「ついに……来ましたね」
「ああ、いよいよだな」
会場となっている一番隊隊舎の一室、控え室として開放されているこの部屋で二人は開始の時を待っていた。
出場する他の代表達もそれぞれの控え室で開始の時を待っているのだろう。
――時間となりました。出場選手は会場へお願いします。
隊舎内に放送が流れる。
深呼吸をしていたルキアが一瞬ビクッと肩を震わせたが、自身を落ち着かせるように大きく深呼吸をする。
「
「よし、全員ぶっ飛ばしてやろうぜ」
控え室の扉を開き、二人は会場へと向かうのであった。
「なんだ、空木お前も出るのか?」
会場へと着いた空木達に後ろから声がかかる。振り返るとそこには、ひらひらと手を振る
「お、日番谷隊長に松本副長じゃないですか。隊長も出るんですか?」
「……ああ、松本に無理やり、な」
「あ、ひどいですよぉ隊長。隊長が寂しそうだから誘ってあげたのに~」
「俺はまったく寂しくなんてねえよ。……? と言うか、空木、なんでお前は
至極最もな疑問をぶつけてくる日番谷に、空木は天井を見上げ、妙に芝居口調で答える。
「日番谷隊長。……俺は誓ったんですよ。あいつに……
「……なんだその理由?」
「ちょっと空木さん! だれが”バカ音”なんですか!」
日番谷の更に後ろから、空木への非難の声があがる。
空木の声が聞こえたのだろう。会場の入り口付近から、顔を赤らめた
「出やがったな! てめえ、今日は覚えてろよ。俺を捨てやがった事を後悔させてやるからな!」
「ちょっ! 人聞きの悪いこと言わないで下さいよー!」
――なんだこの痴話喧嘩。呆れた顔で二人を見る日番谷と、ニヤニヤと笑いを堪えている乱菊。その横で――先程からまったく会話に入っていなかった朽木ルキアがおろおろしている。
「とにかく! その、すっ、捨てたとか言うのやめてください! 誤解を生むじゃないですか」
「事実じゃねえか、俺の心を弄びやがって!」
「な、なな何て事言うんですかー!」
二人のやりとりに耐えきれず、体を折って笑う乱菊をしり目に、この場をどうにか収めようと日番谷が二人に割って入る。
「あー、もうその辺にしておけ、他のやつらも見てる」
日番谷の声で、ハッと二人は周りを見渡す。確かにかなりの注目を浴びていたようだ。冷静になり、急に視線を感じるようになった勇音が顔を真っ赤にしてその長身を縮こませる。
「ふん、とにかく勇音! 今日は俺とルキアの最高傑作の前に膝まづくが良い! 行くぞルキア!」
「へ!? あっ、は、はい空木殿」
さっさとその場を後にする空木の後を、ぺこりとお辞儀をしたルキアが着いていく。
「……たく、子供かあいつは」
呆れる日番谷のそばで、未だにしゃがみ込んで顔を隠している勇音に乱菊が声をかける。
「ぷっ、ぷふふ。……あんたも、大変ね勇音」
「……乱菊さーん、笑ってるじゃないですかあ」
「ふふふ……。総一郎、楽しみですね」
そんなやり取りを見ていた者が一人。とてつもない霊圧をまき散らしながら、笑顔で佇んでいた。
「只今より女性死神協会主催『護廷十三番隊対抗輝け! 甘味一番星』大会を開催します」
一番隊隊舎の――、普段は隊首会議が行われる部屋に開会の辞が響く。
各隊を代表した、一部不参加の隊もあるが――。死神達がズラリと並んでおり、もちろんその中には空木とルキアの姿も当然あった。そして、空木達の向かいには審査員と書かれた立札を置かれた机が並び、各々の席に三人の審査員が座っている。
「開会に先立ちまして、会長、一言お願いします」
審査員席に座っている一人――。空木達から見て左端に座る十一番隊副隊長『
「それじゃあ皆! 美味しいお菓子を出してねー」
――それで良いのか! あやうく突っ込みそうになった空木だが、やちるの横でうんうんとうなづく残りの審査員――、
――心なしか、卯ノ花の笑顔が自分に向けられているように感じた空木は、ゾクっと背筋に悪寒を感じた気がした。
「それでは、一番隊が不参加の為二番隊代表より審査を始めます――」
「始まりましたね、空木殿」
緊張の面持ちでルキアが空木へと話しかける。事前に用意をしている菓子箱の中身を確認していた空木は、その手を止めルキアへと向き直った。
「そんなに緊張すんな。俺達と
自信満々に答える空木に、ルキアも多様は緊張が解れたのだろう。ようやく固さの取れた笑顔を見せる。
「落ち着いたか、この面子の中で俺達の敵になるとすれば勇音か、
その笑顔に空木も満足だと言わんばかりに笑顔を返す。
「そうなのですか? 日番谷隊長と松本副長の所も気になるのですが」
ルキアの疑問に、空木は簡潔に答える。
「ああ、あそこはどうせ、日番谷隊長の氷輪丸で氷を出してかき氷でも作るんだろ」
安直すぎる想像だが、何故だろうすごい説得力を感じる。ルキアはなるほどと苦笑いを返すしかなかった。
「――続きまして、四番隊代表、虎徹勇音さんの審査です」
「おっと、ルキア! ライバルの審査が始まったぜ」
雑談の隙間から聞こえた司会のアナウンスに、空木は敏感に反応する。よほど打ち負かしたいのだろう。審査員達を注視する空木の視線に鬼気迫るものをルキアは感じていた。
「四番隊、こ、虎徹勇音でふっ……」
「噛んだ!」
「噛みやがった!」
なんという豆腐精神――。空木は必死に笑いを堪える。顔を真っ赤にした勇音が空木を睨むが、空木の視界には入っていないようだ。彼はしゃがみ込み肩を震わせている。
「んんっ、勇音、大丈夫ですよ」
卯ノ花が優しく勇音をかばう。はい、すみませんとひとつ頭を下げて、そそくさと審査員の前に作ってきた菓子を並べる。
「あの、これが私の作った物です!」
「ほお! これは見事じゃ」
「わあ、すっごくきれい!」
称賛の声が上がる審査員席。先程まで肩を震わせていた空木もその声にがばっと体を起こし、審査員席を見る。
「……あれは、飴細工か」
空木の声の通り、審査員の前には、生け花を題材にしたガラス細工の様に美しく輝く飴細工が置かれていた。
「ほお、見事なもんだな松本」
「さっすが勇音ねえ、器用なもんだわー」
出場者の方からも感嘆の声が上がる。確かに、それも仕方なしの美しい出来栄えなのだが、空木はやはり素直に喜べない。
「うむ、味も申し分ない!」
試食をしていた山本総隊長の片眉が上がり目が見開かれる。
「ばかな! あれは『お開き』!」
会場が騒然となる。――お開きが出た。――優勝は四番隊か。喧騒が飛び交う中、勇音はふふんと勝ち誇った笑みを空木へと向ける。
「……空木殿」
「……やるじゃねえか勇音。だが、勝ち誇るにはまだ早いぜ」
ぐっと拳を握る空木。そう、まだ自分達の審査が残っている。焦る必要はないのだ――。
――出たぞ! またお開きだ!
「何!?」
「四番隊に続いて五番隊、雛森副長にもお開きが出た!」
勇音に続いて審査に入っていた雛森の菓子にも山本総隊長のお開きが出た。雛森の力の予想はしていた空木だが、立て続けにでるとは――。
「やはり、この二人か」
下馬評通りの実力を発揮した雛森と、意外な高評価を得た勇音。どちらかが優勝だろうという空気感が会場を支配する中、審査は着々と進んでいく。十番隊は、空木の予想通り日番谷の氷輪丸によるかき氷を出していた。参加する事に意義があるを地でいくように、乱菊はこの催しを楽しんでいるようであった。
「……負けねえ、俺達は絶対負けねえ」
「はい! 兄様の名に恥じぬ為にも負けられません!」
そして遂に、審査空木達を残すのみとなった。
「最後の審査になります。十三番隊代表、朽木ルキアさん。四番隊、空木総一郎さんとの合同作品です」
名前が呼ばれる。二人は互いに顔を見合わせ一つ、深く深呼吸をする。――厳しく辛かった試作の日々が思い返される。全てはこの日この時の為、渾身を込めた逸品を見せる為。
菓子の入った箱を持って、二人は審査員の前に並ぶ。ルキアが箱を審査員の前に一つずつ置いていく。
二人に気迫によるものなのか、会場は異様な静けさに包まれている。
「十三番隊、朽木ルキア」
「四番隊、空木総一郎」
「「俺達(私達)の作った菓子はこれです!」」
審査員の前に並べた小さな漆塗りの重箱の蓋を開く。
「これは!?」
「……ぬうっ」
「わあ!」
審査員の驚きに、会場内の死神達も固唾をのむ。
「空木、これは……」
卯ノ花の問いに、空木は答える。
「これは、俺達の最高傑作! 題して『チャッピーとわかめ大使の
「何……じゃ……と」
山本総隊長が絶句する。わなわなと震える手を見た空木は、あまりの出来の良さに打ち震えているのだなと確信する。
「どうぞ、ご賞味下さい」
ルキアの一言に、審査員全員が肩を震わす。恐る恐る手を伸ばし一つ持ち上げる。
重箱から出てきた物が、会場の勇音達の目に入る。
(((やりやがった!)))
その場にいた死神達全員がそう感じただろう。審査員達の手に掴まれていた人形焼の造形は余りに酷かった。
「……では、頂くとしようか」
深い溜息と共に、一口齧る。
「! ぬおっ、これは!」
山本総隊長の両眉が上がる。――双眸が見開かれる!
「何……だ……と」
日番谷を始め、出場者達に衝撃が走る。
「そんな! 両目のお開きだなんて」
勇音もまさかといった表情で審査員達を見つめる。
「……空木、貴方という人は」
頬を紅潮させた卯ノ花の視線を受け、空木は愉悦に口元を歪める。
――勝った。何の疑いを持つことなく、彼は勝利を確信した。
「……では、これより優勝者の発表を行います」
……喧騒と熱気の醒めた会場、催しの後始末も終えたそこに、二つの人影がぽつんとあった。
そこから見える瀞霊廷は、沈みかける夕日に照らされ、哀愁のこもった茜色の景色を二人に映し出していた。
「……負けちゃい、ましたね」
「……すまない、ルキア」
「いえ! ……空木殿のせいではありません。私の力不足です」
うつむき、唇を噛む。――私のせいで、兄様の……。
何かを必死にこらえるルキアを見て、空木は彼女の頭をぽんぽんと撫でる。
「お前のせいじゃねえよ。俺達のセンスを理解出来なかっただけさ」
おどけるように肩をすくめる空木の姿に、ルキアも少しその表情を崩す。
「その通りだ」
二人しかいないはずの部屋に、誰かの声が響く。
「兄様!?」
「白哉!」
空木達が振り向いた先には朽木白哉の姿があった。
「……兄様、申し訳……ありません」
「悪いな、負けちまったわ」
「兄らは、己が力を尽くしたのであろう。……ならば、詫びをする必要などなかろう」
謝罪の言葉を口にする二人に、白哉は表情を変えることなく話す。
「帰るぞ、ルキア」
その場で踵を返し歩き出す白哉に、慌ててルキアが後を追う。
「はい! 兄様。……空木殿、この度はお力添え本当にありがとうございました。おかげで、後悔せずにすみました」
感謝の言葉と、深い礼を空木に贈り、ルキアは白哉を追ってこの場を離れた。
一人残された空木は、ルキアの姿が見えなくなると、大きく伸びをして誰もいない出入り口の通路へ目を向ける。
「……そこにいるんだろ。もういいぞ勇音」
通路の柱の陰から、人影がひとつ姿を現す。そこには空木の指摘通り、あははぁと照れ笑いを浮かべた勇音がいた。
「知ってたんですか?」
「当たり前だろ、お前の霊圧位すぐ分かんだよ」
「上手く消したつもりだったのに……」
「まだまだだな」
空木のそばまで来た勇音だが、どうにも言葉が出てこない。慰めるべきか、茶化すべきか。隠れている間に行った幾重にも渡るシミュレーションも、いざ実行の段になれば彼女の頭に張った蜘蛛の巣にからめ捕られ、言葉として出てくる事は無かった。
「……なんだよ?」
「えっと……あの」
近くに来たものの一向に話し始めない彼女を訝しげに見ながら、空木は言葉を待つ。
「……」
「……はあ。……良かったな、優勝」
「ふぇっ?」
しびれを切らした空木からでた言葉に、勇音はタイミングを外され変な声を出してしまう。
「――なんでもねえ。帰るぞ」
「えっ、あ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよー」
唐突に帰ろうとする空木に、置いて行かれそうになった勇音が慌てて着いてくる。
「もう、相変わらず勝手なんですから。……それより、さっきは何て言ったんですか?」
そう聞いてきた彼女の顔は、明らかに答えを知っている笑顔をしていた。
「……何も言ってねよ」
「えー、本当ですかぁ」
「ぐっ、この野郎」
「ほらほらぁ、何て言ったんですかー。もう一回言って下さいよー」
会場を後にする二人の影が、茜色に染まる廊下で一つに混じり合う。
ただそれだけの事が、彼女にはとても嬉しく思えた。
――素直になって下さいよー。
――あー、うるさい!。
彼らの甘い戦いは、先ずは彼女の一勝だろうか――。