戦慄の宮へ入ってから凡そ四十分。
出口まで二十メートルと書かれた看板の前で俺は脳内会議を繰り広げていた。
議題は勿論…………
「……ぐすっ……ひっく…………」
抱きかかえる俺のシャツにしがみついて泣きじゃくる少女、白雪をどうするかである。
ー据え膳食わぬは男の恥だ!
ー違うだろバカ、どうやって白雪を落ち着かせるかっつう話だ。
ーそんな急を要する事もあるまい?
ーこの状態で出ていって大丈夫なら入る前に他言無用なんて言わないだろ?
ーならばその唇を塞いでやればいい。
ーお前は少し黙ってろ。
ーとりまそこのスタイリッシュな自殺志願者はスルーして真面目に考えようぜ?
ーそれなら頭を撫でてあげれば落ち着くんじゃないか?
ーそ、それは怖いな……反撃が来たりしないかな……
ーその時はその時だ、今は安心させてあげなさい。
ーそうそう、今はきっと心細い筈だ……多分。
ーそうかなぁ?
ーうむ、結論が出たな。
ーあ、ちょっ!?
会議終了
マジか……と、取り敢えず一度落ち着こう……よしっ!慎重に……慎重にだ。
覚悟を決めて俺は白雪の頭にそっと手を置いた。
「ひっ……!?な、何……?」
「あ……いや……だ、大丈夫か?」
白雪の身体がピクリと小さく震えたので思わず下がろうとする手を何とか堪えつつ俺はゆっくりと髪を撫で始めた。
「へぇ!?あ、あの……司令官……その……」
「ん?あ、もしかして嫌だった?」
「いえ……そ、そういうわけでは……ですが、こんな所で……」
こんな所?ってああそっか出口が近いと龍田達に気付かれてしまうか。
「う〜ん、となると一旦奥に戻るか?」
「え……い、嫌です!それだけは止めて下さいっ!!」
そんなに怖かったのか?
確かにデパートにしては本格的なお化け屋敷だったが……どうやらそんなの関係なしに怖いんだろうなぁ。
うむ、そういうギャップも悪くない。
響にもなんかあるかな?今度色々試してみよう。
まあ、それは置いといて……
「でもこれ以上先に進むと外に出ちゃうしなぁ……」
俺は白雪を撫でながら呟いていると白雪が真っ赤な顔でそっぽ向きながら蚊の鳴くような声で囁いた。
「…………ここで……お願い…………します」
「良いのか?白雪」
此処じゃ不味いんじゃないのか?
だが白雪が無言で頷くので俺は白雪が落ち着くまで撫で続けた。
暫くして依然顔は赤いが落ち着きを取り戻した白雪を床に降ろした。
「司令官……失礼致しました…………」
「暗がりでも解るくらい顔が赤いもう大丈夫なのか?」
「こ、これはっ…………元からです」
え、元から?そ、そんな馬鹿な!?
「兎に角、龍田達も外で待ってるでしょうし行きましょう!」
「お、おう──ってうわっとと!?」
一刻も早く此処を離れたいのか白雪は俺の腕を掴んでスタスタと歩き始めた。
白雪に引っ張られるままに扉をくぐると予想通り龍田達が待っていた。
「おお、待たせたな」
「「…………」」
「龍田?ザラ?」
待ってたには待ってたが……なんか様子がおかしい。
ザラは何故か俺を軽蔑したような目で睨んで来るし、龍田はいつも通り笑顔だから分からないけど両手で深雪の耳を塞いでいる。
「ど、どうし……ました?」
「提督〜?時間と場所は弁えた方が良いわよ〜?」
「白雪さん、提督……不潔ですっ」
はい?……ええ、と…………どゆこと?
よく見たら従業員の人も露骨に目を逸らしてるけどなんで!?
「これ以上お二人の邪魔をしちゃ悪いわね〜?ごゆっくり〜」
「ちょ、マジでどういう……って龍田!?」
結局何が何だか分からない俺を放って龍田達は階段を降りて行ってしまった。
「いや、訳が分からん……まあ行こうか、白雪……さん?」
あるぇ?顔真っ赤にして小刻みに震えてるけどもしかして何か彼女の逆鱗に触れてしまったか?
ど、どうしよう……よし!第二回脳内会議を開始する!
ー…………(_- ) シラー
ノォーナーイ!!?
駄目だ……どうにもならん…………よし、戦略的撤退だ。
「さ、先に行きますね〜?」
そ〜っと、気付かれない内に……
白雪の様子を伺いながら抜き足差し足忍び足といった感じにゆっくりと階段へと向かう。
だがしかし後少しの所で白雪が頭を上げてこっちに向かって歩き始めた。
「あ、まずっ!何だか分かりませんがすいませんでしたぁぁぁぁ!!!」
「司令官っ!そっちは!?」
全力で謝罪しながら逃げ出そうと力強く床を蹴り抜く…………事は出来ずに次の瞬間には俺は宙に投げ出されていた。
「あ、あれぇぇぇぇぇっ!!??」
「司令官っ!!」
どうやら派手に階段を踏み外したらしい。
この時俺は以前線路に落ちた時と似た時間が引き伸ばされた様な感覚に襲われていた。
俺の手を掴むが支えきれず共に投げ出される白雪を見上げて俺はあの日を思い出していた。
アイツ……今どうしてるかな、もしこの世界に生まれてたらちゃんと謝りたいな…………ってこのままじゃこの世界でも死んじまうかもしれねぇのか。
……なら、白雪だけは護らないとな。
俺はゆっくりと流れる時間の中で思う様に行かない身体を必死に動かして白雪を引き寄せる。
俺自身をクッションの代わりにしようと包むように抱き締めた直後、頭に鈍い衝撃が走り俺の意識は呆気なく刈り取られてしまった。
意識がぼんやりと浮かび上がってくる。
俺は階段から落ちた……が、その後どうなったかの記憶は無い。
俺は生きているのか、それとも死んでしまったのか。
それすらも分からないまま意識が少しずつ覚醒し始める。
「ん……んむむ」
何かに口が塞がれているようで思う様に動ず、少しだけ息苦しい。
兎に角状況を確認しないと……全身が重いが目は開けられるか?
「「…………」」
周囲を確認しようとゆっくりと目を開くと、目が合っていた。
いや、誰かは近すぎて分からないが確実に何者かと目が合っていた。
そして…………なるほど、唇も合わさっていたから動かしにくかったんだね……って、えっ?
ちょちょちょちょっと待て、俺は階段から落ちて死んだのか?そうだよな?じゃないと色々と……えと…………どうしよう。
も、もし生きてるのならこの状況を龍田達に見つかるのは不味い!
響にでも伝わった日には響ルートが潰えてしまう恐れが!
「あら〜、時間と場所は弁えろって言ったわよねぇ?役に立たない耳は切り落としましょ〜か〜?」
はやい!フラグ回収が早すぎる!?
「ん、んんっ!?ぷはっ……ち、ちがっ!?」
俺はゆっくりと少女から唇を離し龍田に弁明しようと口を開く。
男として少女を乱暴に扱うなんてしたくなかっただけでべべ別に柔らかな感触が名残惜しかったとかそういうのじゃ無いんだからなっ!?
「ここここれは不可抗力であって俺自身がどうなったのかも解ってないわけでその……」
「そ〜お?白雪ちゃんも満更でも無さそうだけど〜」
「へっ?いま……」
「た、龍田っ!?ななな、なに勝手な事を言っちぇ……言ってるんですか!」
「違うのかしら?じゃあ顔が紅いのは提督なんかに唇を奪われて怒り心頭だからなのねぇ?」
「べ、別にそういう訳では……いや、えと……」
二人が言い合う中俺は頭の中で必死に状況を整理していた。
ええと、龍田がいるって事は俺はまだ生きているのだろう。
けどもしこれが現実だとすると龍田が今話しているのはさっきまで俺と密着してキ………キ……キス……してたのは…………
「し、しらゆき……?」
「ひ、ひゃいっ!」
どどどどうしよう!?何とか弁明しないと半殺しじゃあ済まないかも知れない!
俺は今までにない速度で思考を巡らせ最高の弁明を閃いた!
「あ……あの……司令官?その……あれは……」
「ああ、解っているよ白雪」
「えっ!?」
更に顔を紅潮させる白雪に冷や汗をかきながら勢いに任せて伝えた。
「俺は響一筋だから今のはノーカウントと言うことにしよう!な、白雪?」
白雪も納得の最高の提案【 ノーカン】を言い放った直後、周囲は何処か地下施設の一室の様に静まり返った。
「……えっ……と、白雪……さん?」
そしてその次の瞬間、無数の怒号が飛び交う修羅場、とはならなかったが……
鞭で打たれたような弾ける音と共に俺は床に倒れ伏した。
「〜〜ッッ!?」
「司令官のバカッ!!もう知りませんっ!」
「し、白雪っ!」
「あっ、待ちなよ白雪ー!!」
俺に強烈な平手を放った白雪は瞳に涙を溜めたままその場を走り去ってしまった。
深雪も白雪を追って百貨店を出ていった。
残ったのは何が起きたのか分からず茫然とする俺とそんな俺を見下ろす龍田とザラだけであった。
「なぁ龍田、ザラ。俺はもしかして酷い事をしてしまったのか?」
「そ〜ねぇ、その自覚すらなかったらどうしようかと思ったわ~?」
「事故なら余計な事言わずに謝るなり責任取るなりすれば良いのに。馬鹿じゃないの?」
「余計な事、か……」
俺は俺なりに白雪の為を思って発言だったんだけどな……それでも俺の言葉が白雪を傷付けてしまったのは事実だ。なら俺が今するべき事が何か。
「……すまん、ちょっと白雪探しに行ってくる」
龍田達にそう伝えると俺は一目散に階段を駆け下りて当てもなく百貨店を飛び出して行った。
「さて……どうなるかしらね〜?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……はぁ、何を期待していたんですか私は。
司令官は響さんしか見ていないなんて事はあの日以来解ってた事ですし。
そもそも私は司令官の事なんて別に何とも思っていませんし?ま、まぁちょっと抜けてるだけで悪い人ではありませんしあの時だってちゃんと謝ってくれましたし。
今回は……どう……でしょう、か。
「私にも……非があったんでしょうか……」
「白雪に非があるとすれば深雪を振り切ってしまった事かな?」
「私の事は別に良いってばぁ!」
「っ!?ひ、響さんに深雪?」
ベンチに座り塞ぎ込む私の頭上から飛び込んで来た声に反応し、咄嗟に頭を上げるとそこには澄ました顔の響さんと響さんの袖に掴まり息を切らせる深雪が立っていた。
「話は龍田から聞いたよ。全く……司令官の鈍さは流石にどうかしているよ」
「そうですか……」
龍田から聞いた上でこの発言をしているのならどうかしているのはあなたの方ですよ。
私は響さんの言葉に苛立ちを覚えたと同時に何故苛立っているのかという疑問が浮かんで来ました。
別に響さんが司令官の事をなんて言おうと私には関係ないはず……。
「……まあ、司令官の鈍さは生まれつきなんじゃないかな?だから彼にそういった気の利いた言葉は期待しない方が良いと思うよ」
私には関係ない…………だけど、腹立たしい。
「あなたに……司令官の何が分かるって言うんですか……」
「ん?そうだね……気遣いが出来ないだけで司令官としてはそれなりにやってるんじゃないかな?」
違う、あの人は気遣いが出来ないんじゃない。
気遣いが出来ない人間なら私の顔色なんか気にしません。お化け屋敷の時だってああいうのに弱いのを龍田達に知られたくない私の為に私が落ち着くまで外に出ずに頭を撫でてくれました。
あの人は気遣いが出来ないんじゃなくてちょっとズレているだけなんです。
「司令官の事を何も知らないあなたにあの人を悪く言う資格なんてありません!!」
「白雪……じゃあ気遣いが出来ると主張するならどうして司令官は白雪を傷付けるような事を言ったんだい?」
「ひ、響……もういいじゃんか、言い過ぎだって」
「駄目だよ深雪、意味も無く人を傷付ける奴の事を思ったって白雪が後悔するだけだ」
意味……そんなの司令官が言ったままの意味じゃ……あれ、でも…………ってさっきから私は何を!?
「い、いえっ!そ、そもそも私は司令官の事なんて何とも思ってなんか……っ!」
「ん?それはおかしいな。それなら私の悪口に反論なんて……いや、そもそも司令官から逃げ出す必要すら無かったんじゃないかい?」
「……っ!」
響さん……あなたって人は……!
「ええ……そうですよっ……あんな頼りなさそうな人が好きになってしまったんですよ!それに気付かせて何がしたいんですかあなたは!気付いたところで司令官はあなたしか見ていないんですよ!?私を苦しめてそんなに楽しいですか!!あなたさえ居なければ……こんな惨めな気持ちにはなりません……でしたよ……」
私は内側から込み上げる想いを抑えきれず全てを言葉にして彼女にぶつけてしまいました。
だが彼女は気にする様子もなく予定通りとでも言わんばかりにニヤリと口角を上げたかと思うとそのまま口を開いた。
「だそうだ、何か言う事はあるかい?……
「……えっ?」
響さんの一言と同時に背後から聞こえた物音にすぐ様振り向くとそこには目線を逸らし照れ隠しの様に頭を掻く司令官の姿が。
「あ……あぁ……っ」
「白雪、そうだったん……だな……すまん」
なななな……何故此処に!?いえ、何時から!
まさか響さんは最初から……!?
「ああああ……いえ、私はただ……」
「俺……そういうのほんと鈍いらしくて、気付いてやれなくてごめん」
「し……しれいかん……」
「白雪の気持ちはとても嬉しい、だから真面目に答えるよ。俺がやっぱり響の──」
「ああそうだ司令官。一つ思い出した事があるんだけど、私はどうやら男に興味が無いらしいんだ」
「えっ?」
「じゃあ私達は先に帰ってるよ、今日は長門の相手で疲れたんだ」
響さんはさらりと重大発表をすると深雪を連れて鎮守府の方へ去っていきました。
私は向き直り司令官の方を見ると膝を着いて泣き崩れて居ました。
ですが響さんに振られて泣き崩れる司令官を見ても私の中に苛立ちは芽生えませんでした。
私を謀った事についてはいつか罰を与えようとは思いますが。
「司令官、泣かないで下さい。白雪が付いてますから」
「し、しらゆぎぃ……ごべんなぁ。ごんな"に"辛がったんだなぁ……」
司令官……さっきの事を……響さん、本当は分かっているのかも知れませんが司令官は気遣いが出来る方ですよ?
「司令官、顔を上げてください」
「し、しらゆぎ……?」
私は司令官の前にしゃがみ込み司令官に顔を上げさせるとそっと唇を重ね合わせた。
「んむっ!?」
そして数泊置いてからゆっくりと唇を離した。
「んっ……ふふ、今度はノーカウントなんて言わせませんからね?」
恋愛経験もギャルゲー経験もほぼ無い私が書く恋愛物なんて誰得や!?
因みにお化け屋敷内の白雪と山本のセリフだけを聞くといけない事をしようとしてるように聞こえる……かも知れませんね?