遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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ど~も~。
第十三話はこっちとあっちでだいぶ系統が異なります。
こっちは、血が苦手な人は御注意。
あとは、多分みんなが予想していたであろう展開が入りますが、よければ楽しんで下さいな。
んじゃ、行ってらっしゃい。



第十三話 それぞれの戦い

視点:梓

 

 スァ……

 

 バリィンッ

 

 スァスァ……

 

 バリバリィンッ

 

「……」

『……』

 先程から何度繰り返したことか。

 ライホウさんが私にしていることは、私に向かっていくつもの結界を作り、飛ばすこと。形が円形ではなく長方形という部分以外、ハジメさんの作る結界と同じもののようですね。そして私はその結界を壊すため、必然的に武器を使用することになる。先程からいくつものクナイや手裏剣でそれらを壊しております。

 ハジメさんのそれとは違い、一度攻撃しただけで壊れてしまう辺り、恐らく意図的に脆い作りになっているのでしょう。簡単に壊せるように作り、それをことごとく壊させる。そうしてわざと武器を、そして体力を消費させるのが狙いでしょうか。

 敵の力を封じる。確かに。

 結界を作られればそれを壊さなければ動けない。それを壊すためには武器や力が必要。そのうち敵は動けなくなる。

 良く言えば堅実。悪く言えば、せこい戦い方だ。

 

 スァ……

 

 そして、また私の四方を囲む形で結界が作られました。

「はぁ……」

 溜め息を吐きつつ、結界を見ますが、こんな物を相手にしていてはキリが無い。

 

 ヒュッ

 

 結界から脱出するために、左右ではなく上に飛びます。

 が、

「ほう……」

 結界は私を囲んだまま、私と同じ速度、同じ高さまで昇ってついてきました。

「なるほど。虎将に選ばれるだけのことはある。どうやら、結界の扱いについてはハジメさんよりも遥かに上のようだ」

 さて、振り切れないとなるとやはり壊す他無いということか。仕方が無いので、そのまま地面へと降りました。

「そんなに壊して欲しいのなら……」

 

 バリバリバリバリッ

 

「全て壊して差し上げましょう。そして最後に私が壊すもの、それがあなただ。ライホウさん!」

 

 

 

視点:ハジメ

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……くぅ……」

 梓が消えてから、五分くらい経ったか? 

 さっきからずっと攻撃しているが、プリンスは中々倒れる気配を見せない。現に今も、俺達を見つめて、身をかがめて威嚇している。

『グゥゥウウウウウ……』

 だが、そんなプリンスも無傷じゃない。俺の剣撃とカナエの魔法で、体中には既にいくつもの傷ができ、そこからドロドロとした液体が血のように流れてる。後ろに着いた羽のような突起物や、頭の角も片方が折れ、立ってはいるが、それでもふらつきながら満身創痍の状態だ。

 もっとも、それは俺達も同じだが。

「カナエ……まだ、やれるか?」

「もちろん……次、いきます」

 体中傷だらけの血まみれだが、それでも引き下がりはしない。今、梓が俺達や、里のために戦ってくれている。だったら、そんな梓が戦えない時、俺達が守らないで誰が守る?

 

『グオオ!!』

 

 プリンスは雄叫びを上げながら、俺に向かって左手を振り下ろした。

 

 ズンッ

 

「はぁ!!」

 

 ブシュッ

 

『グォオオオオオオオオオオ!?』

 地面を抉った拳。随分危険な代物だ。だがそれも、手首から先が無いなら意味無いよな。

『グルルルルルルルルル!!』

「怒ったのか? なら、今度は右手を貰う。カナエ!!」

「『氷結の世界 ここに揺り籠となりて 汝 彼の者に零なる静寂を』」

 カナエの呪文で杖の先に白い光が生まれる。そしてそれをプリンスに投げつけた。

 プリンスは右手でそれを受け止めようとしたらしいが、そのせいで右手が凍りつく。

「どうした! プリンスっていうのは名前だけか!?」

 そんな声が聞こえてるのかいないのか、ただ慌てるプリンスに、俺も向かっていく。

「梓は、俺達が守る!!」

 

 

 

視点:梓

 

 バリィッ

 

「!!」

「どうしました? 私が素手では壊せないとでも思いましたか?」

 結局クナイ一本を残して武器が底を着いたので、素手で壊すことになりました。もっとも、ガラス状になっているそんな物を破ったことで、私の左手も血まみれですが……

「私には右手が残っていれば十分です」

 右手にクナイを持ち、ライホウさんに向かって走る。

 

 スァ

 スァ

 スァ

 スァ

 スァ

 スァ……

 

 ライホウさんは先程までと同じ結界を、今度は縦一列に作りました。が、

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」

 

 バリ

 バリ

 バリ

 バリ

 バリ

 バリィン……

 

 全ての結界を左手で壊していく。やはりクナイや手裏剣に比べて、狙いをつけなくて良い上に接触面が大きい分腕の方が壊し易い。

 無論、左手がもはや大変なことになっているのは見るまでもありませんが、この際気にしませんとも。

 

「そらそらそらそら!!」

 バリ

 バリ

 バリ

 バリィ……

 

 何やら結界の破片も無視して走っているうち、左手だけでなく、頭、肩、足、首等にも痛みが走ります。米神の辺りが生温かいこの感触、恐らく血でしょうね。

 ですが、そんな物はもはやどうでも良い。先程からいくつもの結界を無尽蔵に作っている。これでは速さに物を言わせても意味は無い。一つずつ壊し、近づいていくしかない。

 それを繰り返したので、ライホウさんの結界を作る速度も徐々に遅くなってきている。

 残る結界は数枚、貰った!

 

 ガァンッ!!

 

「っ!」

 それは、直前まで壊していたもの以上に硬い物。ハジメさんの結界と同じ、否、それ以上に、硬い。

「ふむ。それもそうだ」

 ハジメさんに作れる物を、虎将が作れないはずがない。

 そんなことをしみじみ考えている間に、先程と同じように、四方を結界に囲まれる。

 ですが、

 

「むん!」

 バキ

 バキ

 バキ

 バキッ

 

 左手で、全てを殴り砕いて終わりです。

「貰った!!」

 五メートルほど離れた場所に立つライホウさんへ、クナイを向け、一気に!!

 

 ガキィィィィッ

 

 ギギギ

「鉄扇……」

 先程から右手に持っていた青い扇子。随分と艶々しい見た目をしていると思えば、武器でしたか。

『……』

 ライホウさんは何も言いませんが、聞くことも特に無いので、このまま倒してしまいましょうか。

 

『……!!』

 

「っ!!」

 彼の力の変化に、私は後ろへと下がりました。

「ほう、これは……」

 とっさに左手でかばったことで助かったようだ。

 血まみれで真っ赤に染まっていた左手が、今は透明な氷に包まれている。

『……』

 今度はその鉄扇を大きく左右に振る。鉄扇から放たれた風が地面に着いた途端、そこに大きな氷を作りました。あの扇子、いや、恐らくライホウさん自身の力でしょうね。ハジメさんと同じ結界に加え、カナエさんのように氷まで操るとは。これで正真正銘、左手は使い物にならなくなりました。

「それでも、右腕はまだ無傷ですよ」

 そう。先程も言いましたが、私があなたを倒すには、右手が一本残っていれば十分です。

 

「……」

『……』

 

「っ!!」

『……!!』

 

 私が走り出すこと、彼が鉄扇を振ったこと、ほぼ同時でした。

 私は彼の作りだした冷たい風にも構わず、ただ彼を目指し……

 

 

 

視点:外

 梓は走りながらも、ライホウの冷風によって体が徐々に凍っていった。まずは既に凍っている左腕の残った部分、胴体、首、顔、両足、そして、右腕。

 やがて完全に凍りつき、静止した時、ライホウとの距離は、鼻先まで縮まっていた。

『……』

 

 目の前で凍った少年の姿に、ライホウは哀れみを感じていた。

 今までも数々の人間がこの試練に挑み、最後に虎将として選ばれたのがライホウだった。

 次の虎将が生まれるには、現在の虎将を倒す以外に方法は無い。たとえそれが死人であろうと、虎王の力でその魂と肉体は再構成される。ライホウの記憶と力を持ち、試練のためだけに生みだされた者。それが、今ここに立つライホウだった。

 だが戦争という状況下、どうにか生き残ったことに満足した人間が、わざわざこんな場所まで来ることなどあり得ない。本物が死人となったために、死ぬことも許されない人形としての我が身に降りかかるのは、一人の寂しさ、悲しさ、虚しさ、そして何よりも、退屈だった。

 

 そしてそんな時、わざわざ訪れたのが、まだ年端もいかない子供。最初は冗談だろうとも思ったが、戦ったことでその力が分かった。この少年には、虎将になれるだけの力が十分に備わっていると。

 同時に感じた。この少年の心の奥底に渦巻く闇を。その闇の存在が、この少年が、虎将の力を得るのは危険だと教えてくれた。

 ゆえにライホウも、本気で虎将の力を得ようとする少年に対し、全力で戦った。

 結界を張り、動きを封じ、その過程で左手も壊した。そして、最終的には氷へと変えた。

 自分のすぐ目の前で凍りつく少年には、未だ口元には笑み、瞳には闘志が、氷の上からでもうかがえた。

 惜しいことをした。せめて十年後、そして心の闇が無い状態なら、虎将になることができたろうに。こんなに若い内から、命を粗末にすることもなかっただろうに……

 

 ピシィ……

 

『……』

 急な音に、ライホウは下げていた顔を上げた。

 

 ピシィ……

 

 幻聴では無い。何かが砕ける音、それもよく知っている。それが今、自分のすぐ近くで鳴っている。

『……』

 まさか……

 

 少年を見た時、彼を包んでいる氷には、ヒビが入っていた。直前まで、間違いなく無かった傷。氷にはライホウの魔力も籠もっている。人の力で抜けられるはずが無い代物なのに……

 

 ピシィ……

 

『……』

 だが、繰り返すようだが間違いない。

 氷から、そんな音が聞こえてくる。

 

 ピシピシピシィ……

 

 しかも、徐々にその音は大きく、量が増えていく。

『……』

 そんな音を響かせながら、少年の氷が徐々に動き始めた。

 ほんの震えでしか無いはずのその動きが、徐々に早くなっていく。徐々に大きくなっていく。徐々に、命が籠っていく。

 そして、

 

 ガコォ!!

 ガシッ

 

『!!』

 ガンッ

 

 氷が砕けた瞬間、真っ赤な血に包まれた左手がライホウの首元を掴んだ。そのままライホウは地面に叩きつけられる。

 見上げると、血まみれの少年は先程と同じように、笑っていた。

「私の勝ち、のようですね」

 首から手を離す代わりに、立ち上がり、その足で胸を押さえる。首を押さえられるよりも動き易いはずなのに、ライホウの体は足一本で押さえ込まれ、動けない。

 

「これで幕です」

 右手に光るクナイ。自分を見下ろす少年の姿。

 ライホウは、理解した。

 これが、死なのだと。

 そして最後に感じたのは、掴まれた時とは全く違う、首への、鋭い痛み……

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:カナエ

 

『グゥゥゥゥゥゥ……』

 

 ズゥゥゥゥゥゥゥゥン……

 

 ワーム・プリンスの巨体、ようやく倒れてくれました。

「カナエ……生きてるか?」

「当たり前です……」

 今までは三人掛かりでも、ちょっとしたワームしか倒せなかった。けど今は、私とハジメ、二人だけでプリンスのような大物を倒すことができた。

 こんなに嬉しいことは無い。こんな所で、死んではいられません。

「さて、とりあえずの脅威は消えた、と思うが……」

「梓さんは、まだ戻ってはきませんね……」

 プリンスとの戦いにどのくらいの時間を割いたのかは分かりませんが、その後も梓さんが戻ってくる様子はありません。大丈夫でしょうか……

「多分、大丈夫じゃない」

 急にハジメが声を出しました。

「どうして? 梓さんならきっと……」

「梓はな。だが俺達は、このままではまずいな」

「え?」

 ハジメは何も言いませんが、そのまま無言で指を差しました。

 

「え……」

 白く光る、細長い四本の腕といくつもの脚。プリンスよりも細身だけど、それより更に大きな体。

 あれは……

「里にキング、ここにプリンス、そして最後は、『クィーン』か……」

 冷静なその言葉も、ほとんど聞こえません。

 強さはキング以下ですが、少なくともプリンスよりは遥かに強い。

 そんな……プリンスと戦ったばかりで、クィーンと戦う力なんて……

「こうなった以上仕方が無い」

 狼狽している私に、ハジメは開き直ったように話し掛けました。

「お前は逃げろ。俺が一人で戦う」

「……なっ!!」

 それは、クィーンを見た時以上の衝撃を与えた言葉でした。

「何を言ってるんですか!?」

「お前は体力的にも限界だろう。俺はまだ何とか大丈夫だ。俺ができるだけ引きつけておく。もちろん梓も守ってみせる。だからお前は生きろ」

 生きろ?

 それはつまり、死ぬ覚悟ができてるってこいうこと、ですか……?

 

「……や……」

 

「カナエ?」

「いやっ!!」

「な……!?」

「ハジメを置いて逃げるなんて絶対にいや!! 私も戦います!!」

「バカかお前は。いくら俺達が力を合わせようが、もうクィーンを倒せる力は残ってない。だったら……」

「だったら!! 私も戦います!! 二人で戦えば、倒せる可能性だって……!!」

「いや、だから……ちぃ!!」

 言葉の途中でハジメは舌打ちをしたかと思うと、急に私を抱き締めた!?

 それと同時に、背中にいくつもの結界を作って……

 

 ドゴォッ!!

 バキバキ……

 

「ぐぅぁはぁっ!!」

「!! ハジメ!!」

 強い衝撃が体を襲ったと思ったら、クィーンの拳が、ハジメの背中に!?

「ハジメ!!」

「……逃げろ……」

 ハジメはさっきと同じ言葉を繰り返してる。その口に、血を含ませて……

 私の、私のせいで……

「逃げろ……頼むから……」

 

 ドッ

 

「……!」

 言いながら、私を押し出した。

「頼むから……死ぬな……」

「……」

 その時のハジメの顔は、笑っていました……

「……じゃあな……」

 

 スゥ……

 

「っ!!」

 ハジメの最後の言葉と、振り上げられ、ハジメに向かっていく、クィーンの拳……

 

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

 

 

 

視点:外

 

 ……

「……」

 

「……?」

 

「大丈夫ですか?」

「お前……」

 その声に、ハジメは心からの安堵を声に出した。

 クィーンの拳はハジメにはぶつからず、梓がハジメの方を見て、背中で受け止めていた。

「あれは……あなた達二人が?」

 背中の拳のことは気にならないのか、倒れているプリンスに目をやりながら尋ねた。

「……ああ、まあな……」

「そうですか」

 返事をしながら、ハジメの手を、両手で握った。

「ありがとう」

「……」

 笑顔で礼を言う梓に、ハジメも自然と表情がほころぶ。

「後は任せて、あなたはカナエさんの元へ」

「……頼む」

 もう一度笑顔を向け、ハジメはカナエの元へと歩いた。

 足元はおぼつかず、体中がふらついている。そんなハジメの体を、カナエがしっかりと抱き止めた。

「すまん、カナエ……」

「……はい……」

 直前まで、ハジメが死ぬかもしれないと、恐怖で涙に滲んだ。

 だがそれも、今では安堵の涙に代わっていた。

 梓が戻ってきたことに。そして何より、ハジメが生きていることに。

 

 

「さあ、あなたの相手は私だ」

 既に拳を引っ込めたクィーンに向かって、言葉を掛けた。

(しかし、あれだけの傷が癒えている。使いきったはずの武器まで戻っている。夢だったのか……)

 特に重症であったはずの左手を眺めながら、そんな疑問を感じているうちに、またクィーンの拳が飛んでくる。

 

 ゴォンッ!!

 

 二発目の拳をその身に受けるが、やはりその場から動くことは無い。また、コウと戦った時はその衝撃に地面を抉ったが、今回はそれさえ無い。

 何より、今の梓には、そんなことは全く興味の外と化していた。

「虎将の力、ですか……」

 夢ではないか、そう思った。だが、体から溢れ出るように沸き立つ力、それを確かに感じる。

「試してみましょう」

 

 ヒュッ

 ズゥゥゥン!!

 

 残り三つの拳。それを左手一本で受け止めながら、左手に意識を向けてみる。

「……」

 

「え!?」

 その光景に、カナエは声を上げてしまった。

 梓の左手に受け止められたクィーンの拳。梓の左手の先から氷が生まれ、それが段々と広がっていく。氷は拳からひじ、肩、やがて首にまで伸びていった。

「これが虎将の……いや、氷結界の力……美しい」

 クィーンは慌てたそぶりを見せながら、すぐに手を離したが、その拍子に凍った四本の腕のうち、左腕一本を残し、ポロリと地面に落ちてしまった。

 

『~~!! ~っ!? 』

 

 痛みからか恐怖からか、悲鳴を上げながら、踵を返した。

「どこに行く気ですか?」

 当然そんな言葉が通じることなどあるはずが無い。

 無いはずなのに、クィーンは足を止めた。

 

『……!!』

 

「うそ……」

 それは足を止めたのではない。足は、止まったのだ。腕と同じ、氷漬けにされて。

 

『~~~~!! !?!?!?!?』

 

 そして、先程と同じように、無理に動いたせいで、その拍子に氷が砕け、必然的に足も砕け折れる形で、地面に倒れ伏した。

 腕が砕けて攻撃もできず、足が無くなり逃げることもできない。何もできない今、クィーンは痛みと冷たさに包まれた混乱の極地にいた。

「お別れです。せめて、安らかにお眠りなさい」

 梓の言葉と共に、足と腕の氷が広がっていった。足から腰へ、腕から胴体へ、そして東部へ、やがて全体へと。

 

 ヒュ

 

 パキン

 

 投げた一本のクナイが、クィーンの頭部を砕く。

 ガラスが割れたようなその音は、巨大なクィーンの最後には似つかわしくない静かな音色だった。

 

 

「すごいな……」

「……」

 ずっと見ていたハジメの言葉に、カナエは答えられない。

 初めて梓の強さを目の当たりにした時と同じように、そのあまりの衝撃に、声も出せない。その梓が虎将の力を得て、更に強くなったのだから。

 

「相手を凍らせ、力を封じる力ですか。この力、私よりもむしろ……」

 

 スゥ

 

『!!』

 

「誰かと思えば……」

 驚愕を隠しきれない二人とは逆に、梓はあくまで冷静な言葉を掛ける。

「あの二体をここへ連れてきたのも、あなたですか」

「そうだ。一度、君と二人だけで話がしたくてね」

「話。私は、あなたと交わす言葉など、持ち合わせておりません」

 

 言い切る直前には走り出していた。右手に握ったクナイが、音さえ立てずレイヴンの体を切り裂く……はずだった。

「……っ!」

「無駄だ」

 確かに斬ったはずだった。絶対に外していない。なのに、レイヴンは無傷でそこに立っている。

 

 スゥ

 

「っ!!」

 呆気に取られているうちに、後ろから頭を鷲掴みにされる。

「口より先に手が出るとは、やはり、片割れとは大違いだな」

「片割れ……梓さん……?」

 

「梓! 早く離れろ!!」

 

「分かっていますが……」

 ハジメの悲鳴に表情を濁す。

 梓自身、離れようと何度も攻撃をしている。だが、クナイは先程から全くレイヴンに当たっていない。というより、レイヴンに触れてさえいない。まるで、レイヴンなど始めからそこにいないように、空を切り裂く感触だけが右手に伝わる。掴まれた頭への痛みだけが、レイヴンの存在を実証する唯一の証明だった。

 

「君には面白い記憶があるな」

「記憶?」

 ピタッと右手を止め、レイヴンの言葉を聞き返す。

「うむ。良いだろう。君の失った物を与えよう」

「どう言う……うっ!!」

 

 突然、頭の外側ではなく、内側に激痛が走った。

「これは……この、光景は……」

 まるで、目には見えない映画を見ているような感覚を覚えた。自分が失っていたもの、それが目の前に、目まぐるしく映像となり、視界では無く、頭に浮かんでは消えていく。

 そして……

 

「……」

 映像が止まった時、まるで糸が切れたように、梓はクナイを足下に落とし、動かなくなった。

 

「梓?」

「梓さん、どうしたんですか?」

 

 二人の声も、まるで届いていない。ただレイヴンの前に、無言で立っているだけ。

 

「本当に……」

 そんな梓が、静かに言葉を吐いた。

「本当に、私の望む物を与えるのか?」

「ああ。君がついてきてくれるのならな」

 

『!!』

 

「良いだろう」

 

「なっ!!」

「えっ!?」

 あってはならない光景。それに、ハジメもカナエも驚愕を隠せない

 直前まで共に戦っていた親友が、倒すべき敵に誘われ、その誘いに乗っている。絶対にあってはならない光景だった。

「では行こうか」

 だがそんな二人にも構わず、レイヴンが歩きだし、その後ろを梓がついていく。

「ま、待て!!」

 ハジメは叫びながら、刀を抜く。走りながら、その刃をレイヴンへと振りかざした。

 

 ガシ

 

「!!」

 もう何度目になるか分からない驚愕がハジメを襲う。自分の刀を受け止めたのが、他でも無い、梓だったのだから。

「青、お前……」

「邪魔をするな三下」

 今まで一度しか聞いたことの無かった、青梓の冷たい言葉。そして、聞いた直後、腹部に痛みを覚え、後ろへと体が引っ張られ、カナエのすぐ横に投げ出される。

 

「もう一人の私に伝えておけ」

 

 ハジメを殴り飛ばした直後、二人に向かって梓が語り掛けた。

 

「三匹の龍は、全て私が手に入れる」

 

 それだけの言葉を吐き捨て、梓はまた、レイヴンと共に、雪の向こうへと消えていった。

「嘘だろう……青……」

「青さんが、そんな……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 暗い場所だった。

 空間が暗いというわけではない。環境が暗いというわけでもない。空には日が昇り、視界を遮るものも少なく、目の前が十分に見える場所。

 だというのに、そこは暗かった。なぜならそれは、空間の暗さでも、環境の暗さでもない。そこにたたずむ者達の醸し出す、得体の知れない空気と、良い知れぬ雰囲気、そして狂気。それらが入り混じり、掛け合わさり、それによって空間は淀み、廃れ、結果空間は暗くなる。

 

 そんな場所にたたずむ、二人の影。

 

「まずは受け取るが良い」

 レイヴンは手の平を差し出したかと思うと、黒と白が複雑に、だが決して交わることなく絡み合う、そんな二色に輝く光が集まっていった。それは徐々に大きくなり、人の頭ほどの大きさになった所で止まる。

「この光は、君が今最も欲する物へと姿を変える」

「……」

「怖いか? 確かに、もしかしたら君を殺す罠かもしれない」

 だが、梓は迷い無くその光に右手を添えた。

 

 シィィィィ……

 

「……」

 レイヴンの手の上では、まるで蠢く球体のような形をしていたそれが、梓が触れた途端完全に姿を変えた。

 それは、長刀の姿をしていた。一見普通だが、どこか異形な雰囲気を醸し出す、一本の刀。透き通るような漆黒と金属の冷たさを感じさせる銀色が鱗のように刻まれた鞘に納まり、白縄に包まれた隙間から銀色の四角形が除く柄。黒い歪な形をした鍔はなぜか二つ付いており、それがその刀の異形さを物語っているようにも見える。

「……」

 そんな刀を左手に持ち替えると、柄に右手を掛け、

 

 スパァ

 

 レイヴンに向け、抜刀した。

「……」

 黒み掛かった銀色の刃の光。その刃の根元から先端にかけて刻まれた、鋭利な波のような黒い線。

「……」

「ふふふ……」

 だが、確かに斬られたはずのレイヴンは、笑みを崩すことはなかった。

「貴様ごとき刻めないようでは、その力も高が知れる」

「私はどんな刃物を使おうと斬れはせんよ。そういう体だからな」

「……」

 

 ガラガラ……

 

 突然、レイヴンの後ろにある建物が崩れ始めた。レイヴンだけでなく、その後ろまでも切り裂いていたらしい。

「……」

 すると、梓は興味を惹かれたのか、その建物へと歩いていく。

 

「……」

 崩れた入口から中に入り、見渡した。

 恐らくは衣料店だったのだろう。幾つもの服が、畳まれた状態、もしくは掛けられた状態で並んでいる。長い時間放置されていたであろうことからほとんどが朽ちてしまっているが、中には奇跡的に、着るには十分に原形を成している物もいくつか残されている。

「……」

 それらの服を眺めながら、梓は今着ている、水影装束を脱ぎ捨てた。

 

 

「……」

「戻ったか」

 レイヴンの前に戻ってきた時、梓の姿は変わっていた。

 直前まで着ていた、赤紫色の装束とは全く違う、美しく輝く青色で、その上にまた美しい水の刺繍が織り込まれ、その上に藍色の帯を巻いた、着物。唯一変わらないのが、たった今受け取った、左手に握られている、純白と漆黒の刀の光。

 

(美しく、その心もまた汚れを知らぬ、清水のような美しい透明色。それだけに純粋に、憎しみのみに向かい、決して染まらず、濁りもせず流れていく、真に清水のような男……哀れな男だ)

 

「何をしている? さっさと連れていけ」

「慌てるな。こっちだ」

 梓の心の清らかさ、清らかさゆえに生まれる力、それを感じながら、レイヴンは再び歩き、その後ろへ梓が続いた。

 

 

 

 




お疲れ~。
つ~わけで、梓は氷結界を離れ魔轟神の側に付きました。
これからどうなるか、まあ梓のセリフ通りなんだけれど。
それじゃ次も書いていきますゆえ、ちょっと待ってて。

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