凪のあすから ~Another after story~   作:ひとみらくる

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3、好きって、あったかいね

 

 

午前中で診療の研修を切り上げたちさきは、紡と一緒に汐鹿生にある美海の祖父母の床屋へ行ってきた。

「さっぱり、したね」

「切りすぎてないか?」

「だいじょうぶよ。かっこいい」

「そうか。ありがとう」

「なーに、照れてるの?」

「べつに」

「なんだか、あったかくなってきたね。息が白くなくなったよね」

「そうだな。次の冬は、ちさきにマフラー編んでほしい」

「編み物かぁ……。あかりさんに教わろっかな。っていうか、紡のほうが編み物できそうじゃない?漁の網とか、いつも直してるし」

「それと編み物は別だろ」

 そんな会話をしながら、ちさきと紡は海沿いの道を歩いていた。

 紡は漁協に、ちさきはサヤマートへ。久しぶりに紡が帰宅したので、光や美海たちを木原家に呼び、みんなで夕食を食べることにしたのだ。

「じゃあ、また後でね。三時半には帰るから。もし遅かったら、ご飯だけ炊いておいて。七人前ね」

「あぁ。わかった。行ってくる」

 二人は別れ、それぞれ目的の方向へ歩き出す。

 サヤマートまであと少しのところで、学校帰りの要と出会った。

「やぁ。ちさき」

「要。学校おつかれさま。みんなは、一緒じゃないの?」

「僕はさゆちゃん送ってきたところ。みんな別々。今日はお腹空かせて行くね」

「うん。私も、おいしいご飯作るね。みんなで集まるの久しぶりだから、すごく楽しみだったんだよ」

「そうだね、ぼくも。……今から買い出し?」

「そうよ。要、手伝ってくれの?」

「いいよ。じゃあ、僕の好きなアサリの料理、よろしく」

「ふふっ。わかった」

 二人でサヤマートに入っていく。

 店先で、あかりが笑顔で二人を迎えてくれた。

「いらっしゃいませー! お、今日の買い出し?」

「そうです」

「そっかそっか! 今日は美海よろしくね。あたしの料理より、ちさきちゃんの料理の方が喜ぶわ~」

「そんなことないですよ。あかりさんのお料理、私大好きですから。今日は新鮮なアサリ、ありますか?」

「あるよ~! ちょっと待っててね」

 店の奥へ進むあかり。

 他に買うものは、と店内を見渡すちさき。

「さっそくアサリとは、さすがちさき」

「お客様のリクエストだもん。正直、メニューは決まってなかったんだけどね」

「じゃあ、アサリの味噌汁で。ワカメと大根希望」

「はーい。承りました。お豆腐はいいの?」

「あ、豆腐も」

 味噌汁に必要な具材を探して行く。そうしている内に次々とメニューが決まり、買い物カゴがいっぱいになった。

「よーし、おわりっと。あかりさん、ありがとうございましたぁ」

「また来てねー!」

 元気よく、あかりが見送ってくれた。

「さて、行こっか。要、ありがとう」

「どういたしまして。持つよ」

「でも、重いよ?」

「ちさきより、僕の方が力あるとおもうけど」

「そっか。そうだよね」

 要が少し前に進む。追うようにしてちさきが歩く。

「鞄、家に置いてこなくてだいじょうぶ?」

「うん。親には言ってあるし、大丈夫。帰ると二度手間っぽくなっちゃうし、このまま紡の家に行っていい?」

「いいけど……」

 少し言い淀む。

 一瞬の間に要は、自分が紡の家にいることでちさきが気まずいのではないかと思った。要は、ちさきに恋心を抱いていて、今までずっとちさきの足かせとなっていた存在なのだから。しかし、そんな懸念は意味を成さなかった。

「かわりに! 料理、手伝ってもらうんだからね!」

 にこっと、ちさきは笑顔を要に向ける。

 要は驚いた。まだ、ちさきは告白のことを気に病んでいるかもしれないと思っていたのだ。

 でも、そんな様子は微塵もなかった。

 おもわず本音がこぼれる。

「ちさき、変わったね」

「えっ?」

 ちさきに対して、禁句ワードを口にした。

 しかし、以前のような、激しい感情を出さず、凪いでいる海のように穏やかな表情で要を見つめるちさきがいた。

「うん……。変わりたいって、思ったの。みんなの為に。紡の為に」

「……ちさき」

「私、大事なこと、ずっと忘れてたよね? 要、当ててみて」

「なんだろう。わかんないや」

 わざとわからないふりをする。

「今さらだけど、機嫌悪くしないでね?」

「それはどうかな」

「もう、いじわる。……要。ずっと言えなかったけど、私のこと、好きになってくれてありがとう。いつも、見ててくれて、ありがとう。……好きになってもらうって、こんなにも、あったかいことだったんだね。好きって、あったかいんだね……」

 ちさきが、ずっと言えなかったこと。

 自然と、二人の瞳から涙が零れ落ちた。

 でも、悲しい表情ではない。気持ちが分かり合えたときの、お互いが目と目で通じる心。ここには、それが在った。

「ほんとに、今さらだね」

「ごめんね。もっと、早く気付けばよかった」

「いいよ。ちさきから、その言葉がきけただけで満足だよ。僕の方こそ、ありがとう。今なら、自信を持って言えるよ。ちさきのこと、好きになってよかった。紡と、幸せにね。これからも、ずっと」

「うん。要こそ。さゆちゃんと」

「でも。それでも変わらないことが一つあるよね」

「え?」

「僕達は、いつまでも家族みたいな存在だってこと」

「要と、光と、まなかと、わたし……?」

「そう」

「うんっ……。うん、そうだよね。ずっと、いつまでも」

「さて、この話しはここまで。どっちが先に涙が乾くか勝負だよ、ちさき」

「そ、それ、私の方が不利よ。要よりぜんぜん濡れてるんだから! もう、荷物が少なければハンカチ出せるのにっ」

「エナが涙も吸ってくれればいいのにね」

「ほんとそれ!」

 少し、太陽が傾いてきた。二人の影がわずかに伸びる。

 ここで流した涙も、過去に流した涙も、今、春前のちょっぴり冷たい風がさらっていった。

 どうか永遠に、みんなが幸せでありますように。

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