――卍解!
声がきこえた。先刻まで自身の身に起こった恐怖に震えていた少女の目に、黒装束に身を包んだ男の姿が映る。手には一振りの刀、夕闇に照らされたそれは、凶器であるはずなのに美しく輝いて見えた。
一閃。あまりにあっけなく消えた恐怖の対象に、驚きを隠せないでいた少女へと男は近づく。未だ手にある刀に一瞬怯える少女に気づいたのだろう。一振り振り払い、くるりと一回転させ鞘へ刀を収めると、座り込んでいた少女の高さに合わせ、男もゆっくりしゃがみこむ。
ぽんぽん、と頭を撫でる男へどうにかお礼を言おうとするが、声は出ず、視界が徐々にぼやけていく。
「――、――ね」
「――ろ、――さね」
どこからともなく聞こえる声に、次第に少女の意識は覚醒していく……
「起きろ!
「……
「空木しゃん? じゃねえよ! 」
スパン! と叩かれた頭の痛みに彼女の意識は急速に現状を理解していく。視線を動かす。痛みの残る頭、呆れ顔の男性、書きかけの書類、……その上にある乙女としあるまじき
現状を完全に理解し、ひぃっ! っと青ざめる彼女の視線の先に、笑みを浮かべる女性が映る。
「おはよう勇音」
「……う、
ちらりと時刻を確認する。現在は正午を少し過ぎた頃、勤務時間はまだ半分が過ぎたあたり。残りの時間の地獄を考えながら、ああ、これが夢ならいいのにと彼女は切実に願うのであった。
―虎徹勇音は笑えない―
――
現世での生を終えた者が集い暮らすいわゆる霊界と呼ばれる世界。
そこは、霊力と呼ばれる力が強い者達や貴族の居住区『
そして、その瀞霊廷内に拠点を置く部隊がある。――その名を『
『死神』と呼ばれる隊員たちは、尸魂界の安寧の為に日夜多様な任務をこなしている。そして、彼もまたその栄えある隊員の一人なのである。
「……たくよぉ、お前だけ寝てるんじゃねえよ」
椅子に腰かけ、煎餅をかじりながら『
彼が今いる場所は、護廷十三隊四番隊の隊舎内にある隊長室兼執務室である。隊長である卯ノ花は現在、隊首会へ出席しており、室内には空木と勇音のみが在中している。
勇音の机には山と積まれた書類があり、その奥から弱弱しい声が返ってくる
「仕方ないじゃないですかぁ、夕べは急患が立て続けに入ってきて眠れなかったんですよぉ」
「うっせえ。そんなのは知らん。俺の前で気持ちよさそうに舟を漕ぎやがって……羨ましい!」
「そんなぁ、理不尽ですよー」
勇音の気弱な批判の声が聞こえたが、空木はどこ吹く風、煎餅を
まだ何かぶつぶつと勇音が愚痴っているが、空木は気にする様子もなく『特集! 瀞霊廷一押しスイーツ!!』を見ながら、気になる部分にチェックを入れている。スイーツ男子の鏡のような行動である。
あまりに真剣に吟味をしていたのだろう。ふと視界が暗くなるまで隣に誰かが立っている事に気が付かなかった。
「うーつーぎーさん」
見上げると、身の丈六尺の――女性としては非常に高い身長を持つ『
「だあっ! 急に横に立つんじゃねえよ」
「急じゃありませんよ! 何回も呼んでいるのにずっと無視するからじゃないですか!」
その勇音の目に先程まで空木がチェックを入れていた記事が止まる。そしてさらに勇音の目に非難の色が強くなる。
「もー! そんなの見てるなら私の仕事手伝って下さいよー!」
「はあ!? そんなのって何だこのデカ女! これは重要な情報収集任務だ!」
「……デ、デカ女……っヒドイ! 人が気にしてるのに……空木さんのバカー、チビー!」
「なっ……言ったな。俺が最も言われたくない事を……こうなりゃ戦争だコノヤロー!」
「何やら楽しそうですね」
――お前どうにかしろよ!――
――無理無理無理ですよ! 空木さん何とかしてくださいよ――
先程とは打って変わった静寂が室内を満たす。
「空木、勇音」
柔らかく穏やかな声に名前を呼ばれ、二人は錆びついた扉の様にギギギと顔を声のした方へ向ける。
そこには、穏やかな笑みで待つ白い隊長羽織を着た美しい女性が佇んでいた。
「「……卯ノ花隊長」」
「はい、そうですよ」
幼子をあやすようなその口調と笑顔とは裏腹に、室内の温度が急速に下がるのを2人は感じている。そんな2人をよそに、卯ノ花はしとやかに2人へと歩み寄り、空木の雑誌を手にとりパラパラとページをめくる。
「空木」
「ひゃい!」
「貴方のオススメはどれですか」
――こ、これなんて良いかなーなんて、お、お、思います――
「そうですか、ではこれにしましょう」
「「へっ?」」
「私は、これから出かけますので、二人はあちらの書類も片づけておいて下さいね」
彼女の指さした方には、勇音の机にある書類の約三倍程の書類の束が置いてあった。……確実に徹夜コースの量である。
「では、頼みましたよ二人とも」
「あ、あの隊長。わた、私は昨日も徹夜なんですけど……」
半泣きの勇音がどうにか卯ノ花へ訴えかけるが……
「頼みましたよ……勇音、空木」
「「……はい」」
――パタン。無慈悲に閉じられた扉の音だけが、室内に響く。
「……勇音、何か……ゴメン」
「いえ、もう良いんです」
――仕事、しようか――
――そう……ですね――
護廷十三隊――『死神』と呼ばれる隊員達は、尸魂界の安寧に為に日夜多様な任務をこなしている。そしてまた彼もその栄えある隊員の一人なのである。