「ふぁあー……眠い」
四番隊男性宿舎の一角、厠の前にある手洗い場で
今は、卯の正刻(午前六時)を少し過ぎた頃。普段なら未だ宿舎の布団の中で惰眠を貪っている時間だが、今日は早朝から任務の受領がある為早起きをせざるを得なかった。
冷たい水に嫌々手を突っ込む。冷やされた血液が一気に心臓まで流れるような感覚に身震いしながら、顔まで冷水を持ってくる。
濡れた顔を拭くために手さぐりで持ってきていた手ぬぐいを探す。しかし置いてあったはずの場所に無くうろうろと手を彷徨わせていると、隣からどうぞっと一声と手ぬぐいが差し出された。
「おう、悪いな……って花太郎じゃねえか」
顔を拭って振り向くと、小柄な少年が立っていた。彼は『
「おはようございます。空木さん」
ぺこりと頭を下げ、空木から手ぬぐいを受け取ると、自分も顔を洗い始める。
「花太郎も早いじゃねえか。お前も任務か?」
「はい、今から
「おう。……って事は、同じ任務かもしれねえな」
肯定の相槌を返して、空木は花太郎と共に宿舎を出て隊舎内の隊長室へと向かう。
「四番隊、空木総一郎、山田花太郎出頭致しました」
隊長室の扉の前で、空木がまとめて口上を述べる。――入りなさい――間髪置かずに中から卯ノ花の声が聞こえたので、二人は扉を開け室内へと足を踏み入れる。
「早朝からご苦労様です。空木三席次官、山田七席」
「まったくですよー。もう少しで朽木の家の池一杯の
空木は素晴らしく良い夢が途中で妨げられた事に対して平然と文句をつける。
「……あ、あははは」
「そう、それは残念でしたね空木三席次官。おわびに『
「……いえ、結構です」
朝から妙に霊圧の高い二人のやり取りに、花太郎は早くも疲れ切ってしまいそうであったので、あわてて卯ノ花に任務について尋ねる。
「あ、あの、卯ノ花隊長。それで任務の方は何でしょうか」
「あら、そうでしたね。すみません山田七席」
うふふ。と威圧感の半端ではない笑顔のまま、卯ノ花は今回の任務について説明を始める。
「今回の任務は、東流魂街の三十二地区『
先刻の空木の予想通り、今回は空木と花太郎の二人での任務のようだ。意気込む花太郎の横で、面倒くさいと顔にありあり出ている空木であったが、それはそれ、一瞬で表情を引き締めると卯ノ花へ拝命の返答を返す。
「了解しました。空木、山田本任務拝命致しました」
「では、宜しくお願いしますね」
隊長室を出る二人を見送って、卯ノ花は窓から外を眺める。
「総一郎がいれば問題ないでしょうが……何事もなく戻ってきてほしいものです」
誰にともなく呟いた言葉は、まだ寒さの残る室内へと溶けていった……。
―Hurry Up Can Help―
――東流魂街三十二地区『青鈍』――
流魂街は東西南北に大別され、各々八十の地区に区分けされている。そして、各地区は一~八十の番号が振られ、数字が若い程治安が良いとされている。それに当てはめれば今向かっている『青鈍』は三十二、比較的治安の良い所なのだろう。その為、本来護衛は治療者一人に対して二~三人付くのだが今回は空木一人での護衛となる。更に空木には護衛の任務の他にも聞き込み調査も課せられているので、空木の道中は異様に覇気の無いものとなっていた。
「空木さん、元気出してくださいよー」
花太郎の励ましにも、あーとか、うーといった生返事しか返ってこない。
任務関係では、間が持たないと感じた花太郎は普段気になっている事を聞いてみることにした。
「そういえば、何で空木さんは
何の気無しに疑問をぶつけてみた花太郎だったが、予想外に空木が食いつく。
「ばか野郎! 俺が真似してるんじゃねえよ。勇音が真似してんだよ」
「え、えっとそうなんですか。……どうしてなんですか?」
「知らねえよ。勇音に聞けよ、んな事。……ったく、俺の個性を妨害しやがって」
あははっと愛想笑いで返すしかない花太郎。それを見て空木は念を押すように、花太郎に詰め寄る。
「いいか、とにかくこの髪は俺が元祖だ! そこは間違えるなよ!」
正直、花太郎にはどちらが元祖でも構わないのだが、まあ何にせよ空木に少しは元気が戻った様で良かったと、花太郎は少しだけ安心した。
「……さて、もうそろそろだな。花太郎! ここで少し待ってろ」
「へっ、あっはい分かりました」
先に様子を見てくると言い残し、空木は瞬歩の速度をあげ先行偵察へ向かう。道中は特に不審な物も無く地区境の村まで来れた。
「……特に何も無いし、大丈夫だな」
花太郎の元へと戻った空木は、再び同じ道を花太郎と共に村へと向かう。
『青鈍』には、一つの町と二つの小さな村落がある。その全てを回り、治療と情報取集を行うのが今回の任務だ。
最初の村に到着した二人は早速、村長の家に向かい事情を説明。村長の家の軒下を借り、花太郎は治療を、空木は治療に来る村民から事情聴取を始める
任務は滞りなく進んでいく。それは花太郎の斬魄刀『
最初の村での仕事を一刻程度で終わらせた二人は、次の村も同程度で終わらせ、最後の町へとやって来ていた。
「おっしゃあ、ここを終わらせたら任務完了だ。さっさと片付けちまおう」
「ああ、待ってくださいよー」
「早くしろ――!」
ズン――、突如、空木は重苦しい大気の震えを感じる。
(霊圧! 誰だ……?)
即座に周囲を見渡すが、原因らしきものは見つけられない。――少し距離がある。そう考えた空木は現場へ向かうことを速断する。
「……花太郎、少し気になる霊圧を感じる。見てくるから、お前は治療を続けていろ」
「え! あっは、はい」
説明もそこそこに空木は駆けだす。
「くそ! 最後の最後に厄介事がきやがって」
悪態をつきながらも空木は瞬歩の速度を速め、今なお流れてくる霊圧を辿って行く
(あそこか!)
前方に見える廃寺。どうやらあそこがこの霊圧の発信地のようだ。慎重に近づこうとする空木の鼻を風で流れてきた臭いが掠める。
(これは!)
瞬間、大きく跳躍し、境内へと続く石段をすべて超えて空木は眼下に廃寺の境内を映す……。