BB―正式名称:BrainBurst2039
そう呼ばれるアプリケーションが配布されたのは、今から5年前の事
当時小学校に上がりたての一年生100人に正体不明の製作者がもたらした一つのプログラム、それがブレインバーストだった
製作者不明、目的も不明、ただ一つ言えるのはこのプログラムが人知を超えた物だと言う事
そんなプログラムであるBBは、もちろん販売しているものではない
このプログラムを自分のニューロリンカーにインストールするには、プログラムがインストールされたニューロリンカーとの直結通信でのコピーインストールしかすることが出来ない
前にも言ったが、直結は異性間で行えば付き合っている事を公言してるもんだし、同性間でも思春期の子供(特に女子)はかなりの抵抗がある
だから――
「同性とはいえ直結とか嫌だって!」
「大丈夫だよ颯ちゃん。……痛いようにはしないから」
「直結で痛いって何?!絶対やだからね!」
「またシュンさんの部屋に来ちゃった……きゃっ♪」
『青春スイッチならぬ乙女スイッチオン!?』
直結を嫌がって暴れるのは良いけどさ、ここの俺の部屋だからさ……
「お前ら!騒ぐなら俺の部屋以外でやれ!」
「うぅ……痛い」
「強制的に連れてこられただけなのになんでうちまで……」
「~♪」
「ゼェ……ゼェ……大体、お前らが、騒ぐのが、悪いんだっての……」
というわけで現在、三者三様の反応をみせる小学6年の女子を正座させての説教タイム中
眼前にニューロリンカーから脈拍が異常だという警告表示が出ているが、これは俺の体力がかなり低いのが原因なのでスルーする
「ハァ…、大体二人とも颯にはちゃんと説明したのかよ」
「いや、ほとんどなんにも」
「兄ちゃんが全部説明してくれるって言っておいたし」
「そうなんよ!シュンが全部説明するからって二人に有無を言わさず連行されてきたんよ!?」
「うわぁ、俺に全部丸投げかぁい」
ちゃんと説明しておけって言ったのに、結局俺が説明するのかよ。めんどくせぇ
あ、そういえば昨日のメンバーから増えた一人について説明しないとな
俺を”シュン”と呼んでいたのは鈴代(スズシロ)颯(ハヤテ)と言って、士と那澄の同級生
短く切り揃えられた髪と日焼けした肌が特徴的だが、颯はソフトボールで全国に行く程の運動神経の持ち主だ
こいつが二人の連れてきた候補らしいんだが……
「はやてには無理なんじゃないか?」
「なんで連れてこられたかも分からないのに、なんでうち自身を否定されとるの!?」
「兄ちゃんひっど~い」
「あ~ほんとにめんどくせぇなぁ」
もう一々言われるのも嫌なので俺は椅子から降り、正座しているはやての両肩を掴みかかる
「ちょ、何するん!?」
「はやて、よく聞け」
俺が肩を掴むとすぐにはやては俺の手を振り払おうとする
が、俺が真剣な口調ではやての目を見つめると、大人しく抵抗を止める
それを確認した俺は普段は出さないような表情で話を続ける
「今からお前のニューロリンカーに、あるプログラムを送ろうと思う。インストールするかどうかはお前次第だが、これだけは言える。このプログラムをインストールする事が出来れば、おまえの人生は大きく変わる事になる……さぁ、どうする?」
「なんか、大層な話じゃけどそもそもなんでうちなん?」
「ん?あぁ、インストールするためにはいくつか条件があるんだがな……でもやっぱ、はやてなんかじゃ無理かもな」
プチッ!
何かが切れるような音
「へぇ、うちには出来んみたいにゆうじゃん」
「ん?いやぁ、士と那澄には出来たけど、お前じゃな~」
ブチブチッ!
再び何かが切れるような音がするが、どうやら音の発生源は颯らしい
颯は肩に乗っていた俺の両手を振り払うと、腰に両手をあてながら高らかに言い放つ
「ゆうてくれるじゃん!ええよ、そのプログラム、インストールしてみせようじゃん!」
後ろに『バァン!』と、効果音や背景が出そうな位堂々と胸を張る
……単純な奴だな、相変わらず
そう頭の中で考えるが、口に出せばいちいち怒鳴られるので黙っておきつつ、俺は自分の机の引き出しからある物を取り出し颯に手渡す
その黒く長細いそれは、ニューロリンカーを直結通信させるためのXSBケーブルだった
「ほい、それを使って那澄と直結しな」
「……もしかして、さっきからうちと直結させようとしてたのってそのプログラムをインストールさせるためじゃったん?」
「正解だよ、颯ちゃん!さぁ、レッツ直結!」
頼むから士はちょっと黙っててくれ……疲れるから、ほんとに
そんなやりとりがあって数分後、乙女モードに入って話を聞いていなかった那澄を現実世界に引き戻し、直結でのインストール準備に取りかかる
それを眺めていた俺に、士が思考発声で話しかけてくる
『(兄ちゃんさっきは颯ちゃんをうまく誘導したね~)』
『(あ?何の事だかさっぱりなんだが)』
『(とぼけちゃって。颯ちゃんは負けず嫌いだから、あんな感じで"無理だ"って強く言えば必ず自分からやるって言い出すからね~)』
……ほんとに士はどうでもいい時に鋭く物事を見てくるよな
事実、俺はさっきの颯との会話では少し怒らせる様な会話をしていたが、その方が話が進みやすいと判断したからだ
でもその事を士本人に言えば必ず調子にのってまたテンションを上げてくるので、俺は無言を貫く
その無言をどう解釈したのか分からないが、士は視線を目の前に正座しながら向かい合っている二人にに変えた
ちょうど那澄が颯にプログラムを送ろうとしていたところのようで、伸ばした人差し指で何かを颯に滑らせるように空間をなぞる
するとケーブルを経由して無事届いたらしく、颯が一瞬肩をすくませ、たった今届いたプログラムを改めて確認する
「えっと……『BrainBurst2039』?」
「そう、それがお前の人生を変えるチケットだ。今ならまだ引き返せるぞ?」
俺は最終確認のつもりでこう言うが、それに対して颯はムッっとした表情でこちらを睨んでくる
「何だよその目は」
「べっつに~、うちは一度言った事は曲げる気はないし」
そう言いながら颯はイエスボタンがあると思われる位置をぎこちなく押す
しかしボタンを押してすぐに、肩を竦ませ慌て始める
実はBBをインストールするための適正をチェックするために、インストールを行う際、視界全体に仮想的な炎が上がる
適正が無ければ炎を見ること自体不可能なので、颯には一応適正があるということだろう。二人が連れてきた時点で最低条件は満たしてはいるだろうけど
そこまで一人で考えていると再び士が思考発声で話しかけてくる
『(とりあえず第一関門は突破したみたいだね。第一条件はクリアしていたとはいえ、ヒヤヒヤしたよ~)』
『(連れて来たのに何無責任なこと言ってるんだよ)』
『(え~、いいでしょ別に~。それよりも兄ちゃんは成功と失敗、どっちだと思う?)』
『(露骨に話を逸らすな。……まぁ、可能性としては五分五分だろうな。もう一つの条件のほうが微妙だし)』
さっきから条件がどうと言っているが、実はBBインストールには二つの条件がある
まず第一条件、『ニューロリンカーを出生直後から装着していること』。これがもっとも重要な条件
そして第二条件、『大脳の応答速度』なのだが、これが一番厄介だ
これは色々と話していると長くなるので簡単に説明すると、ニューロリンカーと大脳との反応がどれだけ速いか、反射神経がどれだけ優れているかだ
第一条件は二人に確認を取らせているから大丈夫だろうが、第二条件には厳密な基準が存在しないので確実なことは言えない
ゲームが苦手な奴でもインストールできたという話は聞くが、颯は機械音痴の上に何故か旧時代のテレビゲームをするとすぐに酔ってしまう
そんなハンデがあるから候補リストに颯の名前を見たときに迷ったんだが、颯は二人とかなり仲が良いし俺との面識もあるから賛成した
だがこれでもし失敗したら……いや、よしておこう。失敗したとしたら俺が二人とも独り立ちさせるくらいに鍛えればいい話だから
数十秒の後インストール作業が終了したようで、颯がゆっくりと肩の力を抜いていく
「えーと、なんて読むんこれ?う、うぇるかむとぅー……」
「"ウェルカムトゥ・ジ・アクセラレーッテッド・ワールド"、な。ま、それが見えるのなら成功したってことだな、おめでとう」
『いえーい!!ヤッター!!』
素っ気無く祝福の言葉をかける俺とは対照的に、士と那澄はハイタッチしながら喜ぶ
なんかまた俺の心配事が増えそうな予感。いや、予感じゃなくて確信か
「おら、颯に説明するから騒いでないで二人とも準備しろ」
『はーい』
俺が話しかけると珍しく素直に言うことを聞き、那澄のニューロリンカーを士と繋げ、士のニューロリンカーに接続されたXSBケーブルを俺に渡してくる
やっぱり"子"が出来ると嬉しいのか?俺の場合は……もうずいぶんと前の事だから忘れてしまったな
内心で思考を巡らせながらも俺は士から手渡されたケーブルを自分のニューロリンカーに接続しながら、机から今の世の中で滅多にお目にかかれない『500円玉』取り出す
そしてその硬貨を人差し指で抑えた親指の上に乗せ、颯だけでなく士と那澄に思考発声で話しかける
『(二人は分かっているだろうからあんまり言わないけど、颯はカウントの後に俺たちが叫んだ言葉と同じ言葉を遅れずに言うんだ)』
『『(ハーイ!)』』
『(うん……でもこれから何をするん?全く説明がないのに)』
『(時間はたっぷりあるし、説明はこれからするよ。絶対に遅れるなよ?3・2・1!)』
カウントが1になり0と言う代わりに、俺の人差し指で抑えていた親指をはじくように離す
その反動で親指に乗っていた硬貨が空中に舞い、それが最高点に達したところで俺たちはあの世界へと行く魔法の言葉を叫ぶ
『バーストリンク!』