遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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決着回~。
ちょこっと視点が変わります。そのせいもあってクソ長くなったが、許してくんなさい。
んじゃ、行ってらっしゃい。



第二話 進化と停止 ~外野~

視点:外

 

『それデーハ! これより、セニョール丸藤翔の、オベリスクブルー寮への昇格を賭けた、決闘を開始するのーネ!』

 

『……』

 

 これから始まる決闘を前に、集まっている生徒達の反応は、芳しいものではなかった。

 理由としては、単純に、目の前の丸藤翔という生徒に対する興味が薄いこともその一つ。

 レッド寮から始まり、二年目の始めという、落ちこぼれの集まる寮生の中ではかなりの短期間でブルーの一歩手前までのし上がるという、その事実には感嘆するべきものがある。

 だが、どれだけ注目すべき事実であろうと、それが定例通り実際に注目されるものとは限らない。ほとんどの人間は、自身と、自身に関わる事柄のみに手一杯で、よほど親しい間柄の人間か、他とは違う特別な感情を抱いている人間でもなければ、それが躍進だろうが不幸だろうが、いちいち興味を向けることなど滅多に無い。

 それが例え、かつてのアカデミア最強、カイザー亮の弟であり、レッドからブルーまでのし上がってきたという事実があろうとも、それ以外に取り立てて注目すべき点があるわけでもない、観戦自由の翔の決闘など、彼らにとって、暇潰し以上の意味など無かった。

 だが、それ以上に彼らに対して、沈黙という停滞を選択させたのは、丸藤翔の前に立つ、相手の決闘者の存在によるものが大きい。

 

『対戦相手ーは、オベリスクブルー二年生、セニョーラ平家あずさなのーネ!』

 

「いえーい、どうもどうも」

 

 クロノスからの紹介を受けながら、あずさはそう声を出しながら手を振ってみせている。

 その様は、見るからに陽気で朗らかで、幼く可愛らしい顔の見た目も相まって、愛らしい少女というふうでしかない。そんな彼女の姿に、観客席の生徒達が示したのが、静観、そして、表情の歪みだった。

 

「おい、何でみんなこんなに静かなんだよ?」

 そんな空気を理解できずにいる、十代が、前の席に座る明日香にその理由を尋ねる。

 そして明日香は、悲痛な表情を浮かべながら、その問いに答えた。

「周りの声をよく聞いてみなさい」

「声?」

 その言葉に従い、十代は口を閉じ、周囲に耳を傾けてみる。すると、沈黙していると思うほどの静観の中からは、確かな囁き聞こえてきた。

 

(おいおい、よりによってあの『とうしょう』が相手かよ……)

(うわぁ、まさかとうしょうなんて……)

(とうしょう……あの子とだけは、正直決闘したくないわ……)

(あなただけじゃないわ。あの子と進んで決闘したがる人なんて、誰もいないわよ)

(可愛い顔して、おっかねえんだよな。とうしょう……)

(とうしょう……)

(とうしょうだよ……)

 

「とうしょう?」

 聞き慣れない言葉を声に出した十代に対し、明日香は再び言葉を掛ける。

「統率とかの『統』に、焦がすっていう字の『焦』で『統焦(とうしょう)』。梓の『凶王』と同じ、あずさに対する呼び名ね。六武衆を統べて、アカデミアの全てを焦土に変えられる力を持ってるってことで、そういう呼び名が着いたらしいわ」

「へぇ……まあそれは分かったけど、何だってみんな、こんなに陰口叩いてるんだ?」

「……あずさって、凄く強いでしょう? 腕力が……」

「……それが理由か?」

 そこまで聞いて、鈍い十代も、今までのあずさの姿を思い出しながら、理解した。

「ええ。私達は分かってるし、元々友達だったから気にはならないわよね。けど、他の人達にとっては……はっきり言って、あずさは化け物なのよ。おまけに、元々そこまで高くなかった決闘の実力も、今ではかなり強くなり過ぎて、余計に距離を置かれるようになったし。今あの子と仲良くしようとするのは、私達や、一部のレッド寮の生徒達だけ」

「マジかよ……」

「俺も噂に聞いたことがあるドン……」

 十代と明日香の会話に、剣山が言葉を挟んだ。

「男子の中で、喧嘩も決闘も一番強いのが凶王だけど、女子の中で、喧嘩も決闘も一番強いのが、統焦だって話し。おまけに、梓先輩みたく、誰もが憧れる強さじゃなくて、誰もが怖がって、相手したくなくなる強さで、可愛い顔の皮を被った怪物だって、噂してるの聞いたことあるザウルス」

「そんな噂が流れてるのか……?」

「ドン……」

 

「誰でしょうか。そんな噂を流した人は……」

 

『……!?』

 そんな、隣から聞こえてきた、冷たく低い声に、全員が振り返り、驚愕を見せる。と、同時に、

「な、何か、やけに涼しくないかドン?」

「涼しいどころか、寒い……」

「何だ? 冷房の効き過ぎか?」

「じゃ、ないわよ。梓を見て」

「梓先輩?」

 明日香に言われ、指示通り梓を見た。そして全員、剣山ですら、信じられないながらも納得した。

 梓の体。そこから、紫色のオーラが立ち上っていた。

 そして、梓の座る場所。そこを中心に、それらは広がっていた。上に白い物を漂わせ、広がった中には鋭利な形を取り、上へ上へと背を伸ばす物もある。見るからに冷たい物。冷気、そして、氷……

「あ、梓、落ち着け……」

「冷静になれ、梓……」

 そんな梓に、十代と、万丈目が声を掛ける。かつて、梓の隣であずさを罵倒した女子達に対する怒りを目撃した十代にとって、梓の前で自身の陰口を叩いていた連中の末路を目撃していた万丈目にとって、愛しいあずさの陰口を耳にする梓の心中は容易に想像できた。

「私は冷静です。全てを凍らせるほどに冷え切っていますとも……」

「じゃあ、落ち着くな……」

「分かりました。では、今すぐこの怒りに任せ、この会場にいる、あずささん以外を斬滅して……」

「じゃあ、冷静でいい」

「はい……」

 返事をして、それ以上の言葉を言うことは無くなった。だが、目を凝らせばその口が、耳を澄ませば、その口から発せられている言葉が、聞こえてくる。

 

(私を卑下することは構わない。だが、そんな私を差し置いて、あずささんを化け物だと……怪物だと……どこの誰だ。彼女はただ、誰よりも強いというだけなのに。貴様らが……貴様らが彼女の何を知る? 彼女以上の何をしてきた……誰だ……最初に彼女を侮辱した者は……そいつから順に、一人残らず斬滅してやる……)

 

 そんなことを口走りながら、氷は更に広がっていった。

 

『……』

 

(先輩達、ひょっとして、梓先輩の言う、最強の決闘者って……)

(ああ、そうだ。あそこにいる、平家あずさのことだ)

(二人は今まで二度闘って、それで今のとこ一勝一敗の五分だ)

(何気に、梓が唯一敗れた決闘者なんだよな)

(そうですかドン……あと、梓先輩ってもしかして、平家先輩のこと好きザウルス?)

(……ああ。よく分かったな)

(これだけ怒ってるの見れば分かるザウルス……)

(ちなみにこの二人、付き合ってこそないけど、両思いよ)

(マジですかドン!)

(ええ。けど、このこと知ってるの、ここにいる私達と翔君だけだから、他には内緒にね)

(ドン……)

 

 そう囁き声で会話しているうち、

 

『決闘!!』

 

 二人の決闘は幕を開けた。

 

「僕は『連弾の魔術師』を召喚!」

「え? 『連弾の魔術師』……?」

 

「『ビークロイド』じゃねえ!?」

「どうしたザウルス? 兄貴」

「翔のデッキが、今までのと変わってる」

「ドン?」

 

 十代だけでなく、今までの翔を知る仲間達の驚愕をよそに、二人の決闘は続く。

 翔が魔法使い族モンスターと、永続魔法、伏せカードを展開し、あずさもまた、三枚もの永続魔法を展開し、六武衆の召喚によってどんどん武士道カウンターを貯めていく。

 しかしその効果を発揮する前に翔が伏せカードで上手く妨害。だがそれでも、あずさのエースモンスター、『大将軍 紫炎』の召喚を許してしまった。

 

(出たよ、統焦の切り札……)

(あんなの使ってるの見ると、確かに闘将って感じするな)

(炎属性だし、何でも燃やすって感じだし……)

(ほんと、誰が最初につけたのか知らないけど、上手いこと文字を当てはめたもんだ……)

 

 あずさのエースの登場に、なお更あずさへの陰口が顕著になっていく。無論、決闘に夢中になっている本人達には聞こえてはいないし、関心すら持たれないことだろうが、それを間近で聞かされる仲間達からすれば、全く持って気持ちの良いものではない。

 まして、そんな陰口に、人一倍反応しやすい者が近くにいればなお更。

 

(やめろ……それ以上……殺す……斬滅する……)

 

 ガタガタガタ……

 

 十代達のその震えは、決して梓から生まれる寒さだけのものではなかった。

 

 もっとも、彼らがガタガタ陰口をのたまい、ガタガタ震えている間にも、決闘はガタガタになることなく進んでいく。

 あずさの迫撃に対しても、翔は反撃をしてのけると同時に、新たな切り札である『ブラック・マジシャン』を呼び出した。

「凄え! 翔が『ブラック・マジシャン』!」

「……の、レプリカだな」

 と、三沢らが十代に説明している間に、翔はあずさのターン中にも新たに布陣を整えて見せる。ターンが移ると、様々な魔法カード、そして、魔力カウンターを巧みに使いこなし、『大将軍 紫炎』を倒して見せる。そして、新たに呼び出した二体目の『ブラック・マジシャン』と共に、あずさへのワンターンキルを決めるところまで追い込んだ。

「すげえ、これが翔の、新しいデッキか……」

「武士道カウンターと魔力カウンター。凄い闘いだ」

「……ですが、あずささんにはまだ、隠している力がある……」

『……』

 

「さて翔くん、新しいデッキと一緒に歩き出した君の前途を祈って、これからわたしが君にとっての最大の障害になってあげよう」

 その言葉と、新たに発動された魔法カードの効果。それが、引き金となった。

 

「私はレベル2のチューナーモンスター、『六武衆の影武者』を特殊召喚する」

 

「……え、チューナー?」

「今、チューナーモンスターって言ったか?」

「チューナー?」

「チューナー……?」

 

 チューナーという、聞き慣れない、なのに強烈に彼らの記憶に刻まれている単語。

 それに、長く沈黙を守っていた生徒達が、ざわつきを見せ始める。

 そして、遂に……

 

「レベル3の『六武衆のご隠居』に、レベル2の『六武衆の影武者』をチューニング」

「紫の獄炎、戦場に立ちて(つるぎ)となる。武士(もののふ)の魂、天下に轟く凱歌を奏でよ」

 

 梓の時と同じ、チューナーモンスターである『六武衆の影武者』が星に変わり、その星が、『六武衆のご隠居』の周囲を回り、そして、光る。

 

「シンクロ召喚! 誇り高き炎刃『真六武衆-シエン』!!」

 

『真六武衆-シエン』シンクロ

 レベル5

 攻撃力2500

 

『ええええええええええええええええええ!?』

『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

 

 沈黙から陰口に、陰口からざわつきに、そして、ざわつきが、一気に絶叫へと爆発した。

 

「シンクロ召喚!?」

「何で? 何であの娘が梓さんと同じ召喚法を!?」

「何で統焦なんかが、梓さんと同じモンスターを使っているのよ!」

 

「統焦……なんか?」

 そんな言葉に、梓の怒りが余計に増幅されていく。

「梓、落ち着けって。暴れるなよ」

「分かっています……こんなところで暴れるほど、私は愚かではない……だが……」

 実際、梓の怒りも限界だった。あずさの決闘の邪魔をしないようにと、無理やりせき止めていた感情が、今にも暴発してしまいそうなほどに。

 

「なんであんな奴が……」

「なんで統焦なんかが……」

「統焦なんか……」

 

 ――統焦が……

 ――統焦なんか……

 ――統焦なんかが……

 

(やめろ……やめろ……!)

 

 

あずさ

LP:3200

手札:0枚

 場:モンスター

   『真六武衆-シエン』攻撃力2500

   魔法・罠

    永続魔法『六武の門』武士道カウンター:6

    セット

 

LP:4000

手札:0枚

 場:モンスター

   『ブラック・マジシャン』攻撃力2500+2000

   魔法・罠

    永続魔法『魔法族の結界』魔力カウンター:0

    装備魔法『魔導師の力』

    セット

    セット

 

 

「とうとう来たか……『真六武衆-シエン』」

「じゃあ、一気に焦土に変えちゃおっかな」

「焦土に……」

 フィールドを焦土に変えてしまう力。それをあずさが持つことをよく知っている翔は、一瞬その身を震わせた。そんな翔を前に、あずさは再びカードに手を伸ばす。

「『六武の門』の効果。武士道カウンターを四つ取り除いて、手札かデッキから『六武衆』一枚を手札に加えられる。わたしはデッキから、『真六武衆-シナイ』を手札に加える」

 

『六武の門』

 武士道カウンター:6→2

 

あずさ

手札:0→1

 

「そして、そのまま召喚」

 

『真六武衆-シナイ』

 レベル3

 攻撃力1500

 

『六武の門』

 武士道カウンター:2→4

 

「更に武士道カウンターを四つ取り除いて、『真六武衆-ミズホ』を手札に。シナイが場にあることで、ミズホを特殊召喚」

 

『真六武衆-ミズホ』

 レベル3

 攻撃力1600

 

『六武の門』

 武士道カウンター:4→0→2

 

「く……罠発動『黒魔族復活の棺』! 相手が召喚、特殊召喚した時、僕の場の魔法使い族と、相手の場のモンスター一体を生贄に、墓地の魔法使い族を特殊召喚できる!」

「悪いけど意味ないよ。『真六武衆-シエン』の効果。一ターンに一度、相手の発動した魔法・罠の効果を無効にして破壊できる」

「く……」

 その効果を分かっていただけに、翔はなお、破壊された棺を前に、表情を苦悶に染めた。

「ここで、『真六武衆-ミズホ』の効果。シナイを生贄に、君の場の『ブラック・マジシャン』を破壊するよ」

 その宣言の通り、あずさの場のシナイが光になると同時に、ミズホの刃によって『ブラック・マジシャン』が切り裂かれる。

「く……」

 

『魔法族の結界』

 魔力カウンター:0→1

 

「シナイの効果。このカードが生贄に捧げられた時、墓地からシナイ以外の六武衆一枚を手札に加える。わたしは墓地の、『六武衆の師範』を手札に加える」

 

あずさ

手札:0→1

 

「『六武衆の師範』……『天使の施し』の時か……」

「『六武衆の師範』は、私の場に師範以外の六武衆がいる時、特殊召喚できる。『六武衆の師範』を、特殊召喚」

 

『六武衆の師範』

 レベル5

 攻撃力2100

 

「く……」

 フィールドに並ぶ三体のモンスター。一度封じられた手と言い、翔の表情が更に歪んだ。

「この攻撃が通ったら、わたしの勝ちかな」

「……」

「バトル。『真六武衆-シエン』で、翔くんにダイレクトアタック!」

 その宣言の通り、シエンが翔へと向かっていった。だが、

「罠発動『リビングデッドの呼び声』! 墓地の『見習い魔術師』を特殊召喚!」

 

『見習い魔術師』

 レベル2

 攻撃力400

 

「ありゃりゃ……なら変更するよ。『真六武衆-シエン』で、『見習い魔術師』を攻撃。紫流獄炎斬」

 シエンによる強烈な、炎を纏った斬撃が、『見習い魔術師』を切り裂いた。

「くぅ……」

 

LP:4000→1900

 

『魔法族の結界』

 魔力カウンター:1→2

 

「……けどこの瞬間、『見習い魔術師』の効果発動。このカードが戦闘で破壊された時、デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター一体をフィールドにセットできる。二体目の『見習い魔術師』をセット」

 

 セット(『見習い魔術師』守備力800)

 

「じゃあ、今度はミズホで攻撃。瞬切華」

「くぅ……」

 

『魔法族の結界』

 魔力カウンター:2→3

 

「……三体目の『見習い魔術師』をセット」

 

 セット(『見習い魔術師』守備力800)

 

「師範で攻撃。壮鎧の剣勢」

「うああ……!」

 

『魔法族の結界』

 魔力カウンター:3→4

 

「うぅ……『見習い魔術師』の効果により、『執念深き老魔術師』をセット」

 

 セット(『執念深き老魔術師』守備力600)

 

「ちょっと厄介かな……どの道もう攻撃できないし。わたしはこれでターンエンド」

 

 

あずさ

LP:3200

手札:0枚

 場:モンスター

   『真六武衆-シエン』攻撃力2500

   『六武衆の師範』攻撃力2100

   『真六武衆-ミズホ』攻撃力1600

   魔法・罠

    永続魔法『六武の門』武士道カウンター:2

    セット

 

LP:1900

手札:0枚

 場:モンスター

    セット

   魔法・罠

    永続魔法『魔法族の結界』魔力カウンター:4

 

 

「く……」

 

(勝ち目もあるかと思ったんだけどな……)

(結局、統焦がフィールドを焦土に変えてお終いか……)

(何でシンクロモンスターなんて持ってるのか知らないけど、ますます相手したくねえな)

(なんであんな奴が、梓さんと同じカードなんか……)

(統焦の奴……)

(あの女……)

 

「さっきからこいつら、あずさのことバカにし過ぎだろう。

「ええ。正面切って言いたいことを言う度胸も無いくせに、こういう陰口だけは立派なのが余計に頭に来るわよね……」

「第一、あずさがどんなカードを使おうが、何の関係があるというのだ……」

「これは、梓でなくとも怒るに決まってる」

「……確かに凄い決闘者なのは分かったけど、先輩達がそこまで言うなんて、統焦って、そんなに良い人ザウルス?」

「ああ。すっげえ良い奴だ」

「剣山君も、きっと良いお友達になれるわよ」

「……」

 

「まだだ。まだ、絶対に逆転して見せる。僕のターン、ドロー!」

 

手札:0→1

 

「『執念深き老魔術師』を、反転召喚!」

 

『執念深き老魔術師』

 レベル2

 攻撃力450

 

「このカードのリバース効果により、相手の場のモンスター一体を破壊できる。対象は『真六武衆-シエン』!」

「シエンの効果。このカードの破壊を、自分フィールドの六武衆一体を代わりにできる」

 その宣言により、シエンに向かった、老魔術師の杖から放たれた呪術の光が、前に出てきた『六武衆の師範』にぶつかる。師範は呪い殺され、代わりにシエンは無傷に終わった。

「けどまだだ。『魔法族の結界』の効果発動。これは既に発動された魔法効果だからシエンの効果では無効にできない。このカードと、フィールドの『執念深き老魔術師』を墓地へ送り、魔力カウンターの数だけ、カードをドロー!」

 

手札:1→5

 

「……」

 新たにドローしたカードを見ながら、翔は、次の手を思考する。

(このカードの効果が通れば、勝機はある。これは賭けだ……)

「僕は魔法カード『死者蘇生』を発動。墓地のモンスター一体を、特殊召喚する」

「……良いよ。シエンの効果は発動しない」

「よし。僕は墓地の『ブラック・マジシャン』を特殊召喚!」

 

『ブラック・マジシャン』

 レベル7

 攻撃力2500

 

「『ブラック・マジシャン』……」

「けどこれだけじゃ、あずさのモンスターは攻略できない……」

 

「僕は1000ポイントのライフを払って、魔法カード『拡散する波動』を発動!」

 

LP:1900→900

 

「このターン、『ブラック・マジシャン』は相手モンスター全てに攻撃できる!」

 

「おお! これなら六武衆を全滅させられる!」

「いや……」

 

「……シエンの効果発動。その効果を無効にして破壊」

 

「あ、シエンの効果か……」

「忘れてたのか……?」

 

 だが、意気消沈するメンバーとは違い、翔は、笑っていた。

「よし、狙い通りだ。僕は『ブラック・マジシャン』を生贄に捧げる」

「……え?」

 

「『ブラック・マジシャン』を……」

「生贄?」

「どうする気だ?」

「……この局面で出すカードと言えば、あれしかあるまい」

「あれって……あれか!」

 

 『ブラック・マシシャン』が光と消え、翔が天に掲げたカード、それは、

「いくよ、マナ……『ブラック・マジシャン・ガール』を、召喚!」

 

 そして、現れる、流れるような金髪と大きな目。魔法使いとしては短めの杖。そして、一般的な『魔女』のイメージとはかけ離れた、愛らしく、そして、美しいその姿。

 

『ブラック・マジシャン・ガール』

 レベル6

 攻撃力2000

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

『えええええええええええええええええええええ!?』

 

 その驚愕の声は、もしかしたらあずさのシンクロ召喚以上の衝撃だった。

 

「『ブラック・マジシャン・ガール』!?」

「なんで? あれもレプリカなのか?」

「いや、ブラマジはともかく、ブラマジガールのレプリカなんて聞いたこと無い。あれは世界に一枚、武藤遊戯のデッキにだけ入ってるはずの超レアカードだろう」

 

「なんで、あのカードを翔君が!?」

「翔、あんなカードをいつの間に……」

(……そっか、三沢と明日香には精霊が見えてないんだよな……)

 

 驚愕と疑問。それによって多くの声が再び上がる。

 だがそれに構うことなく、翔は決闘を続けていく。

「『ブラック・マジシャン・ガール』の効果。互いの墓地に存在する『ブラック・マジシャン』の数だけ、攻撃力を300ポイントアップさせる。僕の墓地には『ブラック・マジシャン』が二体。攻撃力は……」

 

『ブラック・マジシャン・ガール』

 攻撃力2000+300×2

 

 フルフル……

 

「2600。シエンを超えてきたか……」

 あずさの感嘆の声。

 

「すげー! あれならシエンを倒せるぜ!」

 十代の歓声。

 

「なんであいつが、ブラマジガールを……」

「なんで、よりによってあいつが……」

 一般生徒達の疑問の声。

 

 フルフル……

 

 それらの様々な声が響く中。

「……マナ、さっきからどうかした?」

 なぜだか召喚した時から、体を震わせる精霊に、翔は、小声で話し掛けた。

 その直後、

 

 クルッ

 

「……!」

 突然、首を翔の方へ回した。その顔は、かなり高揚し、一点の曇りもない澄んだ瞳を、翔に真っ直ぐと向けている。

『やっと……』

「は?」

 

『やっと召喚してくれたー!! 翔さーん!!』

 

「うおおあっ!!」

 突然の大声と同時に、『ブラック・マジシャン・ガール』、マナが翔に飛びつき、その頭を腕に抱き、床へと倒れ込んだ。

 ムニュリ、という耳には聞こえないはずの擬音を、翔の耳は感じ取った気がしたが……

 

「え? 何やってんだ? あれ……」

仮想立体映像(ソリッド・ビジョン)なのに、何で抱き着かれて、倒れてるんだよ」

 

「マナ……」

「よほど嬉しかったのだろうな。人目もあるというのに、堂々と実体化しているぞ……」

 

『もー、決闘中に何してるんですか? 私でさえ、シナイが隣にいた時我慢していたというのに……』

「……ミズホはもう少し、自重って言葉を覚えようよ……」

 

「あー!! 何ですの!? あのマジシャンの小娘!!」

「召喚されたと思ったらあの所業。何か意思まであるみたいな……」

 

 といった、様々な声を促した、翔だったが、次の瞬間、

 

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」

 

『っ!!』

 

 そんな絶叫が、会場全体にこだました。

『翔さん!! ずっと待っていました!! 私があなたと一緒に闘える日を!!』

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」

『今日私は、晴れてあなたのパートナーになれました!! すごく嬉しいですー!!』

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」

『あーん!! もう私、あなたから離れません!! 翔さーん!!』

「ぎぃぃいいいいいいいやあああああああああああああああああ!!」

 仮想立体映像であるはずの『ブラック・マジシャン・ガール』が言葉を発しているが、誰も、その内容には触れない。そんな惚気声を掻き消してしまうほどの絶叫のせいで、言葉を聞き取れる者は一人もいない。

『翔さーん!! 大好きな翔さーん!! 私の愛しい翔さーん!! 翔さん翔さん翔さーん!!』

「やっだあああああああああああああああばあああああああああああああああ!!」

 

(ガタッ)

「どうした? 明日香?」

「何でもない……」

 

『翔さーん!!』

 と、いつまでも大声を出し続けるマナだったが、

『翔さーん!!』

 

 ガシ

 

『へ?』

 それを、あずさが両腕を掴み、力ずくで引き剥がしたところで、止まることになった。

『な、何するんですか?』

「そのくらいにしてあげて。でないと翔くんが死んじゃうから」

「へ?」

 あずさが言った、マナの疑問への答えに、マナは、翔へ再び視線を戻した。すると、

(ピクピクピク……)

『しょ、翔さん!! どうしました!?』

 翔は抱き着かれ、床に倒れた姿勢のまま、体をピクピク震わせていた。しかも、顔は蒼白に染まり、白目を向き、今にも死んでしまいそうなほどに衰弱しているように見える。

『そんな、どうして……』

「そりゃ攻撃力2600の腕力であんなに締められたんだから。わたしや梓くんぐらいならともかく、翔くんが耐えられるわけないじゃん」

『え……』

「わたしがもう少し遅かったら、確実に頭蓋骨がイってたよ」

『えー!?』

 もちろん、その腕力を力ずくで引き剥がせるあずさも大概ではあるのだが。そんなあずさの説明で、顔を青くしながら項垂れるマナをよそに、あずさは翔に呼び掛ける。

「翔くん、大丈夫?」

「……うん……なん、とか……」

「立てる?」

「……うん……なん、とか……」

「決闘は続けられそう?」

「……うん……なん、とか……」

 同じ言葉しか言わないものの、翔はその言葉の通り、床に手を着き、ふらつきながら、立ち上がることができた。その様子を見て、あずさも元の位置に戻っていった。

『あわわわわわっ、翔さん、私、私……』

 慌てふためくマナに対して、表情に青み掛かった翔が向けたのは、笑顔だった。

「あはは。気にしないで良いよ。決闘の場に駆り出されて嬉しいっていうマナの気持ちは、パートナーの僕が一番知ってるから」

『パートナー?』

「さっき、僕に抱き着きながらそう言ってたでしょう?」

『あ……』

(悲鳴を上げるくらい痛がってたのに、聞いてくれてたんだ……)

「あれ? 聞き間違えだった?」

『い、いいえ、間違っていません。ただ……』

「ただ?」

『ただ、その……あんなことしちゃったのに、私で、良いんですか……?』

 そう不安げな声を上げるマナに、翔は変わらぬ笑顔を向ける。

「だから気にしないで良いって。確かに死ぬほど痛かったけど、そのくらいで僕達の絆に

は変わらないよ」

『翔さん……』

「僕のパートナーなら、この決闘、君の力を僕に貸して。そして、絶対に勝とう。君の初舞台で、あずささん勝つために」

 その優しく、そして力の籠もった言葉に、マナの瞳から、迷いが消えた。

『はい! 任せて下さい。私の全てを、翔さんに捧げます!』

「うん」

 そして再び、あずさと向かい合った。

 

「いくよ。魔法カード『賢者の宝石』。フィールドに『ブラック・マジシャン・ガール』が存在する時、デッキから『ブラック・マジシャン』を特殊召喚できる」

 

『ブラック・マジシャン』

 レベル7

 攻撃力2500

 

「三枚目は『昭和の遺影(ホワイト)』か」

「レプリカの全種類をデッキに入れるとは、翔め、中々憎いことをする」

「けど、これだけじゃ、まだあずさには勝てない」

 

「いくよ、バトル! 『ブラック・マジシャン』で、『真六武衆-ミズホ』を攻撃! 黒・魔・導(ブラック・マジック)!」

「ぐ……」

 

あずさ

LP:3200→2300

 

「そして、これが最後の手札。速攻魔法『光と闇の洗礼』!」

「え……」

 

「『光と闇の洗礼』!?」

「ということは、まさか……」

 

「フィールドの『ブラック・マジシャン』一体を生贄に、デッキから、『混沌の黒魔術師』を特殊召喚する。これがこのデッキの切り札……出でよ! 『混沌の黒魔術師』!」

 

『混沌の黒魔術師』

 レベル8

 攻撃力2800

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

「『混沌の黒魔術師』!?」

「ブラマジガールと言い、レアカードのオンパレードかよ!」

 

「すげえ! 遊戯さんのデッキにも入ってるカード。翔の奴、あんなカードまで……」

「おお……」

 

「凄いです!! 翔君!!」

「これで勝てるわよ!! 翔!!」

 

「『ブラック・マジシャン』が墓地に一体増えたことで、『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力が更にアップする」

 

『ブラック・マジシャン・ガール』

 攻撃力2000+300×3

 

「そして、『混沌の黒魔術師』が召喚、特殊召喚された時、墓地から魔法カードを一枚、手札に加える。僕は『サイクロン』を手札に加える」

 

手札:0→1

 

「バトルを続行! 『混沌の黒魔術師』で、『真六武衆-シエン』に攻撃! 滅びの呪文(デス・アルテマ)!」

「うぅ……!」

 

あずさ

LP:2300→2000

 

「『混沌の黒魔術師』が戦闘破壊したモンスターは墓地へは行かず、ゲームから除外される」

 その説明を受けて、あずさはシエンを、墓地ではなく懐にしまった。

 

「おいおいマジかよ!」

「統焦に勝っちまうぜ!」

 

「マナ、最後は君で決めるよ」

『はい! 翔さん!』

「いくよ。『ブラック・マジシャン・ガール』で、あずささんにダイレクトアタック! 黒・魔・導・爆・裂・波(ブラック・バーニング)!!」

 その宣言で、マナは、あずさへ向けた杖を振りかざし、強烈な光を放った。

 光はあずさへ飛んでいき……

 

 ドオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ……

 

「すげえ! 翔が、あずさを倒した!!」

「あずささん……」

 

『きゃーーーーーー!!』

「翔くん!」

「翔!」

『……』

『げっ!』

 

「勝った……」

 勝利。それを確信し、思わず表情が緩み、口元には笑みが浮かんだ。

 

「いや~、さすがだね」

 

「……!」

 攻撃によって発生した霞の中から、そんな、いつもと変わらぬ声と、笑顔が現れるまでは。

 

あずさ

LP:2000

 

「うそ……どうして? 攻撃は通ったはずなのに……」

「わたしはダイレクトアタックが決まる瞬間、『天使の施し』で墓地に送ってあった『ネクロガードナー』の効果を使ったんだよ。このカードを墓地から除外することで、相手モンスターの攻撃を一度だけ無効にできる」

「くぅ……」

 確信した勝利を否定され、悔しさに歯噛みしながらも、手札のカードに手を伸ばす。

「魔法カード『サイクロン』! 『六武の門』を破壊する!」

 再び同じ光景。発生した竜巻が、巨大な門を巻き上げ、破壊した。

「勝ったと思っても、こうして策を張っておくところも、成長したってことかな」

「……ターンエンド」

 

 

LP:900

手札:0枚

 場:モンスター

   『ブラック・マジシャン・ガール』攻撃力2000+300×3

   『混沌の黒魔術師』攻撃力2800

   魔法・罠

    無し

 

あずさ

LP:2000

手札:0枚

 場:モンスター

    無し

   魔法・罠

    セット

 

 

「それにしても、シエンを破壊どころか除外したうえに、二枚目の門まで破壊しちゃうなんて、やっぱり、進化してるよね。翔くん」

「……そういうあずささんこそ、とっても強いよ」

 翔の返したそれは、褒め返した、というよりも、皮肉の籠もった声でもあった。

「わたしは、そんなことないよ……」

 そんな皮肉が分かったのかそうでないのかは分からない。だがあずさは、目を伏せながら、ぼそりと、こう言った。

「多分、これ以上は無理ってところまで進化し尽くしちゃったわたしより、よっぽどすごいよ……」

「……え? なに?」

「ううん。何でもない。わたしのターン」

 

あずさ

手札:0→1

 

「よ~し、全部を焦土に変えちゃうよ~」

「……あのさ、あずささん、もしかして、気に入ってる? その台詞」

「うん」

「……じゃあ、統焦って仇名も?」

「うん。よく分からないけど格好良いじゃん」

(元々悪口なのに……まあ、本人が気に入ってるならいっか……)

 

「……本人が気に入っているのなら、もういいです」

「え、いいのか梓……」

「……正直、今すぐにでも、ここにいる生徒全員を斬滅したい気持ちは変わりませんが、あずささん本人がああ言うなら、もう、いいです……」

「そっか……」

 そう話しているうち、彼の周囲に発生していた氷は、次第に消えていった。

 

「いくよ。わたしは墓地の『六武衆のご隠居』と、『真六武衆-カゲキ』を除外して、『紫炎の老中 エニシ』を特殊召喚する!」

 

『紫炎の老中 エニシ』

 レベル6

 攻撃力2200

 

「老中エニシの効果。一ターンに一度、フィールド上の表側表示のモンスター一体を破壊できる。わたしが破壊するのは、『混沌の黒魔術師』」

「うぅ……」

 エニシが刀を掲げ、抜いた瞬間、そこから光が発生し、『混沌の黒魔術師』を呑み込んだ。

「……『混沌の黒魔術師』はフィールドを離れた時、墓地へは行かずゲームから除外される」

 先程あずさが、シエンをそうしたように、翔も、『混沌の黒魔術師』のカードを懐にしまった。

「この効果を使用した老中エニシは、このターン攻撃できない」

「よし。それならまだ、このターンは凌げる……」

「だから、別の用途で使うよ」

「別の用途?」

「別の用途。罠発動『諸刃の活人剣術』」

「な、それは……!」

「墓地の六武衆を二体、特殊召喚できる。『真六武衆-シナイ』、『真六武衆-ミズホ』の二体を特殊召喚」

 

『真六武衆-シナイ』

 レベル3

 攻撃力1500

『真六武衆-ミズホ』

 レベル3

 攻撃力1600

 

『シナイ~////』

『ミズホー……』

「ミズホの効果。シナイを生贄に捧げて、『ブラック・マジシャン・ガール』を破壊するよ」

 二人がもう少しで触れ合おうという瞬間、シナイは光と消えた。

『シナイ!!』

「マナ!!」

 二人が叫んだ瞬間には、『ブラック・マジシャン・ガール』はミズホの効果によって破壊された。

「生贄にされたシナイの効果により、墓地のチューナーモンスター『六武衆の影武者』を手札に加える」

 

あずさ

手札:0→1

 

「チューナーを!? ……まさか、別の用途って……」

「そのまさか。チューナーモンスター『六武衆の影武者』を通常召喚」

 

『六武衆の影武者』チューナー

 レベル2

 守備力1600

 

「レベル6の『紫炎の老中 エニシ』に、レベル2の『六武衆の影武者』をチューニング」

 先程の、シエンの時と同じ光景。影武者が二つの星へと変わり、それが老中エニシの周囲を回る。

 

「集いし星が、不滅の拳を研ぎ澄ます。光射す道となれ」

「シンクロ召喚! 現れよ『ギガンテック・ファイター』!」

 

『ギガンテック・ファイター』シンクロ

 レベル8

 攻撃力2800

 

「二体目!?」

「二体目のシンクロモンスター!?」

 

「梓、シンクロモンスターって、他にもいたのか?」

「ええ。あのデッキには、まだまだおりますよ」

 

「『ギガンテック・ファイター』のモンスター効果。このカードはお互いの墓地に眠る戦士族モンスター一体につき、攻撃力を100ポイントアップさせる。翔くんの墓地のモンスターは全部魔法使い族。だけど、わたしの墓地のモンスターは全部戦士族。その数は……」

 

『六武衆-ザンジ』

『真六武衆-シナイ』

『六武衆の師範』

『六武衆の影武者』

『大将軍 紫炎』

『紫炎の老中 エニシ』

 

「六体……てことは、攻撃力は……」

 

『ギガンテック・ファイター』

 攻撃力2800+100×6

 

「バトル」

 あずさの、その静かなる宣言。

 既に翔に手札は無く、フィールドには、モンスターも、魔法も罠も、一枚も存在しない。

 翔の敗北。それが、決した瞬間だった。

「『ギガンテック・ファイター』で、翔くんにダイレクトアタック。剛・撃・衝(フィスト・オブ・ギガント)

 その攻撃宣言も静かだった。そして、それとは対照的に、『ギガンテック・ファイター』の攻撃は、激しかった。

 宙に跳び、拳を翔へ向けて振り上げる。その拳が、翔の胸に、ぶつかった。

 

LP:900→0

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:翔

 僕は今、レッド寮前の海岸に座ってる。夕日が沈んでて、周りを赤く染めてるのがすごく綺麗だ。

 そんな場所で、僕は、

「……ごめん」

 まず、そう謝った。僕の隣に座ってる、僕のパートナーに。

「いいえ。翔さんは、精一杯頑張っていましたから……」

 そう、実体化したマナは、優しく返事をしてくれた。きっと、声と同じで優しい顔を向けてくれてるんだろうな。だけど、その顔を見ることはできない。

 だって、申し訳ないって、思ってるから。

「いくら頑張ったって、結果が伴わなきゃ意味ないよ。マナだって頑張ってくれてたのに」

 せっかくの晴れ舞台で、マナと、新しいデッキでの決闘だった。しかもその相手が、一年の時まで、実力が同じくらいって言われてたあずささんだった。

 勝ちたい。心の底からそう思った。あの時はまだ、今くらい自分の力を信じることができなかったから、あずささんの方が強いって、思った。

 正直言うと、今だってそう思ってる。だってあの人は、僕が万丈目君との二人掛かりでも倒せなかった、梓さんを、シンクロの入ったデッキに変わったとことを差し引いても、それ以上に強力なデッキで挑んできた梓さんを倒して、連れ戻した人だから。

 それでも、だからこそ、あの時の答えをここで。そう思って、挑んだ。

 シンクロ召喚を使ってくることも予想できてた。だから、それを打ち破ることも考えて、お陰で、あずささんの二体のエースモンスターを倒すことができた。

 だけど、そこまでで、結局は負けちゃった。あずささんの持つ、強大な力。それを超えることは、僕にはできなかった。パートナーの力だってあったのに。

「今日の決闘、絶対に勝ちたかったから」

「分かっています。翔さんの昇格が懸かった決闘でしたもんね」

「ううん。それはむしろ、どっちでも良かったんだよ」

「え?」

 そうだ。昇格も、あずささんを超えることも、それは僕の都合だ。もちろん達成できることが良いに決まってるけど、僕がそれ以上に成し遂げたかったこと。それは、

「今日の決闘で勝って、その時やっと、僕は君にとって、本当のパートナーになれるって、思ってたから」

「え……?」

 ちょっと意外そうな顔になったみたいだけど、僕は続けた。

「正直、今も僕が、君がどうして僕なんかの所へ来てくれたのか分からない。僕よりずっと強い決闘者はたくさんいるのに」

「……」

「けど、理由はどうあれ、君が僕のもとへ来てくれた以上、それに見合うだけの力を持たなきゃいけない。そう思ったんだ。そうでないと、君がどれだけ僕のことを認めてくれたって、意味なんてないから。だから、今回の決闘で、君と一緒に勝って、その時にやっと、僕は本当の意味で、君のパートナーになれるんじゃないかって……」

「翔さん……」

 だから、使い慣れない、初めてのデッキたったとしても、絶対に勝ちたいって思った。僕自身のために。プロとして忙しい中、僕の我がままでレアカードの『混沌の黒魔術師』のカードを探し出してくれたお兄さんのために。そして何より、こんな僕の元へ来てくれた、マナのために。

「だけど、僕はまだまだ、君の本当のパートナーになる日は遠そう……」

 

 ガバッ

 

「……え?」

 喋ってたら、いきなり抱き締められた。当然、さっきよりも弱い力で。

「嬉しいです……」

「へ?」

「私のこと、そんなふうに考えて、ずっと闘ってくれてたんですね……」

 そんなふうに言ってくれてる。何も言えない間に、話しは続いた。

「やっぱり、私は間違っていませんでした」

「ん?」

「翔さんは、精霊である私のことをそこまで考えてくれて、一緒に闘って、一緒に歩いていこうとしてくれる。精霊という存在をそこまで大切にしてくれるなんて、とっても、嬉しいです……」

「……そんなの、パートナーなら、当たり前なんじゃ……」

「いいえ。ほとんどの人は、精霊の存在を信じません。仮に目の前に現れたとしても、夢か、気のせいということにします」

 そりゃあ、誰だって、いきなり精霊がいるって言われても、信じることは無いと思う。僕も、時々十代の兄貴達が、精霊がどうのと言っても信じてなかったし、マナが僕の元へ来た時、最初は夢だと思った。そして、時間が経って、一緒にいる時間が長くなるにつれて、やっと現実だって、受け入れることができた。

「そして、仮に精霊だと信じたとしても、精霊という存在を信じて終わりです。ただ単に、精霊という存在が宿った、特別な一枚のカード。そう見なされて、それまでです」

 確かに、僕もそんなふうに感じてた気がする。決闘モンスターズの精霊。その存在が宿ってる。少なくともマナが来る前までは、そのくらいにしか考えてなかった。

「けど、翔さんは、私のことを精霊として受け入れてくれて、そして、そんな私にふさわしい決闘者を目指してくれた。精霊にとって、これほど嬉しいことはありません」

「そう、なんだ……」

 精霊の気持ちは、人間である僕には分からない。だけど、この嬉しいって言葉は、信じられた。

「……私が、翔さんの元へ来た理由を、お話しします」

「え……」

 突然、切り出された。

 始めてマナから、自分のカードを渡されて、僕の精霊にしてくれって頼まれた日。あの時は、聞いても答えてくれずに消えちゃって、答えてくれなかったその質問の答えを、今日、やっと教えてくれるの?

「翔さん」

 僕の名前を呼びながら、マナは僕の体を離して、顔同士を付きあわせた。

「……なに?」

 とても真剣で、言葉の出し辛い雰囲気に、喋っていいのか不安になったけど、それでも、一言だけ、返事を返す。

 返した後、マナは、今まで以上に真剣な顔つきになって、そして……

「私は、あなたのことが、好きです」

「……え?」

 思わず、聞き返した。

「私は翔さんのことが好きです。だから、翔さんの精霊になって、そばにいたくて、あなたの元へ来ました」

「……え?」

 突然の告白に、僕は聞き返すことしかできなかった。

「最初は、とても怖い人だって思いました。決闘中に言われた暴言と言い、向けられた顔と言い、とても怖くて、あんまり近寄りたくない、そう思ってしまいました」

 最初……神楽坂君との決闘の時か。確かに、嫌なこといっぱい言ったもんね。

 ただ……だから顔ってなに? 僕の顔に何があったの?

「二度目に会って、エクスちゃんになったあなたと決闘した時は、こんな可愛い子にもなれるんだって、不思議に思いました」

 ……できればそれは、あまり言わないでほしい。

「けど、実際に決闘をして、途中で私を庇ってくれたところを見て、この人は、ただ怖いとか、可愛いとか、そんな余計なことは一切抜きにして、とても決闘を愛してくれる、とても優しい人。それが分かりました」

「……」

 それは、僕でなくても、決闘者なら当たり前のことだと思う。

 けどそれが、マナにとっては特別に映ったってこと?

「そんな、真摯なあなたの姿を目の当たりにして、それで……気が付いたら、あなたのこと、好きになっていました」

「……」

「あなたのことが好きです。翔さん。だから私は、ここにいます」

 ずっと、精霊のパートナーだとしか思ってなかったマナからの、突然の告白。

 頭が混乱して、思考が追い付かない。

 もちろん、そんな気持ちにはとっくに気付いてた。ただそれでも、いざ言葉にされたら、どうすればいいのか分からない。

「だから、私にふさわしくない、なんてこと、言わないで下さい」

 何もできずにいる僕に、マナはまた、そう語り掛けてきた。

「私はもう、あなたの隣以外、どんな居場所も考えられないくらい、あなたは私にとっての全てになっているから。だから、私は、あなたのそばにいたいんです。あなたでなければ、ダメなんです」

「マナ……」

 憂いを含んだ瞳で見つめてくる彼女の顔を見て、とても健気な子だって、思った。

 僕なんかには勿体ないくらいの、凄く良い子だって。本当に僕なんかで良いのか、余計に疑問に思えてきちゃう。

「翔さん……」

 そんな僕の顔に、マナの両手が触れる。

 そしてマナは、目を閉じて、僕の顔に、自分の顔を近づけて、

「ん……」

 初めてのはずのその感触は、何だか全然初めてな気がしなくて、不思議と覚えがある気がしたけど、それでも、その温かさは、確かに感じた。

「マナ……」

 また、顔を離して、赤くなってるその顔を見つめ合う。そして、実感した。

(ああ……僕は決闘者として、とても幸せな人間だったんだな……)

 

『あああああああああああああああああああああ!!』

 

「っ!!」

 と、マナを見ながら思ってたら、後ろの方から二人分の絶叫。

 そっちを見ると、

「ももえさんに、カミューラ……?」

 名前を言った直後には、二人はこっちまで走ってきた。

「あなたは、『ブラック・マジシャン・ガール』……負けて落ち込んでいるであろう翔君を慰めてあげようと来てみたら……」

「カミューラかつ丼を届けて、思いっきり元気づけてあげようと急いで来てみれば……」

 

「私の翔君に何をするのです!?」

「私の翔に何してやがるのよ!!」

 

 何だか今凄いこと叫ばなかった!?

 そう思ってるうちに、マナは前に出てきた。

「翔さんは私のものです! ファーストキスもセカンドキスも、たった今サードキスまで捧げちゃったところです!」

「サード!?」

 ちょっと待って、僕の知らない間に、二度も唇を奪ったってこと!?

「ああ!! ということは今までの、目に見えなかった不吉な感覚は……!」

「おのれ、決闘の時は翔に抱き着いて殺しかけるし、この私の目の前で唇は奪うし……許すまじ! このヴァンパイアカミューラを差し置いて翔を誘惑だなんてぇ~!!」

 うお! カミューラの口が割れた。ヴァンパイア形態だ。

「私は翔さんの精霊でありパートナーです! 私は永遠に翔さんのものであり、そんな翔さんもまた私のものです!」

「たかがカード風情が何を戯けたことを! 翔さんの彼女は、一番彼との時間が長いこの私です!!」

「小娘二人がナマ言うんじゃないよ!! 翔とお互いに手料理をご馳走しあった私が嫁に決まってるじゃないよ!!」

 

「私の翔君ですわ!!」

「私の翔よ!!」

「私の翔さんです!!」

 

「……なにこれ?」

 マナとの雰囲気をぶち壊された挙句に、この論争。

 当人として情けない限りだけど、正直、かつ丼を食べながら、他人事として逃避する以外、僕には何もできませんでした……

「あ、美味しい。カミューラかつ丼……」

 

 

 

 




お疲れ~。
ちょこっとあずさの異名が無理やり過ぎた気がせんでもない、今日この頃。
しかし……ここまで翔をモテモテにする予定も無かったんだけどね、書き始めた当時。
誰得だよ……いやまあ、大海得なんだけどさ。
さ~て、翔は誰にするのかね~。本気で大海にも分からん。
まあいいや。いけるとこまで行ってしまおう。
てなことで、次話まで待ってて。

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