遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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らりほ~。
んじゃ第ニ話、は~じま~るよ~。
行ってらっしゃい。



第二話 花の選ぶ道

視点:梓

 光陰矢のごとし。

 とはよく言ったもので、学園祭が終わった後の月日は、正に矢の如く、あっという間に過ぎ去っていきました。

 

 

 まず、セブンスターズの最後の一人、アムナエル。彼と、十代さんが、私、翔さん、隼人さんの立ち合いのもと、決闘を行った。その際、アムナエルの正体が、大徳寺先生だという事実を突き付けられて、さしもの十代さんも動揺を見せていました。

「梓、知ってたのか? 大徳寺先生のこと」

「……ええ」

「……どうして、言わなかったんだ?」

「私も彼と同じ、セブンスターズだからです」

「……」

「目的は違っても、同じ志のもとに集まった同士です。それを、他人に打ち明ける、そんな権利は私には無い」

「……」

 

 

 そのすぐ後、準さんと、吹雪さんの二人に協力し、準さんの恋路のために、厳重にしまわれていた『七聖門の鍵』を持ち出しました。

「鍵は金庫の中に厳重に保管してあった。一体、どうやって……」

「どうって……少し力を入れて引っ張ったら簡単に開きましたが」

『……』

「とは言え、鍵は完全に壊れてしまっていたので、二度と金庫としての機能は果たさないでしょうね」

「だろうな……」

『……』

 

 

 その決闘で、準さんは明日香さんに敗れてしまいました。

 そしてその瞬間、鍵は意思を持ったように動きだし、ある場所へ。そこは、『三幻魔』の封印されている場所。三幻魔の復活と共に、私達セブンスターズの首領、影丸理事長が姿を現し、三幻魔のカードを手に入れた。

 そして、世界の命運を賭けた決闘が行われることに。

「ならば俺が相手をしよう! 決闘アカデミアのカイザー、丸藤亮が!」

「いや、この決闘だけはこの、一、十、百、千、万丈目サンダーが受けて立つ!」

「いいや、この決闘はこの僕、えーと……ふ、決闘アカデミアのブリザード・プリンス、天上院吹雪がお相手する」

「……」

 明日香さんが呆れました。

「……っ」

「……ここは私にやらせて下さい」

「梓?」

「私は、彼の正体を知っていた。知っていた上で、秘匿していた。そして、鍵を盗み、このような事態が巻き起こった。全ては私に責任があります。だから、凶王……いえ、水瀬梓に、償いの機会を与えていただけませんか?」

『……』

「……っ」

 

『ダメだ』

 

「あら……」

「く……大地さん?」

「……お前今、また空気と言おうとしなかったか?」

「……空耳ですよ。空気だけに」

「……」

 

『私の相手は遊城十代、お前だ』

 

「お、俺?」

 

『そう。精霊の力を強く持つお前でなければ意味が無い!』

 

「精霊ならわたしにもいるよ!」

「私にもです!」

「俺もだ!」

(一応、僕も……)

 私と準さん、そして、あずささんが叫びました。あと翔さんも、似たような表情をしている。まあ、見えている人には、常に彼に寄り添う精霊、『ブラック・マジシャン・ガール』の姿が見えていますし。

 

『お前達と遊城十代とは、決定的に違う。退いていろ』

 

『……』

 全員が歯痒さを感じる中、十代さんが前に出て、決闘を行った。

 そして、その決闘で見事に勝利し、世界の危機は無くなった。

 

 

 しばらく後、隼人さんが、(  2)(インダストリアル・イリュージョン)社のペガサス会長から、カードデザイナーとしてのお誘いを受けた。

 しかし、隼人さんが留年しているということで、クロノス先生が異議を唱え、二人の決闘が決まった。

 最初、隼人さんは自信を持てていなかったのですが、十代さんや翔さん、そして、ジュンコさんと言葉を交わして、自信を抱き、決闘を行った。

 結果は、クロノス先生の勝利。隼人さんの敗北。

 しかし、決闘の内容は素晴らしい物だった。それを認められ、隼人さんは、旅立ちの権利を手にした。

 旅立ちの前日、ジュンコさんと二人だけで言葉を交わしていた。

 内容は、分かりません。一つ分かるのは、彼らがもう一度、再会を約束した、ということくらいです。

 

 

 そして、亮さんの卒業決闘の相手に、十代さんが選ばれ、その決闘が昨日行われた。

 最初、十代さんは、亮さんを真似て、完璧を追求した決闘を行おうとした。しかし、次第にそれが自身には不得手だと分かり、元に戻った。そして、壮絶な攻防の末、引き分けた。

 それは、とても素晴らしい決闘でした。

 

 

 そして今日、私は校長室に呼ばれ、鮫島校長先生の前に立っている。

「呼び出したのは他でもありません」

 そんな切り出しで始まる。正直、私も予想はついております。

「梓君、君の出席日数についてです」

 ふむ、思った通りだ。むしろ、今日まで何の追求も無かったことが不思議なくらいだ。

「ここ数日、慌ただしい日々が続いていたので話す時間が取れませんでしたが、梓君、君がアカデミアを失踪してから戻るまで、かなりの日数を欠席していたことは、分かっていますね?」

「ええ。留年も覚悟の上です」

 当然の報いと言えるでしょう。仮にも学生としての義務を怠っていたのだから。むしろ、アカデミアの敵として立ちはだかった身だ。退学されないだけマシと言える。

「無論、留年も視野に入れていました。しかし君の場合、入学試験から失踪する以前、そして、戻ってきてから今日までの間、成績は常にトップをキープしている。これらのことを鑑みれば、留年はぎりぎり許容されます」

「そう、ですか……」

 そういうものなのですか……

「ただ、寮の降格は免れない」

「……」

「君よりも短い欠席期間であった万丈目君も、オベリスクブルーからオシリスレッドへ降格されました。彼も成績は、君や、イエローの三沢君に次いで優秀でした。これは、君がトップと言えども例外にはできません」

「ふむ……」

 それは、まあ、そうでしょうね。しかし……

「敢えて、我がままとして言わせていただくと……それは、少々困りますね……」

「……ほう?」

 と、何やら意外そうな声を出しました。

「君のことですから、てっきり寮にこだわりは持たないと思っておりましたが」

 まあ、私自身、入学したての頃は、自らレッドへの降格を望んだこともある。校長先生の言う通り、私にとって、寮の優劣など意味が無い。

 正直、私自身が、こんな我がままを口にしていることに驚いている。私自身が、こんな我がままを口にする人間になったことにも。

「特に強い理由はありません。ただ、住み慣れた場所が惜しいというだけです」

 無論、それが真の理由なわけは無いのですが……

『梓……』

 

「……ふむ」

 しばらくの沈黙の後、校長先生はこちらに目を向けた。

「では、一つ提案があります」

「提案……私が、レッド寮に下がるか、ブルー寮に残るか、という提案でしょうか?」

「ええ」

「……一応、申しておきますが」

「何でしょう?」

「仮に私がレッド寮に降格されたとしても、校長先生にも、アカデミアにも、誰にも一切の危害を加える気はありません」

「え、ええ……それは、ありがたいことです……」

 なぜ顔を引きつらせるのでしょう?

「まあ、そういうことはともかく、提案というのが……」

 

 プルルルルル……

 

 校長先生が話そうとした時、机の上の電話が鳴りました。

「失礼」

 一言私に断りを入れた後で、受話器を取りました。

「ええ……は? はあ……分かりました」

 簡単な会話を済ませて、受話器を置きました。

「すみませんが、ここへお客様がやってきます」

「そうですか。では、私はこれで……」

「いえ、そのお客様は、梓君、君の立ち合いを求めています」

「……そうですか」

 はて、誰なのでしょう……?

 

 

 

視点:外

 校長室で、二人の人物が話している間、その外には、お馴染みのメンバー、五人が集まっていた。

「梓の奴、大丈夫か?」

「梓が呼び出される理由なんて……あり過ぎるかしら……」

 明日香が顔を引きつらせながら言い、十代ら全員が苦笑を見せた。

「まあ、まさかこの期に及んで退学、ということは無いだろうが」

「セブンスターズだったから退学だっていうなら、とっくに退学になってるよ。吹雪さんも退学だろうし、カミューラだってクビになってるだろうし」

「だよな……」

 万丈目と翔の意見には、残る三人も賛同していた。

「となると、やっぱり出席日数が足りなくて留年、かしら」

「かもな。万丈目よりも長い間いなくなってたわけだし」

「ふむ……他に可能性も無さそうだしな」

「留年……梓さんが……」

『……』

 

『留年て、そんなに大変なことなのですか?』

「マナ……」

 訂正。五人、プラス一人である。

「どうして?」

『留年て、退学とは違って、学校にはいられるということですよね?』

「それはまあ、そうだけど……」

『だったら、何も心配はいらないじゃないですか。むしろ、もう一年学校に通えて、ハッピーなことですよ!』

「あのねぇ……」

「誰と話してるの?」

 苦笑する翔と、他の三人に対し、一人、その姿が見えていない明日香は、四人に対して尋ねた。

 

『マナの言う通りだな』

「シエン……」

 更に訂正。五人、プラス一人、プラス六人である。

『留年てものがハッピーなのかどうかは知らんが、少なくとも、辞めさせられるよりはマシなんじゃないのか?』

「そうとも言えんぞ。中には留年するくらいなら退学を選ぶ者もいるほどだ。それだけ、学生である期間が延びるというのは、深刻なことなのだぞ」

『そうなのか……だが、少なくとも梓はその逆だろう……?』

「キザン、それは……」

『あいつは退学するより、留年することを喜んで選ぶと思うぞ』

「エニシ……確かに、そうかもな」

 十代の言葉と共に、全員に笑顔が灯る。ちなみに、今度は明日香にも、六人の姿は見えていた。

「梓さん、決闘が大好きだもんね」

「それに、決闘以上に好きなものも、このアカデミアにはあることだしな」

『……』

「……? 何でわたしを見るの?」

 四人、プラス一人、プラス六人分の視線を一身に受けながら、あずさは尋ねた。

 尋ねた、その直後だった。

 

「ちょっと失礼」

 

 そう、後ろから、女性の声が聞こえ、振り返ると、

「着物……?」

 明日香の呟きの通り、着物を着た女性が立っていた。

 年齢はおそらく二十代半ばから後半、もしかしたら三十代かもしれない。顔立ちは整っていて美形に見えるが、その目は細く、睨まれれば思わず怯んでしまうかもしれない。

 そんな、どこか迫力ある着物の女性が、校長室の前に立っていた。

「入りたいのだけど」

「あ、ああ、ごめんなさい」

 慌てて五人は道を開ける。大きさは普通だが、顔に違わぬ迫力が感じられる声だった。

(……ったく、だからガキは嫌いなのよ……)

「え?」

 翔の疑問の声を無視し、女性はドアの前に立った。

 

 ウィィン……

 

 自動ドアが開き、その中に、失礼します、と一声掛けながら入っていった。

 

『シエン……』

『ああ。言わなくても分かる』

未来(むかし)と比べて痩せてるけどね……』

『それでも、あの邪悪を圧縮したみたいな目ん玉はそのまんまだ』

 

 

「失礼します」

 

 その声に、鮫島が入口を見て立ち上がり、梓が振り返った時、

「……!」

 梓は、目を見開いた。

「久しぶりね、梓」

双葉(ふたば)さん……」

「お知り合いですか?」

 二人の言動に、鮫島が尋ねると、双葉、と呼ばれた女性は笑顔を向けた。

「知り合いも何も、親戚同士ですわ」

「そうですか。このアカデミアの校長をしている、鮫島と申します」

 納得したという顔で、自己紹介をしているが、双葉はろくに聞いていなかった。

「それで、今日の要件ですけれど……」

 一方的に話を切り出す。その態度には疑問を持ったものの、それ以上に鮫島が疑問を持ったのは、隣で、今まで見たことが無いほどに顔を引きつらせた、梓の表情だった。

 そして、その疑問も、すぐに解消された。

 

「今日限りで、この水瀬梓を、アカデミアから退学させていただくことにしましたの」

 

「な……!!」

 

『えぇ……!!』

 

「……」

 鮫島と、外にいる五人が驚愕の声を上げた。だが、五人の声は、どうやら三人には届いていなかったらしい。

 梓はただ沈黙し、双葉を見据えるだけ。そんな二人を前に、双葉は続ける。

「別に驚くことはありませんでしょう。長い間失踪して、欠席が多かったことは分かっていますのよ」

「それは、その通りですが……」

「ということは、留年でしょう。あいにく、我が家には一年間余計に学校に通わせるほどの余裕はありませんの。だから、たった今から、この愚息はこちらで引き取らせていただきます」

 そう、一方的に言いながら、梓の手を強引に引いた。

「さ、帰るわよ、梓」

「……その前に尋ねたいのですが……」

 

 バチッ!

 

『……!!』

 梓が言い切る前に、双葉の平手が、梓の顔に飛んだ。

「あんたには何も話す権利は無いのよ。とにかく早く帰るの。分かった?」

「……その退学は……」

 

 バチッ!

 

 また飛ぶ。

「だから喋るなってのよ。あんたは黙ってついて来ればいいのよ」

「……その……」

 

 バチッ!

 バチッ!

 ゴッ!

 

 今度は三発。しかも、三発目は顔面への拳。衝撃で、梓は尻餅を着いてしまった。

「だから喋るなっつってんだよ!! てめえは水瀬家に帰ってあたし達に一生償うんだよ!! ゴミのくせに人間様に三度も同じこと言わせんじゃねえよ!! 分かったかクソゴミが!!」

 

「おい!!」

 

 たまりかねた十代が叫び、校長室の中へ入る。そこに、明日香ら四人も入ってきた。

「十代さ……」

 

 ドッ!

 

 梓が声を出す前に、その頭に蹴りを入れ、床に倒す。

「やめろ!! 何てことしてんだよあんた!!」

「はぁ!? 家庭問題に口出ししてんじゃねえよ!! 我が家で出たゴミをあたしがどうしようがあたしの勝手だろうがよ!! ガキはすっこんでろや!!」

 十代の怒声に物怖じすることなく、それを遥かに上回る怒声を浴びせる。

 だがそれは、まっとうな十代の怒りに対して、不当な怒りに他ならない。

「何が家庭問題だ!? 一方的に、梓の話しも聞こうとしないで、挙句ゴミだって!?」

「ゴミをゴミだっつって何が悪い? あぁん!? ただ人の形してるだけの捨てられたゴミだろうがよ!!」

「そっか。そんなふうに呼ばれ続けたから、梓さんも自分のことをゴミだなんて思い込んじゃったのか……」

「はんっ!」

 翔の問い掛けを、双葉は鼻で笑う。

「思い込んだって何よ? こいつは本当にゴミだろうが。正! 真! 正! 銘! 汚ったねぇゴミだろうがよ! どこをどう見ても!!」

「ふざけないで!!」

 明日香も負けじと声を上げる。

「梓ほど人間らしい人なんていないわ。それを、汚いゴミだなんて、あなたの目こそおかしいんじゃないの!?」

「バカかクソガキ!!」

 

 ドカッ

 

 ドサッ

 

 立ち上がりかけた梓の顔を、再び蹴りつける。衝撃で、今度は側面に倒れた。

「知らねえなら教えてやろうか!? このガキはなぁ、ゴミ捨て場に捨てられてたんだよ。それを、うちで一番偉い奴が気まぐれで拾ってきて、梓なんて名前付けて息子として育てるなんて言い出したんだよ。こんな汚ったねえゴミが、由緒ある名家に我が物顔で住み着いてる、その屈辱があんたらクソガキどもに分かるか!?」

「分かりたくもない!!」

 万丈目が、もう一度叫ぶ。

「貴様らの事情など知らん! 知っているのは、貴様らがゴミと呼ぶ梓は、俺達にとっては確かに人間だという事実だけだ! 貴様らの一方的で不当な怒りで、俺達と梓の間に芽生えた絆を否定されてたまるか!!」

「……ぷっ」

 万丈目の言葉に、双葉は、噴き出した。

「ぷっははははははは!! 絆!? このゴミとの絆とか、ちょっと、冗談は存在だけにしてよ、くくくくくく……」

「何だと!?」

 爆笑での涙を拭いながら、ようやく立ち上がった、梓の長髪を乱暴に握る。

「あんたらが何を言ってもね、ゴミの退学は決まってるんだよ。ゴミが留年するって分かった時点で……!」

 

「その件ですが……」

 

 双葉の言葉を、後ろに立っていた鮫島が遮った。

 全員がそちらを見たところで、再び口を開く。

「梓君は留年にはなりませんよ」

「……は?」

 双葉が放心を浮かべたが、なお話を続けた。

「彼は入学時から失踪直前、そしてアカデミアに復帰してから今日まで、成績は学年トップをキープしてきました。それは、留年の問題と相殺させるには十分の実績です。そのことを、ちょうどお話していたところです」

「……はんっ!」

 話しを聞き、放心はしたものの、それでもそう声を出し、手を離しはしなかった。

「関係ないわね。どの道、失踪の事実は変わらないんだから。それだけでうちとしても、やる気のないアカデミアを退学させるには十分よ」

「おい! 留年しないって言ってるんだぞ! だったら……!!」

「だ! か! ら! クソガキは黙ってろや!! 人ん家の家庭問題に首突っ込んでんじゃねえよ!!」

 そう叫びながら、ズンズンと入口に向かって梓の髪を引く。

「退学届は後日届けさせるので、お願いしますね!!」

「おい!!」

 十代の呼び掛けにも応えず、入口の前まで歩いた、その時、

 

 ガシッ

 

「……!」

「あん……?」

 引かれている梓の手を、あずさが掴んだ。

「何よ、クソガキの雌」

「……!!」

 その言葉に、梓が反応を示したが、

「梓くん……」

 あずさは気にしたふうも無く、声を掛けた。

「君は、どうしたいの?」

「……」

「だから退学するって言ってんだよ!! 退学だ!! もう決まったんだ!! 離せやこのクソガ……!!」

 

 ブンッ

 ブワァァァァァァァァァァァァァァァァ……

 

「……!!」

 喋りつづける双葉の顔面に、あずさの拳が飛ぶ。寸止めの後の強烈な風圧が、双葉の髪を揺らし、同時に言葉を奪った。

「……(ガタガタ)」

 震えながら、梓から手を話し、後ずさった。

「梓くん……」

「……」

 しばらくの沈黙の後、梓は顔を上げた。

「……辞めたいわけ、無いじゃありませんか」

 力強く、はっきりと、そう言った。

「私は、もっと決闘を学びたいです。もっと、強くなりたいです。皆さんと、絆を育みたいです」

「……だよね」

「ええ……」

 

 ガシャンッ

 

『……!!』

 梓の言葉の直後、また、双葉が梓の、今度は後頭部を殴った。

 それは、廊下にあった花瓶だった。梓が一歩前へ出て、中身の花が散乱し、水が梓と床を濡らした。

「ふざっけんじゃねえぞ!!」

 そんな凶行の直後でも、叫ぶことはやめない。

「退学は決まったって言ってんだろうが!! あたしらだけじゃねえ!! あんたの大好きな頭首も、兄貴の(はるか)さんだってそう言って……!!」

「その嘘にはもう飽きました」

 ずっと無言だった梓が、初めて双葉の言葉を遮った。

「嘘、だ……?」

「ええ。嘘です。今まで、両親や兄を装って退学を促そうとした手紙を、入学してから何百通受け取ったと思っているのですか? そして、その半分以上があなたからの物であることに、私が気付かなかったとお思いですか?」

「……!」

「何より、両親や、兄からも、本物の手紙は貰っているのです。彼らは、何の懸念も無く、私の在学を受け入れてくれておりました。留年しても構わないから、私のしたいようにしろ、と」

「なん……だと……?」

「つまり、少なくとも、私がアカデミアを退学する理由は、あなた方にあっても、私には無い、ということです」

「ふざけんな!! ずっとサボってたくせに、何を都合の良いこと……!!」

「それならこれから償っていきます。校長先生は、そのことを許して下さっています」

 梓のその言葉で、校長は頷いた。

「……ぁぁあああうざってえ!! 何が償いだ!! てめえが償わなきゃならねえのはあたしらに対してだろうが!! 汚いゴミのくせして、由緒ある水瀬家に居座って汚しまくったことだろうが!! こんな何の価値もねえ紙束遊びの学校に償う前にな!! その億倍価値のある水瀬家に対して償えやこのゴミ!!」

『……』

 もはや、全員が言葉を失っていた。

 梓と同じ気持ちなのだろう。一方的に、言葉を紡ぐ双葉の姿。それに、怒りを超えた、呆れと、哀れみを感じたからであろう。

「……分かりました」

 そして梓は、言った。

「そんなに私を退学させたければ、その価値の無い学校が教えている、紙束遊びで納得させてごらんなさい」

「……はぁ?」

 双葉だけでなく、全員が、呆気に取られた。

「誰でも良い。あなたが選んだ、強いと思った決闘者を、ここへ連れてきて下さい。私が、その決闘者と決闘をし、敗北したなら、間違いなく退学すると約束しましょう」

「はぁ?」

「そして、私が勝利したなら、大人しく帰って下さ……」

「はぁあああああああああああああああああああ!?」

 

 ドッ

 

 言い切る前に、また拳が飛んだ。

「てめえ!! ゴミのくせに!! いい加減に黙れや!! 人間様に向かってよ!!」

 

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 

 拳が何発も、梓の顔面を仕留める。だが、先程までとは違い、梓は一歩も後ろへ退いていない。そのことに、双葉以外の全員が気付いていた。

「言うに事欠いて!! 紙束遊びで納得させろ!? てめえの道楽で散々迷惑掛けてきたのを、何でそんな道楽にあたしが付き合わなきゃならないんだ!?」

 

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 

「いつからそんな生意気な口聞くようになりやがった!? 今までは黙って殴られてたくせによ!! 黙って刺されて手首切って首だって吊ってたくせによ!! 何がてめえをそんなクソうるせえゴミに変えやがったんだ!? あぁん!!」

 

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 

「そいつらか!? てめえの後ろのクソガキどもか!? そうだな!! そのクソガキどもが言ってた絆!? それに丸め込まれたんだろう!! 汚ったねえゴミの分際で、まるで人間みたいな口聞くようになったのもそのクソガキどものせいか!! ゴミの友達は所詮ゴミってか!? お笑いだなコラァ!!」

 

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ドッ

 ガシッ

 

「……!」

 殴り続けていたその手を、梓は、受け止めた。

「……で、どうするのですか……?」

 その声には、先程まで無かった、怒りが含まれていた。

「……私の申し出は、受けるのですか? 受けないのですか……?」

「……!」

 話しながら、徐々に、その手に力が籠もっていく。

「……もっとも、受けない、と言う選択肢を取ることができるとは思わない方がいい。受けないと言うなら、私が今日まで、何の抵抗も無く一方的に殴られてきた、真の理由を知ることになりますが、よろしいですか……?」

「……(ガタガタ)」

 あずさに対してそうしたように、また、体中を震わせ、後ろに下がった。

「……ぁあ!!」

 叫びながら、廊下にあったもう一つの花瓶を、梓の顔に投げつける。

 それを、梓は受け止めた。

「分かったわよ!! それでやってやろうじゃないよ!! ただし、あんたも逃げるんじゃないよ!!」

「……」

 最後に吐き捨てた言葉に、梓は何も言わず、双葉は、踵を返した。

 

 

「……梓?」

 ようやく静かになった空間で、十代が、梓に話し掛けた。

「……すみません、校長先生。花瓶は弁償致します」

「あ、いえ、そんなことは気にしなくても構いません」

「すみません。親戚が、とんだご迷惑をお掛けしまして……」

「いえ、そんな……それより、早く保健室へ行った方がいい」

「大丈夫です」

 梓はそう答えると、左手を額に当てた。それを、ゆっくりと、徐々に下へ持っていくと、

『……!』

「傷が、治っていく……」

「……! 大地さん、いつからそこに?」

「……ずっといた」

 みたび訂正。五人、プラス一人、プラス六人、そしてもう一人。

 三沢と言葉を交わした直後には、顔は綺麗に治っていた。

 いずれにせよ、途中から殴られることに誰も、何も言わなかったのは、梓が殴られた程度で、何の意味もないことを知っていたからだった。

「どの道、殴られるのには慣れております。むしろ、家にいた時は、あの程度で終われば可愛い方でしたよ」

『……』

 知っていても、その話と、直前の光景には、誰もが言葉を失う。そんな中で、梓は再び鮫島と向かい合った。

「それで、誠に勝手ながら、彼女の用意した決闘者と、決闘することになりました。場所はおそらくこのアカデミアでしょうが、よろしいでしょうか?」

「え、ええ……そうでした」

 承諾した後で、鮫島は、中断していた話を切り出すことを決めた。

「私からも一つ、提案があります」

「提案?」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:梓

 

「……」

 

 ―「退学を賭けた決闘に勝利した暁には、そのすぐ後で、ブルー寮への存続を賭けた決闘を行って欲しいのです」

 ―「寮への存続を賭けて?」

 ―「そう。そして、その相手は……」

 

「丸藤、亮さん……」

 

 ―「よろしいのですか? 卒業前に、昨日の十代さんとの決闘でお疲れでは?」

 ―「いえ、そのくらいは彼にとっても問題は無いでしょう」

 ―「……ですが、私ごときが、亮さんほどのお方と決闘するなど、許されるのでしょうか? 私ごときの、我がままのせいで……」

 ―「梓、お前、そうやってすぐ遠慮するの、いい加減悪い癖だぜ」

 ―「しかし……」

 ―「大丈夫です。彼も、あなたとの決闘はかねてから希望していました。おそらくは快諾してくれるでしょう」

 ―「……」

 ―「あずさ!」

 ―「十代さん?」

 ―「お前なら、きっと勝てるぜ。だから、頑張れよ!」

 ―「……」

 ―『頑張れ!!』

 

「……」

 素直に言います。

 亮さんとの決闘、大変嬉しいことです。

 より強い殿方との決闘は、決闘者ならば誰もが願うことだ。

 もっとも、それなら、今までもお願いするべきだった。ブルー寮であるなら、願い出ればきっと不可能ではなかったでしょう。

 しかし、私にはできなかった。いや、亮さんどころか、そもそも私はアカデミアに入学して以来、誰かと決闘をしたい、などという希望を口にしたことは、今日まで一度も無い。

 全ての決闘が、授業や試験での義務か、相手からの申し出、必要に駆られて、後は、怒っていた時でした。セブンスターズであった時もそう。一度目は義務で、二度目は、復讐に駆られて。

 なぜか。

 十代さんの言葉の通りなら、それは、私の悪い癖のせいだ。

 単純に遠慮のつもりでしたが、周囲の人達にはそう映らないらしい。過去の月一試験で、クロノス先生にも言われたことがありました。

 もっとも、それが正しいのか間違っているのか、それ自体は今更どうでもいい。今になって、変えようとも思わない。変えられるとも思わない。

 今考えなければならないのはむしろ、亮さんとの決闘を行うか、それを決めるための決闘の方なのだから。

 

『梓』

 

 そう、声が聞こえてきた。そちらにいるのは、

「アズサ……今なら誰もいませんので、実体化できますよ」

『じゃあ……』

「ご遠慮なく」

 と、周囲には見えない状態から、実体へ。

 ちなみに今私がいるのは、アカデミアを一望できる火山の麓地点。時刻は夜。星空と満月がきらきらと輝いている。

「いやぁ、やっぱこっちのが話しやすいわ」

「そんなに違うのですか?」

「うん。試してみたら?」

「……」

 できるわけないでしょうに。

「で、まーだ迷ってるわけ?」

「……迷いは既にない。覚悟もできている」

「じゃあ、何に悩んでるの?」

「……」

 そうだ。正直、私が考えているのは、それだ。

「分からない……」

「へ?」

「ブルー寮への存続を賭けた亮さんとの決闘……その前の退学を賭けた決闘……そのどちらも、既に覚悟を決めている。決めているはずなのに、未だに、心につかえのようなものがある。それが何なのか、分からないままなのです」

「何に悩んでるか分からなくて悩んでるわけか」

「ありていに言えば、そうなりますね。バカバカしいことに」

「……」

 そして、それ以降、アズサは黙ってしまった。

 当たり前だ。こんな悩み、誰かに話すほどのことでもない。

 覚悟が決まっているのなら、それに向かって進めばいい。

 それだけだ。それだけなのに、迷いが消えない。

 何かが不安なのか、覚悟が足りないのか……

 理由は分からないけど、本当に、ただただバカバカしいだけだ。

「……一つ、聞きたいんだけど……」

 と、アズサが尋ねてきました。

「何か?」

「……約束は、覚えてるの?」

「……もちろん。今日まで忘れた日はありませんよ」

「なら良いんだ。それを果たすためにも、君は、負けられない。それが言いたかったんだ」

「分かっています」

「うん……」

 最後にそう言い、笑いました。それは、あなたが心配することはありません。

「……そろそろ戻ります」

「あ、うん……」

 立ち上がると、アズサは再び、私以外には見えない状態となった。

「さて……」

 走れば十秒も掛かりませんが、たまには歩きましょうか……

「……ん?」

 

「あ……」

 

「……」

 こちらを向いていて、目が合ったのは、

「あずささん……」

 

「……こんばんは」

 

「……! こ、こんばんは……」

 笑顔を向けての挨拶。そして、こちらへ歩いてくる。

 いかん、その笑顔が既に、可愛らしい……////

「えっと、どうかした……?」

「いえ、別に、何も……」

 未だ、目を合わせることができません。

 一応、学園祭が終わってからの長い期間、色々あって、彼女とは、普通に話しができる程度には会話ができるようになった。もっとも、その間ずっと、目を合わせることもできませんでしたが。

 ただそれまでは、彼女は私に嫌われているものと思っていたようだけど、そんなことは全くない。むしろ、私の気持ちは、あの時の決闘の後に、言った通り……

 

 ――私はあなたのことが、大好きだったのでしょうね……

 

 ……思い出したら顔が……////

 いくら、死の間際だったからと、あのような……

 とにかく、今の所は私が、あずささんのことを嫌っているわけではないということが分かってもらえただけで、十分です。

 

「ねえ」

 

「は、はい!?」

 突然呼ばれて、声が無駄に上ずってしまった。

 ていうか、いつの間に目の前に……!!

「あのさ……」

「は、はい……」

 近い近い近い近い!! 顔が、顔が……!!

「さっきの、双葉さん、だっけ?」

「……はい」

 その名前を聞いた途端、一気に熱が下がってしまった。

「みんなは普通に君のこと応援してたけどさ、正直、大丈夫なの?」

「大丈夫、とは?」

「……失礼な話しだけど、あの人、まともに決闘させてくれるのかな……」

「……」

 彼女の疑念ももっともだ。そして、それは正しい。

「無理でしょうね。まともな決闘どころか、まず間違いなく、確実に私を負かすための、私にとって圧倒的に不利な状態での決闘となるでしょう」

「やっぱり……」

「……」

 視線が変わったのを感じ取って、初めて正面から、顔を見てみた。

 顔全体から力が抜け、視線を落とし、地面を見つめながらうなだれている。

 心配してくれている。私のことを。

「……大丈夫です」

 そう言うと、彼女は顔を上げた。

 目が、合いました。けど、今は全く恥ずかしくない。なぜなら、伝える言葉が見えているから。

「たとえ、どれだけ不利な状況であろうが、私は、簡単に敗けはしません。だから、見ていて下さい。私の決闘を」

「梓くん……」

 

 また、少しだけ沈黙が流れた、その後に、

「……分かった」

 いつもの可愛らしい笑顔を見せて、頷いてくれた。

「頑張ってね」

「……!!」

 その言葉に、私の体に、何かの衝撃が走った。

「……あずささん」

「へ?」

「その……もう一度、言って下さいますか?」

「ほえ? ……頑張ってね」

「……!!」

 また、衝撃。

 そして、確かに感じた。私の中の悩みが、吹き飛んでいく。

「もう一度だけ、お願いします」

「……頑張ってね。梓くん」

「……」

 最後に、可愛らしい満面の笑みで、そう、言ってくれた。

「はい。頑張ります!」

「……!」

 こちらもお返し、としては、彼女の笑顔には遠く及びませんが、笑顔を返して、今度こそ、部屋へと歩きました。

「梓くん……(帰ってきてから今日まで見たことない、可愛い笑顔だよ……)」

 

 私が悩んでいた理由、やっと分かった。

 敗ければ退学。

 守れなくなる約束。

 大勢の友人達との別れ。

 そして、その中でも一人だけ、あずささんとは、今日までまともな言葉を交わすことが無かった。

 そのことに、何よりも未練を感じていた。だから悩んでいたんだ。

 そんな彼女が、私の前に現れてくれて、私の心配をしてくれて、そして私に、頑張れ、と……

 

「……~~~~~~~~~~~~っっっ!!」

 思わず、我ながら自分でも気持ち悪いと感じる、唸り声を上げてしまった。

 あまりに嬉しくて。

 あまりに幸せで。

 これで、未練は無い……いや、逆だ。

 私はもっと、彼女と一緒に、このアカデミアにいたい。そのために、必ず勝つ。

 足りないのは覚悟ではなく、確固とした決意だったんだ。

 そしてそれを、得ることができた。

 あずささんのお陰で!

 

 バッ

 

 ずっと、歩きだった足を、走りに変えて、六つ数えた後には、ブルー寮へ。

 すぐにお部屋に入り、デッキと、カードを取り出す。

 そして、デッキを組み始めた。

 勝つためのデッキ。どんな過酷な決闘であろうとも戦える、最高のデッキを。

「必ず勝ちます、あずささん」

 そしてその作業は、朝まで続いた。

 

『……梓……』

 

 

 

 




お疲れ~。
この話しを書いてて、なぜだか双葉さんの言動が異様に書きやすいなと思った、大海でございます。
まあいいや。決闘は次話からですわ。
ちなみに読んでお分かりの通り、こっちの双葉さんは向こうと違って決闘はしませんのであしからず。
ではでは。

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