前回の後書きの通り会話だけの回なのだが、ちょこっと長くなってしまったよ。
まあそれでも読んでやるぜ、と言う人には、いつもと同じ言葉をば。
行ってらっしゃい。
視点:梓
約束の場所……
覚えの無いそんな言葉を想起しながら歩いていると、なぜか、ここに辿り着いた。
別段、何も特別なことはない。ただ、周囲を木々に、足下を雑草に囲まれた場所に、あまり大きくはない滝壺があるだけ。水が流れる音以外は何も聞こえない。
なぜこんな場所に……
――なぜだろう……
だが、そんなことはどうでもいい。
――すごく、居心地が良い。心が、癒される……
ここがそうなのかは知らんが、ここで、時間が来るまで待てばいい。
――まるで、何かを待ち望んでいるかのように、胸が弾む。心臓が高鳴る……
仮に違っていたとしても、探し出すことはわけない。
――いいや。今は、どうでもいい……
――今はただ、この場所に、この居心地の良さに、身を委ねていよう……
――どうせ今日が、最後なのだから……
――そのくらい、許される、かな……
……
…………
………………
視点:十代
「……なあ、大徳寺先生」
「……何ですかニャ、十代君?」
俺達は今、レッド寮の食堂にいる。万丈目は自分の部屋に帰っちまって、いるのは残りの三人、俺と隼人と、大徳寺先生。
「あいつが言ってたことだけどさ……人間になるって、そんなに難しいことなのかな……」
あの後、大徳寺先生やクロノス先生にも、あいつの事情を話した。
「……」
先生は答えない。けど、質問は続けた。
「俺さ、今まで色んな奴と会ってきて、色んな奴を見てきたけどさ、あいつくらい、人間らしいって思えた奴、見たことないと思うんだ。普段はバカが付くくらい、周りに優しくて、おまけにちょっと誰かを傷つけたと思ったら泣き出したり、慰めてやっただけで大げさに喜んだり、そんな奴だけど、怒る時はめちゃくちゃ怒って、そんなふうに、周りを振り回したりしてさ」
「……」
「表情豊かで感情も分かり易くて、優しくて、いつだって自分より、誰かのことを思いやってた。それなのにさ……親に捨てられたってだけで、人の価値ってそんなに変わっちまうものなのかな?」
「……」
「そりゃあ、俺は普通に生まれて、親に捨てられたことも、一人でゴミ溜めの中を生き抜いたなんて経験も無い。まして、虐待なんてされたことない。だから、あいつの気持ちなんて、分かるのは多分、無理だと思う。けどさ、それでもあいつのことは見てきたつもりだ。俺にとって、あいつは間違いなく人間だった。なのに、なのにどうして、生まれなきゃよかったなんて、生まれたのが間違いだったなんて、思わなきゃいけないんだ……?」
「……」
「なあ、先生」
「……確かに、はっきり言って、彼の気持ちは、おそらくこの島にいる、誰にも分かりはしませんのニャ」
やっと、先生は答えてくれた。
「十代君や隼人君ももちろんのこと、私も、その気持ちを分かってあげることなど不可能ですのニャ。目的を達成するまで、絶対に止まることは無い。それは誰しもがそうでしょうが、その根源が恨みの感情で、あそこまで思い詰めている以上、もう、自分で止まることはありませんニャ。誰かが力ずくで止めて、必死に説得して、元に戻す。そうする以外に方法はありませんのニャ」
「じゃあ、俺達にできることはもう……」
「ですが、みんな、分かっててそうしたことですニャ。後のことは、平家あずささんに託す他ありませんニャ」
「……」
分かってる。
もう、全部あずさに託すしかないってことは分かってる。
けど、本当にもう、俺達にできることってないのか?
あいつの気持ちも分かってやれないで、あいつを止められるだけの力がないばっかりに、誰かに託すしかないなんて。
俺も、俺達全員が、あいつらの友達だ。
なのに、俺達はもう、見てるしかないっていうのかよ。
「……無力なんだな、俺達……」
俺が思ったことを、隼人が言葉にした。
「ただ、二人の友達っていうだけで、いざその友達が悩んで、危ない時に何にもできないで、無力なんだな……」
「ああ……」
「……人は、誰もがそうやって、考えて、悩んで、苦しんで、もがいて、それでも前に進まなければならないものですニャ」
と、急に先生が話を始めた。
「たとえその悩みが、どんなに深刻なことでも、周囲や時間という現実が、それにちゃんとした折り合いをつけるまで待ってくれるとは限らないものですニャ。だから、多くの人は、そんな悩みに背を向けて、無理やり簡単な折り合いをつけながら、無難で現実的な道を進む物ですニャ。それを人は、賢く生きる、というふうに言いますニャ」
「何の話しだ?」
そう聞いてみると、先生の顔がほころんだ。
「しかし、そんな現実的なことばかりを見ることができず、過去にばかり縛られて思い詰め、その過去を精算するために前へ進んで、その中で傷つき、怒って、悲しんで、大いに苦しんで、様々なものを疑い、同時に憎む。それでも立ち止まることを断固拒否し、目的の達成までひたすら進んで、目的達成の一歩手前まで、ようやく辿り着く」
「なあ、先生……」
「それだけのことを……」
先生は、俺の言葉を遮りながら、
「そんな感情のまま、ただ結果だけを求めて、真っ直ぐ進む生き方ができる人のことを、人は、『人間らしい』、と、呼ぶのではないですかニャ?」
『……!』
「私も、君達ほど彼のことを知っているわけではありませんが、彼のあの姿を目の前で見て、あんなに人間らしい人は見たことがないと、心底感じましたニャ」
「先生……」
先生は俺達に、笑顔を向けた。
「そんな人間らしい人が、その人のことを最もよく知る人と向かい合う。だから、私達は、ただ信じているだけでいい。そうは思いませんかニャ?」
『……』
……そうだ。
何も、深刻に考える必要なんて無かった。
最初から、あずさのことを信じる。それだけでよかったんだ。
あいつは、人間の自分を頭から否定してる。自分が人間じゃないから、復讐を含めて自分のやること成すこと全部が間違ってる、そう思い込んでる。
なら結局、思い出させるしかないんだ。
あいつの感じたことは全部、人間なら当たり前な感情で、誰だってそうする可能性があるもので、そんな行動を取ることができるお前は、間違いなく人間なんだって。
ゴミが人間に変わったからできたことじゃない。
人間だから当たり前にやってきたことを、勝手にゴミだからって否定してるだけなんだって。
そして、そのことを、思い出させるんだ。そしてそれができるのは、たった一人しかいないんだ。
「俺は信じる。平家あずさを」
「ああ。俺も信じるんだな」
「無論私も、彼女のことを、そして、彼のこともまた、信じますのニャ」
そうだ。俺達は信じてる。お前が絶対に、戻ってきてくれることを。
「梓……」
視点:翔
「空気……」
「……じゃあ、僕はこれで」
「……? あ、ああ。じゃあ、また後でな」
「うん。じゃあ、また……」
「……」
「空気……」
そんな言葉を繰り返し呟いてた三沢君と別れて、僕の自室へ戻る。
歩きながら、何か話しかけた方がいいかとか思ったけど、とても、そんな気分になれなかった。あの人のことがあんまり怖くて、そして、悲しかったから。
未来での出来事だって言っても、そりゃあ、実の両親には捨てられて、拾われた家では虐待を受けて、最後には、一番大切に思ってたお父さんを、大切にしていた親友に殺された。
それだけの不幸が続いたら、誰だって、生まれてこなければよかったって、考えると思う。そして、自分のことをゴミだって自覚してるなら、その原因を、自分がゴミだからって、思い込むと思う。
どれだけ辛いことだったんだろう。
……なんて、思ってみるだけ無駄だよね。
最初から、僕なんかには分かるわけがない。
分かるわけがないのに、ただ、あの人のあんな姿を、心底嫌だなんて思っちゃってる。
自分勝手だな、本当。
そんな僕なんかに、あの人のことを思ってる資格なんて、あるのかな……
ガチャ……
「……?」
部屋のドアを開けた時、とっても良い匂いがした。
「おかえり」
「た、ただいま……」
カミューラの声。けどそれは、ベッドからじゃなくて、台所の方。
そっちの方へ行ってみると、
「カミューラ、何してるの?」
「見て分からない? 晩御飯作ってるのよ」
確かに、エプロンを着た格好で電気コンロの前に立って、その上に乗った鍋とかフライパンとかを見てる。
「ケガは大丈夫なの?」
「ええ。さっき完治した」
「さっき……? ていうか、足りなかったのならまた作ったのに……」
「違う。あんたの分よ」
「え?」
そう聞き返すと、火を止めた。どうやら終わったみたいだ。
横に置いてあった食器を取って、そこに色々盛り付けして、それをお盆に乗せて、テーブルまで持ってきて乗せた。
「ほら食べな」
「……!」
そう言われて、反射的に椅子に座った。
置かれたのは、炊いてあったのを暖められたご飯、それとお味噌汁に、煮物と、みじん切りのキャベツと生姜焼き……まあ普通の家庭に並ぶ食事だね。けど、
「吸血鬼なのに、日本食が作れるの?」
「そりゃあ料理くらいできるわよ。それに、あんたがいない間、あんたがいつも読んでた料理本、暇つぶしで読んでたしね」
「へえ……」
あずささんがもう読まないからって、貰ったものなんだけど、読んでたんだ。
「えっと……」
正直、食欲が無いのは決闘前から変わってないんだけど……
「じゃあ……いただきます」
せっかく作ってもらったしね。冷めないうちに食べた方がいいか。手を合わせた後、置かれた箸に手を伸ばした。
とりあえず、ご飯の味は分かってるし、まずはやっぱお味噌汁から……
ズズズ……
「……美味しい」
思わずそう言って、今度は煮物……
「美味しい」
最後に、生姜焼き……
「美味しい!」
どれも、僕が作る料理より全然美味しいや!
「カミューラって料理上手なんだね」
「まあ、これでも一族が滅ぼされる前は、町の子供達の世話とかしてたしね」
「カミューラって、独身なの?」
「……悪い?」
「ううん。ただ、こんなに料理上手で綺麗なのに、お嫁さんに貰えないのはもったいないなって思って」
「あら、ならあんたがお嫁に貰ってくれる?」
「あはは、それも良いかもしれないね」
カラン……
「え……?」
その言葉に、箸が落ちた。
「毎朝味噌汁作ってあげるわよ」
「えっと、その……」
「幸せにしなさいよ」
「いや、あの……」
「あ・な・た」
「あ、あな……あな……」
「~~~////////////////」
ちょ、ちょっと待って、いや、お嫁さんて、こんな、綺麗な人が、僕の、僕のお嫁さんて、そんな……////
「……ぷ、あはははは!」
て、カミューラは吹き出して、笑い始めた。
「ごめんごめん、からかい過ぎたわ……」
「あぁ……////」
び、びっくりした////
「もう、そういうのやめてよ!////」
「ごめんごめん」
まったく……////
大笑いしてるカミューラを見ながら、お味噌汁をもう一口。うん、やっぱり美味しいや。
(もっとも、嘘とも冗談とも言ってないけど……)
「ごちそう様でした」
もう一度手を合わせて、挨拶をする。何だか、こんな食事をするのも久しぶりな気がするな。
「どう? 少しは元気が出た?」
「え? あ、うん。ありがとう」
「どういたしまして。無理やりにでも胃に放り込めば気合いは入るってもんよ」
「そんなもの、かな……」
というか、見抜かれてたみたいだな。
「そんなもんよ」
そう言いながら、何だか遠い目になった。
「カミューラ?」
「人間……私は吸血鬼だけど、生きていく中じゃ、どうしたって嫌なことも悪いことも降りかかるのは当然なんだから。その度に、落ち込んだり塞ぎ込んだり、まあそれが悪いとは言わないけど、そんなことばかりしてたんじゃ、活かせる道だって活かせずに終わっちゃう。そういうの、勿体ないと思わない?」
「……そうかな?」
「食事と同じよ。食欲があろうが無かろうが、私らは食べないと生きてはいけないんだから。たとえそれが嫌なことでも、必要なことだったら無理やりにでも受け止めなきゃいけない。そうでしょう」
「それは……まあ……」
「どれだけ嫌だって思って、それが苦しいと感じるものだって、それを後悔するのは、それを受け入れてからでも遅くないでしょう。そうするしか仕方がないんだから」
「……」
「いっそ、全部が全部、良いことも悪いことも受け入れて、それで後悔するようなら、その嫌なことを自分にとって良いものに変える。自分にその力が無い時は、誰か他人を頼ったって、いいんじゃないの?」
「他人を、頼る?」
「そう。ちょうど私が、食欲の無いあんたにご飯を作って、無理やり食べさせたみたいに」
別に無理やりじゃないよ、食べたのは僕の意思だし、美味しかったし……
とは言え、実際カミューラの言う通りだ。
人間、どんなことが目の前で起きても、それを受け入れながら生きてるんだ。
僕は受け入れきれないことを、僕の力で変えることができたらって、あの人に挑んだけど、僕にはその力は足りなかった。いや、僕の力は、あの人の覚悟と憎しみには敵わなかったって言うべきなのかな。
僕には変えられなかったことを、どうしえも変えたいと思ったら、僕より強い力を持ってる人、その人に頼るしかない。そういうことなのかな……
て、無力感に襲われそうになったけど、すぐに、違うって感じた。
確かに、僕と万丈目君、二人じゃ止められなかった。けど、今度は、あずささんなんだ。あの人のことを誰よりも思って、誰よりも知ってる、平家あずささんなんだ。
僕達じゃ、勝つどころか何の言葉も伝えられなかったけど、あずささんを見ていると、きっとやってくれるって確信させてくれる何かを感じる。だって、あずささんだから。
誰かに頼る。それは、誰かに任せて自分は逃げるってことじゃない。
その誰かのことを信じて、自分も精一杯の力を尽くす。そういうことなんだよね。
「……うん」
きっと、きっと大丈夫。
あずささんなら、きっと、あなたのことを……
「梓さん……」
視点:亮
俺とクロノス教諭は、ブルー寮の食堂に向かい合って座り、コーヒーを飲んでいる。
「クロノス教諭……」
「何でしょうか、セニョール亮」
わざわざ答えを聞くまでもない。だが、どうしても、俺以外の誰かから、その答えを聞きたかった。
「生きていくということは、それほど難しいことなのでしょうか?」
「……」
「誰もがその日その日を力の限り、それぞれが自分なりの努力をし、自分の人生を紡いで生きている。だが、あいつはその全てを否定していた。間違いなく誰よりも努力をしてきたのに、自分にその資格は無いと。あいつほどの男が許されないというなら、俺達の人生と言うものは、どこにあるのです?」
「……」
答えは、無い。
当然だ。こんな、答えなど存在しない質問に、答えを求める方がどうかしている。
「……教師という仕事をしていると……」
表情を変えないまま、クロノス教諭は話を切り出した。
「人生というものを、嫌でも深く考えさせられるノーネ。私達教師は、あなた方生徒全ての人生に責任を持つ仕事なノーネ。その中で多くの生徒の進む道を示してきましたが、それが正しかったのか間違っていたのか、それは、私達には分かりませんーノ」
「それは、その生徒達にとっても同じでしょう」
「そのトオーリ。誰にも、たとえ自分が決めた道でも、本当に自分がその道を進むべきか、それが正しいのか間違っているのかなど、分かりはしませんーノ。ただ少なくとも、自分が選んで進んだ道として、正しいと信じて、進んでいくしかないノーネ。それ以外に選択肢があるとするなら、それは、諦めて挫折する以外に無いノーネ」
「確かに。正しいと信じた結果がダメだったのなら、そうするより他にないでしょうね」
「そして、それをすることもできず、だからと言って元の道へも戻ることもできない。道を踏み外すのは、決まってそんな人達なノーネ」
「道を踏み外す、ですか……」
「かく言う私も、自分が上手くいかない原因を他人のせいにし、嫌な現実から必死に目を背けるために、生徒達に八つ当たりをし、それを悪いとも思わなかったことが何度もあるノーネ」
「……ええ。ブルー寮の中でも、大勢そんな生徒を見てきました。今が上手くいかず、それが自分のせいだとしても、そんな現実から目を背けるために、エリートの自分は正しいという気持ちに駆られ、格下の寮の弱い者達を平気で踏みにじる。恥ずべきことだと思います」
「自分のせいだと認めるのが怖いから、いや、分かっているからこそ、敢えて他人のせいにし、他人を蹴落とし、そうやって自分の心を紛らわす。もちろん間違っているノーネ。それでも間違っているとは思わない。それもまた、その人が信じた道だから。ある意味で言えば、それも人生なのかもしれません」
「そうですね。肯定したくはありませんが……」
他人を踏みにじり、犠牲にしてでも自分を肯定する。どれだけ醜くても、その醜い手段にしか走れないことも、人間の弱さだ。
「しかし、彼の場合は全くの真逆なノーネ。どれだけ人から正しいと言われる行為を行っても、それを正しいと信じることができず、むしろ全て間違っていると思い込み、決めつけ、遂にはそんな自分の全てを否定するために、自ら命を絶とうとする。そしてそのために、やり残したことをやろうと全力を出している。自分を信じられないという生徒も大勢見てきましたが、彼ほどの人物は見たことがないノーネ」
「……ええ」
その通りだ。
「俺も、自分のことが信じられないという人間を、ずっと近くで見てきました。おそらく今でも、完全には信じられてはいないと思います。しかし、少しずつ、強くなりながら、自分のことを信じていけているように思えます」
だが、そんな翔にも、何かがあれば何かや誰かのせいにするくらいの傲慢さはあった。だが、あいつにはそれが全くない。
「しかもあいつは自分どころか、他人に、そして世に降りかかる不幸の原因全てを、自分のせいだと言っていた。おそらく父親が死んだのも、その父親を親友が殺したことも、全てを自分のせいだと思っている。そう、思い込むことで、自分はこの世に不幸を振りまく、だから存在してはいけないのだと、自分に言い聞かせているように思えました」
「フム。不幸を決して否定せず、なのに自分を正当化することもしない。全てを自分のせいと考え、自分の全てに絶望している。だから、命を絶とうとする。ある意味で言えば、彼のことを思う私達にとっては、他人を蹴落とそうとする人達以上に傲慢な人物なノーネ」
「やはりあいつは、間違っていますか?」
そう問い掛けると、クロノス教諭の表情が曇った。
「間違っている、と、言ってしまうのは簡単でスーが、彼にとっては、それが正しいことなノーネ。そして彼は、そんな気持ちではなく、彼自身という存在自体を消したがっている。それは、私達に否定する権利は無いノーネ」
「……」
「ただ……」
「ただ?」
呟いたと思った直後、
ガタッ
「親が死のうが絶望しようが否定しようが、何であろうと簡単に自分の命を投げ出す。それだけは、絶対に間違っているノーネ!!」
立ち上がりながらそう、拳を握り、力強く言い放った。
ざわ……ざわ……
「……!」
大きな声で絶叫したため、食堂に数人いた生徒達は目を見張り、こちらを凝視した。
クロノス教諭は慌てて座り、コーヒーの残りを啜った。
「……ええ。もちろんです」
そんなクロノス教諭に対し、そう言葉を返す。
そうだ。人生がどこにあるか、それに答えは無く、結局は誰にも分からない。一人一人がその答えを探し出すしかない。
だが、それをしようとする前から、全てを否定し、全てを投げ出し、全てを終わらせようとするなど、結局は、逃げるということだ。
大切な父親を、親友の手に掛かるという不幸にあったのなら逃げたくもなるだろう。だが、たとえそれらの不幸にどれだけ絶望しようとも、どれだけ自分が信じられなくとも、逃げるために死ぬことだけはしてはならないんだ。
「止めなければなりませんね。誰かがあいつのことを」
「そのトオーリ。そして、それを唯一、行うことができるのが……」
「平家あずさ……」
初めて出会ったのは、あいつが悲しんでいるのを偶然見つけ、慰め、涙を流しているあいつを抱きしめていた時。
偶然見ていた俺達と目が合ったが、その時のあいつの目を見て、理解した。この女子こそ、こいつが絶対に失いたくない、最も大切な存在なのだと。
そして、今では目的のために、そいつのことだけを忘れてしまっている。
だが、目的の障害になると判断されるほど大切に思い、そして、思い合っていた、そんな平家あずさなら……
いや、おそらく俺達の中で、あいつを変える可能性があるのは、平家あずさを置いて他にいない、ということだ。
「今は、平家あずさを信じましょう」
「そのトオーリ。そして、彼のこともまた……」
そうだ。あいつもまた、変わってくれる、そう信じるんだ。
「水瀬梓……」
視点:明日香
「いやあ、我が妹よ。少し見ない間にすっかり綺麗になったね」
「ありがとう……」
女子寮に戻ろうとしたら、途中で吹雪兄さんに会った。どうやら記憶も体力も、すっかり元通りに戻ったみたい。話していて、とても疲れる色恋好きのお兄さんに。
「それにしても、随分深刻な表情をしているね」
「そ、そう?」
「ああ。僕には分かる。そしてそれは、少なくとも僕に対するものでもないということが」
……正直、兄さんの所業もすごく深刻に思うべきことだと思っているけれど。
「……ええ、確かにね」
それでも、事実ではあるから、肯定はする。
「……ねえ、兄さん」
「何だい?」
正直、聞くべきことなのか分からないけど、聞かずにはいられなかった。
「兄さんは、セブンスターズのことはどのくらい覚えているの?」
「……」
どうやら、というより、やっぱりあまり聞いていい事柄でもなかったみたい。笑顔が消えて、深刻な表情に変わった。
「……すまないが、闇の魂が封印されると共に、その記憶もほとんど消えたらしい」
やっぱり、そう上手くはいかないか。
……て、考えた直後、私はまた疑問に感じた。
今更、彼のことについて何を聞こうとしたんだろう。
彼の思想や、目指すもの、目的、そして最終目標、それは全て、彼の口から聞かされたばかりなのに。そして、それはもう、私達の手に負えないということも、十分に分かったはずなのに。
「セブンスターズがどうかしたのかい?」
兄さんのそんな疑問も当然よね。
「……」
話していいことなのか分からないけど、何でか、話したくなった。
「実は……」
「……それは、思った以上に深刻だね」
さすがの兄さんも、一連の凄惨な話には、深刻な表情を浮かばせた。
「生まれてきてはいけなかった、か。十六歳という年齢を考えれば、自分のことをそんなふうに考えることはそれほど珍しいことじゃない。けどその子の境遇を鑑みれば、そんなふうに思い込むのがむしろ当たり前だと言えるね」
「ええ。捨てられたのを拾われて、拾われた先では虐待を受け続けて、それでも努力し続けたのに、最後には大切な人に、一番大切な人の命を奪われる。今の出来事じゃないとは言っても、それだけのことを体験した以上、いくらみんなから感謝されるような正しいことをしても、自分のことを信じられなくなるでしょうね」
「……」
自分のことを信じられない。そんなこと、誰だって考えることだわ。けど大抵は、その人が正しいことをし続けていれば、周りの人達が自然と認めてくれて、それで段々自信だって持てるようになる。
けど彼の場合は、そんな彼のことを認めてくれる人が、誰もいなかった。
いえ、そもそも彼の場合、誰かに認めて欲しかったんじゃなくて、ただ、大切なその人に喜んで欲しかった。ただそれだけのためにずっと動いてた。その結果、たまたまみんなも喜んでくれて、知らないうちに認められていた。それだけ
それは、今でも同じね。ただ、本人が当然だと思ってやったことが周りにとっては嬉しいことで、それでたまたま周りから認められていた。それだけ。
言ってしまえば、私達も、そんな『それだけ』に対して勝手に絆を感じて、勝手に彼のことを大切に思っていた。うん。それだけのことだわ。
だから、彼のことを今も大切なのは、ただ、『それだけ』のこと。それを全部、間違っていたの一言でまとめてしまえば、それは、ただ間違っていたことでしかないこと。
「……もしかしたら私達は、彼の友人でいてはいけなかったのかしら……」
感じていた友情の正体は、『それだけ』の粗末な事実の積み重ねでしかない。捨てようと思えば、簡単に捨ててしまえるもの。そう思うと、そんな言葉が口から出てきた。
「私達が、彼にとっては些細なことだった行為に友情を感じて、友達になりさえしなければ、誰もここまで辛い思いをせずに済んだ。あずさだって、彼に恋をしなければ、あそこまで悲しい思いをしなくて済んだ。ここまで苦しい思いをすることになるくらいなら、最初から、私達は彼に会わない方が……」
「そこまでだ」
私の言葉を、兄さんは途中で遮った。
「それ以上は彼に対して、そして、君を含む彼の友人全員に対しての侮辱だよ」
「え……?」
それは、ひょうきんな表情から一変して、決闘の時くらいにしか見せたことの無い、真剣な表情だった。
「出会いや友情、それらに限らず、世の中で起こる色々なことのきっかけというものはほんの些細なことだ。その些細なことから始めたことに、少しずつ、時には大きな事柄が重なって、それが積み重なっていくことで、些細だったそれは大きく育まれる。そうやって友情が育まれたから、君達は友達になれた。そうだろう」
「え、ええ……」
「一つ一つは些細だとしても、それは受け取る人間によってそれぞれ大きさは変わる。君達にとっても、彼にとっても、その些細なことはとても大きなことだと感じていた。違うかい?」
「それは……確かに……」
「そうだ。だから、どれだけ過去のことだとしても、その積み重ねによって得ることができたものは、決して無価値な物ではないんだ。その積み重ねによって今に至ることができたのが、今の明日香や、その子を含む、君達なんだから」
「……」
「だから、それを簡単に否定するということは、明日香自身や他の全員を否定することになる。それは、彼らに対する明らかな侮辱だ」
「……」
兄さんの話しももっともだと思う。
けど、
「けど、彼は、全てを否定していたわ。自分のことも、自分の過去も、自分の周りのことも、全部」
「そうだね。それも、明日香達に対しては侮辱だね」
「けど、それも仕方ないわよ。彼は、否定されることしか知らなくて、そんな自分のことだって、否定することしか知らなかったんだから。むしろ、それだけ悲しい境遇にいて、あれだけ苦しい目に逢ってきたのなら、過去も自分も、全部を否定したくなるのも、無理は無いわ」
「……」
さすがの兄さんも黙った。どれだけ過去が大切なものだとしても、否定せずにはいられない過去は、誰にでもあるものだから。
「確かにね……」
しばらく黙った後、また話し始めた。
「辛い過去、辛い現実、そんなものに苛まれてしまっては、否定せずにはいられない。それは、間違いない」
「……」
「けど、いや、だからこそ、友達という存在があるんじゃないかい?」
……え?
「誰だって、苦しさや悲しさに苛まれた中で、一人でいるのは辛いに決まってる。けれど、一人では耐えられなくなるほど辛いのなら、そんな時こそ友達を頼るべきだった。そう思うな」
「友達を……?」
「一人で全てを悩んで、大いに苦しんで、それが正しいなんて思っているようなら、それは思い上がりだ。その子はもっと、明日香達みんなを頼ればよかったんだ。そうすれば、そこまで思い詰めることもなかったかもしれない。明日香はもしその子に頼られたとしたら、その心を支えてあげようという気にはならないかい?」
……
「……なるわ。彼が本気で苦しんでるのなら、力になってあげたいって思う」
「そうだ。実の親から捨てられたゴミだから、誰かに頼ることさえ許されない。彼がそう思っていたのなら、言ってやればいいんだ。そんなことで、君のことを嫌いになる人間がいるわけないだろうって。明日香もそうだろう?」
「ええ」
それだけは間違いない。私も、十代達も、そしてあずさも、そんなことで彼のことを嫌った人は、一人もいないんだから。
「そして、暴走して、凶暴になって、それを止めて、そんな気持ちを伝えられる人がいるのなら、明日香達は、その子のことを精一杯信じてあげたらいいんじゃないかい?」
「……」
そうよね。うん。そうだわ。
そう。私達も彼も、誰も間違ったことはしていないんだもの。
どれだけ彼にとっては間違っていたと思うことでも、私達にとっては全部、正しかったって言えることだもの。そう信じていれば、彼も絶対、戻ってくる。
そして、そのことを唯一伝えることができる人。
私はそれを信じる。あずさを。
そして、あなたのことも、信じてる。
「梓……」
視点:万丈目
「なるほどな。つまり、佐倉を決闘でいたぶったのは、お前の仕業だったということか」
「厳密に言えば、元々あった性格が僕に変わっただけだから、僕がやったってわけでもないんだけど、まあそう思ってくれてもいいかな」
今、俺はレッド寮の自室に戻り、奴の精霊、『氷結界の舞姫』こと、アズサと話している。
それにしても、平家あずさもそうだが、字が違うだけで読みが同じと言うのは、呼ぶ方としてはややこしくて敵わん。
まあ、それは別にいいとして、
「だが、性格がお前に変わった状態で佐倉と決闘し、叩きのめしたのは分かったが、それでなぜ平家あずさが赤面するのだ?」
「……まあ、それは聞かないであげた方がいいかな」
「……」
十代に続いてこいつもか。
「まあいい」
それはどうでもいいことだ。俺が本当に知りたいのは、
「それで、お前はずっと奴の中にいたと言っていたな」
「うん。言ったよ」
どうでも良いが、椅子に座って俺に対するこいつは、ベッドの上で胡坐をかいている。口調のこともあって、あいつにはたっぷりあった女らしさが全くと言っていいほど無い。顔は可愛いのだがな。
まあ、それはともかく、
「なら、あいつの心も分かったのか?」
「……うん、分かるよ。僕は彼だったから」
「どんなふうだったか、教えてくれないか?」
「……」
考えている。まあ、当然だな。心の内側を除かれて良い気持ちがしないのは、俺だって同じだ。
「……僕、というか、彼は……」
お、話してくれるのか?
「一言で言えば、物心ついた時から今日まで、ずっと、苦しんできたよ」
「……」
それは、分かっている。
「ずっと苦しんで、大っ嫌いな自分に怒って、何かも分からない何かに悲しんで、たくさん憎んで、いつ壊れてもおかしくなかった。それが、彼の心だった」
「アカデミアにいた時もか?」
「……そうだね。けど準や、たくさんの友達に囲まれてた時だけは幸せそうだった。それでも一人の時は、いつだってそんな幸せすら疑って、結局自分のことを憎んでた。実際、みんなといる時だって、自分に対する憎しみだけは無くせてなかった」
「いつも見せてくれる笑顔と思いやりで、それを必死に隠していた、というわけか」
「そういうことになるかな……」
「……」
ふむ、
「そうか」
「……て、準? 何で嬉しそうなの?」
おっと、つい顔に出してしまったか。
「いやなに、それだけの感情を持つことができるということは、あいつは紛れもなく人だった、ということだからな」
「……そんなの、分かりきってることじゃん。それを本人が分かってないから、みんな苦労してるんじゃないの?」
「その通りだが、それはあくまで俺達にとってのあいつという存在がそうだ、というだけにすぎない」
「え……」
「どれだけ俺達があいつを人だと言い続けたところで、あいつの心までが真にゴミなら、それはどれだけ言葉を尽くしたところで意味は無い」
「まあ、確かにね……」
そうだ。怖いのは、そんな怒りや憎しみに苛まれることではない。
「俺が奴の心のことを聞くことで恐れていたのは、あいつがそういった不幸に対して、何も感じない、ということだ」
「何も、感じない?」
「無論、奴が自分に対するそれらには全く無頓着なことは分かっている。だがその反面、人一倍友人に対する理不尽な仕打ちに対して敏感だった。それは純粋な怒りだった。そうだな?」
「うん。そんな時は間違いなく、心の底から怒ってた」
「だが、それが態度だけで、実際に激怒していたわけではなく、ただそうしなければならないからそうした。もしそうだったのなら、それは本当に、精一杯人を演じている、ということと同義となってしまう」
「……」
「だがそうではなかった。奴は本気で怒り、悲しみ、憎むことができる、正真正銘の人間だ。だからこそ厄介だとも言えるが、むしろだからこそ、必ず奴を取り戻すことができる」
「そうかな……」
俺の話しを聞いた後も、アズサは不安げな顔を見せている。
気持ちは分からんでもないが、忘れていないか?
「もう一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「質問は同じだ。奴の心について……平家あずさといた時の、奴の心だ」
「……!」
少しだけ驚いた様子を見せながら、話した。
「あずさちゃんといた時は……準とか、他の誰かとか、いや、別の何かをしている時と比べても、何よりも、幸せを感じてた」
「本当か?」
「うん。初めて彼女と出会った時、心はときめいてた。彼女と話して触れ合う度に、心が満たされてた。彼女の顔を見る度に、怒りも悲しみも癒されてた。彼女のことを思い浮かべてる間、一人の時も、苦しみも憎しみも忘れてた。誰かと触れ合う度に拭いきれなかった疑いの心が、彼女にだけは全然なかった」
「つまり奴にとって、平家あずさという存在は、無くてはならない存在だったのだな?」
「うん……これだけ大切に思ってたなら、確かに、邪魔だって切り捨てたくもなるかもね……」
そうだ。信じることのできない自分とその心に苦悩しながら、それでも信じることができた気持ち。紛れもない癒しを感じ、そして、それに身を委ねたくなった気持ち。
平家あずさは、あいつにそれらの気持ちを、間違いなく与えることができていたんだ。
だから、平家あずさになら、間違いなくあいつを任せられる。
「信じるんだ。平家あずさを。そして、あいつの心を」
「……うん。そうだね」
そうだ。
信じているぞ、平家あずさ。そして、
「梓……」
「……」
(僕じゃダメなの? 梓……)
「む? 何か言ったか?」
「ううん。僕も、二人のこと信じてる」
「ああ」
「……」
……
…………
………………
視点:あずさ
「……よし」
顔を上げて見ると、窓の外は真っ暗になってる。
時間は……日付が変わる三十分前か。一応、予定通りかな。
みんなと別れた後、まずは、あいつからもらった力の全部を確認して、実際に使ってみた。最初は制御が効かなくて、何だかんだボヤを起こしちゃってたけど、まあ元々二人が戦ったせいで所々が凍ってたし、ちょうどよかったかな。
その後は、すぐに力も扱えるようになった。
そして、その力が体になじむうちに、この男の気持ちが何となく伝わってきた。
わたし達と同じように、彼に会いたかったって気持ち。
心から過去のことを悔いて、それでも逃げることしかできなかった自分の弱さ、それに対する、憎しみ。
彼のことを思うそんな男の気持ちが、わたしの中に、たくさん溢れた。
その後は部屋に帰って、デッキの確認。
今まで見たことの無いカード。わたしも持ってるようなカードも何枚もあるけど、それでも『真六武衆』なんかのモンスターカードを含めた、半分近くは見たことの無いカードだ。
けど、そんなデッキでも、感じた。
「すごい……」
決闘する度に感じてた、色々な苦悩、迷い、怖さ。
存在と一緒で誰にも許してもらえない中で、それでも決闘がしたいって思い続けて、ようやく許してもらえて、大切な人から渡されたから、手に取ることができたデッキ。
そんなデッキのカード一枚一枚に籠められた、君の思い。
嬉しかったよね。楽しかったよね。
けど同じくらい、苦しかったよね。
決闘する度に、自分が段々、その大切な人から遠ざかっちゃう、そんなふうに思って、それでも大好きな決闘だけは捨てることができなくて、ただ、信じた友達と一緒に戦い続けて……最後には、そんな友達と、大切な人を一度に失っちゃって。
苦しかったよね。
辛かったよね。
正直、わたしには分かってあげられない。
わたしには、君のことを思うことしかできないから。
だから、せめて、君に思い出してほしい。
君が今日まで感じて、得ることができたもの、全部。
正しいことだったんだよって。
大切に思ってよかったものなんだよって。
そして、これからもそれを感じながら、生きていってもいいんだよって。
君は、わたしも含めた、そんな尊い思い出の全部を否定してる。きっともう、肯定することはないんだよね。
だったら、今度はわたしが、君のこと否定するよ。
何でも諦めて、何でも受け入れて、何でも拒んで、何でも無くしちゃおうっていう君の心、否定する。
そして、肯定するんだ。たくさんのことに喜んで、たくさんの幸せを感じて、たくさんの笑顔を浮かべることができる。そんな、尊い君のことを。
君は、生きてたっていい。
わたしが、そして、みんなが保証するよ。
君は絶対に、生まれてきちゃいけなかった、ゴミなんかじゃないって。
君は、他の誰でもない、世界にたった一人だけの、尊い人。
「水瀬梓くん」
視点:外
部屋を出た時、そこには、一人の人物。
「明日香ちゃん……」
「準備はできた?」
「うん」
返事をしてすぐ、並んで廊下を歩いていく。
既に灯りは消え、窓から漏れる星の光だけが廊下を照らしていた。
その廊下を出て、女子寮を出た時、
「みんな……と、あれ?」
「やあ、君が平家あずさ君かい?」
「へ? ええ」
「明日香から君のことは聞いているよ……ふむ、確かに恋する乙女の顔だね」
「はぁ?」
「兄さん、お願いだから静かにして」
「そうかい。じゃあ改めて自己紹介だ。明日香の兄の、天上院吹雪、よろしく」
「はぁ……よろしく、お願いします……」
若干顔を引きつらせながら挨拶を済ませ、改めて、メンバーを見る。
「行くのだな?」
「うん」
「俺達も、一緒だぜ」
「最後まで付き合うっス。結果がどうなろうと」
「うん」
明日香。万丈目。十代。翔。隼人。三沢。亮。クロノス。大徳寺。吹雪。
そして、あずさ。
計十一人となったメンバーは、あずさを先頭に、森の中を歩いていった。
「森の中か。そこに約束の場所があるのか?」
「うん」
「こんな所にな……」
と、十代が歩きながら、何気なく触れた時だった。
普通に土から生えている木が、根元から傾き、
バキバキバキバキ……
ズドン!
「うお!」
『なぁ!?』
「ドロップアウトボーイ、あなた何したノーネ!?」
「何って、何もしてねえよ!?」
「以外なのニャ。まさか十代君が、素手で気を倒せるほどの腕力があるとは……」
「そんなことができるのは、二人の
「そんなことできるかあ!!」
「ああ、そう言えば言ってなかった。この辺の木には気を付けて。大体が一度土から引っこ抜かれてるか、真っ二つに斬られてるから」
「はぁ!?」
「何それ……?」
今度は明日香が、何気なく気に触れた時、その木に真っ直ぐ中心線が刻まれ、
バキバキバキバキ……
ズドン!
「きゃあ!」
「天上院君が、木を真っ二つに……」
「僕のいない間にそこまで鍛えて……」
「できるわけないでしょう!!」
「だから、大抵わたしが引っこ抜いてるか、梓くんが真っ二つに斬ってるんだって」
『はぁ!?』
「何のために?」
「トレーニング」
「トレニーニングって……」
「そんなことで森林伐採するな……」
「彼女やこれから会う彼とは初対面だけど、随分とパワフルなカップルのようだね……」
と、そびえ立つ木々に気を遣いつつ、歩いていく中で、
「……」
「あずさ?」
あずさが正面を見据えたまま、立ち止まった。
「……いる」
「え?」
「もう、来てる」
「マジ?」
それは、小さいが、奥から水の流れる、滝の音が聞こえた辺りからだった。
「着いた」
森の中を真っ直ぐ、迷うことなく進み、辿り着いた場所。
そして、そこには確かに、いた。
「梓くん……」
「あれが、水瀬梓君、かい?」
そう疑問の声を上げたのは、この中で唯一梓を知らない男、吹雪。
「ええ、彼よ」
「そんな……明日香やみんながあんまりおっかないことを言うから、どんな人物かと思ったら……」
再び、水瀬梓に目を向ける。
滝壺の前にある、雑草の生い茂る柔らかな地面の上に、こちらに顔を向けて横になっている。
青い着物に身を包み、そこから白い腕を露出させ、そんな両腕と曲げた脚を支えに、長い髪が流れる顔は目を閉じて、ただ、そこに横たわっている。
木々の隙間から漏れる白い月明かりに照らされたそんな光景は、一見すれば、美少女がただ一人、滝壺を前に眠っているだけ。
いやそれ以上に、それはあまりにも美しく、神々しい、神聖な光景にすら見えた。
「どう見ても、ただの美少女……いや、少年か。彼の、何がそんなに……」
吹雪が疑問の声を漏らした、その直後だった。
パキパキパキ……
「な……」
「これは……」
彼らの足下、周囲の木々、草、地面、全てが凍っていく。
そしてそれは、今更確認するまでもない。目の前に横たわる、彼を中心に、その氷は広がっていった。
氷はやがて、滝壺や、滝すらも凍らせていき、その直後には、
「な……!」
そんな場所の全てを囲むように、巨大な、氷の壁を生み出した。
「閉じ込められた!?」
「今度こそ……」
『……!?』
そんな光景に目を奪われていた時、彼は既に、立ち上がっていた。
そして、長い髪の掛かった顔を上げ、その大きな目を開く。
「今度こそ……逃がしはしない、絶対に!!」
「……」
あずさが、黙って前に出ていく。
「……」
ボゥッ!!
『……!?』
そして今度は、あずさの体から、巨大な炎が立ち上がった。
炎はたちまち広がり、後ろに立つ彼らを避けながら、そびえ立つ氷の壁も、森を凍らせていた氷も、全てを瞬時に溶かしていく。
「安心して。もう、どこにも逃げたりしない。彼も……わたしも」
「……」
一方は、その身に宿すは、絶対零度の氷結を司りし、三匹の虎と三体の龍。
左手に携えしは、その冷気を帯びし、禍々しき光の刀。
対するは、この世で最も憎悪した、紛うことなき復讐の対象。
一方は、その身に宿すは、灼熱の闘志を燃やす、炎を司りし
両腕に構えしは、その炎熱を帯びし、漆黒なる闇の手甲。
対するは、この世で最も愛し、救うと誓った無二の親友。
「……」
「……」
今日まで、いくつもの思い出と、絆を育んできた二人の
ただ、無言で見つめ合っていた。
ただ、無言で見つめ合い……
お疲れ~。
図らずも、二人が完全に対の関係になってた。
梓
属性:氷 武器:光
あずさ
属性:炎 武器:闇
感情やら動機は言わずもがな。
……いや、それだけなんだけど。
つ~ことで、次回からとうとう、この二人の最終決戦です。戦闘も決闘も。
愚凡ながら今まで書いてきた中じゃ一番盛り上がれる話しになるよう頑張りますわ。
ですので、ちょこっと待ってて。