彼岸の花   作:かんべ~

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第9話 枳殻初ノ彼岸花―壱―

「……寒い!」

「雪、降ってきましたもんね」

 閑散とした街道を二人の死神が歩いていた。

 黒色の死覇装に身を包み、揃いの髪型――片方に言わせれば飾りが逆でそこが重要らしいのだが、

 すらりと伸びた長身の死神と比べれば小柄な死神の二人は、ちらちらと降り始めた雪に悪態をつきながら目的地へ向かって街道を進んでいた。

 

「はっくしょん! ……後、どれくらいだ?」

「もう、ちゃんと手で防いでくださいよー」

 男の死神のくしゃみの仕方を注意しながら、女性の死神は地図を手に残りの距離を概算する。顎に人差し指を当て、うーんと考え込むその姿は、とても可愛らしいものであったが唯一それを見る機会のあった者は、寒さに震えていただけでその機会を活かす事はなかった。

「後、半日くらいですね」

「……嘘だろ」

 後半日も、この寒さに耐えねばならないのか。彼は絶望に天を仰ぎみる。

 そんな悲壮感にくれている男をしり目に、女性の方はさっさと荷物の中から防寒具を取り出し首を通していた。

「お、気がきくな勇音(いさね)。俺のも出してくれよ」

 ちょうど、首を出した所で聞こえてきた男の声に、勇音と呼ばれた彼女は不思議そうに返答する。

「え? ……空木(うつぎ)さんのなんて持ってないですよ?」

 

「……は?」

 言葉の意味が理解出来ないとばかりに、空木と呼ばれた男は間の抜けた声をもらす。

「防寒具くらい自分で用意しておいて下さいよ」

 至極真っ当な正論に、ぐうの音も出ない。

「ちくしょう。少しくらい優しさを見せてくれても良いじゃねえか」

 雪が無慈悲に降り続く。周りを見渡しても暖が取れるものもなければ、寒さよけに使えそうな物もない。こんな状態で目的地まで行かねばならないのか。

 元を糺せば(ただせば)自身の過失以外なにものでもないのだが、今の彼にそんな事を諭しても馬の耳に念仏、猫に小判である。

「ほら、空木さん。さっさと行きましょうよ。そうしたら暖かい物もありますから」

 子供をあやすように話しかける勇音に、不承不承といった感じで空木もうなづく。

「……そうだな。さっさと行って終わらせるか」

「そうですよ。終わったら、皆でお鍋でも食べましょう」

「そいつは良いな。こんな任務を押し付けた隊長に奢らせよう」

「もう、空木さんは……」

 勇音はあきれたように笑う。その顔を見て空木も笑顔を見せる。行くかあ、と勇音の前へ出る空木に、げんきんだなあと彼女は続く。

  

 ――お前の尻尾、今度こそ掴んでやるぜ。

 

 勇音の前を歩く空木の表情は、先程の笑顔とはうって変って厳しさを増していた。

 

 

 

 

 

― The curtain will rise again ―

 

 

 

 

「邪魔をするヨ」

 特に何のこともない平日。いつも通り隊長室で職務をこなしていた空木達の元に珍しい来訪があった。

 ――十二番隊隊隊長『(くろつち)マユリ』と同隊副長『涅ネム』である。

「あら、涅隊長ではありませんか。どうかなさったのですか」

 入室に許可を得ることもなくずかずかと入ってくる涅達を諌めることもなく、我らが隊長卯ノ花烈(うのはなれつ)は笑顔で迎える。

 しかし、長年彼女の元で働いている空木達はその笑顔の意味する事を理解していた。――やべえ、不機嫌だ。

「あ、あの涅隊長。せめて事前にご連絡を頂ければ……」

 室内の空気を感じた勇音が、慌てて間に入ろうとするが、そこは流石”護廷十三番隊一空気を読まない男”涅マユリ。勇音のせめてもの助け舟さえ一蹴である。

「アァ、出迎えが無いことぐらいで一々腹を立てたりはしないヨ。態々四番隊(こんなところ)に足を運んであげる位に私は寛大だからネ」

 ――馬鹿野郎、空気読めよ。

 涅の斜め上に吹っ飛んだ態度に冷や冷やする面々。卯ノ花は笑顔を崩してはいないが、彼女の後ろからどす黒い霊圧が漏れているように空木は思えた。

「……態々四番隊(こんなところ)に来て頂くほどのご用件はなんでしょうか?」

「……」

「……」

 無言の応酬に、空木達は気が気ではない。どうにかしろよと、随伴していた涅ネムへ視線を送るが当の彼女は能面のように表情を崩すことなく自身の上司の後ろに控えている。

 いつもながら彼女に期待は出来ないなと諦める空木達であった。

 

「フン、君が以前隊首会で報告した野盗の件でネ」

 面倒だと言わんばかりに、大きくため息をついた涅は、そのまま来客用の寝椅子(ねいす)へ勝手に腰かける。

「……あの後、現場へ部下を向かわせてネ。いくつかの肉片(サンプル)を回収したのダヨ」

 空木の肩がわずかに揺れる。卯ノ花の表情に特に変わりはない。何かを探るように間を取る涅は卯ノ花の表情に特に変化が無いとなると話を続け出す。

()()()()()のは全て、野盗の体の一部だけだったがネ。その中の一つから面白い物が出たのダヨ」

「……面白い物?」

「薬物反応ダヨ」

 そこで一拍置き、涅マユリが空木へと視線を向ける。空木の一挙手一投足をも見逃さないヨとばかりの眼光に、自身の肌が泡立つような感覚を覚える。

 

「君はあの時、その薬物を使ったと思われる野盗と戦ったのだろウ。どうだったネ」

 話しを振られた空木は、横眼で卯ノ花を見る。彼女は首を縦に振り話しを促す。

「……そうですね、やり合ったのは一人だけだったのですが異様に力が強かった印象があります」

「ホゥ、それで」

「後は、……終始、言葉にならないうめき声をあげていて、理性は感じられませんでした。……そして最後は……」

「爆発したト」

「! ……そうです」

 涅は顎をさすりながら、空木の話しを頭の中で租借する。

「やはり、私の予想通りだったネェ」

「どういうことですか、涅隊長」

 にやりと笑う涅へ、卯ノ花は疑問の表情を向ける。

「やれやれ、説明は面倒なのだがね……ネム!」

「はい、マユリ様」

 今まで涅の後ろに控え、一言も発しなった彼女が涅に代わって説明を始めた。

 

「今回検出されました薬物には、体内の霊子を興奮物質へ変換させる成分と、体外から霊子を半永久的に取り込み続けるように体内の霊子構造を変異させる細菌、そして霊子を爆発させる着火剤のような役割を果たす微量な霊子が配合されていました。そして――」

「ちょっと待って下さい! そんな薬物、私たちは聞いた事ありません」

 淡々と薬物の説明を述べる涅ネムを遮るように割って入った勇音に、さも当然のように涅マユリが口を開く。

「当たり前だヨ君、これは今までに報告の無い薬物なのだからネェ」

「そんな……」

「しかし、成分の一つ一つは物珍しい物ではありません」

 再び、涅ネムが口を開く

 

「判明した成分を単一で見た場合、先程述べたものは全て我々十二番隊で調合精製は可能です」

 さも当然の様に話すネムに空木達は驚きを隠せない。

「え? 作れるの?」

「はい、作れます」

「これらを一つに纏めて作用させるのには多少のコツがいるがネエ」

 寝椅子から腰を上げ、マユリは卯ノ花の前と進み出る。

「マァ、薬物の説明はこの程度でいいだろウ。君たちが知ったからといってどうなるものでも無いからネ。……さて、ここからが本題だヨ」

 マユリが羽織の裏から書状を出し、卯ノ花へ渡す。

「この薬物を作る際にある野草が必要になるのだがネ、その野草は尸魂界でも一か所にしか自生していないのだヨ」

「……成程。そこへ調査へ行けという命令なのですね」

 書状を読み終えた卯ノ花へ、マユリが視線を向ける。

「総隊長よりの命令だヨ。……マァ、収穫は薄いと思うがネ」

「分りました。総隊長よりの命令ですからね。……勇音、空木、両名にこの調査を任せます。準備が整い次第、東流魂街六十地区『枳殻(からたち)』の白秋滝(はくしゅうだき)へ向かいなさい」

「はい、分りました」

「……了解」

 空木達はすぐさま準備の為、隊長室を出る。

「……あの男……」

「まだ何かありますか、涅隊長」

 空木達が出て行った扉の方を凝視していたマユリに、卯ノ花が問いかける。

「フン、もう用は無い。……行くヨ」

 その一言で興が削がれたようで、マユリ達もさっさと部屋を出て行く。

 

 ――やはり、あなたが――

 

 卯ノ花の呟きは、誰に聞かれるともなく霧散していく。

 

 

 

 

 

「着きましたね」

 先程まで降り続いていた雪も今は止み、曇天だった空は黄昏を過ぎ、紫黒(しこく)色に染まりつつあった。

 二人は白秋滝のある山の麓の小さな村落で、これからの行動予定を確認する。

「どうしますか空木さん。今日はここで一晩明かしませんか?」

「いや、このまま山に入ろう」

「……本当ですか」

 空木の返答にどんよりと答える勇音。猫背になり嫌そうな顔を見せる彼女を見て、空木は――ははーんと悪そうににやつく。

「なんだ勇音、夜の山が怖いのか」

「なっ何言ってるんですか! 怖くなんて無いですよ! ただ、長旅で空木さんも疲れてるんじゃないかなーって、優しさですよ優しさ!」

 真っ赤になって否定する勇音が面白くて、空木は思わず吹き出す。

「ちょっ、酷いですよ空木さん! 何笑ってるんですか」

「ぶははっ。ビビりなお前が強がるからだろ」

「もう! 怖くないって言ってるじゃないですか」

「分った分かった。気遣ってくれてありがとよ。だが、夜の方が何か動きが起こりやすいかもしれないだろ」

「……まあ……確かに」

「つう訳で、このまま山に入る。怖かったらしがみ付いてて良いからな」

 ――大丈夫です! 強がる勇音を適当に流しながら、空木は目的の白秋滝へ向かうのであった。

 

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