暗殺教室  ~Another Story輪廻のカルマ~   作:ひとみらくる

2 / 14
2、出会いの時間

  私立椚ヶ丘中学校の最寄駅から三つ隣の駅に、椚ヶ丘中学の男子生徒三人と、他校の中学の制服を着た女子が一人いる。背が低く中学生にしては幼い顔立ちの、細身の美少女だ。手入れの行き届いた肌は驚くほど白く、それとは対比的な艶やかで黒い髪は、赤い玉が二つ付いたヘアゴムで高い位置で結ったツインテール。毛先はふんわりと内側にカールしている。ほどいたら腰まで届きそうなくらい長い。少し大きめのセーラー服のおかげで袖からは指先しか出ていない。まるで小動物を思わせる雰囲気だ。健全な男子中学生ならば、すれ違えば十人中九人が振り向くくらいの美少女だった。

 三人の椚ヶ丘中学の男子生徒がその少女を囲むようにして立っている。改札を出てすぐの、駅舎の隅。通りがかりの人たちはただのよくあるナンパだと、気にも留めず横を通るだろう。たまたまそこを通ったカルマも同じように通りすぎようとしていた。

 そのとき、ふと四人の話している内容が聞こえた。

「なぁ、お前の兄貴って椚ヶ丘B組の宮森だろ」

 中心にいた一人が、やっと見つけた、というような表情で少女に詰め寄る。少女は怯むことなく返事をする。中学生らしい、高く柔らかい声音で。

「そうですけど」

「俺らA組なんだけどよ、てめーの兄貴にE組に負けて恥ずかしい奴らって陰口叩かれてマジで腹立ってんだよ」

「E組? よくわかんないんですけど、陰口は多分兄がわるいと思います。すみませんでした」

 A組、E組という単語がカルマの足止めた。スマホをいじるふりをして、会話に聞き耳を立てる。

 少しタレ目がちでおっとりとした顔立ちの少女は、眉をハの字にさせながら、まっすぐな視線で男子たちを見つめ、ぺこりと軽く頭を下げた。

「へぇ、妹は案外素直なんだな。でも、俺らお前に謝られたくらいじゃ気がすまないわけよ」

「どういう意味ですか?」

「もともと宮森にムカついてたし、ちょっとついてきてくれないかなぁ?」

「そうそう、宮森の絶望した顔が見たいんだよね」

 雲行きが怪しくなってきた。

「・・・・・・わたし、急いでるんで、失礼します」

 危険を察知し、二つに結った髪の房を翻しながらその場から立ち去ろうとしたとき、左側にいた男子が少女のか細い片腕を掴んだ。少女は突然の腕の痛みに顔を歪めている。少し声を荒げながら、美しい顔に似合わず少女が睨む。

「ちょっと、離して・・・・・・!」

 手を振り解こうと暴れたところで止められる。

「はいはい、大人しくしないと、騒ぎになるよ。名門笹塚学園の生徒会長さん」

 中心にいた男子がニヤリと不敵な笑みを浮かべながら言った。

 その言葉に驚く少女。言い返す言葉が出ないのか、悔しそうに男子たちを睨みつけている。

「まぁ、このままついて来い。悪いようにはしないから。山内、その手離すなよ」

 山内と呼ばれた男子が頷き、四人が駅を出て行くところでカルマが後ろからけだるそうに声をかける。

「A組 さんたち、何やってんの?」

 驚きながら振り返る一同。悪意のこもった、カルマの笑顔。ひやりとした緊張感が男子たちから感じられる。

「何、拉致? 監禁? 趣味わるくね?」

「お前、赤羽」

 普段は優秀なA組の生徒だ。悪いことをするのには慣れていない様子で、言葉を詰まらせている。そんな彼らを気にせず、愉快そうに赤髪の少年は四人との距離を縮めていく。

「B組の奴にどんな恨みがあるのか知らないけど、これってどう考えてもそっちが悪いよねぇ? 俺、黙っててあげてもいいよ。・・・・・・さっさとこの場から消えてくれれば」

 うっすら目を細めながら、唇を弧に歪めるカルマ。愉快そうなのは口調だけだった。

「くそ、もとはお前らE組のせいなのによ」

 そんな捨て台詞を吐いてA組の生徒たちは行ってしまった。A組が目の敵であるE組のせいにしたり、逆恨みをしたりするなんて日常茶飯事だ。しかし、今回の件は他校の生徒を巻き込んでいる。自分達の立場上、バレれば確実にマイナスになると判断したのだろう。 

「だっせー奴ら。ってか君、大丈夫?」

 ハハッと乾いた笑いをしたあと、残された少女に声をかけるカルマ。

「ちょっと! あんなやつら、わたし一人でじゅーぶんなんですけどっ」

 黒曜石みたいな、黒目がちの大きな目を細めて、眉を吊り上げた少女がフンッと鼻を鳴らし顔を逸らす。つられてツインテールが勢い良く揺れた。

「はぁ?」

 ここは普通にお礼を言われると思っていたカルマは拍子抜けした。驚いている間にも、威勢の良い台詞がどんどん出てくる。腰に手を当てながら、堂々と言い放つ。背が低いため、カルマを見上げて腰をやや後ろに反らせている。実に偉そうなポーズだ。

「ってか何よ、あんたもさっきのやつらも、しょーもない生徒の集まりなわけ? 椚ヶ丘中。わたしのお兄ちゃんもそうだけど、見た目はキモいし、性格も荒んでる。ガリ勉ね。まぁ、あんたは椚ヶ丘っぽくない見た目だけど。でもどうせ変なやつなんでしょ? わたしには分かる」

「いやいや、そこは大人しくお礼くらい言いなよ。しかも俺、一応年上なんですけど、タメ語とか腹立つんだけど」

 カルマの表情が険しくなってきた。女子には基本的に当たり障りのないよう接しているが、この子にはそうも出来ないなと判断した。おっとりとした可愛らしい顔に似合わない、強気な態度。

「どうせ一才しかかわんないんだからタメ語でじゅーぶんでしょ。ってかそんなんで腹立てるなんて、ガキね」

「どっちがガキだよ」

 思わず突っ込んでしまう。

「そっちに決まってるじゃない」

 堂々と言い返してくる少女。

「うわ、俺ここまでムカつく女子に出会うのはじめてなんだけど」

「じゃあ、人生経験が少ないだけよ」

「はぁ? さっきから何なわけ?」

「それはこっちの台詞。女の子を助けて、ヒーロー気取りしたかったんでしょ?」

 ふん、と鼻を鳴らして視線を逸らす。

 艶のある綺麗なツインテールを大きく揺らして少女はその場を立ち去ろうとしたが、カルマの台詞がそれを遮った。

「そんなわけないじゃん。俺のクラスに負けたことを言い訳にして、あんたを巻き込もうとしてるあいつらにムカついただけだし」

 カルマ自身も、この少女と取り合う気はもうすでに無く、それだけ言って立ち去ろうとした。しかし、少女の声に引き止められる。

「えっ・・・・・・」

 心底驚いたような声だった。

「えっ、て、なんだよ」

 つい先程まで威勢が良かったはずなのに、急に大人しくなった。

 しかも、カルマの制服の裾を軽く掴んでいる。

 正面に向き直り少女は大きな目でカルマを見上げる。桜色の小さな唇から発せられた声は消え入りそうに小さかった。

「わたし、宮森輪廻・・・・・・」

「え、何、突然の自己紹介?」

 さっきまで気が立っていたカルマだったが、突然の自己紹介に戸惑う。

 リンネと名乗った少女が、伏し目がちに話しを続ける。さっきまでの強気さは全く感じられなくなっていた。

「笹塚学園二年。お兄ちゃんは椚ヶ丘の三年、宮森輪也」

「あー、B組って言ってたっけ」

「そう。椚ヶ丘のことはよくわかんないけど、A組が一番偉いんでしょ」

「まぁ、そうだけど。じきに俺らE組が偉くなる日が来るかもね」

 改めてカルマも少女をまじまじと見た。自然と目が合う。可愛らしい自然な上目遣いだ。

「ってかなんでいきなり大人しくなった?」

「・・・・・・ちゃんとした、人だったから」

「はぁ? 今までどこがちゃんとしてないように見えたわけ? 普通に助けたんですけど」

「だって、わたし、いつも変な人たちに声かけられるんだもん。今日も、また……」

 再び目を伏せて、しょんぼりとした顔になった。そんなリンネの姿を見て、カルマは納得した。美しい見た目のせいで、嫌な思いをたくさんしてきたのだと。E組のマドンナ神崎有希子と同じくらい、むしろ上回る可愛さだ。カルマはそういったことに興味がなかったので特別気にはしなかったが、よくよく見るとクラスの前原や岡島が飛びつきそうだなと思った。さっきまで強い口調で威圧してきたのは、余分な男を寄せ付けないためだったようだ。

「ふーん。俺のこと、助けたとみせかけてナンパしてくる奴だと思ったわけね」

「う・・・・・・そうだけど、クラス想いの、やさしい人、でした。ごめんなさい」

 もともと気が強い性格らしいリンネが慣れない口調で謝ってきた。

「ま、いいけど。弱々しいあんた見てたらスッキリしたし、帰る」

 カルマが歩き出したところで、ひょこひょことリンネが後ろから追いかけてきた。

「ねぇ、名前、教えて」

「やだ」

「わたし、名乗ったじゃない」

「・・・・・・はぁ。赤羽業」

 ため息をつきながら形式的に名乗る。

 少しだけリンネの瞳が大きく見開かれた気がした。小さく「これは、運命」とつぶやく。

「赤羽、センパイ。あ・・・・・・あの、わたしと、友達に、なって」

 これまた突然の友達宣言。歩きながら会話を続けた。

「友達?」

「うん。赤羽センパイと仲良くなりたいの」

 少しの沈黙のあと、悪巧みをしているときの笑顔で返すカルマ。親指と人差し指でまるを作ってお金を意味するハンドサインをする。

「いくら出してくれんの?」

「いや、そういうのじゃなくって。わたし、学校で、周りにいつもたくさん人がいるんだけど、友達がいないの。心から話せる友達。でも、さっき、赤羽センパイはわたしが悪態ついてもちゃんと受け止めてくれたから。今までそんなふうに接してくれる人いなくて、嬉しかったの」

「ふーん。俺、そういうのよくわかんない。他にもいるんじゃない、友達候補」

 正直、面倒だと思った。カルマは適当に返事をするがリンネは一歩も退かない様子だ。グーの形に握った手にいっそう力を込める。

「いや! 赤羽センパイがいいの。仲良くしてくれるって言うまで着いてくからね」

「なんだそれ。いいからおうちに帰りなって」

 歩くたびに大きく揺れる少女の髪を一瞥して、手をひらひらさせながら、あっち行けのポーズ。

「いやって言ってるでしょ。ほら、良いっていいなさいよ」

「うわ、また強気。ツンキャラなんて今どき流行んないって」

「ツン? なにそれ。着いてくからね」

「あーはいはい、わかったわかった。友達ね」

 痺れを切らしてカルマが承諾した。こう言えば満足してさっさと帰るだろう。どうせこれから会うことはないだろうと信じて。

 晴れて友達が出来たリンネは、満足したのかとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。美少女の心からの笑顔に不覚にもカルマはドキっとする。嬉しそうに少し細められた大きな目と綻んだ唇は、あどけなさが残る少女の雰囲気によく似合っていた。

「嬉しい! ありがとう、赤羽センパイ」

「納得したんなら、今日はもう帰りなよ」

「うん。また会えるよね? 友達だもんね?」

 カルマは歩き続けているが、リンネは立ち止まって名残惜しそうな表情で言った。先ほど、友達になれるまで着いていくと言ってしまったので、友達になってからでは着いていけない。しっかり守る真面目な性格らしい。

「そうだね、会えるんじゃない?」

「うん・・・・・・ありがとう、赤羽センパイ」

 カルマが一旦振り返る。

「じゃあね。あ、そうだ。リンネ、俺の名前カルマでいいから。やっぱセンパイ呼ばわりとか、なんか恥ずかしいし」

 それは、リンネにとって不意打ちだった。名前呼びを指定された上に、自分の名前を呼んでくれるなんて。この上ない、幸せな出来事だった。ほっぺたを両手で押さえて上気する頬を隠しながら、赤髪の少年を見送った。

 一方、カルマは厄介ごとが終わって安心したのか、鼻歌まじりに帰路に着く。なんか美少女だったけど興味ないし、もう顔もぼんやりして思い出せないや。それより、明日はどうやってあのタコを殺そうかな。と、実に上機嫌であった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。