凪のあすから ~Another after story~ 作:ひとみらくる
すっかり涙が乾き、無事に木原家に到着することが出来たちさきと要。
一足先に、紡がご飯を炊いていた。炊いている途中のお米の香りがする。
「ただいまぁ」
「おじゃまします」
部屋の奥から、本を手にした紡が出てきた。
「要。久しぶりだな」
「やぁ、紡。早いけど、おじゃまするよ」
「なんか、雰囲気変わったな」
「紡も。変わった感じがする」
「そうか?」
「はいはい。そういう話はみんな揃ってから。要、さっそく手伝って」
ちさきに促されて、要が鞄を置く。
「わかったよ」
「俺も、手伝うよ」
「紡はいいの! 昨日帰ってきたばかりなんだから、ゆっくりしてて」
一応主役なんだからと言われ、しぶしぶ本に向き直る紡。
「じゃあ、任せた」
「任せてっ! ……わたしたちは早速料理っと。えーっと、じゃあまずはアサリをお水に浸けて、と。要、お味噌汁の具、用意してくれない?」
「それは僕が作るより、ちさきに作ってもらわないと」
「そっか。要のリクエストだもんね。えっと、固めるの時間かかるから、プリンから作って。プリンの素があるから、この箱にかいてある通りにね。カップはこれ! 泡立て器、ボウル……あと、卵に牛乳っと」
道具と具材を次々に調理台に乗せていく。
プリンの素の箱を見ながら要がつぶやいた。
「けっこうプリンって簡単なんだね」
「こういう混ぜるだけのやつはね」
「っていうか、これがカップ? 大きくない?」
差し出されたのは七つの浅いお皿。
「うん。これ、お皿なの」
「お皿で、プリン……」
「もう、これでいいの! 浅くて大きめのお皿じゃなきゃだめなの」
「なんで?」
「それは、その……このカラメルソースで……」
みなまで言わずとも、勘のいい要は、ちさきのしようとしていることに気が付いた。
「そういうこと」
「あぁもう、最後のお楽しみにしようと思ってたのに。ネタバレしちゃったじゃない」
「ごめんごめん。じゃあ僕はプリン作るから」
手を洗い、プリンの素と牛乳、卵をボウルに入れていく。不慣れな手つきで泡立て器を回す。
ちさきは味噌汁の具材を手際良く切り、煮物や出し巻き卵等を作っていく。
紡が漁協でもらってきた魚は刺身に。木原家で過ごしてきたちさきは、魚を使った料理ならお手の物だ。
何種類もの料理を同時進行で作るため、鍋が沸騰して泡を吹いた。慌てて火を止める。
「セーフ」
「ナイスちさき。プリン、出来たよ」
「ありがとう。冷蔵庫に入れてくるね。次は、サラダの野菜切ってくれる?」
「わかった」
「ハムは、この星の型でくり抜いてね」
「凝ってるね」
「せっかくみんなで集まるんだから」
◇
そうしているうちに、料理が終わりみんながやって来た。
「紡~、ちさき~! 来てやったぞ」
元気よく光が入ってくる。
「紡君のおうち、ひさしぶり」
キョロキョロしながらまなかが。
「おじゃまします」
少し緊張しながら美海が。
「あっ、要だけ先に来てるなんてずるい」
先に来ていた要を発見するや否や、さゆが突っ込む。
「ごめんね、さゆちゃん」
「みんな、いらっしゃい」
台所から慌ててちさきが出てきた。
「ちぃちゃんのエプロン姿、かわいい」
「色っぽいですね、ちさきさん」
「狭山が言ってた団地妻っぽいって、こういうことか」
さっそく光が茶化し始めた。
「もぉ、やめてよ。とりあえずみんな上がって上がって」
囲炉裏のある部屋へと案内する。中で紡が座っていた。
「みんな。久しぶり」
「よっ! 紡は相変わらずだな」
「光もな」
お互、穏やかに挨拶を交わしている。
「今、ご飯もってくるね。座って待ってて。紡、ご飯よそうの手伝って」
「わかった」
「ちさきさんと紡、いよいよ新婚さんみたいだね」
憧れちゃう~と、さゆがつぶやく。
「そうだな。要とさゆもあんな感じになりそうじゃね?」
ニヤニヤしながら光が言う。
「どういうこと?」
「妻の方が夫を従えてる感じ」
「ちょっと光。みんなに変なこと言わないでよ」
ご飯を持ってきたちさきと紡だが、ちさきの突っ込みに対して紡が見当違いな意見をする。
「そうだな。俺のちさきは良い奥さんになると思う」
一瞬、時が止まったようにみんな動かなくかった。
「紡がのろけた……?」
驚く光。
「俺のって」
要が苦笑い。
「完全にのろけですね」
美海が言う。
「だね!」
みんながそれぞれしゃべる中、光が愉快そうにつぶやく。
「……熟年」
「もう! 熟年じゃないわよ」
みんなの前に料理を並べながらちさきが強めに言ったところで、紡が再び爆弾発言。
「のろけだったのか、俺」
「紡! もうちょっと空気読んでっ」
「いつも紡君空気読めるのに」
楽しそうに笑うまなか。
「幸せになると周りが見えなくなるタイプだったりして?」するどいさゆの突っ込みに対して、美海がのってくる。
「あ! ちょっと赤くなった」
「わ、悪かった。みんな。早く食べよう」
からかわれて赤くなった紡が、みんなを急かした。
そんな姿が新鮮で、みんなの中に笑いが起こる。誰もが笑顔。かけがえのない仲間たちと笑いあったことは、いつまでもお互いの心に残り続けるだろう。
「わぁ。ちぃちゃん、このサラダ凝ってるねぇ」
「ありがとう、まなか。でも、作ったのは要なのよ」
「星型の野菜、かわいい。これだったら晃も好き嫌いしないで食べられそう。お母さんに提案してみようかな」
真剣につぶやく美海と、的を得ている光の発言。
「大雑把なあかりがこんなうまく作れるかぁ?」
談笑しつつ、賑やかに箸を進めていく。
「そういえば、美海、峰岸と付き合うの?」
唐突に、さゆがきいた。瞬時に顔を赤くする美海。
「ま、まだ、付き合うとか、そんな……まだ」
きょとんとしながらまなかが問いかける。
「え、え。おんなじクラスの峰岸くん? なんで」
「まなか、お前疎すぎ」
ちさきがいたずらっぽく笑いながら、美海にきこえるように紡に話しかけた。
「みんなと同い年の峰岸君って、お姉ちゃんいるよね? わたしたちと同じ高校だったよね、紡」
「あぁ。あの峰岸の弟なのか。そういえば、漁協でうちがお世話になってたな。峰岸の父親に。弟の方も何度か見かけたことがある」
「え、えええ。ちさきさんたちも知ってるんですか……」
「よぉぉぉーーーし! 美海の恋の行方に乾杯」
光の掛け声とともに、さらに会話が盛り上がっていった。
◇
みんなが食べ終える頃、デザートを取りにちさきが立ち上がる。うまく固まったプリンを冷蔵庫から七つ取り出す。プリンを流し込む前にカラメルソースを入れてあるので、このままでも十分だが、さらに冷蔵庫から細い先の絞り袋になっているカラメルソースを取り出し、皿型の平たいプリンを仕上げていく。
「ううん……。意外と難しい」
思わず声が漏れてしまう。
「ちさき」
後ろから紡ぐが話しかけた。
「ひゃあ! つ、紡」
「何してんの?」
「プリンの仕上げ。カラメルでメッセージを……って、紡のせいではみ出しちゃったじゃない!」
「ごめん」
謝りながらも、少し笑顔の紡。頬をふくらませて怒るちさきの姿が可愛かったからだ。
「このはみ出したやつ、紡のにしちゃうんだからね!」
「いいよ。代わりに、ちさきのは俺が作っていいか?」
「わかった。じゃあ先にみんなの仕上げちゃうから、待っててね」
急いで仕上げていく。少し不恰好になったが六人分を完成させ持っていく。
ちさきが移動してから、紡も仕上げを始めた。
「デザートはプリンよ」
「わぁ~! プリン」
まなかが目を輝かせている。
「あれ、何かかいてある……」
手前に並べられたプリンを凝視するみんな。
「ちぃちゃん、これ」
「うん。頑張ってかいてみました」
それぞれのプリンには、ちさきの心が込められていた。
光には『いつまでもまっすぐな光が大好き』
まなかには『優しい心のまなかが大好き』
要には『あったかい要が大好き』
美海には『きれいな心の美海ちゃんが大好き』
さゆには『いっしょうけんめいなさゆちゃんが大好き』
そして紡には『大好き』
「な、なんだよちさき。照れるじゃねーかよ」
照れ隠しにぶっきらぼうに答える光。
「感動、しちゃいました」
素直に喜ぶ美海。
「僕は知ってたけど、こう来るとは思わなかったな」
にこやかに要が言う。
「ちぃぃちゃあああん! このプリン、食べられないよぉ」
プリンとちさきを交互に見るまなか。
「あたしが、一生懸命……」
感動しているさゆ。
みんなが思い思いの感想を口にする。頬を赤くして照れるちさき。
「やっぱり、恥ずかしいかな」
「そんなことねーよ! 紡のやつはなんか手抜きっぽいな」
「それは……これしか思いつかなかったからしょうがないの」
「そういえば、ちさきさんの分は?」
「今、紡が」
「お待たせ」
「ラスボスの登場ってか……」
いつも通りの表情で紡がプリンを持って来たが、プリンを真っ先に見た光が言葉を詰まらせた。
「どうした、たこすけ……」
威勢よくさゆが光に突っかかるが、語尾が震えた。そして美海、要、まなかと続く。
「光? さゆ? そんなにすごいプリンなの……」
「……やるね、紡」
「ふわぁぁぁあ! こ、これ、ちぃちゃん!」
「え、ええ? みんな、どうしたの」
「ちさき。お待たせ」
みんなの視線を釘付けにした紡のプリンがちさきの前に置かれる。
それを見た瞬間、口元を押さえて瞳に涙を浮かべるちさき。
そこにかかれていたのは。
『大学を卒業したら結婚しよう。ちさき』
「じゃあみんな。食べるか」
プロポーズプリンをかいた本人のみが冷静で、食べることを促したが、みんなはプリンのように固まったままだ。
抑えきれなくなったように、まず光が突っ込んだ。
「紡。てめぇ、いきなりぶっこみすぎだろ!」
「私、顔が熱くなってきちゃったよ~」
両手を頬にあてるまなか。
「この紡の冷静っぷりには驚愕するよ」
いつも冷静な要だって驚いている。
「ちさきさんも、ひとこと言ってやってください」
美海に促され、いまだに目元が潤みっぱなしのちさきにみんなの視線が向けられる。
「あ……。えっと、その。う、うれしい、です。でも今、紡、冷静を装ってるけど、今までにないくらい、動揺した目をしてるの、わかる」
「俺にはぜんぜんそうは見えねーけど?」
「まぁまぁ、ひぃくん。そこは二人にしか通じない何かがあるんだよ」
「そうだな。俺、生きてた中でここまで緊張するのは初めてだ」
そう言って口元を押さえ、頬を赤くした。
「あ。ほんとだ」
「向井戸。そんなに、見ないでくれ……」
「ひぃくん、紡君がすっごく赤い!」
「おう。初めて見る表情だ」
「紡は、ほんと感情表現が下手ね」
そう言って、優しく微笑むちさき。
「ちさきが分かってくれるからいいんだ」
「なんか紡、やばいぞ!」
「ほんと、のろけキャラ確定だね」
「こんなに天然だとは思わなかったよ」
七人も集まれば、会話が尽きることはない。みんな、このままずっとこうしていたいと思った。ずっと、笑いあっていられたら。
◇
夜の九時を過ぎたところで、別れの時間がやってきた。名残惜しいが、またいつでも会える仲間達。まなかが大きく手を振りながら、
「また来るね!」
「俺はあと一ヶ月春休みだから、みんな、いつでも遊びに来いよ」
紡の言葉に、元気よく答える光。
「おう、また来る。ちさき、紡、ごちそうさんな」
「ごちそうさま。じゃあ、おやすみ」
にこやかに要と美海が続く。
「二人とも、今度はあたしの家にも遊びに来てね。晃も会いたがってるから」
「今日はごちそうさまです。二人ののろけもごちそうさまです!」
「さゆ、それ上手いね」
「へへーん。なんてったって、思ったことを言っただけだから!」
「そのままじゃん!」
「みんな、来てくれてありがとう。また、遊ぼうね。帰り道、気をつけてね」
「じゃあ俺、坂の下まで送ってく」
「え。紡が行くならわたしも」
玄関先で別れのあいさつを交わしたものの、二人はみんなを送ることにした。
まだまだ、夜は長い。