた情けない姿が嘘のようですよ」
「情けない……」
「普段の図々しさとふてぶてしさの通りの実にアズサらしい戦いぶりでした」
「ふてぶて……」
『さすがはアズサです。あれほど滑稽な姿は私には真似できません』
「……」
あら? 褒めたのですが、なぜか落ち込んでいますね。
「……二人はさ、本当に僕のこといじめてるの?」
『だから何のことです?』
以前にもそんな質問をされましたが、どこにいじめへと繋がる要因が?
(……やっぱ天然だ、この二人……)
「とにかく、二人にケガが無くて良かったよ」
ハジメさんがそう言って下さいました。
「それにしても、私達よりも遠くにいたのによくここまで早く来れましたね。お陰でこれ以上の犠牲を増やさずに済みました」
「ええ」
先程倒れていた方々も、里の人々に支えられて歩いています。全員が軽傷のようで、目立ったケガをしているわけでも無さそうです。すぐに回復するでしょう。
「……あの、アズサ?」
「ほえ……?」
まだ少し落ち込んでいるアズサに、梓さんが話し掛けました。
「先程のワームと言う生物は一体……」
「……そっか。二人は覚えて無いのか。あれはね……」
ズドォーンッ!!
バキバキバキバキバキ……
ズドォーンッ!!
「な、なに!?」
突然木々の倒れる音、そして何か巨大な物が地面に衝突したような音、その二種類が、一定のリズムで空間に響き渡ります。
そのリズムを保ちながら、音は徐々に大きく……違う、徐々に、近くなっている?
「きゃー!!」
先程とは違う女性の悲鳴。
「うわぁ!!」
「あぁあああ!!」
それをキッカケに、そこにいた人達全員にそれが伝染していく。
その先を見ると、
「……」
「……」
信じられない光景ですが、森の木々の上から、顔が覗いております。色は黄色で左右に鋭利な角、目付きの悪い、見るからに凶悪な表情を私達に向けている。
「うっそ……嘘でしょう……」
「まさか、よりによって……」
「こんな……『キング』が……」
先程まであれだけ勇ましい表情であった三人が、三人共に絶望に満ちた顔を見せている。確かに、大きさは像よりも大きい。あれだけの大きさに物を言われれば、普通に戦っても絶望しかありません。
そんなことを考えているうちに、『キング』とやらは木々の前までやってきて、ようやくその全体像を把握することができました。
上半身は筋肉質な普通の人間とほぼ同じ形で、違うのは腕が二本でなく四本であること、背中から四つの角と同じ形をした突起物が出ていること。しかしより異形なのは下半身。頭とは違った巨大な顔があり、そこに獣のような胴体と、巨木のように太く巨大な足が四つ、そして長い尾がくっついているような感じです。
「……無理……」
後ろから、アズサの声が聞こえました。
振り返ると、三人とも体を震わせている。
「逃げるぞ……さすがに倒せない……」
「早く逃げないと……勝ち目は、ありません……」
いつもの三人らしくも無い姿ですね。
「梓さん」
「ええ」
先程の、イリダンでしたか、その時と同じやり取りをして、私達は前に出ました。
「ちょっ!!」
またアズサが、今度は私達の前に来ました。
「ちょ、どうする気……?」
「知れたことです」
「三人のしたことと同じです」
『なぁ!!』
今度は後ろから、ハジメさんとカナエさんの声。
「無理だよ!! いくら青と紫でもあれは無理だって!!」
直前まで、恐怖に体を震わせていたのが嘘のように、必死に止めている。
「そうだ……青と紫でも?」
「絶対にダメです!! 早く逃げましょう!! 私達でも戦えません!!」
カナエさんまで叫んで静止しています。ハジメさんは、一人疑問に感じているようですね。
「心配はいりません」
「三人は逃げて」
そう言って聞かせ、アズサの左右を通り過ぎました。
「青紫!!」
視点:外
二人の梓は、ゆっくりとキングの前まで歩いていく。
「おい!! 何やってるんだ!!」
「早く逃げろ!!」
周囲からはアズサら三人以外の、まだ逃げず残っている者達からの声が響く。それでも二人は歩を進め続けた。
「どのくらいでしょう?」
「さあ。しかし、このくらいならどちらか一人でも十分では?」
「確かに」
その会話は、周囲からの悲鳴にかき消され、誰の耳にも届かない。
そして、その会話の直後、
ブゥン!!
キングの両腕が、二人に伸びた。
「梓ぁあああああああああああああああああ!!」
ドガァッ!!
お疲れ~。
次は絶対王者、ではなくキングとの戦いのおはなし、はっじまっるよ~。
なので、次話まで待ってて。