決闘前のちょっとしたほのぼのシーンです。
早く決闘を見せろって? うん。謝る。ごめんね。
謝ったから許しておくれ。
許されたところで、行ってらっしゃい。
視点:梓
「おはようございます。梓さん////」
「おはようございます」
「梓さん、おはようございます!////」
「おはようございます」
「今日も素敵なお召し物ですね!////」
「ありがとうございます」
私は今、早朝の女子寮前で、女子の皆さんに話し掛けられています。こんな場所にいる理由ですが、あずささんを待っています。
昨日の様子から、寝坊をしないかとても心配です。
きちんと一人で起きられるのでしょうか。いやむしろ、教えたことがきちんと頭にあるかどうかも心配です。彼女は少し抜けている部分がありますから、少し心配なのですよね。もちろん、そんなことは私が心配するまでもないことなのでしょうが……
「あら梓、おはよう」
聞き覚えのある声がしました。私を唯一呼び捨てにする女子。もはや確認は不要ですね。
「おはようございます。明日香さん」
「女子寮の前で、どうかした?」
「ええ、その……あずささんは?」
少し声が落ちてしまいました。あずささんの名前を出しただけで、顔は赤くなっていませんでしょうか。
「そう言えば、今朝はまだ見てないわね」
「やはり、寝坊ですか?」
恐れていた事態になりましたか? すると、明日香さんは私に微笑みかけました。
「まるでそうなるって分かってたみたいね」
「ええ、その、昨夜少し様子がおかしかったので、きちんと眠れているか心配なのです。それに、教えた身としても気になるところですし」
私の不用意な一言で気分を害されてしまったようですし、何より私の話をした直後、様子がおかしかった。理由は分かりませんが、心配していた通りのことが起こってしまいました。
「……」
「どうかなさいましたか?」
先程からずっと微笑んでおりますが。
「ううん。梓って、本当にあずさのことよく見てるなって思って」
「そりゃあ、友達ですから……」
そう。友達ですから。それだけです。友達として、心配するのは当然のことですよ。
「……」
おや、今度は哀しげな顔を見せていますね。
「どうかしましたか?」
「ううん。それじゃあ、私があずさを迎えにいってくるわ」
あ、いえ、それは……
ガシッ
「?」
反射的に、明日香さんの手を取りました。
「え、なに?」
「もうあまり時間もありませんし、明日香さんは先に行った方が良いでしょう」
視点:明日香
あずさを迎えに部屋へ行こうとしたけど、突然梓に腕を掴まれて、先に行けと言われた。
「でも、あなたはどうするの?」
「私は彼女が現れるまで待っています」
え? でも、それじゃあなたこそ遅刻するんじゃ……
「こうなってしまったのは私にも責任があります。だから、彼女がテストに遅れて点数が取れないというなら、その罰は私も等しく受けなければなりません」
梓、そこまであずさのこと……
「それに、私ならば大丈夫です。ここから学園まで、三十秒もあれば到着しますから」
ああ……納得。あの夜あれだけのスピードだったし、確かに普通に走っても速いでしょうね。正直なところ、私じゃ自転車や馬に乗っても勝てる気がしないもの。
……て、何で馬が浮かんだのかしら?
「分かった。じゃあ、先に行くわ。けど、ちゃんと来るのよ」
「ええ。ご健闘を」
その言葉を最後に、私は梓と別れた。
それにしても、本当に梓は純粋な人だと思う。あずさはよく寝坊をする方ではあるけど、今回はそれを昨夜一緒にいた自分のせいだと思って、それだけで試験よりもあずさを待つなんて。彼は友達だからって言ってたけど、普通は友達だからってできることじゃないわ。
彼は諦めてるつもりみたいだけど、やっぱり今でもあずさにゾッコンみたい。
まあそれはともかく、今は二人が試験に間に合ってくれるよう祈るだけね。
視点:あずさ
ピンチです!! 平家あずさ、アカデミア生活始まって以来のピンチです!!
とにかく落ち着いて!! ええと、忘れ物は無い、デッキオッケー、決闘ディスクオッケー、筆記用具オッケー、カバンもオッケー、荷物全部オッケー。
忘れ物は無い。よし! 靴履いて鍵閉めて、出発!!
今からじゃ走っても間に合わないかな?
いや!!
諦めるなわたし!! 人にはやらねばならない時がある!! 今がその時!!
さあ目覚めよ! わたしの中の揺るがぬ絆よ!! 女子寮を出て、目指すは学び舎!!
あずさ第一の絆を見よ!!
「おはようございます」
揺るがぬ絆~~~!?
ドッスン! ズザザ~~~~!!
「だ、大丈夫ですか?」
いや、まあ、うん。顔から滑ったけど平気。それより……
「何で梓くんがここに……」
そう聞こうとした瞬間、梓くんはわたしをひょいっと背負い上げた。両手には、梓くんとわたしの荷物を持ってる。
「へ!? な、なに!?」
「お静かに。舌を噛みますよ。私から絶対に手を離さぬよう……」
なに? そう聞き返そうと思った瞬間、物凄い……
Gぃぃぃいいいいいいいい~~~~~~~~~~~~~!!
「うわあぁぁぁぁああああああああああああ~~~~~~!!」
視点:十代
急げ急げ急げ! まさかこんな日に寝坊なんて! ていうか、翔のやつも起こしてくれても良いだろう!
時間は……何とか間に合うか……
って思ってる矢先に目の前にトラックを押してるおばさん。
ああー!! 俺こういうの弱いんだよなぁ!!
「手伝うぜ、おばさん!」
「おや、あんたテストは?」
「困ってる人は放っておけないぜ!」
そう言いながらトラックを押すけど……くそ、中々重てぇ、思ったように進まねえ!!
「あたしは良いから、あんたは早く言った方がいいよ」
そう言ってくれてるけど、でも、放っておけないし……
「じゅ~~~だ~~~いく~~~~~~ん!!」
あれ? この声、あずさ!? そう気付いて振り向いた時、あずさは梓に背負われながら、こっちに猛スピードで近づいてくる。
「ど~~~い~~~て~~~~~~~~!!」
そして、大きく下げて構えてる右手には……
て、あの黄色の手甲!!
「おばさん! 避けろ!!」
おばさんが何か言う前に、俺はおばさんを押して道から逸れた。そして、梓がトラックの目の前まで来て、
「飛んでけ!!」
ガッ!!
あずさの右手が、あんなに重かったトラックを一気に前に進めて、学校前に着いちまった。そしてそのまま、梓とあずさは校舎の中に走っていった。
「……」
「……」
おばさんと俺、しばらく呆然としてたけど……
「あ! あんた、テスト!」
「あぁ! そうだった!!」
おばさんの言葉で思い出して、俺は走り出した。
「さっきはありがとうねー。さっきの子達にもお礼を言っといておくれー」
「おー! おばさんも気を付けろよー!」
そして、俺も試験会場へ急いだ。
視点:梓
約半分の時間遅刻してしまいましたが、正直簡単な問題ばかりで、残りの半分の時間で見直しまで完了してしまいました。
「『サイクロン』の説明をせよ。」という問題が出た時は、あまりのバカバカしさに危うく抜きかけましたよ。
おそらく完璧ではないかと思います。
あずささんは……
シュ~~~~~……
真っ白になって燃え尽きていますね。ああ、頭から煙が……
「スゥ……」
逆に十代さんは余裕ですね。私達よりも遅く到着して、五分もしない頃には眠ってしまいました。あ、明日香さんが起こした。
「あずささん、大丈夫ですか?」
「……ふぇ?」
話し掛けてみましたが、随分辛そうです。
「うん、多分。梓くんが教えてくれたところは完璧に解けたよ……」
一応笑顔を見せて下さいました。その言葉は嬉しいのですが……
あずささんとお話しするために、隣の席に座りました。
「やはり、私は教えるべきでは無かったでしょうか」
「え?」
聞き返してきました。まあ、当然でしょうね。
「昨夜、あなたの様子がおかしかったので、眠れなくなるのではないかと思いました。だから、それで寝坊でもしてしまった時、お詫びにあなたをアカデミアへ送ろうと、あそこで待っていました」
「そのために、女子寮の前に……?」
そんな目で私を見ないでください。これは当然の償いです。
「こんな事態を引き起こしてしまって、申し訳ありませんでした。これからは、こんなことにならないようにします。二度と、あなたを教えません」
「ちょっ、違うよ! 梓くん誤解してるよ!」
随分必死に否定しています。その優しさだけで十分です。
「確かに昨夜は眠れなくなっちゃったけど、遅れたのは寝坊じゃないよ!」
え? 違うのですか?
「実は……余計なお世話かなって思ったんだけど……////」
あずささんは何やら言い辛そうに、顔を赤くしながら、カバンを机に置きました。
「梓くん、多分今日も朝ごはん食べてないでしょう?////」
「ええ。例によって空腹にはならなかったので」
「それでね、それじゃあいけないって思って、早起きして、梓くんにお弁当作ってきたんだよ////」
そして取り出したのは、お弁当箱。
「これを、私に?」
「うん。料理は久しぶりだったから、すっごく時間が掛かっちゃって////」
その話しを聞いて、たった今気付きました。あずささんの指に、何枚かの
「さすがに梓くんの料理には敵わないけどね。一応、あんまり食べない梓くんのお口にも合うようメニューを考えたつもりなんだけど」
そしてまた、笑い掛けてくれています。
「……」
「あ、梓くん!?」
「……すみません。嬉しくて……」
あまりに嬉しくて、涙が流れました。
こんな、私のために、あなたに迷惑を掛けた私などのために、こんな指になるまで……
けど、嬉しいと思うと同時に、また別の思いまで感じてしまいます。私が自分の身の上話などしたせいで、梓さんをこんな目に。それがまた、私の心を締め付けます。
「えっと、気にしないで」
また、あずささんが話し掛けてきました。
「その、もし違ってたら謝るけど、自分を責めることなんて無いよ。わたしは確かに、梓くんの話しを聞いて眠れなくなったし、それがきっかけでお弁当を作ったけど、でも、これはわたしがそうしたくて、梓くんのために何かしてあげたいからそうしたんだ。梓くんに喜んで欲しくて、喜んでくれなくても、せめて、ちょっとは梓くんの役に立つことできたらなって。それで、少しでも梓くんが元気になってくれたら、それがわたしには一番嬉しいことだったから。だから、もし今責任を感じてるなら、全然気にしなくて良いんだよ」
それはまるで、私の心を見透かしたような言葉でした。
そして、とても嬉しい言葉でした。
あまりに嬉しくて、私はあずささんの、弁当箱を持つ手を取りました。
「あ、梓くん……?」
動揺していますが、これだけは言わせて下さい。
「ありがとうございます。あずささん……」
「……どういたしまして」
あずささんも、笑顔でそう言って下さいました。そんな素敵な笑顔を見せて下さる。私にとってはそれだけで、仮に今空腹を感じていても、きっと満たされてしまいます。
視点:明日香
幸せそうに話してる二人の
「天上院君」
話し掛けてきたのは、ラーイエローのトップ、三沢君。
「もしかしてあの二人、付き合っているのか?」
教室には今私達と、あの二人の四人だけ。私達だから良かったけど、他にも誰かいたら大事になってたかもね。
「いいえ。付き合ってはいないわね」
「そうか。いやすまない。あまりにも仲睦まじいというか、恋人同士の空気を感じてね」
「……ええ。私も同じよ」
そう言うと、三沢君は不思議そうに私を見た。まあ、別に口止めされてる訳でもないし、話してもいいかしら。
「本当はね、梓が、水瀬の方ね。平家あずさに一目惚れしたらしくて、この間会った時、すぐに告白したの」
「ほお。あの梓が……」
あ、あんまり驚かないのね。
「けどその時、あまりにいきなりだったからあずさは、平家の方ね。答えられなくて、それで梓は、一方的に振られたと思って、平家あずさは今も梓のことをどう思ってるのか分からなくて、水瀬梓はあずさとは友達として接してるの」
「……何だか複雑な関係だな。おまけに名前が同じなせいでかなりややこしいし」
まあ、そうよね。私もかなり話し辛かったし。今度から説明する時は敬称を使うべきかしら。梓君とか、あずささんとか。
「けどまあ、あの様子なら、そう遠くないうちに結ばれる日も来るかもしれないな」
そうね。けど、そうなる日が来るには、やっぱりあずさの方から言わないとダメでしょうね。梓は今でもあずさが好きみたいだけど、必死でそれを愛情から友情に変えようとしてるみたいだし。早くしないと、どちらかが誰かに盗られちゃうかもしれないわ。
「……誰なんだろうね」
「まったく」
あら、十代と翔君が帰ってきた。
……
……十代は……誰かに盗られる心配は……
って! 何で私がそんなこと心配してるのよ!!////
「天上院君、顔が赤いがどうかしたか?」
!!
「何でもない! 本当に何でもないから!!」
「そ、そうか……」
そうよ、本当に何でもないわ。
二人を見てて羨ましいとか、私も誰かとああなりたいなとか、それが十代だったらなとか……
て、だから何なのよー!!////
視点:外
「あ……」
梓が弁当を食べようと蓋を開いた時、中身は既に、悲しい事態となっていた。
「ここまで来る時、背負って走った時に……」
混ざってしまっていた。
「……すみません」
「ううん! 梓くんが気にすることないよ!」
「……いただきます」
「あ……」
止めようとするあずさにも構わず、梓は弁当を一口食べた。
「……」
(ドキドキ……)
「美味しいです。とても」
その笑顔での梓の言葉に、あずさの顔にも、これ以上無いほど喜びに満ちた笑顔が浮かんだ。
お疲れ様です。
次が決闘だからね。
ちょっと待っててね。