暗殺教室  ~Another Story輪廻のカルマ~   作:ひとみらくる

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7、輪廻の時間(2)

「カルマ君、宮森さん凄かったんだよ」

 体育の授業が終わり、教室にいた赤髪の少年にいち早く話しかけたのは渚だった。

「あぁ、ここから見てた。でも、あんなん俺でもできるし。俺の方がもっと上手く殺れるよ」

「でも、女子でしかも年下で、あれできたら凄いよね。カルマ君ともなんだか似ている気がするし、二人が協力したらもっと凄いんじゃないかな」

「やーだね。あんなガキ」

「ガキとは何よ。ガキって言った方がガキなんだからね」

 後方から話しに入ってきたのは偽りの中学生。挑発的な発言をしたあと、カルマの隣の席へ座った。そして、「カルマ、おはよう」と言った。

 外にいて冷えたにもかかわらずリンネの頬は白いままだったが、カルマを見たとたんに朱に染まっていく。そんな彼女の様子には一切気付かず、カルマは隣の席に腰を下ろしたリンネを一瞥して「はぁ、俺の隣?」大層嫌そうな表情。

「そう。殺せんせーが用意してくれたの」

「あのタコ・・・・・・」

「隣で嬉しいでしょ、カルマ。困ったら勉強教えてね」

「自分で考えな」

「やーだーカルマが教えてくれないとやーだー」

 そんな二人の様子を、クラスメイトたちは楽しそうに見ていた。

 そして、次の授業が始まっていく。少女は他の生徒たちを見習って、ノートとペンケースを取り出す。教科書は無い。みんなが先生の話しに耳を傾け板書を書き写す中、少女はぼんやりと黒板の方を見つめる。人形のように動かない。カルマ自身も、板書を書き写す気はないが、教科書くらいは開く。いつ指名されてもいいように必要最低限のところは聞いている。でもこの少女は、何を聞いているのだろうか。何を見ているのだろうか。ゆっくりとたまにまばたきをする程度。ただただ、無の表情でいるばかり。赤みがひいた頬が、より一層透き通るような白を際立たせる。まるで、人形。

「ではリンネさん、いきなりで難しいかもしれませんが、できる所までで大丈夫です。この式を解いてみてください」

「はい」

 先生に指名されてやっと、彼女の瞳に生気が戻る。軽快な足取りで教壇へ進み、適当なチョークを手に取り黒板に一文字、数字を書いた。

「はい」

 にっこりと殺せんせーに笑顔を向ける。一瞬の沈黙。生徒たちはリンネが何を書いたのか理解してない様子だ。それを汲み取ったのか、殺せんせーがフォローを入れる前にリンネが慌てた。

「あ、これって、途中式も書かなきゃだめなんですか? えっとえっと、今まで書いたことないから、わかんないけど・・・・・・こんな感じ、かな?」

 やっつけ、という感じで途中式をさらさらと書いていく。少女の思考回路の異常さが見て取れるスピードで。

「殺せんせー、合ってますか?」

 書き込みが終了したと同時に、ぱっと表情を明るくしてリンネがきく。

「え、えぇ。合っていますよ。さすが、笹塚学園の生徒会長さんですね」

 殺せんせーも驚いた様子だったが比較的平静を装いながら彼女を褒める。生徒会長、という言葉に一瞬顔をしかめる少女。みんなには分からない。

「え、リンネちゃんって生徒会長なの?」岡島大河。

 先生の一言でクラス内がざわめく。

「だからこんなに頭良いんだ!」岡野ひなた。

「すごーい!!」倉橋陽菜乃。

「ってか生徒会長が転校しちゃって大丈夫なの?」中村莉桜。

「もうすぐ任期が終わるから、今回は特別にちょっとはやめの引退を許可してもらったんです」

 さりげなく質問をかわしつつ、チョークで白くなった指先をはらいながら席に戻る。

 ざわめきがおさまったところで再び授業が進んでいった。

 リンネの黒板を見つめる目が、険しい光を放つ。一番後ろの席なので誰も気付かない。いや、リンネを警戒しているカルマだけが、彼女の異変に気付いていた。周りには聞こえないくらいの小さな声で、釘を刺すかのようにリンネに言う。

「失敗、したんじゃね?」

 唇を噛み締めていたため、反応に一瞬遅れた。生徒たちの前では明るかった表情が、今はもう無い。

「・・・・・・べつに」

 彼女が失敗したのは、自分の頭の良さを全面に出してしまうような問題の解き方をしてしまったからではない。この偽りの中学生は、「生徒会長」という言葉が全身を拘束するような、外せない枷なのであった。

 休み時間のたびに、彼女の周りに生徒たちが集まった。カルマは避けるようにして教室を出て行ったが、和気あいあいとした輪の中心でリンネは笑顔で会話をしている。

「なんか、リンネちゃんあっという間に馴染んできてるよね」原寿美鈴。

「年下なのに何でもできるよな」岡島大河。

「あんたより勉強ができて暗殺の腕前が凄いのは確かだね」狭間綺羅々。

「リンネちゃん、スマホに律を入れると便利だよ」矢田桃花。

「え、律さんを、入れる・・・・・・?」

「モバイル律です。何かご用事があれば、私がいろいろお手伝いさせていただきます」律。

「すごい!」

 自身のスマホに律が入っていることに驚き、素直に喜ぶリンネ。

 しばらくして、E組貧乳代表茅野がリンネに率直な質問をする。

「リンネちゃんって、運動も勉強もできて本当すごいよね。なんか、特別ってかんじ?」

 少し反応に困ったリンネだったが、分け隔てなく接してくれるE組の生徒のみんなに自分のことを知ってもらいたいと思った。

「あの・・・・・・わたし、ほんとは十一才なんです」

 上手く意味が読み取れず、茅野をはじめとする周囲の生徒たちは返す言葉が見つからない。

「烏丸先生にはあまりバラさない方が良いって言われてたんですけど、笹塚学園、飛び級で・・・・・・。えっと、とにかく小学生なんです。ほんとは」

「え、え? どういうこと?」茅野カエデ。

「宮森さんは飛び級で本当は小学生?」木村正義。

「だから茅野と並ぶレベルの貧乳なのか」岡島大河。

 みんなが理解できないでいる中、唯一岡島だけが納得したような表情で頷く。

「ちょっと、撃つよ」

 茅野が銃を引き抜くふりをしながら彼につっこむ。

 リンネの周りがざわざわしていたため、輪に入っていなかった他の生徒たちも集まってきた。

「リンネちゃん、十一才なんだって」岡野ひなた。

「え、それってどういう意味でしょう?」奥田愛美。

「飛び級・・・・・・?」神崎有希子。

「でもまぁ、さっきの授業とか、俺らのレベルと次元が違うって感じだったよな」村松拓哉。

「あぁ。あの問題の解き方はさすがに理解できなかった」吉田大成。

「なんか、生徒会長の浅野ともまた違うタイプの天才だよな」杉野友人。

「でも、本当に?」と、みんなのざわめきが納まらない。リンネも、どう説明すべきか悩んでいるところに、さっきまで教室の外に出ていたはずのカルマがやってきて口を挟んだ。

「本当だよ。昨日、俺職員室で烏丸先生とコイツの会話全部きかされてたから。生徒には秘密裏にされてる存在だけど、教師の間では有名らしい。天才だって」

 カルマのフォローにより、クラスメイトたちは納得した様子だった。

 リンネが安堵の表情で「ありがとう」と彼に告げた。

「じゃあ、リンネちゃんは凄い天才なんだね」原寿美鈴。

「まさか飛び級って現実にあると思わなかった。漫画みたいね」不破優月。

「こんなにちっちゃいのに、リンネちゃんすごぉーい。わたしと大違いだぁ」倉橋陽菜乃。

「小学背でこのレベルって、カルマとか浅野以上なんじゃね?」前原陽斗。

「それはない」「そのとおりよ」ほぼ同時だった。前原の一言に目をギラつかせる二人。

「俺がこんなガキに負けるわけない」

「わたしは天才よ。カルマ以上」

 今までと違う、堂々とした態度に豹変したリンネに少々面食らった表情のクラスメイトたちだが、察しが良い彼らは気がついた。これが彼女の本来の姿なのだと。

「わたしの方が暗殺だって天才!」

「はぁ? 銃も使ったことないような奴が天才気取りとか笑うしかないよね」

「そんなことないもん。さっき烏丸先生ナイフのやつ褒めてくれたもん。だから銃だって使いこなしてみせる」

「殺れるもんなら殺ってみな。俺の方が先に殺すけど」

「うー! こうなったら勝負よカルマ。どっちが先に殺せるか。カルマのこと大好きだけど手加減はしてあげないんだからねっ」

「それはこっちのセリフ。付き合ってられないけど、勝負には負ける気がしないね」

 こうして、戦いの幕が切って落とされた。クラスメイトたちは、少し愉快そうに二人の様子を眺めている。なんだか、良いコンビになりそうだ、と。

 次の授業が始まる。殺せんせーが教室にやって来た。学級委員の号令よりも前に、イラついているカルマが、憂さ晴らしのように殺せんせーに向かって銃を向ける。突然の奇襲だったが、カルマが撃った弾は殺せんせーに当たることはない。マッハのスピード容易くかわされている。「ちょっと、カルマ君! 号令前に暗殺なんて・・・・・・」と、殺せんせーがたしなめるように言うが、それでも撃つことをやめない。そこへリンネが片手でけだるそうに銃を取り出した。彼女が銃を使うのは今がはじめてだ。隣の席の寺坂に「ここを引けばいいの?」ときいている。

「おやおや、宮森さんもですか? 試しに撃ってごらんなさい。殺せるといいですねぇ」

 猛スピードでカルマの弾を避けながら、顔の色を緑と黄色の横縞模様に変化させた。完全にナメている顔だ。

 準備が整ったリンネは手始めに一発、撃ってみた。パァンと乾いた音とともに銃弾が発射される。発射するときのわずかな反動に手が震える。適当に撃たれた弾は殺せんせーに当たることなく、コツンと黒板に当たるだけだった。

「もっと上手く狙ったら?」

 カルマの言葉に返事をせずに、静かに左目を閉じた。利き目で確認しているのだろうか。カルマは返事をしないリンネに構わず撃ち続ける。その刹那、バチュッと何かが弾けるような音が響いた。撃ったときの乾いた発砲音ではない。ボトリと殺せんせーの左の触手が一本落ちた。そして動きが格段に遅くなる殺せんせー。

「当たった・・・・・・?」

 カルマの動きが止まる。クラスメイトたちが騒然としている。

「カルマ。止まらないで、続けて」と、リンネが言う。

「はぁ?」

 反抗的な目で少女を一瞥し、再び狙撃を始めた。動揺して動きが鈍くなったからといって、カルマが撃つ弾は殺せんせーに当たらない。そこへ、再び左目を閉じながらリンネが一発だけ撃ち込む。

「にゅやッ!」

 バツンッと、今度は右の触手も撃ち落とされた。

「こんなものね」

 銃を下ろし、リンネがつぶやいたところで、カルマも銃を下ろした。

「アンタが、当てたのか・・・・・・?」

「ちがうわ。カルマの弾よ」

「銃弾撃ち(ビリヤード)、ですね?」

 ぜぇぜぇと息をしながら、殺せんせーが諭すように言う。

 撃ち落としたはずの二本の触手はすでに再生されていた。「ビリヤード?」と、カルマやクラスメイトたちが疑問に思う中、先生は自分の回復する時間を稼ぐかのようにゆっくりと説明をする。

「カルマ君が撃った弾を撃って、銃弾の軌跡を変更しているんですね。銃弾撃ち(ビリヤード)ではじかれた弾は、主にV字状に軌跡が変化するのです」

 無表情で前を見つめるリンネ。その様子に一瞬目を細める殺せんせー。

「私の目には、宮森さんがカルマ君の弾をはじくように撃っているのがしっかり見えています。よって、どの方向に弾が軌跡を変えるのか瞬時に予測することが出来る。しかし、当たってしまっている。私の予想を遥かに超える高度な計算によって、軌跡を変えていますね?」

 先生の質問に対し、わずかに首を傾けるようなしぐさをする少女。

「漫画で見たことがあるからマネしてみただけ。まぁ多少は計算していた部分もあるけれど。でもまさか、この方法で本当に当たるなんて、わたしも驚いた。きっとカルマが撃った弾だからね。愛のパワーってやつ」

 そして次の瞬間、カルマの腕に抱きついて飛び跳ねるように宣言する。

「わたしとカルマでコンビを組んだら、絶対殺せる!」

 とても可愛らしい笑顔だった。腕に抱きつかれた少年は、彼女に対するいつもの嫌そうな顔ではなく、何かを思案するような表情で彼女を見つめていた。

 放課後。

 生徒達がまばらに帰宅していく中で、リンネに声を掛けたのはカルマだった。

「ちょっと時間ある?」

「え、愛の告白? ちょーうれしんだけど」

 手早くリュックに荷物を詰め込みながら少女は、パッと表情を明るくさせた。

「そんなわけないじゃん。まぁいいや。着いてきて」

「うんっ」

 ぱたぱたと軽快な足音をさせながら赤髪の少年の後を着いていく。数人の男子生徒に冷やかされながら。

 昇降口を出て、E組校舎からの山道を降りて行く二人。

「ここ通ると近道なんだよね」

 少し急な斜面。カルマは軽快に進んでゆくが、リンネは慣れていない分斜面に足をとられてふらついている。

「あー、その靴じゃ歩きにくいかもね。つかまれば?」

「ありがとう」

 差し出されたカルマの手を素直にとる。リンネよりも大きな手が頼もしかった。

「手、小さくね?」

「小学生ですから、一応。でも天才だから」

 頬を軽くふくらませてみせる。

「あ、わわっ」

 目線を足元から外したせいで、大きな石を踏んでしまい思いっきり転びそうになった。その瞬間、握られた手がぐっと引かれ、少女は転ぶことなく赤髪の少年の腕の中に収まった。これは、少女マンガでよくあるような抱きしめられている体勢だ。驚きで少女は顔を上げることができないでいた。

「天才なのに、よそ見してるからじゃん」

「だ、だって、こんな危ない道、通ったことないし。ってか、離しなさいよ・・・・・・」

「えー、ほんとは嬉しいんじゃないの? 俺のこと好きなんでしょ」

 いつもの悪巧み顔で、抱いているリンネを軽く見下ろすカルマ。この二人、かなり身長差がある。

「そ、そんなことないし・・・・・・」

 対してリンネは顔を真っ赤に染めながらカルマを見上げた。

「もっと、強く抱きしめてほしい?」

「べ、べべべべつに、興味ない!」

 大きな漆黒の瞳が左右に何度も動き、少女の動揺が見てとれる。

「俺はアンタに興味、あるんだけど」

「な、なによ。天才で聡明なわたしのこと、好きになってくれたってこと?」

「今日一日見てたら、気になってしょうがなくなっちゃったんだよね。・・・・・・アンタの、過去」

「・・・・・・っ!」

 忙しく動いていた瞳が、ピタリと止まる。

 片腕でリンネを放さないまま、カルマは器用にポケットからスマホを取り出し、律を呼び出す。

「律に調べてもらったんだよねー。アンタ、本トは天才でもなんでもないんじゃないの?」

 さっきまで頬は朱色に染まっていたはずなのに、今は恐ろしいほどに白い。ぽっかりと開いた桜色のみずみずしい唇。ハの字に垂れ下がった眉。見開かれた双眸から少女の絶望の色をすぐに見てとることができる。あまりにも、哀れな表情だった。

 カルマが腕の力を抜いた。それと同時に地面にひざを着いて崩れ落ちるリンネ。うな垂れて、顔を上げない。そんな少女を楽しそうに見下ろした。スマホの画面を見せつけながら。

「律、言ってやってよ」

『カルマさん。これは彼女を傷つける発言になると私は判断しますが』

「いいんだよ。律からの方がダメージ強そうじゃん? 機械から告げられるのって、精神的にやられそーじゃん」

 うつむいて動かない少女の指先だけがぴくりと動いた。抵抗する気力は、無いようだ。

「律」

 無慈悲にカルマが告げる。スマホ越しの律の表情が暗くなった。

『はい。宮森輪廻さんは、六歳の冬から七歳の冬まで一年間監禁されていた過去があります』

 律は機械だが、殺せんせーが施したプログラムによって、普通の女子中学生のようなしゃべり方をする。機械とは思えない、感情的な声音を持っている。でも、今は。今だけは、偽りの中学生にだけは無感情で無慈悲な声に聞こえた。

 彼女の小さなこぶしが固く握られた。きっとひらいたときに、手のひらには三日月型に食い込んだ爪あとがくっきり残っているだろう。感情がたかぶってうまく声にならないが、リンネが小さく叫ぶ。

「わた、しはっ・・・・・・、とくべつ、に。特別に、なりたかっ、た・・・・・・の」

 そう言って顔を上げた。彼女の瞳は、大きなみずたまりのようだった。まばたきをしたら一気に溢れそうだ。苦しそうにカルマを見上げる。

「それでも。わたしは、天才よ。わたしは、特別」

 凛とした、声だった。

 

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