暗殺教室  ~Another Story輪廻のカルマ~   作:ひとみらくる

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14、過去の時間(7)

 よし、と気合を入れておばあちゃんの所に行こうと思う。おじさんが、今日もツインテールにしてくれた。理沙ちゃんと同じ髪型。

 ゆっくりとドアを開けて、鍵を閉める。周囲をよく確認してから階段をおりて、再び周囲確認。駐車場に車がとまっていないから、ヘルパーさんが来ていないことも明白だ。

 おそるおそるインターホンを鳴らすと、「はいよー」と声が聞こえてしばらくしてからドアが開く。

「りぃちゃんかい。上がって上がって」

 とびっきりの笑顔でお迎えしてくれるおばあちゃん。緊張が少しほぐれた気がした。

「おじゃまします」

 さっそく上がるとふわりとお線香のにおいがした。まさしく、おばあちゃんちって感じだ。綺麗だけど古めかしい家具。大切に使われているのが見て取れる。一人暮らしにもかかわらず、大きめのソファ。お線香のにおいの根源である仏壇には、若い男性の写真。息子かな、旦那さんかな。

「あいさつ、してくれるかい。久しぶりに」

 仏壇を見ていたわたしに気づいたのか、おばあちゃんがお線香を差し出してくれた。

 あくまでも自然に話しを合わせる。ちょっとドキドキしたけど。

「うん、久しぶり、だもんね。無事だったこと、伝えるね」

 わたしの住んでいた家にも仏壇があったから、手順はわかる。お母さんの見よう見真似だけど。息子か旦那さんかわからないまま、ひとまず「わたしは理沙ちゃんの代わりです。わるい者ではありません。どうか見守っていてください」と挨拶。

「ありがとうねぇ。本当に嬉しいよ」

目線でわたしをソファに座るよう促した。

「わたしも、ここに戻ってこられて嬉しい」

「辛いことだらけだっただろう? でも、もう安心だねぇ」

 優しく、手を握ってくれるおばあちゃん。

「うん。しばらく学校には通えないけど、おうちでも勉強が出来るし、これからお父さんと今までの時間を取り戻していくよ。もちろん、おばあちゃんとの時間もね」

「そうだねぇ。また、一緒にトランプしようか。いつの間にか他の住人が出て行ってしまったから、盛り上がりに欠けるかもしれないけど」

「大丈夫。おばあちゃんとお父さんがいるだけで、理沙は楽しいよ」

 自分のことを別の名前で言うのはなかなか難しいと思った。うまく言えるようにならなきゃ。

 こうして会話している中で、部屋の中を把握する作業も欠かさない。ヘルパーさんが来る予定表を早く見つけなければ。部屋にないとすると、廊下に設置してあった電話代台の横があやしい。こういうのは、だいたい電話代の近くにあるのが鉄板でしょ。

「トイレに行ってもいい?」

「あぁ、行っといで」

 トイレを理由に席を外す。ゆっくりと廊下を歩いて確認。やっぱり、電話台の所にカレンダー。ヘルパーさんが来る日と時間が丁寧に記入されていた。毎週月水金、十五時から四時間というスケジュールだ。今日は月曜日。十五時にヘルパーさんが来ることになる。今は十三時だから、二時間以内にここを出なくてはならない。

 トイレを済ませ、もう一度通りすがりにカレンダーを見ておこうと思ったけど、ふと、電話台横の小さな本棚が目についた。アルバムが並べられているようだ。なんとなく立ち止まってしまう。

「りぃちゃん? なんか見つけたのかね」

「あ、うん。おばあちゃんのアルバムが気になるなぁって」

「あぁ、古いアルバムだよ。アタシの若い頃のね。見てみるかい」

「うんっ。おばあちゃんが若い頃、見てみたい」

 何冊か手に取り、おばあちゃんのもとへ持っていく。おばあちゃんは老眼鏡をかけてから二人で一緒に覗き込んだ。図書館の本と同じような、古い紙のにおいが鼻につく。セピア色の写真たちが規則正しく並べられている。

「ふふっ。驚いただろう。これが昔の写真。今の写真みたいに綺麗じゃないねぇ」

 わたしは振袖を着た端正な顔立ちの女性の写真を指さす。

「ううん。これ、おばあちゃんだよね? すっごく綺麗」

「なつかしいねぇ。これは成人式のときなんだよ」

 とても美しい女性だった。今のおばあちゃんの面影は少しだけ。

「一応、振袖を着ているけど、この頃にはもう結婚が決まっていたんだよ」

「えっ、はやいね」

 振袖を着られるようになるのは二十歳から。それからは未婚の女性が着られるのが振袖だ。既婚の女性は振袖はタブー。本で読んだことがある。

 おばあちゃんの話しからすると、二十歳で婚約していたということか。

「あぁ、アタシは婚約者がいてねぇ」

 写真を慈愛に満ちた表情で眺めるおばあちゃん。

 婚約者と言えば、望まない相手との結婚がドラマ等でのお約束だ。だけど。

「好きな人と結婚できたんだね」

「そうなんだよ。りぃちゃんは察しが良い子だね」

「たくさん聞かせて。おばあちゃんのこと」

 おばあちゃんに一方的にしゃべらせておけば、自分のボロが出なくて済むしというのが本心だけど、純粋に気になるってのもある。

 ゆったりと、一言一句丁寧におばあちゃんが語りだした。

「あれは、もう何十年も前のことになるねぇ。戦後の日本。りぃちゃんは戦争なんてあんまりよくわからないだろうけど。なにもかも失ったんだよ。と言ってもアタシは戦争自体は経験してるわけじゃないんだけどね。戦争の真っただ中に生まれて、戦後の日本で育ったって感じかねぇ。あの頃は何も無かった。でも、人々の生きたいっていう希望と活気はあった。不便で、綺麗でも無いけど、なかなか良い時代だったと思うよ。ま、今の生活に慣れちまったら抜け出せないけどね。アタシの家は比較的裕福な家庭でね。家は失ったけど、財産だけは残った。やり直すのは簡単な方だったんじゃないかね。父さんは徴兵……えーっと国を守る人になって、死んじまった。沖縄でね。アタシはまだ幼くて、父さんのことは覚えてないんだけど、父さんはちょっと天然でさ、常にのほほんとした人だったらしい。だから国を守って死んだっていう立派な死に方じゃなくて、身代わりみたいなもんかね。沖縄の現地で一人の少年と仲良くなったみたいでね。アメリカ兵に狙い撃ちされそうになった少年をかばって死んだんだ。自分が生きることよりも、その少年に未来を託したんだろうねぇ。父さんは死ぬ前に少年と約束したらしいんだ。もし生きてたら、自分の娘と結婚してほしいと。丁寧に手紙まで用意しててさ。なんとなく、自分の行く末がわかってたのかねぇ。その少年も戦争が終わってから馬鹿正直に、沖縄から本州のここ椚ヶ丘までアタシを見つけにやって来たんだよぉ。父さんの一筆だけを頼りに。沖縄の家族の元を離れてまで。その頃少年は十四歳でアタシは八歳。結婚なんてとんでもない、そもそも自分の父を死なせてのこのこやってきた少年が許せなかった。アタシも母親も、他の兄弟たちもね。せっかくここまで来たけど知らない土地で唯一頼りにして来た所で嫌われた少年は、行く末も金もないからアタシたちの心を開かせようと必死だった。いつもにこにこ笑っててね。まぁ、一人増えたってそんなに構わなかったから一応面倒見てやってたんだけど、やっぱりどうも気にくわなかった。どうして父さんじゃなくてこいつなんだと。だから兄弟でいじわるしたりしたんだよ。それでも、文句も言わず、少し悲しそうな顔でにこにこしていたのが逆に不気味で。どうして笑っていられるのか、不思議でしょうがなかった。だから、アタシは直接きいてやったんだ。その笑っていられる神経が気にくわないんだと。アンタじゃなくて父さんが笑っている姿が見たいってね。そのとき、はじめて少年から笑顔が消えた。でも、またすぐに笑顔に戻った。苦しそうな表情だったけどね。そうして、ゆっくりと語ってくれたんだ。沖縄の現地で父さんとした約束のことを」

 ふぅ、と一息ついてちょっと休憩とおばあちゃんが言う。なんだかずっと聞き入ってしまって、握った手のひらに汗をかいていることに今更気がついた。

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