てことで、第四部のラストなわけですわ。
短いからね、言っとくけど。
じゃ、行ってらっしゃい。
視点:梓
ここは……
何もない空間。正直、そうとしか言えない。
周囲は、眩しいくらいに真っ白で、手を伸ばしたところで何も触れはしない。
そんな空間なのに、一つだけ、そこにあった。
あれは……
「お父さん……」
間違いない。お父さんだ。お父さんが今、目の前に……
「お父さん」
ずっと、会いたかった……
「……」
振り返ったお父さんは、こっちをただ見たまま、何も言わない。
何も言わないまま、歩き始めた。
「待って……!!」
私も、一緒に……
ガシッ
「……!」
走ろうとした瞬間、その手を掴まれた。
「……あなたは……!」
「……」
その、黒髪の下の蒼白な顔に、赤い目を向けている彼女は、そちらに手を引き、そして、私と立ち位置を入れ替えた。
「グリムロ、さん……?」
「あなたはまだ、あそこへ行ってはダメ」
「けど……」
「あなたは戻って。みんなが待ってる」
「みんな……?」
それを聞いた瞬間、後ろが、眩しく光った。
「私は……っ!?」
「待って!! お父さん!! グリムロさん!!」
「……」
――さよなら、梓……
……
…………
………………
気が付くと、やはり白い色が見えた。
けどそれは、直前のものとは全く違う白。天上と、壁の白だ。
それによく見ると、服は着物ではなく、もっとゆったりとしたものに変わっている。
そして香ってくる、薬品の匂い、これは……保健室?
「目を覚ました!!」
と、今度はそんな声が聞こえた。少女の声だ。
そして、少し遅れてそちらを見ると、
「皆さん……?」
「梓、大丈夫かよ?」
「ケガは、大丈夫、だよね?」
「梓」
「梓」
「……」
皆さん、誰もが私を見て、心配そうな顔を表情を浮かべている。
どうして……
「……!!」
そうだ、思い出した。私が、皆さんにしてしまったこと……
「……」
「梓?」
思わず顔を隠して、壁の方へ体を向けてしまった。
「梓さん……」
「私は……」
……ダメだ。彼らと顔を合わせることができない。
「私は、皆さんに、何ということを……」
彼らに、合わせる顔が無い。私は……
「気にするなよ」
そう、十代さんの声が聞こえた。
「俺達は、お前のしたことに、誰も怒ってなんかねえよ」
「……え?」
「そうだよ。梓さんはただ、僕達と決闘しただけなんだから」
「そうだ。全ては俺達の都合だ」
「そして、あなたもあなたの都合で決闘した。そうでしょう」
「それは……けど……」
「梓」
言葉を返そうとした時、今度は、準さんの声が聞こえてきた。
「済まなかったと、本気で思っているのなら、ちゃんとこちらを見るべきだ」
それは、いつも聞いていたのと同じ、凛として、とても強い人の声、憧れの声。
「悪かった。申し訳なかった。ひたすらそんな言葉を漏らし、落ち込み、後悔して、自分を責め、そうやって塞ぎ込んでいることは、償いになるのか?」
「それは……」
「当然、お前の気持ちはよく分かる。だが、少なくともそれは、何もしなくていい理由にはならない」
「……」
「まずはこちらを向け。そして、俺達の顔をちゃんと見ろ」
「……」
言われたまま、体を起こして、皆さんの顔を見た。
十代さん。翔さん。隼人さん。明日香さん。準さん。大地さん。亮さん。クロノス先生。大徳寺先生。平家あずささん。
全員が私に対し、微笑みを向けている。目の淵に、光るものを携えながら、私のことを見ている。
「皆さん……」
そんな表情を見て、安心と、改めて、後悔の念に苛まれる。
「……済みませんでした……」
座ったままだけど、もう一度、頭を下げた。
「もういい。気にするなよ」
「あなたはこうして戻ってきてくれたんだから」
「それだけで十分よ」
「皆さん……」
顔を上げても、その顔は変わらない。私のことを、本当に、許してくれているのか。
「それより梓」
「え……?」
十代さんが、声色を変えて、名前を呼んできました。
「明日……じゃなくて、もう今日か。授業には、出るのか?」
「授業……」
その言葉に、私の心に新たな恐怖が芽生えてしまった。
「今更、私がアカデミアに戻ることなんて……」
セブンスターズとして、アカデミアの敵になっていた私が、そんなこと……
「梓」
また、準さんの声が聞こえた。
「確かに居場所というものは、一度でも手放してしまえば、離れた時間が長ければ長いほど、取り戻すことは難しい。だが、いざ戻ろうと思い立ったなら、そこをまた新たな居場所とできるかどうか、それは自分次第だ」
「……」
「そしてお前は、誰よりも居場所を得ることの難しさと、尊さと、喜びを知っている。ならば、今更アカデミアの教室など、恐れることはない」
「けど……」
「それにさ!」
今度は十代さんの声が聞こえた。
「もし教室にい辛くなってもさ、俺達がいるだろう」
「十代さん達が……?」
「そうだよ。もし挫けそうになっても、僕達があなたを支えてあげるよ」
「梓はただ、いつも通り、教室に入ってくるだけでいいんだな」
「翔さん……隼人さん……」
「それに、私達だけじゃない。みんな、あなたの帰りを待っているのよ」
「私の、ですか? 明日香さん……」
「そうだ。俺達だけではなく、全員が、お前のことを心配している」
「大地さん……」
「安心なサーイ。仮にあなたに嫌がらせをするような生徒が現れるようなら……」
「私達教師も、黙ってはいませんのニャ」
「クロノス先生、大徳寺先生も……」
「もっとも、梓ならそんな心配はないだろうが……」
「うん。僕も、陰ながら応援させてもらうよ」
「亮さん……えっと……」
「そう言えばまだ名乗っていなかった。天上院明日香の兄の、吹雪だ」
「吹雪、さん……」
「これからよろしくね」
「これから……?」
「梓くん」
と、また、私の名前を呼ぶ声。彼女は私の前まで来て、あるものを手渡してきた。
「これ」
「これは……」
私のデッキケース……真六武衆……
「ずっと預かってたまま、返せなかったけど、改めまして、はい」
「……」
私は無言のまま、それを遠ざけた。
「梓くん?」
「……これはこのまま、あなたが持っていてくれませんか?」
「え? でも……」
「今の私には、彼らと闘う資格は、無いと思うから」
「……」
あずささんは、分かってくれたようだ。そのままデッキを、自らの懐にしまった。
「だが、こいつは受け取っておけ」
そう聞こえ、準さんの方を向くと、カードを一枚、差し出してきた。
「これは……」
「落とし物だ。早くデッキに入れておけ」
『氷結界の舞姫』……アズサ……
「……」
なぜだか、見ていると、奇妙な感覚を覚えた。
いつも顔を突き合わせていたカードのはずなのに、何かが足りない。何かが無くなったかのような、そんなふうに感じられる……
けどそれでも、大切なカードには違いない。すぐにデッキに加えた。
「……じゃあ、わたしは先に帰るね。決闘したから疲れちゃったよ」
「あ、ああ……」
と、あずささんは十代さんにそう言ったところで、そのまま背中を向けて、保健室の出口へ。
「あ……じゃあ、私も」
その後ろを、明日香さんもついていった。
「……なぜ……?」
視点:外
「あずさ」
廊下へ出たあずさに、明日香が呼び掛ける。
「……」
ただ立ち止まり、こちらに顔は向けない。
「あずさ……あれで、よかったの?」
「……うん。梓くんが戻ってきてくれただけで、十分だよ……」
だが、その言葉が虚勢であることは、声を聞いただけで分かる。ひたすらに、哀しんでいることが。
「あずさ……」
「……ごめん、本当に疲れちゃったから。だから……お休みなさい……」
「……」
その言葉に、それ以上の言葉を掛けることは、できなかった。
「十代さん……」
去っていくあずさを見ていたところを、梓に呼び掛けられ、梓を見る。すると、全員が驚かされた。
「お、おい、梓?」
「……」
その目からは、大粒の涙を流していた。
「教えて下さい……」
なおもあずさの出ていった出口の方を見ながら、尋ねる。
「彼女は……どうして……あんなに……哀しげだったのですか……」
「梓、お前……」
「どうして……彼女のあんな姿が……こんなにも、胸を締め付けるのですか……」
「……」
「彼女のあんな姿だけは……見たくない……どうして……」
『……』
誰も、答えることはしなかった。
「教えて下さい……教えてください……」
こうして、保険教師の鮎川が戻ってくるまで、その言葉と、涙が止まることは無かった。
……
…………
………………
視点:梓
あの後、すぐにブルー寮の自室に戻った。深夜だったこともあり、幸いにもその間誰にも出会うことはなかった。
長い間留守にしていたから、埃を被っている箇所もあったけど、自分の匂いは、そこに残ったままになっていた。
まずは、文字通り血と汗にまみれた着物を脱いで(これはもう捨てるしかありません)、お風呂へ入った。
お風呂から出た後は、体と髪を拭いて、服をしまってある箪笥の方へ。色はたくさんあるけれど、その中で最も好きなのが青。だから今までと同じ、青色を選び、着る。
着替えた後は、いつもなら、前日の夜までには終わらせていた行動、時間割を確認し、今日の授業の準備を済ませる。
それが終われば、汚れた場所を拭いたり、お茶を点てたりして、ただ、時間を待った。途中で髪も乾いたから、以前そうしていたように、後ろで一本に縛った。
部屋に戻った時は、丑三つ時をとうに過ぎていたけれど、次第に空は黒から藍色へ、藍色から青へと変わり、そしてやがて、全てを照らす光が現れる。
その後も待っていると、外の廊下から生徒達の声が聞こえ、窓から外を覗くと、生徒達がアカデミアへと歩いていくのが見える。
けど、それでもまだ、私は部屋を出ることはしなかった。
誰であれ、今、顔を合わせるのは、どうしても気まずい。そして、怖いから。
そして、寮に一人もいなくなったであろう時間を見計らい、いよいよ部屋を出る。
結果、授業の五分ほど前の時間になっているけれど、私なら、走れば十分に間に合う。
授業の三分前に、教室の前に辿り着いた。思っていたより時間が掛かってしまった。
けど後は、この扉を開くだけ。
中からは、大勢の生徒の声が聞こえてくる。
彼らの中に、私は再び、戻ることができるのか。
感じるのは、ただひたすらに、不安と恐怖だけ。
「……」
それでも、私はここに、戻ると決めた。
大勢の仲間達が待ってくれている、この場所へ、戻ると決めた。たとえそのために、大勢の人から蔑まれることになったとしても、もう、逃げないと決めた。
だから……
スッ……
ガララ……
一歩踏み出すと、それだけで自動ドアが開き、私を迎え入れる。あとはそのまま進むだけ。
「……え?」
「どうした……っ!!」
最初は、一人か二人か、そのくらいの視線だった。
それが、徐々に増えていき、とうとう、教室中の視線は一点に集中し、騒がしかった教室が、一気に静寂に包まれた。
「……」
そんな光景に、何も言えず、何もできず、それ以上、進むことができなくなった。
(やっぱり、私は……)
「梓さん……?」
と、誰かの声が聞こえてきた。
そちらを見ると、いつも、お茶会に参加してくれていた女子生徒。
「梓さん……本当に……?」
今度は、イエロー生徒の方。
「梓さん?」
「え、梓さん……?」
「梓さんが……」
最初の静寂と同じく、私を呼ぶ声は、段々教室に広がっていく。
「皆さん……」
「梓さんだー!!」
「梓さんが帰ってきたー!!」
『うおおおおおおおおおおお!!』
『きゃーーーーーーーーーー!!』
「……っ!!」
驚いた次の瞬間には、教室中の生徒達が、私を囲んでしまった。
「梓さん、よく御無事で……」
「お帰りなさい、ずっと待ってました」
「心配しました。どうしてたんですか?」
「とにかく、無事でよかったー!!」
「……」
ずっと、蔑まれるかと思っていたのに。
そうでなくとも、精々無視されてお終いだと思っていたのに。
「皆さん……」
なのに、誰もそれをしようとしない。
蔑むどころか、全員が、私に笑顔を向けている。涙を流してくれる人まで。
「……」
見ると、彼らの向こうに座る、十代さん、準さん達も、同じ視線を向けてくれていた。
私という存在を、心から受け入れてくれて、歓迎してくれている。
ここにいてもいいのだと、言葉にせずに語り掛けてくれている。
「……」
キーンコーン……
その時ちょうど、始業の鐘が鳴り、教壇に、クロノス先生が立った。
「皆さーん、早く席に着いて下サーイ」
その呼び掛けに、騒いでいた人達は、一斉に口を閉ざし、そちらを見た。
「……」
なぜだろう……と、疑うまでもない。ただ、感じたからそうするだけ。
「皆さん」
静かになったところに呼び掛けて、私は一言だけ、言いたいことを言った。
受け入れてくれる。迎え入れてくる。
どれだけ傷つき、道を踏み外したとしても、そうやって、自分の居場所でいてくれた、この教室に、目の前の生徒達に、そして、決闘アカデミアに。
自分の居場所、帰る場所だから、言うことが許される言葉。
大切な居場所だから、掛けることができる、その言葉。
そんな言葉を、精一杯の心を籠めて、精一杯の笑顔で……
「ただいま」
第四部 完
お疲れ様~。
いやぁ、ようやっと四部が終わったよ~。
よくもまあ、こんな下手くそでつまらん小説に付き合って下さって、心から感謝です本当に。
……まあこれが最終回な予定もないんだけど。
続きを読みたいと思う人がいるのか知らないけど、一応、まだ続ける予定です。こっちもあっちも。
ただぶっちゃけ、大海的には燃え尽きた感もあるから、これが最後になる可能性も無いでもない。先に言っとくよ。
とまあこれ以上先のことを言ってても仕方ないが、とりあえず、改めまして、ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
次、会えるか分からんが、一応、いつもの言葉で締めます。
ちょっと待っててね。