凪のあすから Another story ~狭山のあすから~ 作:ひとみらくる
アニメ「凪のあすから」の憎めないサブキャラ「狭山 旬」の切なく淡い恋心を短編小説にまとめています。
原作のイメージを極力忠実に再現しています。
アニメ最終話後の時系列となっています。
季節は初夏(5月~6月)あたりです。
※ワードソフトで小説と同じ書き方で執筆しています。そのままこちらのサイトにコピー&ペーストしておりますので、文と文の間に行間がなく、ウェブ小説としては読みづらいかもしれません。申し訳ございませんがご了承お願いいたします。
凪のあすから Another story
まーたやっちまったよ。どうして俺よけいなコト言っちゃうかなあ。
今日は久しぶりに会えて、おまけに紡もいねーし、
ちょっと会わない間にまた色っぽくなって、うっかり舞い上がっちまった。
そうだよ。
色っぽいね、といえば良かったんだ。・・・・・・キレイだね、と言えないにしろ。
エロいとか、団地妻とか、そんなんじゃなくて。
あーもう、ほんと俺ってばーか。
怒ったかなあ。俺のこと、軽蔑してるかなあ。
しょーもないヤツだと思ってるよなあ。
今度会ったら、言えるかなあ。
キレイだね、ちさき。
・・・・・・うわーっ!!
ダメだ、ダメだ、俺のキャラじゃねーってのっ!
(引用:凪のあすからBlu-ray五巻 特典ブックレット「若旦那のひとり言」より抜粋)
1、遊園地の、チケット
海と大地の狭間で、俺の心は揺れていたんだ。
あの波のように。
◇
緊張で、手が震えている。
「親父から遊園地のチケットもらってさ、これ、中学生三人分の無料券なんだ。光たち三人と俺とちさきで行かね?ちさきの分は俺が出すし。一応社会人なんで」
鴛大師《おしおおし》民ご用達のサヤマートの店先にて、若旦那である狭山旬は、一世一代のチャンスに賭けていた。
「・・・・・・遊園地かぁ。楽しそう」
遊園地に誘われたのは、海村の汐鹿生《しおししお》出身の美少女、比良平ちさき。
少しの間を置いて、彼女はにっこりと微笑む。若旦那の心臓がドキっと跳ねた。
「街の端っこのシーパークな。水族館もあるとこ」
上ずりそうになった声をギリギリで抑えて平常心を保つ。
「あ、そこなんだ。高校生の頃、友達と行ったことある」
「そんくらいだったらサヤマートのワゴンでみんな俺が乗せてくし、俺もたまにはパーッと羽伸ばしたいっていうか」
いつもになく、オーバーリアクションだ。
「えー、狭山くんいっつも羽伸ばしてるイメージだけど」
「うるせーっ。 最近は真面目にやってんの」
「うーん、どうかな」
そんないたずらっぽく、可愛く笑われたら、やばい。なんて思った瞬間に店の奥からツッコミが入った。
「若旦那、昨日野菜の発注数間違ってて大変なことになりましたよねー?」
近くで作業をしていたベテランスタッフの、潮留あかりが若旦那の痛いところを突いてきた。
「あ、いや、それはちょいドジってゆーか? ま、まぁ俺もがんばってるわけだし、みんなで行けたらいいなーってよ」
思わぬ刺客だったが、うまいこと切り抜けたと安堵する。
「うん、いいよ。いつがいいかな」
「光たちに合わせて日曜がいいよな」
「そうね。わたしも日曜なら都合がいいし、紡にも帰って来てもらえる日があるかも」
紡にも、という言葉に、ほんの一瞬だけ狭山の動きが止まる。
「・・・・・・そ、そうだよな。紡も、一緒がいいよな」
「狭山くんこそ紡がいないと、居づらくない?」
同い年の男がいないと退屈なのではというちさきなりの気遣いだった。
「ま、まぁそうだな。俺はどっちでも大丈夫だから。でさ、俺、日曜ってちょっと休み取りづらいんだけど、今の時期なら次の日曜か今月最後の日曜なら大丈夫だからさ、みんなに都合がいい日きいといてくんね?」
「わかった、きいておくね」
「あとさ、ちさき、ライン交換してほしいんだけど」
好きな人の連絡先ほど貴重なものはない。下心がバレないように必死だ。
「そういえばお互いの連絡先って持ってなかったね。いつも何か用事のときは紡を介してたもんね。これ、私の番号」
ちさきが、そっと携帯の画面を差し出した。画面を見ながら、狭山が手馴れた手つきで番号を入力していく。
「おう。じゃあ、俺あとで一回ちさきの携帯にワンコールするわ。友達追加よろしく」
「うん。わかった。じゃあ、みんなに都合がいい日きいたらすぐに連絡するね」
「センキュー。待ってっからな」
「またね」
軽く手を振りながらサヤマートを後にするちさきを元気よく見送る。
サヤマートの若き跡取り狭山旬。
彼は多少の若旦那の自覚と持ち前の明るさで、今日のサヤマートを支えている。
しかし、ちさきが帰った今、彼に先ほどまでの元気が消えていた。
「ははーん、若旦那。さては恋の病ですな?」
作業する手を止め、これまたすかさずツッコミを入れるあかり。
「はっ、ち、ちげーっす」
明らかなる動揺。
「で、いつから? いつから?」
「なんでそんなぐいぐいくるんすか、あかりさん」
「あ、いらっしゃいませーっ」
来店客を見るや否や、さっさと業務に戻っていくあかりの後ろ姿を見ながら、帽子を目深にかぶり、赤くなった頬を隠す。
一人残されたサヤマートの若き跡取りは聞き取れぬ声でつぶやく。
「・・・・・・そんなん、中学んときからに決まってんじゃないすか」
◇
中学生の頃を思い出す。
最初は、海村の人間なんて好きじゃなかった。
なんか、地上にのこのこ現れて、俺たちの日常が壊されそうな気がした。だったっけ・・・・・・?
もうよく覚えていない。
ただ、今でも思っていることが一つある。
海村の人間は、海も地上も行き来できるのに、俺たち陸の人間は、陸にしかいられない。中学の頃はなんだかそれが悔しかったんだ。
あの四人が転校してきたときには、ついつい江川とふざけちまったっけ。
調理実習の時には、あいつらが作ったちらし寿司をぶちまけた。今思うと、最低すぎるだろ。
おじょし様壊しの犯人に疑われて、光にチェストくらわされて、校長室。やんちゃ盛りだったよな。
でも、おじょし様づくり、楽しかった。そのときに、なんとなく、ちさきのこといいなって思ったんだよ。ほんとに、なんとなくだ。言っちまうと、胸がデカかったから。中学生の男子が女子にときめくとこっつったらそんなもんだろ。
なんとなくだけでとどめておけばよかったものの、ちさきはいつまでも俺の気持ちの中に残るんだ。自分のことよりも友達思いなところ。真面目なところ。一人残された地上で、一生懸命暮らしていた。
俺は結局高校でも今でも片思いのまんまなんだ。
江川とは、最初は同じような理由でちさきのこと好き同士だったのによ、あいつ、もう嫁さんがいるとかありえねーよ。ずりーよ。俺、みっともないよな。ちさきには紡がいるんだ。ちさきが幸せなのは目に見えてわかってんだ。俺じゃちさきを幸せにできないこともわかってんだ。好きな人の幸せを願えるくらいの気持ちじゃなきゃサヤマートの若旦那は勤まんねぇ。
・・・・・でも、一度くらい、ちさきをデートに誘っても、許されるよな・・・・・・?
まぁ、光たちもいるし、紡も来るみたいだけど、いつもよりちさきが近くにいるだけで、満足なんだ。