暗殺教室  ~Another Story輪廻のカルマ~   作:ひとみらくる

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3、勉強の時間

「カルマ、遅いっ」

 駅の改札を通ったところで、よく通る澄んだ声がカルマの足を止めた。一瞬にして彼の表情が暗くなる。そんなことは気づかない様子で、意気揚々とリンネが駆け寄ってきた。ぱたぱたとローファーで走る音が駅舎に響くが、周りの喧騒にかき消される。少女の動きに合わせて大きく揺れる二つに結った髪が、黒い触手のように見えた。

「昨日は電車じゃなかったんだね。サボり? ってゆーか今日こそ勉強教えてよ」

「あのねぇ、俺は毎日毎日暇じゃないわけ。だからむーり」

 立ち止まることさえせずにリンネを横目に駅を出て行く。

 リンネを助けてから二週間と二日。それから学校のある平日は毎日駅でカルマを待っている少女の姿があった。カルマは毎日決まった時刻の電車に乗ってくるわけではない。同じクラスの渚たちと寄り道をする日もあったし、学校をサボる日もあった。しかし、どんな時間に改札を通ってもいるのだ。リンネが。

 おそらく、学校が終わってからずっと待っているのだろう。さっきの会話から察するにカルマが電車を使わない日は終電まで駅で待っているのかもしれない。それがなんとなく不憫に感じて、最近のカルマは極力電車を使うようにしていたが、やはり彼女を目の前にするとどうも鬱陶しくなってしまう。たとえば。

「椚ヶ丘って、めっちゃ頭いいよね。わたしのお兄、毎日必死に勉強してるよ。成績順でクラス決まるとかありえなくない?」

「わたしは勉強ぜんぜん好きじゃないよ。でも、お兄が椚ヶ丘だから、親がいいとこ行けってうるさくて」

「カルマは部活とか、なにかやってるの? わたしはやってないよ」

「最近料理にハマッてて。何か食べたいものあれば作ってくるよ」

「なんでカルマってE組なの?」

「ちょっと! お兄にきいたんだけど、カルマってすっごく勉強できるんでしょ。この前期末、学年一位だったんだよね! わたしにも勉強教えて!」

 などなど、一方的にしゃべり続けるのだ。カルマの学力を知ってからは勉強を教えてもらおうと毎日説得に奮闘している。

「ねぇねぇ、今日こそ図書館寄って行こうよ。次のテストに向けて頑張りたいの」

 うんざりしながらも返事くらいはする。

「次って、二学期期末のあとは来年じゃん。そんな急がなくてもいいんじゃない」

「椚ヶ丘の天才はそんなふうに言うかもしれないけど、わたしみたいな一般人にはコツコツタイプの勉強じゃないとダメなの」

「あんただって笹塚学園だろ。立派なとこじゃん」

 笹塚学園は椚ヶ丘中学校よりは劣るが、全国でも名の知れた名門の進学校だ。さらに、女子の制服が可愛いと評判で、そういった理由も含めて倍率が高い学校。そこに通っているとなると、リンネはなかなか頭が良い方だ。

「まぁね。でも、わたしはそんなに勉強には自信がないの。だから教えなさいよ、わたしのために」

「なんでそんな偉そうなわけ、いつも」

「全然偉そうじゃないでしょ。そんなこと、言われたことないよ。まぁカルマが思うそれは、わたしのポテンシャルよね」

 自信満々で話し続けるリンネ。あまりの自信に折れたのか、カルマが承諾した。

「なんかもういいや。市立図書館?」

「え、いいの? ・・・・・・嬉しい。早く行こっ。五分以内に着くように走るよっ」

 突然の了承に跳ねながら喜び、カルマの腕を引っ張って走り出した。赤髪の少年は、この猪突猛進美少女に確実に流されつつあった。

 市立図書館はリンネとカルマが会う駅に近い場所にある。二階建てで一階が書架、二階には本を読んだり勉強が出来るフリースペースとなっている。

 リンネに引っ張られるまま、五分弱という早さで図書館に到着した。

 だんだんと寒くなってきたため、図書館の中はほんのり暖房が効いていて暖かい。閉館時間まであと一時間半というところだった。

 軽快なステップで階段を駆け上がる美少女をぼんやり見上げながら、カルマはゆっくりと上っていく。極力距離を置きたいところだ。

「ちょっと、パンツ見ないでよね」

 上から小うるさい声がする。見たくもないよ、とつぶやきながら進む。

 フリースペースには長机とパイプ椅子が向かい合うようにして規則正しく並んでいる。出入り口に近い席に座った少女が足をばたつかせていた。カルマは隣でも正面でもない、左斜め向かいの席に座る。

「一番最初はカルマが得意な数学ね」

 テンポ良く開いた教科書と白が目立つノート、そしてシャープペンシルを出す。

「今日の宿題、終わらせちゃお」

 チラリと教科書の問題に目を向ける。学年が違う上に超進学校の椚ヶ丘中学に比べれば問題の難易度は低いが、さすが名門校、これは高校生レベルの問題。数学が得意なカルマにとっては簡単な問題だが。

 あくびをしながら壁際に掛けてある時計を眺めた。閉館時間まであと一時間程ある。思いのほか、軽快に問題を解いていくリンネに声を掛けた。

「なぁんだ。わりと解けてんじゃん」

「え・・・・・・あ、わたし、やればできる子だもん。でも、ここわかんない。教えてカルマ」

 なぜか少し慌てながら、思いついたように教科書の問題を指差すが、問題を見ることなくカルマが答える。

「公式当てはめるだけじゃん」

「そ、そっか。わかった、やってみるね」

 指摘された通り、ノートに書き写した問題に公式に当てはめて計算をしていく。

 名門校の数式だらけの教科書と、隣に並んだ書き込んでも空白が多いノート。

「簡単な問題だけどさぁ、さすが笹塚学園だよねー。まぁ椚ヶ丘とは比べ物にならないけど、これ、どう考えても高校生レベルの問題だね。成績、学年で何位くらい?」

「わたしは、えーっと、あんまり・・・・・・真ん中より、ちょい下とか?」

「ふーん。嘘だね」

 カルマの目がキラリと光った。けだるそうにリンネのノートを指差す。

「え・・・・・・?」

 ずっと堂々としていたリンネの瞳がはじめて動揺の色を見せる。

「さっきから問題解くスピードが速すぎるし、途中式もほとんど書いてない。でも答えは合ってる。頭の中で全部できてるってことだよね。俺が察するにこれはかなり難しい方の問題。学園のレベルからするとそれで成績が真ん中より下になるのはおかしい。リンネってさー、ほんとは勉強、かなり得意なんじゃない?」

「そ、そんなこと・・・・・・ないよ。じゃあ、国語! 国語はもっと苦手なの。教えて、ほしいな・・・・・・」

「いいけど、ほんとに俺が教えることあんの?」

 乱雑に数学の教科書とノートをしまい、辞書と国語の教科書を取り出す。授業で習っているところを開き、ノートを広げた。書き込みが少なく、白が目立つノート。それをちらりとカルマが見る。

「必要、なさそうだね」

 軽く机に手をつき、立ち上がろうとしたところを慌ててリンネが止める。

「教えてほしいの」

 真剣な顔。

「なにを?」

「カルマのことが、世界で一番好きだって伝えるには・・・・・・どう言ったらいい?」

「・・・・・・どういう意味?」

 お互いの沈黙が続いた。

 感情をぶつけていたたまれなくなったのか、荷物を乱暴に詰め込んでリンネは図書館を飛び出した。取り残されるカルマ。突然の告白に動じず、いつものけだるそうな表情で図書館を後にした。

 もうすっかり日は落ちていて、街灯の明かりがぼんやりと等間隔に道路を照らしている。ふぅ、と重たい息を吐いてから、明日は普通に家に帰ることが出来たらいいなと思った。

 

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