暗殺教室 ~Another Story輪廻のカルマ~ 作:ひとみらくる
季節が廻った。寒かった冬が終わり、暖かな春が来る。気づけばここへ連れてこられて三か月が過ぎた。あっという間だった。外へは一歩も出ていない。ベランダにも出ていない。なんとなく、外の空気を吸ってみたくなった。
洗濯物を干して取り込むのはおじさんの役割。ここはアパートの二階で、背の低いわたしがベランダに出たところで他の人に見つかったりはしないと思うけど、なんとなく外に出るのが怖かった。誰にも見つかりたくない。
でもこのまま、ずっとここにいたらどうなるんだろう。お母さんもお父さんもわたしのこと忘れちゃうのかな。クラスのみんなは二年生になるのかな。友達なんていなかったし、きっとわたしのことを覚えてる子なんていないよね。別に悲しくなんてないけど。
このままここで大人になるのかな。おじさんはずっとわたしといてくれるのかな。
窓辺で春の暖かな陽気の中でぼんやりと考えていた。
「りんちゃん、どうしたの。眉間が、うーってなってるよ」
おじさんが心配そうに見つめている。
「うーってなに?」
「しわが寄ってるってこと」
「寄ってないもん」
「そんなことないよ。鏡見てみるかい」
「見ないよーっだ」
ぶんぶんと首をふって抗議する。伸びた髪の毛が首の動きに合わせて大きく揺れる。
それを見て思いついたかのように、おじさんがカバンの中から小さな包みを取り出した。
「そうだった、僕りんちゃんにプレゼント買ってきたんだよね」
リボンが付いた小さなピンクの紙袋。
「なんだろう」
プレゼントという響きにドキドキしながら開けてみると、赤い玉が二つ付いたヘアゴムが二つ。蝶々がモチーフのヘアピン。
「りんちゃんの髪がだいぶ伸びてきたから。おじさんじゃ可愛く切ってあげられる自信もないし。こんなものでごめんね」
「……ちょっとうれしい」
「ええ、ちょっと! ちょっとか。僕センスないもんなぁ。先に好みをきいておくんだったよ。最近の子のはやりは全然わかんなくて」
おじさんは心底悲しそうな顔をした。
なんだか照れくさくて、本当はとても嬉しいのに、ちょっとなんて言ってしまった。
「はやく結んでよっ」
それでもなかなかありがとうが出てこなくて、次に出てきた言葉も可愛げがないものだった。少し後悔している。
だけどおじさんはわたしの気持ちを汲み取ってくれたのか、笑顔になって髪をとかし始めてくれた。
「りんちゃん用に買ってきたリンス、調子良いみたいだね」
「なにそれダジャレ」
おじさんはリンスを使わない人だったけれど、わたしのためにリンスやシャンプー、お風呂セットを一式揃えてくれた。おかげでわたしの髪はサラサラ。誘拐されたとは思えない優遇っぷりだ。
「うんうん、こうして髪をとかしていると理沙がかえって来てくれたみたいだ」
「……うん」
「本当に、本当に、嬉しいなぁ」
ゆっくりとつぶやいた。
「……うん」
わたしを膝にのせて、優しく髪をとかしてくれるおじさん。背中だから顔は見えないけど、泣いている。
なんだかわたしも泣きそうだった。
「二つ結びでいいかなぁ、ヘアゴム二つあるし」
「うん、一番好きな髪型」
「おじさん意外と上手なんだよ。楽しみにしててね」
そう言って、丁寧に髪を結いはじめた。高すぎず低すぎない位置のツインテール。
出来上がったあと、手鏡を持ってきてくれて一緒に確認した。
「すごく似あってるよ」
わたしの後ろにいるおじさんと鏡越しに目を合わせる。おじさんがプレセントしてくれたヘアゴムと、結ってくれた髪を見たら自然と笑みがこぼれた。
「大事にするねっ」
「良かった、喜んでもらえて。ヘアピンは、お勉強するときに前髪がじゃまだったら使ってみてね」
「うん。毎日使うよ」
今日は、このヘアゴムとピンを枕元に置いて寝ようと思った。
「そういえば、りんちゃんの誕生日っていつかな」
「昨日」
さらりと。
「えっ! 昨日? え?」
自分でもびっくりなことに、本当に昨日だった。いつも家族がお祝いしてくれるし、プレゼントが待ち遠しくて指折り数えて心待ちにするんだけど、なんだか今回はすっかり忘れてたんだよね。曜日の感覚がないからかな。
「ど、どうしよう、今から……えーっと、お赤飯……いやケーキが先で、チキンも用意しないと、あぁどうせならプレゼントはもっと豪華なものにすればよかった。ケーキ、ケーキ」
おじさんが一人であわてて部屋の中をグルグル回っていた。完全にテンパっている。
「おじさん、わたしね、オムライスが食べたいよ」
そうわたしが言うと立ち止まり、今にも泣きそうな、だけどとても嬉しそうな絶妙な表情で「わかった。すぐ作るね。卵、買ってくるからちょっと待っててね」とお財布を片手に、軽くヒゲをはやしたまま部屋着で飛び出して行った。
卵ならまだあるのに。慌てすぎだよ。なんだか一人でちょっと笑ってしまう。
わたしが髪型とプレゼントを鏡越しにじっくりと眺めていたら、すぐに帰ってきた。
汗だくの顔にケーキの箱と、スーパーのちょっと高いチキンと卵を抱えて。