しっかし、いきなり暗殺しろと言われてもどうするか。みんなで一斉射撃などやっているが、正直掃除するのがめんどくさいだけなのでやめた方がいいと思う。
このクラスには参謀タイプがいないのだ。まあ停学中らしい私の右隣の席の男子がそれかもしれないけど、そこは置いておこう。
適当にだらーんと殺ってればフツーに殺せると思っているのだろう。一斉射撃や、ただ大人数でナイフとともに襲いかかる程度では殺れないはずだ。というかそれで殺れるんだったらすでにどっかの殺し屋が殺せているにちがいない。
私たちは、少なくともあの金星人(仮称)先生に暗殺者として見られている。認められている。ならば可能性はあるはずだ。
というか私の見た所、この先生がうちのクラス、エンドのE組に来たのは
正直、来年の3月に地球が爆破されるかはともかく金星人(仮称)先生が死ぬのは確かだと思う。数々の状況から言って。
それまでに自分を暗殺させると同時にこのクラスの人々を人間として成長させる。それが先生の狙いだとしたら。
先生の人間時代は知らない。もしかしたらクローンかもしれないし、自身を改造した研究者かもしれない。
ただ──────
「暗殺、したくないなぁ」
『だったらしなけりゃいいじゃンか』
そりゃあ正論だがね、と苦笑いするほかなかった。
「別にそんな大金はいらないが、世界を救う英雄なんてのはゲーマーとしては憧れるものなんだよ」
ましてやそれが目の前にあるとすれば、と付け加えれば少しは納得したようだった。
「昼休みですね。
先生ちょっと中国行って、本場の
『マッハ20だから、四川省まで10分程度で行けるカ』
「すごいなぁ。私も本場の麻婆豆腐食べたい」
『イヤ普通に自分で作ったその弁当食えヤ』
「はいはい。
あ、ゆきちゃん、ご飯食べよ!」
E組生徒はわりと生徒間の仲がよくない。
進学校、椚ヶ丘中学校の
エンドのE組、差別の対象。自らの立場を嘆き諦める人々には友情などいらないと思ってるのかもしれない。
そんでお昼を複数人で食べることなく一人自分の席で食べる人も多いが、私にはゆきちゃんがいる。まあゆきちゃんくらいしか友達と呼べる人もいないけど。
「ちょっと待ってね、
だからとりあえず杉野、『神崎さんと一緒にご飯食べるなんて……』と言いたげにこっちを羨ましそうに見つめるのはやめい。
美人はご飯を食べてるだけでも絵になるなあ、と痛感する。
「どうしたの?」
「いや、渚君あんな細っこいのはご飯あんだけしか食べないからかなぁと」
ゆきちゃんはもはやご飯を食べてるだけで絵画のように美しい。まあそんなこと言っても引かれるだけだから適当にごまかしたけど。
「ホントだ。コッペパンと水だけなんだね。
それに比べて咲耶ちゃんのお弁当はいつも豪勢だよね」
「うう、カロリー面を言ってるの!?」
「ううん、それ全部自分で作ってるんでしょ。すごいなぁって」
「ありがと」
まあ父さんも母さんも忙しいので、自分でご飯を作るようになったのは当然だろう。いつでもマキナに作り方教えてもらえるし、味はそこそこだと思ってる。
何か栄養バランスも勝手に考えてくれてるらしいし。本当にいい
「ふっ、玉子焼きをやろう」
「わぁ、美味しそう! ありがとう、咲耶ちゃん」
「そうですね、今日は習ったことを使って短歌を作ってみましょう。ラストは『触手なりけり』で
書けた人は先生のところへ持ってくること。チェックされるのは文法の正しさと触手を美しく表現できたかです。
出来た者から今日は帰ってよし!」
午後の授業は国語だぜひゃっふーと思っていたら、課題もまた得意分野。これは私の時代が来たぞ……
今日はさっさと帰れそうだな。ゆきちゃんも国語は得意だから短歌作りもさらっと出来そうだし、一緒に早く帰れるね。
「せーんせー。しっつもーん」
ふわふわしたら可愛い声は茅野さんだ。クラスの中でも背が高い方の私とは違い、身長は一番ちっちゃく愛らしい容姿をしている。身長に比例して胸も可愛らしいのだが、本人にとってはコンプレックスらしく私のこともあまり好いていないだろう。
しかし胸なんてあっても肩こるし運動の邪魔だし体重重いし、いいことないと思うんだけどな。スレンダーな茅野さんの方が私はよっぽど羨ましい。
「……?
何ですか、茅野さん」
「今更だけど先生の名前って何て言うの? 他の先生と区別が不便だよ!」
「名前、ですか……名乗るような名前はありませんねぇ。何なら皆さんでつけてください。でも、今は課題に集中ですよ」
「はーい」
来ました暗い過去! 検体番号でしか呼ばれなかったとかそんなんか、昔の名前は捨てたか。
今は
「ねぇマキナ、『君去りし 月夜をおしく 見しとても ただ我待つは 触手なりけり』とかどう?」
『いいンじゃねぇカ?』
まあとりあえず課題を終わらせよう。
「お、もうできましたか、
渚君。女の子のごとき可愛さを秘めていない、さらけ出している男子生徒。そういえば昼休み、私の隣の隣の隣の席の寺坂君というヤンキーめいた男子に呼び出されてたけど大丈夫だったかな?
彼は英語が得意だが国語はいまいちだったはず。となると暗殺しに行ってるのか。
まあどうせ失敗するだろうから清書することに集中しよう。
『咲耶、耳閉じて伏せろ!』
「え?」
バァンと大きな音が響くと、前の方の席ではBB弾……じゃない、対先生BB弾が散らばっていた。
一番後ろの席だからすごく見づらい。
『驚いたナ。脱皮までするのカ』
自爆テロ。寺坂君が何かほざいてるから寺坂君達3人組が主犯かな。
お昼の呼び出しはこれだったのか。
多分先生の機転により渚君は無傷。膜みたいなのに包まれてるから、マキナの言葉からしてこれが先生の皮なのか。
まあ渚君が怪我してなくてよかった。さて、先生は……天井に張り付いてるや。
「実は先生、月に一度ほど脱皮をします。脱いだ皮を爆弾に被せて威力を殺した。つまり月イチで使える奥の手です」
なるほど、月イチしか使えないのか。これはいい事を聞いた。
「寺坂、吉田、村松。首謀者は君らだな」
そう言うと先生は超高速で何かを大量に持ってきた。
「……表札?」
『お前の家は表札つけてねぇから取られてないナ。よかっタじゃねぇカ』
ってかみんな意外と表札つけてるんだね。最近はうちみたいに表札をつけない家も多いらしいのに。
「政府との契約ですから、先生は決して
ハッタリだな。そんなことしたら生徒と教師という関係は崩れ去る。それは先生も理解してるだろう。先生は『世界の敵』より私たちの『先生』をやりたいらしいし。
「家族や友人……いや、君たち以外を地球ごと消しますかねぇ」
これもハッタリだな。そもそもグルメな先生が食べ物屋を消滅させたいわけがない。
「な、何なんだよテメェは!」
ビビりきっている寺坂君という珍しい絵面だった。
「マキナ、写真撮っといて」
今度頼み事がある時に使わせてもらおう。
「何者か、と聞かれれば君たちの先生としか言いようがないですねぇ。
さて、君たちのアイデア自体はとてもよかった! 特に渚君は百点満点です。先生は見事にスキを突かれました。
ただし、寺坂君達は渚君を。渚君は自分を大切にしなかった!」
E組であっても関係ない。自分を大切にしろ。
そう言ってると思うのは私の
「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君たち全員、それができる力を秘めた優秀な
人に笑顔で胸を張れる暗殺って何だよ!? うーん、
「…………さて、問題です渚君。先生は殺される気などこれっぽっちもない。皆さんと3月までエンジョイしてから地球を爆破です。
それが嫌なら君たちはどうすればいいですか?」
「……その前に、『先生を殺します』」
そんなことを言っている渚君は。いつもよりずっと生き生きしていた。
暗殺にも物怖じしない性格といい機動力といい、もしかしたら渚君が本当に先生を殺すかもしれないな。
「ならば今から殺ってみなさい。殺せた者から今日は帰ってよし!!」
いや短歌作りはどうした!?
ちゃんと書いたのに酷い。どうせなら提出したいんだが。
「殺せない、先生…………
あ、名前、『殺せんせー』は?」
茅野さんのつけた名前に殺せんせーは何も反応しなかった。ただ、嬉しそうに鼻歌を歌いながら表札の手入れをしていたのでおそらく気に入ったものと思われる。
『なかなかいい名前じゃねぇカ』
ああ、そうだな……で、短歌は!?
一応殺せんせーに短歌を見せたところ、「素晴らしい!」と絶賛された。ただちょっとだけ顔が暗くなっていたので何かトラウマに触れてしまったのかもしれない。