暗殺教室 ~Another Story輪廻のカルマ~ 作:ひとみらくる
サイズがぴったりの椚ヶ丘中学校の制服。さすが學峯さんね、と唇の端を少し歪めながら袖を通した。
手馴れた様子で自身の艶やかな黒髪を宝物のヘアゴムでサイドに結う。最後にさらりと手ぐしで整えた。
ビューラーでまつげをカールさせる。いつも愛用しているリップグロスを唇の真ん中だけにさりげなく落とす。色白のため顔色が悪く思われがちだが、唇にほんのりピンクが入るだけでずいぶんマシになる。
新しいノートと、使い慣れた筆記用具。教科書は・・・・・・ない。自分には必要のない物だと判断した。いざとなれば、学校側がすぐにでも用意してくれるだろう。
笹塚学園でも使用していた、お気に入りの天使の羽をモチーフにしたようなファンシーなリュックサックを背負って自室の鏡の前で服装チェック。スカート丈は短すぎないだろうか。昨日のクラスメイトの様子をぼんやりと思い出そうとするが、なかなか思い出せない。あとから周りを見てひっそり直そう。
それにしても、ブレザーはボタンが多くて着替えに時間がかかるなと思った。そういえば、ネクタイの結び方が分からない。ネットで調べてから結んだ。きっちり着こなした真新しい制服に身を包み、自宅を出て行く。
昨日登ってわかったことだが、E組の校舎に辿り着くまでにかなりの時間を要する。はやめに目覚まし時計の時間を設定しておいて良かった。椚ヶ丘中学には靴の指定が無いので笹塚学園でも使用していた履き慣れた先の丸い黒のストラップシューズで道を行く。山道は少ししんどいが、このくらいなら余裕だ。まだ若いんだし、と自分に言い聞かせてつま先にぐっと力を込める。山の中腹辺りでE組の生徒の後姿が見えた。目を細めてよく見ると、昨日の・・・・・・水色の髪の中性的な顔立ちの少年だと判断した。脚にさらに力を込めて彼との距離を縮めていく。驚かせないくらいの声量で彼に声を掛けた。
「おはようございます」
ゆったりと振り向く少年。リンネに気付いたところで表情を明るくさせた。
「宮森さん、おはよう」
「あの、昨日は一番迷惑かけちゃって、ごめんなさい。えっと・・・・・・」
そういえば、まだ名前がわからなかった。
「僕は潮田渚。昨日のことは大丈夫だよ。びっくりしたけど、まさか宮森さんが転校して来るなんて」
潮田渚と名乗った温厚な少年は快くリンネを受け入れているようだ。
「カルマのことが好きで、居ても立ってもいられなくなったの」
「すごいね。年下とは思えない行動力だよ」
肩を並べて歩いた。この少年の身長は、百六十センチには及ばないくらいだろうか。平均的には小さい方だが、リンネの身長は百三十八センチ。不安定な山道のせいもあって、渚の身長がやたら高く感じられる。
「そうですか? イマドキの恋する乙女はこのくらいしないとですっ」
どうしても見上げるようになってしまうが、渚の目を見てにっこりと笑顔を作った。少年もまた、つられるようにして微笑する。この少年は、どうも女の子と錯覚してしまいそうになる。
そして、リンネは確信する。この目は普通の目じゃないと。兄や両親、笹塚学園の生徒たち、所謂一般の人間には兼ね備えられない鋭い光が宿っているのを聡明な彼女は見逃さない。八ヶ月もの月日を暗殺しながら過ごしていたら、誰しもがこうなるのだろうか。いや、目の前の少年が特別なのだろう。きっと、彼は凄いものを持っている、そう思った。
渚と談笑していたら、思いのほかはやくE組の校庭に辿り着いた。先ほどまでの山道と違って、整備された平らな地面が心地良かった。
そして、後ろから元気な足音がする。振り返ると二人のクラスメイトがこちらにやって来ている様子だった。
「リンネちゃん、渚、おっはよー」
「おはよーっす」
「中村さん、倉橋さんおはよう」
気さくな金髪のギャル中村とゆるふわな髪型が特徴の倉橋が息を切らした様子もなく渚とリンネの間に入ってきた。さりげなく一歩退く渚。少し緊張した面持ちでリンネが二人を見上げる。
「え、えっと、おはようございます」
「やだー、そんなに固くならなくていいよ。気楽にいこーよ。アタシ、中村莉桜。渚の保護者役」
「え、僕? いつからそんな設定に?」
渚のツッコミには脇目もふらずに、にやにやしながらリンネの頭を撫でてくる中村。
「わたし、倉橋陽菜乃。よろしくね」
リンネに目線を合わせる倉橋。クラスでは比較的身長の低い倉橋だが、さすがにリンネのほうが低身長だ。
「莉桜さん、陽菜乃さんよろしくお願いします」
「もうすでに堅苦しいって。みんなと馴染むにはどんどん勢い良く話してくのが一番っ」
「なんだか中村さんは、莉桜姐さんって感じですね」
中村の言動を見て、すぐに彼女のクラスでのポジションを理解したようだ。
「莉桜ちゃんをさっそく姐さんなんて、リンネちゃんやるねぇ」
「ふふん。姐さん上等。でも、E組にはもっとすごい姉さんがいるんだから」
「ビッチ先生ね」
一指し指をピンとしながら倉橋が笑う。突然のいかがわしい言葉に頬を朱に染めながらリンネが少し驚く。
「え、ビッチ・・・・・・ですか?」
「初々しい反応だねー。渚ちゃん、次に女装するときはリンネちゃんを見習いなさい」
「もうしないってば!」
中村と渚が言い合いをはじめたが、倉橋は気にする様子もなくリンネと会話を続けた。
「リンネちゃん、椚ヶ丘の制服、似合うね」
「セーラー服と違ってボタンが多くてびっくりです。慣れるまでに時間がかかりそうです」
「わたし笹塚学園の制服着てみたいなぁ」
ここで中村が口を挟んできた。もうすでに四人は校舎にたどり着き、昇降口で上履きに履き替えている。会話をしたまま廊下を進んでいく。
「ってか今日、一現から体育で暗殺の訓練なんだけど大丈夫?」
「体操服、あります。ナイフと銃も。まだ触ってないけですが・・・・・・」
「いきなりナイフとか銃なんて、びっくりだよね。わたしも最初触るの怖かったよー」
「そっか。リンネちゃん、じゃあ試しに渚撃ってみ」
中村が、ずいっと渚を差し出す。
「ちょっと中村さん、僕を的にしないで!」
「さぁ、渚の大事なトコロを木っ端微塵にするのよっ」
対先生用の弾なので撃って人間に当たったところで怪我をすることはないが、当たるとやはり痛いものだ。中村は愉快そうに渚の腕を掴んでいる。
「おやおや、楽しそうですね中村さん」
突然、頭上から声がする。同時に、朝のHRの時間を告げるチャイムが鳴り響いた。
「あっ・・・・・・殺せんせー、オハヨーゴザイマス」
やばっと小さく声を漏らしながら中村が渚の腕を解放した。
「朝から元気がいいのは良いことですが、ハメを外しすぎないように」
「はぁーい」
「た、助かった・・・・・・」
渚が安堵した。
「さぁさぁ、出席をとりますよ。みなさん、席について。宮森さんの席はカルマ君、寺坂君の間に用意しました」
「え、カルマの隣なのっ?」
ガタガタとみんなが席に着く中、とても明るい表情でリンネが喜ぶ。目が輝いている。
「ええ。他に空いている場所がありませんでしたので、特別に。ヌルフフフ。しかし、勉強に集中できない様子でしたら少し考えます」
「頑張ります! 殺せんせー、ありがとうございます」
「宮森さんは素直で良いですね。では、出席を」
笑顔で席につくリンネ。しかし、隣の席にカルマはいない。右隣の寺坂が比較的穏やかに、リンネに言った。
「お得意のサボりだろ。残念だったな、転校生」
「しょんぼりです」
わざとらしく口をへの字に歪めてみせた。
◇
手短に朝のHRが終わり、女子たちが着替えを持って一斉に教室を出て行く。
「リンネちゃん、着替えに行こっ」
率先して倉橋がリンネに声をかけた。
「はい!」
「更衣室はね、廊下の突きあたりなの」
一現目は体育。体操着に着替えるために更衣室へ行く。案内してくれる女子たちに囲まれながらリンネは廊下を歩いていた。
「リンネちゃん、外見て」
E組一ナイスバディで、ポニーテールの矢田桃花が廊下の窓の外を指差した。
「カルマ君、来てるよ」
ゆったりと校舎に向かってくる赤髪の少年の姿が見て取れた。
「ほんと、あいつマイペースで羨ましいわ」
ジト目で中村が窓の方を見る。
「よかったねーっ、リンネちゃん」
リンネの頭をなでながら、倉橋が言った。
「嬉しいですっ!」
女子一同、リンネに協力的だ。ここはなんて居心地が良いんだろう。偽りの中学生は、今の幸せを心から実感していた。
手早く着替えを済ませ、校庭に集合するクラスメイトたち。
「今の時期ってジャージ着てても、めちゃくちゃ寒いよねぇ」不破優月。
「はやく動かないと寒さに負けそう」
みんなが寒さで腕を抱く中、いつも通りの表情で烏間先生がやってきた。
「今日は宮森さんの初授業ということで、いつもより軽めの訓練にする。だからといって手は抜かないように。まずは基本の動き、ナイフを連続で打ち込む技。確認を兼ねて一人ずつ行う。宮森さんはまず目で見て技を覚えるように」
「わかりました」
順番に名前を呼ばれて、対先生用のナイフを烏間先生に五連続で打ち込んでいく。先生はほとんどかわしているが何人かは惜しいところまで攻めていた。
目を細めてみんなを見つめるリンネ。力無く手に握られたナイフ。
そして、全員が終わり編入生の番がやってきた。
「初回だから、無理をする必要はない。自己流でも誰かの真似でも良い。とりあえず、ナイフを五回、打ち込んでみろ」
「はい。先生、いきます」
暗殺とは無縁の生活を送ってきた少女。緊張と不安が入り混じった表情。編入生がどういうふうに暗殺をするのか興味津々な生徒たちは静かに見守っている。
烏間先生との距離は五メートル。まずはゆっくりと距離を縮めていく。腕を大きく振るえばナイフが当たりそうになるところまで近づいたとき。
自身の足をもつれさせ「あわわっ!」と、バランスを崩しながら前のめりに大きく揺らぐ。緊張で足がもつれたのだとクラスの全員が思った。片岡や倉橋が思わず大丈夫、と声を掛けようとしたところで、前のめりになった体制から左手を地面に着き不安定な状態のまま片手でハンドスプリング。烏間先生の右手側に着地。回転を維持させるため大きく振った両腕の右手にはナイフが握られている。そのままそれを烏丸先生の右腕に振るう。転んだと思っていたため突然の技に少々反応が遅れたが、寸でのところで先生が後方にかわす。一旦しゃがみ、勢いをつけ大きく一歩跳ねる少女。小柄だからか、身軽さが見て取れる。今度はまっすぐにナイフを打ち込む。しかし、素早くかわされる。重心を左に持っていき、左から攻める。それに合わせて先生が右に退く瞬間を少女は見逃さない。すぐに左足でステップ。右を攻める。これもかわされる。一気に距離を詰めるため再びハンドスプリング。大きく跳び先生の左後方に回る。後ろ手でナイフを二度振る。同じタイミングで先生も移動したため届くことなく五回の打ち込みは終了した。
「ずるいことしちゃいました。転んだふりなんて、よくないですよね・・・・・・。わたし、トロいから、このくらいしないと全然ついてけないんじゃないかって思って」
リンネは、いたずらがばれてしまった子どものような無邪気な表情で先生とみんなに告げる。
「・・・・・・たいしたものだ。まさか、そういう手で来るとは思わなかった。ずるくはない。こういった気転は実際の暗殺でも重要になってくる。しかし、背後を見せるのは良くない。これからもっと良くなるよう、指導していく」
「はい。ありがとうございます」
緊張したぁ、と照れながら、みんなの輪の中に戻っていく。クラスメイトたちは、驚きを隠せない表情で彼女を見ていた。これが今まで暗殺とは縁遠い生活をしてきた少女の成せる技なのだろうか。ワンテンポ遅れて少女に賞賛の声を送る。
「リンネさん、すごかったです」奥田愛美。
「すげー身軽なんだな」杉野友人。
「新体操とか習ってたの?」原寿美鈴。
ざわつく生徒達の輪。
◇
彼女を見ていたのは校庭にいる人たちだけではない。教室の窓には二つの影。
「で、何パーセント?」
無感情な声で自身のスマートフォンに話しかける赤髪の少年。
『今の行動だけでは確実とは言えませんが、年末までに宮森輪廻さんが殺せる確立は六十パーセントです』
「だってさ、殺せんせー」
「にゅやッ。それはすごいですね。先生が見ても、いまの技はヒヤリとするものがありました。初めてやったとは思えません。やはり彼女は天才ですね」
「俺はアイツが天才だなんて、認めてないよ」
「どうしてですか、カルマ君」
「べっつにー。勘だけど、外れてる気はしないよ」
さらりと吐き捨てるように言う。対して画面越しの少女の表情は穏やかだ。
『なにか気になることがあるんですか、カルマさん』
カルマと殺せんせーと、スマートフォン越しに会話に参加する自立思考固定砲台、通称律。今はモバイル律。
「律、これから俺が言うこと、調べておいて」
『はい。可能な限り、お手伝いします』
「っていうかカルマ君、ちゃんと授業受けてくださいよ。いくらこの前の期末テストが良かったからって・・・・・・そういえば昨日先生のアイス食べたのカルマ君ですね? 先生は前にもジェラートを食べられて、わざわざ買いなおしに行ったんですよ? 聞いてます? 律さんとばかり話してないで先生の話も聞いてください。ちょっと、おーい。カルマ君?」