月の灯りが照らす中、地を駆ける一つの影…彼らは目にも留まらぬスピードで次々と敵をねじ伏せていく。
「……complete」
彼はあらかたの敵を排除し終えると鮮血に染まった手を特に気にすることもなく着崩した服を着直す。
「ご苦労様でした」
「…着替えある?」
「車内に用意しておりますので本邸に戻る間にお着替えください」
「ん」
果たして返事なのかよくわからない一言を返し車に乗り込む。
先ほど服に血がついたのを気にしなかったのは用意されていると分かっていたのだろう。
「少し寝る」
「一時間ほどでお着きになりますのでそれまでごゆっくりどうぞ」
「ん」
どうやらこの「ん」というのは彼独特の返事と受け取っていいようだ。対応している老人もそこをよくわきまえている様子である。
「…疲れた」
そう一言こぼして彼は眠りに着いた…
×××
「到着致しました。奥様方がお待ちですので書斎の方へ」
「ん」
車に乗っている間に腰に違和感を覚えたのか念入りに背中を伸ばし首あたりを抑えながらグルッと回転させた。
「…入るよ」
「ええ」
軽くノックをして了解を得てから彼は部屋の扉を開けてゆっくりと奥に入った。
「おかえりなさい夜矢」
「ご苦労様でした夜矢さん」
「ん…ただいま」
彼の前にいるのは日本の魔法師界の頂点に座する十師族、その中の四葉家当主である四葉 真夜とその姉にあたる四葉 深夜だ。
つまりその真夜を母さんと呼んだということは夜矢は何かしら四葉と深い関わりがあるのだろう。
「今回の件についての処理は葉山さんに任せてありますからもう仕事はありません」
「ん」
「夜矢さんも座って一緒にお茶しましょ今日はダージリンよ」
「ストレート?」
「ええ。葉山さんが淹れてくれたから多分そうよ」
「貰う」
神夜は二人に誘われ断ることなく空いている椅子に腰をかける。彼は紅茶にはこだわるタイプなのだがそこは長年の経験を持つ葉山がしっかりとフォローしているようだ。
「さすが葉山さん。分かってる」
「そうね。葉山さんは素晴らしい執事よ」
「当然」
神夜は静かに紅茶を飲み干し身体の力を抜いて疲れを癒す。
「フワァ〜…眠いな」
「最近寝るのが遅いようだけど受験勉強でもしているの?」
「いいや別にしてない。最近は達也と体術の訓練してるから遅いだけ」
「通りで最近達也と深雪さんの帰りが遅いわけね」
少し呆れた感じはあれど深夜がそれを本気で辞めさせたいと思っていないことは二人ともよく知っている。
深夜自身過去の過ちを悔いて今は達也にも深雪と同様に愛情を注いでいるのだ。
「それにしても心配ね…筆記の方は私の息子だし当然余裕だと思うのだけど…どうしても実技の方は…」
「達也なら大丈夫。あいつは俺が唯一認めたライバルだから」
「っ…そうね。夜矢さんがそう言うならきっと大丈夫よね」
神夜から真っ直ぐな瞳を向けられ深夜は自分が息子を信じてあげないでどうするのと思い優しく微笑んだ。
「姉さん…過去のことを水に流すことなんてできないけれど取り戻すことはできるのよ」
「そのくらいわかってるわよ…達也にはこれからもっとたくさんのことをしてあげたいわ…でも失ってしまったものはもう…」
「それも俺がなんとかできるよ」
「えっ…」
軽く身体を起こし立ち上がる夜矢に二人の視線が集中する。
それほどまでに今の発言は大きな意味をもたらした。
「達也の感情についてだけど俺の力でどうにかなると思う。全部とはいかないけど少しずつだけどね」
夜矢は驚いた顔で硬直している二人を尻目にドンドンと話を進めていく。深夜が彼から奪ってしまったもの…取り返しのつかないものだった物への僅かな希望…それを夜矢は見出したのだ。
「俺の精神干渉魔法を使って深雪に向きすぎている愛情の割合を分布する…例えばそれを十とした時に五に減らすことによって残り五の空白ができる」
「その空白に達也の感情が?」
「うん。俺の得意魔法は《他人の感情の操作》を主とする物だからね」
四葉家の人間は精神干渉魔法と呼ばれる魔法に強い適性を示す。その中でも夜矢は歴代の当主よりも強い適性を持ち異端性も高いのだ。
「…そう。よかった…あの子にも普通の人として過ごさせてあげれるのね」
「姉さん…」
深夜の頰を数滴の水が流れる。
真夜はそれ以上は何も言わずに自分の姉を後ろからそっと抱きしめた。
「ん?…達也?」
「ああ。叔母上、母上。入ってもよろしいでしょうか?」
「……ええ。いいわよ」
深夜は自分の息子には見せまいと目尻をハンカチで拭った。しかしどうやら達也は若干赤くなっている目元に気づいたようだ。
「…達也」
「…わかった」
夜矢が首を横に振ってそれ以上触れてはいけないと伝えると達也は理由はきになるところだが視線を戻した。
「それでどうしたのかしら?」
「夜矢が帰ってきていると聞いたのでどこにいるのかを聞きに来たのですが…その必要はなかったようですね」
「ん…そうだな」
夜矢がさりげなく時計を確認するといつもなら達也と体術の訓練を開始している時間だった。
「叔母上、母上。まだ用が済んでいないようならまた出直します」
「あっちょっとお待ちなさいな達也さん」
「?」
背を向けて退出しようとする達也を真夜が呼び止める。どうやらあのことを話すらしい。
「俺の感情が…?」
「俺ならできる」
達也は話を聞いた上でこの人たちは何を言っているんだと呆れたそうになっていたが夜矢の真剣な眼差しに希望を見ていた。
「信じるか信じないかの判断は任せる」
「夜矢…」
達也は夜矢の技量を信用していないわけではない。むしろ尊敬すらするほどのものなのだ、信用しているに決まっている。
だからこそ達也は迷っていた…失った物は取り戻せない。彼はそれを幼い頃に知り受け入れてきた。しかしそれが今になって取り戻せるというのは話がうますぎると勘繰っていたのだ。
「確信はあるのか?」
「今日確認した。幸いモルモットは沢山いたから」
「…お前はサラッと凄いことを言うな」
夜矢はなんの躊躇もなく言い放ったが犯罪者とはいえ流石にモルモットは言い過ぎだろうと関係ないことを達也は考えていた。
「……信じてもいいのか?」
達也はゆっくりと重たい口を開いた。
それに対し夜矢は無言で達也の目を見据えながら力強くうなづいた。
「…頼む。お前を信じよう」
「うん。俺に任せなさい!」
夜矢は胸をポンと叩き自信満々な笑みを浮かべる。親二人は先ほどから心配そんな目を向けている。例え判断を二人に任せることにしたといえど心配なのが親心だ。
「…それじゃあ目を閉じてくれ。今からお前の兄妹愛の分布を広げて他の感情に割り振る」
「…ああ」
達也が目を瞑ったのを確認して夜矢は達也の頭あたりに手を差し出し魔法を発動する。
その途端夜矢のサイオンが溢れ出し六枚の翼のような形を作り達也を包み込みこんだ。真夜と深夜は不覚にもその光景に見惚れた。
「…」
そしてそれが徐々に治まってきて夜やの手がスルリと落ちその場にへたり込む。
「夜矢!」
自分の息子が座り込んだのを見て真夜がドレスにも関わらず相当な速度で駆け寄る。
夜矢は差し出された手を制して達也の方を向いた。
「気分はどう?」
「…なんだか少し…スッキリした…何か重たいものが降りた感じだ」
「きっと成功してるよ」
達也はその言葉にああと端的に答えしみじみと今の状態を確認する。
完全にそうかと言われれば微妙なところだが達也は確かに何かが変わったことを理解していた。
「達也!」
そんな達也のどこかスッキリしたような表情を見た深夜は思わず駆け寄り達也を抱きしめた。
「…ごめんなさいね…本当にごめんなさい」
深夜は達也にひたすら謝り続ける。これまで溜め込んできたものが溢れ出たかのように深夜は格好など気にしないで涙を流した。
「母上…いえ母さん」
「え?」
「まだよくわからない状況ですが…俺は別に母さんを恨んでない…それだけはなんだかはっきりとわかります」
「っっ‼︎」
深夜が見たのは今までに向けられたことがない彼が妹だけに見せる優しい笑みしていることに気がつきいよいよ涙が止まらなくなったのかしゃがみこんで顔を塞いだ。
「…ありがとう夜矢は…まだあまり実感はないが…なにか変わった気がしないでもない」
「ん…よかった」
達也はゆっくりと母親を抱きしめ今までになかったものが自分に芽生えたことを知った。
それを見た真夜もなんだか急に自分の息子を抱きしめたくなったのか満足気な笑みを浮かべている夜矢をそっと抱き締めた。