達也への処置が終わり数日が過ぎた。
夜矢は無事入試を乗り越え国立魔法科大学付属第一高校への進学を決めていた。
「…スゥ…スゥ」
鳥がさえずる中夜矢はベッドの上に体を放り出しだらしなく眠っている。その横には母親である真夜が母親らしい暖かい目でその寝顔を見ていた。
「随分と…立派になったのね」
ふわりと優しく夜矢の自分と同じ漆黒のような髪を撫でる。夜矢の寝つきは深いためその程度では反応すらしないようだ。
「…ふふ。私に似たのかしらね。とても綺麗な顔立ち」
夜矢のことを綺麗といったのは彼がいかなり中性的な顔をしているからだろう。切れ長のまつ毛にしっとりとした口元、日本人離れした白い肌はさらさらしている。
「ん…母さん?」
「あら、ごめんなさい。起こしてしまったようね」
「ん…流石に顔を触られればわかる」
どうやら真夜は無意識のうちにその顔に触れてたらしい。髪に触れられても起きないのにと思った真夜だったが夜矢なりになにか枠組みが取られているのだろうと考えてそれ以上は触れなかった。
「ねぇ夜矢」
「ん?」
「今日は二人でゆっくりしましょう」
「ん…ここに居られるのもあと少しだしね」
真夜の提案は夜矢にとって予想の範囲内だった。まして朝から母が自分の部屋にいる理由はそれしか思いつかなかった。
「学校が始まってもたまには顔を出しなさいな。急にいなくなったら寂しいわ」
「ん…たまに帰ってくるよ」
「ありがとう夜矢」
まだだらしなく崩れている髪に指を通しながら夜矢がうなづくと真夜は満足そうに笑顔を見せた。
「あっでも連絡は毎週してくださいな」
「えっ…本気?」
「ええ」
少し茶目っ気を見せた真夜は全くもって年齢を感じさせないほど美しいという言葉が適切だなぁと夜矢に思わせた。
「それで今日は何するの?」
「そうね…まずはいつも通りお茶しましょうか」
「異議なし」
夜矢の了解を得て真夜はいつも二人だけでお茶をするときに使用する庭の机に向かう。
道中葉山に紅茶を用意してくださいと頼み二人は今それを待っている形だ。
「最近体術の方はどう?」
「自分では成長してると思うけど達也と戦うと自信なくす…まだまだ達也には勝てそうにない」
「貴方と達也さんでは始めた時期に差があるものね。頑張りなさいな」
「ん…いつかは負かす」
息子の決意を聞き真夜が励ますような視線を見せると夜矢は軽く笑みを浮かべた。
「奥様、夜矢様。紅茶が入りました」
「ん…サンキュー葉山さん」
「恐縮です」
葉山はティーカップに紅茶を注ぐと親子水入らずの時間を邪魔しないように静かに立ち去った。
「美味い」
「そうね。流石葉山さんだわ」
その紅茶の出来に二人は満足そうだ。
香りを楽しみ少し時間が経ったところで真夜が口を開いた。
「そいえば貴方にお見合いの話を持ってこようと思うのだけれど、どうかしら?」
「お見合い?いやいいよ。面倒くさいし」
「貴方ならそういうと思ったわ。でも四葉家を最終的に継ぐつもりなのならそのあたりは気にかけておいてね」
「ん…」
真夜は今までも何度かこうして夜矢にお見合いの話を持ちかけたことがあるのだが興味がないのか夜矢は一度も首を縦に振ったことがない。
「それにしても貴方は随分と恋愛感情というものに疎いわね…貴方の特異魔法の反作用かしら」
「俺の《
「そうだといいのだけれど」
《
しかし二人の会話内容からするとこれは何らかの能力と推定される。
「さて…親子水入らずとは言ったもののこうしてみると案外話すことも少ないわね」
「ん…でも俺はこんな時間も嫌いじゃない」
「ふふ。そうね…私も嫌いじゃないわ」
夜矢の言葉に共感を得た真夜は淑女的な笑みを浮かべた。夜矢は照れくさいのか紅茶を啜っている。
「夜矢」
「ん?」
「頑張りなさいな」
「ん…もちのろんです」
「なにかしらそれは?」
自分の息子のわけわからない言葉に若干呆れた様子を見せたがまるで何時もの通りなのか真夜にさほど気にした様子はない。
それから二人は特段会話をしたわけではないが充実感がある時間を過ごし一日を終えた。
×××
四月…桜の花が咲き誇る。新たな出会いの場…国立魔法科大学付属第一高校入学式が幕を開けようとしていた。
「納得いきません!」
そんな中凛とした声が人目を気にせずに校舎前で鳴り響いた。
「何故達也お兄様が補欠なのですか⁉︎入試だってトップの成績だったじゃありませんか‼︎それに何で私が主席で夜矢お兄様が次席なのですか⁉︎」
「まだ言うか深雪…何とか言ってくれ夜矢」
「ん…深雪。俺は答辞なんて面倒なことはしたくなかったので深雪の取れそうな点数を予想してそれより少し下を狙った、OK?」
「OK?じゃありません!なにやってるんですか‼︎」
「よし!……後は任せたぞ達也」
「…余計に悪化してないか?」
夜矢は怒りを収めようと何とかしてみたが逆に火に油を注ぐ結果に終わった。達也は呆れたようなまたまぁ当然かと思いながら深雪を宥めにかかった。
「ここは魔法科高校。ペーパーテストより実技が優先させるのは当然だ。俺の実技能力じゃ二科生とはいえよく合格できたと思ってるんだがね」
「達也お兄様ったら!勉学も体術も達也お兄様に勝てる者などおりませんのに!魔法だって本当なら…ひゃっ!」
「それ以上はダメだよ深雪」
「っ!…すみませんでした」
深雪はこれ以上は口にしてはならないことを言いかけた。結果的に夜矢は深雪の暴走を止めたのだが女子高生の横腹を触るなど親戚同士でなければ即刻然るべき場所に放り出されただろう。
「いい?達也も俺も深雪の晴れ舞台を見たいんだ。それだけお前のことを“思っている”んだよ。ねっ達也」
「ああ。お前は何時も俺のために怒ってくれる。それと同じくらい俺も深雪のことを“思っている”んだよ」
「そ、そんなお二人とも“想っている”だなんて」
その時二人は言葉のニュアンスに若干の違和感を覚えたが追求することはなかった。
「わかりました。お兄様方。深雪の晴れ姿…しっかりと見ていてくださいね!」
「ああ。二人でしっかりと見せてもらうよ」
「ん…頑張れ」
深雪は振り向きざまに一度手を振り階段を上っていった。ここから先は夜矢も達也もしばらく時間がある。
「どうする?積もる話もあるだろうしベンチにでも座るか?」
「ん…異議なしところで達也」
「なんだ?」
「なんで俺もお兄様?」
「本人に聞けばいいだろ…」
達也は軽く溜息を零し近くにあったベンチに腰をかける。夜矢もその隣に腰を下ろした。
「だったら達也は俺のお兄様?」
「その話題を引っ張るのか?」
「んーいや」
「そうか」
達也はひとしきりの流れを終えて手元の端末に目を下ろす。夜矢も満足したのか端末を取り出した。
「ねぇ達也」
「どうした?」
「あれから調子どう?今は司波邸で深夜さんと暮らしてるんでしょ?」
「ああ…まぁ大変なのに変わりは無いな」
達也の疲れたような顔を見て夜矢は大体のことを察した。おそらくではあるが今までの分も深夜が達也のことをかまっているのだろうが達也にとってはありがた迷惑というやつだ。
「あの時のこと後悔してない?……ごめん失言だった」
「別に構わない。お前のおかげで新しいことに触れられているわけだからな」
「やっぱりちょっと変わったね達也は」
「そうか?しかしお前が言うんだからそうなんだろうな…お前は人の変化に敏感すぎる」
夜矢は達也のその意味深な言葉に無言の笑みを浮かべた。達也にはそれが肯定の意味であることが直感的にわかった。
「話は変わるが最近無理して色々している影響か最近母さんの体調がすぐれないようなんだ…頼めるか?」
「ん…今日にでも行く」
本来ならその程度でわざわざと思うかもしれないが深夜の場合は特別だ。彼女は二十歳までの過酷な活動により身体を壊していた。三年前の沖縄海戦により深手を負い達也の魔法で助けられそれから身体が衰退していくようになった。しかし夜矢によってそれは治まってきている。今でも定期的に夜矢は処置を行っているようだ。
「そろそろ時間だな」
「ん…行こ」
夜矢があまり急いでるようには見えない仕草でゆっくりと立ち上がる。
「新入生ですね?そろそろ会場に向かったほうがいいですよ」
「すいませんすぐ行きま…⁉︎」
達也は顔を上げる途中で話しかけてきた生徒の腕に着いているものに目がいった。
「CAD?…生徒会の人?」
「あっ!名乗ってませんでしたね。ごめんなさい。私は第一高校生徒会長七草 真由美です」
CADとは魔法を発動するための起動式を魔法師に提供する現代魔法師の必須ツールであり校内での常時携帯が許されているのは一部の人間だけである。
そのため夜矢が初対面にも関わらず目の前の女子生徒の事を何者か把握することができたのだ。
「天束 夜矢です。それでこっちが」
「司波 達也です」
「えっ⁉︎あなたたちが“あの”天束くんと司波くん⁉︎」
この時達也の脳内には負のイメージが浮かんだ。夜矢はそれをなんとなく察しながら目を真由美に向ける。
「差し支えなければ“あの”の説明、お願いできますか?」
「ええ。天束くんは総代の司波 深雪さんに続いての次席、それも僅差のね。そして司波くんは前代未聞の筆記試験平均96点!先生たちも大騒ぎだったのよ」
ずいっと達也に近づいて力説する彼女に若干の苦手意識を感じた達也はその空気を変えようとする。
しかしそれは失敗に終わった。達也の変化を感じ取った夜矢のほうが先手を打ったのだ。
「ですよね〜確かに実技ができないとここの評価はあれですが実力と言ってもひとえには言い切れませんからね」
「そうなのよ!私もあんな高得点取れないわ!本当にすごいことなのよ司波くん!」
「は、はぁ…ありがとうございます」
夜矢のうまい口車に乗せられ真由美は一人ヒートアップしていく。達也もさすがにここまでされては対応のしようがなかった。
「引き止めてごめんなさいね。会場はあっちよ」
「はい。失礼します。行こ達也」
「ああ。失礼します」
夜矢と達也は丁寧に一礼して真由美の横を通り過ぎた。その時チラリと真由美が達也を見たことを二人は気付かなかった…
「いい人そうだったね」
「そうか?俺には深雪に近いものを感じたけどな」
「なにそれ。深雪が猫かぶりだとでも言いたいわけ?」
「さぁな」
「まぁ…否定はしない」
あの短い間で夜矢も達也も真由美の表情に裏があることをなんとなくだが嗅ぎ取っていた。それを深雪に近いものと言ったことに対し夜矢は苦笑いを浮かべていた。
(お兄様方が見てくださるんだもの…完璧にこなしてみせます!)
二人がそんなことを言っているとはつゆ知らず深雪は密かに気合を入れていた。
×××
「うわぁ…あからさまだね」
「ここまで綺麗に分かれていると感心するな」
「もっとも差別意識があるのは差別されているものである…だね」
「奇遇だな。俺も同じことを思った」
夜矢と達也は会場席の上あたりである光景を目にした。それは前半分が一科生、後ろが二科生に分かれているという差別を表しているものだ。
「まぁ俺たちが気にすることでもないよ」
「いや……言っても無駄か」
「おっ空いてんじゃん。どしたん?」
「何でもない」
達也が一つ奥の席に腰をかけ通路側に夜矢が座った。
「あのう…隣空いてますか?」
達也は隣の席が空いていることを確認して夜矢を見る。夜矢は特に断る必要もないので頷いた。
「どうぞ」
「良かったー!一緒に座れるね!」
「⁉︎」
達也が手で促すと突然その黒髪の女子生徒の後ろからいかにも活発そうな女子生徒が飛びついた。
「ありがとうございます。あの私柴田 美月っていいます。よろしくお願いします」
「司波 達也です。こちらこそ」
「あたし千葉 エリカ!よろしくね司波くん!それとそっちは……あ」
「一科生の方ですか?」
自己紹介を済ました二人の視線は達也の横に座っているかなり目立つ容姿をしている夜矢に向いた。
二人は肩のエンブレムを見た途端に気まずそうに顔を歪めた。
「俺は天束 夜矢。達也とは従兄弟?になる…も思う」
「と思うじゃなくて従兄弟であってるぞ。夜矢は基本的には能天気なところがあるんだ。気軽に話しかけて大丈夫だ」
「ん…よろしく」
達也のフォローと夜矢の短い挨拶にエリカと美月はホッとした様子を見せて笑顔を向けた。
『それではこれより第一高校入学式を始めます』
会場内にアナウンスが流れ生徒たちが水を打ったように静かになる。
入学式は校長、生徒会長挨拶と順調に進みいよいよ答辞となった。
『続きまして新入生答辞。新入生代表司波 深雪』
深雪の名が呼ばれ夜矢と達也は会場内の視線を一身に浴びながら可憐に立ち回る深雪を眺めていた。
『この晴れの日に歓迎のお言葉を頂きまして感謝いたします。私は、新入生を代表し、第一高校の一員としての誇りを持ち、皆等しく! 勉学に励み、魔法以外でも共に学びこの学び舎で成長する事を誓います』
この答辞に達也は焦りを覚え周りを確認する。今の挨拶には選民意識に強い一科生を刺激しそうなワードも含まれていたが深雪の容姿に惹かれあまり内容は聞かれていないのが幸いだった。
「……愛されてるな」
「…ああ」
夜矢の見透かすようなつぶやきに達也は少し間をおいてうなづいた。