撃墜王は地に堕ちる   作:綾春

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1話〜3話を続けて投稿しています。未読の方は1話からお読みになることをおすすめします。


撃墜王

 

 明日香と風翔がスタートラインに並ぶ。俺はそれを砂浜から見ていた。

 

『本気で来るって言ってました。う〜っ、楽しみです!』

 

 試合前、本当に楽しげに言う明日香。だけど、俺は心の奥で何かが引っかかる感じがしていた。

 

「本気……あれは本気じゃないのか」

 

 あれほどのドッグファイターはなかなかにいない。ファイターとしては超上級プレイヤーに含まれるみさきを、まるで弄ぶかのように勝利したのに、それが本気ではないとは、どういうことなのだろうか。

 

 もしかして、全く違うプレイングを隠していたのだろうか。いずれにせよ、明日香が非常に苦戦しそうであることは言うまでもなかった。

 

「セット!」

 

 真白の可愛らしい声が、インカムを通して聞こえてくる。

 

「「……」」

 

 二人は沈黙している。息遣いすらも聞こえない、高い次元の集中に入っているのだ。

 

 

 

「ぷおおおおおん!」

 

 気の抜けるホイッスルの真似事を合図に、二人は飛び出す。風翔の本気に答えるつもりなのだろう、アンジェリック・ヘイローの応用である超加速を使いながらセカンドブイを目指す明日香。定石通り風翔もショートカットした。

 

 セカンドラインに到着する頃、明日香はセカンドブイにタッチ。1対0。

 

 反動を使って加速した明日香は、優位であるスピードを活かして、フェイントで振り切るモーションを見せる。体がブレる。

 

 視線と体を使ったフェイント。それに引っかかった風翔は体を動かす。その瞬間に明日香はメンブレンを蹴り上げて加速し、風翔が居た場所を通過しようとする。

 

 バチィッ! 電撃のようなエフェクトと共に、明日香の体が止められる。風翔もその衝撃で回転扉のようにぐるりとその場で回転していた。

 

 防いだ……やはりあの反射神経は目を見張るものがある。みさきと同等かそれ以上。そして回転しながらも、初戦で見せたエアキックターンの応用で、明日香に向かって突撃。

 

 明日香のグラシュ、飛燕四型は良くも悪くもクセがないオールラウンダー用。初速では圧倒的に劣っていた。背中を取られる!

 

 そう思ったが、風翔はそのまま明日香に体当たりした。その動きを予想していなかった明日香は、姿勢を大きく崩しながら後方へと吹き飛ばされる。

 

「……っ!?」

 

 明日香が苦悶の表情を浮かべる。自らが置かれている状況に歯噛みしているのだ。オールラウンダーとはいえ、相手は純度100%オーバーのファイター。ドッグファイトでは、スピーダーがファイターを相手するレベルの不利を背負っているようなものだ。

 

「……ごめんね!」

 

 風翔はグラシュの特性を活かして明日香の下をくぐった。明日香も持ち前の反射神経と天然っぷりで体をひねらせ背中を隠す。だが、風翔にとってそんなことはどうでも良かったのだ。

 

 

 

 風翔が両手を重ねる。そして、その腕を天高く掲げるのが見えた。

 

「あのモーション……!」

 

 見覚えがあった。故に、俺は本能的に明日香に叫んでいた。

 

「避けろッ!」

 

 インカムを通さない俺の声など聞こえるはずもない。まるで落雷の予兆のように風翔の頭上に現れるメンブレンの壁。そして、撃ち出されるかのごとく高速で風翔の体が前方に回転する。

 

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 明日香の苦しそうな声がインカムを通して聞こえた。そして次の瞬間には、明日香は『セカンドライン上から』水面に叩きつけられていた。

 

「『スタースプラッシュ』……!」

 

 腕のメンブレンを移動させ、超高速で体を前転させる。その勢いと全体重を乗せた鉄拳を以て敵を水面に叩きつける、スイシーダの発展技。そしてこれを使う選手は、俺の知る限り一人だ。

 

「……成る程な。思い出したぞ」

 

 昨年の地区大会。瀬渡内地区で波乱が起きた。初戦から全試合を強引な手法で勝ち抜いてきた少女。先ほどのスタースプラッシュやスイシーダ、様々なルールの盲点をついたラフプレー。反則とは言えないが、到底綺麗な勝ち方とは言えない戦法。

 

「晶也、あれ……」

 

 みさきもその不穏な空気に気づいたのだろう。少し不安な表情を見せた。

 

「『瀬渡の撃墜王』か...どこかで見た顔だと思った」

 

 最初は違和感を感じなかった。しかし、本気を出すと言ったこの試合から、まるで獲物を狩る肉食獣のような眼をするようになり、その姿にどこか既視感を抱いていたのだ。それが最初に感じていた違和感の正体であることに、今気がついた。

 

「すごい……えげつないね。痛そう……」

 

 反重力で守られているとは言え、何かに叩きつけられるのは痛い。水面に高速で叩きつけられた明日香がどれほどの痛みを感じているのかは理解できた。

 

 さらに、そこに風翔は追い打ちをかけようと全速で降下する。姿勢を立て直した明日香は、魔の手から逃れようとセカンドブイ方向へと飛ぶ。それを見た風翔は降下をやめて緩やかな弧を描き上昇。サードブイを目指す。

 

 明日香は追うことはせず、セカンドブイを蹴って加速、ショートカットでサードラインを目指す。風翔がサードブイに触れて1対1。今度は明日香がサードライン上で旋回しながら風翔を待ち構えた。

 

 そこに風翔は猛然と突撃していく。先ほどと同じ流れに持ち込まれれば風翔の思うツボ。明日香がどう対応するか。

 

 すると明日香は、自らの得意とするフェイント技、ペンタグラム・フォースを繰り出した。風翔はそれに囚われ、身動きがとれなくなる。明日香がどこから攻撃してくるかを見切るまでは動けない。

 

 

 明日香が、エアキックターンで動く。左側面方向からだ。それに対して風翔は、右肘を左手で触れるように動かした。メンブレンの操作だ。右肘に大量に流れるメンブレン。壁ができたところで、それを叩くように右手が動く。

 

「……てえッ!」

 

 先ほどの穏やかな表情からは想像もつかない暴力的な声と共に、メンブレンの反発で風翔の腕が振るわれる。みぞおちを殴るように振るわれた風翔の拳だったが、それは空を切った。

 

 S字に鋭角を描いてそれを回避した明日香が、風翔の背中に触れる直前、風翔は体を丸めてエアキックターンの応用で縦に回転した。腹を晒す風翔に対し、明日香の手が触れる。

 

 バチィッという、反重力同士が反発する音。それと同時に風翔はエアキックターンでその場を離れた。反重力の反発力、明日香との接触の衝撃、そしてエアキックターンの後押しで、風翔は爆発的に加速する。

 

「……あっ!」

 

 まずい、といった表情を浮かべる明日香。まさかそこまで吹っ飛ぶとは思わなかったのだろう。風翔はフォースブイ方面へと飛ばされていた。それもうんと速くだ。

 

 しかし、もう取り返せる距離には無かった。それなりに追いつきはしたが、フォースブイは風翔が取った。2対1。これほどドッグファイトをしているのに、何故かドッグファイトでは点差が開かない試合展開だった。

 

 フォースブイに風翔が触れた瞬間。風翔は先ほど明日香を蹴ってフォースブイに向かったのと同じように、ブイの反発力とエアキックターンで明日香の方向へと加速した。

 

「……えいっ!」

 

「きゃっ……!」

 

 まるで戯れる子供のような声だが、やっていることはえげつない。サードラインを逆走するように飛ばされた明日香を尻目に、風翔が反動を活かして再びフォースライン方面へ。フォースブイを蹴って加速していく。

 

「い、今の! 反則じゃないの!?」

 

「……いや、風翔はフォースラインに入ってなかった。多分、国際規格の審判なら―――反則は、取らないな」

 

 今のは、風翔が得意としていたエアキックターンの応用技、『ダブルキックターン』。ブイだけでなく通常のエアキックターンでも使える技術で、相手を逆方向に飛ばしながら自分はブイに向かう、ブイで得点を狙う際の技。

 

 先ほどのドッグファイトも、今のダブルキックターンもそうだが、風翔はタイミングコントロールが上手いようだ。反重力が反発する瞬間と、メンブレンが反発する瞬間を重ねるのは容易いことではない。しかしそれが出来れば、今のように複雑かつ超高速の連撃を叩き込む事も可能なのだ。

 

「……でも、褒められたスタイルじゃない」

 

 勝ちを貪欲に求め、相手を叩き潰すかのように舞う。相手によってはトラウマを背負うことにもなるだろう。それはかつて俺が否定したもので、今後もきっと、認めることはないであろうもの。

 

 風翔は味方だ。共に戦う仲間になる少女だ。だったら……この戦い方は、俺は認められない。

 

 

 真白の合図で試合が終わる頃、二人の点差は3点に開いていた。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 風翔は先ほどまでの狩人のような目は何処へやら、初対面の際の大人しい顔に戻っていた。

 

「お疲れ様。どこかで見たスタイルだと思ったら、『撃墜王』だったんだね」

 

「? 誰のことです?」

 

 とぼけているのか本当に知らないのか。

 

「風翔だよ。『瀬渡の撃墜王』って呼ばれてるの、知らなかった?」

 

「へぇ……初耳です。多分、私のプレイスタイルのせいですね」

 

 風翔は、瀬渡内地区予選において、最初に繰り出した『スタースプラッシュ』を毎試合使っていた。ライン上からでもスイシーダを食らわされる。防ぎようのない絶対的な攻撃。試合相手は誰もが戦慄したことだろう。

 

「……それなんだが」

 

「?」

 

「このスタイル、封印してもらおうと思う。少なくとも、俺が良いと言うまでは」

 

 その俺の言葉に、風翔は異論があると主張するようにこちらを見ていた。睨むでもなければ笑顔でもない。だけどどことなくプレッシャーを感じる顔で。

 

「どうしてですか?」

 

「どうもこうも。今の風翔のスタイルは確かに強いよ。だけど、俺は『楽しいFC』をして欲しい。今の風翔のプレイングは、相手にトラウマを植え付ける『恐怖』でしかない」

 

 絶対的な王者。試合において相手を常に圧倒し、暴力的なほどの力を以てねじ伏せる。それは確かに勝利に一番近い方法かもしれない。だけど、だけど...

 

「結局、俺のワガママなんだ。そういう人、何人も見てきてるから……だからこそ、封印して欲しい」

 

「……晶也さんの言い分、私にはわかりません。でも―――」

 

 先ほどの恐怖を感じる顔は笑顔になっていた。その笑顔には裏も表もない。

 

「―――コーチの言うことなら、信じます」

 

 どうやら割り切ってくれたようだ。彼女はこんなプレイをしなくても、四島でもトップランカーになれる実力を持っている。その銀色の翼で、綺麗に戦い、勝ってほしいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ〜、強いね、風翔ちゃん」

 

「明日香さん。ごめんね、痛かったでしょ」

 

 私のプレイスタイルは相手を肉体的に傷つけることもある。怪我をさせたことは無かったけど、その瞬間はかなり痛いはずだ。

 

「うん、結構きたよ。でも凄かったです! あんなプレイ初めて見ました!」

 

「あはは、ありがと。だけど、あのスタイルはもう見せないんじゃないかな」

 

「? ……どうしてですか?」

 

「晶也さんが、封印しろって。相手を傷つけるのは良くないから……って」

 

 正直、私は納得できていなかった。勝ちたいから使うのではない。強くありたいから使ってきたスタイルだったのだ。勝ち負けよりも、自らを高いレベルに持っていくための手段だった。

 

 それに、ルールに違反もしていなければ相手を怪我させてもいない。そのための安全規定なのであって、それを守っているうちは相手を直に傷つけることもないはずだ。

 

「まぁ、晶也さんらしいですね。晶也さんのモットーは楽しいFCですから」

 

「明日香さんは……楽しくなかった?」

 

「私は楽しかったです! でも、私は新しい発見なら何でも楽しく思えちゃうので……」

 

 参考にならないんだよ、と笑う。その姿勢はいいことだ。でも私には真似できそうにもない。

 

 

「じゃあ、帰りましょう!」

 

「……うん」

 

 とにかく、これから頑張る必要がありそうだ。今までのスタイルを変えるとなると、新たな長所を探さなきゃいけない。それには少々時間がかかるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。私は一人で空を飛んでいた。

 

 ただの空中遊泳じゃない。競技用グラシュを履いて、深夜の自主練習だ。

 

 今までのスタイルを変えるのは簡単じゃない。とにかくまずは自分の得意スタイルを見極めようと、何度も試行錯誤を繰り返していたところだ。

 

 自分からスタースプラッシュやダブルキックターンの要素を除くと、不思議なほどに凡才な少女になっていた。エアキックターンとエアキックターン2くらいしか特技はなく、グラシュの特性から一度抜かれると勝負権を失う、とてつもなく脆いファイター。

 

「……うーん」

 

 違う。これじゃない。

 

 空を蹴る足が妙に重たく感じる。

 

 あれほど自信にあふれていた心に、どす黒い何かが住み着いたようだ。

 

 

「………ーぃ」

 

 何度宙を蹴っても戻ってこない感覚。何が違うのだろうか。自分の本能ですら、それを理解できていない。

 

「……おーい!」

 

 ビクンと体が跳ねた。声の主は、私の知っている男性。

 

「晶也さん。どうしてここに?」

 

 降下しながら問う。

 

「音と光で気づいた。だいぶ頑張ってるみたいだな」

 

「……何だか、掴んでいたものを見失った気分で。飛んでいないと不安になったんですよ」

 

 地面に降りる。ずしりと重たくなる体が、今の気分と重なる。

 

「それは、多分安心感だよ。あのプレイスタイルが心の拠り所になってたんだと思う」

 

 彼の目は遠くを見るような目になっていた。きっと、私に重なる何かを知っているんだろう。

 

「でも、いずれ掴めるよ。そんなに遠い未来じゃないと思う」

 

「……」

 

 私は、変化が怖いのか。今手にしている強みを手放すのが怖いのか。

 

 ……なら、その恐怖を乗り越えてこそ、本当に強くなれるんじゃないのか。

 

「……私」

 

「ん?」

 

 ここで決意を示す。後戻りはしない。きっと、きっと掴んでみせると。

 

「……私、頑張ります! 違うスタイルで、全国で戦える選手になりますッ!」

 

「……おう」

 

 晶也さんはそれ以上何も言わなかった。静かに踵を返した彼に背を向けて、再び空へ躍った。

 

 

 

 




さて、連続投稿しましたあおかな連載『撃墜王は地に堕ちる』ですが、これは単なる思いつきから始めてます。あまり長くはしないつもりでいます。

ここまでで第一章。次からは苦悩の第二章となります。


※グラシュの性能についてミスがありましたので訂正しました。加速と初速の違いって曖昧ですね...

※文章の体裁を整えました
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