凪のあすから Another story ~狭山のあすから~ 作:ひとみらくる
ちさきがてるてる坊主を部屋につるしていたおかげか、出かける約束の日は穏やかに太陽が輝いていた。初夏を感じさせる少し湿った空気の中、午前八時。
紡が来られないのは残念、と話しながら開店前のサヤマートに集合している四人を、店のワゴンで迎える若き跡取り。
目的地のシーパークは鴛大師より二つ隣の市を超えたところにある街の端っこ。そんなに距離はないため早くて一時間弱で到着といったところ。
出発して間もないが、ワゴンの中は盛り上がっていた。
「狭山くんって、意外と安全運転なんだね」
まなかが目を輝かせながら運転している狭山に話しかける。まなかの言うとおり、狭山の運転は隙を感じさせず周囲にも乗員にも気を配った安全運転だった。
「なーに向井戸、俺、運転荒いヤツだと思ってた?」
「あっ、いや、そんなんじゃないよ」
「バリバリ思ってたわ。俺が一番だ的な、性格が出てる運転かと」
三列になっている真ん中の座席から、運転席にしがみつくようにして光が割り込んでくる。
「あのなぁ、坊やにはわかんねーかもしんねーけど、こう・・・・・・安全運転してこそが良い男っつーか、気遣いのできるイケメンっつーか」
「野菜とか魚を傷めないために安全運転しろってお父さんにキツーくしこまれてたのって去年の今頃だっけ? ちょっと泣きそうだったよね狭山くん」
くすくすと笑いをこらえながら、控えめにちさきがツッコむ。去年の今頃というのは、狭山が免許をとりたての頃だ。
さっそくのツッコミに光が調子良くのってくる。
「おい、イケメン関係ねーじゃねぇか」
「ひぃくん、それでも安全運転が継続できるのって、それこそかっこいいと思うよ。きっと狭山くんはこれからも安全なドライバーさんだよ」
「向井戸にフォローされちまった。ちょっとほっこり」
「何ほっこりしてんだよ! しかもそこ照れるとこじゃねーし」
「はいはい、坊やはおとなしくシートベルトしとけよ。ナスとかタマネギ同然に優しく運んでやっからよ」
口を尖らせながらシートベルトを引っ張り出したナス・タマネギ扱いの光を横目に、要がさらりとつぶやく。
「狭山って中学の頃から変わらないなって思ってたけど、なんか、大人っぽくなったよね」
「なんだ要。おだてても何も出ねーぞ」
「そうだそうだ、狭山なんて出せるもん持ってないと思うぞ。無駄無駄」
「光、さっきからテンション上がりすぎて狭山につっかかりすぎ。昨日絶対寝付けなかったでしょ」
要の一言が図星だったらしく、わざとらしく口笛を吹きながら窓の景色を見る光。
こっそりとまなかがちさきの耳元でささやく。「あのね、わたしも昨日なかなか眠れなかったんだ」と、クスクスと笑いあう二人。
おとなしくなった光を確認してから要は続けた。
「なんかさ、性格とかは変わんないにしても、僕たちより経験の差っていうのかな。やっぱいろいろ、考え方とか。さっきの光とのやりとりもさ」
「あー分かっちゃう? やっぱ、もうハタチになったわけだし、大人の魅力で溢れてるの勘のいい要には分かっちゃうよねえ。坊やな光より、アダルティックな経験もアレもコレもたくさんしてきたし」
饒舌に語る狭山だったが、要はちょっと引いていた。
「いや、そういう意味じゃないんだけど・・・・・・」
「おい、まなか、ちさき。狭山に気をつけろ。アダルトな菌を移されるかもしれない」
「はーい、ひぃくん隊長了解しました」
「了解。一応私はそういう分野を解禁した年齢ではあるんだけどね。移されたくはないなぁ」
まなかは元気よく、ちさきは控えめに笑っている。
「え、何、俺菌扱い? やめろよそういう小学生みたいなの」
賑やかな会話で盛り上がりながら、いつの間にかワゴンは目的地に到着していた。
日曜日のシーパークは家族連れやカップル、仲の良い友達グループ等、開店直後でありながらなかなかの人で賑わっていた。
車から飛び降り、ゲートに向かう中学生組。狭山とちさきがその後を少し遅れてついていく。
「ちょうどいい時間だね。運転お疲れ様、狭山くん」
「光の相手してたら店の荷運びより疲れたわー」
自身の肩をたたき、少し大げさに疲れたアピール。
「そうだ、お茶。水筒にいれてきたんだった」
歩きながらカバンから水筒を取り出し、コップに器用に注いでいく。
注がれるお茶よりも、狭山はちさきの指先に見とれていた。看護師を目指しているちさきは、指の爪が清潔感のある適度な長さに切り揃えられていて、とても綺麗だった。
「はい。少しはスッキリすると思うから」
「お、おう。わるいな」
「のど渇いたら、いつでも言ってね」
「・・・・・・ちさき、いい嫁さんになりそうだな」
言おうか迷ったセリフだ。否定されたらふざけて言ったと返せばいい。肯定されたら・・・・・・切ない。紡のことを考えながら言ったことになるからだ。
「もー、なによ、いきなり。まぁ、最近よく言われるのよね。看護師志望だし、学校で習ってるからかなぁ。でも、これはこれでいいことよね? 将来有望?」
ちさきの返答は、想像していた二つとは少し違った。狭山はハッとする。こういう予想外な所で微妙に天然であるとこも含め、ちさきに惚れたのだと。
「そうだな、嫁さんの前に、まずは有望な看護師だもんな。俺がなんか病気になったら優しく手厚く看病してくれよな」
「毎日注射」
そこはキッパリ言う。
「いやん、メンタルブレイク」
「ふふっ。まなかたち、走ってっちゃったから私たちも急ごう」
「そうだな。んじゃ、どっちが先に追いつくか競争な」
「あっ、ちょっと、ずるい! 私そんなにはやくないし・・・・・・もー」
輝く太陽の下、駆けていく五つの影が通り抜けてゆく。小さい影、少し大きい影、大きな影。どれも同じ方向へ。
思いは同じ方向へは行けない。ぶつかって、すれちがって。時には海にたゆたう落ちた葉っぱのように、流されて。
どれも時間のように、戻ることはない。だから、今が一番輝いてるって思っていたい。そう強く願いながら、駆ける。
風はゆったりと、日差しは暖かい。