「ん?なんだ?」
城下を散歩していた剣丞が白獅子隊の長屋を通りかかると、兵士達が慌ただしく動いていた。
「お、剣丞じゃねぇか。」
疾風が剣丞に気づいて駆け寄ってきた。
疾風の身長は姉の白と同じく150cmと低めで、剣丞の近くに寄ると必然的に見上げてしまう。
その様子が戦っている時の勇ましさとのギャップで可愛らしく見えてしまい、剣丞の頬が緩む。
「どうしたんだよ。こんな所で。」
「散歩の途中で通りかかったんだよ。
随分忙しそうだけど何かあったのか?」
「あぁ、今日は捕物があるからな。
みんなでその準備をしてんだよ。」
「捕物?誰か捕まえるの?」
「あぁ、最近町で若い娘が行方不明になっててな。
その犯人のアジトを見つけたからそこにカチコミかけんだよ。」
白獅子隊の役目は国の治安を守る事である。
とはいえ主な相手は不貞を働く暴漢や喧嘩している酔っぱらいなどであるが、それ故にこのような捕物も任されることもある。
ちなみに、白獅子隊でも手を焼く相手の場合は漏れなく白狼隊のお世話になることになる。
「この間の戦で何人か怪我人が出てな、
それもあって余計忙しいんだよ。」
「なるほどな・・・人手が足りないなら手伝おうか?」
「え?良いのか?」
「うん、今日は特にやることもないしな。」
「そりゃ助かる!
それじゃあ今から出撃前の集会があるから行こうぜ。」
「ああ。
そうだ疾風、ちょっと気になってたんだけど・・・服新しくなった?」
「ん?あぁ、姉ちゃんも新しいのに替えてたからな。
俺も新調したんだよ。」
疾風の服装は肘まである半袖の白い服の上から白い胸当てを装着し、
下は動きやすいように短めのスカートのようになっていた。
剣丞が気になったのは、両腕の袖から出ている部分から手首、
そして、太股から足首まで巻かれている包帯だった。
別に、新調してから巻き始めたという訳では無い。
初めて出会った夜から、疾風は今と同じように包帯を巻いていた。
「なぁ、前から気になってたんだけどさ、その包帯ってなんで巻いてるんだ?」
剣丞に指摘されると疾風はあからさまに嫌そうな顔をする。
「これはその・・・ファッションだよファッション。
かっこいいだろ。」
「・・・そっか。」
明らかにごまかすための言葉だが、本人が語りたがらないことを無理やり喋らす剣丞ではない。
と言うより、これ以上問いただすと疾風の御家流(という名の無双奥義)でこんがりとウェルダンに焼き上げられてしまいかねないので剣丞はこれ以上聞くのをやめた。
#####
「あれー、剣丞くんどうしたの?」
剣丞が白獅子隊長屋の広間に着くと、そこには雛が居た。
「通りかかったついでに手伝おうと思ってさ。
雛こそどうしたの?」
「いやぁ、穴を埋めるために呼び出されちゃってさぁ。」
「副隊長も大変だな。」
雛が白獅子隊の副隊長に就任したのは墨俣城築城の後、疾風は気のあった雛に副隊長にならないかと打診し、それを雛も二つ返事で了承した。
剣丞が滝川衆と兼任で大丈夫かと訪ねたところ。
「疾風ちゃん一人にしたらすぐ無茶しちゃうからねぇ。」と言っていたのは剣丞と雛だけの秘密である。
「まぁ、私の場合本業は滝川衆だけどね。
こっちはお飾りみたいなものだよ。」
「それでも助かってるよ。
ありがとな、雛。」
「むふふー、お礼は疾風ちゃんの美味しい手料理だけでいいよ〜。」
「あはは、任せろ。」
疾風が雛と夫婦のような会話をしていると兵士達が10人ほど集まってきた。
全員が揃うと、疾風は兵士達の正面に立つ。
疾風の右に雛、左に剣丞が立っている。
「お前ら、聞いてるとは思うが監査の山崎が最近起きてる若い女ばかりを狙ったら人さらい、
これの下手人のアジトを突き止めた。
山崎、説明しろ。」
「へい。」
山崎と呼ばれた男が語り出す。
「行方しれずになった娘達は皆、ある旅籠で女中として働いていやした。
そこで、その旅籠に下働きとして忍び込みやした。
んでもって、旅籠の中色々探ってたら地下室を見つけやした。」
「地下室?」
「へい、物置の奥に普段は荷で塞がれてやがるんですが扉がありまして、そこが入口です。
それで地下に潜り込んだんですが・・・当たりでしたよ。
牢屋に娘たちが閉じ込められていやした。
可哀想に震えてやしたよ。」
白獅子隊の1人が、指を鳴らしながら怒りをあらわにして言う。
「許せねぇ・・・ただじゃおかねぇぞ畜生が。」
ほかの兵士も皆思いは同じようで、口々に言葉を荒らげている。
そんな兵士達に疾風は鋭く睨んで言い聞かせる。
「お前ら、間違っても斬ったりするんじゃねぇぞ。
俺達の仕事は下手人を捕らえることだ。
沙汰を下すのはあくまで殿、それを肝に銘じておけ。」
『押忍!』
兵士達返事をすると疾風は全員に向かって叫ぶ。
「それではこれより出撃する。
皆、おのが務めを全うせよ。」
そう言って疾風は歩いていき、その後に兵士達が続き、剣丞も付いていった。
#####
件の旅籠は街の中心部にあった。
そのためか、その前に集結する白獅子隊の姿は嫌でも目を引いた。
「いくぞ。」
疾風の言葉とともに全員が旅館の中へと入る。
予期せぬ乱入者に店内の客は怯えていた。
「店主はいるか!」
疾風が叫ぶと、一人の男が手ごねをしながら媚びるような笑顔で疾風たちの前へやって来た。
「これはこれは白獅子隊の皆様。
どのようなご要件でしょうか。」
「随分と儲かってる見てぇだなぁ大将。」
「えぇ、これも白獅子隊の皆様のお陰でございます。
街が安全なおかけでワシらのような者も安心して商売ができるというものでございます。」
「ふぅん。」
相手の社交辞令100%の言葉に疾風が興味なさげに返事をする。
「そんなこと言って、あくどい事やってんじゃねぇか?」
「滅相もない、ウチはただの旅籠でございますよ。」
「最近の旅籠は給仕に刀もたせんのか?
おかしな時代になったもんだなぁ。」
疾風がそう言って笑うと、後ろに控えている兵士達も大声で笑う。
「・・・なにが言いてぇんですか?」
それの質問に答えたのは疾風ではなく雛だった。
「これだけ大きいと色々隠してそうだよねぇ。
例えば・・・秘密の地下室とか。」
「な!?」
動揺した店主を疾風は鋭く睨みつける。
「ネタは上がってんだ!
ジタバタしねぇほうが身のためだぞ!」
「クソ!殺れ!野郎共!」
そう言うと店主の前に刀を構えた男達が集まり、疾風たちに襲いかかる。
白獅子隊の兵士がこれに反撃する。
「半分は残ってる客の安全を確保して外へ誘導しろ!
もう半分は俺と一緒に敵の迎撃!店主以外は斬っちまって構わねぇ!」
『応!』
「剣丞!お前は避難誘導に廻ってくれ!」
「分かった!」
「私は疾風ちゃんについて行くよ!」
「応!背中は任せたぜ!雛!」
剣丞階段を駆け上がりながら客に向かって叫ぶ。
「みんな落ち着いて!押さないでゆっくり逃げるんだ!」
「きゃー!」
悲鳴の聞こえた方へ目をやると、男が一人の女性に斬り掛かろうとしていた。
剣丞は女性をかばうように前に出ると、男の刀を弾いて足払いをする。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
男は階段に向かってこけて、そのまま下まで転がり気絶した。
「・・・なんか池田屋事件みたいだな。」
そんなことを心の中で思いながらも、剣丞は避難誘導を続けた。
そして全ての客が外に出たところで疾風に報告する。
「疾風!客は全部避難させたぞ!」
「おう、こっちももうすぐ片付く!」
「あとは店主だけだよ!疾風ちゃん!」
疾風は雛と剣丞、そして兵士を連れて店主が逃げ込んだ部屋の前まで行く。
そして全員に目配せをすると、扉を蹴破った。
「神妙にしやがれ!」
バァン!
・・・それは一瞬の出来事だった。
耳に響く破裂音。
煙を出している火縄銃を構えた店主。
そして・・・後ろに倒れる疾風の体。
「疾風!」
剣丞は急いで駆け出し、疾風の体を支える。
「クソ!」
店主は急いで床においてあった火縄を構えようとする・・・が。
「ぐはっ!?」
一瞬で接近してきた雛に側頭部を蹴り飛ばされ、一撃で昏倒する。
「疾風!大丈夫か!」
剣丞は自分の腕の中で、腕を抑えている疾風に問いかける。
「・・・掠っただけだ、心配ねぇ。」
確かに命中はしていないようだが、腕からは血が流れていた。
腕に巻かれていた包帯は敗れて解け、隠されていた素肌の一部が露になる。
「!!」
雛と剣丞は思わず驚愕する。
そこには、無数の傷跡があった。
切り傷、刺傷、弓や銃弾のあと。
それを隠すように疾風は手で覆う。
「・・・疾風。」
声をかけようとする剣丞の肩に雛が手を置き、
静かに首を横に振る。
疾風は無言で立ち上がる。
「おい、誰でもいいからそいつをふん縛っとけ。」
「へ・・・へい!」
兵士の1人が気絶している店主を縄で縛る。
疾風はその後も何事も無かったかのように、指示を飛ばした。
#####
「やっほ。」
旅館の外に出ると、白が部下を二人連れて出迎えてくれた。
「あれ?白、どうしたんだよ。」
「下手人を回収しに来たんだよ、
いろいろと
「そ・・・そっか。」
そのお話の内容を、剣丞は聞けなかった。
「・・・姉貴。」
怪我をした腕を抑えて疾風が出てきた。
「あれ、疾風。
また怪我したの?」
「ちょっとヘマしちまってな。
それでその・・・手当してほしいんだけど。」
「・・・剣丞。」
白は何かの容器を剣丞に投げ渡す。
「それ傷薬。
私の代わりに疾風の治療よろしく。」
「な・・・なんでだよ姉ちゃん!」
姉の対応に疾風は抗議の声を上げる。
「私も仕事で忙しいの。
それに疾風も『それ』そろそろ私以外にも見せれるようにならなきゃダメだよ。
じゃ、そういう事でよろしくね剣丞。
くれぐれも自分でさせないようにね。
疾風下手だから。」
「ああ、分かった。」
白は疾風のことを剣丞に託し、下手人である店主を連れて去っていった。
#####
「まったく意地が悪いですなぁ、白様は。
怪我の手当ぐらいして差し上げてもいいのでは?」
部下が漏らした言葉に、白は小さく笑みを作って答える。
「あんまり甘やかすのもあの子のためにならないからね。
これも妹のためだよ。」
「ははは、妹思いですなぁ。」
「そりゃそうだよ。」
白は部下達の方を振り返って、笑顔で言う。
「たった一人の可愛い妹だからね。」
「それ、本人の前で言えばいいんじゃないですか?」
「無理、恥ずかしすぎて切腹しちゃう。」
「めんどくさい姉妹ですなぁ。」
#####
長屋に戻ると剣丞は、疾風の手を引いて縁側に座らせる。
本気で抵抗すれば逃げることも出来るだろうが、剣丞に怪我をさせてしまうことを恐れ疾風は大人しく従う。
剣丞は包帯を持ってきて、懐から白から預かった傷薬を取り出す。
「それじゃあ疾風、まずは残ってる包帯を解くぞ?」
「い・・・嫌だ・・・。」
「疾風。」
剣丞は言い聞かせるように疾風の目を見つめる。
疾風は観念して怪我をした右手を差し出す。
剣丞はその手を取ると、包帯を解いていく。
やがて右手を覆っていた包帯がすべて解けると、やはりそこには無数の傷があった。
剣丞は何も言わず今日出来た怪我に傷薬を塗る。
その間も疾風はなにかに怯えるような顔をしていた。
「・・・誰も疾風を怖がったりしないよ?」
「・・・」
疾風が何に怯えているのか、勘のいい剣丞は察しがついていた。
剣丞の言葉に、疾風の肩の力が抜ける。
「・・・俺さ、姉ちゃんみたくうまく戦えねぇから。
嫌でも体に傷が残るんだよ。
それで立ち寄った街で怖がられたりしてさ、
それが嫌だったんだよ。」
「だから包帯で傷跡をかくしてるって訳か。」
剣丞の言葉に疾風は頷く。
白が1人でも平気な『狼』だとしたら、
疾風は『獅子』。
孤独な狼とは違い、群れをなす獅子にとって、
仲間から恐れられ、距離を取られるほど辛いことはないだろう
「確かに最初はびっくりしたけど、
この傷は疾風が今まで戦ってきた証だろ?
そう思えば怖くなんかない、むしろ・・・とっても綺麗だよ。」
そう言って剣丞が微笑むと、疾風は顔を赤くして俯く。
「あ・・・ありが・・・とう////」
そう呟いた疾風の頭を、剣丞は優しく撫でた。
「な!何すんだ!」
「いやぁ、可愛くてつい。」
「そ・・・そんな理由で撫でんな!バカ!////」
「あはは、かわいいなぁ疾風は。」
「撫でんなっての!いい加減殴るぞ!」
その後、様子を見に来た雛が現れるまで疾風は剣丞にからかわれ続けた。