彼岸の花   作:かんべ~

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第6話 朝粥と目玉焼き

 虎徹勇音(こてついさね)の朝は早い。

 漆黒の世界が徐々に蒼みを増し、夜明けを告げる動物たちがささやき、さえずり出す頃、勇音も重い(まぶた)をゆっくり開花させる。

「ふぁ~あ。……顔、洗わなきゃ」

 むくりと上体を起こし、ひとつ大きな伸びをする。寝ている間に着くずれした寝間着が胸元を広く露わにしているが、ここは勇音の一人部屋であるため眼福なその光景を目にする者はいなかった。

 のそのそと布団から出た勇音は、寝間着の着くずれを直すと顔を洗う為に部屋を出る。

 一通りの身支度を整えた勇音は、姿見の前で不備が無いか確認する。鏡に映る長身の自分を見て、――少し縮まないかなぁ。などと無駄な事を思うのも彼女の日課になっているようだ。他の女性死神からすれば、そのすらりと伸びた長身は羨望の的なのだが本人にすればただのコンプレックスでしかないのだろう。願望を溜息で吐き出しつつ、彼女は立て掛けてある斬魄刀を差すと朝食をとる為、隊舎の食堂へと向かうのであった。

 

 

 空木総一郎(うつぎそういちろう)の朝は早い……わけでは無い。

 酩酊の世界が徐々に頭痛を引き起こし、的を得ない野太い寝言が聞こえ、酒と男の臭いが鼻を刺激し出した頃、空木は重い瞼をゆっくり開花させる。

「くさっ! ……なんじゃこりゃあ!」

 勢いよく上体を起こす。むせ返る臭いに激しい頭痛。寝ている間に着くずれした死覇装が体の前面を広く露わにしているがここには似たような状態の男共が死屍累々の様相を呈しているため、空木のはだけた姿を見る者はおらず地獄絵図なその光景を無慈悲に空木が見せつけられるだけであった。

 頭痛と吐き気に襲われながらのそのそと布団から出た空木は、着くずれもそのままに、この異臭と熱気のこもった地獄部屋から脱出する。

 冷水で顔を洗い、酒気と汗を拭った空木は、手桶に張った水に映る自身の姿を見て、――もう少し伸びねえかなあ。などと悲しき現状を憂う。その身長と容姿が相俟って(あいまって)一部の死神達から絶大な人気を誇るのだが、本人からすればただのコンプレックスでしかないのだろう。悲しみを溜息で吐き出しつつ、彼は差している斬魄刀の柄を一撫ですると、朝食をとる為ふらつく足取りで隊舎の食堂へと向かうのであった。

 

 

「朝粥定食をお願いします」

 勇音は定番となっている朝食を注文する。早朝の食堂内は白米の炊ける匂い、味噌汁の味噌の香り、焼き魚の香ばしい芳香、凛とした朝の空気に満ちている。勇音はこの空気感を密かに気にいっており、自然と顔が綻んでいくのを感じる。

「はいお待たせ、朝粥定食ね」

「有難うございます」

 定食を受け取ると、勇音は朝の光が差し込む窓際の席へと向かう。

「頂きます」

 丁寧に手を合わせ焼き魚に箸を伸ばす。綺麗にほぐした身を口に運ぶその仕草はとても上品で、偶然通りかかった隊員達が見惚れて足を止めてしまう程であった。

「美味しい」

 幸せそうに食事を進める勇音の前に女性の隊員が数人やってくる。

「お早うございます虎徹副長。あの、ここよろしいですか?」

「ん?……ごくん。もちろん、どうぞ」

 快く承諾する勇音。

 彼女たちは喜びながら勇音の向かいへ座り、各々も朝食を取り始める。

 

 虎徹勇音はモテる。主に同姓にだが。本人は認めないが、そのモデルのようなスタイルと優男風だが女性としての可愛さも備わった容姿。副隊長業務をそつなくこなす出来る女でありながら、時折見せる気弱な姿が庇護欲を刺激されるのだと一部の女性死神は熱弁をふるう。

 そんな彼女だあるからこそ、彼女が隊舎にいる時は大抵周りに複数の女性隊員がいる光景を目にする事が出来る。

 今の食堂の様な光景も彼女のごく一般的な日常なのだ。

 

 

「……目玉焼き定食」

 空木は、二日酔いによる頭痛にうなされながら朝食を注文する。白米の炊ける匂い、味噌汁の味噌の香り、焼き魚の香ばしい芳香、凛とした朝の空気。普段なら気分が高揚する空気感も今の彼には微塵も響きはせず、頭痛で顔をしかめるばかりであった。

「はいお待たせ、目玉焼き定食ね……あんた大丈夫かい?」

「大丈夫じゃないかも……。米、少し減らしてくんない」

 少し量を減らしてもらった定食を受け取ると、風が抜ける窓際の席へと向かう。

「いただきます」

 軽く手を合わせ目玉焼きに箸を伸ばす。程よく半熟に仕上がっている黄身を潰し、良い塩梅に固まっている白身と絡めてご飯と共に口に運ぶ。その姿は、頭痛に歪んだ顔が悪鬼のようで、偶然通りがかった隊員達が恐怖で(きびす)を返していく程であった。

「……美味い」

 鬼の形相で食事を進める空木の前に人など来るはずもなく、彼の周辺は異常なまでに閑散としていた。

 

「お早うございます。空木さん……って、ヒィ!」

 声をかけられた方を向くと、何故か涙目の勇音がいた。

「……おう、勇音。……何ビビってんだ?」

「空木さんが、今にも人を殺しそうな顔をしてるからじゃないですか!」

「……すまん、頭に響くから……小さな声で話してくれ」

 二日酔いかぁ。勇音は空木の状況を理解し呆れ顔で空木の横に座る。食事の時から一緒にいた女性隊員の取り巻きも何故か一緒に卓を囲む。

「飲み過ぎたんですか?」

「……ああ、伊江村(いえむら)花太郎(はなたろう)、それと他の四番隊の野郎たちとな……」

 ――それで。今朝はやけに男性隊員が少ないと思っていた勇音は原因が分かり苦笑いを浮かべる。

「まったく、伊江村さんまで――」

 勇音は大きくため息をつく。

「もう、ちゃんと酔いは覚ましておいて下さいよ。あ、良かったらお水どうぞ。取って来てない様ですし、私の飲みかけですけど」

 ――ざわっ! 一瞬周囲の取り巻きがざわついた気がするが、今の空木にそんな事を気にする余裕など無かった。勇音から水をありがたく受け取る。

「悪いな。もらっとく」

「どうぞ。それじゃあ私はこれで。そうそう、今日は隊長の生け花教室の日ですよ忘れないで下さいね」

「……そうだった」

 そう言って、勇音は席を立つ。取り巻き達も一斉に席を立ち勇音の後を着いていく。

 ――あのー、空木さんも生け花するんですか。

 ――そうだよ、空木さんは生け花教室の最初からの生徒だから。

 ――えー! いがーい。上手なんですか?

 ――うーん、独特……かなあ。

 何やらきゃっきゃっと楽しそうに話をしながら食堂を後にする勇音達をボーっと見送る空木。

「……あいつ、モテんだな」

 空木の呟きは、賑わいを帯びてきた食堂の喧噪にのまれる様に消えていった。

 

 

 

―Sweet and flowers―

 

 

 

 昼過ぎ、空木は瀞霊廷の町を歩いていた。

「ふぁーああ、酔いはもう覚めたが……眠気が取れないなあ」

 大きく手を上げ伸びをしながら欠伸(あくび)を一つ。程よい陽気、騒がしすぎない町の喧騒が彼の眠気を更に後押しする。

「つっても、そろそろ生け花教室だしな。……隊舎に戻るか」

 

 四番隊の隊舎へ道を戻ろうとした時、見知った後姿を見つける。

「勇音じゃねえか。おーい! 勇音」

 甘味処から姿を現した勇音に歩み寄りながら声をかける。それに勇音も気づいたらしく空木の方へと視線を向ける。

「あっ空木さん」

「おう、勇音こんな所で何してんだ」

「生け花教室の後に出すお茶菓子を買ってたんです」

 見ると確かに、勇音の手には菓子袋が抱えられていた。

「空木さんもこれから隊舎に行くんですか?」

「ああ、んじゃ一緒に行くか。菓子袋こっちに貸しな」

 すいません。と菓子袋を素直に空木へ渡す。そのまま空木の横に並んで歩き始める。

 

「もう二日酔いは大丈夫なんですか?」

「おう、もうバッチリだ。伊江村はまだ死にそうな顔してたけどな」

 そういってカラカラと空木は笑う。

「……伊江村さん、今日は現地調査だったはずなんじゃ」

 ご愁傷様――。心のなかで同情する勇音。きっと今頃は隊員に空木の愚痴をこぼしてるんだろうなと考えて、今度は同行しているであろう隊員達にも同情をしてしまう。

 二人は、取り留めもない話をしながら隊舎への道を歩く。

 町は程よく賑やかで、肌を撫でる風は心地いい。隊舎まではもう幾分も距離はないが、時間はまだ余裕がある。心持ち勇音の歩くスピードがゆっくりになった事は本人ですら気付いていない事だろう。

 

「……しかし、いい天気だな今日は」

「そうですね。気持ちが良いです」

「今日はとんでもない名作が出来上がる気がするな」

「……空木さんのは”迷作”の間違いじゃないですか?」

 爽やかな風と共に柔らかな甘い香りが過ぎ去る――。

 

 ――ふん、お前のような凡人には分かんねえだよ。

 ――いや、皆分らないですよ。

 

 茶菓子の袋から伝わるほのかな暖かさと二人の歩くスピードが、今の彼には心地良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空木三席次官……花が泣いていますよ」

 

 本日の生け花の評価であった――。

 

 

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