「じゃあ、
「……はあ、分かりました」
――私は何故、あそこで安請け合いをしてしまったのだ。
数時間前の自分を厳しく叱りつけてやりたい。重い溜息をつきながら朽木ルキアは瀞霊廷の町を歩いていた。
「……だいたい
ルキアに悩みの種を植え付けていった元凶を思い浮かべる。
聞けば、私には
「やはり腑に落ちんが……仕方がない」
引き受けてしまった以上は、最善を尽くそう。思考を切り替えてしまえば後は行動のみである。彼女は目的の店に着くと、店の外に貼りだされている商品の写真を真剣に吟味しだした。
「……何なんだよ
――え? 協力ですか。……い、いやあ私一人で大丈夫なんでー。
つい先刻の同僚とのやりとりを思い出す。この俺の優しさをむげにするとは、腹立たしい。
彼は、この理不尽な怒りを鎮める為にある店へと向かっていた。
(ん? あそこにいるのは――)
見覚えのある姿に
空木の視線の先には、店外の写真を真剣な表情で眺めるルキアに姿があった。
近づいて行くが、彼女が空木に気付く気配はない。
「……ふむ、やはりこの辺りが無難か。……しかし――」
「よっルキア。何してんだ」
「わひゃあぃ!」
突然の後ろからの呼びかけに、意識を完全に写真へと向けていた彼女は素っ頓狂な声をあげる。
「あっ、悪いな驚かせたみたいで」
「なんだ、空木殿でしたか。あっいえ、私こそすいません全然気づいていなくて」
「お前も、甘味を食いに来たのか? えらく真剣に選んでいたみたいだけど」
「ああ、いえ、そういう訳では無いのですが……ちょっと」
そう言って言葉を濁すルキアに、もしかしてと、空木は問いかける。
「お前も参加するのか? 女性死神協会主催の菓子作り大会」
「! 空木殿もご存じなのですか? 」
「ああ、さっき勇音から聞いてよ。それで、勇音に手伝ってやろうかって言ったらあいつ、あっさり断りやがったんだよ」
「そうだったのですか」
空木が拗ねたように話す愚痴にルキアもバカ真面目に答える。そして、実は――と、彼女も今回のいきさつについて空木に語る。
「なるほどな。それであいつじゃなくてルキアが十三番隊の代表になった訳か」
立ち話もなんだからと、先程まで写真を眺めていた店に入り、二人は甘味を食べつつ話しをしていた。
「はい……。私自身、こういった事はしたことが無いので請け負ったのは良いのですが、しっかり果たせるか不安で」
目の前に出されている羊羹をチクチクと竹楊枝で突きながら、ルキアは今の心情を空木に吐露する。
彼女は真面目だ。こういったおふざけの話しでもきちんとしようと考えすぎてしまう。
「……よし分った。ルキア、俺が協力しよう!」
空木の申し出にルキアは驚きと共に顔を上げる。
「しかし、空木殿は隊が違うのによろしいのですか?」
「んなこと気にすんな。勇音の奴にぎゃふんと言わせてやるのにも丁度良いしな」
大仰に胸を張り空木は不適な笑みを浮かべる。
「この、尸魂界の全ての甘味を網羅している俺にまかせておけ。必ずお前を一位にしてやる!」
「おお! 有難うございます空木殿。では、お力添えを是非お願いします!」
崇高の念で空木を見つめるルキアをしり目に、空木の心は勇音へのどす黒い思惑に溢れていた。
――勇音、俺を切り捨てたことを後悔させてやるぜ。
―Arts and pride―
「相変わらず、でけえ家だな」
朽木家の正門の前で、空木はあきれた感想をもらす。
隊の垣根を越えたタッグを結んだ二人は早速準備を進めて行こうと、朽木家へと来ていたのであった。
何故、朽木家へ来たのか。それは四番隊舎の使用は勇音がいる為論外。ではルキアの所属する十三番隊で良いのではと思うのだが、十三番隊舎には
二人は朽木家の炊事場に入ると、試作用に購入した材料を並べ早速会議に入る
「さて、先ずは何を作るかを決めないとな」
来る途中で購入した参考資料をパラパラとめくりなが、空木とルキアは思案を始める。
購入した資料には様々な菓子の作り方や見本の写真が並び、自然と空木はホクホクと笑顔を見せていた。
「くぅ~。どれもこれも美味そうだ」
「そうですね。あっ、空木殿これなどはどうでしょうか。私にでも作れそうな感じです」
ずいっと、めくったページをルキアは空木へと近づけた。
「おっ何か見つけたか。……何々、人形焼か」
「はい。あえて奇を
なるほど。ルキアの提言に頷く空木。
「確かにそれは一理あるな。こういう場だと案外珍しいものを作りたがるのが心理……」
自身の言葉を租借するように考えこむ空木を、ルキアは緊張のまなざしで見つめる。
「よし、これでいこう! 俺たちの美的感覚があれば優勝は間違いなしだ!」
「はい! 空木殿さっそく試作していきましょう」
それから、彼らの挑戦の日々が始まった。
より良い物へ挑戦を続ける二人の姿は、さながら夜叉のようであったと、後に朽木家の炊事場を預かる女中達は口を揃えて唱えた。
数々の試行錯誤に費やした時間は、ついに前日のみを残す所となっていた。
「遂に、いよいよ明日が大会だ」
「そうですね空木殿。いよいよです」
連日の試作に次ぐ試作で、二人には疲労の色が色濃く出ている。
「しかし、果たしてこれだけでいいのだろか」
がくがくと笑う膝で、どうにか体を支えている空木が苦悶の表情を浮かべる。
「これだけでは、勝てない……と」
「それは分からない。だがルキア、お前も薄々感じているんじゃないか。まだ何か足りないんじゃないかと」
「それは! ……しかし、もう時間も……」
完成した人形焼の前で二人は唇を噛みしめる。分っているのだ。これでは足りないと、しかしあと一手が思い浮かばない。
仕方がない。これでいこうと二人が決めようとした時、炊事場の扉が何者かによって開かれた。
「ルキア、まだやっていたのか」
「兄様!」
「
この家の主である朽木白哉が、相変わらずの無表情で扉の前に佇んでいた。
「なんだ、
空木を一瞥して、白哉は調理台の上に置かれた人形焼を見る。
「それが、兄らが明日出すものなのか?」
「ん? あ、ああそうなんだが……どうにもこれでいいのか、二人で悩んでてよ」
「ふん。……しばし待っておれ」
人形焼を見ていた白哉は、そう言うと炊事場を出て行った。後に残された二人は互いに目を見あうばかりである。
「待たせたな」
しばらくして、桐の箱を持った白哉が戻って来た。
「いや、いいんだけどよ。何持ってきたんだ?」
空木の疑問に答える事はせず、白哉はその桐の箱を調理台のうえに置く。空木とルキアは要領を得ないまま、箱を置いた白哉の元へ集まる。上等な桐を使った箱にはこれもまた上質の糸を使用した赤い組紐が巻かれていた。
「あの、兄様、これはいったい」
疑問だらけの二人の視線に気にする様子もなく、白哉は赤い組紐に手を掛けするりと解く。
「ルキア、
箱の上蓋を掴み、白哉は一呼吸置く。
「それは――『格』だ」
上蓋を取られ、中に入っているものが空木とルキアの目に入る
「「こ、これは!」」
驚愕にひらかれた二人の目に、それは神々しいまでの品格を放っている。――これだ! 空木とルキアは確信した。いや、魂が震えたのだ。足りないピースが今、かちゃりとはまった。
「ルキア!」
「空木殿!」
先程までの苦悩など今の二人には微塵も感じられない。興奮で上気した二人の顔が見合う。
「これで、俺達の作品は完成だ」
「はい! 最高の作品になりましたね!」
喜ぶ二人の姿をしり目に、白哉は炊事場を出ようとする。
「白哉! 助かったぜ」
「兄様! ありがとうございます」
「……精進せよ」
背中越しにかけられた声に一言返すと白哉は足を止めることなくその場を去って行った。