遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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こんにちは~。
そんじゃあ第四話。
正直、今回はあんまり面白くない……て、いつものことか。
まあここんとこ濃い回が多かったので、その箸休め程度のノリで読んでやって下さいな。
そんじゃ、行ってらっしゃい。



第四話 日常と、動き出す運命

視点:アズサ

 

 チュン

 チュン……

 

 現在、早朝五時半くらい。日本の学生の大半はまだ布団かベッドかの中でもがいてる時間帯、僕は今、森に来ております。なぜ森なのか、それはもちろん、アレですよ

 

「……」

 

 僕の目の前には、梓が立ってる。服装はいつもの着物じゃなくて、身軽そうな浴衣姿。左手にいつもの長刀をぶら下げて、体全体を脱力してる。その状態で、目の前に並んでる木を見据えて……

 

「……っ!」

 ブンッッッッッッッッッ

 

 左手の刀を鞘ごと振った、その瞬間、かなり強い風が吹く。その風邪で、木に生えてた葉っぱや、地面の落ち葉が上へ巻き上げられた。

 それを見て、梓は姿勢を変えて、爪先に体重を掛けつつ右手を柄の前に持ってきて……

 

 シュッッ

 

 今度は一瞬で見えなくなった。で、すぐに梓が向いてた方向へ目を向けると、五十メートルくらい先かな。そこに梓が、一秒もしない間に移動した。右手はとっくに刀から離れてる。

 で、その後ろにたくさん落ちてる、落ち葉を一枚手に取ってみると……

「さっすがー」

 普通の落ち葉だと思って手に持ってみた、その瞬間に、思い出したみたいに真っ二つに割れて……いや、切れた。

「ざっと見て、二、三百枚くらい? 毎朝よくもまあこんな一瞬に真っ二つにできるもんだ」

「大木五百本に比べれば、どうということはありません」

 と、梓は僕の褒め言葉にも、「それがどうした?」っていうスタンスで返事をしてる。そりゃあ大木切るよりは楽だろうけどさ。二年生に進級できる条件に、もう勝手に木を切るなってことになってるし。それで葉っぱになったわけだけど、むしろその分余計にすごくなったように見える。まあ、元からすごいんだけどね。

「……しかし、いつも言っていますが、わざわざ付き合って下さる必要はないのですよ」

 葉っぱを見ながらしみじみ感じてると、今度はそう、優しい言葉を掛けてくれた。

「当人である私が言うのも何ですが、あなたもこんな朝早くから、眠いのではありませんか?」

 ほんと、いっつもこうして鍛えながら、見学してるだけの僕のこと気に掛けてくれてるんだから、優しいよなあ、梓は。

「気にしなさんな。精霊には睡眠も食事も基本的に必要無いって、前にも話したじゃん。そりゃ熟睡した後に起きるのは人並みには眠けを感じるけど、一度起きちゃえば一緒だしね」

「そうですか。なら、構いませんが。無理に私の訓練に付き合って下さる必要はない、ということは、繰り返し言わせて頂きます」

「はいはい。本当に眠くて辛い時は、ゆっくりさせてもらうよ」

 もっとも、そんな日は来ないとは思うけどね。

 精霊になる以前から早起きには慣れっこだし、それに、訓練でも何でも、梓が頑張ってる姿を見るのは、梓と一緒に決闘で闘うことの次に、好きなことなんだからさ……

 

 ……

 …………

 ………………

 

「じょ~お~ね~つのぉ あ~かい~ば~ら~」

 トントントントン……

 グツグツグツ……

 

 訓練が終わった後は、お風呂に入って汗を流して、それから、朝ご飯の準備。

 と言っても、梓が食べるんじゃなくて……

 

「はーい、できましたよー」

 

「わーい! 待ってましたー」

 そう。僕が食べる分だ。食べなくていいってことは、食べられないってこととは違うからね。僕が梓のもとに来てからは、梓は朝晩二回、必ずご飯を作ってくれるようになった。

 理由は、単純に僕が食べたいって言ったら作ってくれたのがきっかけ。それが理由の一つではあるけど、他にも理由はある。

「食材はまだあるの?」

「……ええ。昨日、また大量に送られてきましたから……」

 普通なら喜びそうな事実なのに、梓はげんなりした笑顔になりながら、溜め息交じりにそう言った。

「そっか。それで、無事だったのは?」

「全体の、五割ほど」

「ありゃー、前より少ないね。それで、残りの五割は?」

「もちろん、すぐに焼却処分しました。良い食材なのがもったいないですが、誰かが誤って食して、亡くなってからでは遅いですから……」

「相変わらず、お家の連中のやることはムカつくなぁ。こんなに良い食材なのにさ」

「すみません。私がほとんど食べないばかりに、まるで残飯処理のような真似をさせて……」

「梓は一つも悪くないよ。梓の作るご飯、凄く美味しいからね。悪いのは……」

 ほっんと、ムカつくよ。

 聞いてた通り、僕が食事を作るのは、僕が食べたがってたこと、そして、余っていずれ捨てるしかない食材を片付けるためでもある。

 知っての通り、梓は普段から、ご飯は滅多に食べない。元々拾われる前にはほとんど食べられなかったことと、拾われた後も日常的に食事を出されなかったり、出されても大抵が毒入りだったせいで、すっかり『食べる』って習慣が無くなっちゃった。

 そこで、アカデミアに入学した後、そのことを知ってる親戚連中から、嫌がらせ目的で毎回大量の食材を送られるようになった。それも、名産地から取り寄せたっていう無駄に豪華な食材をたくさん。

 そして、最低でもその三割は、食べたら即死するような毒入りの食材。梓以外が間違って食べるかもっていう懸念も一切なし。いやむしろ、その食材で梓に料理させて、食べさせた友達を死なせることも目的の一つなのかもしれない。とにかく、梓への当てつけと嫌がらせのために、金を惜しまずとことん送ってくる。

 梓は毒が入ってたらすぐ分かるからそれで死ぬことは無かったし、実際、虎将や龍達だって宿ってる梓がそんなもの食べたくらいで死ぬとも思えないけど。ついでに言えば、精霊も、よっぽどでなければ人間を殺せる毒じゃ、まず死なないし。

 ただ、代わりに残った無事な食材も、全然食べないから、僕が来る前には、大抵全部腐らせて捨てる羽目になってたらしい。学園祭の時にお店を出したのも、その時余ってた食材を片付けるって目的もあったくらいだし。

 もちろん、一番良いのは、梓がちゃんと食べることだ。何度かそう言ったこともある。けど、梓の方も、何度言ったって食べそうにないし、僕自身も、梓だった分その気持ちも知ってるから、とっくに諦めてる。だから、結局梓は、滅多に食べないまま。食べる時は、本当に気が向いた時だけだ。

 まったく。本当にお腹が空いてるって時には水さえ取り上げてたくせに、いざ食べる必要が無いって分かったらこれだ。とっても良い食材なだけに、梓が捨てる度に苦しい思いをしてたのはよく分かる。それできっと、後から味の感想とかネチネチ聞き出そうって腹づもりなんだろうしね、まったく。

 一番の目的が食わせて殺すことのくせに、そうでなくとも必要無いのに無理やり満腹以上にさせようとして、『一杯のそうめん』かってんだよチクショー!

「……その例えは適切でしょうか? というか、分かる人いるのでしょうか?」

「さあね。分かんないなら調べるんじゃない?」

 ていうか、梓も普通に僕の心読んでるじゃん……

「冷めてしまいますよ」

「あ、ごめん……」

 と、いけない。怒ってたせいで忘れてた。

 毎日の楽しみの一つ、梓の作ったご飯だ。

 嫌なことはたくさんあるけど、せめて梓ができない『食べる』ってことくらい、相棒の僕が代わりにやったっていいよね。

 そんなことを思いつつ、両手を合わせて、

「いただきまーす」

 

 

 ……で、ご飯が終わった後は食器の片付け。それはさすがに僕も手伝ってる。食べたのは僕だしね。梓は構わないって言ってたけど、それでも自分が食べた分くらい自分で片付けたいって思ったから、そうすることにした。

 何より、包丁とかお鍋とか、洗ってる梓の隣に立つこともできるしね。

 

 洗い物が終わったら、準備をして、学校への登校だ。

「では、行きましょうか」

『あいよー』

 その時には、僕も周りに見えなくなってる。周りからは見えないけど、梓の隣に立って、並んでアカデミアまで歩く。これも日課の一つだ。

 

 

「おはようございます。梓さん」

「おはようございます」

「梓さん、おはようございます////」

「おはようございます」

 これもいつもの光景。部屋から出て、寮の出口へ向かうまでに、大勢のブルー男子生徒に出会っては、挨拶を受ける。最初は梓の方から挨拶してたのが、今じゃ男子の方が、梓を見つけちゃあ挨拶をする。

 まあ、挨拶で良いからお近づきになりたいっていう、学園物のモテモテ君にはよくある景色だよね。まあ普通と違うところがあるとするなら、それが同性相手ってことくらいか。

 梓は梓でそんなこと気にせず、普通に好意的な挨拶として自分も挨拶を返してるわけだし、気にしても仕様がないけど。

 けど、こうして改めてみたら、あれだけ色んな、大勢の友達がいる梓だけど、男子のブルー寮には一人もそういうのがいないんだなぁ……

 

 なんてことを考えつつ、いつもの日常の中で繰り返す行動を、今日もいつも通りにやって、寮の出口まで歩いて。

 いつもなら、このまま真っ直ぐ学校まで歩くところなんだけど……

 

「梓」

 

 最近、そんな日常に、新しい事柄が加わったところだ。

「星華さん。おはようございます」

 梓は普通に、さっきまでブルー生徒にそうしてたふうに挨拶を返してる。

 それを見て、ブルー寮の出口にもたれ掛かってた『小日向星華』は、梓の前まで歩いてきた。

「さあ、今日も共に学校へ行くぞ」

「それは構いませんが……何もわざわざ迎えになど来ずとも、先に行っていればよろしいのでは?」

「バカめ。学校までの道のりを共にすることもまた、恋人というものの醍醐味なのだ」「はぁ……」

 ……困ってっから。

 梓ってば普通に困ってっから。

 そのことを分かってるんだかないんだか知らないけど、あの日、アカデミア一の美人を決めるための決闘で梓に敗けて、その後で派手な愛の告白をした日を境に、この人はこうして、ブルー寮で梓を待ち伏せして登校に誘ってるってわけ。

 周りはそうやって並んで歩く二人を見て、まあ反応は色々かな。アカデミア(暫定)最強カップルの存在を楽しんでる人、羨ましがってる人、中には微妙に嫉妬っぽい表情を浮かべてる人もいる。主に女子。それでもほとんどが好意的に、お似合いのカップルに微笑ましい眼差しを向けてる人がほとんどだ。

 で、肝心のお二人さん、星華姉さんは、いつも偉そうに笑ってるし、梓は好意的に笑ってはいるけど、ぶっちゃけ内心微妙に思ってることは見たら分かる。

 まったく、梓も嫌なら嫌だって断ればいいのに。けど、人からの好意を無視することってのは、梓が一番苦手にしてることだからなぁ。送られてきた食材は、好意じゃなくて嫌がらせだから捨ててそれでお終いだけど、必要以上に人に対して気を遣う性格なもんで、自分にとっての迷惑も、好意から来たものなら受け入れちゃうってこと、多いんだよね。もちろん内容にもよるけど。

 何ていうか、本当の恋人じゃなくて、勝手にそう決めつけられてる相手と、無理して楽しそうに会話して、恋人っぽく演じて歩いてるとこ、正直痛々しいよ。

 恥ずかしくて顔も見られないくらいの本命が、ちゃんといるくせにさぁ……

 

「おい、梓」

 と、色々考えてるうちに、しばらく歩いた星華姉さんは立ち止まった。それで梓の名前を呼んで、

「はい?」

 星華姉さんの左側に立つ梓が返事をして、それを見て、左肘を着きだしてきた。

「私の腕に組みつけ」

「……は?」

 はい?

「まずは、左手で私の前腕を抱えるように持て」

「……」

 梓は疑問の顔のまま、言われた通りにした。

「よし。次は右手だ。私の左腕の上腕を抱え込むように右手を巻きつけろ」

「……」

 で、また言われた通りに。

 まあ要するに、町中を歩くカップルがよくやってるあの体勢だよ。

「これでいい」

「……あの、私は色恋事のことはよく分からないのですが、こういう姿勢は普通、男女が逆では?」

 あはは。梓、その疑問ももっともだけど……

「バカ者。そうしたいのは山々だが、お互いの身長差を考えろ。私がお前に対し、今のお前と同じ姿勢を取ればどうなるか」

「……」

 あ、想像してる。想像して、笑った。

「……確かに、逆では恋人どころか、親子ですね」

「笑うな貴様。女に対して無礼だ」

「おや? その失礼なことを私に促したのは、星華さん自身だったように思えますが?」

「ぐ、むぅ……」

 梓……相変わらず可愛い顔や優しい心とは裏腹に腹黒い。

 ただ、こういう皮肉を言うのって、梓が中の良い友達だって思ってる人だけだったりするんだけどね。

「……まあいい。このまま歩くぞ」

「え、このまま?」

「なんだ? 何か不満か?」

「不満も何も、歩き辛くはないのですか?」

「その歩き辛さもまた恋人というものの楽しみの一つだろう。共に歩く時間がそれだけ長くなる」

「……?」

 梓は今一つ理解してない顔だ。そりゃそうだよ。周りや相手から勝手に恋人って見なされてるだけで、実際には好きってわけじゃない相手と長い時間を一緒にされても、僕だったら「お、おう……」としか言えないって。

 今の梓は、そう言いたいのを我慢してる顔だ。そんな顔のまま、また並んで歩き始めた。

 で、周りはそんな二人に対して更に嬉しそうな顔してるし。二人を見ていたいがために歩く速度が遅くなった二人に歩幅を合わせる人までいる始末だよ。

 

「……」

「……」

 て、それをきっかけに二人とも黙っちゃったし。

 梓は、まあさっきまでと同じ。今自分のしてる姿勢の意味が分かってないって顔だ。

 で、星華姉さんは……

「……」

 ……無表情。感情が掴めない。

 楽しそうだって言ったらそう見えるし、そうでもないって言えばそうも見えるし。

 この顔はどっちの顔だ?

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「……ああっ!!」

「なんだ!?」

 何事!? 梓ってば歩いてたら急に大声出して両腕外して!

「こんなことでは、一生掛かってもアカデミアまで辿り着けませんよ!」

「一生……?」

 いや、歩きにくいのは分かるけど、一生は言い過ぎじゃない?

 

 ガシッ

 

 なんて、思ってる間に梓は星華姉さんの手を引っ掴んで、自分の方に引っ張った。

 で、そのまま体を持ち上げて、自分の背中に背負って足を持って……て、おんぶ!?

「お、おい、梓、これは……?」

 まさか、やる気かい? その姉さんに対して、あれをやる気ですかい……?

「この方が早いです。手を離さないように」

 星華姉さんが聞き返そうとするのを無視して、梓は足を蹴りだして……

「お、お、お……」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

『ちょっ、おい、梓ああああああああああ!?』

 

 

 

視点:十代

「おはよー」

「あら、十代に剣山君、おはよう」

「おはよう。兄貴、剣山君」

 アカデミアに着いて、そこに先に立ってた明日香と翔に挨拶。隣の剣山も挨拶を返して、なんか、一日が始まったって感じがするなぁ。

 

 ……ドドドドドドドドドドッ

 

『……!!』

 

 ドザァアアアアアァァァ……

 

「皆さん、おはようございます」

 

『……』

 

 走ってきた梓が、止まりながら足下から土煙を上げて、満面の笑みでそう挨拶してきた。

「お、おはよう、梓……」

「おはよう、ございます、梓さん……」

 俺と翔、あと、明日香と万丈目と剣山も順に挨拶していって、梓も最後に笑顔を浮かべて会釈する。まあいつも通り、かな。

「さあ、着きましたよ。星華さん」

 星華さん? ……て、その背中に背負ってるのって……

「星華さん?」

「……」

 あれ? 梓が呼び掛けてるのに、女帝に返事は無い。どうしたんだ?

「星華さん?」

 もう一度、今度は揺すりながら名前を呼んでる。で、揺すって、俯いてた顔が上を向くと……

「やだ、星華さん、気を失っておられる」

 ……梓の言った通り、目を回して、体が動かない。完全に意識が無い。

「どうしたというのでしょう? 背負って走っている間に気絶してしまうだなんて……」

(『背負って走ったからだ!』)

「……仕方がない。このまま三年生の教室までお送りしましょう」

 俺の心の叫びが、他の奴と重なった気がした、その直後だった。

 

「おっはよー」

 

「……っ!」

 その挨拶の声に、梓の体がビクッと跳ねる。で、俺達と一緒にそっちを向くと……

「あ、あずささん……」

「おはよー、梓くん」

「お、おはよう、ございます……////」

 あからさまにあたふたして、相変わらず分かり易い奴だな。

「あ……え、その……」

「あれ? 今日はおんぶして登校?」

「え……ああ……」

 指摘されて、背中に背負ってる女帝のこと思い出したみたいだ。

「ええ、まあ……」

 返事をした顔は、何だか残念っていうか、不本意っていうか、そんな感じの顔してる。

「……では、私はこのまま、星華さんを教室へお送りします。皆さん、また教室で」

「あ、ああ」

「じゃあまたね、梓くん」

「ええ。あずささん」

 最後にあずさに言った時は、普通の笑顔だった。それで、体の方向を変えて……て!

『壁を登っていきよったー!!』

 せめて階段でいけー!!

 

「いやぁ、相変わらずラブラブだねー、あのお二人さん」

 て、あずさは壁を足で昇って、窓から教室に入った後、しばらくしてまた飛び降りた梓を見ながら、そう笑って言った。

「ラブラブって、お前……」

「じゃあ、わたしも先に行くね」

 結局それだけ言って、アカデミアの中へ入っていった。途中、真六武衆達が出てきて、またいつもの漫才みたいな会話もしてるのが見えた。

 いつも通り、平気な顔して……

「あずささん、梓さんと星華さんのこと、本当に受け入れちゃってるのかな?」

「あそこまで無関心な様を貫いているところを見るに、そうだとしてもおかしくはないな……」

 翔と万丈目はそんなこと言ってるし、明日香も、顔がそんなふうに思ってる。

「ていうか、(あずさ)も本当にラブラブしたい奴がいるのに、お互いになに遠慮してるんだよ……」

「どっちの(あずさ)さんドン?」

「両方に決まってるだろう」

 て、剣山に答えた時だった。

 

『ひぃ……ぜぇ……』

 

「ん?」

 荒い息の音が聞こえてきたかと思って、そっちを見たら、アズサが息を切らして走ってきてるのが見えた。それで、俺達の前まで走ってきて、膝に手を置いて肩で息し始めた。

『ぜぇ……たく、僕のこと置いていって……せめてカードに戻るまで待てっての……梓の足じゃ遅刻する方が難しいんだからさ……』

「ようアズサ」

『……? ああ、おはよう皆の衆』

 明日香と剣山以外の、俺達と顔を合わせて、アズサはそう挨拶をした。

『……やっぱ、明日香ちゃんと剣山君のためにも、実体化するべき?』

 と、言ったら、本当に実体化した。

「うわぁ! 誰ザウルス!?」

「ありがとう。わざわざ」

「気にしなさんな。実体化した方が話し易くもなるし、こっちも助かってるんだよ」

 驚いてる初対面の剣山と、礼を言った明日香に対して話してる、アズサのキャラもいつも通り、可愛い顔して全然女っぽくない。けど、話してて面白いし、良い奴だから誰も気にしてないんだけどな。

 むしろ、今一番気になるのは……

「なあ、アズサ?」

「ふぇ?」

 聞いていいことなのか知らないけど、やっぱ、気になるから聞いてみた。

「あの二人ってさ、実際どうだよ? 本当に恋人になってるのか?」

「あの二人って……梓と姉さん?」

「ああ」

 ていうか、女帝のこと『姉さん』て呼んでたのかよ。まあ呼びたくなる気持ちも分かる気はするけど。

「……ていうか、誰ザウルス? 俺を置いて行かないで欲しいドン……」

「彼女は決闘モンスターズの精霊、梓さんの持つ『氷結界の舞姫』だよ。本名はアズサ。カタカナ三文字でね」

 て、翔が剣山に説明してる間に、アズサはこっちに顔を向けた。

「んー、まあ、僕の目から見ると、ぶっちゃけ……」

「ぶっちゃけ?」

 腕を組んで、しばらく溜めた後で、

「……そんな感じには見えない、かな」

 そう、思っていいことなのか分からないけど、期待してた答えが帰ってきた。

「本当か?」

「ていうか、君達以外はどう思ってるか知らないけど、あの二人見て、本当に恋人に見えるの?」

「それは……」

 そう聞かれると、俺も、他の四人も、顔を引きつらせた。

「何ていうか、向こうは積極的にアプローチしてるし、梓はそれに好意的ではあるけど、はっきり言って、それは愛情であって恋愛感情じゃあないよ」

「愛情と恋愛感情って、違うのか?」

「愛情は恋人以外に、親が子供に向けるようなものって意味もあるでしょう」

「ああ、そっか」

 明日香が解説してくれた後で、アズサは続ける。

「仮に姉さんの方が本気だとしても、梓の中には、あずさちゃんしかいないね……」

「そっか。よかった」

 女帝には悪いけど、やっぱ俺達にとっても、梓の相手はあずさ以外考えられねえからな。

 それにしても、二人ともいい加減、変な意地張ってないで、さっさとくっつきゃいいのに、何でそれができないんだろうなぁ……

 

「まったく。事情を知る者としては理解もできるが、それでも歯痒いものだな……」

「あ、三沢君、いたの?」

「ずっといた」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:アズサ

 

 キーンコーン……

 

 授業が終わって、お昼休みになりました。

「『苦渋の選択』、そして『破壊輪』、とうとう禁止カードですか……」

『むしろ、今まで禁止にされず野放しにされてたのが不思議なくらいだと思うけど……』

「ですよねぇ……」

 そう言いつつ、早速デッキに入れてたそのカードを抜いてる。

 その後は、いつも通りお昼も食べずに予習復習を始めた。まあ、そもそも梓にはお昼って概念が無いんだけど。

『……』

 僕はそんな梓のこと、ジッと見てるだけ。

 

 ヒソヒソ……

 

 お互いに無言だから、周りからの視線とか声が、嫌でも聞こえてくる。

 最近、二年生の女子達はある話題で持ちきりだった。それは……

 

「誰なのかしら? 梓さんの好きな人……」

「女子、よね……?」

「そうでしょう。はっきり女子だと言っていましたし……」

「梓さん、正直私達とは違うと思っていたけど、やっぱり私達と同じ、それも恋する乙女だったわけね……」

 

 梓は男だっての……

 

「それにしても、それでまさか星華お姉さまの告白を断ってしまうだなんて……」

「本当よね。男子はもちろん、女子にも大勢のファンがいる星華お姉さまの告白を。いくらその人が好きだと言っても、あんな簡単に断ってしまうだなんて……」

「ええ。私はノーマルだけど、相手が星華お姉さまならオーケーしてしまいそうだもの……」

「『私の物になれ。そして私をお前の物にしろ』……きゃー////」

「高圧的に相手の心を求めつつ、自分が受け入れられることをも求めている。イケメンに言われると、そそられる言葉ですわ~////」

 

 ふ~ん。女子からももてるんだなぁ、星華姉さんて……

 

「でも結局、一体誰が梓さんのハートを?」

「やはり、明日香様ではないですか? あの二人、凄く仲がよろしいし……」

「けど、中はよろしいけど、恋をしている、という感じじゃないわ」

「では、委員長ではありませんか? 学園祭の時、梓さんのお店をお手伝いしていましたし」

「委員長……しかし、それこそ二人がお話しするところはほとんど見たことがないし……」

『……』

「じゃあ……統焦、とか……」

『……』

「ぷっ」

「くふふふ……」

「それはいくらなんでもありませんわ」

「あの腕力だけの野蛮人に、お淑やかな梓さんが、恋だなんて……」

「そうよね。以前、月一試験の時に庇ったことがあったし、まさかと思ったけど……」

「確かに、仲良くお話ししてるところは何度も見ているけど、それだけでしょう。いくらなんでも統焦が、梓さんに……くふふふふふ……」

 

 おぉおぉ、好き勝手言ってくれちゃってまあ……

 

 バキッ

 

 うお?

「……(フルフル)」

 うはー、怒ってる怒ってる。鉛筆が指三本で粉々……

『まあ落ち着きな。彼女らは、あずさちゃんは違うだろうって言ってるだけだよ。あずさちゃんのこと侮辱したわけじゃないって』

「……それも、そう、ですね……」

 と、返事して、鉛筆を砕いた指に力が抜けた。

(というか……彼女達は間違っていないのでした)

『何が?』

「……」

(私なんかが、よりにもよってあずささんの恋人になど……なれるわけがない、ということです)

『……』

 バカちん……

 

 ……

 …………

 ………………

 

 授業が終わって、今は放課後。荷物全部をしまって、後は帰るだけだ。

 

「梓」

 

 学校から出て、ちょっと歩いたらそんな声。

「星華さん」

 これも最近じゃおなじみになりつつあるな。学校の行きだけでなく、帰りも迎えに来る。そしてそれも、周りで見てる生徒は楽しみにしてるっぽい。

「これを……」

「……ああ」

 と、梓が近づいたら、何かを差し出した。それは、重箱?

「弁当、美味しく味わわせてもらったぞ」

「それはよかった」

 お弁当って、いつの間に……ああ、あの時か。

「いつもドローパンばかりでは体に悪いだろうと思いまして。余計なお世話かとも思いましたが……」

 それで毎日あったお昼のお誘いが、今日は無かったのか。そう言えば、今日はいつもよりも準備に時間が掛かってたっけ?

「そんなことはない。まあ、教室で目を覚ました後で、預けられたこの弁当を受け取った時は、愛妻弁当だと(はや)されたが」

「愛妻……それは、否定すべき言葉なのでしょうか」

「ふふ……まあいい。行くとしよう」

 まあそんな感じで、帰りはさすがに朝ので懲りたのか、手を組むようなことはせずに、普通に歩いてる。

 何だかんだ言って、相変わらず梓は面白いなぁ。

 

 ……

 …………

 ………………

 

「おれ~の~ くつ~した~は~ ジャスミンの~ か~お~り~」

 トントントントン……

 グツグツグツ……

 

 ……

 晩御飯作りながら、なんて歌歌ってるんだ……

 まあ、そんなことで食欲が失せるほど、やわな腕してないけど……

 

「おれ~さまの パ~ンツ~は~ ラベ~ンダ~の かおり~と……できましたー」

 

 二番に差し掛かろうとした瞬間に、どうやら完成したみたい。

 ある意味、続きを聞いてみたい気がしなくもないけど……

 まいっか。今日の晩御飯もおいしそうだ。

「いっただっきまーす」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 で、ご飯も終えて、お風呂に入って、浴衣に着替えて、明日の準備を済ませて、デッキの調整をしたり。

「明日も姉さんにお弁当作るの?」

「そうですね。星華さんは、お料理は苦手だと言っておりましたし。もう少し栄養のバランスを考えた食事を、届けた方がよろしいかもしれませんね」

「ふ~ん……てか、やっぱ愛妻じゃん」

「ふふ……まあ、いっそのこと、それならそれでも構いませんが」

 簡単に会話したりして……

 で、夜の十一時くらいにはお布団に入る。ついでに僕も、そこにお邪魔する。ちなみに今は梓と同じように、浴衣に着替えて、縛ってた髪もほどいて下ろしてるけど。

「では、おやすみなさい」

「おやすみー」

 

 明日もまた、今日と同じ。

 朝起きて、梓の訓練に付き合って、梓の作った朝ご飯を食べて、梓と一緒に学校へ行って、梓と一緒に授業を受けて、寮へ帰って、晩御飯を食べて、そして、今みたく寝て……

 

 (はた)から見たら、面白みもクソもない、どこにでもある普通の日常。

 まあ、一部例外もあるけど……

 けどこれ全部、普通にできるようになるまで、梓はどれだけ苦しんできたのかな?

 どれだけの涙とか血を吐いて、どれだけの犠牲で、辿り着いた場所なのかな?

 世界を一つ滅ぼさなきゃ、学校にすら通えない。じゃあ、幸せになるためには、あとどれだけのもの、犠牲にしないといけないのかな?

 梓は、幸せになれるのかな?

 

 僕の願いは、いつだって変わらない。ただ、梓に幸せになってほしいだけ。

 それ以外は、梓のそばにいられたら、なんにもいらない。こうして、寝顔を見てられるだけで、僕は幸せ。

 その、はずなのに……

 

「梓……」

「……」

 返事は無い。熟睡しちゃったかな……

「梓……」

「……」

「……」

 

 梓はさ、紫だった頃のこと、どれだけ覚えてる……?

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:梓

 今日はいつもと違い、授業が終わるとすぐに、全校生徒が入れる大部屋へ集まるよう、声が掛かりました。

 理由は、あるプロの決闘生中継。そこで、かつてのアカデミアの帝王(カイザー)、丸藤亮さんの決闘が行われる。そして、その相手が、『エド・フェニックス』さん、ということ。

 この世紀の一戦を、授業の一環ということで、大部屋に設置されたテレビで放映することになったためです。

 

「さて……」

 大部屋に到着したので中に入り、座る場所を探していると……

「あ……」

 あずささん、の、お隣。

 明日香さんが座っておりますが、その逆隣に、人は座っていない。

 いや、隣どころか、前後ろの席にすら、誰も座っていない。

 分かり易い。皆さん、未だあずささんのことを恐れているのですね。なぜ私は平気なくせに、あずささん一人を恐怖し、遠ざかろうとするのか……

 

「……」

 あそこに座りましょうか。

 もちろん、特別な意味など無い。あずささんとは普通に仲の良いお友達でいる。だから、たまたまお友達のお隣の席が空いていれば、そこに座ろうとするのは必然の行為であって、何ら不自然なことは無い。

 そう、普通のことだ。ただ、お友達の隣の席に座るだけだ。

 な、何も、(よこしま)な気持ちなどは、持ち合わせてなどいない。

 あるのは、そう、親しみだけであって、それ以上の感情など……

(あずささん……////)

 

「梓!」

 

「はっ!」

 と、私を呼ぶ声が聞こえたので、そちらを見ると、

 

「こっちだ」

 

 星華さんが、手を振ってお隣の席を示している。

「……」

 せっかく誘って頂いているので、すぐにそこへ移動しました。

 

「うお! 大ジャンプで席の上に……」

「すげぇ……あそこからひとっ跳びかよ……」

 

「さて、私と同じくお前に敗れたとは言え、かつてはアカデミア最強だった男の実力、ゆっくり鑑賞するとしよう」

 周囲の反応とは違い、星華さんは普通にお話ししている。

「そうですね」

 なので私も、普通に返事を返しました。

 

 

 そして、決闘が開始されました。

 何でも今日は、エド・フェニックスさんがずっと秘密していた、自身の真のデッキを使用するということでも話題になっていた。

 以前、十代さんとの決闘では、即席で作り上げただけのデッキで見事に闘っていたこともあり、特に決闘をした十代さんはそのデッキを気にしていた。

 そして、先行のエドさんが、最初に召喚したモンスターは……

 

「な、何だと!?」

 

 十代さんの、驚愕の声が聞こえてきた。

 十代さんがよく使うカードの一つ、『E・HERO フェザーマン』。

 確かに、『HERO』デッキで無敵の強さを誇る十代さんを知る方々なら、驚くのも無理はない。

 ですが、私は特に驚きはありません。『E・HERO』なら私も使用しておりますし、誰が使用していても不思議は無い。

 そしてエドさんは、フェザーマンに加え、カードを二枚伏せてターンを終了。

 そして、亮さんのターンが回ってきました。

 

『俺のターン、ドロー』

 

「……(つう)ぅっ!」

「梓?」

『ほげ?』

 

「……? 梓くん?」

 

 思わず声を出してしまい、星華さんと、アズサが声を掛けてきた。

 そして、出してしまった声の原因の元を見ると、

「これは……」

 あの時と同じように、左手首の内側が、出血している。

「何だ、それは? お前、いつからそんな大けがを……」

 星華さんの問い掛けに、答える余裕は無かった。

「これは……まさか、亮さん……!」

 画面に目を戻した時には、亮さんは既に、カードを発動させていた。

 

『俺は、フィールド魔法『竜の渓谷』を発動!』

 

 

 

 




お疲れ~。
じゃあ、決闘の模様は次回書きますゆえ、いつになるかは知らんがちょっと待ってて。

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