夕方、普通ならこの時間帯は夕日によって風景が普段の色から赤みがかったオレンジ色に変わる。
しかし、今俺の目の前に広がる風景はそんな穏やかなものではなく、ビルや家は崩れ落ち、周りに存在する電気自動車からはゆらゆらと黒煙と炎が立ち上る。
そして最も異なるのは、現実ではありえないほど巨大な生物達であった。
見た目こそ広島の宮島に生息しているような鹿に近いが、大きさが全く違う。
一番小さいのでも6メートル、集団の長と思われる二対の角を持っている個体はゆうに20メートルは超えている。
もし現実でそんな物が存在していればかなりのニュースになるし、俺も悠長に見ている場合じゃない。
でも俺はそこまで考えた上で、俺は逃げようとは微塵も考えなかった。何故か?
理由は単純、ここが現実ではなく仮想の空間だからだ。
その証拠に、俺自身の身体も普通の人間とはかけ離れた外見をしている。
体色は右肘から先の部分以外は少し紫に近い赤で、右肘から先は暗い紫色をしていて、見た目は一昔前のロボットアニメのロボットみたいな機械的なフォルムだ。
先程の大きな生物も今の俺も作り上げられた仮想的な物で、先程の生物は『エネミー』と、今の俺の姿は『アバター』と呼称される。
さらに詳しく言うと、先ほどのエネミーは『小獣(レッサー)級』と呼称されるタイプでエネミーの中では比較的弱い部類に入るがそれでもかなり強く、基本的にソロで倒すにはかなり骨が折れる。
そんな事を考えている内に巨大な鹿が俺の隠れているビルの前を通り過ぎるのを確認する。
「よし、通りすぎた。二人とも出てきて良いぞ」
確認してすぐさま、俺は柱の陰に声をかける。
すると柱の陰から二人の人影が姿を表す。二人とも俺とは対称的に、女性的なスタイルのアバターだ。
二人の紹介としては深い緑色で、小柄な体に不釣合いなほど大きな盾を背負っている方が『イル』、俺の妹だ。
もう一人の薄い黄色で、先ほどの緑のアバターよりも少し背が高く、すらっとした体型が特徴的な方は『ミラ』だ。
ちなみに俺の名前は『アント』、決して蟻ではないし本名でもない。
「うー……ほんとにやんの?」
「今更それを言うか。さっきこの事を言ったら二人とも乗り気だったじゃん」
「いや、あれはその時の場の空気というので、本気でゆうたわけじゃ」
「そうだそうだ!兄ちゃんと違ってあたし達はか弱い女子なんだぞ!」
「ミラはともかく、そんな馬鹿でかい盾を背負ってるお前が何を言うか」
「うっさい!これはあたしの相棒だもん!兄ちゃんの銃と一緒だよ!」
あ~、我が妹ながらうるせぇな……甲高い声で叫ぶんじゃねえよ。
そんな話し合い(?)をしていると、先程の集団からはぐれてしまったらしい小さな(とはいっても4mはある)個体が一匹、ビルの前を通り過ぎようとしていた。
それを見た俺は(表情を変えることは出来ないが)口元をつり上げると、はぐれた『エネミー』を指差しながら目の前の二人に話しかける。
「よしちょうど良い、今からあのエネミーを二人で倒して来い」
『えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!』
俺がそう軽い感じで言うと、これまた甲高い声で叫ばれる。
エネミーに見付かってしまいそうだと思い窓から少し身を乗り出して確認するが、ちょうど水を飲んでいたようで、こちらに気づいた様子はなかった。
「お前ら、そんな大声出すんじゃねぇ!見つかったらどうすんだよ!?」
「そういう兄ちゃんこそ声おっきいよ!」
「まぁまぁ、アントもイルも落ち着いて。でも、流石に二人だけじゃ無理ちゃうん?」
「はぁ、はぁ…確かに小獣級を二人だけではきついだろう。だから」
そこまで喋った上で、俺は上を指差しイルもミラもそれに吊られて上を見るが、俺の意図が分からなかったようで首をかしげていた。
「……このビルがどうかした?」
「このビルって結構大きいだろ?それを利用するんだ」
「……すいません、ようわからんのじゃけど」
「だーかーらー、屋上は周りが見えやすいだろ?俺はこのビルの屋上でお前らを見ておくから、ピンチになったら援護するよ」
「って言ったはずなんだけど……あいつらどこ行った?」
そう俺は先ほどまで姿を隠していたビルの屋上でため息をつきながら景色を眺める。
つい十分ほど前、イルとミラの二人をエネミー狩りに向かわせたのだが、ものの数分で見失ってしまった。
この辺りは今俺が屋上にいるビルと同じくらいの高さのビルが多く立ち並ぶ様な場所ではあるが、見失うなんて事はないはずだ。
もし、二人がエネミーを倒すのに苦戦していたとしても、イルの攻撃はかなり目立つから直ぐにわかるはずだ。
まぁ、その目立った攻撃が無いから二人を見つけられないわけだが。
「はぁ、しょうがない。たいぎいがビルから降りて探―」
『待てええ!!』
「―す事もなさそうだな……いったい何してたんだあいつら」
二人を探し始めようとした時、いつ聞いてもうるさい妹の声にもうひとつのカン高い声が混ざりあい大きく一帯に響き渡る。
声の発生源と思われるビルの陰に視線を向けると、先程の小さなエネミーがかなりの勢いで走ってくる。
そしてその後を追うようにイルとミラが、これまたかなりの勢いで走っていく。
今の様子を見ると、どうやら二人は必死に逃げるエネミーを十分間も追いかけていた様だ。
そんな様子を見て俺は呆れよりも先に、二人が無事だった事に少し微笑みながら安堵する。
「まぁ、初めてのエネミー狩りはこんなもんか?これ以上待ってたらかなり時間がかかりそうだし、そろそろ援護でも……はぁ、今度は何だ?」
考えを実行に移そうとしていた俺は、背後からの視線に気付き今まで腕を乗せていた手すりから手を離し、振り返る。
今まで見ていた方向の正反対、つまりビルの裏側には今まで無かったはずの茶色の壁が現れていた。
いや、良く見ればその茶色の壁は動物の体毛に覆われており、それがいったい何なのか理解するのに数秒要した。
その壁の正体は先程まで近くに留まっていたエネミーの群集の長と思われる個体だった。
どうやら先程から二人が追っている個体が居ないことに気付き、心配で引き返してきた様だ。
そんな時にさっきのエネミー狩りの現場を見て怒り心頭らしく赤い目はギラギラと光り、体は小刻みに震えている。
そんな長エネミー(今命名)に、言葉が通じないと分かっていながらも俺は声をかける。
「いやー悪いね、これもうちの弟子二人の成長のためなんでね」
『グルルルル…』
「そんな怖い顔はよしてくれって。手を出してきたら、お前も倒さなきゃならなくなるしさ」
『グルルルル、グォォォォ!!」
「おわ、あぶねぇ!」
長エネミーが急に咆哮を挙げると、その頭に付いている大きな二対の角を勢い良く俺が居た手すりの辺りに降り下ろす。
俺は素早く反応し体を回転させながらかわすが、角が降り下ろされた衝撃で屋上の半分程が崩れ落ちていく。
そんな状況でも俺は半分笑いながら再び長エネミーを見つめる。
「おいおいマジでやんのかよ、俺もソロでエネミー狩るの久しぶりなんだけど……まぁ、しゃあないか。『Set up』」
俺がそう呟くと、両手の辺りに赤い光の粒子が漂い始める
そして、少しの間をおいて光の粒子が俺の両手に集まり、アバターよりも鮮やかな赤を纏った双銃が現れる。
形状的にはリボルバーではあるが、少し長めのバレルが特徴的な銃だ。
まぁ、こんな形状にしたのは俺なんだけどさ。
俺は相棒である双銃を握りしめながら、長エネミーを睨み付けながら声をあげる。
「さぁ、狩りの始まりだ!」