第八話いきま~す。
今回でキングとの戦いは一応終わりです。
そんなわけで、行ってらっしゃい。
視点:外
「梓ぁあああああああああああああああああ!!」
ドガァッ!!
その場の誰もが、目の前で起こるであろう光景に目を覆う。不思議なもので、見ないように、見ないようにと考えながら視界を閉じたというのに、視界が消えた分だけ余計に聞きたくもない音は耳に響いた。
そして、耳に残った音を不快に思いながら、ゆっくりと目を開く。
「まあ、こんな物でしょう」
「この大きさなら妥当な所ですね」
『っ!!』
全員がその光景に目を見開いた。
『ワーム・キング』の一撃を受けた二人は、共に仁王立ちの状態で立っており、その胴体にキングの拳がぶつかっている。ただ当たっているだけのようにも見えるが、二人の足下にできた、足によって地面が抉れた跡がその一撃の威力を物語っている。
「若干ですが、私、ですね」
「……ええ。お任せしても?」
「もちろん」
二人の足下を見ると、若干ではあるが、紫の梓の足下がより長く抉れている。
そして、青の梓はその場にとどまり、紫の梓は着物に着いたほこりを払いながら後ろへ下がった。
「紫!」
紫の梓を呼びながら、今にも泣きそうな顔でアズサが近づいた。
「ケガ無い!? 平気なの!?」
「はあ……何をそんなに慌てて……?」
「慌てるでしょうがそりゃ!!」
ドガァッ!!
また先程と同じ音が、今度は一つだけ聞こえる。
だがそれもまた、青の梓は顔色一つ変えず胴体で受けた。
ドガァッ!!
ドガァッ!!
ドガァッ!!
何度も続けて拳が放たれるが、どれも梓には全く効かず、決定打となることは無い。むしろ回数を重ねるごとに、梓の笑みが余裕から、哀れみへと変わっていく。
「それで終わりですか?」
余裕そうな声で話し掛けられ、キングも動揺しているように見えた。
その焦りからキングは攻撃を変えた。両手を握り、それを大きく上に振りかざす。
「ふむ。それは少し危ないですね……」
ドゴォッ!!
轟音と共に土煙が上がり、小さな地震が巻き起こる。それに、紫の梓以外は状態を崩してしまった。
「……」
巻き上がる土煙を前に、誰もが沈黙を余儀なくされている空間。
「それが精一杯でしょうか?」
晴れていく土煙の中から聞こえてくる声。人間にとっては希望の、そして、キングにとっては恐怖を生む人間の肉声。
「今ここを去るなら、見逃すこともできますよ」
そして浮かべる、余裕の笑顔。
『……っ!!』
キングは悲鳴を上げ、一歩後ろへと後ずさる。
だが、すぐに咆哮を上げながら前足を持ち上げた。それは恐怖ゆえの行動爆発か、もしくは『キング』たる存在としての誇り故か。どちらにせよその動作から分かる行動は、目の前の青色の梓を前足で踏みつぶそうとする動作。
「……致し方ない」
表情を曇らせ、哀れみの言葉を吐いた時、前足は梓に向かって降ってきた。
「青!!」
それは、アズサの悲鳴と同時に起こった。
前足が降ってきた瞬間、梓はそれを横に避けながら、その前足を横に向かって片手で押した。
ドガァアアアアンンンン……
軽く押しただけのように見えたが、それは宙に浮き不安定なキングの足を傾かせ、状態を斜めに倒す、必殺の一撃となった。
「体の大きな生物は、総じて横に倒れることが弱点です」
紫の梓が言うも、誰もそれに耳を傾ける者はいない。ただ、目の前の光景に呆然とし、沈黙することしかできずにいる。
『……』
キングは横たわった巨体を必死に持ち上げようと、四本の腕と四本の足に全力で力を入れている。だが、既に戦意は完全に喪失していた。
「……す、すげえ!!」
「青の野郎、めちゃくちゃ強いじゃねーか!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
いつの間にか周囲からも声が上がる。アズサら三人が戦った時よりも遥かに大きな歓声だった。
そして、
「今だ! とどめを刺せ!!」
「とどめ?」
「そいつの息の根を完全に止めろ!! お前達ならできるんだろう!?」
「そいつは殺しちまうのが俺達のためなんだ!! 早く殺しちまえ!!」
「……」
「……」
里の住人達からのそんな声に、梓は二人とも無言になる。紫の梓も青の梓の隣に立ち、声を上げる里の住人達を見た。
「殺せー!!」
「殺っちまえー!!」
その声を聞きながら、二人はキングを見つめ直し、ゆっくり近づいた。すると、キングはその巨体には似合わぬ恐怖を、あからさまな震えで訴え始めた。
「……」
「……」
「殺せー!!」
「殺れー!!」
ドガァッ!!
今度は、紫の梓が地面を殴り、その轟音を響かせた。
「お静かに」
その轟音と、紫の梓の声がまた沈黙を生む。
『……』
「……」
「……」
二人の梓と、キングが無言で目を合わせている。だがそれは、無言で何かをやり取りしている、そんな光景にも見える。
「……決めた」
「ええ」
二人はまた里の住人達の方へ向き直った。そして、言い放った。
『今日から彼は、私達のものとします』
「……は?」
「なに?」
「私達の……」
「もの?」
「ちょうど野菜を運ぶのに難儀を感じていた所です」
「これだけ大きければ丁度良い」
『……』
『はあぁああああ!?』
誰もが驚愕の声を上げた。その中にはハジメとカナエ、アズサまで声を上げている。
「何言ってるのか分かってるのか!?」
「そいつはワームだぞ! お前らを殺そうとした奴じゃねーか!!」
誰もが反論を、そして、否定の声を上げる。目の前で倒れる生物の危険性を考えれば当然のこと。アズサら三人も、梓達の言葉には呆れて声も出せないように沈黙している。
だが、とうの梓二人は不思議そうな表情を浮かべた。
「はて、だれが殺されそうになったのですか?」
「は?」
「なに?」
紫の梓の言葉に、また疑問の声が上げる。そして、青の梓がその疑問に応えた。
「私達はただ、彼と遊んでいただけですが」
『……』
「遊んでただけ……?」
「ワームの、それもキングと……?」
「……」
もはや誰もが呆れていた。
直前まで、その強烈な拳の一撃で殺されると感じていた二人の人間が、殺し合いではなく、遊んでいただけと当たり前のように言うそんな光景から感じるのは、不安や心配では無くなってしまい、単なる拍子抜けだった。
『っ!!』
「うぉ!!」
誰かが悲鳴を上げた。
それまで沈黙を続けていたキングがその腕を振り上げ、梓へ伸ばした。
ドガッ!!
また、ほとんどの人間が目を覆う。そしてまた目を開いた。
「いけませんね」
今度は紫の梓が、その張り手を体で受け止めていた。
「もう少し、しつけを致しましょうか」
「私は左、あなたは右です」
「よろしい」
里の住人達はそれが何を意味する言葉か分からなかったが、梓は同時に歩きだし、倒れたワームの頭部の左右に立った。青が左、紫が右。そして二人とも、静かにその頭部に手を添える。
「ほんの少し我慢して下さい」
「でなければ無駄に辛いですよ」
『ッ!! ッッッッッッッッッッッッ!!』
先程のイリダンのように、キングは断末魔の声を上げた。ただ左右から、自分よりも遥かに小さな生物に頭を押さえられる。だがそれが二人の梓。人間にとって万力で頭を締め付けられ、拷問を受けているのと変わらない。
もちろん、キングもただ受けるだけでなく、頭を押さえる二人に対し反撃を加える。何度もその拳を叩き付けるが、倒れた状態、おまけに苦痛ばかりを感じるその状態から、先程のような力のこもった一撃を二人に加えることはできていない。
『……』
そして、住人達もまた無言になった。
今まで、ただ美しいとだけ感じてきた青の紫の兄弟。その二人がこれだけの力を有していたことにも驚いたが、これほどえげつない行為を平然と行い、反撃にも眉一つ動かさない。その光景にまた驚愕し、そして、キングの断末魔による恐怖に声も出ない。
そして、徐々にキングの声も小さくなり、反撃の腕も伸びなくなった。
「これで良い」
どちらかの声と同時に、手を離す。
そしてキングには今度こそ、完全に戦意も、闘争心も失ったように見える。
それは、里の住人から見ても、完全に大人しくしつけられた犬同然だった。
「もう一度言います」
「今日から彼は、私達のものだ」
『……』
『何か問題でも?』
その二人の問い掛けに、文句や苦言の声を上げる者は一人もいなかった。
「立ちなさい、キング」
梓が言いながら、二人してキングを下から支え上げた時、ようやくキングは直立することができた。
それにまたいくつかの悲鳴が上がったが、先程のように暴れ出すことは無い。
「まずはケガ人を運びなさい。あなたが何をしたのかは知りませんが、人々から憎まれた分は、信頼で取り戻しなさい」
キングはその言葉に、忠実に従い、ケガ人を背負っている人々の前まで歩き、そのケガ人全員を奪い取る。だが、その巨大な腕に優しく乗せ、それ以上のケガを与えないよう丁重に扱っていた。
「さあ、行きますよ」
そして、二人はキングの前に立ち、里の中へ歩いていった。
……
…………
………………
ケガ人を広場まで運び、医者からの治療を受けさせながら、誰もが複雑な思いに駆られていた。自分達の憎悪の対象であるワームが今、自分達の前にいる。それも、突然現れた物の、すぐに仲良くなった二人の美しい兄弟に手なずけられた状態で。そこから来るのは憎悪ではなく、言葉で表すことは難しい、動揺のような、呆れにも近いような感情。
だが同時に芽生えたものも一つ。
「あの二人がなぁ……」
「あんなに怖い二人だったのか……」
「あんな綺麗な見た目してて、かなり怖えな……」
「ただの人間じゃねーだろう……」
「ああ。恐ろしい存在だ……」
周囲からそんな冷たい吹聴が聞こえてくる。
人は誰しも、自分達とは明らかに違い、特に異様な力を持った存在があればそれに脅威を感じる。脅威はやがて拒絶感へと変わり、同じ思いが芽生えた者同士が集まればそれらはやがて淘汰される。
だが、例外もまた然り。
「言いたいことがあるならはっきり言ったら!!」
その声に、ひそひそと話していた者達は目を見開いた。
大声を上げて立ち上がったのは、アズサ。
「みんなさ、青と紫がいなきゃどうなってたか分からないわけじゃないでしょう!! それをなに!? 僕らよりずっと強いからってだけでそんなふうに二人をバカにしてさ!! 二人のしたことが僕らが今までしてきたことと何が違うわけ!?」
『……』
「確かにな。助けてもらっておいて、結果がどうあれ感謝こそすれ、陰口を叩くのは間違っている」
「今までずっと一緒に過ごしてきた二人の姿と、先程の二人の姿に、そこまで大きな違いがあるのですか?」
『……』
ハジメとカナエも立ち上がり、住人達に呼び掛けるが、結局誰も、言い返せずにいた。
「三人とも」
だが、そんな三人に声を掛けたのは、他ならぬ、二人の梓。
「お気になさらず」
そして二人は、また住人達に向き直った。
「皆さん、今までお世話になりました」
「皆さんに出会えたこと、心より感謝致します」
「ちょっと、それってどういう意味?」
アズサのその問い掛けに、二人とも笑顔を向ける。
「今の里の中に、私達の居場所は無いようなので……」
「私達がいなくなることが、彼らの願いなら……」
『私達は今日、この里を出ます』
笑顔ながら、悲しさ、虚しさ、それらの感情が誰の目にも分かる表情。
バチッ バチッ
その二つの音に、また誰もが驚いた。アズサが二人の梓を強くはたいた音だった。
「こんなことで出ていくとか、簡単に言わないでよ!!」
それは、森を出ようとした時にだけ見せた、涙を流しそうな顔だった。
「二人ともさ、自分がどこの誰だかも知らないからって、簡単に今の居場所を投げ出さないでよね!! 一回や二回嫌な目に遭ったり否定されたりしたからって今の自分達の居場所を簡単に投げ出すとか、逃げるのに慣れた弱虫のすることだよ!! 弱虫!!」
『……』
その言葉に、返す言葉が無かった。事実であることもそうだが、なぜか梓には、今アズサの言った言葉に、あり過ぎるほどの覚えがあった。
「それに安心しろ。大勢の人間がお前達を否定しようが、俺達は違う」
「私達は三人とも、あなた方のことは分かっているつもりです」
「だからさ……いなくなるとか、簡単に言わないでもらえる……?」
『……』
二人とも顔を見合わせるが、その表情からは、どんな感情も見受けられない。
だが、間違いなく二人ともが新たな思いを芽生えさせていた。
視点:梓
吹聴にも拒絶にも、覚えは無いのに、何も感じないほど慣れてしまっている。
けれど、彼らは受け入れてくれるのですか? こんな私を。
私とて、自分の行った行動によって起きる否定は分かっていました。
なのに、それを含めて、彼らは私を受け入れる?
……けれど、一つだけ言える。
私は今、そんな彼らの気持ちに、安堵している。
「少し、考えさせて下さい……」
「二人だけにしてもらえますか……」
三人にそう話し掛けた後で、私達は広場を後にします。
そして、広場を出て、誰もいない草原まで歩きました……
どうやら……限界が……来たようです……
視点:外
「あの二人なら、もしかすると……」
二人の梓が広場を出た時、そう、誰かが呟いた。
お疲れ~。
多分この先決闘は少なめになります。
そのことを踏まえて待っててくれる人、ちょっと待ってて。