「おや、剣丞様。
もしや散歩の途中ですかな?」
清洲の街を歩いていた剣丞は白狼隊の隊舎の前で兵士の一人に声をかけられた。
「ああ、そうだよ。」
「それはちょうど良かった、少し寄っていきませんか?
面白いものが見れますよ?」
「面白いもの?」
「実は先程浪人が入隊を希望してきましてな。
それで彩華様が今入隊試験をしておられるのですよ。」
「へぇ、入隊試験か。
それはちょっと興味あるな。
じゃあお邪魔しようかな。」
「それではご案内いたします。」
そう言って歩き出した兵士のあとを剣丞はついて行った。
少しすると、白狼隊の兵士達が庭をかこうように集まっていた。
剣丞が空いている場所に行くと、そこでは彩華が一人の浪人と立ち会っていた。
しかし、真剣を構えている浪人に対し、彩華が持っているのは木刀だった。
「なぁ、何で彩華は木刀なんだ?」
「白様の配慮ですよ。
・・・何かあってからでわ遅いですしね。」
「いや、あの場合危ないのは彩華じゃないのか?」
「まぁ、見ていればわかりますよ。」
剣丞が視線をうつすと、浪人が彩華に斬りかかっているところであった。
彩華は浪人が何度も振るう刀を軽やかに躱している。
「ハァ・・・ハァ・・・クソっ!」
「どうしました?もうお終いですか?」
「なにを!?」
「その程度で我が隊の門を潜ろうとは・・・ましてや誉れ高き白狼を背負うつもりでいたとは・・・恥を知りなさい。」
「貴様ァ!」
彩華の挑発に激昂した浪人が襲いかかる。
彩華は振るわれた刀を躱し、木刀を振るった。
ボギャ!
激しい打撃音と何かがへし折れる音が合わさり響き渡った。
「ぐがああああああああああ!!」
浪人は叫びながら腕を押さえて膝をついた。
「腕が・・・俺の腕がああああ!!」
見れば浪人の右腕は変な方向に曲がり、一部が紫色に変色している。
彩華が持っていた木刀も、あまりの衝撃でへし折れていた。
医療が発達していないこの時代、剣士としての復帰は不可能であろう。
唯一救いなのは彩華の武器か真剣ではなかったことだ。
もしそうであったなら浪人の腕は斬り飛ばされていた事だろう。
(なるほど、こりゃ真剣持たせるわけにはいかないよな。)
剣丞が納得していると、彩華は折れた木刀を無造作に捨て、ゴミを見るような目で浪人に吐き捨てる。
「不合格です、お引き取りを。
だれか、この御方を医者へ。」
「御意!」
浪人は兵士たちに抱えられて連れていかれた。
その様子を見ていた一人の兵士がつぶやく。
「相変わらずおっかねぇな・・・」
「あぁ、まさに
そのつぶやきが剣丞の耳に届いたと同時に、
彩華が手を2回鳴らす。
「いつまで眺めているつもりですか?
さっさと仕事に戻りなさい。」
彩華の言葉で兵士達は仕事に戻っていった。
「彩華。」
剣丞は彩華近づき声をかける。
「剣丞様いらしていたんですか。」
「あぁ、ここの兵士に面白いものが見れるって聞いてな。
それにしても彩華、何も腕をへし折ることは無かったんじゃないか?」
「不要な腕なので叩き潰したまでです。
あの程度の腕で刀を握るべきではありません。
むしろ戦場に出るなどみすみす死にに行くようなものです。」
「別に強さにこだわらなくてm」
「それではダメなんです。」
剣丞の言葉を鋭い目付きと言葉で黙らせる。
「白狼隊は強くなくてはいけないんです。
そうでなくては何も守れない。
仲間も・・・自分自身も・・・。」
「彩華・・・。」
彩華は深呼吸をして、剣丞に言う。
「剣丞様、少しお話しませんか?」
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剣丞は彩華の部屋に通された。
用意された座布団に座ると彩華が対面に座り、
彩華が茶を立ててくれた。
差し出されたお茶を啜り、床に置いた所で彩華が口を開く。
「剣丞様は、私が強さにこだわる理由が分からないのですね?」
「まぁ・・・ね。
強さを求めるのはいいけど彩華は人一倍固執しているように見える。」
「理由をお話しましょうか?」
「・・・聞かせてくれるかい?」
彩華は茶をひと口啜ると、語り出した。
「私の母、明智光安は明智城の城代をしておりました。」
「城代?」
「はい、城主が何処かへと姿を消した為、我が母が城代の役目を仰せつかったのです。
・・・そして、斎藤義龍の下克上が起きた。」
下克上を果たした義龍は、道三に味方した明智氏を倒すため、明智城へと進撃し圧倒的な戦力で押しつぶした。
「当時幼かった私は、母に命じられるままに裏口から逃げるしかありませんでした。
大切な仲間達が戦っているのに・・・私は逃げるしかできなかった。」
その後、道三の息子である斎藤龍海直筆の書状を持って、彩華は織田へと降ったのであった。
それから彩華は無我夢中で剣の修行に励んだ。
何も出来なかった悔しさを胸に、強くなるため自らを鍛え抜いたのだ。
「私が影でなんと言われているかわ知っています。
でも、少しでも生存率が上がるなら私は鬼と呼ばれてもいい。
仲間を・・・家族を二度と失いたくはないのです。
それは私だけでは無い、白様の願いでもあるのです。」
話し終わると彩華は剣丞に頭を下げた。
「長々と話してしまい、申し訳ありませんでした。」
その言葉に剣丞は首を横に振る。
「いや、彩華のことがよく知れてよかったよ。
彩華が強さにこだわる理由も・・・彩華が優しいってことも。」
「私が優しい・・・ですか。」
「彩華は誰にも死んで欲しくないから、生きてて欲しいから、その為に皆を鍛えてるんだろ?
それが優しさじゃないならなんだって言うんだよ。」
剣丞は彩華にニッコリと微笑んでいう。
「彩華の厳しさの根源は優しさだ。
それは・・・とっても素敵なことだと思うよ。」
その言葉にしばしの沈黙がながれた。
「・・・そうですか・・・ならこれからわたしが剣丞様に説教をするのも優しさということで受け入れて頂けますね?」
「・・・え?」
ポカンとする剣丞に彩華はニッコリと微笑んでいう。
「ころや白様から聞くところによると、剣丞様には度々危険な行動が見受けられます。
その事について、お話をしてもよろしいですね。」
「え!?ちょっ・・・えっと・・・はい。」
観念した剣丞に彩華は説教を始めた。
その頬が微かに染まっていることに、剣丞は気づくことがなかった。