凪のあすから Another story ~狭山のあすから~ 作:ひとみらくる
「イルカ、すっごく可愛かったねぇ。狭山くんがあんなにキラキラした目をするなんて思わなかったよ」
「うるせー。向井戸の方がキラキラしてたって」
「いや、断然狭山のほうだったわ」
的確な光のツッコミ。
イルカショーの余韻に浸りながら、水族館内部を歩いていく。
汐鹿生では見られないような熱帯魚に、まなかとちさきが釘付けになっていた。
「ねぇ、ちぃちゃん、この子すごいカラフル」
「うん。綺麗だね」
「シシオにもいればいいのにねぇ」
「うーん、シシオの水温じゃ生きられないみたいだね」
「残念だぁ。あ、ちぃちゃん。あれ、クマノミじゃない?」
「え、どこどこ?」
「ほら、あっちのイソギンチャクの中、小さいのがいるよ」
「本当だ。可愛いね。そういえば、小学生のときにクマノミが主人公の映画、流行ったよね」
「覚えてる。それでひぃくん、クマノミがいないかシシオ中探し回ってたよね」
「そうそう。懐かしい。見つからなくって最終的にうろこ様に、見たいってお願いしに行ってたっけ」
「はいはい、お二人さんよ。昔の話はやめて遊園地の方行こうぜ」
少し顔を赤らめながら二人を促す光。
「遊園地! わたし、ティーカップのやつ乗りたい。ちぃちゃん、一緒に乗ろう」
「いいよ。あんまり回しすぎないでね」
笑顔で駆けていく。真上まで上がった太陽のおかげで、少し暑いけれど、このくらいがちょうど良い。
◇
「ずいぶん乗ったな。そろそろ帰るか。遅くなる前に」
五人でひとしきり遊園地で遊び終わった頃。日は傾きかけて、少し肌寒くなってきた。そろそろ帰るかと言う狭山に、名残惜しいのか光が最後の提案をする。
「なぁ、最後にもう一回ティーカップで勝負しようぜ」
「うん! わたしもやりたい」
「どうせ勝つのは僕だけどね」
まだまだ元気な中学生組に対して、狭山とちさきが少しげんなりする。
「お前らマジで元気なのな。お兄さんもう回転系は厳しいわ」
「中学生の頃だったら、要にも勝てる自信あったのになぁ」
「なんだよ、年寄り組はノリ悪いな。観覧車でゆったり回ってくれば?」
すでにティーカップ乗り場に向かおうと歩き出した光の提案に、狭山がのってきた。
「そうだな、まだ観覧車は乗ってねぇし、上から光たちのこと見てるわ」
「うん。観覧車、いいね。じゃあ行こっか」
それに賛成するちさき。光たちと別れて、観覧車へと乗り込む。
ちさきは、いざ狭山と二人きりの空間になってしまうことに、少しの緊張を感じた。
お互い向き合うように座る。ゴンドラの扉が閉まり、のんびりと上へ動いていく。
ちさきは外を眺め、まなかたちを目で追っていた。
ゆったりと空に近づいていくような不思議な感覚。少しの沈黙が続いたところで、ぽつりと狭山がつぶやく。
「俺、何気に高いとこダメだわ」
珍しいことに、声が震えていた。
「え、さっきまであんなにノリノリだったのに」
「いや、勢いっつーか」
「意外かも。狭山くんっていつも元気だから、こんなに青ざめてるの新鮮」
「おい、今ちょっと笑ったろ」
「ふふっ。笑ってないよ」
「完全に笑ってんじゃねーか」
「ごめんごめん。ねぇ、ちょっと揺らしてみよっか?」
今度は少しいじわるに笑ってみせるちさき。
「ちさきは鬼か。まじかんべん」
「鬼呼ばわりかぁ。どうしよっかなぁ。あ、良い眺めになってきた。ちょっと立ってみたり」
立ち上がろうとする姿を見て、慌てる狭山。
「だーーー! ストップ、ストップ。っていうかちさきは怖くねーのかよ?」
「怖くないよ。だって、すぐに地上に着いちゃうんだし。それに、狭山くんがいるんだし」
狭山くんがいるんだし。その言葉に、ハッとする。
そう、今はちさきの前には自分しかいないのだ。
大好きな、ちさきが目の前に。しかも、独り占めできる空間。
傾いた夕日がちさきの頬を赤く染めている。
高いところの恐怖など忘れて、おもむろにちさきの隣へ移動した。
ゴンドラがゆったりと傾いていく。
「え、揺れるよ。どうしたの、隣・・・・・・」
戸惑うちさきの言葉を無視して、ずっと練習していたあのセリフが自然にこぼれた。
「キレイだね、ちさき」
「う、うん? 夕日、キレイだよね。高いところから見ると格別だよね」
明らかに動揺しているちさき。
でも、ここではっきり言わなくては、後悔する。ずっと今までがそうだったように。
留めていた気持ちがあふれ出す。夕日が沈むよりもはやいスピードで。
「ちさきがキレイすぎて、俺もう止まんねーや」
「え、私? 狭山くん、怖すぎておかしくなっちゃったの?」
「そうだな、怖すぎるかも」
これ以上、高い景色も、戸惑うちさきの表情も見たくない。
思わず、ちさきの右肩に顔をうずめてしまっていた。
柔らかい感触と、ふんわりと漂う良い香りに胸の奥がギュっと締め付けられるような感覚。
「ちょっと、狭山くん、やめて」
「怖すぎて無理。こうしてれば景色見えないよな」
「でも、こんなの・・・・・・」
震えた声だった。
嫌がってはいるものの、ゴンドラが揺れないように気遣っているのか、抵抗しないままでいてくれる優しいちさき。
それとも、こういったときの対処法を知らないだけかもしれない。
「俺、ずっとちさきのことが好きだ」
「・・・・・・え?」
「たぶん、紡と同じくらい前から」
「そ、そう、なんだ・・・・・・」
紡の名前を出したとたん、さっきよりも声が震えているのが明らかになった。
「俺、ずるいかな」
「うん。ずるいよ・・・・・・」
「もっと、ずるくなってもいい?」
「どういう意味?」
「この場で、ちさきに、キスするとか」
「やだ、やめて!」
「うーん、どうしよっかな。一回くらい、力づくでも」
ちさきにの肩にあずけていた体重を自分に戻し、体の向きを斜めにして改めてちさきと向き合う。
夕日の色で赤く染まっているはずの頬が、今はやけに白っぽくみえた。唇がふるえているのが見てとれる。怯えさせてしまったようだ。
「なーんてな!」
悲しい気持ちを押し殺して、今日一番の笑顔で、少し強めにちさきの髪をなでる。
怯えていた表情が、次第に不思議だと言わんばかりの表情に変わっていく。
「怖がらせてごめんな。俺さ、さっきも言った通り、ずっとちさきのことが好きだったんだ。でも、叶わないって、ずっと前からわかってた。紡と付き合う前から」
「・・・・・・狭山くん」
「紡も大事なダチだしよ、どっちも傷つけたくねーから、この気持ちはずっとしまっておこうって思ってたんだ。でも、あんまりにもちさきがキレイだから言っちまったよ。ごめんな」
「ううん。私の方こそ、狭山くんに苦しい思いを」
「はいはーいストップ。そこ、ちさきの悪いとこ。ちさきは悪くねーんだから、そうやって謝ろうとすんな。責めるな」
「でも・・・・・・」
「これ以上言うなら、マジでキスしちゃおうかな」
「い、言わない!」
「そう、それでいいんだよ。だから、忘れてくれ、な」
「ううん、忘れないよ。ありがとう」
「ありがとう・・・・・・? なんで、迷惑の間違いだろ」
「好きって気持ち、言えないままは、苦しいもんね・・・・・・。分かるよ。ずっとモヤモヤして、後悔して、あふれたらとまらなくなりそうで。でも、好きって気持ちは、何よりもあったかいよ。狭山くんの心を、あったかいのを、分けてくれて、ありがとう」
「うわ、ちょっと。俺、マジ泣きしそう・・・・・・。好きだったって、伝えるだけだったのによ、こんな・・・・・・嬉しすぎるだろ・・・・・・ありがとうとか」
嬉しさと、恥ずかしさで顔を上げられない。夕日の赤に紛れて見えないことを願うばかり。
「ありがとう、狭山くん。こんな私を、好きになってくれて」
下を向いて、目を合わせられないでいる狭山の髪を、そっと撫でた。
「もういいって。俺、ちさきが紡と付き合ってるって知って、それでちさきが幸せなら、それだけで嬉しいんだ。好きだった子が、好きなヤツと一緒に未来を進んでくって、マジで応援したいと思ってる。んで、俺は負けねーくらい幸せな未来を掴むって決めてるからよ。まずはサヤマートの商売繁盛から、ってな」
「さすが若旦那、その意気です。あ、このことは光たちや紡には内緒にしておくね」
「ほんと、とことん気がきくヤツだよな、ちさきは。ってか、紡は薄々気づいてそうだけどな」
「そういえばこの前電話したとき、狭山くんと私のこと心配してた・・・・・・」
「うーわ、がっつりバレてんじゃん」
「ふふっ。でも、内緒だもんね」
「わるい女だな。魔性のちさき」
「はい?」
「はは、ごめんって。お、もう地上じゃん。向井戸が手振ってるぞ」
「あ、ほんとだ」
素早くちさきの向かい側に座りなおす佐山。
係員がゴンドラの扉を開け、二人は地上に降りた。
中学生組と合流し、シーパークを後にする。
退園ゲートを通ったところで、なんとなく狭山は振り返る。
一番目に付く観覧車の上は、もう夜の色に染まっている。
なんだか気持ちが軽くなった気がした。
誰にも聞こえぬ声でつぶやく。
「観覧車に置いてきちまった」
俺の、気持ち。
でも、心から良かったと思う。だって今の俺はずっと続いてたモヤモヤがなくなって、最高に清々しいんだ。
自然と笑顔になった。
今日の笑顔が、明日も、これから先の未来にもずっと続きますように。
今日の思い出は胸にしまって。
今までの気持ちは観覧車に置いて。
そしたら新しい未来が始まる。―――俺のあすから。
お読みいただき、ありがとうございます。
二次創作小説を執筆し、完成させるのはほぼ初めてのことですので、拙い文章で申し訳ございません。
誤字脱字や文章の表現に誤りがございましたら、お手数ですがご一報いただけますと幸いです。
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