彼岸の花   作:かんべ~

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第10話 枳殻初ノ彼岸花―弐―

 ――はぁ、はぁ。

 ――かさ、かさ。

 鋭利に砥がれた冷気が肌をさす。晴れた夜空から照らされる月明かりで多少の視界は確保出来るものの、目的地へと向かう足取りはやはり慎重にならざるを得ない。

 それは、この任務が調査である以上、目的地以外にも周辺の状況などを確認しながら進むのだから当然なのだが、原因はそれ以外にもあった。それが……。

 

 ――ガサッ。

「ひっ!」

 ――パキッ。

「ひゃうっ!」

 

「……いい加減慣れろよ……」

「……もうやだぁ……怖いよぉ」

 

 ……これである。気弱で臆病な気質の彼女、虎徹勇音(こてついさね)が事ある毎に驚き怖がるので、空木(うつぎ)も都度々安心させねばならず、また極力音をたてずに進まねばならぬ為、思った以上に歩調を緩めねばならなかった。

 

 ――どうしたもんか。これ以上は遅く出来ないしな。

 上手く現状を打開する案が思い浮かばない空木は、仕方なしに妥協案を採択する。

「……勇音、手をだせ」

「……ふぁい」

 震える手をおずおずと差し出す勇音を見て、――どんだけだよ。と苦笑しながら彼女の手を強く握る。

「へ? あ、あの空木さん!?」

「……いいか、仕方なくだ。これ以上遅れるわけにもいかないからな」

 ”仕方なく”を強調する空木に、戸惑いながらも勇音はうなづく。

 ――懐かしい。昔の思い出が彼女の脳裏を掠める。

 無遠慮に掴まれた自身の手を見つめ、勇音は誰にも分らぬよう小さく微笑んだ。 

 (……ありがとうございます。空木さん)

 ――ったく。悪態をつきながらも手を離すことなく、勇音の半歩前を歩く空木に心の中で礼をする。

 

 ――ガサッ。

 ――パキッ。

 変わらず、闇夜に響く音にも今の彼女は恐怖を感じることは無かった。

 

 

 

 

 

 山中に入って、一刻程歩いただろうか。二人の歩いている獣道の先から、僅かながら水が落ちる音が聞こえだした。

「もうすぐですね」

「……ああ」

 先程までとは違う空木の雰囲気を感じ取った勇音は、横眼で彼の表情を探る。

 ――なんだか、怖い。

 ただ、目的地を前に気を引き締めただけではない。他にも何か別の感情があるのだと勇音は感じた。そして、その感情が何か今の自分は解らない、そんな現実が少しもどかしい。

「……着いたぜ」

 思考に耽りながら歩いていた勇音は、空木の声で視界を上げる。

 道中は、木々に遮られ僅かに照らすだけであった月明かりが、開けた滝壺周辺を包み込むように照らしている。

 勇音達が立っている獣道から数歩行けば、開けた場所が広がり、数種類の植物が自生しているのが見て取れる。日中に見れば綺麗な所なんだろうなあと彼女は考えてしまうが今は任務中、思考を切り替えるように頭を軽く二、三度横に振った彼女は、空木の指示を待つ。

 

 目的地の方からこちらが見えないように、二人は素早く数本重なるように生えている木々の影へと身を隠す。

「勇音、屈め」

 空木の指示通りに屈み、滝の方の様子を伺う。

 じっと息を潜める。辺りに響くのは、滝の落水音と虫達の鳴き声、自分の鼓動の音さえも耳障りな程に聞こえそうな静寂の中で、二人は目的の野草が生えている場所を凝視する。

 

「……誰もいなさそうですね」

「……ああ、そうみたいだな」

 しばらく様子を伺ってみたが、どうやら何もいなさそうだと空木は判断した。

「よし、野草の所へ行くぞ」

 空木が今のいままで繋いでいた手をパッと離す。――あっ、勇音は無意識に思わず漏らしてしまった声に慌てて口を両手でふさぐ。

 解っている。今は任務の最中で、この手は自分を安心させてくれる為だけに空木が繋いでいてくれていたもの。それ以上の意味はない。――意味はないのだ。

 (だからって、もう少し離し方とか……)

 無性に腹が立つ。勇音は非難の視線を空木へ叩き付けていた。

「聞こえたか? 野草の所へ行くぞ……って、何むくれてんだよ?」

 勇音からの返事がないので振り向いた空木の目に、非難の視線を向ける勇音が映る。

「……別に、怒ってなんかいませんよ」

「いや、怒ってんじゃん」

「怒ってませんってば! ほら、行きますよ」

 空木の返事も待たずに、勇音は野草の方へ向かう。

「? 何だってんだ……」

 

 何故、自分が怒られているんだろうか。腑に落ちない思いと共に空木は勇音の後を追うのであった。

 

 

 

 

― Encounter and…… ―

 

 

 

 

 滝壺のほとりにその野草は自生していた。

「……確かに、見た事の無い草だな」

 笹の葉のように先端にいくにつれ鋭利になる葉が幾重にも重なり合い、その付け根から葉先へ向けてグラデーションの様に濃い色がついている。今が日中であればその色が濃い赤であると分るのだが、真夜中の今は色の濃淡程度しかわからない。その様な草がこの場所に群生している。

「見た所、ここ最近にこの場所へ来た形跡は無いようですね」

 地面の窪みや、植物の倒れ方などを確認していた勇音が見解を示す。

「ああ、どうやら(くろつち)隊長の言った通り、これといった収穫は無かったな」

 

 せめて、近々に何かしら行動した跡があれば、多少の手がかりがつかめたかもしれないが、今回はその手掛かりになりそうな尻尾さえ掴めそうになかった。        

「……念の為、今晩はここで見張るか。何かあるかもしれないしな」

「そうですね……はぁ、野宿かあ」

「しょうがねえだろ」

 うなだれる勇音をあっさりと流し、空木はこの場所が一望出来き人目に付きにくそうな場所を探す。

 適当な場所を見つけた空木は、未だうなだれている勇音へ振り返る。

「おい勇音、あそこに移動――! 伏せろ!」

 空木の目には、勇音の背後で横薙ぎに刀を振るおうとする何者かの姿が飛び込んできた。

 

 ――!

 空木の叫び声が聞こえた。顔を空木の方へと向けると、必死の形相の空木が見える。――刹那、今までまったく感じなかった霊圧を背後に感じた勇音は、前方へ飛び込むように伏せる。

「――きゃあっ!」

 ほんの一瞬前まで、勇音の背中があった場所を月明かりに照らされた白刃の軌跡が流れる。

「破道の四! 白雷(びゃくらい)

 勇音に追い打ちをかけようとする謎の影向けて、空木は即座に鬼道を放つ。

 鬼道を躱す為に離れた影と勇音の間に空木が入り込む。

 

「大丈夫か!?」

「はっはい、すいません空木さん」

 

 斬魄刀を抜いた空木と勇音は、隙なく前方の影を注視する。

 ――何者なんだ、まったく霊圧が感じられなった。

 勇音が襲われるまで霊圧をまったく感じなかった事を不審がりながら、油断なく斬魄刀を構える。月に係っていた薄雲が晴れ、影の正体を照らす。そこには、頭まで覆った黒の外套に身を包み、顔をさらさない為かふざけているのか、狐の面を被った人物が立っていた。

 

 ――死神? 外套の者が手に持つ刀を見て、空木は考える。

「おい! お前は何者(なにもん)だ」

「……」

「……まあ、答える訳は無いわな」

「……空木さん」

「勇音、お前は少し下がってろ。先ずは俺が様子を見る」

 勇音を下がらせ、空木は対峙する。

「お前が喋らないなら……。力づくで聞き出す!」

 

 空木が外套の者に向かって一気に駆ける。

「おらあああ!」

 駆け寄る勢いをそのまま活かし、右脇腹めがけて切り上げる。動作の大きさから外套の者は一歩、余裕を持って下がる。

 空木はそこから更に一歩踏み込み、左太腿へ刺突を繰り出すが、空木の左側面へ回り込むように回避される。そして、そこから外套の者が唐竹に空木へ向けて刀を振り下ろす。

「甘えっ」

 振り下ろされる刀を下から切り上げ払う。

 弾かれた勢いのまま、両者が横薙ぎに斬りかかる。

 

 ――キィィン。

 

 二人に間でぶつかり合った斬魄刀が鍔競り合う。

「破道の三十一『赤火砲(しゃっかほう)』」

「――!」

 外套の者が至近距離で赤火砲を放つ。たまらず後方へ飛び退く空木の後方へ、外套の者が瞬間的に回り込み回し蹴りを放つ。

「しまっ――!」

 飛び退いた際の慣性により回避出来なかった空木が、地面へと叩き付けられる。

 

「空木さん! このっ、縛道の四『這縄(はいなわ)』!」

「赤火砲」

 距離を取っていた勇音がたまらず鬼道を放つが、外套の者は赤火砲でその軌道を外すと間髪入れず再び勇音に向け赤火砲を放つ。

 

「きゃあああっ」

 直撃こそ逃れたが、勇音はその衝撃と熱量で少なからず打撃を受ける。

 

「百雷!」

 空木がこちらから視線を外している外套の者へ攻撃を仕掛ける。

 不意をついた攻撃ではあったが、それはあっさりと躱される。

 

 (ちっ!)

 躱されはしたが、回避の際の時間差を利用して空木が再び斬りかかる。

 数合の打ち合いの後、二人は間合いをあける。

 

 

 

 夜風が空木の頬を撫でる。先程から間合いをあけたまま空木も外套の者も仕掛けない。勇音も、空木の足手まといにならぬ様に二人から少し距離を離している。

 この均衡を破ったのは外套の者だった。

「破道の三十三『蒼火墜(そうかつい)』」

 

 ――やろうっ!

 

「縛道の三十九『円閘扇(えんこうせん)』」

 とっさに空木は防御用の鬼道を張る。直後ぶつかり合った鬼道により爆風と土煙が空木を巻き込む。

 その土煙を利用し、外套の者が空木の眼前に迫る。

 

「こんなもんかえ?」

「――っ!」

 

 空木の眼前にまで迫った外套の者だったが、飛び退くように再び離れる。

「空木さん! 大丈夫ですか……空木さん?」

 駆け寄る勇音は、空木が外套の者を驚愕の表情で見ている事に気付く。

 

「……そうか」

「ちょっと……どうしたんですか空木さん?」

 

 何事かと心配そうに見つめる勇音を、空木はゆっくりと手で自身の後ろへと下がらせる。

 まだ何か言おうとしていた勇音だったが、自分を押し下げる空木の手が小刻みに震えているのに気づき、その気持ちをこらえ空木の後ろへと下がる。

 

「……やはりお前が絡んでいたんだな……」

 

 空木の見据える先は外套に身を包んだ狐面の人影。

 

「探したぜ……」

 

吉野(よしの)……蘭藤(らんどう)!」

 

 吉野蘭藤と呼ばれた外套の者が、外套の頭部を脱ぎ、ゆっくりと狐の面を脱ぐ。

 

「空木総一郎……」

 

 外套の頭部から少し癖がかった長髪が流れ落ちる。

 狐面の下から露わになった切れ長の双眸が、空木を見つめていた。

 

「久方でありんすなあ」

 

 

 

 

 ――空木の過去が、邂逅する――

 

 

 

 

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